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- 専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/3/18 専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 旦那さんはもう何年も副業の経験があって(株・FX・物販などなど…) ブランド品を輸入して価格を上乗せして販売するバイマ(BUYMA)も 一時期かじっていたことを、私も知っていました。 だけど、別に興味はなくって(笑) 「目標を持って毎日を過ごしたい」とは思っていたけど、 自らビジネスをしたいだなんて、考えたこともありませんでした。 でも、バイマはリスクが少なく取っ掛かりやすいと聞いていたし、 可愛いブランド品を扱うから楽しそうなイメージもあったから、 「とりあえずやってみよう」 と、久しぶりにノートパソコンを開いてみたんです。 (実は、旦那さんが私に副業を勧めたのはある意味計画的だったと、 後から聞きましたw彼の思惑については、また別の記事に書きますね。) といっても、何をどう始めたらいいのか分からなかったので、 基本的な操作は旦那さんに教えてもらって、 それ以降はGoogleで検索して色んな人のブログを読み漁りながら 見よう見まねで商品探しや登録作業をやってみました。 でも、これがまたぜんっぜん続かなくって…w 一つの単語を調べるのに平気で3~4時間かかってしまうから、 すぐに寝る時間になってしまって、作業が驚くほど進まない。 だから当然、成果(売上)も出ない。 「こんなに時間かけてるのに結果も出ないし、もうやらなくても良くない?」 「OLとしてのお給料があるしお金に困ってるわけじゃないから、やめてもいっか」 そんな言い訳を並べて、数ヶ月も経たないうちに止めてしまいました。 当然、また日常の生活の繰り返しに戻りました。 でも、煮え切らないモヤモヤとした気持ちは消えなかった。 バイマを諦めた後も、ひとつだけ止めなかったことがあります。 子育てしながらバイマで稼いでいる女性の文章に惹かれて、 その方のメルマガだけは読み続けていたんです。 そしてある日、東京で開催されるセミナーの案内を目にした私は、 直感的に「会いに行ってみよう」と思い、参加を即決しました。 当時は今ほどインターネットビジネスをやっている女性は少なかったですし、 身近に副業あるいはバイマに取り組んでいる人はいませんでした。 だから、実践者に直接会って話を聞くことで、 何か気づきを得られるんじゃないかと思ったんです。 私にとってそのセミナーが、 人生を変える大きなターニングポイントになったことは間違いありません。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 両親のキューピッ子 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/2/2 両親のキューピッ子 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 当時14歳、中学2年生だった僕は兄1人・姉1人そして自分の3兄弟の末っ子に生まれ、父親が経営者をしており、ある程度裕福で末っ子ということもあり甘やかされ、友人にも恵まれ、何不自由なく生活をしておりました。しかし俗に言う人生グラフで表すとするならばまさに2番の山だったのです。 この生活が2年ほど続き、僕は両親とよく行っていたということもありプロゴルファーを目指すためにゴルフ部が有名な私立高校へ進学をしました、しかし進学したのも束の間あれだけ夫婦円満であった両親が離婚をしてしまったのです。原因は父の会社が倒産をしてしまったことでした。 僕は母親について行くことになり学費を稼ぐために止む無くゴルフ部を辞め、アルバイトに日々を捧げました。 それまで何不自由なく生活をして来た僕にとっては大好きな父親にはもう会えないかもしれないという想いと生活の落差に精神的にかなり病んでしまいました、そこで僕を救ってくれたのが音楽でした、精神的に病んでいた心を音楽が優しく包み込んでくれました。それから2年ほど経ち、生活に慣れて来た僕は他に自分と同じように心が弱っている人を救えればという思いから音楽の道へ進むことを決意します。しかし、僕はどうしても最初に救いたい人が2人いました。 それは両親です。 離婚当初から少し時が経ったということもあり、母が離婚経緯を詳しく話してくれました、その話によると父が多額の借金を抱えて迷惑をかけまいも止む無く離婚をしたということでした、それを聞いた僕は正直、心の中に「やっぱりな」という言葉が浮かびました、というのも離婚後母は父の悪口などは言わず父との写真などもとってあったのです、その事などから僕はまだ父の事が好きなのではないかと考えました、それから何日か過ぎ僕は父と連絡を取る事ができ、話を聞くと父もまだ母の事を想っているようでした。 