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  • 私の夢はウルトラマンになること | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/2/9 私の夢はウルトラマンになること Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私の夢はウルトラマンになること。幼稚園の頃、平成のウルトラマン、ティガと出逢い、ダイナ、ガイア、コスモス… とその優しさや強さがキラキラ輝いて見えていました。いつかウルトラマンになりたい。そんな願望を持ち続けていました。 今、私はマラソンランナーとして神戸を拠点に、日本全国の大会や、世界各国の大会に出場をしています。そして、昨年2016年11月には鉄人レースと呼ばれるアイアンマン・トライアスロンinマレーシア・ランカウイ島に挑戦をしてきました。これはスイム3.8km,バイク180km,ランニング42.195kmという距離を自分の脚で完走を目指す競技です。まさに鉄人です。 初出場の私はトレーニングを積み重ねて挑戦をするも、バイクの150km地点で後方を走る選手に衝突され転倒。その瞬間でした。脚の痙攣が始まり、悶絶。大声を出さないと痛みに耐えられない… けど完走がしたい。激痛で涙が溢れる中、必死で中継地点で待つ彼女のこと、日本に居る両親のことを頭に思い浮かべて、レース再開。160km地点でそれまで快晴だった天気が一転。突然のスコール。目の前が見えなくなるくらいの大雨にも会いながら、なんとか中継地点(トランジット)にたどり着く… が、自転車から降りた瞬間から再び悶絶。ここでドクターストップにかかる訳にはいかない。と明らかに足を引きずりながらも、ランニングパートへ。私の中では全速力で走っているつもりでしたが、ほぼウォーキングよりも遅いスピード。マラソンランナーとして一番自信のあるパートだったが、身体は全く動かない。それでも一歩ずつ一歩ずつ前に身体を運んでいく。何度も何度も痙攣が発生し、気力さえも奪われていく。日も落ちて夜になると身体が冷えて寒気がする。 もうダメかもしれない。いや頑張るんだ‼ 諦めようかな。完走をするんだ‼ 天使と悪魔が交互に会話を始める。肉体と精神がぶつかり合いの戦いを始める。ゴールまであと少し。ここを乗り越えなければ… と思った34km地点。身体は言うことを聞かなくなり、ドクターストップ。すぐさま救急車で運ばれ、気付くと医療室で寝ていた。 情けない。こんな弱い自分。最低な自分。自分の弱さを攻め続けた。彼女が居る目の前で、カッコ悪い姿を見せてしまった。完走ができなかったこと。本当に悔しい。鉄人レース、まさに鉄人。半端じゃない世界。人生において、これほど苦しい競技に出逢えるものだろうか。これはスゴい競技を知ってしまった。二度と走りたくない。運動すらしたくない。そんな気持ちにもなったのたが、、、翌日には心のモヤモヤが自分を動かし、必ずリベンジするんだ‼という気持ちになった。 それから数日、アイアンマン・トライアスロンについて調べていると、友人からこんなことを言われた。アイアンマンを越える超人レース。ウルトラマン・トライアスロンがあるんだけど一緒に出てみないか?あの憧れのウルトラマンになれるの!?形は違うかもしれないが、ウルトラマンという言葉、響きに感動。必ず挑戦することを約束した。そう今、私の夢はウルトラマンになること。内面はウルトラマンのように優しく、強く、思いやりがあって頼れる存在。具体的には、ウルトラマントライアスロンに挑戦すること。カナダ、もしくはオーストラリアで予選会。そしてハワイのコナで世界選手権が毎年開催されている。全部を合わせると3日間にかけて戦う超人レースはスイム10km、バイク450km、ランニング84km。 私の挑戦は始まったばかり。夢を追い駆け、実現させる。あのゴールゲートを通過するその日まで。私は戦い続ける。いつまでも。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 【俗っぽい人】 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 【俗っぽい人】 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私が人を観る時の思考回路を書きます。 いわゆる「俗人」と私は表現しています。 「金銭欲」、「名誉欲」、「自分のキャパオーバーをしているのに虚勢を張っている人」、「女々しい人」(←男でもたくさんいる)、「自己承認欲求が強い人」、「器量の狭さ」でしょうか。 「自分のことだけ」しか考えていない人です。 おこがましいですが、その人と少し話すだけで、たいていの人は分かります。 「あー、この人、こういう人なんだな」と。 その人には、自分がわかっても言うことはありません。 なぜか? 本人が、何かのきっかけで気づかないといけないからです。 それが、その人の将来の課題だからです。 年上の人でも何人そう思ったことか。 でも言いません。 気づかなければ、将来、安泰に終わるのです。 それはそれでいいと思っています。 次回の将来での課題です。 自分の中で「俗人」は切ります。「浅い」んです。 どうしようもない人たちなので。話になりません。 みじめだと思います。仕方ない。 一方で、どんな人であっても、「魂」かけて生きている人は、私は応援します。 心から。本気であきらめないで生きている人です。 そういう人は全力で応援します。 「人のことを考えているか?」も大事です。 「自己愛」だけでなく、「他者愛」ももっているか。 そういう人ってすぐわかるんです。 共鳴します。 「あー、この人、嘘つかないで生きているな」って。 以前、知り合った人で、いわゆる「意識高い系」。 「嘘」をついてから、「嘘」で塗り固めなけらばいけなくなった人生。何もかも。 その人、破綻しました。 家族も仕事も失いました。友達もつくれません。 その人、これで人生が終わると思います。 要は、「薄っぺらい人」は、見抜かれているということです。 「あー、この人は生き方が適当だから、信用できない」って思うんです。 「薄っぺらい人生」と「全力で生きた人生」とどちらを選びますか? 人生、リアルに「悲喜こもごも」を味わったほうが、圧倒的に「アジ」が出ます。それが、やがて「人徳」になります。 トシを取ると「顔」に間違いなく出ます。 欧米の科学的研究でも実証されています。 どんなに繕っていても、「見抜いている人」は、いるっていうこと、気づいていますか? とくにFacebookは顕著に表れます。人格が表れます。 興味深いです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 自分が『自分』でいられるのは、、、~愛あればこそ~ vol.3 「説明すればわかってもらえる」 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/3/6 自分が『自分』でいられるのは、、、~愛あればこそ~ vol.3 「説明すればわかってもらえる」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 自分は自分! 自分をまるごと受け止めてくれるという安心感は、自分の気持ちを大切にすることを可能にしてくれました。 周りにどう思われるかを気にするあまりに、自分の気持ちを押し殺す、、、なんてことをしなくて済んだのです。 