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  • ☆始めての海外☆ 弾丸 2泊4日オークランド親子2人旅 ~滞在最後の日編~ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 ☆始めての海外☆ 弾丸 2泊4日オークランド親子2人旅 ~滞在最後の日編~ Facebook X (Twitter) リンクをコピー アラームをたくさんかけておいて、朝6時30分に起きた。 今日は曇り、でもポケモン取るには、炎天下だと暑すぎだから、逆に涼しくていいか。 滞在できるのは、泣いても笑っても今日一日だけしかない。何という短すぎる弾丸旅行。 この旅の目的はポケモンだからね。息子が長い時間満喫できるよう朝早くから出かけよう! という事で、自分の支度を済ませ、息子を7時に起こした。 しかし、起きない。まだ眠るとのこと。 今日一日しかないんだよ。いいの? いいとのこと。 7時30分に起こす。 まだ起きない。 ママ、お腹空きすぎてるんだけど、ねー起きてよー! まだ眠るとのこと。 えーじゃママご飯食べてきていい? すると、ダメとのこと。 8時に起こす。 まだ起きない。 ママのお腹は限界だった。 ねーママお腹すきすぎだよ。ご飯食べてくるねーいい? そしたら、いいとのこと なんかあったら電話してと言って、一階のレストランへ向かった。 レストランの中はお客さんが誰もいない。 まだ、やってない時間なのかな? すると、中に中国人の女性のウェイトレスさんが居た。 オープン?(空いてますか?) イェース、空いてますよ! センキュー! といって ビュッフェスタイルなので、好きなものを取ってくださいとのこと。 そして、何か話してくれたけど、わからなかったので、 I can’t speak English ! と伝えた。 すると、チャイニーズ? ノー、ジャパニーズと返答。 すると、黒人のかわいらしいウェイトレスさんが来て、私は、東京に友達がいるのよ と英語で教えてくれた。 でも、日本語は話せないみたい。 さきほどの中国人が 旅行できたの? って言うので そうよ と答えた。 誰ときたの? と言うので、My son よ でも、今、まだ眠ってて、でも、私、お腹すきすぎてここにきたの ってルー大柴英語で伝えた。 そしたら、別の黒人のウェイトレスさんが来てくれて、バターについて詳しく、説明してくれた。 このバターはね、ニュージーランドのバターなの。 そのとなりにあったバターみたいな形のバターではない何かについて、説明してくれてたんだけど、わからなくって、 Sorry I can’t speak English ! と伝えた。 そしたら、あら、そうなの。 ねぇ誰か日本語話せない? って、さっきの中国人と、かわいらしい黒人に聞いてたんだけど、みんな話せないわ と言って、 もう、話せたらどんなによかったかしらってさっきの黒人のウェイトレスが言ってくれて、 なんか、私も含めて、みんなで楽しく笑ってて、気が合って、すぐ仲良くなっちゃうような4人だった。 女子って、万国共通だわって思った。 国籍とか関係なく、女子ならではのあの雰囲気。なんか、どーでもいい会話で盛り上がるあの感じ。 この時、英語が話せてたら、たぶん世界中にお友達がすぐできるわねっと思ったのだった。 そして、窓側の席で、お外を見ながら、朝食を食べた。 メニューは、 ・カンパーニュブレッド (ニュージーランドバターとチーズを添えて) ・スクランブルエッグ ・ソーセージ ・トマトのグリル ・ハッシュドポテト ・ヨーグルト(チェリーのコンポートを添えて) ・グレープを少々 ・ホットコーヒー あー美味しい! 窓の外から見える景色は、やっぱり、建物が可愛いいな。 途中でさきほどの中国人が来て、お味はどう?とのこと、 とっても美味しいわと伝えた。 そして、食べ終えて、お支払いがわからなかったので、 さきほどの中国人へ確認、するとチェックアウトの時で大丈夫よ とのこと。 センキューと言って、 See you tomorrow ! とのこと。 オーノー、明日はもうこないの。 だって今日帰るんだもの。 って、伝えたかったんだけど、単語が出でこなくて、部屋に置きっぱなしのしゅうやも気になってちょっぴり急いでて、そのことを伝えられないで、 See you tomorrow ! って言ってレストランを後にした。 部屋に戻ると、しゅうやはまだ寝てた。 どんだけ疲れてたんだろう。 そして、まだ眠るって言ってる。 もうー、今日しか滞在できないのにな そしたら、ママその辺お散歩してくるねー。 どのくらい? と言うので、1時間くらいと伝えると、 やだとのこと。 そしたら、30分で戻ってくるよ それなら、いいとのこと。そして、またしゅうやは眠った。 お散歩お散歩。帰り道、間違えないように、曲がるところの目印をみつけた。 昨日は、右に行ったから、今日は左側に行ってみよーっと! ショッピング街だから、色んなお店が立ち並ぶ。 でも、これと言って入ってみたいお店はなかった。 しばらくして、横断歩道を渡って、反対車線をホテル方面に向かってお散歩する。 やっぱり、この街並み好きだな。 なんか穏やかでやっぱり落ち着くわ。 そして、ホテルの少し前の、コンビニっぽいお店に入った。 中には、洗剤とかの日用品とか、フルーツ、お菓子、パン、飲み物、色んなものがあった。 ホテルで小腹が空いた時に食べるように、 チョコレートクッキーと、キットカット、ポテトチップス、大きいペットボトルの水を買った。 そして、ホテルへ戻った。 しゅうやはまだ寝てた。 もういい加減起きないとだめでしょ ってことで、無理やり起こした。 そして、朝食どうする? 下のレストランにする? と聞くと、 またマックに行くとのこと。 マックに着くと、朝マックの時間だった。 ハッシュドポテト、マフィンを注文。 ホテルで食べるとのことで、ホテルに戻って食べた。 早く行かないと、今日一日しかないよ。 すると、 13時からで間に合うよとのこと。 えーそうなの? そしたら、ママ眠くなってきちゃったから、少し眠るね。時間になったら起こしてね。 ってことで、ママ眠る。 数時間であったが、相当深く眠れた。 起きたらすっきりだった。 そして、少し小腹が空いてたので、さっき買ってきたチョコレートクッキーを食べた。 うーん。凄く、麦の味が前面に強調しすぎている。これは食べられない。 では、キットカット、うーん。甘すぎるー。 うん、これも一口しか食べられない。 ポテトチップス、これは普通の塩味。 少し食べて、しゅうやの身支度を整え、いざ、ポケ活へ! しゅうやのポケモンは海辺に出没。 海辺までどのくらいの距離かしゅうやに確認すると、直進500メートルで、普通に歩くと1キロメートルとのこと。 それなら、歩いていける距離だね。 ってことで、しゅうやに道案内してもらって海辺まで歩いた。 海辺の入り口に到着 わー海が見えるよーー!!! So beautiful !!! なんて素敵な港なのーー!!! ママは一人で大興奮! パシャパシャと携帯のカメラで写真を撮る。 やだーお店も全部かわいすぎるー!!! パシャパシャ パシャパシャ シャッターチャンスが沢山でたくさん撮りまくる。 しゅうやはポケ活モード一色だ。 顔色ひとつ変えず、クールにポケ活。 そして、ママの携帯は取り上げられた。 しゅうやは、自分のiPadと別のアカウントで私の携帯でもポケモンをとる。 