そこで僕はなんとかしてこの2人を復縁させられないものかと、両親の「キューピット」になろうと考えました。そして僕は1つの作戦を思い付きます、それは座席指定のある程の大きな会場で両親を一番前の座席の隣同士にして再会させてよりを戻してもらおうという作戦です。 その作戦を実行させるために必死で努力をしてなんとか座席指定の会場でライブを出来ることになり、両親同士には1人で来るように伝え、作戦の事は一切秘密で当日を迎え、作戦を実行しました。2人は再会をした時とても驚き、現在この事がきっかけで両親は夫婦円満に戻り、私も夢が叶い、現在人生グラフは人生で1番の山です。 すいません、あなたのストーリーという企画なのにも関わらずこのストーリーは現在20歳の私の夢のお話です。 しかしこの夢は必ず叶えてみせます、本当の私のストーリーにしてみせますのでよろしくお願いします。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- シェアハウスに住む僕が心がけている3箇条 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/7/28 シェアハウスに住む僕が心がけている3箇条 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 皆さんこんばんは。 さて、今回もテーマはシェアハウスです。 まずは今までの記事のご紹介 一人暮らしだった僕がシェアハウスを選ぶ3つの理由 一人暮らしだった僕がシェアハウスで感じた4つのハードル この記事を読んでいる皆さんはシェアハウスに興味がある方だと思います。 こんな事、あんな事とか気軽にコメントしていってください。 今回は僕がシェアハウスの生活で気をつけている事です。 料理する 出来るだけシェアする 気を使い過ぎない 1.料理する 1人暮らしだと、何かと外食しがちなものです。 食器洗いとか面倒ですしね。 でも、シェアハウスだと、リビングでご飯を作っていれば、 いい匂いに釣られて別の住人が現れます。 リビングでは今日あった話や、他愛ない話をすることも。 タイミングが合えば、おかずをシェアすることもできます。 1人の時は外食すれば良いので、シェアハウスらしさを楽しむためにも 料理を出来るだけするようにしています。 食器洗いも、話をしながらするといつの間にか終わっているものです。 料理の練習にもなりますし、食費も押さえられますからね。 ついでに言えば、炊いたご飯と夕食の余りをを包んで、 翌日のお昼ごはんにすることで更に食費が浮きます。 実は1食250円くらいで出来ますから。 2.できるだけシェアする 突然ですが、僕はロードバイクを持っています。 以前住んでいたシェアハウスの住人に感化されてのことです。 実は、ロードバイクは用品にお金がかかります。 ヘルメット、タイヤ、空気入れ、ウェア、シューズ、ビンディング、サングラス… 初めて購入した際の記事は後日書くとして、困ったのは空気入れです。 普通の自転車と、ロードバイクは空気入れの接続部が違います。 なので、困ったときはシェアハウスのSNSに書き込みます。 最近はFacebookやLINEにグループが作られているシェアハウスがほとんどです。 困ったことをシェアしていれば、もしかしたら貸してくれる人がいるかもしれません。 もちろん、自分が手伝えそうな事、物があればシェアするようにしています。 シェアハウスはモノと情報、時間をシェアする場所を忘れず、気前よく貸しましょう。 (もちろん消耗品は貸せませんし、嫌いな人、返さない人に貸す必要はないですが) 3.気を使い過ぎない。 シェアハウスでありがちなのが、人に気を使いすぎて疲れる場合です。 僕は気を使い過ぎないようにしています。 でも、生活音等、基本的なマナーは押さえましょう。 会ったら挨拶する 音は出し過ぎない 深夜は静かにする 共有物は使ったら元に戻す お金の貸し借りは基本しない 物を借りたら返す 人を呼ぶときにはお知らせしておく 手伝ってもらったらお礼を言う。 基本はこれくらいです。 自分がされて嫌なことは、他の人にもしないというのが基本です。 でもそれ以上気を使う必要はほとんどありません。 むしろ気を使っている事が多くなったら、そのシェアハウスがあなたに合ってない証拠です。 ちなみに、他の人がマナーを守らない場合もあります。 その場合は管理人に言うか、直接言いましょう。 あなたが感じていることは他のみんなも感じている場合もあります。 