大学入試の受験勉強をしていた際、自分は周りの人たちとまるで違う勉強法をとっていましたが、これを可能にしてくれたのも「自分をまるごと受け止めてくれる存在があるという安心感」でした。 高校3年生の夏、偏差値が31だった自分は学校に行くのを止め、自習室などで猛烈に勉強した結果、半年後には偏差値が75に跳ね上がっていました。 自分からするとオススメの方法だったのですが、友達は採用してくれませんでした。「人と違う道を行く」事を不安に思ったようです。 この話は以前、storys.jpに話題のstoryとして紹介されていますので、興味がある方は検索してみてください。 【参照】『0点なんて最高じゃん!』何でも遊びにすることで、高3の半年で偏差値が31から75まで上がってしまった話 ~顔が輝かないようでは実力は発揮できないよ~ 説明すればわかってもらえる! 「素直な自分のままに生きる」というのは、時に難しいこともあるかもしれません。特に、周りから理解されない場合には難しいでしょう。しかしながら、実はちゃんと説明し、素直な気持ちを伝えると、わりと道が拓けたりするのです!!これを知っているのと知らないのでは人生がまるで違うものになってしまうでしょう。 実際には自分で体験しないことには深く理解することは難しいと思いますが、参考として自分の経験を紹介させてもらいます。 高校の授業 勉強免除のお墨付き? 先程、高校3年生の時点で偏差値が31と書いたとおり、自分の高校時代の成績は良いものではありませんでした。しかし、自分自身は成績が悪いことを悪いことだとか恥ずかしいことだと思ってはおらず、むしろ「自分は実に素直に生きている!」と誇りに思っていました。 自分の成績が悪かった理由は単純で、単に勉強をしなかったからです。一年の時点で、担任の先生に呼び出され、さらに学年主任?の先生を加えた三者面談を設けられ、「もっと勉強するように!」と伝えられました。 自分は先生方が自分のことを心配して言ってくれていることが良くわかりました。その場で私はただ自分の素直な気持ちを伝えました。 「今、自分にはやりたい事があります。運動やギターです。そのためには授業の時間も惜しいです。勉強の必要性を感じるようになれば、その時に勉強します。申し訳ありませんが、今は運動やギターの方がしたくてたまらないのです。」 ありがたいことに先生方は自分の気持を理解してくれました!母と同じように、彼らも「認めてくれる存在」だったのです。 そんな経過から、自分は授業中に勉強ではなく、筋トレやギターの練習をしたり(音は出さない)させてもらっていたのです。こんなことを三年までしていたので、成績が悪かったのも当然ですね^^ 理解者となった先生方には非常にお世話になりました。高校3年生の夏以降、ほとんど学校に出席しなかった自分は本来は出席日数不足で卒業できなかったはずですが、交渉の結果?無事に卒業することが出来たのも彼らのおかげなのです♪ 会社の入社面接で逆転合格!特別待遇に 大学院を卒業後、富士フイルムという会社の入社試験を受けました。そして結果は不合格!、、、だったはずなのですが、面接時に大逆転で合格にして貰えたこともあります。合格にして貰えたどころか、入社後に一年目から『何してもよい』という特別待遇を受けることにもなったのです! これを可能にしてくれたのも、多くの「認めてくれる存在」のお陰でした。自分は入社試験(筆記試験)で非常に悪い点をはじき出し、当初『問題外』という判定を受けたようです。不合格が決まっていたので、その後の面接では三人の面接官から「化学会社をなめるな!」という感じで冷たく言い放たれ、入社は諦めてねという風に締めくくる予定だったそうです。 私は面接官の人達に自分の素直な気持ちを伝えました。「御社の入社試験のやり方では、本当に素晴らしい人材を得ることは出来ない。自分は御社の入社試験基準で考えるとまるで駄目だということになるが、実はこれこれこういう訳があってそうなっているのであり、むしろ自分のようなタイプの方が御社に役に立てると思う。」 試験に落ちながらも面接官三人全員が合格判定をした自分は人事部の部長に直に呼び出され、そこでまた素直な気持ちを話したところ、上記の特別待遇を受けることになったのです。 そしてその特別待遇ゆえに、印刷会のオリンピックに出場するような成果を出すことが出来たのです。 ・自分が自分の思いを素直に言えるように育ててくれた母親 ・変な?若者の話を真面目に聞いてくれた面接官三人 ・不合格者のはずの自分に直接会って話をし、自分に自由にさせようと決断してくれた人事部長 これらの人々のうち、一人でも欠けていたらそのような事は起きなかったでしょう。このように「人のことを認めてくれる存在」というのは本当にありがたい存在なのです!! この話も以前、storys.jpに話題のstoryとして紹介されていますので、興味がある方は検索してみてください。 【参照】入社試験に落ちながら、面接官に思いをぶつけることで逆転合格!特別待遇にまでなった話 インドの耳かき詐欺 思いは伝わる 以前、インドに行った時に詐欺にあいました。インドでは耳かき屋さんというのがおり、自分も試してみたことがあります。その際、請求料金が最初に提示したものより二桁くらい跳ね上がっていて、「払えないならボコボコにするぞ!」と数人で囲み、脅してきたのです。 自分は怖いというよりも、「なんでこの人達はこんな事をするのだろう?絶対楽しくないと思うんだけど?」という気持ちが強く湧き上がりました。 という事で、いつもながらこの時もただ自分の思いをストレートに伝えました。 「人を騙してお金を取るなんて言うことをしていて楽しいのですか?いつまで続ける気ですか?最終的には誰にも見向きをされなくなりますよ。他の観光客の人達にもやったとしたら、その人達はもう二度とこんな国には来たくないと思うかも知れません。自分はこんな事でインドを嫌いになったりはしたくありません。」 自分を囲い、睨みを聞かせていたインド人達の表情が変わり、最終的に、当初約束していた料金を払うことで無事に終わりました。 自分の思いが伝わらずに乱闘になった可能性もあるので、人々にオススメ出来るような出来事ではないのですが、自分としては懐かしい、良い思い出だったりします^^ この話も以前、storys.jpに既に紹介していますので、興味がある方は検索してみてください。 【参照】インド滞在時に「詐欺被害に気をつけろ」との記述を読み、敢えて実際に試してみたら、素晴らしいドラマが展開された話 ~話せばわかる~ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • spoon 配信者でロイヤルストレートフラッシュ。推しを5人揃えるとロイヤルストレートフラッシュの出来上がり! | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 spoon 配信者でロイヤルストレートフラッシュ。推しを5人揃えるとロイヤルストレートフラッシュの出来上がり! Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私の神推し8人もいる。 ただ、その8人のうち 休止している鈴蘭様と ほぼ配信がないききららと ツイキャスへ行かれたくだるくん 3人は、推していますが、実質、spoonの活動がないです。 ギリギリ、企画で声を聞かせてくれる 【こうにい様】は、 ずっと、悩んでいました。 