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  • 企業の突然死からどう身を守るか!! | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/5/4 企業の突然死からどう身を守るか!! Facebook X (Twitter) リンクをコピー 今は突然会社がなくなる時代。あれだけ会社に尽くしてきたのに・・・といっても潰れたら後の祭り。どうやって現状から逃げたらいいのか・・・皆が思う ブラック企業は「はい!さようなら」 いまやシャープ、東芝が潰れかける時代、30年前までの人は「え?!うそだろ?」と驚くばかり。しかし今の日本に今後どのような現象が生まれるか、まさに誰も知らない。タイムマシーンで未来からやってきたものは「あの会社?もうないよ」と平然と言うだろうが、われわれ現代人にとってはまさに寝床に水がかけられたような状態となる。この先「100年は絶対大丈夫」と太鼓判を押されてきた・・・自動車、・・・銀行、そして東○大学が消えてしまうような事があっても決して天変地異ではないということを理解して頂きたい。 ブラック企業に勤めている諸君は今すぐ辞める事をお勧めする。ブラック企業にいても何も良い事はない。タバコを一日100本吸って「私は長生きする」と公言している人と同じだ。私はブラックという企業をたくさん歩いてきたが、今になって自分の血肉となっていることは「どんな辛い荷役にでも耐えられる」事だ。(笑)これはこれですごい才能であるかもしれないが、別の見方ではこれしかないということだ。ブラック企業に数年も働き何一つ次の仕事に生かせた才能はない。皆に言う、ブラック企業はすぐに「はいさいなら」で去ってしまう事だ。中には「履歴書に傷がつく」という人がいるが、長く働いても何もいいことはないし、かえってブラック企業勤務で履歴書の傷が広がることだってある。 ではなぜブラック企業にいてはいけないのか?この理由は「法令違反」にある。あのわ○み、×通は皆法令違反を犯した会社なのだ。一般の人は法令違反ほど社会の敵役を演じる好相手はいないと思う。「ほう、・・・にいたのですか?」と相手の人があなたに聞いたとする。あなたの評価はそれだけでがた落ちになる。日本は個人を正しく評価するより、その個人が属している団体で個人を評価をする相変わらずの組織体質なのだ。だから「ブラック=あんたも同罪」という風潮になる。 次には「使い捨て体質」ということだ。ブラックの中でも同族経営ほどこの体質は強い。つまり「よそ犬は外で飼え」ということだ。鬼は外、福は内と節分の言葉を言い換えれば、「鬼=よそ者、福は身内」である。私は何度かハローワークを使い就職活動をしたが、まずろくな会社に出会っていない。たいていが人を大切にしない、人の能力を評価しない、給与査定を考えない会社であって、その理由はまさに「鬼は外」の発想なのだ。外から来た者には重要なポジションを譲らない、使い捨て型でいらなければ「はいさようなら」なのだ。だからこうした会社はこちらから「はいさようなら」すればそれでいい。 新卒で会社を辞めたい子どもたちへ せっかく親御さんがお金をはたいて高い「専門学校」「大学」に進学し、苦肉の策で子どもたちが入った会社は・・・ブラックだった!!なんてことはよくある。でもめげてはいけない。「この会社辞めたい」というとあなたの身内は「だめだ、3年我慢しろ」とか、「せっかく学校の先生が紹介してくれたのだからまず一生懸命働いてみろ」など言うかもしれない。確かに身内が言う事も一理はある。けれどその会社に属している時間は非常にもったいない。もしその会社で働く意義を感じているなら残ればいい。しかし何も感じず既に次の目標が出来ているなら、その目標を暖め続け、時期を見計らいやめるべきだ。その気になれば人生なんて何度もチャンスがある。何もスキルも経験も資格もない子どもが、ある些細なきっかけで大企業のマネジメントを任されるというドリームを実現した子はたくさん見てきた。そんな話しはどこにでもある。嫌な会社で嫌な思いをし続けるより素直に自分を磨き人に尽くし、やさしい子でありつづけることこそよほど成功を手にする機会が増えるだろう。 日本は不思議な社会だ。嫌な事を我慢強く続ける事が美徳であり、ころころ機会を変えることが悪に評価される。なぜなのだ? たぶん高度成長期にひとつの会社に奉仕する事こそ、日本という国を成長に持っていける原動力であったからであろう。だからトヨタ、日産、松下、京セラなど大企業が著しい成長を遂げ日本を世界無二の経済大国に持っていけたのだろうと思う。しかし、実は一昔前は中小の倒産が非常に多く、人がリストラされることは日常茶飯事であった時代はあまり語られてはいない。 私の親父もそうだ。私が生まれた1960年頃親父は1ヶ月ごとに職を変えつづけてきた。母が心配し「とおちゃんまた職を変えたの?いったい今月のお金どうするの?」と心配したらしい。家の経済はがたがただったが、親父は粘り強く仕事を変え続け、ついに大手の・・生命総合会社に入社出来た。おかげでのちの家計はとても安定した。 昔は銀行すら突然不渡りを出してなくなってしまう時代だから、昔を覚え息子娘にはいい会社に進学して欲しいという親御さんの考えは正しいと思う。しかし今の日本の会社株主はもはや日本人だけではなく、大企業ほど海外のファンドに握られている。だから売り上げ不振や事業失敗などの事態が発生したらいとも簡単に企業の社員は職を失う。世界に名高い大企業でもだ。 だから、「兄ちゃん大きな企業にはいったら一生勤め上げなければだめ」という思想がさっぱりわからない。自分の人生だからどうでもいいだろう?60歳定年になって会社がなくなり退職金や年金が全て消える、しかも会社では誰でも出来る仕事を手がけてきたので、つぶしが利かない。さあどうしよう!!あら?60歳で持病が悪化してしまった・・・どうだろう?最悪のシナリオではないか? 企業の突然死を知る ーホリエモン「99%の(日本の)会社はいらない」ー さて、今後どういう事態が発生しようとも、まずあわてないことだ。「君は癌だ」「余命1年だ」といわれても「知るもんか」でいい。そんな事に惑わされ鉄道に飛び込んで人に迷惑をかける死に方を選ぶ人は生まれ変わったとしてもひどく重い十字架を背負うことだろう。 企業の突然死と書いたが、つまり企業が生き物である以上、いつかは死ぬのだ。ただ企業の死と自分の死をイコールで結び付けてはいけない。自分は家族も要るしローン借金もあれば行き続けて人に迷惑をかけないよう返済しなければならない。「会社なくなりました。えへへ」ではいけない。借金や家族の面倒はそれこそあなたに与えられた義務であるからだ。死んだら終わりではない! では会社はどんな時に突然死を迎えるのか?それは、誰にもわからない。しかしながらその予兆はある。なぜなら企業は人と同様生き物だからだ。 私が経験した「会社の突然死の予兆」はこんなものだった。 1.やたら月末に重役会議が多くなる。 2.社のまん前に黒塗りの車が頻繁に現れる。 3.処遇の引き下げ(給与減額)の発表がある。 4.