自分が言われたら、最初はムッとするかもしれませんが、素直に直しましょう。 気楽に話ができて、気の合う仲間がいることが良いシェアハウスです。 住んでいて面倒になったり、飽きてきたら引越しましょう。 簡単に入れて、すぐ出れるのがシェアハウスです。 さて… 今回でシェアハウステーマは一旦終わりになります。 今回の記事でシェアハウスに興味が出てきたら、一度見に行きましょう。 きっと楽しそうな姿が目に入りますよ。 次回のテーマは自転車かな。 ではでは。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/5/2 偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー まえがき 幼稚園、小学校、中学校、全部お受験で入学した。 そんな事を書いたら、「頭がいいんだ。」とみんな思うでしょう。 ところが、がんばるけどまったく点数に反映されない。神童と呼ばれた兄と比べられる。 本当に勉強が何もかもわからなくなってしまった。。。 周りからは、兄の影響もあって「頭がいい」と思われている。でも、蓋を開ければ間違いなく下から数えたほうが早い順位を行ったり来たり。 本当の私は頭悪いし、遅刻ばかりだし、本当に劣等生だった。 そんな状態から、国公立の獣医学科にトップ合格するまでのお話です。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 〜性暴力被害者からの卒業⑤〜 それでも幸せに生きること。あの日私は、確実に生きるための選択をした | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/6/13 〜性暴力被害者からの卒業⑤〜 それでも幸せに生きること。あの日私は、確実に生きるための選択をした Facebook X (Twitter) リンクをコピー 元々、考えすぎる性格であり、考えることで解決してきたし、その恩恵もあるので考えるのが趣味なんだと今は思えているが、もし戻れるものなら、過去のわたしに答えをサクッと教えてあげたいなと思ってしまう。 自分とたくさん会話した。 会話の中には疑問文も。 わたし 「(わたしなんて、もう価値がない!)」 わたし 「何でそう思ってるの?」 わたし 「(助からない人もいるのにどうして私なんかがいきてるのかわからない)」 わたし 「それ、あんたが決められることなのか?代わりに死ねば、助からなかった人が生きかえるのか?できないことで悩まやれるなんて助からなかった人にもいい迷惑だよ!逆の立場なら、そんなこと言ってるヤツ余計にむかつくくせに?」 わたし 「(性暴力のせいで悩みすぎてたくさんの時間を無駄にしたからなんの生きるスキルもないし)」 わたし 「つーか、周りの人全員生きるスキルがあるとかなんでわかるん?ホンマにみんなあるんか?つーか、これまでどんだけの人に会った?知らない人いっぱいいてるやん!ホンマにみんなそうなんか?」 わたし 「(それに、性暴力被害の記憶はずっと残るし辛い)」 わたし 「でも、昨日お笑い番組見て笑ってたで?」 わたし 「(ひどい!しんどくても笑ったらあかんの?)」 わたし 「いやいや、そんなん言うてへん!そもそも、性暴力被害者が辛いっていうけど、幸せに生きられてる人は1人もいないってこと?探してもないのに、おらへんて言えるん?」 そこそこ抜粋。 客観的に見たら、頭の中でもう1人の自分と言い合いしてるって変だと思われるかもしれないが、この言い合いが幸せへの気づきになっていったのは確かだ。 視点が変わると現実も変わるなんて、あの頃の私に言ってもウソだろ?って信じないような気もするけど、こうしていると本当に、性暴力被害者だったけど幸せに生きてる主婦や、女社長さん、いろんなパターンの幸せの方に出会ったりして、疑問への答えを見せられる出来事が起こりはじめた。 私を応援してくれる人たちに気づいた時、それまで何も知らないから言える、時には二時被害だと思ってたこともあったけど、決して悪意があるわけでないから、怒りでなく思いとして話せるようになった時、分かり合え、関係性もよりよくなった。 気づかず怒りをぶつけたままのときは、相手にとっては私も加害者になっていたのかもしれないなとか。 (それわかると凹んだけど、また視点を変えてみたら、私の怒りを受けてくれてありがとうってなりました) 私は確かに傷つけられたから、そこに対してはなんちゅーことしてくれてん!って怒りはあるけど、私だってきっと他の人を傷つけたんだと知ると怒れなくなった。 自分のこと棚に上げて、加害者を責めることは、自分にもあった加害者としての部分を責めることになるし、ただでさえも傷ついといて、更に自分を責めて傷つけたくなんかない。 