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  • 「オナラをした某男性アイドル」タクシー運転手より | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 「オナラをした某男性アイドル」タクシー運転手より Facebook X (Twitter) リンクをコピー ある日、六本木で某アイドル(男)が手を挙げた、 タクシーを止める立ち姿ですぐに気付く。 「(あ、あれ〇〇だ)」 目的地は銀座で、何事もなくお送りするが、 目的地直前で車内に屁の匂いか漂いだす。 「ん?」 私はしていない、 密室で二人であれば必然的に誰かは決まる。 とはいえ、屁をしたことなど特に気にはしていない。 オナラなんて誰でもする。 それがアイドルであろうと。。。 「お客様~、お止めする場所は・・・」 「え~っと、この辺でいいっすよ~」 タクシーをお止めしお会計をした。 まだ屁の匂いはする、 だが気にはしていない。 お客様がアイドルであると気付いている。 そのアイドルがオナラをしたことも気づいている。 しかし、それは見せなかった。 ちょっとした優しさだ。 お会計のやり取りで、後ろを振り向くと 鼻をおさえ「こいつ屁こきやがった」の表情。 オマエだろっ!笑 まさかの表情に笑いかけた。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 僕がハンターになったわけ~銃社会ではない日本で、銃を持つということ~ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/2/5 僕がハンターになったわけ~銃社会ではない日本で、銃を持つということ~ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 2013年7月下旬に狩猟免許の講習を受け始め、2014年1月下旬に、ようやく狩猟免許と銃所持許可の両方を手にすることができました。 全ての手続きを終え、警察署から帰る途中 ここまでの道のりは半年以上。 長かった… 手に入れた狩猟免許、銃の所持許可証 My 猟銃(散弾銃)。 これらは誰でも気軽に取れるという資格では無く、狩猟免許と銃所持許可を取得するだけで8万強 。それに銃を購入したり、付属品を揃えたりすると、合計で25万 は下らない。 幸いにも、僕のいる山形県や鶴岡市で補助金があったり、元々狩猟をしていた地元の人に譲ってもらったりして、金銭的な負担はかなり助けてもらいました。 ありがたい限り…。 晴れて、猟銃を持つことを国からも認められたわけですが、銃や狩猟免許を所持し、狩猟を続けるのも結構大変なんです。 毎年猟期に入る前に狩猟者登録をするのですが、狩猟者登録として毎年18,000円かかるし、猟友会に入れば保険込みでプラス15,000円くらいかかる。 更に、自動車免許更新のように銃も更新が必要で、3回目の誕生日ごとに一丁につき20,000円ほどかかる。 社会的責任も、金銭的な負担も大きいし、猟場にいけば獲物が取れるなんて簡単なモノではない。現代では毛皮やジビエの肉を販売することも難しくなっていて、狩猟で稼いでいる人など極わずかだということも事実。 この免許を持ったからといってスグに生活を支える糧にはなり得ないし、今まで狩猟に感心のなかった僕がなぜ、そこまでしてハンターになったのかについて少し話してみたいと思います。 銃社会なんて遠いお国のお話。世界一安全な国、日本 一般人が猟銃を持てるようになるまで、金銭的にも時間的にもこんなにも苦労するのは、日本が世界一と言えるほど治安の良い国だからかもしれません。 夕方のニュースを見れば、死亡事故や殺人事件が連日報道されていますが、フィリピンやタイに行ってきた自分からすれば日本ははるかに安全な国。 フィリピンに留学していた時なんて、ルームメイトはストリートチルドレンからスリに合うし、近所のバーは夜中に強盗に襲われ、窓ガラスがバリバリに割られていた。 スーパーの警備員はショットガンを普通に持っているし、更にはスーパーの中にショットガンが2万円程で売っている…セブ島のコロンストリートというところは地元の人が通う激安商店街であるが、拳銃を隠し持っている人もゴロゴロいると聞いた。 