リストラ計画がある(ただ本社移転などは結構建設的) 5.新規事業発表がある。 6.中堅社員の転勤があからさま。 7.土日働かされる。 8.吸収合併が計画される。 まあ、殆どが慌てて何かをしようというアクションだが、実際平社員にはわからないことばかりだ。特に売り上げや利益の件は全くわからない事が多い。上が損益をオープンにしないからだ。 そこで私はまず以下の事を皆さんと一緒に自問自答したい。 1.あなたの会社は世の中で役立っていますか?またあなたは今の会社を通じ世の中で役立っている人ですか?それを誰か親しい人に聞いて御覧なさい。 2.あなたの意欲は世界を変えれますか?それを紙に書いてみてご覧なさい。 3.あなたの親しい人と嫌いな人の名前を書いて御覧なさい。どっちが多いか確認してみなさい。 4.あなたに好きな事がありますが?将来何をしたいのですか?そのしたいことと今の仕事とのウェー  トをパーセントで書いて比較してみなさい。 5.あなたは一日に何回笑顔をしていますか?回数を書いてみなさい。 6.あなたは嫌な過去の事を一日何回思い浮かべますか?今嫌な事があると過去の嫌な事と比較したりしますか? 7.あなたは今日の天気が「アーア、今日は雨か嫌だな」と思いますか? 8.あなたは家族に感謝した事がありますか?いままでした感謝を書いてみてください。 9.あなたはいままで人をお金にに置き換え評価した事がありますか?(年収とか) 10.あなたは今後毎日「おはよう、ありがとう、感謝します」といい続け生きていけますか? 上記これらの事を思い返し、良い事を伸ばしていければ突然死を避けられるかもしれません。 私は現状から逃げる事が決して恥すべき事ではないと思っています。ましてや嫌な会社、危ない会社にいる自分は逃げたくもなるでしょう。逃げるならお逃げなさい。でも先の結果が悪くても決して人のせいにしないことです。上記1~10の質問には何も答えというものがありません。自分が自分らしい生活を営む上でもう一度自分を振り返る必要があると思います。その為には日々自分を成長させ魂を生き生きとさせてみませんか。 どんな暗い会社でも明るい人がいます。そんな人とタッグを組んで明るい会社にしていければ、もしかすると潰れそうな会社にも一寸の光が差し、再生の糸口が見つかるかもしれません。                   日日是好日 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜挑戦・1〜 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/4/10 脱サラをして30歳で製造業からゲーム業界に進んだ話〜挑戦・1〜 Facebook X (Twitter) リンクをコピー まずは自分のできそうなことから挑戦 『ゲーム業界を目指す君へ』に参加したことで、僕の中に次の選択肢が浮かんでいた。 「アプリ開発ってどんなことやるのだろうか?」と、そういう思いをがあるときは他の何かを呼び寄せるらしく、企業説明会にてアプリ開発セミナーの無料受講をするスクールの情報を得ることができた。  説明会ではアプリ開発が出来る人は企業からも求められていて、就職するにも結構有利になるという話をされて、「コレだ」と僕は感じた。  なぜならば、ちょうど3月に入ると専門学校も春休みモードになっていたため、スクールに通う時間を捻出するにはちょうど良かったのである。  就職活動がいまいち進んでいなかった僕にとって、このアプリ開発スクールの経験は就職活動を有利に進めるための鍵になりそうだと感じて、すぐさま代々木の学校説明会に通うことにしたのだ。  その代々木のスクールではマシンを借りてやることからできたのだが、学校だけでは正直なところ限界もあったし、もともと面白うなモノにハマりやすい性格をしていたのでMacBookを購入して、iosアプリ開発者としての登録も済ませる等、とにかくお金を捻出して動くことにした。  お金を捻出して動いたのは、もちろん自分で学習したいこともあったが何よりも 「高い買い物」をしたことによる「元を取らなければいけない」  という一種の強迫観念を利用して、アプリ開発スクールに通いつづけるモチベーションにするためであった。    その甲斐もあって、なんと新学期の審査会にて賞を取ることに成功できたのだった。  Macでデモ版を作り動かすことで、自分の作りたいゲームのイメージが伝えられたことが賞のとれた大きな要因となったのは言うまでもない。  そして、2015年6月にある学校が主導する就職オーディションへの切符を手に入れることができたのだった。 ……続く X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第十二回 記憶の扉 ~ゴルフスイング~ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/2/19 第十二回 記憶の扉 ~ゴルフスイング~ Facebook X (Twitter) リンクをコピー Gollf Swing truth is what stands the test of experience. ゴルフスイングの真実とは、経験という試練に耐える物のことである ... 私のスイングは、Tiger Woodsから始まったゴルフリハビリだった。 あの時、世界No1 ゴルファーのスイングを求めた。 Tigerの子供のときと同じようにパターから学び始めた。 体は、上手く動かせない。 はじめにゴルフの頭を重点に構築していった。 時を得て、運命の出会いがあった。 その名は ~Ben Hogan~ Tiger Woodsの書物からBen Hoganを知った。 ゴルフの基本、スイングの聖典と呼ばれるレッスン書があることを知りえた。 その後に 私はHoganの人物に引かれていったのだった。 ホーガンは、交通事故による瀕死の重体、重度の後遺障害を負った。 その体から、奇跡の復活をはたした。 このエピソードに胸を打ちぬかれたように私は引き込まれていった。 何かに取り付かれたようにHoganの伝記を探し、読みふけていた。 その後、英語版の5lessonsが手元に届く。 youtubeに流れるHoganのスイングの虜になっていった。 私は、知りえたHoganのスイング作りのプロセスを貫き通した。 それができたのも、ホーガンと同じように下肢に障害を負い動かない体だったからだ。 だから、私はホーガンが理解することができた。 ホーガンと同じように何度も木の枝のように倒れながらクラブをゆすった。 時折、私の練習場でのスイングを見た人に質問を受けることがある。 ”歩いてる姿は障害があるけどゴルフスイングは別人で障害を感じさせないようになった。” ”何でそんなに打てるようになったのかと” この問いには、なるべく笑ってホーガンと同じだからですよと答えるようにしている。 重度の障害で立つこともままならなかった人間が ゴルフスイングができるようになるとは誰も思わなかっただろう。 練習場で球を打ちはじめの頃は、皆が哀れみの眼差しで見ていたのだから…。 