それに、もしかしたら、というか、確実に私は加害者にとっての何かのストレスや怒りや不満を性暴力って形でぶつけられたこともわかった。 だって、他人からでなく、自分がつくる幸せな世界を見てると、自分の幸せを自分で必死で、他人の嫌がることをしているヒマはないと感じたし、仮に他人から与えてもらう幸せばっかり追ってたとしたら、ずっとそれを続けないといけないわけで、人から奪う幸せより自分で作る幸せの方がずっとラクだと思えたから。 人はみんな違うって当たり前のことで、自分は気づきと行動次第で好きなようにコントロールできるけど、他人をコントロールするために他人を攻略していくのって自分をコントロールするより手間も時間もかかるなんて面倒だし。 そう思ったら、そうか、そうか! 加害者は、私に自分の思い通りになって欲しかったわけでしょう? 傷つけたかったわけでしょう? 支配したかったのでしょう? 思い通りになってどうすんだよ? そんなつもりはなかったけど、被害者が幸せになっちゃうことって、最大の復讐でもあるんだと。 けどね、あえて、責めたいわけでないから。 きっと、復讐しちゃって、彼らにとってストレスや怒りや不満があればまた増大して何かの加害者にさせちゃうと思うと… 私は、されたことに怒ってはいるけれど、それとは別に 2度と加害者にならないために、加害者も自分の幸せを他人でなく自分の中から作ってもらいたい。 そう思うようになったの。 わたしが、加害者を赦すという意味はそこにある。 そして、性暴力を通じて学んだこの心のスキルは、日常生活の全てを守ってくれている。 誰かとお別れする時も パートナーや、家族、友達と喧嘩をした時も 何だかうまくいかないなって時期も 幸せを探す癖をつけること 視点を移動することで怒りや恨みの感情を攻撃ではないところに向ける事 (怒りや恨みの感情自体は感じてもいいし、頭の中でどんだけ相手を殺してもいい。ただ、実際の行動としてのエネルギーの向け方は幸せのための行動に変換すること) 自分のと会話で他人からでなく自分で作る幸せにフォーカスして実行すること。 他人は変えられないけど、人は1人では生きていけないから、出来るだけ誤解を生まないように自分の意思や希望は伝えること(欲のためにわからせることとは違います。断られたらまた視点を移動して別の手段を諦めず貪欲に考えるのです) それが、ワガママに生きるということだと今は思っている。 回復の秘訣は、落ち込んでも自分のことをとことん受け入れて(そこが苦しいんだけど)幸せな未来を諦めずに、他人から何かしてもらうのをまつのでなく、自分のワガママ幸せを叶えていくこと。 というと、大げさに聞こえるが、今のわたしはその過程でほとんどの夢は叶えてしまったし、普通に安心して暮らせるということ、お互いに喜怒哀楽を素直に入られる関係の友人やパートナーがどれだけいるかということが心底幸せだと思っている。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 死にたい人へ | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 死にたい人へ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 物心ついた頃から 「死にたかった」 10年前の私は 死にたくてたまらなかった リスカ、OD、 自身のことも 他人のことも たくさん傷つけてきた 精神科になんて通わなくていいよ、あのときの私に伝えたい 診断名も 薬物療法も ただのまやかし やりたいことだけ やりまくれ 楽しことだけやりきってしまえ そう 伝えたい 8年前、「なんかこのままじゃだめな気がする」と感じて 「絶対 しあわせになってやる」と 勝手に精神科受診をやめ 勝手に断薬した 結婚することができた また三人の子どもにも恵まれた X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 文系女子がドイツでリケジョになってみる ―入学編 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/2/11 文系女子がドイツでリケジョになってみる ―入学編 Facebook X (Twitter) リンクをコピー バリバリ文系の私が理系になってみた 私は日本の国立大の文系卒である。センター試験の数学は数Iしかやらなかった。 この物語は、そんな私が何を間違ったか、ドイツの大学でコンピューター科学をはじめたところから始まる。 毛色の違う人々、謎の言語の数々、学年に女子2人のみという過酷な環境の中、奨学金をゲットしたり、まあまあの成績を修めたりと、試練を乗り越えていくお話である。 