これは推し活になるんだろうかと。 なので【神推し再編成を5月からリニューアル】しようと思います。 とりあえず 神推し5くらいに、減らします。 ✂--------------- キ リ ト リ ---------------✂ って、言うと思いました?! 無いよ 無いって。 そんなこと出来るなら8人も推さないで最初から適当に減らしていくよ 増えないわ、そういう性格していたら。私が推し増やしてない。 今回は 【#S24H】 という企画に 【ハッシュタグまで入って企画名】だそうです。 神推しから5人 出演しておりまして 【ロイヤルストレートフラッシュ】 ここで。 揃いましたね。 私が言えるのは 推し活は【推しが引退するか、私が推しの旗の看板を降ろすか】だと 思っています。 推し活って 【楽しくなきゃ推し活じゃない】と思う そこに 【嘘】とか【我慢】があると もう【推し活】じゃないんだと思う 推し活は、【片思い】に似ている ただ、相手も【拒絶】する権利があるから【出禁】とか、【ブロック】とかされることもある。 傷つくことも、ある。 人間だもの。 インターネットの向こう側 リアルに繋がる時もあるし ずっと画面の向こう側のときもある。 私もリスナーが離れたり、読者が離れることがある。 だけど、戻ってきてくれることも、ある。 そのリスナーが何かで傷つき、そして戻ってくるとしたら、その傷ついたことを許してくれた時なんだと思うの 最近ね、CASTに昔からのリスナーからのハートが押されていたの 「おかえり❤」って言いたかった....... だけどね、その傷つけた、ことが 私にも嫌でもわかったんだよね 自分の好きなことばかりCASTあげていたけど リスナーへの【思い遣り】も必要だったんだよね ずっと応援してくれたのに ずっとどんなときも応援してくれてたのに ある日からCASTにハートがなくなって 枠にも来なくなって わかっていたのに 気付かないふりをした 友だち、みたいに大切なリスナーの 気持ちを 私は....... 自分が許せなくて CASTの内容も台本の内容も 参加する企画も変えた。 自分のリスナーも楽しめるように 自分を応援してくれるリスナーが傷つかないように そして私も楽しめる【企画】に出る 私も楽しい配信をすると。 聴く人、誰でも良くないよ 私は【熱狂的ファン】を これからも1人でも多くつくって 貴方じゃなきゃ困るわ 貴方がリスナーや読者じゃないと困るわ 私を推して 私の傍にいて 一緒に 私が【文章でトップになるまで】 傍にいて欲しい これを読む貴方に 捧げます #ことねぇ #spoon #スタエフ #HAKUNA #配信者 #リスナー X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「算数」と「数学」は違います。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/12/19 「算数」と「数学」は違います。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 翔太 「小学校の時は算数ができたのになぁI was good at arithmetic.」 高木先生 「算数と数学は違うからねMath is different from arithmetic.」 恵 「どう違うの?What is the difference?」 高木先生 「算数は見えるけど、数学は見えないんだYou can see things in arithmetic but in math you cannot.」 桜子 「どういうことWhat do you mean?」 高木先生 「1+1=2 これは、鉛筆でもノートでも見せて説明ができるでしょ。We can explain this calculation using pencils or books.」 桜子 「うんYes.」 高木先生 「でも、例えば合成関数の場合 f(g(x))=x の場合、gとfという二つの操作をしてxに戻ったら、これは二つの操作で逆算数が成立したということでしょ? But for example, in the case of f(g(x))=x, x and y change places.」 「????」 高木先生 「こういうことって、例を示すことは出来るけれど一般化するのは見えるものを使っては無理。It is impossible to explain the reason why using pencils or books in this case.」 鈴木先生 「DVDや動画で何とかなるという話ではないのです。Even if you use DVD or motion pictures, it is useless.」 「そうなんだよね。自分の頭で考えて問題を解くしかないのだけど、多くの人は自分で考えるのを嫌がる。That's right. However many people don't like to think about it by themselves.」 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 手が届きそうな範疇内で、一番苦手そうなデザインをやってみようと思ったわけ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/3/13 手が届きそうな範疇内で、一番苦手そうなデザインをやってみようと思ったわけ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私に向いていることは、あんまり仕事と関係がない。 性格から仕事を選べと言われたら、そんなもんないとしか言えない。 趣味は散歩と寝ることだし、のび太とかちびまる子ちゃんのような子供だった。 でもお金を印刷している訳でもないし、霞を食べて生きていけるタイプでもない。 働かなきゃいけない。 高校で進路相談をする際も、一人だけぼやーんとしているという状況が続いた。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 30歳で脳の1/5が無いことを知って、心と精神が大振れ、でも○○だったことに気付けて、人生変わったという話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/6/13 30歳で脳の1/5が無いことを知って、心と精神が大振れ、でも○○だったことに気付けて、人生変わったという話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 学生を卒業した後、機械のエンジニアや設計開発の仕事を就いていました。 人よりも機械を信用していたような人間でしたが、特に不満もなく、それなりに充実していました。 それが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロをきっかけに、いろんな人や問題意識と出会うようになります。 いつの間にか、環境や存在を変化しても、問題の解決には限界があることを感じ始めます。次第に、関心が「人の変化」へと向かうようになり、その答えを求めて、いろんなジャンルの人に話を聞いて回っていました。 ふとした出会いから納得できる教育コンテンツと出会うことになります。 この話は、人づくりの世界に転職して、3年目の年末から、一年ほど療養していた時に起きた話です。 