そんな人間がスイングができるようになった。 その答えは ”ホーガンのゴルフスイングは 肉体に障害を負った経験に耐えるゴルフスイング技術であったからだ。” ホーガンも私も、同じ下肢の障害を負っている。 その私と同じ人物が、経験という試練に耐えて世界最高峰のツアーで復活を果たしたのだ。 真実という名のスイング技術なのだ。 私に疑う余地はまったくなかった。 私は、ホーガンとゴルフクラブを通じて会話をし続けた。 会話はとても楽しかった。 ホーガンとスイングで会話を続ければ… ある時に 私の頭の中で ヒントと 答えをホーガンは教えてくれる。 私にホーガンは、話しかけてくれるのだ。 真実を… 真実という名のゴルフスイングをホーガンは語りかけてくれる。 Truth is what stands the test of experience. 真実とは、経験という試練に耐える物のことである アインシュタイン X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 春満開 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/5/7 春満開 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 先日我が家のお嫁さんが狭い庭に畑の枠囲みを作ってくれた。もうそろそろ苗の植え付けに取り掛からなくてはと思っていた矢先のこと。ホームセンターから土や有機肥料などなど、買い出しをして、勿論私の大好きなキュウリの苗も買った。この小さな畑の中に、今ではさやいんげん、レタス、ラディッシュ、ルッコラ、春菊、パセリ、手軽に取れたての朝のサラダに使うものを植えている。これらを私は畑のバイキングと名付けている。何といっても畑仕事はこの年齢まで初めての経験である。ご近所の畑を覗き見ながら、同じように支柱をたてたりと、真似てみたり。一日に何回も庭に出て彼らをのぞきに行くものだから野菜たちがあきれている。私にはそう思うのだが、何とも楽しいひと時である。土に触れることがこんなに楽しいことなのだと改めて感じている今日この頃である。私の幼少のころ、壮大な牧場の中のクローバの花の中で暮らしていたことがなつかしく、この所せましと野菜や花でいっぱいの庭にクローバを敷き詰めてみたいと思っている。ガーデンと呼ぶにはオコガマシイが雑草も花が咲くのではと取り除けない。もう部屋の中は犬の散歩の途中、道端で咲いている小さな花を摘んできたり、あまりにも新緑の薄緑色の葉っぱが美しく、名も知らない花を摘んでは、所せましと部屋中をにぎわっている。そんな中、今日はご近所のおばあさんからカーラの花束を抱えきれないくらいいただいた。新緑の美しい山のふもとの暮らしも悪くはないな。ここに来て、はや5ケ月が過ぎようとしている。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 株式会社エナジー〇〇のパンフレットでオール電化にしてみたいと思った | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 株式会社エナジー〇〇のパンフレットでオール電化にしてみたいと思った Facebook X (Twitter) リンクをコピー こんにちは、立花真由美です。 飽き性の私。 それでも月一ならと思い、ブログをはじめました。 回数は少ないですが何とかゆるゆるとブログを続けることが出来て、ホッとしています。 一つの場所で過ごすことも苦手で、これまで京都に大阪、鹿児島。 そして今は横浜と住まいもころころと変えてきました。 しかし、来月誕生日を迎えるにあたり、一つの目標を立てました。 それは5年以内に自分の家を持つことです。 株式会社エナジー※※という近くの会社(一応名前は伏せます笑)でオール電化のパンフレットが目に止まり、やっぱり家がほしい!と思ってしまいました。 恋や仕事など、色々な悩みもあります。 今後どうなるか分からない部分もあります。 けれど、〇〇歳というある種の区切りを迎えるに当たり、どこかに根を張って生きていくという道に魅力を感じるようになりました。 決めたのは良いものの欲張りな私は「ハンモックをつけたい」「キッチンは広くてきれい!コンロは3口!」と満たしたい条件がいっぱい! しかし予算もあるので、泣く泣く削るものもあります笑 けれど、削りたくないのがオール電化!! たまたま案内を受けた株式会社エナジー〇〇のパンフレット、そこに書かれている生活スタイルを見て単純に憧れてしまいました。 自家発電を使用できるだけでなく、コストダウンやキッチン周りのお手入れも簡単になるそうです。 これを聞き、心はオール電化!!絶対やりたい!!という状態になりました笑 キッチン周りは日々使うので、手入れが楽になるのは大きいですよね〜。 今は相談段階ですが、将来的にはぜひオール電化にしたいと思う今日このごろです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 世界を変えるために責めることをやめた | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/7/14 世界を変えるために責めることをやめた Facebook X (Twitter) リンクをコピー おはようございます。こんにちは。こんばんは。 世界を変える男、紺ナムです。 ついつい、立場が弱い相手を責めたくなってしまいます。 今回は、それって、意味あるの? というお話です。 ★ 家の前に、見知らぬ車が止まっていた。最近、この地域は空き巣が多いらしい。家には、俺1人。ビビった俺は、迷わず通報した(警察署へ電話)。 車の中身から見て、近所の工事を担っている人の車両っぽい。 20分後ぐらいに、警察官到着。 「すいません、家に一人でビビってしまって」。警察官に頭を下げる。 数分後、持ち主の工事関係者が到着した。 「お忙しい中、ご迷惑をおかけしました」。こちらから、工事関係者に頭を下げた。こんなクソ暑い中、地域の環境を良くしていただいているのだ。立派としか言いようがない。 ただ、うちの前は横断歩道、本来、駐停車は禁止だが、今回は注意だけで済んだようだった。 1ヶ月前だったら、このような態度は取れなかった。 「てめー、ふざけんじゃねー! 誰の家の前に止めてると思ってんだ、ゴラ(# ゚Д゚)」 と高圧的に相手を責めていたはずだ。 うちの更年期のアホ親父だったら、もっと高圧的な態度を取っていただろう。 いなくて、良かった。 立場が弱い人間を一方的に攻撃することは、絶対に良くない。 こんなことをやっていれば、いずれ自分に返ってくる。最悪、警察につかまってしまう。 だがら、他人を責めたくなったなったときは、まず自分から頭を下げる。 相手を赦す。事が起きた後に誰かを責めても、何も生まない。 だから、起こる前に注意をしなければならない。 このように人を思う態度を取りつづけることで、世界のルールは変わっていく。 ★ 長文を読んでいただき、ありがとうございました。 世界を変える男、紺ナムでした。また、会いましょう。