カルチャーショックなんてレベルの話では無く、日本からの旅行者や留学者もまた身の危険を感じざるを得ない現実がそこにある。 そんなところでの一ヶ月滞在を終えて成田空港に降り立った時、空港にいる警察の数が尋常じゃなく多くて「日本は守られているなぁ~」と素直に感じた。 事実、日本にいるときの僕は無防備。 財布を駅近くに落としたときも警察に届けられていたし、カバンをそのへんに置いておいてしばらく放置しておくこともしばしば。 でも、盗まれていないし、殺されかけたことも無い。 法律が守ってくれているからという話ではなく、世界的に見れば日本はかなり恵まれていて、格差が広がっているとは言えど、そこから抜け出す手段として人を襲うということが日本人のモラルには殆ど無いのだと思う。 そんな国、他に無いんじゃないかな。 だからこそ日本で銃を持つこと、動物を撃つことに抵抗を持つ人が沢山いるのだと思います。 事実、僕もそうだったので…。 銃は怖いし、自分が持つなんてまっぴらゴメン! 元々銃に興味を持っていたわけではありません。 むしろ、こんな恐ろしいモノをまさか自分が持つとは…というのが正直なところ。 2011年2月、フィリピンに語学留学に行っていたときのこと。 セブ島と橋で繋がっているマクタン島のとある場所で銃を撃てる(Gan Shootingが出来る)と聞き、興味本位で拳銃(マグナムとベレッタ)を撃ちました。 凄まじい音と同時に銃口から火花が見え、瞬く間に的があるところに銃弾が到達する。 一発撃つごとに上半身に大きな反動を感じ、体と心に疲労が蓄積されていく。 恐ろしいほどの破壊力で、当たれば人間なんかひとたまり無いことくらい想像するのは容易かった。 一発撃つごとに、「怖い…怖い…」という言葉が小さく口から漏らし、「これは二度と持つことは無いな…」と一緒に行った知人に言ったことを思い出します。 その当時の僕はやたらとの海外のノンフィクションのドキュメント映画にはハマっていて、Innocent voiceやホテル ルワンダ、City of Godなど、南アフリカや南米の実際にあった悲惨な虐殺を題材にした映画に涙を流していた時期であった。 映画の中でも度々出てきた拳銃やマシンガン… 世界中で時に人殺しに使われてしまうような銃を持つことに恐怖や違和感しかなかった僕ですが、その後自ら銃を持つ日が来ることになるなんてその時は思いもしませんでした。 大鳥にあるマタギという文化との出会い 地域おこし協力隊として2013年5月に山形県鶴岡市大鳥に赴任して間もない頃、狩猟を行っている集落の長から声をかけられた。 「ここに来たからには猟銃を持たねばなんねぇよ。」 半ば強制とも思えるような話し方に戸惑いを覚えながらも、狩猟・マタギの文化が大鳥にあることをその時初めて知った。 銃を持つこと自体に違和感を持っていた僕にとって、その話には抵抗があり少し頭を悩ませていたが、頭ごなしに拒否するのではなく、狩猟についてもう少し詳しく知ろう思い、集落にいる人たちに話を聞いて回ると、思わぬ答えが返ってきた。 「狩猟?ここの男どもは皆やっていたよ。今は歳になって辞めた人も多くなったけどね。」 「昔は生活の為、狩猟をしていた。特に春先に獲るクマからとれる熊の胆(胆嚢)は万能薬として重宝され、一個100万くらいで取引されていた。今も高値で取引されるみたい。」 「今ではウサギやクマの数も減ったし、毛皮も昔に比べ全然売れない。有害駆除の役割が強くなってきているし、狩猟する人も減っているが、現在も何とかマタギ文化は維持している。」 生活の糧としての狩猟。 伝統文化としての狩猟。 それまで『銃を持つこと=殺人兵器を持つこと』という単純な思考回路で結論づけていたことが、人の生活の根本を見直すことに変わっていった。 釣りも猟、狩りも猟。生き残るための手段。 日本が大陸でつながっていた遥か昔、日本人は農耕民族では無く、狩猟民族。 モリやヤリのような、今では考えられないほど貧弱な道具でナウマンゾウと闘い、勝ったモノだけがその肉を食し生き残ることができる、まさにサバイバル生活。 現代においても、その生活に近しいことを題材にしている映画があります。 