そして、しゅうやのポケ活ルートに従って、私は、景色を満喫しながら、のんびりとお散歩をする。 わーもう綺麗で美しすぎる! ヨットやクルーザーがところ狭しと並んでる。 かもめも飛んでて、なんて素敵なの! あーこれは、お天気だったらもっと素敵だったに違いない! あー素敵!!! もうシャッターチャンスがいっぱい。 しゅうやに携帯貸してと伝えると、 だめとのこと。 いやいや、もうこれないし、ここは、ママも譲れない。 シャッターチャンスはそんなに多くあるわけではない。 無理やりしゅうやから取り上げて、パシャパシャ撮る。 しゅうやは、めちゃくちゃ怒ってる。 でもでも、ママだって譲れない。 そして、携帯をしゅうやへ戻す。 しばらく歩くと、今度は、この素敵な景色をみながら、思いっきりくつろげる場所があった。 みんな、ワインやシャンパンを飲みながら、外にあるビーチベットで思いっきり、バカンスしている! わー、私もあそこで究極にくつろぎたいわ でも、子連れだと無理ね。 ここは、将来、子どもたちが、独立した後に、素敵な人と来て究極にくつろぐことにしよう~て決めた。 あーシャッターチャンス、またまた、しゅうやから携帯をとりあげてパシャパシャ そして、すぐしゅうやに返す。 しゅうやが怒ってるから、もっともっと撮りたいけど、最小限しか撮れなかった。 しばらくポケ活していると、 iPadを見せ、タクシーでここに行くと言う。 すると、グッドタイミングで目の前にタクシーがきた。 で、iPadをみせて、ここに連れて行ってとお願い。 場所オッケーとのこと。 この方は、インド人の男性、たぶん35歳くらい。 そして、行き先は私は、よくわかってなかったが、どうやらフェリー乗り場らしかった。 フェリーに乗るのかい? と聞かれたので、乗らないと答えた。 じゃ何しに行くんだい? と言うので、息子のPokémon GOと返答。 そーなんだね 息子は何歳だい? 11歳と答えた 旦那さんは、きてないのかい? うーんとね、旦那はいないの。 えーと離婚したから でも離婚の単語がでてこない。 Marry の反対と言って、両手でバツを作って伝えた。 すると、broken ? とのことで イェースイェースと伝えた。 子どもは一人かい? もう一人いるよ え、どこに? ジャパンと返答。 何歳?誰がみてるの? 4歳、私の父と母って伝えて、病気になっちゃって来れなかったと説明。 いつ帰るの? 今日(日付は明日だけど) 今日??? そう、ジャニュアリー、ファーストの3時には帰る わおー迎えはあるのかい? もう、頼んであるよ と、伝えた。 そして、私もたずねてみた。 あなたは、どこ出身なの? すると、ジャパンと言ってる。 ん???ってなっちゃって、止まっちゃった。そしたら、どうやらジョークだったみたいだわ。私、いっつもおとぼけだから、ごめんね、すぐにジョークってわからなくって。 彼は、インド出身なんだけど、奥さんがニュージーランドの人なんだっで、教えてくれた。 それで、なんで別れたんだい? えー、なんでって、モラハラパワハラが20年あって、、、最後は若い女の子と、、、 って、英語にするの難しすぎ! だから、最後のベリーベリーヤングガール って伝えた。 そーなんだ。その子はプリティなのかい? って聞くから、 まあ、可愛いことは事実だから、イェース、プリティガールと伝えた。 そしたら、君の旦那さんはなぜ別れたんだい?君は、so beautiful だよ って慰めてくれた。 だから、センキューと言って、 ほんとにほんとさ、君はほんとにso beautiful と言っていただいた。 だから、センキューソーマッチとお伝えした。 君は何歳なの? 39歳って伝えると、みえないよ、28歳かと思ったよってまたまた、慰めてくださったので、センキューセンキューと伝えた。 そー言えば、この会話全部息子きいてるわ。 まあ、いっか、全部知ってるしね。 しゅうやは、子どもだけど、コナンくんみたいに、子どもの顔した大人みたいな感じだし。 君の職業はなんだい? 社労士、うーん、単語がわかんない。 日本語で答えるのも難しいのに、うーん ってやってたら、となりの息子、社労士の英語をグーグルで翻訳してくれている。 へー、息子、私の職業知ってたんだ、でも、検索してて、くるくる回ってなんか、ネットが上手く繋がってなくて、結局、答えはでなかった。 ソーリー、説明できないわ。 ってとこで目的地に到着。 ポケモン終わったら、電話してくれれば、ここにまた迎えにくるよ とのことで、電話番号もらって、タクシーを降りた。 すると、息子、とってもアングリー。 どうやら、時間切れでポケモンが消えてしまった模様。 おー、でも仕方ない。 確かに道混んでたしね。でも、周りを見渡すと、乗った場所からそんなに遠くない気がする。 距離を稼ぐのに、遠回りしたのかもしれないね。でもまあ仕方ない。 ってことで、目的のポケモン以外を取りながら、またポケ活した。 ここは、フェリー乗り場、タイタニックみたいな豪華客船があった。 あんな、船でゆっくりと旅するのもいいわねー とか考えながら、お散歩していた。 そして、しゅうやは、もうポケ活は終わりでいいとのこと。 では、ホテルに戻りますかってことで、さっきのタクシーは呼ばずにホテルへの道を歩いて帰った。 帰る途中で、大きいサンタクロースとトナカイがビルにくっついているお店に行きたいとのことで、中に入った。 そこで、しゅうやとかずきのLEGOの小さいおもちゃを買った。 そして、街には、ストリートミュージシャンがところどころいた。 しゅうやが、コインを入れたいと言うので、コインを渡した。 そして、しゅうやは、ストリートミュージシャンに出会うたびにコインを入れていた。 センキューと言ってもらって満足そうなしゅうやであった。 あーお腹すいたな。 ママは、ラーメンとか、ご飯が食べたいな。 でも、そう言うお店は見つからなかった。 そして、ホテルに戻ってきた。 あーお腹すいたな。 しゅうやは、まだ、空いてないとのこと。 でも、ママはお腹すいたから、ルームサービスでもとるか?ってことで、 ルームサービスの電話をした。 サーモンのグリル マッシュポテト サラダ 炭水化物がほしかったので、 スパゲティボロネーゼ を注文した。 結構なボリュームで、全部食べられず残してしまった。 でも、美味しかったです。 しばらくして、ホテルでゆっくりした後、 今度はしゅうやがお腹すいたとのこと。 外はもう遅い時間、暗くなると治安が悪いって書いてあったから、ルームサービスとる? と言ってメニューをみせると、食べたいのがないとのこと。 そしたら、下のレストランに行くとのこと。 そして、レストランのメニュー。 なんと、ルームサービスに書いてあったのと、全く同じメニューです。 しゅうやが食べたいのがないとのこと。 えーー でも、このまま出られないよ。 だから、 しゅうやが食べられそうな、牛フィレステーキと、普通のパンがなくて、ピタパンしかなく、ガーリックバターのピタパンを注文した。 ママはすでに、お腹いっぱい。 でもしゅうやも食べきれないとのこと。 だから、一緒に手伝って8割くらいは食べた。 当初、デザートのメニューを食後にお持ちしますねと男性の黒人のウェイターさんに言われてたのだけど、もうお腹いっぱいで入らないから、デザートのメニューをもらう前にレジに行き、ルームナンバーを伝えて、サインをし、 お腹いっぱいで、残してしまってごめんなさい。 