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17/6/25

地下鉄殺人事件

Image by Olia Gozha

それは不覚にも俺が地下鉄の階段下の壁に貼られた、瀬尾玲奈の水着のポスターに目を奪われていた時に起きた。

突然聞こえた、両耳を覆いたくなるような甲高い異音。

「何だ?事故か?」

安っぽいドラマのセリフが口をついて出てしまう。

いや別に、瀬尾玲奈の胸の谷間のせいではない。

しかし事故ではなかった。

地下鉄の車両はホームに近づく気配もなかったし、そんなアナウンスもされていなかった。

よく考えたら異音はブレーキのような金属音ではなく、もっと動物的な何かだった。

「ひ...人が、死んでいる。」

ああ、そういことか。俺は納得した。

異音の正体は人の、死体を発見したおばさんの悲鳴だったのか。

うん。

事故じゃなくて、事件じゃねえか。

およそ人に信用される生き方をしてはこなかったが、こういう場面では何を話しても疑われているような気になる。

もちろんだが、俺にやましいところなどない。

「達也は、人殺しをするような人じゃありません。」

駅で待ち合わせていたガールフレンドの里崎美香は、警察の関係者にそう言った。

今のところ一番の理解者だ。

彼女は細身の割には申し分ないほどの立派な胸の持ち主で、髪型はショートだが長くすれば瀬尾玲奈にも匹敵する外見だ。

ただ少し、思い込みは激しいが。

「いやね。私たちは別に、彼を疑っているわけではないんですよ。」

刑事...というのだろうかこの場合、確か役職と名前を聞いたような気もするが忘れてしまった。

四角く平らな顔をした、濃い口髭の男だ。

「でもね、被害者が彼のご友人らしく、また地下鉄のトイレの近くで怒鳴りあっていたのを聞いた人がいるんです。」

「友人...」

俺はぽかんと口を開けた。

「...って、まさか」

美香もまじまじと俺を見る。

「連城司、という男性です。」

まじかよ。

俺はひっくり返りそうになった。

「この人、殺っていると思います。」

美香はあっさりと俺を見捨てた。

美香の気持ちもわからんでもない。

連城司と俺は、言ってみればライバル関係にある。

それも恋のライバルとか、仕事のそれとか、いわゆるドラマになりそうな間柄ではなかった。

「はあ、なるほど。ライバル関係ではあるが会ったことは一度もない、と」

あまり緊張感のない調書の取り方だ。

「正確には連城司ではなく、うんすんかるた、としか知りませんが。」

口髭男は俺の言葉に、あっそう、と相槌を打つ。

「で、あなたは、こぶとりじいさん。」

何のことはない、ネットゲームのハンドル名の話だ。

連城司もまた、俺のことは「こぶとりじいさん」であり、三田村達也だと知っていたはずだ。

何故なら二人とも実名でアカウントを作成していたので、ハンドル名から辿れば、まあ住んでいる地域くらいまでは限定できる。

うん?ちょっと待てよ。

ということは、トイレの前で俺にいんねんつけてきたのは、うんすんかるただったのか。

そして同じネットゲームをしている美香は、俺と連城,..ではない、うんすんかるたの関係を知っていたと言うわけだ。

が、連城司の写真を見せられた俺は愕然とした。

「この人、誰ですか?」

それは「うんすんかるた」ではなかった。

いや、刑事たちの話を信じるならば、トイレの前で俺が怒鳴りつけた相手は彼じゃなかった。

つまり俺は正真正銘、連城司には会ったこともなかったのだった。

「連城くんが、達也の名前の書いたメモを持っていたのがいけなかったんだね。」

一度は俺のことを見捨てた美香が言った。

「あの野郎、俺のストーカーでもしてたってのか」

俺は、がしっ、と両手を組んだ。

もっとも今となっては故人なのだから、静かにご冥福をお祈りしたいところだ。

「連城くんの彼女、綺麗な人だったな。」

美香がほんわりと上を見上げて言う。

こいつは時々、自分とは違うタイプの同性にめちゃくちゃ憧れるところがある。

「お前、会ったのか」

油断ならないやつだ。と、俺は思う。

おそらく俺が刑事たちに聞き込みをされている間に、どこかで目撃したのだろう。

「うん。坂井真里さんって人だって。かわいそうになあ」

名前まで。

待てよ、どこかで聞いた名前だ。

「なんか、気に入らないな」

俺は言った。

「あんまり胸、大きくなかったけど?」

美香が小馬鹿にしたように言う。

そこじゃねえって。

俺の知らないところで、何かが動いているような気がしたからだ。

「ははあん、あんたかい。俺のことをサツにチクってくれたのは。」

数日後俺は例の地下鉄の駅の近くの裏通りで、やさぐれ者のように一人の男に食ってかかった。

まだ若いが頭頂部の禿げ上がった、丸いメガネの男だった。

もちろん「情報屋」の美香のおかげでこの男を突き止めたのだ。

俺は美香と二人で、男を両側からじりじりと追い詰めた。

「な、何の話ですか?」

サラリーマン風の男は、俺たちに追い詰められて薄暗いビルの壁に背をつけた。

「へっへっへ、神崎さあん。いいのかなあ?、私、あなたのヒミツ知ってるんだけど」

美香がサスペンスドラマで2番目に殺される恐喝者のように男に詰め寄る。

「う。どうして私の名前を...」

神崎と呼ばれた男は、まるで疫病神を見るかのような目つきで美香を見る。

どうやら、観念したようだ。

「何度も言っているように、私はこの人がトイレの近くで誰かに怒鳴っていたと、そう証言しただけです。」

神崎はおどおどとした態度で、俺を見る。

「でもさあ、その相手は、殺された人じゃなかったでしょ?」

俺は少しドスをきかせた声で神崎に言う。

「そうなんですか?」

神崎は丸いメガネの奥の瞳をさらに丸くさせた。

「やっぱり」

美香がうなづいた。

「うんすん...いや、連城くんに達也のこと尾けさせてたのは、あなただったのね。」

今度は女探偵のセリフだ。

だいたいこいつはサスペンスドラマの見過ぎだ。

「んで、本当は連城くんが達也に話しかける予定だった。それを勘違いして、あなたは達也が連城くんを怒鳴ったと証言してしまった。」

「いや、でも」

神崎は美香の言葉に、俺を指差した。

「実際怒鳴っていたじゃないですか、誰かを」

俺は美香と神崎の話を、あまり聞いていなかった。

「もしかして、坂井真里の件か」

俺は誰にともなく口ずさんだ。

「じゃあ、連城司ってのは...」

神崎はこくりと頷いた。

う...そうだったのか。

俺は少し連城に哀れみを覚えた。

「わかった。もう、いい」

俺は肩を落とした。

なんてことだ。俺はこの時ほど自分の運命を呪ったことはなかった。

「神崎さあん。死んだのは連城司そっくりのアンドロイド、とかじゃないですよねえ」

美香が神崎の肩を揺すりながら言った。

俺は苦笑した。

いくら彼でも、機械を死体にすることはできないだろう。

これは一応「殺人事件」なのだから。


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