現代版ロビンソン・クルーソーと言われるCast Awayという無人島で生活することを描いた洋画がありますが、主人公のトムハンクスが無人島に流れ着いた後に移す行動は、生き残るための狩猟と採集。 つまり、ヤシの実を採り、モリで魚を突き、森で薪を拾って火をおこす。 動物を採って食べるシーンこそありませんでしたが(動物愛護団体との絡みか?動物がいない設定の無人島だったのか?)、生き残るためには例え原始的だとしてもそうするしか無いというのが、仮に無人島に流れ着いてしまったに誰もが遭遇する現実なのでしょう。 農耕文化が伝わってからは、日本人は農耕民族となり田畑を耕し生きてきました。 田んぼでお米を作り、畑で野菜を育て、牛・豚・鶏を育てる。 これらは安定的に食料を確保するために人が手に入れてきた成果の賜物ですが、それと同時に農作物への被害を与える鳥獣(サルやシカ、イノシシなど)との闘いは、現代においても終わっていない。 そういう意味で、近年の日本において狩猟は、『肉を食べる・毛皮を利用する』 ということよりも、『生態系の調整・農作物被害から守る有害駆除』 という意味合いが強くなってきています。 意味合いが変わったことで、狩猟できる鳥獣は種類も数も限りが設けられ、猟ができる期間も決められてはいますが、ハンターが獲った獲物を自らの手で捌いて食べ、毛皮を利用することは今も昔も変わっていません。(毛皮においては価値が殆ど無くなってしまったので、毛皮の利用は減っていますが…。) 普段スーパーに並ぶお肉は全て、加工場で捌かれたものですが、元を辿れば家畜であろうと野生であろうと生きた肉。 狩猟の本質は田んぼや畑で作物を育て食べることと同じで、生きる手段として食べることにあるんじゃないかな。 山暮らしと狩猟、マタギの精神 東北の限られた数箇所の山間部で、農業や狩猟を職業としてきたマタギ。 僕の住む大鳥も例外ではなく、春先になると集落の人たちは集団で熊狩りに出かけます。 特に高値で取引されるクマの熊の胆(胆嚢)を昔のマタギは大きな収入源としていたみたいですね。 ここまでの話だと、熊狩りを生業とする人たちのことをマタギと思われてしまいそうですが、狩猟ができない期間は山菜もキノコも木ノ実も採る。農業だってする。狩猟もクマ以外も狩るのがマタギです。 でも、僕が狩猟を決意したのは単に狩りをしたいからでも、有害駆除などの社会的責任を真っ当したいわけでもなくその奥深い精神世界にあります。 山で暮らす人たちは常に山からの恵みを受けている。 沢水を山から引っ張り、洗濯物や野菜を洗うために使ったり田んぼに水を入れたり…。 木々を切って薪にしたり炭焼きをしたり、小屋を建てたり。 春になれば山菜を採り、秋にはキノコを取る。冬にはウサギやサル、イノシシ、シカなどを狩る。 でも、今年は山菜が沢山取れるからと言って「とれるだけとってしまえ!」なんて欲深いことはしません。一箇所から根こそぎとってしまうと、そこからは山菜は生えなくなってしまうことを知っているからです… 狩猟する動物においても同じ。 狩りすぎてしまうと数が減り、生態系が乱れてしまう。だから山が動物を育て、増えた分だけ頂く…。 ※熊狩りには、子連れ熊や小熊は狩ってはいけないというルールがあります。 山のモノを頂かないでは暮らしていけないが、欲を出しすぎても自分の首を絞めることになる。そういうこともわかった上で、恵みを頂きに山に入るということは凄く大切なことのように思えます。 また、山は人間の力ではどうにもできない、自然の力が息づく場所。 「今年は山菜が沢山取れて欲しいなぁ~」と思ったところで、沢山採れるものではありません。秋にキノコ狩りをしていて野生のクマと遭遇することだってある。 自然環境に大きく左右されるからこそ、山の恵みが今年も受けられることに感謝し、山で災いが起きませんようにと祈る。大鳥には『山の神』や『悪魔払い』といった伝統行事があるのですが、それがまさにこの感謝と祈りの儀式に当たります。 自然保護や調和を考え、時に命をも脅かす山と謙虚に向き合う姿勢こそが、マタギの精神。 マタギと言われる方々が、現在もこのような精神を全て心得ているかどうかはわかりませんが、先輩を見習いながら自分自身、少しでもマタギに近づきたいと思った。 