コンピューター科学?! そもそも文系の私には、理系が何をしているのかなど興味もなければ想像にもつかない。ただ、ドイツでコンピュータ・サイエンス学科卒の人材不足のため、就職が簡単で給料が良いというのだけを聞いて、「これだ」と思い大学入学の願書を書いたわけであるが、私は別にパソコンオタクでもなければ、人並みの知識しかなかった。ただ、当時日本で外国語学部時代に、Perl という言語をちょっとやっていたもので、その点数が良かったので、なんとなく「私はできる」と思い込んでいたのである。 実際に入学してみて分かったのは、文系が興味本位で学ぶPerlと、理系が大学でやるプログラミングとではまったく違うということを当時の私には知る由もなかった。 さらに、「そういや、私はホームページを作ったことがあったな。HTMLやスタイルシートをプログラミングできる のだから、ちょろいだろう」という文系特有の恐ろしい自惚れがあった。 しかし、その自惚れは、入学直後に教員が言った「秋野さん、HTMLはコーディングです。プログラミングではありません 」という苦笑と共に粉砕された。 HTMLがプログラミングでないのなら、何がプログラミングなのだろうか。 ドイツの大学と就職 -入試もねぇ、学費もねぇ 当時31歳だった私は、肌のプルプルした高校卒業したばかりの少年達と、わずかばかりの少女達と、わずかばかりのドイツ美少年達に囲まれて入学したのだったが、そもそもこんな中年女性が大学卒業したところで就職できるのだろうか。 もちろん、これから2年生の二学期になる現在、実際卒業してみないとわからないというのはあるが、ドイツでは30代前半ならまだジョブチェンジが可能だという色々な人の言葉を信じて入学したわけである。さらに、「IT関連は人材不足がひどく、どこの馬の骨でも多少プログラミングができれば仕事は見つかる」という言葉を信じるしかない。 実は、ドイツでは「資格」が重要で、ドアマンでも掃除人でも資格が重要で、資格が無い人は何もできない。そして、プログラマーの職業に付随する資格は大学卒業で得られる。だから、独学でプログラミングが上手い人ってだけでは普通はだめで、「資格」がなければ仕事は得られないのだ。そのために大学に入りなおす必要があったりする。 その変な仕組みのせいで、こちらでは30代前半で大学に入りなおして大規模なジョブチェンジをしてから就職という人は知り合いにも数人いるし、けっこうドイツでは聞く話である。日本のような一斉就活はなく、まったく別の就活システムがあるドイツでは、やるきがあればそういうやり直しのきくように社会ができている。 さらに、ドイツの学費は無料 であり、永住権さえあれば半額は返済不要の奨学金が成績悪くてももらえる という福祉国家のマジック。もちろん、わたしのようなすでに学部卒である人はその対象外だが、日本は国立大でも上手く行けば授業料半額免除がもらえて大喜びなのだから、金をもらって大学に行くドイツは天国である。 さらに、入試はない!!やっぱり天国。しかし、そのせいで、時々、「ルート2の2乗は2」 ということもしらない理系大学生がいたりする。 入学するには ー鬼の語学資格 日本人にとって語学証明書(ドイツ語版TOEFLみたいの)が一番の関門であろう。ちゃんと語学学校に行けば、真面目な人なら合格するのだろうが、半端な勉強をしているといつまでも受からない。実は私もちゃんと合格したわけではない。私の行っている大学は辺境の地にある大学で、留学生が少ないこともあり、けっこう入学資格のチェックが適当であった。 わりと締め切りギリギリで願書を出す際に、私はまだ語学資格をもっていなかった。留学生課に問い合わせたところ、 「もう6年以上ドイツに住んでるので、受ければ受かるくらいの語学力はあると思うのですが、入学後に提出ということじゃだめですか?」と聞いたところ、「別にそれでもいいですよ」との解答。ということで、入学直前に試験を受けた。結果は2ヵ月後みたいな感じでそのまま入学してしまった。 ということで入学させてもらい、授業もドイツ語的にはまあまあついていけるのだが、入学して2ヶ月くらいして着たTestDafの結果はぎりぎり。 とりあえず、大学続行を公式に許可された。 しかし、中には学校指定のTestDafの点数を満たさなかったが、弁護士に掛け合って入学許可を得るという猛者もいるので、お金に余裕のある人は試してみてください。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 海外あちこち記 その8 昭和50年代の中国出張 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/12/16 海外あちこち記 その8 昭和50年代の中国出張 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 1、初めて中国に出張したのは1979年(昭和54年)8月のことです。 