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第2章〜天狗になってどん底へ〜 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 第2章〜天狗になってどん底へ〜 Facebook X (Twitter) リンクをコピー X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 体験談) ICL受けてみた | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/5/25 体験談) ICL受けてみた Facebook X (Twitter) リンクをコピー こんにちは、こぐです。 はじめての方は初めまして いつもの方はこんにちは こんにちは、こぐです。 さて、昨日(2015年06月あたり)ですがICLという視力矯正手術を受けてみました。 # ICLってなんぞや? レーシックっていう矯正手術はご存知の方も多いと思います。 レーシックは、角膜、つまり目の表面をレーザーで削って、ピントを矯正する術式です。 対してICLというのが、目の中にコンタクトレンズを入れる術式です。 # レーシック レーシックは目の角膜を削るため、戻しがききません。 合わせて、削れる量も人によって違って、強度近視(0.04以下、紙を持って眼下の人が前に近づいてくるタイプ)の人は普通の人でも許容値を超えてしまうので、手術自体が無理です。 目の形によっても出来る出来ないがあるそうです。 # ICLのメリット・デメリットって? ICLは目を切って、その隙間からコンタクトレンズを挿入するので、レーシックでは矯正しきれない人や、目の形が合わない人も出来るそうです。 レンズは何かない限り一生使えます。 何かあっても、取り出す事ができますので、安心感があります。 その代わり費用が高いです… # なんでICL選んだの? まず、私は幼稚園の頃からメガネかけてました。 先天的に近視で、初めてメガネかけた時はよく見えるようになって文明の力を感じました。 小学生の時にすでに父親の近視を上回り、分厚い瓶底メガネをずっとつけていました。 大学の頃にコンタクトつけてもみましたが、眼科に置いてある限界のレンズをつけてました。 何よりコンタクトが面倒で、結局メガネに戻り、薄いレンズを選んでもフレームを飛び出して分厚いメガネをつけていて、メガネを外すと目が大きくなるというネタまで使いこなしてました。 何人かレーシックも受けた人も見ていましたが、ハロー、グレアといった術後後遺症に悩む人もいる事もあって、なかなか足を踏み出せずにいました。 # ICLを受ける決心 費用との兼ね合いだけです。 なんとか初回のレンズ代だけは払えるだけ貯まったので、えいや、と思ってとりあえず検査を受けてみよう、ととりあえず予約。 # ICLの検査 最初に都内の眼科さんに行ってみました。 結果的にそちらの眼科さんには行かなかったので、名前は伏せておきます。 最初にやったのは、目の検診です。 通常の視力、眼圧などを検査した後に、角膜、内皮細胞、目の形、眼底など、詳しい検査をしました。 当日は瞳孔を開く目薬を点眼するので、帰り道少し眩しいのと、ぼやける感じがありますが、歩行には全然支障はないです。 検査が終わった後に術式の説明を受けます。 案の定、レーシックは無理で、レンズ入れるタイプにしたほうが良いよ、と言う話になりました。 費用とレンズを確認したところ、IOL(虹彩の前に置くレンズ)を勧められました。 (レンズの調達が遅れているという話もあって) 他の施設で20万以上安くやってる所があったので、セカンドオピニオン的なイメージで行ったのが、今回受けた神戸神奈川アイクリニックさんです。 # ちなみに 紹介割があるので、受ける方は言ってくれれば紹介カード差し上げます。 私もキャッシュバックあるので、嬉しいです。 ( info+icl@rignis.jp まで一報ください。すぐ紹介カードをお返しします) ※ 2018/12/14追記 ICLのご紹介カードを差し上げた方から、新情報が入りました。2018年末で北澤先生が退職されるとのことで、新宿院ではICLを継続するかまだ分かっていないようです。新宿院に行かれる場合は、一度連絡の上確認をされてから適応検査を受けて頂くと良いと思います。 # 神戸神奈川アイクリニックさんの話 http://www.kobe-kanagawa.jp/ 最初に入って感じたのは、眼科、というよりレーシックとかの手術に特化した感じで、 館内は普通の事務所を改装した感じの設備でした。 後日分かりますが、手術台はしっかりお金かけてある感じ。 案内のお姉さんも普通の人で、受付の人も少人数、受付の電話は別のコールセンターで受けているようで、業務に集中してやってる感じでした。 検査は前に行った所とほぼ同じでしたので、標準なのでしょう。 # 検査の話 検査後に神戸神奈川アイクリニックさんではホールICL(一番高いやつで、目の中のの循環を妨げないやつ)を勧められました。 この辺りはもうひとつ別の院に行って検査してみたほうが良かったかもしれませんが、もともとこの術式にしようと下調べしていたのでここにしようと腹をくくりました。 医療ローンが12回払いまでなら手数料負担なしで組めます。 ホールICL手術自体を多くやってる北澤医師がいるとのことだったので、1回目に適用検査、2回目に詳細検査をしました。 2回目の詳細検査で、手術台に登って黒目のサイズと、虹彩の穴のサイズを図られました。 初めての開眼機は結構面白かったです。 前のクリニックで最初に詳細検査してたので合わせて検査結果を提出。 特に値に変わりがないことを確認しました。 2回目の検査から、矯正するほど乱視は強くないというのと、手術の際に乱視をいくらか矯正出来るという話を聞いたので、北澤医師に聞いてみた所、乱視なしでオッケーとの事でした。 なお、乱視ありのレンズは受注生産になるらしく、費用追加と調達期間が延びるそうです。 # 手術当日まで レンズを発注してからだいたい3週間で届くそうなのですが、都合が悪くて1ヶ月後に。 (手術翌日に登山はさすがにハードモードすぎる) 手術3日前から準備が始まります。 抗生剤の点眼です。 1日4回、だいたい3時間おきに点眼します。 Apple Watchつかって3時間アラームつけてました。 前日になるとお薬が出ます。 こちらも抗生剤。 前日朝と当日朝に1錠ずつ飲みます。 # 手術当日 私は午後の部だったので、朝と昼に抗生剤の点眼、抗生剤を服用しました。 あと、手術後は1日お風呂に入れないので、しっかりシャワーして出ました。 あと、服装は目を刺激しない服を着ます。 今回は普通のVネックと麻のシャツで行きました。 院に着くと、点眼薬を2種類渡されました。 片方は瞳孔を開く目薬、もう片方が強めの消毒目薬です。 5分おきに交互に点眼します。 消毒目薬がしみるしマズイ… 3セットの点眼が終わったらお手洗いに行って手術を待ちます。 # 手術 点眼が終わった後、10分くらいした後に名前を呼ばれました。 