そして、デザート頼まなくってごめんなさい。 とっても美味しかったわ。ありがとう。 と伝えた。 すると、気にしないで、センキューとのこと。 バーイと言ってお部屋に戻った。 今日でもうオークランドともお別れだね。 日付がかわって3時には、迎えに来ちゃうから、お風呂入って早めに眠ろうってことで、 しゅうやを先に入れて、お布団に寝かせた。 でもしゅうやは眠れないとのこと。 しゅうやは、僕は眠らないで起きてることにするよ。飛行機の中でねるからいいとのこと。 そして、私もお風呂に入り、帰りの荷造りをした。 そして、ルームサービスで、食べ残してしまったお皿を置いたお盆の上に、お腹いっぱいで残してごめんなさい。とっても美味しかったです。ありがとう。と英語でメモを残しました。 それから、キッチンのカウンターのところに、ニュージーランドありがとう。オークランドありがとうと英語でメモを残しました。 しゅうやに、少しは寝た方がいいよっていったが、眠らないとのこと。 ママは少し眠るね。 ってアラームをたくさん設定して眠ろうとしたが、 結局眠れなかった。 すると、バンバンバンバンと音がする。 しゅうやが何の音? もしかして、銃声かな? そうかもしれないね。 だって夜は治安悪いって書いてあったもん。 それにしては、凄い銃声だ。とても激しすぎる銃声 しゅうやと窓の外をみると、スカイタワーから花火がすごい勢いで発射されている。 なんだ、花火か、そうか、ちょうど、2019年になったんだね。 そして、2人で花火をずっと見ていた。 花火が終わると、ニューイヤーをお祝いするテンション高めの人達の声がよく聞こえる。 うん、うるさくて眠れない。 しゅうやは、やはり、ずっと起きてるとのことだった。 ママは、1時50分まで寝るから起こしてねと言って目をつぶった。 寝付けなかったが、いつの間にか眠っていて、アラームがもう鳴っている。 しゅうやも時間だよと言ってる。 でも、眠すぎて目が開かない。 あと、5分で起こしてね。 また、寝る。 あと、5分で起こしてね。と言って また、寝る。 また、5分と言って何回かやって やっと眠い目をこすりながら、やっと起きた。 身支度を整え、ホテルの部屋をでた。 そして、1月1日2時30分にチェックアウトの手続きに向かったのだった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • Bride of Japan 2015ファイナリスト 土屋有里紗 志望動機 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/9/2 Bride of Japan 2015ファイナリスト 土屋有里紗 志望動機 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 僭越ながら、この度は、 なぜ私が"bride of japan2015"のコンテストに参加させて頂いたのか、 ということをお話しさせていただきます。 なんで"bride of japan2015"にエントリーしたの? まずは私が育った環境から。 両親、弟との4人家族。 母の兄弟はとても仲良しで、幼少期から、 親族一同が家族という感覚の下、愛情を注ぎ育ててもらいました。 私にとって、叔父さん叔母さんは両親同然。いとこは兄弟のような存在。 私にはお兄ちゃん、お姉ちゃんがいっぱいいるのです♡ 運動会やピアノの発表会、特技としている書道の展覧会など、 どんな場面でも親族が自分の事のように喜んで集る、それが私の家族。 そんな私は、親族が愛情を持ったチームだな、 と感じる場面が多々あるわけで。 特に一番心に残っているのは祖母が亡くなった時でした。 新潟に一人で住んでいた祖母が体調を崩し、 しばらく入院すはとこになったのです。 東京に住んでる親族皆で仕事の休みを調整し、 誰かが必ず祖母の側にいれるようにしました。 皆で一冊のノートを共有し、 今日あったことや思ったことを各々に記してゆく。 帰り際は"帰るね"じゃなく"また来るね"って言葉を遣ってね! こんな一行が書いてある日があって、 同じ現象を説明するにも、言葉一つで伝わる印象が違うのだな、 と感じたのを今でも覚えております。 常に相手の立場を考えるのは私の家族の自慢できるところ。 例えば、日本人の素養としてお稽古している茶道についても同様で。 叔母さんが先生。母、いとこと共にお稽古をしておりますが、 ここでも相手の立場を考えるというトレーニングをしている気がしてなりません。 一杯のお茶を点てるための準備や四季に応じた変化の数々、 物や時を大切にする心などをお勉強させてもらえてるなと。 更にこれが家族から教われているからこそ、 わたしには特段の意味を持つ。 いつか私が結婚する時には、 同じような愛情溢れる家族を築きたい。 こう思うのは自然な流れでした。 学生時代から5年半お付き合いをしていた方と結婚の話があったのです。 いつかいつかと考えてはいたけれど、 いざ結婚という言葉を前にした時、、、、 理想の花嫁とは?家族とは?初めて向き合いました。 幸せな環境を当たり前のように受けてきたからこそ、漠然と過ごしていたのです。 いざ結婚の二文字を目の前にし、正直"幸せ"というより"不安"のほうが大きかった。 理想の花嫁って? 幸せって? 家族を築くって? そんな時、私の不安をいち早く察知したのは両親でした。 "あなたが笑顔で過ごすことが私たちの幸せなのよ"という母の言葉でハッとしました。 結婚したら、家族が喜んでくれるとばかり思っていたけれど、 私が幸せだと実感しなければ、家族の喜びには繋がらないのだと。 ちょうどその時 知人の紹介で"bride of japan"の存在を知ったのです。 なんだか不思議な縁を感じ、エントリーさせていただきました。 正直、人前に立つことは慣れていないというより、むしろ苦手な私です。 他のコンテストのように、 見た目の美しさを重視する大会だったら、 まずエントリーしてなかったと思います。 "Bride Of Japan"コンテストが見た目の美しさではなく、 家族や文化に価値を見出していること。 今年のテーマが"献身さ、思いやり、感謝の心"だったから。 こんな、タイミングでbride of japanに出会って、自然とベクトルが定まりました。 理想の花嫁像について考えたい。 改めて家族について、時の大切さについて考えたいと思ったわけです。 日本人として生まれたからには日本人としての良さを伝えられるように。 母や叔母が伝えてくれる教育の中にも常にそんな言葉がありました。 私は私の経験でしか話ができない。 けれど、育った環境、経て来た経験を通して伝えられるものがあるはず。 そう思からには発信する使命があるとも感じるのです。 個人的な意見ですが、戦後70年を迎え、改めて思うのです。 日本人の協調性は戦争の経験が大きく創り上げたのではないか?と。 また、この協調性が感謝の心を育んだのではないか?と。 どんな状況でも、我が身だけでなく他者を想える。 そんな協調性や思いやりは日本特有のものです。 この事を少しでも多くの人に発信し、 少しでも多くの方が共感してくださるのであれば、 少しばかりでも世の中の幸せが増えるのではないかと希望を持っております (少しばかりという言葉を連用しているあたりが、我ながら日本人だなと感じる訳ですが、�de05) 大きな一歩も小さな事の積み重ねから! けれど、何よりも忘れてはならないこと。 