北京の町はまだあの緑色の人民服の人たちと自転車で一杯でした。マイクロバスで同行の人たちと交通部(運輸省)へ行く途中にえんえんと続く高い塀を巡らせ、門ごとに拳銃を吊るした紅軍の兵士が厳めしく門衛をしている広大なエリアがありました。「ここは何ですか?」とアテンドの外事課のエリート役人の若いミス曹に聞くと「共産党のカンブー(幹部)が執務をしたり、住んでおられる中南海というところです」と敬意のこもった口調で教えてくれました。 自分がそれまで何となく持っていた共産主義の国は皆平等という概念が、ありゃこれは違うとまず感じた最初の一歩でした。女性の幹部も多く、男女差別は殆どないようでしたが、一般人と幹部クラスの生活は天と地ほどの差があるようでした。例えば百貨店の玄関に、当時でもあまり見かけない紅旗という国産の運転手つき大型高級車が何台も女性や子供を乗せてやって来ます。「あの人たちは誰ですか?」と聞くと「幹部の専属車でご家族の方々が買い物に来られておられます」とミス曹はこれまた当然のように答えました。 出張目的は技術交流という名目の費用当方持ちの勉強会ですから、先方も気を使って日曜日に万里の長城にマイクロバスで案内してくれました。まだ観光客相手のレストランもなく昼食もすべてバスに積み込んでありました。長城はさすがにこんなものを作った漢民族の底の知れぬ力とこれを作らせた匈奴の想像の出来ない恐ろしさ、威力の両方を思いました。 7月の暑さでお湯のようになった心尽くしのビールで乾杯をして、パサパサのサンドイッチを食べながらの話の中で、「何百年もかけてこの長城をつくるために中国全土から徴用された労働者を出来るだけ長く働かせるために毎食食べさせたものがあります。また、もう一つ月からも肉眼で見える人工構造物であるピラミッドを造るエジプト人労働者に同じく食べさせたものがあります。それぞれわかりますか?」と聞かれました。両方の正解は誰も出来ませんでした。 答えは中国が「にんにく」、エジプトが「ゴマ」でした。 北京の有名な焼き肉屋 出張業務が終わり、気のいいメーカー(ボクの元勤務先)を中国へ連れ込んだ商社が「清の国」以来、北京でも有名な羊の焼肉屋で打ち上げをやってくれました。 後日札幌でサッポロビールがやっているビール園で焼肉を食ったとき、同じ道具が出てきたので、北京の「ヨースーロー」というあの店の道具をそのまま真似していると思いましたが、半球型の鉄板で焼いた羊肉を腹一杯食べました。 漢民族の中国に「元の国」を作った蒙古族や「清の国」を作った満州の女真族の後裔も今の中国に当然中国人として暮らしていますが、いまやその出自を隠しているという話を元清の高官の出の一族と称する、いま中国政府の運輸省の下っぱの酔っ払ったお役人から宴会の席で聞きました。中国は多民族国家やなーと実感し、かつ差別はどこの人間、地域、いつの時にもつきものやなーと思い、漢民族中心主義は共産主義体制と関係なくしっかりずっとあるのやなーと思いました。 2、1983年8月ごろに出張したときの話です。 北京飯店の冷や麦 当時の中国のホテルはどこもいつも満室で、殆ど毎晩違うホテルを商社のSさんと二人相部屋で渡り歩きました。人気のタバコ、セブンスターを一箱フロントにつかませると、満室のホテルにも突如空室が一部屋出てくることがあります。 ある日曜日、ようやく泊まれた郊外の古い北京中央体育館付属飯店からバスで北京一のホテルである北京飯店に麻雀とメシに行きました。そこに商社のオフィスがあり、支店長が住んでいます。ちょうどメインレストランで日本の「冷や麦」をホテルのコックに作らせて、出張中の各メーカー社員達と駐在商社員が十数人で食べはじめるところでした。ほとんど3ヶ月近く北京、天津、大連を渡り歩いて、中華しか食べてない身にとってこんなうまいものがこの世にあったかと涙がこぼれそうでした。 北京市内を一人でバスで行動すると(当時はタクシーが極端に少なかった)乗客全員から毎回奇異というより冷たい目で降りるまでずっと注視され続けました。当時背広を着ている人間は北京普通市民から見ると全員外人ですから、戦前の日本と同じで外人はみなスパイ?敵性人?ということかなと能天気な身も思わざるを得ませんでした(特にまたどう見ても典型的な日本人のボクにとって)。 国営の新聞、ラジオ、テレビしかない(当時はインターネットがないから、お上の言う事と違う情報は一般市民は誰も入手出来ない)国へ普通の民間会社の人間が商売で行って、日本の大手メデイアのデスクがフィルターにかけた駐在員報道と随分違う面白い経験をしたのかも知れません。