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GlobalTravelBloggerSummit開催への道とこれから①

Image by Olia Gozha

1 . 天守閣に忍び込む

そろそろ冬といってもおかしくないくらいに寒い、薄暗くなり始めた11月の夕方の歩道。

歩く人は殆どおらず、無数の高層ビルの中で数千、いや数万人の人が、一刻も早く仕事を終わらせて家路につきたいと考えているのだろう。


また、こんな場所に、突撃しにくることになるとは夢にも思わなかった。


初めて来たのは1990年代の初頭、日本でバブルが崩壊した直後、就職活動で東京に来た時に、ついでに立ち寄った新宿副都心。

今ほど沢山のビルはなく、まばらにそびえ立つ高層ビル群。

完璧過ぎるくらいに、お上りさんだった。

青空を見上げつつ歩いた。

なかでも都庁の外観は格好良くて、外壁だけ見てもお金がかかっていそうで、大阪から初めて東京に出て来た身としては、圧倒的な存在感にぐうの音も出ない感じだった。


学生の身分では、とても入り込める余地などないと感じた。


その後、サラリーマンの時に何度となく訪れることがあったが、多少気後れすることはあっても、会社の名刺を武器に、アポを入れた会社目当てに西新宿を訪問することは日常の一部となっていった。


それから20数年が経ち、喫茶店のマスターとして、改めてこの地に足を踏み入れ、見上げるこの高層ビルに再び忍び込むことになろうとは。


一度、完全に縁の断ち切れた西新宿。

本当に、こんなことが再び起ころうとは夢にも思わなかった。


いや、忍び込もうなどということはない。

ちゃんと事前に電話もしたこともある。メールも送ったことがある。

ただ、今日のアポイントが取れていないだけだ。


『メールは確認しました。検討しますので、しばらくお待ちください。』


と言われて、連絡を待っている状況が続いていた。


ただ、それから1週間が経つ。


しばらく営業マンという仕事からは遠ざかってはいるが、10年以上続けた仕事である。

何となく昔取った杵柄、1週間音沙汰がない、ということは、幾ら待っても連絡が来ない可能性が高いと想像出来た。


せっかく辿り着いた窓口。


正面玄関から、裏門から、地下入り口から、空からパラシュート降下で、あらゆる方法で忍び込む方法を模索し、やっと辿り着いた窓口。


このチャンスを逃すわけにはいかない。


だから、今日、原宿まで関西から出て来たついでに、アポも取れていない西新宿に乗り込んで来たのだ。


見上げる超高層ビル。


事前に調べると、この超高層ビルの14階と29階に本社機能があるらしい。


その他、この会社は西新宿のたくさんのビルに様々な部署が入居しており、この街に城下町が形成されていると言っても過言ではない。

そう、城下町といえば、この高層ビルは大阪城や姫路城のような天守閣さながらに思えてくる。


その天守閣の最上階29階には、殿様である社長CEOが君臨する、という世界である。


その、天守閣に、丸腰の自分が、忍び込もうというのだ。


😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆😆


サラリーマンの時は、会社名や肩書きが書かれた名刺が、一応は安心できる武器でもあった。

新入社員であっても、ペーペーであっても、『株式会社』と書かれた名刺を持つ、ということは相手がどこの誰であっても怪訝な顔などされることも無く、一応最低限の武器か防具の役割を果たしてくれた。


丸腰ということでは無かった。


しかし、今の自分は『喫茶店 マスター』という、怪しさマックスで何ら効果を発揮しない名刺を武器に天守閣に乗り込もうとしている。むしろ名刺など出さない方が、怪しさをプンプン醸し出さないで済むかも知れない。


しかし、手ぶらというのも何なので、一応、パスケース兼名刺入れを片手に天守閣のお膝元、お堀を渡る門の辺りまで辿り着き、平静を装いiPhoneから03で始める番号をタップする。


『はい、新規事業開発室です。』


『Nさん、いらっしゃいますか?』


いてくれ、と祈った。


わざわざ、ここまで来たんだ、頼むからいてくれ。


こっちは、関西から西新宿まで、会いに来てるんだ。頼むからいてくれよー。


アポも取らない癖に、偉そうに、そう祈った。


『はい、Nです。』


いた。


いてくれた。


颯爽と嘘ではない嘘をつく。


『あっ、どうも、先日メールをお送りしました中西です!今、たまたまNさんのいらっしゃるビルの近くにいるもんですから、もしおられましたら挨拶を、と思いお電話しました!』