体は丈夫だったのに、突然めまいが止まらなくなる 2006年12月のことです。 毎年この時期は一年の中で一番忙しい時期です。この年も疲労とストレスが蓄積していました。 もともと、コミュニケーションは苦手な人間です。彼女からは「何を考えているのか分からない」と言われ、感じていることを言葉にするのに、三日もかかってしまうというあり様でした。ものづくりとは畑違いという事もあり、思っている以上に疲れていたのかもしれません。 忙しい真っ只中のある日、突然、身体におかしな症状がおき始めます。 お客さんと見積もりの話しをしている最中に、目の前が回り始め、止まらなくなったんです。 お客さんはもちろん、周りの景色から、目に入るすべての認識している世界が回り始めました。 10分ほどたっても治まる気配がありません。 「これじゃぁ、仕事にならないなー」 どうしようもなく、とりあえず現場は後輩にまかせ、身体を落ち着かせようと、車の中で休むことにします。 結局、数日たってもめまいは治まらず、病院へ行くことに。 内科に行き、耳鼻科を紹介され、メニエル病と診断を受けました。 分けが分からない状態だったので、病名が特定されただけで、なんだかホッ としていました。 その後、精密検査をしたり、お薬ももらいましたが、回復しません。 結果、メニエル病ではないねと診断を受けます。 その後、数ヶ月、原因が分からないまま、過ごすことになりました。 とはいっても、ただ目が回っているだけです。負担にならない程度の簡単な業務は受けていました。 身体を休めていれば良くなるだろうと、かなり楽観的な考え方をしていました。 メンタルが安定していたのは、「問題なのは判断基準が固定していること」 ということを伝えたり、研究したりしていたからかもしれません。 判断基準という、人の内面と出会うことが多かったのが幸いしたようです。 しかし、この後、自分自身が問題を抱え、不安定になっていく事になります。 ある時から、症状に変化が起き始めます。 めまいだけだったものが、光が重く痛く感じるようになったり、頭痛がひどくなったりと、数ヶ月で症状が変わっていくようになっていきました。 不快さや痛みが続くと、さすがに楽観的にはいられなくなっていきます。 「なんなんだこれは」「なんでオレなんだ」「いつまで続くんだよー!」 ストレスでイライラしたり、漠然とした不安に襲われたり、不安定な状態になっていきます。 そんな日々を過ごしていた頃、発病から約半年がたった5月に、あるニュースをたまたま目にします。 原因発見か? 発病から約半年後の5月に入った頃、ある力士の引退ニュースと出会います。 力士 「めまいや頭痛があります。これ以上続けることは危険と判断し、引退することになりました。」 彼の病名は“隠れ脳梗塞” でした。 「症状がよく似ているぞ!」 「もしかしてこれなんじゃないか?」 原因が分からずのモヤモヤした日々を過ごしていたこともあり、このニュースは、光明のように感じました。 早速その日のうちに、病名をネットで検索。脳神経外科に行けばいいことを知り、近くの専門医に予約を取ります。 運良く、翌日に行けることが決まりました。 「やっと、やっと分けのわからない状態から抜け出せるんだ!」 と、嬉しかったです。 何かできることはないかと、これまでの症状の経緯を細かくメモし、もらさず伝えられるように準備します。 もう、準備万端です。 翌日、病院におもむきました。 お医者さんに、これまでの症状をメモしたものをドギマギしながら伝え、ニュースを見てきたことも伝えます。 お医者さんはじっと聞いてくれていました。 僕の伝えたい事が一段落した頃、お医者さんからいくつか質問を受けます。 やりとりをした結果、とりあえずCTとMRIを撮ってみましょうとなります。 「話がやっと通じる人と話ができた!」 そんな嬉しさでいっぱいでした。こんな時って、話を全部聞いてくれるだけで、安心するもんです。 後日、別の病院へCTとMRIを撮りに行きます。 その日は撮っただけで終わり、指定された日に、再び脳神経外科へ結果を見に行くことになっていました。 ん?黒いモノはなんですかー!! お医者さんの前に座ると、早速CTの画像を見せてくれました。 脳を横割りにした画像と縦割りにした画像が、いくつか目の前の白く光るレントゲン用のディスプレイに貼り出されました。 ぼく 「ん?」 想像していたものと明らかに違うものが写っています。 ちょっとびっくりして、思わず、 ぼく 「これ僕の画像ですか?」 と聞いてしまっていました。 だって、素人が見ても明らかにおかしいだろうと思えるほど、脳の一部が真っ黒 になっていたんです。 (写真上が前方、左右は逆で表示されています) するとお医者さんが お医者さん 「他の人よりも大きいね。(笑)」 と、とても軽い感じで一言。 ぼく 「へっ!?」 ぼく 「どういうことですか?これ(左前頭葉)が黒くなっているものは何ですか?」 お医者さん 「これは液体だね。液体は黒く映るんだよ。」 お医者さん 「ちなみにね、左と右が逆に写るんだよ。」 その後は、お医者さんと一緒に大笑いしながら話しを続けていました。 ぼく 「へぇーこんなんでよく生きてられますね(笑)」 お医者さん 「3パーセントしか使ってないっていうからね(笑)」 その時は、もう完全に他人事のようで。深刻になるどころか、人体の不思議に感心してたほどです。 肝心の症状との因果関係については、明確な答えは得られませんでした。 関係があるかどうかは分からないという回答だったんです。 他の医者の意見も参考にするといいよと、○○門病院や○○大学病院を紹介されました。 その日は、なんの不安も恐怖も感じてはいませんでした。 むしろワクワクしていたくらいです。 「液体ってなんだ?」「液体が脳の中にあるって?」 そんなことに興味津々で、好奇心だけが広がっていました。 他人事(笑)から自分ごと(泣)に はじめは大笑いしていたものの、時間が経つごとに、CTの映像のことを考える量が増えてきました。 自分の脳なんて見るのは初めてです。 何が写ってるのか、無くなってる部分はどんな役割をしているのか。 そんなこんなで画像を眺めたり、ネットで検索したりしてました。 「中心部が普通の脳と比べて、ひしゃげてるるぞ!」 「頭痛とか眠れないのは、ここに理由があるんじゃないか?」 「おお、側頭葉は記憶なんだ!」 「ということは、、、メモリが少ないのかぁ、だから覚えるのが大変だったのかぁ!」 なんて感じで、へえー!、ほおー!と感心する時間が過ぎていました。 そして3日後。 僕の心は、とても笑えない状況になってしまいます。 描いていた未来ビジョンは完全に実現不可能と否定し。 目先のやりたいことは何も出来ず。 ただ痛みが過ぎるのを待つだけの日々。 同じ年代の人を見ると「どうせアイツらより早く死ぬんだから」という相対比較の考えしか浮かばない。 それは、 長いトンネルに一人でいるような感じです。 そして、向こうの方から、ライトがひとつずつ消えていく。暗闇が自分に向かってくる。 最後に、自分の上のライトが、チカチカしながらかろうじてついてる。 その灯りの下、虚無感の中でただ立ち尽くすしかない自分がいました。 悲壮感しか感じられない日々。 一日をとても長く感じていました。 心はボロボロ。身体もボロボロ。 頭痛のせいで、何も手をつけられない。 その状態にやりきれないストレスが日に日に蓄積してしまっていました。 そんな状態は、周りから見れば一目で分かりますよね。 みかねて、同僚が心配して声をかけてくれるんですが、 「そんな心配そうなエネルギーで近づかないでくれ!