が、狩猟やマタギに関して考えたり、こんな綺麗事を沢山並べてばかりいても何にもならないので、狩猟をすることに決めました。 これから経験を積んでいく中で、自分の中で狩猟やマタギ、山のことを深く考え、感じていければなと思います… これから狩猟をしていくにあたって 狩猟免許と銃所持許可証、散弾銃を手に入れたことで狩猟に出られる準備は整ったのですが、あいにく今年の狩猟期間は2月15日で終わってしまいます。 狩猟者登録&猟友会加入で3万円ほどかかるので、今年の狩猟期間は見送る予定。 2月15日以降の有害駆除期間にも猟に参加できるかどうかがまだわからないので、春先の熊狩りにも行けないかもしれません。 規則で決められていることなので仕方がないのですが、春以降でも山でできることはある。 今年のテーマは山の生活を深める…ということで、山に行きまくります。 山にあるモノを覚え、自分の暮らしに活用していく中で、マタギに一歩ずつ近づけていけたらな~と思います。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 眠れない躁鬱患者 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/1/17 眠れない躁鬱患者 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 眠剤よ、効いてくれ。 ジプレキサ、デパケン、忘れたあと3つか4つ飲んでたけどお薬手帳をみるのがめんどくさいです。なぜなら布団から出たくないからです。 空気清浄機加湿器がうるさいです。 ニオイにさっきから反応してます。 おならなんかしてないのに…。 加齢臭か!まだそこまだいってないよ! 明日も早起きしなくちゃならないのに眠れない。 スマホいじってちゃー眠れないよね_(:3 」∠)_ トイレ行って、デパス追加してこようかな… 先生に言われた以上に飲みたいなぁ さて、デパス追加で飲んで、トイレ行ってこよう(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎ 空気清浄機のニオイセンサーが消えた。 加齢臭じゃ無さそうだ(●´ω`●) X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 1日15時間・30連勤のブラック企業に3年半勤めた社畜が独立して感じたこと。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/2/3 1日15時間・30連勤のブラック企業に3年半勤めた社畜が独立して感じたこと。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 『一歩先は足場もない崖だと思っていたら実は楽園だった』 僕はこれまでの人生で一度も『人生の第一志望』というものに合格したことはなかった。 学校の成績もとりわけいいわけではなく、せいぜい中の上 スポーツはといえば、足が速いわけでもなく、男子中高生の平均値くらいだ。 クラスで最高でも最悪でもないどこにでもいそうな冴えない僕は世間で言う『一般ピーポー』というやつだったのだろう。 当時は特に劣等感というものもなかったので『どうせ自分は...』と無意識に諦めていたのかもしれない。 そんなごく平凡な人生を送ってきた僕だったがついに転機と呼べる時がきた。 『大学受験』だ。 僕は中学は地域の公立校で、高校も隣の市にある偏差値50くらいのところだった。 そんな『THE・平均人生』を歩んできた僕は大学くらい頑張っていいとこを狙ってやろうと決意したのだ。 なぜここにきて頑張って平均値以上の人生を狙おうと思ったのかははっきり覚えていないが、おそらく『いい大学=人生のステータス』というまぁ日本の学歴社会の風潮に洗脳されていたのだろう。 高校2年の春から進学塾に通い、3年になってからはほぼ毎日勉強していた。 多分、夕方5時に塾の講義を受け、深夜0時くらいまで自習室でこもって一人勉強していた。 学校が休みの日は16時間はやっていたと思う。 完全に自分はスーパー受験生になった気分でいた。 