白衣と髪の毛か落ちないようにする白もふもふを着用します。 待合所で手のアルコール消毒が終わって、ついに手術です。 手術台に登って、手術の確認です。 ホールICLで、小薬さんですねーと確認しながら準備している様子。 緊張してますかーと声がかかります。 大丈夫ですー、と、ここまできたら緊張しても意味ないので、肩の力を抜いて脱力モード。 右目から手術が始まるとの事で、顔に布が張られた後、右目周辺にマスキングテープらしきテープが張られます。 左目はガーゼが載せられてます。 準備が終わったら開眼機の登場。 まばたきしようとしても出来ないのって、結構しんどいすね。 そこから手術用のライトがあてられるのですが、これがすごく眩しい。 当たり前なのですが、開眼機で開眼させられて、太陽を直視させられてる感じですw で、瞳孔を開く水と生理食塩水をジャーっと流されて準備が終わったら、手術開始です。 順序で行くと、 - 黒目と白目の間を3mm切開 - 目の間にストロー差し込んで、折りたたんだレンズを展開 - 位置固定 という順序。 ちなみに縫合とかはしないそうで、眼圧で閉じる力に任せて自然治癒で治すそうです。 切開の時に少し目を押されながらちくっとします。 切開後にレンズを入れる時に圧迫感がありますが、なんとか我慢できました。 ニュルーンとレンズが入ってくるのが見えて面白かったです。 で、その後固定。 チクチクっとしますがこれも大丈夫。 最後に洗浄してもらうのですが、その時点で天井のシミが見えました。 これで終わりです。だいたい5分くらいです。 開眼機を外した後、ゆっくり軽く目を閉じてくださいって言われたので、ゆーっくり閉じます。 なんかまぶた帰ってきた感が懐かしく感じますw 次は左目。 同じく術式が施されます。 何回か目を押されてるので、気持ち悪くなりましたが、耐えます。 目の位置を調整してもらいながらやるのですが、目の位置が押されて変わるので、どこ見ればいいのかよくわからんでしたが、あっという間に術式終了しました。 10分で40万ならこれはボロい商売よのう、と思いつつ、手術台を離れます。 # 手術後 終わった後に、休憩室で安静になります。 処方された3本の目薬挿して、のんびりします。 一発目の消毒目薬が染みましたw だいたい30分くらい安静にしてるのですが、痛みもなく、異物感もあんまりありません。 見え方も立った時に少し違和感がありましたが、コンタクト入れた時と同じ見え方です。 目を閉じて、開けて、前が見える感じ。 裸眼いいですね。 休憩終わったら北澤医師の検査です。 綺麗に入っているとの事で、これで終わり。 今日は1時間ごとに点眼してね、という言いつけを守って、帰りがけにも目薬を点眼。 保護メガネが似合わんなぁと思いつつ、念のため装着します。 なんとなく明るいものを見ると周りに回って少し見えづらいですが、自宅まで歩いて帰宅です。 近くのものが見えにくいので、老眼の人みたいに少し遠くにして見ます。 # 帰宅後 特に何もなく目薬を点眼しながら溜まっていたシドニアの騎士を消化しました。 明るい光がぼやけてましたが、次第に光も収束して、綺麗に見えはじめました。 大体術後7時間ですかね。 一晩寝て起きたら眩しさもなくいい感じ。 目薬は翌日から1日4回で、一週間です。 # 手術翌日の検査 一応何かあった時の検査です。 特に問題なくて、表面がザラザラしてるのでまだ眩しさが残ると思いますが、順調です、とのお言葉。 で、1日仕事休めと言われたのに職場に行ってすこーしだけ仕事しましたw まあ、力仕事とかではなかったので大丈夫です。 で、今に至るみたいな感じです。 保護メガネつけてる自分の顔を見ると、目がでかい。 遠視のレンズでもつけたか、って感じです 違和感がありますが、このあたりはそのうち慣れてくる感じと思います。 ということで備忘録を兼ねたICL体験記でした。 # 一年後の状況 お問い合わせのメールを頂いている際、よくご質問を頂きます。 Q. 術後の状況はどうですか? A. 全然問題無いです。定期検査でも術後良好です。基本的にはパソコン仕事ばかりなので、力を入れるような作業さえしなければ傷も開かないと思われます。 Q. 日常生活で困ったことは? A. 特に無いです。むしろメガネかけてた時の癖がでて、メガネメガネ...って探すことがあってふと気がつくという感じです。 他には強い光を受けると、ICLの穴から反射した少し明るい光の輪が出来る時があります。 夜歩いてると、逆にきれいやなー位でボケーっとその光を見てしまう時がありますね。 ご質問等があれば気軽に連絡頂ければ大丈夫です。 info+icl@rignis.jp こちらまで。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 沈みゆくなかで(5) | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 沈みゆくなかで(5) Facebook X (Twitter) リンクをコピー 同じ職場で働いていて 夫にもバレたのだから 辞めなければいけない でも、もう数日で7月 あと数日で辞めます、では あまりにも無責任だから 入っているシフトの分は勤めてから 辞めたい、と お前の願いはこれから俺が叶えると 夫は愛の再建を誓っているから 今なら言いたいことがちゃんと言える、と 残りのシフトを出勤するよう、決めた。 翌日出勤し 帰り際、彼とすれ違うチャンスがあり 本当に、ごめんなさい m(_ _)m と、お互い同時に頭を下げた 思わず、二人で笑ってしまい 少し話せた、昨日のこと。 旦那さんが店に来て、駐車場で話をした これまでの経緯を謝罪し 金輪際、接触しないように誓ったこと あのまま、俺たちあと少し遅かったら どうなってたか、わからなかったもんね と、どこか救われたような清々しい笑顔で 俺は、危なかった もう、踏みとどまる限界にいたんだ、と そして夫からは 男として、社会人として あるべき姿や、お前はそのままでいいのかと 兄のように、旧知の先輩のように なんかいっぱい、為になる話を してくれて 俺は、すごい人だなと思った こんな言い方、変だけど、感動したんだ すごい大人の男だなと思うと 自分が情けなくなったし ちゃんとしなきゃって思った、と 清々しい笑顔で嬉しそうに話す。 これまでの事、ありがとう 旦那さんと、仲良くしなよ ものすごく、愛されてると思うから と 私は、昨日の今日なのに 笑顔で話せたことが嬉しくて この時のふたりの間に流れた 幼なじみの共犯者のような 一緒にイタズラした事がバレて あはは、と笑っているような 大いなる愛の庇護のもとにいる 子供たちのように無邪気だった。 その日以降職場には、平日でも 仕事を抜け出したのか 車を飛ばして夫が様子を見に来たり 帰る時間に合わせて迎えに来たり 土日は、子供を連れてお昼を買いに来たり しょっちゅう、夫が 職場に来るようになっていた。 