そうは言っても仕事で付き合う自分と同じような中国人と、あのバスの乗客達の落差は、生身で個人的に一回でも中国人と付き合えば、埋まって行くこともいろんなことを通じて実感しました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- タクシー運転手の日常「おともだちになる瞬間」 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 タクシー運転手の日常「おともだちになる瞬間」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 終電亡くなった深夜、繁華街でお客様をお乗せする。 年齢は50代ほどのスーツ姿のほろ酔いの男性。 お仕事のあとの会食か何かだったんだろう。 疲れ切った様子で行き先を告げると、 「近くまで行ったら起こしてくれ、それまで寝てるから」 と眠りに入った。 行き先を言って、眠ってくれると一番楽にお送りすることができる。 遠回りをする気があるのではなく、絡まれたり、余計な邪魔をされるくらいなら眠ってもらった方がマシ。 問題なのはそこからだ、 酔ったお客様が眠りに入ると、起こすのが大変。 眠っているところを無理やり起こすのも やっぱり気が引けるところはあるし なにより、起こしたところで大抵のお客様は寝ぼけている。 所定の目的地に到着して「到着いたしました」と起こすも 「あ~真っ直ぐ」と言われ、進んで行くと実際は行き過ぎていたことなんてザラである。 それによって疑われることは心配のひとつだが、 その時に一つだけ好きな瞬間がある。 それが、寝ぼけた様子で話しかけてくるお客様が 「ともだち」かのようなラフさの時。 到着し、起こすと 「あ~、だめだ、飲みすぎちゃったよ」 から始まり、 「あ、ここ俺んちの近くなんだよ」 と当たり前言われ 「あー、よしっ」 とお支払いのやり取り一つ一つが 麻雀をしているかのようになり 「飲みすぎちゃった~」 と再び戻る。 そして最後は、 「あーす、あしゃざーす」 と、言葉にならない挨拶で降りていく。 ほろ酔いと、寝ぼけで一番気持ちの良い状態のお客様が友達になる瞬間 それが一番好きだ。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 人生の醍醐味 97 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 人生の醍醐味 97 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 97 大空を時々見上げながら、 早朝の散歩を楽しんでいる。 夕方の散歩に慣れ親しんでいた身としては、朝5時に起き、シャワーを浴びて身支度を整え散歩に出るのは、新しい経験だ。 片道2,500歩ほど歩き、海辺のベンチで休憩しながら、 作文練習の時間を楽しむ。 最後の住処として、自分で選択したホノルル、もう3年半過ぎた。 いつの間にかパターンができてしまい、 それが当たり前と思っていたが、夜の散歩は危険度がより高い事に気がつき、急遽生活の習慣を変えてみる事にした。 夜型から朝型に変更だ。 いつまで続くか本人も分からないが、 早朝の散歩も気持ちが良い。 夕方の散歩者も多かったが、 朝の散歩を楽しんでみると、 さすがホノルル、既に結構多くの人々が散歩している。 今日は東側が雲が多いお陰で、 まだ直射日光を浴びないで散歩できるのが嬉しい。 兎に角、ホノルルでの生活は瞑想の機会が多い。 大自然の懐に抱かれているような嬉しい気持ちになれる。 人生の最後の時期に、平和な日々を過ごせる自分は本当に幸せ者だ。 今日は木曜日、無料英会話教室の日だ。 ほんの少しでも、社会に還元したい気持ちが自然に湧き起こる。 有り難いことだ。 太平洋は広い オアフ島から海の地平線を見ているのがとても好きだ。 視界が広いと心まで緩やかになる気がする。 海を見ているだけで、平穏な気分になれる。 思いっきり深呼吸をした。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- ※体験談※思考は現実化している。 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 ※体験談※思考は現実化している。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー あれは2015年。 もう4年前の事になります。 その頃の僕は、PCで小説を書いていました。 自分より1つか二つ年上の、25~26歳の病弱な男の子が主役のストーリー。 自宅で療養をしながらゆったりと過ごしているんだけど、 過去の恋人に執着され、着信を拒否はせず、対応はするんだけど 話を聞くだけで何も言わないし、会いはしないし。 