それは心身共に健康な女性が愛情溢れる家族を築くということ。 その大会を通じて、心身共に魅力的な女性に近づくこと、 そして、日本人女性の献身さ、思いやり、 感謝の心を伝えられるように努力してまいりたいと思います。 土屋 有里紗 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 華の20代前半。寝たきり重症アトピー。(後半)悪化の恐怖から勝利へ。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 華の20代前半。寝たきり重症アトピー。(後半)悪化の恐怖から勝利へ。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー ※このストーリーにはアトピー治療法が出てきますが、あくまで個人差がありますので、あらかじめご了承ください。 前半がありますので、そちらを読むとあらすじがわかってくると思います。 「20代の前半は人生で一番楽しいころだよね」 当時はよくそんなことを言われていました。 皮膚をかきむしって、ただ独りアパートの一室で悶え苦しんでいて、何が楽しいでしょうか? 23歳ごろ、大学院修士課程で研究をしつつ、就職も視野に入れてアトピーをなんとかしようと思っていました。 ステロイドや謎の民間療法からのアプローチをやめ、今まで考えたこともなかった、鍼灸や漢方といった東洋医学からの体質改善。 体質改善というと時間がかかりそう、とか身体に良さそう、とかそういうイメージしかなかったですが、ここからが自分との本当の闘いでした。 鍼灸自体は、先生に体の状況や気の巡りをみてもらい、針もちょっとチクっとなって、後ろでゴーンと瞑想のBGMが流れているような、そんな感じでした。 しかし、一気に体がゆるみ、たまっていた毒素が出ることこそが意味があるそうで、朝起きると全身にありえないほどの痒みが遅い、汚い話で恐縮ですが、部屋全体が皮膚で見えなくなるほど真っ白になりました。 かきむしるほうが毒が出て良いとのことで、風呂でも部屋でもかくだけかきむしりました。 顔は全力で真っ赤になり、ありえないくらい薄くなり、さすがに友達からも大丈夫?と聞かれたりもしました。 漢方を飲む治療も並行して開始し、体の毒素が出てるだとかで、寒気やだるさもどんどん出てきました。 食事療法は辛かったです。ご飯、野菜、大豆中心。砂糖や肉はあまりとっていけないということで、今もそういう生活に戻した方がいいかなとも思います。 その全力で皮膚をかきむしる地獄の修行は3ヶ月ほど続きました。 実家に戻っても、両親の前で全力でかきむしる自分。何も理解されない怒りを皮膚で表現しているような、孤独と屈辱と苦しみと。 先生に3ヶ月と言われていたから潜在意識がそうしたとかそういうのはわかりませんが、3ヶ月すぎくらいから、だいぶ元の綺麗な皮膚が出てくるようになりました。 食事療法やしばらく続けていましたが、漢方も4ヶ月目くらいから処方がなくなり、めでたく卒業(^^) 呼吸法や気功法など、体の調子をよくすることはやっていたので、逆にエネルギーが高まりすぎていろいろそのあとあったりしましたが、重症アトピーとは無事おさらばしたのでした。 今でも、ちょっとかゆみが出たりはしますが、小さい噴火で毒出しをしているので、大噴火したりはしないように思えます。 色々深い領域まで学び、心を変えないといけないと思いながら、東洋医学や気の巡り、精神的な学びのあった学生時代だったのでした。 お読みいただき、ありがとうございました! X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 投資事業への配属が確約されて入社したのに入社式の日に異動を命じられる | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/3/1 投資事業への配属が確約されて入社したのに入社式の日に異動を命じられる Facebook X (Twitter) リンクをコピー 2008年10月に、当時大学4年だった僕はアメーバの会社の子会社の○○モバイルという会社に入社した。CAモバイルの投資先で9月までアルバイトしており、CAモバイルの投資部門が若手を募集しているとのことで応募して働かせてもらうことになった。その後はOJTで紹介で持ち込まれる案件の経営者に毎日会い、デューデリの日々。学生ということでそこまで事業経験もなく、わけがわからない状況で議事録すらまともに取れていませんでした。しかし、かなり密度の濃い日々で、ここでの経験が今の僕のベースを作っていると断言できます。上司とも喧嘩しながらもガチで戦いながら鍛えていただいていました。 2009年4月に、3月は卒業旅行のため会社を留守にしており、久々に入社式で出社。たまたま上司と廊下ですれ違うと、神妙に「後で話がある」といわれる。同期は20数人いたが全て総合職採用で、僕だけ10月に遅れて内定をもらい、事実上部門別採用だった。投資部門で即戦力にするために10月以降はフルタイムで働いていた。夜に上司に呼ばれて話を聞くと「投資部門で採用できなくなった」と言われる。リーマンショック後ということもあり、投資にリソースを割かない方針となったという。え?部門別採用でしょ?うそ?と頭が真っ白に。ただし、内定書には部門別との明記はなかった。事実上の部門別だっただけである。部門での採用がなくなったからといってクビになるわけではないが、この会社での投資以外での仕事に興味がなかった。入社式に配属を覆される。なかなか希有な経験だ。 その後、社内の役員などに政治を試みるも虚しく投資部門への配属は叶わず。配属はキャリアとの交渉の部署となったが、やる気が全く出ず、鬱の手前状態に。その後広告営業に移るが、REP業に意義を見出せず結局2009年12月に退社した。なかなか苦い新卒時代の思い出だ。社会人になってから、社会人1年目が一番辛く、パフォーマンスが悪かった。広告営業などの経験は今に役立ってはいるものの、「会社を信用し切ってはならない」という思考の礎はこの体験にある。会社は従業員の希望を飲むとは限らず、あくまで会社都合である。会社に振り回されるのが嫌でたまらなく、僕はフリーランスとなった。 会社なんて信じちゃいけない。信じられるのは自分だけ。今も忘れられないトラウマ的な出来事です。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第36話 パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 第36話 パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 第36話 わたしの転機1「犯人は誰だ?」 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 小説アプリpeepの記事の1日アクセス2000。ホラーといえばかまいたちの夜から始まった私のサウンドノベル好き。我孫子武丸先生お元気ですか? | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 小説アプリpeepの記事の1日アクセス2000。ホラーといえばかまいたちの夜から始まった私のサウンドノベル好き。