お前の事が、心配だから お前は魅力的だからあいつ以外にも 男が寄ってきそうだから 働いてる時のいきいきした姿を見るのが 好きだから 残り数回のシフトのうち 夫が何らかの形で 私が気づいていなくても、遠くから 見ていたらしい 私が気づいていなくても、 離れたところから、姿を見ている 接客してる時の笑顔は、最高だから ずっと、見ていたいから、、、 今まで抑えていた、私への愛情表現を 抑えることを辞めたんだ、と 宣言してからの夫は それまでとは別人のように 歩く時には手を添えてエスコートし 常に私の意見を求め どうしたい?全部お前が決めていいよと言い 家事はすべて引き受け 夜中までかかっても、寝ないで ずっとご飯を作ったり 片付けたり、掃除したり ほとんど寝ない興奮状態で 毎日私を抱き 明け方もう、仕事に出掛けるような 不自然なサイクルで 張り切っていた 毎年、夏になると突然ターボがかかり 寝られない、、という 悶々とした不眠ではなく やりたい事があり過ぎて! やるだけのエネルギーが溢れてて! 全然疲れないし、眠くならない!! というサイクルが、やってくるのは 把握していた これは、もしかして、 躁状態と、呼ぶのではないか、、? と思いながらも 家政婦扱いを返上し 突然お姫様のように大事大事に扱われ 座ってて、やらなくていい、 寝てていい、何もしないで ただ、幸せそうに、笑ってて、、 夫の、ターボと反比例するように 何か、ザワザワする、違和感、、 でも、愛を再建したい、と 必死に愛情表現をし、 一日中、手を繋いだり 愛してるよとキスをしたり すべて、結婚前にもなかったような 今まで見たことのない夫の姿に 本当は。こういう人だったのかな、 強がって、見せなかったものが 私の浮気発覚というショックにより 浮かび上がってきた素直な姿なのかな、と 少しづつ、少しづつ 歩み寄るように、 この、再建しようとしている愛に 安心して、踏み込めるかな、 大丈夫かな、グラグラしないかな、、 探るように一歩づつ 少しづつ、夫の愛を受け取ろうと 心を緩めて それまでの事を許すように 私が、わだかまりを解くだけだ、、 恐る恐る、こわごわ 受け取りながら、過ごした 身を任せて良いのだ、と 思えば思うほど 本当に?ほんと? もう、前の姿には、戻らない? 夢のような景色はパチンと消えて また、家政婦に戻るんじゃないの、、? 愛という名の、真綿のように見える なにかに ゆっくりゆっくり 沈んでいくように 安心なのか安全なのか 確かめながら 身を任せることも楽しくなり 本当に、どうやらもう このまま、お姫様で居られるようだ、、 じっくり時間をかけて この愛に、委ねてみようと 手綱を緩めながら寄りかかるように ゆっくりゆっくり 沈んでいく、2ヶ月が過ぎた X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • フェイスターン ③ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/5/2 フェイスターン ③ Facebook X (Twitter) リンクをコピー そのことを話すと、お母さんはとても喜んでくれた。ろくに友達もいなかったあんたに、親友と好きな人が一度に現れるなんて、と。 でもわたしは手放しで喜ぶことはできなかった。なぜってもちろんこの頭の角のせいだ。 親しくなればなるほど、そして好きになればなるほど、この角が邪魔をするのだ。 「この角、見せなくていいのか? そんな帽子かぶってて本当のお前って言えるのか? わたしのなかの鬼にそういわれてる気がするのよ」とわたしはお母さんに打ち明けた。 「あんたねえ」とお母さんはため息交じりに言う。 「いい加減フェイスターンしたら?」 「何よ、フェイスターンって」 「プロレス用語で役割が変わるってことよ。ヒールからベビーフェイスに、つまり悪玉が善玉になったりすることよ」 「何よ、またプロレスなの?」 「いや、プロレスはどうでもいいの。それよりね、中学に入ってからのあんたはもう、ちょっと見てらんない。殻に閉じこもっちゃって何なの? だいたい小学校のときは仲のいい友達だっていたじゃない。ほら、別の中学行っちゃった子」 「エリナのこと?」 「そうそう。エリナちゃん。いい子だったのに中学に入ってから一度もうちに来なくなっちゃったじゃない」 「うるさいな。わたしだって好きで一人でいたわけじゃないの。エリナとだってずっと友達でいたかったよ。でも。でも」  そこで止まってしまった。話してるうちに涙が溢れて何度も何度もしゃくりあげた。 お母さんは優しい目になって、わたしの肩を抱いて頭と二本の角を撫でてくれた。 「何があったの? エリナちゃんと」  わたしはゆっくりと呼吸を整えた。お母さんに角を撫でられると妙に落ち着く。こんなときだけ便利にできているものだ。 「小学校の卒業式の後でね、お別れだねって話してたの、二人で。いつもの公園のブランコに乗ったりして」 「うん」 「そしたらエリナが友情のしるしにって自分の好きなアイドルのカードをわたしにくれたの。わたしもずっと欲しくて手に入らなかったレアなカード」 「うん」 「そうなったらわたしも何かしなきゃって思ったけど何も用意してなかったから。必死で考えてエリナだけに教えるねって」 「見せたの?」 「そう。でもそのときはエリナもふうんって感じで触ってもいいとかって触ったりして。怒ったら伸びたりするのとか冗談言ったりしてて、結構普通だったんだけど」  お母さんは何も言わずに頷いている。 「でも中学に入ったら連絡も来なくなって、わたしも何回か電話しようとしたけど、きっとこの角のせいだって言うと思うと怖くてできなくて。いつのまにか……」 「ねえ、みゆき」とお母さんが口を開く。「あなた。本当にその角のせいだと思ってるの? その角のせいで親友だと思ってた子から絶交されたと思ってるの?」 「当たり前でしょ? 親友にこんな角が付いてるんだよ? 気持ち悪いに決まってるじゃない」 「それはみゆきがそう思ってるだけでしょ? エリナちゃんに確かめたわけでもないし、阿部くんって子に見せたわけでもない」 「そんなの」。とわたしは言う。そんなこと、できるわけない。 「そうやってリングに上がりもしないでうじうじ悩んでるだけで試合に勝てるわけないじゃない」 「またプロレス? もういい加減にして。だいたいお母さんにはわたしのきもちわかんないでしょ」  わたしがそう言うと、お母さんはさらに優しい目になって「そうだね。たしかにお母さんには鬼の血が流れてないからそれはわからないよ」と言った。 わたしはちょっと言い過ぎたかなと思ったけど、今さら謝ることもできない。それが思春期というものだからだ。 「でもね。たしかにお母さんには鬼の気持ちはわからないよ。でもね。その鬼を愛する気持ちなら、お母さんは誰よりもわかってるつもりだよ」 「お母さん」 「わたしが愛した二人の鬼はね、優しくて、気が弱くて、人の顔色ばっかり窺ってる。そんなんだからいつまでも友達ができないでうじうじなやんだり、四十過ぎてもしがない悪役レスラーでくすぶってる。そんなのすっ飛ばして開き直っちゃえばいいのに。わたしは鬼だ、文句あるかって」  わたしは何も言えなかった。 「それで離れてくんなら仕方ないじゃない。恐れてたって何も変わらない。