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13/5/2

フェイスターン ③

Image by Olia Gozha

 そのことを話すと、お母さんはとても喜んでくれた。ろくに友達もいなかったあんたに、親友と好きな人が一度に現れるなんて、と。

  でもわたしは手放しで喜ぶことはできなかった。なぜってもちろんこの頭の角のせいだ。

  親しくなればなるほど、そして好きになればなるほど、この角が邪魔をするのだ。

「この角、見せなくていいのか? そんな帽子かぶってて本当のお前って言えるのか? わたしのなかの鬼にそういわれてる気がするのよ」とわたしはお母さんに打ち明けた。

「あんたねえ」とお母さんはため息交じりに言う。

「いい加減フェイスターンしたら?」

「何よ、フェイスターンって」

「プロレス用語で役割が変わるってことよ。ヒールからベビーフェイスに、つまり悪玉が善玉になったりすることよ」

「何よ、またプロレスなの?」

「いや、プロレスはどうでもいいの。それよりね、中学に入ってからのあんたはもう、ちょっと見てらんない。殻に閉じこもっちゃって何なの? だいたい小学校のときは仲のいい友達だっていたじゃない。ほら、別の中学行っちゃった子」

「エリナのこと?」

「そうそう。エリナちゃん。いい子だったのに中学に入ってから一度もうちに来なくなっちゃったじゃない」

「うるさいな。わたしだって好きで一人でいたわけじゃないの。エリナとだってずっと友達でいたかったよ。でも。でも」

 そこで止まってしまった。話してるうちに涙が溢れて何度も何度もしゃくりあげた。

  お母さんは優しい目になって、わたしの肩を抱いて頭と二本の角を撫でてくれた。

「何があったの? エリナちゃんと」

 わたしはゆっくりと呼吸を整えた。お母さんに角を撫でられると妙に落ち着く。こんなときだけ便利にできているものだ。

「小学校の卒業式の後でね、お別れだねって話してたの、二人で。いつもの公園のブランコに乗ったりして」

「うん」

「そしたらエリナが友情のしるしにって自分の好きなアイドルのカードをわたしにくれたの。わたしもずっと欲しくて手に入らなかったレアなカード」

「うん」

「そうなったらわたしも何かしなきゃって思ったけど何も用意してなかったから。必死で考えてエリナだけに教えるねって」

「見せたの?」

「そう。でもそのときはエリナもふうんって感じで触ってもいいとかって触ったりして。怒ったら伸びたりするのとか冗談言ったりしてて、結構普通だったんだけど」

 お母さんは何も言わずに頷いている。

「でも中学に入ったら連絡も来なくなって、わたしも何回か電話しようとしたけど、きっとこの角のせいだって言うと思うと怖くてできなくて。いつのまにか……」

「ねえ、みゆき」とお母さんが口を開く。「あなた。本当にその角のせいだと思ってるの? その角のせいで親友だと思ってた子から絶交されたと思ってるの?」

「当たり前でしょ? 親友にこんな角が付いてるんだよ? 気持ち悪いに決まってるじゃない」

「それはみゆきがそう思ってるだけでしょ? エリナちゃんに確かめたわけでもないし、阿部くんって子に見せたわけでもない」

「そんなの」。とわたしは言う。そんなこと、できるわけない。

「そうやってリングに上がりもしないでうじうじ悩んでるだけで試合に勝てるわけないじゃない」

「またプロレス? もういい加減にして。だいたいお母さんにはわたしのきもちわかんないでしょ」

 わたしがそう言うと、お母さんはさらに優しい目になって「そうだね。たしかにお母さんには鬼の血が流れてないからそれはわからないよ」と言った。

  わたしはちょっと言い過ぎたかなと思ったけど、今さら謝ることもできない。それが思春期というものだからだ。

「でもね。たしかにお母さんには鬼の気持ちはわからないよ。でもね。その鬼を愛する気持ちなら、お母さんは誰よりもわかってるつもりだよ」

「お母さん」

「わたしが愛した二人の鬼はね、優しくて、気が弱くて、人の顔色ばっかり窺ってる。そんなんだからいつまでも友達ができないでうじうじなやんだり、四十過ぎてもしがない悪役レスラーでくすぶってる。そんなのすっ飛ばして開き直っちゃえばいいのに。わたしは鬼だ、文句あるかって」

 わたしは何も言えなかった。

「それで離れてくんなら仕方ないじゃない。恐れてたって何も変わらない。本気で笑って、本気で泣いて、本当のみゆきをずっと見ててくれる人はきっといる。もう何年も見れてないけどね。角が生えていようが、牙が生えていようが関係ない。わたしがあなたのお父さんを愛したように、あなたを愛する人は必ずいる」

 わたしは何度も頷いた。相変わらず言葉は出てこない。

「すぐには難しいかもしれないけど、少しずつでもいい。自分から心を開かないと、そりゃ相手だって開いてくれないよ。鬼だってことなんか関係ない。大事なのはみゆきが彼をどう思ってるかだよ」

「うん。わかった」とわたしは言った。そしてようやく気持ちが落ち着いてきたので、さっきから引っかかっていたことを聞いてみることにした。

「ねえ、お母さん」

「なに?」

「お母さん、まだあの人のこと愛してんの?」

 そう言うと、お母さんは真っ赤な顔をして「バカね。何言ってるのよ、あんな……」とそこまで言って、一度つばを飲み込んでから「あんな二流の悪役レスラー、いつまでも愛してるわけないじゃない。だいたいまともな技もやんないで反則ばっかりして、体だけ筋骨隆々で何のための筋肉だよって感じだし。いつまでもバイオレンス高野の下でこき使われて恥ずかしくないのって。男だったら一発、ジャーマンスープレックスでも……」

  やれやれ。自分で話を振っておいてなんだけど、お母さんも阿部も、プロレスのことなんかに我を忘れて熱くなっちゃってばかみたい、と心底思う。



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