我孫子武丸先生お元気ですか? Facebook X (Twitter) リンクをコピー タイトル、小説アプリpeepの記事がここStorys.jp過去記事遡るとあるんですけど、ここにきて、この記事の1日アクセスが最低1500くらいで常に2000あって、なんで?! って思っています、琴音です。 私のホラーやミステリー好きの原点は、サウンドノベルゲーム、かまいたちの夜、弟切草。 これ、高校生のときに、文芸部の友達の家で、スーパーファミコンでよくやりましたね。 ついに自分用にも買ってしまって、やり込んで、それでも飽き足らず 私は当時、mixiと楽天ブログをやっていたのですが、どちらか覚えてないけど顔晒してブログしてて、ネットアイドル気取りのアホだったんですね。 調子にのった私は、我孫子武丸さんのホームページのメール問い合わせをして、『かまいたちの夜パロディの小説を私のブログで書いてもいいですか?お金は取らない完全な趣味ですが、とても尊敬している作家さんなので作風を壊さないようにすることと、一言お断りいれたくてメールしました』と いれたらですね 文字しかないんですが 『本人です、わかりました。そんなふうに私の作品を大切にしてくれてありがとうございます。どうぞお使いください』という え?! 最初、スタッフさんからメール来たのかな、と思うくらい、でも本人??公式ホームページだし、個人のだから本人??と困惑しながらも かまいたちの夜パロディに着手して パラレルワールドのストーリーを書いていましたね。 それもあって、LINEのチャット形式小説のpeepは、ハマってしまう要素しかないんです。 『マルチエンディング』っていうんですか? 『選択肢』によって変わるエンディングがあるもの 『謎』があるもの そして、答えがあるもの、を読んでしまうと、私はたどり着くまで手を伸ばしてしまうし、読んでしまいます。 『もっとよく読んで?』とか言われたらどんどん読んでしまい、深みにハマり沼です。 Peepの面白いところは、いろんな作家さんがいるのですが、個々に個性があって、ホラーとかミステリーだから多少どこかで聞いたような設定もあるのですが、『オマージュ』の仕方がうまいのと、飽きない。 一時、中毒のように課金して読んでいたので、いまは、少し離れています。が。 このアクセス数をみて Peepに戻ってまた感想文書こうと思います! 待ってろ!peep!!愛してる! X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「如舟寺」 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 「如舟寺」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 澄んだ水が流れる、浅い川の左岸を足を濡らしながらゆっくりと歩く。冷たく感じられる水が心地よい。周りの木々を見上げる。芽吹き始めた新緑に早くも夏の始まりを感じる。 しばらく歩くと、左岸の少し下がった所にお寺が見えた。何気なく立ち寄ってみようと思い、山門をくぐる。門には「如舟寺」という額が掛かっている。 本堂に入ると、仏像ではなく赤い顔をした仁王像のような本尊が安置されている。なぜか左側の顔から肩にかけて、耳、頬、肩の辺りがひどく朽ちている。このお寺の住職が読経をしている。読経が終わったあと、住職に声をかけられた。何と言っていたかは思い出せないが、非常に温厚で感じのよい人だった。 お賽銭がわりに千円札を出すと、住職はお礼に古い戸棚の引き出しから、濡れてくっついた昔の百円札の束を取り出し、数枚の百円札を慎重に引き剥がして手渡してくれた。 それから、紙のアルバムを取り出し、昔のお寺の白黒写真を一枚一枚見せてくれた。このお寺は昭和21年頃から、ほとんど変わっていないそうだ。そのあと、住職は僕にこのお寺のお札を下げ渡し、寺院に参拝するときは、必ずお賽銭を忘れないようにとにこやかに諭した。 一週間くらい前に見た不思議な夢。「如舟寺」っていう寺は、どこかに本当にあるのかな。川の近くにある「舟の如き寺」ってのは出来過ぎなんだけど。 Googleで調べると、それらしきお寺はヒットせず、芭蕉の弟子の中に大井川のあたりに住んでいた如舟という雅号を持つ人がいたらしいことがわかった。 この一週間、この夢の意味をいろいろ考えてみたけど、よくわからない。よくわからないけど、何か重要な意味があるような気がする。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 産後うつ~双極性障害ママの奮闘記 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/12/20 産後うつ~双極性障害ママの奮闘記 Facebook X (Twitter) リンクをコピー *プロローグ* 泣き声が響き渡っている。その声を聞くたびに怖くなり、体が硬直していく、こわいこわいこわい。 もうやめて!廊下で泣き叫ぶ子どもをおいて、私は自室のベットで声が聞こえないように布団をかぶっていた。 (専門家ではないので、お薬のことや治療のことは質問などはご了承ください) *第1章*妊娠発覚 トイレでびっくりした。何気なく気持ちが悪いから検査薬で調べたら陽性。夫に電話したら歓喜の声。帰ってきてからは号泣しながら喜んでくれました。 いましたまでもとても私を大事にしてくれて本当に大好きな夫でした。 私もうれしくて、涙が出た。 私も喜ぶ夫をみて、そして妊娠したことに喜んでいましたが、もうすでに不安に襲われていたのだ。 私が本当に育てらけるのかと。。 私は20歳の頃から自律神経失調症やら、うつ病などで治療を受けてきた。自分すら保てないのに本当に出来るのかという不安が、喜びとともに心の中に少しずつ湧き上がっていくようになる。 *第2章*妊娠中 薬は漢方薬に、本当に辛い時にデパスを飲んでいた。 妊娠中はみんなが私を心配してくれる、他の人も気にかけてくれる。それだけで私の中で、人から私は嫌われやすい人間だけどみんなが優しくしてくれると思い、私の中の寂しいインナーチャイルドが落ち着いて少し静かにしてくれるときもあった。 しかしこれは期限付きそう思うだけで、心が闇に支配されていく、インナーチャイルドも暴れ出しお風呂でなきじゃくって日々もあった。 そんな日々を送るなか一人で産後やっていけるのか。昼間私一人だけでは大変と意見になり、住む場所をどうするかとの話が出てきました。都心で働いていて、主人の実家が都心内ということとでと、経済的にアパートを借りるなら極小でも戸建という話もでてきました。 トントンと話がでてきてしが始まりました。どれも遠くてどうしようというところで、義母が見つけてきた中古戸建てが立地的に駅が近く、そこに決まりました。 義父も宅地管理に取り引きも明るい人だったのでどんどんと私たちの家族が出る幕もなく、夫と義父の共同名義で決定しました。私はつわりで、もうろうとしている中、やっぱりやめようと不安で夫に伝えても、いいとこらなんだから、後何部屋しかないんだよと言ってきたので、とにかくお腹の張りもひどくなり、早くこの話が終わって欲しい一心で、この戸建購入に決定されました。 ここの戸建がのちに首を締めることになることも知らずに。