本気で笑って、本気で泣いて、本当のみゆきをずっと見ててくれる人はきっといる。もう何年も見れてないけどね。角が生えていようが、牙が生えていようが関係ない。わたしがあなたのお父さんを愛したように、あなたを愛する人は必ずいる」  わたしは何度も頷いた。相変わらず言葉は出てこない。 「すぐには難しいかもしれないけど、少しずつでもいい。自分から心を開かないと、そりゃ相手だって開いてくれないよ。鬼だってことなんか関係ない。大事なのはみゆきが彼をどう思ってるかだよ」 「うん。わかった」とわたしは言った。そしてようやく気持ちが落ち着いてきたので、さっきから引っかかっていたことを聞いてみることにした。 「ねえ、お母さん」 「なに?」 「お母さん、まだあの人のこと愛してんの?」  そう言うと、お母さんは真っ赤な顔をして「バカね。何言ってるのよ、あんな……」とそこまで言って、一度つばを飲み込んでから「あんな二流の悪役レスラー、いつまでも愛してるわけないじゃない。だいたいまともな技もやんないで反則ばっかりして、体だけ筋骨隆々で何のための筋肉だよって感じだし。いつまでもバイオレンス高野の下でこき使われて恥ずかしくないのって。男だったら一発、ジャーマンスープレックスでも……」 やれやれ。自分で話を振っておいてなんだけど、お母さんも阿部も、プロレスのことなんかに我を忘れて熱くなっちゃってばかみたい、と心底思う。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • ロンドンの便器が教えてくれたこと | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/9/9 ロンドンの便器が教えてくれたこと Facebook X (Twitter) リンクをコピー 『I am not afraid of change 』 ( 僕は変化を恐れない。) 僕は20代の前半に2年間ほどロンドンで生活をしていた。その2年の生活を終え日本へ帰国する飛行機の中でロンドンでの日々を振り返り、皮肉にも最後に書き綴った言葉がその言葉だった。そして8年の月日が流れ僕は再びロンドンを訪れた。 ロンドンは大きな変貌を遂げていた。8年という時の流れのスピードとその変化に僕は戸惑った。それはロンドンの街が自分が予測する8年という時の流れを遥かに越える変化だったからだ。10年前にロンドンで過ごし始めた時の僕のこの街の印象は、なんてゴミの多い街なんだろうというものだった。 人々はハンバーガーを食べた糟をポイッと街中で平気で捨て、タバコも吸いきってその辺りにポイッというのが当たり前に行われていた。それは若者だけの話しでなく、品の良さそうなおばあさんが飲み干したジュースの缶を電車の中でポイッと後ろに放り投げた姿を今でも覚えている。 それでは僕は『何故ロンドンの人はゴミをそんなに平気で捨てるの?』って疑問に思って数人に聞くと皆一様に『私らが奇麗にすると掃除する人の仕事がなくなるじゃない。それがロンドナー流よ!』と言われ衝撃を受けた。それ以来、僕も右に習えしてゴミをポイポイ捨てロンドンに溶け込んでいったのだった。 しかし当時のゴミの多い様子は見る影もなく街は奇麗に整っていた。それは中心街だけの話ではなく、僕が多くの時間を過ごしていたイーストと呼ばれる元々は治安はそんなに良くないエリアでさえも整然とし奇麗に掃除されていた。 当時のそのエリアは昼間から若者やホームレスがビールや酒を煽り、辺りでマリファナの匂いが漂い、バングラディッシュやインドからの移民の人も多かった為、様々な香辛料の香りが混ざり合い独特の匂いを醸し出していた。夜になればどこかしらで近隣に住むアーティストやDJ達の小さなパーティーが廃墟で行われてる音が聞こえてきたり、若者の喧嘩をする叫び声やビール瓶が割れる音が時折聞こえてくるそんな場所だった。治安の不安や汚さはあるけれど、其処には刺激的で面白い人々や場所が多くあった。 『その辺りの治安は公衆トイレを見て判断しろ』 という言葉がある通り、公衆便所なんてここを使う意味をなさないくらい汚く、何故だが便器にバットやヘルメットそれにバナナの皮やコンドームなど詰め込まれ、『トイレって何をする場所だっけ?』という疑問を呼び起こすカオスなトイレばかりだった。 そこにあったトイレさえも奇麗に整い8年の間に生まれ変わっていた。それはただトイレが奇麗に取り替えられたばかりという話ではなく、そこに住む人々の生活、ないし住んで居た人々自体が変わってしまっていた事を意味する。 その当時に同じようにトイレを奇麗にしたところで確実に便座を盗む奴がいたし、酔っぱらってトイレでセックスをしたり落書きをしたりゴミを捨てたりする奴ばかりで、トイレはあっという間にカオスになっていただろう。しかし今ではそんな事も起こりえない街になってしまったようだと僕は奇麗な便座を見つめノスタルジーを感じていた。 そんな奇麗な便座を見つめて感じていたのはノスタルジーだけではなく、同時に言葉では表せないような悲しみに似た切なさも感じていた。それは当時大好きだった彼女が数年ぶりにあったら凄く変わってしまった事に対する失望に近いかもしれない。 僕はその観光地化されたエリアを歩きながら『あいつのちょっ危なかしくてエキセントリックな部分が好きだったのに、、、。』とか『時折見せるあの純粋無垢な剥き出しの笑顔が好きだったのに、、、。』とかロンドンという昔の彼女の過去にすがり、新しいロンドンを受けられない状態でいた。 それほどまで当時のロンドン、特にイーストエリアのBRICKLANE, SHORDITCH, KINGSLAND ROAD, OLD STREETの少しばかり危なっかしくてでもとても刺激的で面白い人々が集まる場所が大好きだった。そのちょっと危険な香り漂わせ剥き出しの笑顔を時折見せてくれるその姿は、誰にでも変わらない笑顔を振りまく観光地になってしまっていた。生まれてこの方、自身や周りに対しても変化を求め続けてきた僕にとって、この変化に対してこれ程までショックを受けるとは思いもしない事だった。 ロンドンは2012年にオリンピックを迎え、それに向けて大きく変化をしていったのだ。 世界中から人々が訪れるその機会の為に、ロンドンは観光に力を入れて街を整えていった結果が今になる。当時のイーストのままであれば観光客は訪れにくい場所だったのに違いない。それと同時に家賃が高騰し、投資としての不動産もそのエリアに広がり、当時その場所に居た人達も引っ越しするしかないような状況に追い込まれたのだろう。 その為、以前街にあった個人が経営する店よりも大手資本が運営するチェーン店などが増え、もともとそこにあった味が薄まってしまって、過去の濃い味に慣れて親しんでいた若者達にしても、そこに残る意味さえも薄れてしまったのだろう。確かにそこは治安が良くて住みやすい町にはなったかもしれないけれど、僕が求めていた新しくて刺激的で特別なモノはもう生まれない街になってしまっていたのだ。 10年まであれだけアメリカ文化やコーヒーを毛嫌いしていたロンドンの人々も東京やニューヨークそれにアメリカに習う他のアジアの都市と同じようにスターバックスやコーヒーショップや大手資本チェーン店が立ち並びどことなく他の都市と似た風景になりつつあるように感じた。 