生きるのだけで精一杯なんだー!!」 「大丈夫なわけないじゃん、大丈夫じゃないんだよ」 と人の接触を避け、完全にふさぎこんでしまい、どんどん追い詰められていきます。 そんな時、いつの間にか、心の中で 「解決できるはずじゃないのか!」 という声が広がり始めていました。 未熟ながらも、人の人生に深く関わり、一緒に問題を解決していく中で、“問題は必ず解決できるもの” という確信がその声を生み出していたようです。 でも、真っ向から否定する考えも同時に動いていました。 「現実的にこの脳なら、どうみても無理でしよう」 という声です。 この頃、過去の記憶さえも変わっていきます。 「小さい時病弱だったのは、これが原因だったんだ」 「表現が苦手なのもこれか」 「これがなかったら、イジメられることもなかったのに」 過去の記憶の因果が、「脳の1/5がない」ことに結びつけ 、どんどん書き換わっていきました。 自分という存在にショックが入ってしまうと、どんどん変わってしまうようです。ちょっと怖いですね。 頭の中では真逆の2つの声がグルグルしていました。 心の声と考えの声。 この二つの葛藤が自分の中で徐々に大きくなっていきます。 こういう葛藤は、何とも言えない辛さがあります。 周りにいる人の笑顔を見れば 「どうせ自分は・・・」 と相対比較の考えが反射的に溢れ出してしまいます。 まるで、考えの海の中でどこに行けばいいのかも分からず、あがきもがいているような状態でした。 石ころが幸せに見えるのはこんな感じなんだろうと実感できるほど、自分が小さくなってしまっています。 人との交流をさけ、光をさけ、もう分けが分からない自分がいました。 CTを見て、一週間後。 自分という存在に対して決定的なショックが入った瞬間が来ます。 病院からの帰り道。 歩いているときに、CT画像のイメージが脳裏に浮かびます。(脳が一部黒く写っている画像ですね。) 浮かんだイメージをぼーっと眺めていた時でした。 二つの声による葛藤が瞬間的に膨らみ、「バン!」爆発します。 はっとした瞬間。 自分と自分の世界が突如変わり始めます。 自分という存在と自分の世界が、ほんの一点の、その中の点へシューー!っと収束するしていくような感覚に襲われます。 今までの世界が点の中に、そして、そうではない無限大に広がっている世界が自分と自分の世界になってしまったんです。 その瞬間、 「今まで病人だと思っていた自分は、自分の一部だったんだ」 と気付きが来ます。 心の声と考えの声の葛藤から、抜け出せた瞬間でした。 脳の黒い部分だけ を見て、そのおかしなところだけ で、自分の存在の全てを決め付けていた んです。そう、勝手に思い込んでいたんです。 それだけじゃなく、未来や過去をどう思うのかを決め付けていた こと。 自分以外の存在、名前の付くあらゆる世界を決め付けていた こと。 自分の考え、感情、イメージ、エネルギーやアイデンティティ、認識していた世界全ての出発が、 「異常な脳を持っている自分」 という判断基準に固定されていたんだという気付きが来ました。 この判断基準に固定されて、世界の全てを自分が描いていたんだ!と。 このショックに、 「そうだったのかぁー」 「あれは自分の一部だったんだ」 というキーワードが、頭の中で何度も繰り返し響き続けます。 ボロボロだった心や精神は、この変化で完全にスッキリな状態へと変わってしまいました。 そこから、突如、目の前で「パチン」と手を叩かれたような、いきなりデコピンをされたようなショックがあり、 また、はっとした瞬間。 今度は、見えている世界が、変わっていたことに気付きます。 それまで見えていたのは、全く生命感がない、殺伐としたモノクロの世界でした。それが、光がキラキラと溢れる世界へと変わってしまったんです。 色と出会えている! 光と出会えている! 光に対して恐怖していた不安だった心が、 「太陽がある」 「青空がある」 「光しかないんだー!」 という感動でいっぱいになりました。 見えるもの、触れるもの、感じる全てに、初めて出会った奇跡のような、神秘のような感覚が溢れていきます。 「なんだこれ、なんなんだこれはー!」 いつもなら電車に乗るところを、歩いていくつか駅を通り過ぎていました。その感覚をずっと感じ続けていたかったんですね。 この2つの気付きは、とても大きなものでした。 生まれ変わった感覚とは、こういうものなのかもと、そんな感じさえします。 ボロボロだった心は、全く逆の、これまでの人生全てを包み込んで、点の中に入れてしまうような大きな心に変わってしまったんです。 心が平和に、現実にも変化が この判断基準が固定されていた世界から自由になれるという変化は、一瞬で心のあり様を変えてしまいました。 それまでの自分と見ていた世界が、とても小さな世界のようにしか感じられなくなってしまいました。 現実に対する向き合い方もいつの間にか変わっていました。 人と交流するなんてとんでもないという心の状態だったのに、一緒に仕事をしている人たちに、自分の現状を説明しなきゃと考えられるようになります。 その為の資料を創ったり、説明できるタイミングを相談したりと、場を自ら開くように働きかけていました。 仲間への説明中にCTの画像を見せながら、 僕「これがホントの脳足リンだよ(笑)」 ぼく 「これがホントの脳足リンだよ(笑)」 仲間 「....ha ha ha」 と、聞く人が笑っていいのか困ってしまうビミョーなことを言えるほど、心の平和が安定します。 笑顔が出るようになり、本当に生まれ変わったような気分でした。 脳の1/5が無いことを知って、その自分を自分の全てだと思い込んでいた 時を、今、思い返すとゾっとします。 「自分は・・・だから」 と部分を全てだと錯覚したまま生きていたら、その人生に固定 されていたでしょう。 「自分は・・・」と決め付けた通りに生きているのに、心も身体もボロボロにさせているというのは、「おまえ!そんなもんじゃないだろー」と自分に本気で叫びたくなるほど、残酷な話です。 心はボロボロ、身体もボロボロ、ストレスを溜め込み、相対比較で悲壮感しか感じられない日々を過ごしていた。そんな人生を生み出していたのが、実は「自分自身をどう思うのかで、何を選択するのかが決まっていた」だなんて、なんというか苦笑いしか出てきません。 人生一度きりとよくいいますが、笑えないギャグは少ない方がいいですよね。 【まとめ】 『心の声』と『考えの声』が疎通できず、『心や精神、体がボロボロ。絶望状態』 だったのが、 『自分は脳に異常を持ている判断基準に固定』 されていたから 『自分で勝手に自己存在を決めつけ、自分の生きる世界を創りだして苦しんでいた』 と気付くことができ、 『自己存在のあり方が変わり』『心の声と考えの声の疎通が起き』心が平和になった。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- この話には、まだ続きがあります。 心は晴れても、頭痛は続いていたんです。 なんとかできないものかと、紹介された病院の先生に訪ねたり、友人の勧めで心療内科に行ったりしました。 手術の話も出ましたが、感染症のリスクや因果関係がはっきりしないということで選択できませんでした。 睡眠薬を処方されたこともありましたが、症状に対して具体的な改善は起こせませんでした。 心はスッキリしたものの、頭痛はひどく、やりたいと思うことの全てができない状況が続きます。 次第にストレスが溜まり、イライラする日が続いていました。 