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第一章:目覚めない夢 vol,3 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/6/8 第一章:目覚めない夢 vol,3 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 通い慣れた道が、どうも季節にふさわしくないほど薄暗いものに見える。目的地に近づくにつれ、どんどん呼吸が浅くなる。このまま逃げ出してしまいたくなる気持ちになりながらも、車を踏むアクセルはとめられない。 かつて住んでいた自分の自宅に向かう車の中でリーはこの3年間のことを思い出していた。 二番目の妻との暮らしは、最悪という言葉にふさわしいものだった。母親に似て欲張りな娘。ブランド品や高級なものに目がない割に、自分で稼ごうとする気力もなかった彼女に対して、最初の1年ほどは自分が頑張って養えば、そのうち彼女もこちらを振り向いてくれるだろう、と思っていた。 ところが、アメリカに家を建てて、こちらで三人一緒に暮らすようになってから1年が経ったある日のこと。 「あなた、今日からこっちで過ごしてくれない?」と妻から要求があった。 その妻の言う「こっち」のいうのは、半地下につくった倉庫のような部屋のことだった。窓はもちろんない。それ以上に、この場所は暮らす為につくった場所ではなかった。 「この子ももう大きくなっていくから、彼女だけの部屋が欲しいのよ。だから、あなたは下に行ってくれない?」 こちらのNOを受け取らないくらいあたり前のようなその要求を、断る勇気も権力もリーは持ち合わせていなかった。 それからというものの、地下室での暮らしがはじまった。朝早くに仕事に出かけ、夜に帰宅してから家でごはんを食べる。妻のつくるごはんは決して上手とは言えなかったが、リーが時折腕をふるってつくる晩餐を、二人とも断固として受け付けなかった。 気付けば、食事は別々にとるようになった。自分のごはんは、自分でつくる。この家に住んでいる家族という形だけの人間関係が、もはやリーにとっては家とは何かを思い出せないくらい麻痺させてしまっていた。 それが仕事にも影響を及ぼした。元々シャイな性格もあり、また30歳という微妙な年齢でアメリカに飛び出したリーにとって、英語で流暢にコミュニケーションを取ることは容易くなかった。 最初にアメリカに渡った時の数年間は、もちろん生きていくのに必死だったから、対人関係のことなど気にしていられなかった。 毎日12時間以上働き、家族をアメリカに向かい入れる準備で必死だった。 なんとか見つけた安定的な職を頼りに、1番目の妻と娘のチャンをアメリカに呼ぶことが出来たのは、チャンが13歳の時。リーは既にアメリカに7年滞在していた。根無し草のような生活は、最初の妻と娘がアメリカに渡った後も続く。思春期にさしかかっていた娘は、早めの反抗期で自分にまるで懐かず、新しい環境に慣れなかった最初の妻も、リーに八つ当たりをするようになった。 この国で、母国では得ることの出来ない成功と、家族への豊かな暮らしを希望にやってきたはずなのに、いつのまにか生きていくことに必死になる毎日。 滞在して10年目でようやくグリーンカードが受け取れたと同時に、最初の家族は妻の浮気でバラバラになった。 娘のチャンは、最初の妻に引き取られることになった。やがて彼女は再婚し、チャンは新しい家族と一緒に暮らすことになる。 それからと言うものの、最初の妻との連絡は途絶えたが、娘との連絡はささやかながら続いていた。 隣の州に住む娘とは時々電話をする。だが、その電話の結末はいつも喧嘩で終わっていたのだった。 自分の何がいけなかったのだろうか、何がダメなのだろうか、と考える間もなく再婚したことに関して、ようやく今頃、もっと別の道があったんじゃないか、と想像がよぎる。 今更考えても仕方がないことだが、そうでもしないと今の空虚感に耐えられそうになかった。少なくとも、今から会う二番目の妻…まぁ、これから元妻になるであろう女性と、対等に喋るには、少しでも別のことを考えたいというのが本音だった。 ブルルルン… エンジン音が鳴り止むのを聞きながら、しばらく車の中に座り込んでいた。 ガレージの前に広がる芝生はきれいに整えられている。しかし、これも妻が行っていることではなく、高いお金を支払って外注しているのだ。 どうしてこんなに、お金がかかるのだろう、とリーは彼女と暮らして何度思ったことか。元々質素な暮らしを愛していたリーとは正反対で、裕福な家庭で育った彼女は、流行に敏感で、テレビや映画の中でハリウッドスターが着るようなドレスやバッグにばかり興味を持つ。そのため、鍼灸師の仕事に着いてからというものの収入は安定していたが、常にどこにお金が流れていくのか不安で仕方がない日々が続いた。 重い腰をもちあげて、車から出る。今日はいよいよ、離婚の最後の話し合いをする日だ。弁護士を通して話を進めていたものの、やはり何年も共に暮らした家族であったことに変わりはない。 最後の確認として、養育費のことや家のこと、持ち物のことについて話し合おう、とリーが持ちかけたのである。 ドアベルを押すと、ジーっと言う鈍い音が聞こえた。しばらくすると、妻の連れ子がドアを開ける。それをみて、そうか今日は日曜日だったと気付く。離婚が決まってからの数ヶ月は、これからのことを心配して土日関係なく働き詰めだったため、曜日感覚がなくなっていることに気付いた。 ドアを開けるなり、プイッとそっぽを向いて歩いていく彼女を見て、リーはますますむなしくなり、もう自分の家ではなくなるその建物の中に入っていった。 自分で建てた家というのは、出費したのは自分というだけであって、内装から家具、カーテンの配色やベッドカバーなどの柄なども、すべて彼女好みに整えられた。リーはとにかくお金を出し、彼女の好きな家に住ませることが、この家族を保っていける唯一の方法だと思っていたから、当時は何も口を出さなかった。 今思えば、すこしくらい、口を挟んでおけばよかったな、と思う。 「あなた、今日は仕事じゃないの?」 「あぁ、もう午前中に終わらせて来たよ。今日はこれでおしまいだ。」 「新しくきたユキはどんな子?」 リーは、彼女がユキのことを知っていると聞いてびっくりした。 「どうしてユキのことを知っているの?」 「だって、あなたが自分でこの前教えてくれたじゃないの。そんなことも覚えていないの?本当に昔から、自分の言ったことを良く忘れるわよね。」 そのことに、リー自身もびっくりしていた。 確かに、歳をとるにつれて、物忘れがはげしくなっている気がしている。でも、ユキのことを彼女に話した覚えがないことに、ちょっとばかり焦りを感じた。 どうせなら、この家でのことも忘れてくれればいいのに… そう思いながら、話題を変えようと口をあける。 「そういえば、仕事はどう?新しい仕事は見つかったの?」 「ええ、見つかったわ。今までのより少しだけ待遇の良い会計事務所。家から30分くらいのところにあるわ。」 「そうか…」 自分から会話を持ち出したものの、その先が見つからない。なんとか気をまぎらわそうとして、ふと今に置いてあるピアノに目がいく。 「そういえば、このピアノはどうするんだ。君も、あの子もピアノを弾かないだろう。」 「あぁ、そうね。これはどうしようかと思っていたの。あなたが持っていってもいいわよ。私たちにはいらないものだから。」 わたしたちにはいらないものだから…というセリフが心に刺さる。ピアノはこの家で、リーを癒してくれる唯一の存在だったからだ。