SWINGING LONDONを始めパンクやモッズやヒッピー、ニューウェーブそして近年の世界的に広がるEDMブームに繋がるエレクトロクラッシュ等、過去様々な音楽やカウンターカルチャーを生み出してきたその土壌は何処へ行ってしまったのか。"クールブルトニア"と呼ばれたあのカッコイイ刺激的なロンドンは消えてしまったのだろうか。ロンドンナーに根付いていたアナーキーの精神もまたオリンピックとグローバルの波に押され薄れていってしまったのかもしれない。 それはこれからオリンピックを迎える東京にも同じように言える事かもしれない。確実に東京オリンピックで江戸の下町、東京の東側は生まれ変わる。このロンドンのように。でも決して東京、いや江戸としてのアイデンティティは失って欲しくないなと、その奇麗な便座を眺めながら思うのであった。 つづく。 <観光地化されたイーストロンドンの現在> つづく、、、。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 子連れでオーストラリアに留学してみた~歯の治療編~ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/1/14 子連れでオーストラリアに留学してみた~歯の治療編~ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「うちじゃぁ、無理だね」 と歯医者は言った。 それは渡豪後3,4か月たった夜10時ころ。 寝かしつけてから勉強しようと思って早く寝てくれないかな~と一緒にベッドでゴロゴロしていた。下の子が泣き始めた。ゆっくりと、めそめそと、そして徐々に鳴き声を大きくしていった。 上の子は眠くて寝てしまったようだ。 「どうした?眠れないの?」 と聞いてみた。 はじめは理由を言わなかった。 言ってはいけないと幼子ごころにも思っていたのだろう。 母子3人で知らないところでこんな風に暮らしている。 母は勉強まっしぐらで風呂にも入れず(自分でシャワーを浴びさせていた)、歯も磨かず(5歳くらいまでは磨きのこしがあるるので仕上げに磨いてあげてくださいね~と歯医者はいうが、)自分で磨かせていた。 なにか面倒な思い、心配な思いを母にさせてはいけない、と思ったかどうか、今では推測することしかできないが(本人に聞いてみれば覚えているかもしれない)。 何度かやり取りするうちに歯が痛い ことが判明。「どれ、見せて」 たしかに、黒い。 黒い部分がきちんと見える。 渡豪まえに歯医者でチェックしてもらったんだけど。 歯医者は保険効かないから(保険によりけりですが)2年間歯医者だけは避けたかった。 が、そうはいっていられない事態らしい。 翌日近くの歯医者に予約をいれ何とか見てもらう。 で、冒頭のセリフに戻るのです。 「小児歯科を紹介しますから、そちらへ行ってください」 はあ、200ドル払って紹介状をもらいその日は終了。 後日、その小児歯科を探しあて行ってみた。 車で40分くらいのところにあった。 小児専門なので、雰囲気はとても良い。 受付のおばさんはアジア系でいろいろ話を聞いてくれた。 次に歯科助手?の人との面談。 そしてやっと先生による診察。 先生は中国系の女医さんだった。 若くてきれいで丁寧に説明をしてくれた。 その説明によると、 8本の虫歯あり 通院治療をすると何度も通うことになる 全身麻酔で手術すれば一度で終わる 治療費はどちらでもだいたい同じ ということだった。 日本に戻って治療したところで通院だから1か月以上はかかるだろう。 治療費はタダでも飛行機代を考えたらどうだ? いろいろ考えたけっっか 全身麻酔による手術 を選択。 予約は2か月待ち。これでも早いほう。運よく空いている日に入れてもらえた。 手術はこの場所ではやらない。別な場所。 さらに40分ほど遠いところ。他の子供は連れてきてはならない。 などいろいろ説明をうけた。 手術当日、手術後は物を食べられないので朝兼昼ごはんを食べさせ、 上の子をリンダ(インドネシア人の友達)に預け 手術場所へ向かう(これも地図とにらめっこしながら探し当てた。地図とマニュアル運転はつらい、、)。 いろいろな用紙を読まされサインをし、いざ手術。 「麻酔しま~す」 ということで、ベッドに寝かされた我が息子の手を握る。 「ママ、、、」 という言葉を最後にくたっとなって眠った。。。 大丈夫なのか?起きるんだろうね、終わったら。 不安を誰にも言えず、見送ってから何時間がたったのか。。 2時間はかかったと記憶している。雑誌とか読み物も あまりなく、やることなく苦痛だったことだけは覚えている。 他の患者や付き添いのひともいたが、会話せず。 「北原さん、中へどうぞ~」(英語だからこういったかどうか覚えていない) で、処置室へ(大部屋というか、広い場所) 「うわ~ん、うわ~ん」 という鳴き声が響き渡っていた。 「すごく泣いていて泣き止まないのよ。どうにかしてくれる?」 みたいなことを言われたと記憶している。 「ROYくん、ROYくん、ママだよ、大丈夫だよ」 と何度いっても無理だった。 のたうち回って泣き続けた。 看護師さんがあいしーぽーる(がりが○君みたいなアイス) をもってきて食べさせた。 手術後すぐにそんなもの食べさせていいのか? 虫歯になるぞ、治療したばっかりなのに? てか、傷口大丈夫なのか? 冷却効果があるから食べさせるらしい。 一本食べ終わり、食べている間は泣かなかったがまた泣き始まった。。 本当は一本なんだろうが、しかたなく看護師さんがもう一本持ってきた。 おいしそうに食べるROY。 食べ終わるとまた泣き始まった。 先生がやってきて説明してくれて、抜いた歯2本をくれた。 レントゲンでみると大人の歯が埋まっていないところがあるから、 そこは子供の歯を大切に使うために銀歯にしたという。 とにかく8本の虫歯治療が終わった。 手術代は日本円にしたらおよそ50万円。 その後も何度かチェックに行ったりしたので、治療費は70万円くらいか。。 日本の保険で5万円ほど戻ってきたが、痛い出費となった。 オーストラリアにきたんだからエアーズロックには行ってみたい、 と思ってとっておいた貯金をなくなく使った。 でも振り返ると初めての体験をいろいろできた。 あの女医さん、すごいな~と思った。 ありがとう。 の続きがある。 帰国後歯の矯正をさせることになり、歯医者に通っている。 これこれこうで、「銀歯かぶさっているところは大人の歯がな、い、、、、」 というと、 「ありますよ」 という答え。 その後、銀歯かぶせてある歯が抜けた。 大人の歯があるから、自然に抜けた。 どういうこと? 銀歯かぶせた歯は大人まで使って、その後インプラントしたほうがいいですよ~ ってあの女医さん言ってたけど? その時はなかったけど成長して出てきた? 謎は謎のまま。。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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