現実は現実で、何かの変化が必要でした。(つづく) -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 最後まで読んでいただきありがとうございました。 現在の体調は、若干の不調がでるものの、普通に生活を送ることはできています。 この経験を活かしながら、決めつけた生き方をひっくり返す教育サービスを行っています。 判断基準は、誰もが無意識で使っているものです。 この変化は、特別なものではなく、気付くことさえできれば、誰にでも起こせます。 この話が、みなさまの助けになれたらと願っています。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 余談ですが、 こんな話を人に話しながら発見したことがあります。 人と人との関係性の中でしか、起きなかった変化だったということです。 体に良い食べ物に変えたり、薬を飲んだりという変化で起きたわけではないんです。 何かに頼る気力さえもなかったので、勧められても選択できなかったでしょう。 僕の場合、心の声がなければ、起きなかった変化でした。 当時は完全にふさぎ込んでいたので、誰の声も僕には届きません。 それでも心の声が出てきたのは、それまでの仲間との交流があったからです。 言い合うことや衝突することが無かったわけではありませんが、同じ教育コンテンツを持ち、お互いに刺激しあい、意見をぶつけ合って、コンテンツの可能性を広げ合っていた仲間だったからこそ、僕の中に確信が育っていたのだと思います。 裏切らない関係性が、人の眠っている可能性を引き出すんですね。 仲間の意志に感謝です。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 【第五話】『限界を探しに…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/3/29 【第五話】『限界を探しに…』〜死に場所を探して11日間歩き続けたら、どんなものよりも大切な宝物を見付けた話〜 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 本当の気持ち… 「生きたいのか?」 「死にたいのか?」 「生きたくないのか?」 「死にたくないのか?」 しばらく僕は、そんなことを考えていた。 僕の人生を変えた人物の一人に、最も熱い男がいる。 「松岡修造」 そう、この男だ。 僕は、答えの出ない質問を繰り返し、繰り返し、自分自身にしていた。 そんなある日、テレビで炎の体育会TVという番組を見た。 元プロテニスプレイヤーの松岡修造さんが、子どもたちに3日間の合宿でテニスを通して、 「弱い自分を変える」 という企画だった。 僕はこの番組で、 日本一熱い男、松岡修造から今後の人生を左右するメッセージを受け取る事になる…。 小学生の、まだまだ幼い子どもたちに、本気で、全力でぶつかる。 「子ども」 対「大人」 ではなく、 「人」 対「人」 として、全力で思いを伝える。 大人げないと思う人もいるだろう。 でも、大人が真剣に、全力で子どもにぶつからないで、 どうやって子どもが、本気や、真剣に取り組むことを学ぶだろう? どうやって子どもが、全力で一所懸命になれるだろうか? 修造は、子ども達に、何も言わない、何も言えない親に代わって、 「人として」 真剣に、本気で、全力で、子ども達と接する。 練習中、ミスをして 「すみません…」 と謝る子ども。 修造はこう言う。 「一生懸命やってる中で、失敗することは良くあるんだ!」 「そこから、どう悔しがって、どう直していくかが一番だろ!」 楽しく、そして厳しく、真剣に子どもたちに接する。 そして3日目、最終日。 子どもたちの両親が見守る中、最後の試練を与える。 「修造との対決」 子どもたちは皆、弱い自分を変えるためにこの合宿に参加している。 最後の試練… 「強くなった自分」 を両親の目の前で証明する。 勝負は身体がキツくなってから。 修造は、「ここまでするの…?」 という程、子どもたちにプレッシャーを与える。 子どもたちを追い詰める。 失敗する子ども、 ボールを追うのを諦めてしまう子ども、 上手くやろうとする子ども、 親に褒めて欲しい子ども、 修造は追い詰め続ける。 体力の限界まで、心が折れそうになるまで。 泣き出す子どもに、こう言う。 「絶対に諦めんな!」 「今まで全部乗り越えてきただろ!」 「強くなれ!」 「君なら絶対に出来る!」 「自分を信じろ!」 「諦めんな!」 そして子どもたちは変わり始める。 今までの自分の殻を破り、 「強い自分」 になる。 幼い子どもたちが一所懸命に頑張る姿に涙が出た。 「あなたなら絶対に出来る!」 と我が子を見守る親の姿に涙が出た。 何より、修造の言葉に涙が止まらなかった。 「こんな小さな子どもだって全力で頑張ってるのに…」 「僕は一体、何をやってるんだろう…」 そう思った。 限界を探しに… 「今まで全部乗り越えて来ただろ!」 僕は、今まで様々なことから逃げてきた。 辛くなったら、嫌になったら逃げてきた。 でも、必ず次のことを見つけた。 逃げたことよりも、もっともっとやりたいことを見つけ続けてきた。 僕はこう思う。 「逃げる」 ということだって、一つの選択なんだ。 多くの人は、 「辞める」=「逃げる」 と思っているかもしれない。 僕もずっとそう思ってきた。 でも、自分が輝ける場所が他にあると思うなら、 辞めてもいい。 逃げてもいい。 と思う。 次のステージに行くためには、必ず何かを辞めなければならない。 「辞める」ということは、新しい選択をするということだ。 そして、「逃げる」ということは、 新しい自分を見付けるための、 立派な選択肢の一つ だと思う。 その選択は、決して、「諦める」ということではない。 新しい道を前に進むための立派な選択なんだ。 我慢すればいいってもんじゃない。 大切なのは、前へ進むこと。 自分の可能性を信じ、諦めないことだ。 僕は、全てに逃げてきたと思っていた。 たくさん失敗もしてきた。 でもいつだって、辞めたことに後悔はしていない。 自分が思う最良の道を選んできた。 僕だって、 「全て乗り越えて来たんだ!」 そう思った。 しかし、今僕は、また壁にぶつかっている。 そして、「死」 を選ぼうとした。 今度は 「逃げる」 ではなく、 「諦める」 という選択をしようとしている。 「強くなれ!」 「絶対に諦めんな!」 修造の言葉が胸に突き刺さる。 胸を突き動かされるというのは、こういうことを言うのだろう。 心臓が急に前に飛び出るような、 背中から胸を撃ち抜かれたような、 そんな感覚がした。 「強くなりたい…」 「弱い自分に勝たなきゃダメだ…」 そう思った。 しかし僕は、いつも最良の選択をして来たつもりだが、 たった一つだけ気になることがある。 それは、何かを辞めた後、 縛られていたものから解放され、気持ちが楽になった時に思う、 「もう少し出来たかもな。」 という感覚だ。 辞めたことへの達成感はあるのだが、 完全燃焼したという感覚は無かった。 僕は、次の選択のためにいつも余力を残していたのだ。 全力を出し尽くして、ダメだった時のこと考え、自分を守っていたのだ。 「限界は自分が決めている。」 本当はもっと出来るはずなのに、傷付くのが嫌で、いつも自分を守っていた。 テニスの子どもたちも、走っても追いつけないボールは取りに行かなかった。 自分で「無理だ」 と決め付けて、動かなかった。 でも、あの子たちが強くなったのは、どんなに辛くても、 「絶対に打ち返してやる!」 