それを必要ないと言われてしまうと、本当に自分も必要ないのだと実感するようで、胸の奥がギュッと固くなった。 「わかった。じゃあ、一週間後に取りにいくよ。」 そう言い残して、他の事務的な会話を住ませ、リーは帰路についた。 家に帰るとユキがごはんを用意してくれていた。そう言えば、この前の学校のテストはどうだっただろう?もう何日か経っているけれど、聞いたような聞いていないような気がする。 こんな時にも、物忘れの激しい自分に嫌気がさす。勇気が出ないから、聞いたことにして、もうその話題には触れないようにしよう。 そう心に決め、晩餐に手をつけた。 ユキにとって昼間からの時間は、吐き気がするほど退屈だった。 午前中はドンさんと学校に行き、授業をこなす。上級クラスの先生がキャサリンだと知ったときはとても嬉しかったが、ドンさんが言うほど上級クラスの生徒は英語が出来ないわけではなく、むしろみんな度胸があって、ヘタクソでもどんどん発言するような人たちだった。 英語で行われる授業には、中国人や韓国人、イタリア人、スペイン人が数名ずつ、あと、どの国なのか英語のナマリがひどくて聞き取れなかった、中東あたりの人が一人。カラフルな人間たちがそこにいた。 その中でも、特に発言の多かった韓国人のキムさんは、子どもが二人いる忙しいママさんだった。いつも授業が終わると、子どもたちの迎えにいかなきゃと言ってそそくさと出て行く。 その他にも、ドンさんの他に中国人のワンさん、エからはじまってルで終わる、覚えにくい名前の人など、本当に色とりどりの人間が参加していた。 午前中の授業のメインは、宿題で出された課題の提出と、2ヶ月に1度の小さな発表会に向けての準備などだった。会話をメインとした授業では、文法の細かい説明はしない。とにかく単語を覚えて、使い回しを覚えて、喋れるようになることが第一優先だった。 午前中の授業が終わると、ドンさんと一緒にアパートに帰る。一緒に昼食をとるほどすぐに仲良しな気分にはなれなくて、何度か誘われたけれど断っていつも自分のアパートで食べていた。 食料は、週に2度、大型のスーパーに出かけてはまとめ買いをする。もちろんアメリカンサイズのこちらの食料は、まとめ買いをしないつもりでも、余裕で2・3日はもつ量だろう。 ユキは対して凝った料理をつくる気力もなく、いつもだいたいハムを刻んで適当な野菜とともに炒めたチャーハンでお昼は済ませていた。 昼食が終わると、魔の時間帯がはじまる。午後の一時に食事が終わったとしても、そこから叔父のリーが帰宅するまでに約6時間もある。 そのうち、夕食の支度に1時間かけたとしても、5時間はフリータイムだ。このフリータイムが、日本にいるときなら、あちこちに出かけ、好きな本屋に赴き、あるいはバイトを詰め込んで、時間を有意義に過ごすことが出来たのだろう。 ただ、ここでは状況は違った。驚くほど徒歩圏内には何もない。一番近いスーパーまで歩いたことがあったけれど、片道1時間もかかってしまう。 そして、最悪なことに、この部屋には安定したWi-Fiがない。これがユキにとって致命的な問題だった。かろうじて繋げたWi-Fiは、どこかの家の人が飛ばしているのを拾ったもので、ユキの部屋にある窓辺でしか、そのかすかな電波は拾えなかった。 この、昼からの魔の6時間が、自分をダメにしていくような気がしてならなかった。 最初は気合いを入れて部屋の掃除をしてみたり、洗濯をしてみたり、トイレ掃除や叔父のベッドを整えたりなんてしていたが、自分が家政婦になった気分でげんなりする。 『わたし、ここに何をしに来たのだろう…』 その答えのない問いが自分の中を駆け巡る前に、ユキはとっとと昼寝をすることにしていた。 転機が訪れたのは、アメリカに到着してから2週間がたった時のことだった。その日は、すごくよく晴れた金曜日で、久しぶりに気分が良い日だった。夕食の準備を済ませ、しばらくボーッとしていると、リーがいつもより早い時間に帰宅して来た。 「お帰りなさい。」 「ユキ、お知らせがある。チャンが明日から来ることになった。」 「え?」 相変わらず唐突な会話の仕方に慣れたはずだったが、この時ばかりはいきなりすぎてついていけなかった。 「チャンが?お姉ちゃんが明日からやってくるの?」 「そうだ。明日からやってくるって今日電話があった。何にせよ、ユキがいることを知って、こっちに来ることにしたらしい。もう既に車で出て来ているよ。明日の朝には着くだろう。」 「チャンがやってくるのね…」 ユキとチャンは、幼い頃から本当の姉妹のように仲が良かった。ユキが最初に日本へ行き、後をおうようにしてチャンはアメリカへと渡った。それからというものの、お互いが母国に居合わせる回数はほとんどなく、最後にあったのはもう、10年も前のことだった。 「チャンがやってくるから、明日からは彼女と同じ部屋で過ごしてくれ。いつまでいるか分からないけど、ユキを色々なところへ連れて行きたいそうだよ。」 そう言う叔父の顔からは特別嬉しいという喜びの感情は読み取れない。どこか不安なのだろうか。自分の実の娘に対して、何か罪悪感でもあるのだろうか。ユキはチャンと叔父のリーと過ごした、幼い頃の記憶を思い出していた。 いくら仲が良かったとは言え、10年間会ってもいないし、ろくに連絡もとっていない従姉妹の姉と、今更この地で再会するとは。喜びとは言いがたい、微妙な心境だった。 思い出せる限り、姉のチャンはユキとは違って、天真爛漫、もっと悪く言えば破天荒な性格をしていた。短期で強気、少年のような性格で、よくユキにいじわるをして楽しんでいた。割とおとなしめで自己主張をしないユキとは正反対だったから、二人は実の姉妹のように仲も良かったが、喧嘩をするときはすさまじい喧嘩をした。 髪の毛をつかみ合い、睨み合っては、もう二度と会話なんてしないほどの空気がただよう。だけど、所詮こども同士の喧嘩。祖母が出すおやつを一緒に食べればもう忘れてしまうような、そんな単純なものだった。 それから10年以上経ったあの破天荒な姉と、果たしてうまくやっていけるのだろうか。 不安がよぎりながらも、一人っ子のユキにとってはかけがえのない存在である姉であることに変わりはなく、その日の晩は部屋を丁寧に片付けて眠りについた。 つづく。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 25.ネットショップに遊びに来てもらう | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/11/7 25.ネットショップに遊びに来てもらう Facebook X (Twitter) リンクをコピー あなたは誰と遊びたいですか? あなたのお店へ遊びに来てもらうには、あなた自身が情報発信しなくてはいけないことは書きました。 不慣れな場合は、先ほど書いたように、 朝ごはんをアップするだけでも大丈夫。 あなたのペットの犬や猫のことでもよいでしょう。題材は身近なところでばっちりです。 注意すべきは、できるだけ、あなたの主観を書くことです。 犬がかわいいー、散歩してたら空がきれいー、 それでも十分ですが、読み手がちょっと心に残るようなコメントを入れることを心がけてください。 「私も野良犬みたいにぷらぷら知らない街を歩いてみたいな」とか、 「昔一緒に空を見上げてたあの人は、今どこで空を見上げているのかなーなんて(*^-^*)」 のような、ごくごく個人的な言葉です。 よく気を付けなくてはいけないのは、 誰もがあなたのコメントを読むということ。 