たまたまというのは嘘だけれど、Nさんのいるビルの近くにいるのは嘘ではない。


『本当に、ご挨拶だけで構いませんので、お時間頂けませんでしょうか?』


『・・・・・・・・・・・・(無言)』


ヤバい。マジでやばい。この無言は、断られるパターンだ。

金曜日の夕方。早く帰りたい。早く仕事を片付けて、飲みに行きたいデートに行きたい帰りたい。

こんな地方から来たどこの馬の骨か分からないやつの相手などしている時間は無い。

あー面倒くさい。


という心の声が天守閣の下の歩道まで聞こえて来そうだった。


『あ、あいさつだけだったら良い・・・ですよ。』


迷いに迷った挙句、絞り出すような声でNさんが応えた。


『あっ、ありがとうございます!!何階ですか?何階ですか?何階に行けば良いですか???』

暑苦しい、畳み掛けるような勢いの自分。


『14階の受付にお越し下さい。』


『はいっ!ありがとうございます!!』


やった!やった!


こんなに、いとも簡単に天守閣に乗り込むことが出来る!!

江戸時代なら、一気に旗本に昇格出来そうな快挙だ。


桜門を通って、お堀を渡り、警備をしている足軽に軽く挨拶をし、天守閣備え付けのエレベーターに乗り込む。


意外と小さな普通のオフィスの開けっ放しの鉄扉の中に、これまた普通のオフィス用の家具の上に内線電話用の受話器が置いてある。


『中西と申しますが、Nさんお見えですか?』


挨拶だけとは言ったが、もちろん挨拶だけで終わらせるつもりなど、さらさら無かった。

メールで送りつけたPDFをカラーでプリントアウトし、手渡しするだけでなく、無理やり1分プレゼンを聞かせるつもりだった。


『どうも!お忙しいところ突然、大変恐縮です!先日、お電話とメールをしました中西です!

今日は、本当にたまたま近くを通り掛かりましたので、ご挨拶にお寄りしました。』


何万回と繰り返したことのある、華麗な手捌きで名刺交換をする。


『中西でございます。』


この、この名刺交換が全ての始まりとなる。


この1枚の名刺から、全く新しい未来が切り開かれていくことになる。


『一瞬だけお時間宜しいですか?』


挨拶だけなど、嘘八百である。

怪訝そうな顔をするNさんを促し、初めて乗り込んだにも関わらず、近くにあるソファーに勝手に腰掛けプレゼン資料を開く。


『先日お送りしましたPDF資料をプリントアウトして参りました。

是非とも、こちらのプロジェクトをご検討頂きたく・・・』


挨拶だけと言ったのに話が違うじゃないか、という表情も見せず、Nさんは親切にも応対してくれた。自分の勢いに飲まれてしまった格好だ。


『はい、ありがとうございます。一応、責任者のMには資料を転送して、回覧してあります。

面白そうだとは言ってました。ただ、その後の動きについては確認出来ておりません。』


『是非是非、Mさんに、再度ご検討宜しくお願いしますと、お伝え下さい。』


『了解しました。今日は出張でいませんが、後日伝えます。』


『ありがとうございます!よろしくお願いします!!』


今日一番の大きな声と、一番気持ちを込めた声色で、祈るような気持ちで、そう言い切った。


悔いはない。


ここまでやったのだから、やり切ったのだから、もう、後は天に任せた。

天がこの世に存在するのか、29階の天守閣最上階の判断なのか、分からない。

が、後は祈るしかない。


これが最後かも知れない。

検討の結果、提案は却下され、これっきりで終わるかも知れない。


29階の天守閣の最上階、殿様の間に上がることもなく、終わってしまうのかも知れない。


だが、その日は、そこまでが精一杯だった。


そこから、無理やり暴れて29階の天守閣最上階に上がっても、足軽や徒士、旗本に捉えられてお縄になるのが関の山だ。


そう考え、Nさんに深くお辞儀をし、14階の窓ガラスをぶち破り、仮面の忍者・白影のように、大凧に乗って軽やかに立ち去り・・・なんてことはなく、大人しくエレベーターに乗って、天守閣を後にした。


それから2週間後、堂々と天守閣の最上階に上がることになろうとは、その時点で全く想像など出来ていなかった。

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