と思った時だった。 体と心の限界に達した時だった。 強くなるためには、自分の思い込みで固めた殻を破らないといけない。 自分を守っていた殻を、ぶち壊さなきゃいけない。 その殻をぶち壊す力は、限界に達した時じゃないと出てこない。 「限界に挑戦しよう。」 自分の殻を破るために。 「限界を見に行こう。」 自分が、どこまでやれるのか。 自分には、どんな力があるのか。 今の自分は、本当は何を望んでいるのか。 「確かめにいこう。」 そう決めた。 勝負はキツくなってから… 限界に達した時、 極限の状態になった時、 死に直面した時、 「生きたい」 と思うのか、 それとも、 「やっと死ねる」 と思うのか。 「逃げたい」 と思うのか、 「絶対に諦めない」 と思うのか、 自分の本当の気持ちを… 自分の本当の強さを… 自分の手で、自分の足で、自分の身体で確かめに行こう。 そう決めた。 弱い自分に勝つために。 強くなるために。 前へ進むために。 つづく… X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 愚痴ってる時スッキリしてる様だが、実はマイナスエネルギーを我がに振りまいている。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 愚痴ってる時スッキリしてる様だが、実はマイナスエネルギーを我がに振りまいている。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー それ、あかんやろ!と、頭に来る事が積もり積もって誰かに愚痴を言いたくなる。 誰かに気持ちを分かって欲しくなる。 共感できる人が現れた時、つい本音をぶちまけて互いに傷の舐め合い。 そん時は、一瞬スカッとしたかの様に感じる。しかしよくよく考えたら、吐き出したエネルギーがマイナスであるほど倍返しで我が身を傷付けている。 愚痴りたいのは我が事に不満があるから、誰かを使って見せられているに過ぎない。 いやいや、吐き出した後全部笑いに変えてしまえば済むじゃん。 気持ち良く、楽しい気持ちにすり替えてしまえば、引きずらない。 愚痴りあった間柄も関係性はより良くなり、互いにプラスに働くから楽しい。 馬鹿を相手にしてる自分が一番馬鹿。 でも、そんな自分も自分。 愚痴りたい時もあるよな。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 地下鉄殺人事件 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/6/25 地下鉄殺人事件 Facebook X (Twitter) リンクをコピー それは不覚にも俺が地下鉄の階段下の壁に貼られた、瀬尾玲奈の水着のポスターに目を奪われていた時に起きた。 突然聞こえた、両耳を覆いたくなるような甲高い異音。 「何だ?事故か?」 安っぽいドラマのセリフが口をついて出てしまう。 いや別に、瀬尾玲奈の胸の谷間のせいではない。 しかし事故ではなかった。 地下鉄の車両はホームに近づく気配もなかったし、そんなアナウンスもされていなかった。 よく考えたら異音はブレーキのような金属音ではなく、もっと動物的な何かだった。 「ひ...人が、死んでいる。」 ああ、そういことか。俺は納得した。 異音の正体は人の、死体を発見したおばさんの悲鳴だったのか。 うん。 事故じゃなくて、事件じゃねえか。 およそ人に信用される生き方をしてはこなかったが、こういう場面では何を話しても疑われているような気になる。 もちろんだが、俺にやましいところなどない。 「達也は、人殺しをするような人じゃありません。」 駅で待ち合わせていたガールフレンドの里崎美香は、警察の関係者にそう言った。 今のところ一番の理解者だ。 彼女は細身の割には申し分ないほどの立派な胸の持ち主で、髪型はショートだが長くすれば瀬尾玲奈にも匹敵する外見だ。 ただ少し、思い込みは激しいが。 「いやね。私たちは別に、彼を疑っているわけではないんですよ。」 刑事...というのだろうかこの場合、確か役職と名前を聞いたような気もするが忘れてしまった。 四角く平らな顔をした、濃い口髭の男だ。 「でもね、被害者が彼のご友人らしく、また地下鉄のトイレの近くで怒鳴りあっていたのを聞いた人がいるんです。」 「友人...」 俺はぽかんと口を開けた。 「...って、まさか」 美香もまじまじと俺を見る。 「連城司、という男性です。」 まじかよ。 俺はひっくり返りそうになった。 「この人、殺っていると思います。」 美香はあっさりと俺を見捨てた。 美香の気持ちもわからんでもない。 連城司と俺は、言ってみればライバル関係にある。 それも恋のライバルとか、仕事のそれとか、いわゆるドラマになりそうな間柄ではなかった。 「はあ、なるほど。ライバル関係ではあるが会ったことは一度もない、と」 あまり緊張感のない調書の取り方だ。 「正確には連城司ではなく、うんすんかるた、としか知りませんが。」 口髭男は俺の言葉に、あっそう、と相槌を打つ。 「で、あなたは、こぶとりじいさん。」 何のことはない、ネットゲームのハンドル名の話だ。 連城司もまた、俺のことは「こぶとりじいさん」であり、三田村達也だと知っていたはずだ。 何故なら二人とも実名でアカウントを作成していたので、ハンドル名から辿れば、まあ住んでいる地域くらいまでは限定できる。 うん?ちょっと待てよ。 ということは、トイレの前で俺にいんねんつけてきたのは、うんすんかるただったのか。 そして同じネットゲームをしている美香は、俺と連城,..ではない、うんすんかるたの関係を知っていたと言うわけだ。 が、連城司の写真を見せられた俺は愕然とした。 「この人、誰ですか?」 それは「うんすんかるた」ではなかった。 いや、刑事たちの話を信じるならば、トイレの前で俺が怒鳴りつけた相手は彼じゃなかった。 つまり俺は正真正銘、連城司には会ったこともなかったのだった。 「連城くんが、達也の名前の書いたメモを持っていたのがいけなかったんだね。」 一度は俺のことを見捨てた美香が言った。 「あの野郎、俺のストーカーでもしてたってのか」 俺は、がしっ、と両手を組んだ。 もっとも今となっては故人なのだから、静かにご冥福をお祈りしたいところだ。 「連城くんの彼女、綺麗な人だったな。」 美香がほんわりと上を見上げて言う。 こいつは時々、自分とは違うタイプの同性にめちゃくちゃ憧れるところがある。 「お前、会ったのか」 油断ならないやつだ。と、俺は思う。 おそらく俺が刑事たちに聞き込みをされている間に、どこかで目撃したのだろう。 「うん。坂井真里さんって人だって。かわいそうになあ」 名前まで。 待てよ、どこかで聞いた名前だ。 「なんか、気に入らないな」 俺は言った。 「あんまり胸、大きくなかったけど?」 美香が小馬鹿にしたように言う。 そこじゃねえって。 俺の知らないところで、何かが動いているような気がしたからだ。 「ははあん、あんたかい。俺のことをサツにチクってくれたのは。」 数日後俺は例の地下鉄の駅の近くの裏通りで、やさぐれ者のように一人の男に食ってかかった。 まだ若いが頭頂部の禿げ上がった、丸いメガネの男だった。 もちろん「情報屋」の美香のおかげでこの男を突き止めたのだ。 俺は美香と二人で、男を両側からじりじりと追い詰めた。 「な、何の話ですか?」 サラリーマン風の男は、俺たちに追い詰められて薄暗いビルの壁に背をつけた。 「へっへっへ、神崎さあん。