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「木元貴章東」に対する検索結果が2757件見つかりました

  • ミュージシャンのボクしか出来ない世界で1つの「親孝行」 | STORYS.JP 人生物語

    2012年2月 あの東北の大震災より、1年が過ぎようとしていた頃。 シングルマザーとして とてつもなく波乱万丈な人生を歩んだ ボクの母親が 52歳の若さで亡くなった。 その頃のボクは、東京で勤労学生として、勉強しながら働いていた。 突然の母からの電話。 泣くような弱った声だった。 手術しないと助からないらしい。 けれど、その時に 『親を亡くした東北の子どもたちや、残された家族は?』 と、ふと思いました。 きっとつらいだろうな。もっとつらくて、苦しんだろうな。 涙が止まりませんでした。 ボクの周りにいたのは 東北復興への志の高い人たちばかりでした。 なぜアーティストがこぞって、歌い出したのか・・・ ・・・ボクには、はっきり意味がわかりました。

  • 【欧州はつらいよ】蒲田編 | STORYS.JP 人生物語

    蒲田で両親と別れ、京浜東北線で品川へ。品川から成田エクスプレスで空港へ向かう。最初の都市、ブダペストへのフライトは22時発。電車の中で一眠りして、目をさますと空港第2ターミナルビル駅に着いていた。

  • 血の絆 | STORYS.JP 人生物語

    東日本大震災からまだ一年。当時の現実とは思えない映像のひとつひとつを鮮明に覚えています。東日本で起きた大地震は、日本の大地を揺るがすとともに日本人の心も揺り動かしたのです。 大震災が起きたあとに、紫陽花会の会長と父が東日本大震災チャリティコンサートを企画し、開催することに決めたのです。   会員の年齢もあり、もう開催しないとしていたのですが、民謡・歌謡の歌手である道高むつ子さんを迎えてもう一度コンサートを開催しようと企画していた頃、東日本に大震災が起きてしまったのです。 東日本大震災ではたくさんの方が亡くなられました。ちぃちゃんのように若い子も、幼い子も。そして子を残してたくさんの親たちが亡くなられました。 東日本大震災の人たちを思えば「春の花のように」を歌うべきでしたが、「涙の絆」よりも、身内の「血の絆」を優先にさせていただいたのです。

  • 10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(4) | STORYS.JP 人生物語

    東北に住む両親にも伝えたところ大変心配していたこと。また高校の同級生で国内でも屈指のガン専門医であるTさんに連絡したところ「手術出来るって言うのは幸せなことなんだよ!」と励まされたこと。

  • HAYATONY物語10 | STORYS.JP 人生物語

    16/10/8 HAYATONY物語10 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 晴れて東京東放学園の音響技術課に入学し、アパートも徒歩で行ける京王線の代田橋駅に 2K風呂なし物件を 借りて僕の初めての一人暮らし生活が東京でスタートした。 面接は無事合格しオープニングメンバーとして東京で初めてのバイトが「スパッツ」で始まった。 それが東京の六本木と言う街だ。 かくして僕の人生の第二の故郷は六本木になった。 いつの日かこの街で成功し東京の中心地に住むことが僕の夢の一つにもなった。 東京に来て親から半分自立しての第2幕とも言える僕の人生は始まったのである。

  • 先生が「詩を書こう!」と言ったから ① | STORYS.JP 人生物語

    先生と出会うまで 僕は埼玉県と東京都のちょうど境目、まさに田舎と都会の中間、ドーナツの「実」の部分で育ちました。住宅地と野原が混在するその町は、とにかく穏やかなものでした。

  • 年齢関係なく『旅』ができる。 | STORYS.JP 人生物語

    東南アジア 訪れた国は7カ国。 理由は単純で友人が世界1周に 行っていて影響を受けた。 それだけのこと。 東南アジアの丁度雨季で 豪雨、言葉が通じない。 どうしたらいいのだろう。 目的地も決まっていない。 目の前にはタクシーが ものすごい数で並んでおり、 たくさんの人たちが話しかけてくる。 東南アジアを旅をしただけで、 こんなにも世界が広がるのか。 本当に心からそう思えた。 行ったから偉くなる訳ではないが、 僕が見て感じた事は日本では 絶対に見れない事ばかりだった。

  • 明日は今日の風が吹く。01 | STORYS.JP 人生物語

    この街はどんな夢でも叶うと聞いたが この街は何もかも食い潰されるとも聞いた あの朝東京に着いてから20年間。 空を見上げてた笑顔の夜と、床を見つめた絶望の夜。

  • 2浪1留の学生が副社長になっちゃったワケ | STORYS.JP 人生物語

    学生時代のサークルの1人の先輩(現在スキャンマンの代表)が愛知から東京に上京していました。 その先輩といえば、口を開けば下○タばかり。いつもニヤニヤしていて、何をしても怒らない。

  • GlobalTravelBloggerSummit開催への道とこれから① | STORYS.JP 人生物語

    初めて来たのは1990年代の初頭、日本でバブルが崩壊した直後、就職活動で東京に来た時に、ついでに立ち寄った新宿副都心。 今ほど沢山のビルはなく、まばらにそびえ立つ高層ビル群。 なかでも都庁の外観は格好良くて、外壁だけ見てもお金がかかっていそうで、大阪から初めて東京に出て来た身としては、圧倒的な存在感にぐうの音も出ない感じだった。

  • 専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7 | STORYS.JP 人生物語

    そしてある日、東京で開催されるセミナーの案内を目にした私は、 直感的に「会いに行ってみよう」と思い、参加を即決しました。

  • 人生の醍醐味 97 | STORYS.JP 人生物語

    今日は東側が雲が多いお陰で、 まだ直射日光を浴びないで散歩できるのが嬉しい。 兎に角、ホノルルでの生活は瞑想の機会が多い。 大自然の懐に抱かれているような嬉しい気持ちになれる。  

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