でも、縁を切る時が来るんだよね。 その過去の恋人との。 そこから本当に好きな人に出逢うっていうところでストーリーは終わるんやけど、(正確にはそこで書くことを辞めました笑) この体験、そして細かい設定が自分と完全に一致したことがありました。 この主人公が乗っている車は、赤いボルボのセダン。 母と共用って言うのはお話と違ったけど、車内は絶対禁煙。 でも、追い込まれている時は車で吸ってしまうんだよね笑 この小説を書き辞めた半年後。 粘着質な元恋人から毎日ラインや電話をかけられ、僕は電話には出なかったんだけど、それはまさに同じ状況。 それから2ヶ月後、僕はこの人と本当に決別したんだよね。 ひどいことを沢山言ってしまったけど、そこでラインをブロック削除して、完全に縁を切った。 円形脱毛症や、事故の後遺症で本当にほぼ毎日病院通いながらも、友達と遊んだり、自分を充実させていましたね。 そしてその3ヶ月後。 僕は赤いボルボのセダンに乗ることになりました。 この車はとても気に入っていて、車内は絶対禁煙にしていた。 さらに、車を手にした4ヶ月後には、本当に好きな人に出逢いました。 そしてこの人との関係性で追い詰められた時、僕は車内でタバコを吸っていた。 大まかなことは、過去のストーリーにも書いてある。 https://storys.jp/story/32711 これらが現実化する前の僕は、暇さえあれば、小説を書くことが楽しかった。 一度にブワーーー!!っと書くと言うよりは、思い出した時に、ふと書き足す。 と言うやり方だったんだけどね。 それは一言だけや一行の日もあるし、一気に10ページ分くらい書いちゃう日もあって、バラバラ。 今、ハッキリ言える。 間違いなく 「思考は現実化してる。」 「する。」 ではなくて、 「してる。」 これはもう、間違いない。 でも不思議なもんでね、現実世界を生きてる時は その小説の存在なんてすっかり忘れてた。 あの時の小説と自分がマッチしてる~!! なんて思うこともなかったし、頭を過ぎりもしなかった。 ただ、その時にしたいこと、出来ることに夢中になって、楽しんで生きてた。 だから、今の現実も自分が想像したことの結果なんだよね。 それは、みんなそう。 次は、どんなところに行ってみようかな♫ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 自分の世界を変えていく | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/12/30 自分の世界を変えていく Facebook X (Twitter) リンクをコピー 小学生の私は私以外の人間はみんな失敗しないロボットなんだと本気で思っていました。 それくらい私はできの悪い人間で、いつも失敗すること、恥をかいて笑われることを極端に怖がっていました。 友達の前では強がってみせたり、おちゃらけたりしていましたが、内心は嫌われないよう、友達が離れていかないか心配ばかりし毎日ゴリゴリと神経をすり減らす日々でした。 いきなりですが私はブランコに乗ることができません。 ブランコに乗るとなぜか目が回って気分が悪くなってしまいます メトロノームの規則正しい音を聞いてるだけでもなぜか気分が悪くなるし、大太鼓のような体に響く大きな音を聞いても気分が悪くなる。 気分が悪くなるというより頭の中がぐちゃぐちゃになって息ができなくなり、過呼吸のような状態になってしまうことがよくありました。 ある時は自分は卒業まであと何回学校と家を往復しなければならないのだろうと考え(その時は小学4年生)その回数の多さに絶望し小学校を辞めてしまおうかと本気で考えたこともありました。 そんな普通の人ならあまり気にも留めないようなことまで過敏に反応してしまう体質だったらしく小学校時代から私の世界は嫌いなものばかりが増えていき嫌いなものをどうやってやり過ごすかばかりを考えていました。 そんな私も中学生になり、また新たな環境で生活していくことになるのですが、 結果から言うと私は中学二年の途中から不登校になってしまい学校にいくことを止めてしまいました。 表面上は学校に馴染んでいるように両親にも友達にも今迄通り強がって見せていましたが、それも限界でした。 私の何事にも敏感に反応してしまう体質では中学生活は刺激が強すぎて私の精神力は0になってしまい、ついには自律神経失調症を発症してしまいました。 不登校になってから想像した未来の自分はまともな定職につけずおっさんになった自分がコンビニでアルバイトしている光景でした。おわったな、そう思いました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