いいのかなあ?、私、あなたのヒミツ知ってるんだけど」 美香がサスペンスドラマで2番目に殺される恐喝者のように男に詰め寄る。 「う。どうして私の名前を...」 神崎と呼ばれた男は、まるで疫病神を見るかのような目つきで美香を見る。 どうやら、観念したようだ。 「何度も言っているように、私はこの人がトイレの近くで誰かに怒鳴っていたと、そう証言しただけです。」 神崎はおどおどとした態度で、俺を見る。 「でもさあ、その相手は、殺された人じゃなかったでしょ?」 俺は少しドスをきかせた声で神崎に言う。 「そうなんですか?」 神崎は丸いメガネの奥の瞳をさらに丸くさせた。 「やっぱり」 美香がうなづいた。 「うんすん...いや、連城くんに達也のこと尾けさせてたのは、あなただったのね。」 今度は女探偵のセリフだ。 だいたいこいつはサスペンスドラマの見過ぎだ。 「んで、本当は連城くんが達也に話しかける予定だった。それを勘違いして、あなたは達也が連城くんを怒鳴ったと証言してしまった。」 「いや、でも」 神崎は美香の言葉に、俺を指差した。 「実際怒鳴っていたじゃないですか、誰かを」 俺は美香と神崎の話を、あまり聞いていなかった。 「もしかして、坂井真里の件か」 俺は誰にともなく口ずさんだ。 「じゃあ、連城司ってのは...」 神崎はこくりと頷いた。 う...そうだったのか。 俺は少し連城に哀れみを覚えた。 「わかった。もう、いい」 俺は肩を落とした。 なんてことだ。俺はこの時ほど自分の運命を呪ったことはなかった。 「神崎さあん。死んだのは連城司そっくりのアンドロイド、とかじゃないですよねえ」 美香が神崎の肩を揺すりながら言った。 俺は苦笑した。 いくら彼でも、機械を死体にすることはできないだろう。 これは一応「殺人事件」なのだから。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 私たちも若かったのよ。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/8/2 私たちも若かったのよ。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 娘を出産して子育てをしている世の中のママをすごいと思う。 不思議と子育てしていると子供の頃の気持ちを思い出す。 私と妹。二人を育てた母親。 育てくれた感謝の気持ちもいっぱいある。 でもたまにあの時は怒るんじゃなくて抱きしめて欲しかったと思ったり。 思春期に言った言葉を申し訳なくなったり。 母親立場になり自分の母思う。 ある時、娘を抱いている母親に言ってみた。 小さい頃私はこうして欲しかった。 母親は、笑いながらそうだね。 今思うとそうしてあげたかった。 私も若かったのね。貴方を育てるのでいっぱいいっぱいだった。 そうだ。母親も私と同じ。 私と同じ歳に出産して子育て。 いろんなことに悩んだろう。 子どもにはこんなことをしてあげたい。 子どもには幸せになってほしい。 なんでこの子は泣くんだろう? どうして私にひどい言葉を言うの? 娘の成長を嬉しく思いながら、辛いけど我慢もいっぱいしただろう。 なんだか感謝しつつ申し訳なく思う。 私も母親と同じ歳に娘を生んだ。 子育ては、始まったばかり。 この先楽しいことも、苦しいこともあるなかなぁと不安になる。 でもたぶん娘の子育てをしながら、そんなことを考えも忘れているのだ。 娘が起きた。 よく最近の叫ぶ。 今日から旦那も通常出勤。 昼間は、娘と二人。 毎日が楽しくも戦い。 また一週間頑張るぞ! X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 三十路で独女、彼氏いない歴=年齢だった私が、南半球でメタモルフォーゼする話。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/1/4 三十路で独女、彼氏いない歴=年齢だった私が、南半球でメタモルフォーゼする話。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー まず始めに誤解を恐れず言うと、これはサクセスストーリーなどではありません。 それでも同じように悩み悶々とした日々を送っているだろう多くの三十路独女に届けとばかりに一方的に書き残したいと思います。 これは記憶であり、記録であります。 30歳目前にして私は悩んでいました。悩むというレベルを超えて病んでいました。ただ表面上は変わりなく日常生活を送り、差し障りのない人間関係の中で時間だけが過ぎていました。 『このままではいけない。変えなくっちゃいけない。』 自分の心の声がどんどん大きくなり、無視できない領域に達した時、私は決めました。 『そうだ、ニュージーランドへ行こう。』 新幹線に乗って京都へ行く代わりに、飛行機に乗って南半球まで来ました。 期限は1年。2010年1月、ワーキングホリデービザでの入国でした。 ワーキングホリデービザの特徴は、とにかく自由がきくことです。通常海外で就労するためには、就労ビザが必要になりますが、ワーキングホリデー(以後『ワーホリ』とします)ビザならば、職業の制約なしにどこでも働くことが可能です。また語学の向上のため現地語学学校に通うこともできますし、もちろん1年間旅行し続けることもできます。最近では、大学就学中に1年間休学してワーホリに来る若者も多くいます。逆にワーホリビザ発給ギリギリの三十路過ぎてワーホリに来る事を『ギリホリ』と呼んだりします。私はまさにギリホリで滑り込み入国でした。 選んだ都市は、クライストチャーチ。 ニュージーランドには北島と南島があります。最大の都市オークランドや首都ウェリントンがあるのは北島。クライストチャーチは南島最大の都市ではありますが、オークランドと比べると格段の差があります。それでもこの都市を選んだのは、自然が多く人が少ない事と、日本から唯一連絡を取っていたニュージーランド人の友人がクライストチャーチ在住で勧められたから。 到着してみると夏ということもあり、なるほどこじんまりした市街地にはたくさんの花々が咲き乱れ、芝生の緑が目に鮮やかで、『あぁー、海外に来たんだなぁー。』と感慨もひとしお。 誰も知らない。何も計画がない。しがらみも、これまでの過去も自分の意思で塗り替えられる。 いきなり目の前に現れた真っ白いキャンバスにどんな色でどんな絵を描くのか。ワクワクしますよね。 結論から言いますと、、、 人間そうは簡単に変わらない。 三十路で独女。日本の現実から逃避してきた私の様な人間が、住む場所を変えたところで根本的に変わるわけもなく。。。ワクワクよりも孤独感や焦燥感に苛まれて、ワーキングホリデーのホリデーを楽しむよりも早くワーキングしなければ!そして自分の居場所を見つけなければ!という環境順応能力が力を発揮して、ワーホリメーカー御用達の定番ワーキング=ジャパニーズレストラン(ジャパレス)に就職することになりました。2010年3月の始めのことです。 ここで、運命の転機を迎えることになるとは予想もしていませんでしたが、振り返ってみるとここでの経験が私の『いま』を形成する上で欠かせない要素であることは避けられない事実です。 そんな運命の転機については、次回詳しく綴りたいと思います。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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