成績もどんどん上がっていき、第一志望は余裕のはず ....だった。 しかしあれだけ頑張った結果、第一志望の大学の全学部に落ちてしまった。 わけがわからなかった。 『あれだけやったのに...なぜ』 その悔しさと同時に 『どうせ自分は結局こんな人生なんだ』とふとあの言葉が蘇った。 結果、滑り止めで受けた三流大学に入学し、留年することもなく無事に4年で卒業できた。 親しい友達は多くでき、プライベートは充実していた。 しかし、遊びに夢中になりすぎていたのか勉強は全然してなかった。義務教育という檻から完全に自由になった僕は、授業はよくサボるし、そもそも大学に行かないことも少なくなかった。 テストはレポートを出せば平均点は取れるような授業ばかり受講したおかげで単位は取る事ができた。 昔からこういう無駄に効率がいいところだけは才能だったかもしれない。 大学3年の秋、ある一大イベントが始まる。 そう『就職活動』だ。 僕は就職して会社で働いている自分がどうも想像できなく、全くやる気がなかった。 大学生活が楽しすぎたのかいつまでもこうして遊んでいたいと思っていた。 ピーターパン症候群と言われてもおかしくないくらい。 だが周りの友人は就職活動に専念しているわけでしないわけにもいかなかった。 とりあえず基本的な活動はしてみた。 会社説明会に行ったり、筆記試験の勉強をしたり、しかしどの会社の説明会に行っても全く働きたいと思える会社がなかった。 『自分は社会不適合者なんだ』と本当に思っていた。 ただ周りに合わせて就活している感が半端ではなく、当然そんな気持ちでやってもいい結果が出ない。 またあの言葉が頭を遮った。 気付いたら僕は就活をやめていた。 完全に『ダメなやつ』の仲間入りだ。 自分のこの先の人生はどうなるのだろうか。 『ニートか』『フリーターか』それとも... そして迎えた卒業式 周りはと言えば、大手企業に内定したやつもいれば、国立大学の大学院に行ったやつもいる。 そんなやつらを見ていると劣等感を感じずにはいられなかった。 涙と笑顔で満ちるはずだった卒業式に僕はウソの笑顔でできた仮面を被ってそこに立っていた。 楽しかった大学生活が終わる一方で、明日から何もない人生が始まる不安を感じていた。 桜舞う4月、テレビのニュースでは各会社の入社式が取り上げられていた。 期待と不安に満ちた多くの新社会人がそこには写っていた。 『自分は一体何をやっているのだろう』 そんなことを考えながら月日は過ぎ、気付けば蝉のなく季節になっていた。 アルバイトはしているものの、このままだらだら行けば本当にお先真っ暗じゃないかと思った僕は再び就職活動をすることにした。 それは『義務』でしかなかった。 義務教育から卒業したのに、義務社会へ入学したのだ。 とりあえず、何社か受け、なんとか内定をもらうことができた。 当然、一流企業ではなく、ごく普通の中小企業だった。 それでも僕は嬉しかった。 大学卒業後の人生と比べると天と地の差だ。 『これで立派な社会人だ』と胸をはって自分に言う事ができる。 希望溢れる社会に飛び込んだはず だったのだが.... どうもおかしい。 みるみる体重は落ち、顔から生気はなくなり、気付けば廃人になっていたのだ。 こんなはずでなかった。 もっと生き生きと働き、立派な社会人てやつになるつもりだった。 勤務時間は1日15時間勤務が1ヶ月以上続き、会社で寝泊まりしている人させもいるくらいだった。 そう僕が入社したのは『ブラック企業』だったのだ。 ・1ヶ月連勤当たり前 ・残業代はもちろんなし ・ボーナスもなし ・昇給は1年1回の500円 ・おまけに退職金もなし 素晴らしいくらいの労働環境だったと自分で思える。 もうネタでしかない。 こんな会社でも辞めなかったのは、『もうあの時に戻りたくない』と思っていたからだ。 夢に向かっていく友人と一歩も前に進んでいない自分を見たくなかった。 そのわけのわからない原動力のおかげで気付けば入社3年目を迎えていた。 その頃には僕には『ブラック企業の社畜』というブランドがついていた。 こんな会社でも勤続していれば環境も変わり、よくなるだろうと思った。 しかし僕の考えは甘かった。 ふと10年先の先輩を見ると僕と変わらない仕事をしていたのだ。 そして命令にYESと答えるだけのロボットになっていた。 