誹謗中傷、否定的な言葉は、たとえあなたがそうは思っていなくても、 大変な事態を引き起こすことがあります。 電車の中で子供が騒いでる。うるさーい のような投稿は、たとえ誰かを特定していなくても、 あなたの潜在的なお客様である、多くの母親たちの心をざわつかせてしまう可能性があります。 わざわざ、日常の暗い面を出す必要はありません。 また、 いつも感謝です!! 日々あなたが充実した一日でありますように!! といったポジティブな言葉だけを、無意味に不特定多数に発信する必要はないかと思います。 なぜなら、それをしている人はたくさんおられるからです。 あなたが、その一人になって埋もれてしまうのは、もったいないと思いますよ。 この情報発信は、 「あなたがどんな人間であるか」 を開示するものです。 かといって、住所や氏名、年齢などはそんなに必要なデータではありません。 大事なのは、 「この人と遊びたい」と思ってもらえることです。 あなたはどんな人と遊びたいですか? 悪口や非難めいたことを口にせず、いじわるをしない、優しい人と遊びたくはないですか? いろんな遊びに興味をもって、笑って失敗できるような人と遊びたくはないですか? 日々ご飯をきちんと食べて、ちょっとしたことに疑問や興味を抱く人と遊びたくはないですか? 変わった世界を持っていて、それを惜しげもなく、楽しそうに教えてくれる人と遊びたくはないですか? それに、あなたがなりましょう。 あなたがあなた自身の良い友達になりましょう。 お客様は、大事な友達のあなたの、お品がほしいのです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 目の前で1,500人がいっせいに引くと「音がする」んだという事実を知った日 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/9/30 目の前で1,500人がいっせいに引くと「音がする」んだという事実を知った日 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 僕が社会人になって初めて入った会社は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった人材紹介会社だった。人材紹介とは、よく電車のドアにステッカーが貼ってある、転職したい時に相談するあれらの会社のことだ。 その会社は、リーマンショックが起きるまで、その3ヶ月前に僕が辞めるまで、過去最高の売上を更新し続けていた。恐らくこの業界が最も勢いがあっただろう、ミニバブルで丸の内周辺が浮かれていた、そんな2006年4月の話―。 全社総会での新入社員挨拶 その年、僕の同期は280人いた。設立10数年の新興企業がベンチャーから大企業へ脱皮しようと画策している最中で、その年の社員総会は、ホテルのホールを貸し切って、全国から1500名の社員が集められていた。 新入社員は、研修を切り上げ、その日は社員全員の前で挨拶をするのが恒例となっていた。 挨拶といっても全員でするものではなく、ステージに一人一人あがり、中央の演台で次々に自己紹介をしていくという変わったものだった。 自己紹介は、「私の名前は○○です。私を一言で表すと○○です」を15秒以内に話すという定型フォーマットが決まっていた。 前に並んだ初々しい新入社員たちは、「私は○○です。おっちょこちょいですけどがんばります!」みたいなかわいいことを言って、さ~っとステージを降りて行く。それが延々と繰り返される。 15秒といっても280人となるとけっこうな時間がかかる。ステージ下から見上げていて、最初は喝采していた先輩方が、だんだん飽きているのがわかってきた。 自分の番が近づくにつれ、胸の中にはある決意がフツフツと湧き上がってきていた。 「きっと、これは勝負をしなければならない時だ」 人生に何度か訪れる、一大勝負の瞬間が今まさに来ようとしている。 僕は今、会場の大観衆を沸かせなければならない。あのステージの上で。 熱いエネルギーに突き動かされた僕は、頭は冷静に、現状を分析した。 これまでの自己紹介を見ていると、ステージ上で動いている奴は誰もいない。みな口を動かしているだけだ。これは、身体の動きのあるアクションが求められているに違いない。 現状を打開するには・・。そうだ、あれしかない。 いよいよ出番がきた。 ステージに上がり、前の人の挨拶が終わった。 よし、今だ。 ステージの中央へとことこと進み、マイクの前に立つと、僕はこう叫んだ。 「伊藤ひさしです。 僕はクラゲ です。 ユラユラ揺れます。」 「ユラユラ」 「――― っ!!!」 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • #すぷいつ ままぱぱスプナーと繋がる企画 spoonの女企画主チヨの話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 #すぷいつ ままぱぱスプナーと繋がる企画 spoonの女企画主チヨの話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 【spoonにいる聞き専から配信者まで ママとパパで繋がる企画】が始まった。 姉ーず、チヨこと Talkが生み出したTalkQueen Talkとは30秒吹き込むspoonの音源の掲示板のようなもの、なのだが そこには【セリフ読み勢】という 【声劇ガチ勢】という 【舞台系声劇】をこよなく愛している 本当にセリフ読みが上手い演者が集まっている。 そこの出身者としては チヨとかしらたまもなかちゃんとか 私の台本、年上彼女を演じた 【和桜】や【ロキひあ】さんなどがいる。 私も最初の1ヶ月だけTalkをしていたのだが なかなか人見知りを発揮して その【Talk民】の【輪に入れなかった】 いまは【大手の企画さんたちの輪に入れないことねぇ】さん。 そんな企画に混ざれないまま 私は、3年間が過ぎようとしている。 【誘われなくても、自分から行けば良かった】だけなんだけど オーディションも受けても 【水面鏡】の【舞台系声劇】 しかも【推しちびのすけちゃん企画】も ━━━━━━━━━━━━━━━ 撃沈!! ━━━━━━━━━━━━━━━ そんな中 チヨがいつも手を差し伸べてくれる。 【CAST】ならどうでしょうか? Talkを使って、CASTで音源で…… チヨは、spoonの初期からこうなのだ。 【困っている人はいませんか〜?】そんなTalkの声を入れていた。 名前の通る通らない 変わらず 聞き専や他枠のトラブル等で判断せず 自枠でトラブルを起こしてないなら リスナーも受け入れる。 spoon運営からは【お母さんのよう】と言われる お母さん、って感じでは無い 可愛いカワボで、ただのカワボじゃなくて【オモカテ】だけど。 #すぷいつ でTwitterやspoonを検索しよう この縁が貴方と私の繋がりになる 【声でつながるアプリspoon】 #声でつながるアプリ #spoon #配信者と繋がりたい #CAST企画 #Talk民 #セリフ読み #舞台系声劇 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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