『あれ?これやばいんじゃないか...』 僕は10年後の自分にその先輩を重ねてしまった。 希望を求めて飛び込んだ社会の姿はそこにはなかった。 『自分が本当に求めていたものはなんだろう』 『見栄か?』 『ステータスか?』 そう思えばずっとそうだった。 僕は何に対しても本当の本気になったことはなかった。 大学も就職もこれまでの人生において『自分の人生の第一志望』から逃げていた。 いやむしろ『諦めていた』のかもしれない。 そんなことを思っているとあの楽しかった大学生活の思い出が蘇ってきた。 『もっと自由にクリエイティブに生きられたらなぁ...』 いつしかそんな風に思うようになっていた。 それが確信に至までそう長くなかった。 見つけた。僕の人生の第一志望。 『何にも縛られることなく、自分らしく生きられる手段』 そう考えた時、答えは一つしかなかった。 『独立』 しかしごく一般のサラリーマンだった僕は独立と言ってもお金も実力もましてやコネなんて全くなかった。 どう考えても会社を辞めて失敗するパターンだ。 でも僕は諦めなかった。いや諦めれなかった。 今、やらなければいけないと直感で思った。 これまで自分の人生に対して中途半端にやってきたのだから、やっと見つけた自分の第一志望に本気で挑戦して見ようと決意した。 そこからこんな僕でもできることはないかと探しまくった。 お金も実力もコネもないただのサラリーマンが独立して自由な人生を手に入れるなんて、ドラえもんのひみつ道具を使わなければならないくらいのレベルだとは十分承知していた。 そして僕はある知恵と出逢った。 それが正しいか間違っているかはわからなかったが 『これしかない!!』と思ったのだ。 人間は不思議なもので根拠や自信がなくても運命を感じた時、心にビビッと電流が走るものなんだと今なら言える。 僕は人生のすべてをかけて取り組んだ。 本当にこれまでにない真剣さがそこにはあった。 自分の人生の第一志望が叶う瞬間を想像するのが楽しくて仕方なかった。 しかし、忘れていたことがあった。 『会社』だ。 僕はもう辞める気満々でいたのだが、そう簡単に辞めさせてもらえるほど甘くなかった。 『あと数年あれば将来ある会社になる』 『どうしても隣の芝は青く見えてしまうものだから』 なんどこの言葉を言われたかわからない。 確かに辞めたらどうなるかわからない。 会社を辞めて独立するということは、自分の力で生きていくということだ。 会社の看板を借りることも、毎月一定額の給料が口座に入ることもなくなる。 言ってしまえば 『一歩先は足場もない崖』ということだ。 そう考えると不安はあったが、これだけは譲れなかった。 ここでやめてしまえばまた逆戻りだとわかっていたからだ。 そして来たる退職日 3年半お世話になった会社を辞めた。 そして崖だと思っていたその先は、ちゃんとした一本道が続いていた。 □最後に□ 最後までお読み頂きありがとうございました。 ここまでご覧になって『なんてダメなやつなんだ』と思われたことでしょう(笑) 僕自身も過去を振り返って文章を書いている途中で『完全にダメなやつだな』と実感しました(笑) そして、僕は今インターネットビジネスという仕事をしており、自ら実践するだけでなく、多くの人に教えるといったコンサルティング活動もしています。 僕が3年半会社で働き独立して今は自由な人生を歩んでいますが、本文でも書きましたがとりわけ素晴らしい実績があったわけでもありません。 そんな僕がこのようになれたのは『人生の第一志望』を見つけ、本気で挑戦したからだと思います。 人生の第一志望って聞くと何か大層なことに思えますが、全然そんなことなくて誰もが持っていることだと思うんです。 例えば、『もっと遊ぶ時間が欲しい』『レストランでおいしいものを食べたい』とか 人生の第一志望=夢ではありません。 人生の第一志望とは『あなたの本音』です。本当にやりたいことです。わがままです。 でも大人になるうちにみんな諦めてしまいます。 『どうせ無理だろ...』って その時点で一生叶いません。 なので年齢や経験、環境なくそれぞれのわがままを持って、『どうやれば実現するかな?』 と考えることが大事です。 考えるうちに選択が見えてきます。 僕はその選択をして本気でやったまでです。 ですので、どんな些細なことでも人生の第一志望を見つけ挑戦してみてください。 長々となってしまいましたが、僕の話はこれで終わりにします。 ストーリーの続きが気になる方は僕のブログのプロフィールで発信していますのでそちらをご覧下さい。 [ブログ] https://kiraffiliate.com/ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 目の前で1,500人がいっせいに引くと「音がする」んだという事実を知った日 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/9/30 目の前で1,500人がいっせいに引くと「音がする」んだという事実を知った日 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 僕が社会人になって初めて入った会社は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった人材紹介会社だった。人材紹介とは、よく電車のドアにステッカーが貼ってある、転職したい時に相談するあれらの会社のことだ。 その会社は、リーマンショックが起きるまで、その3ヶ月前に僕が辞めるまで、過去最高の売上を更新し続けていた。恐らくこの業界が最も勢いがあっただろう、ミニバブルで丸の内周辺が浮かれていた、そんな2006年4月の話―。 全社総会での新入社員挨拶 その年、僕の同期は280人いた。設立10数年の新興企業がベンチャーから大企業へ脱皮しようと画策している最中で、その年の社員総会は、ホテルのホールを貸し切って、全国から1500名の社員が集められていた。 新入社員は、研修を切り上げ、その日は社員全員の前で挨拶をするのが恒例となっていた。 挨拶といっても全員でするものではなく、ステージに一人一人あがり、中央の演台で次々に自己紹介をしていくという変わったものだった。 自己紹介は、「私の名前は○○です。私を一言で表すと○○です」を15秒以内に話すという定型フォーマットが決まっていた。 前に並んだ初々しい新入社員たちは、「私は○○です。おっちょこちょいですけどがんばります!」みたいなかわいいことを言って、さ~っとステージを降りて行く。それが延々と繰り返される。 15秒といっても280人となるとけっこうな時間がかかる。ステージ下から見上げていて、最初は喝采していた先輩方が、だんだん飽きているのがわかってきた。 自分の番が近づくにつれ、胸の中にはある決意がフツフツと湧き上がってきていた。 「きっと、これは勝負をしなければならない時だ」 人生に何度か訪れる、一大勝負の瞬間が今まさに来ようとしている。 僕は今、会場の大観衆を沸かせなければならない。あのステージの上で。 熱いエネルギーに突き動かされた僕は、頭は冷静に、現状を分析した。 これまでの自己紹介を見ていると、ステージ上で動いている奴は誰もいない。みな口を動かしているだけだ。これは、身体の動きのあるアクションが求められているに違いない。 現状を打開するには・・。そうだ、あれしかない。 いよいよ出番がきた。 ステージに上がり、前の人の挨拶が終わった。 よし、今だ。 ステージの中央へとことこと進み、マイクの前に立つと、僕はこう叫んだ。 「伊藤ひさしです。 僕はクラゲ です。 ユラユラ揺れます。」 「ユラユラ」 「――― っ!!!」 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第4回 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/5/5 偏差値30台から、4年浪人して獣医学科に入学した話 第4回 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 受験勉強開始。しかし。。。 進路は決まった。 何はともあれやってみよう。当たって砕けろ!そんな元気があったのも最初のうち。夏休みに受験した模擬テストで現実を突きつけられた。 河合塾の「全統一次模試」。 受験はしたものの、周りから聞こえてくる鉛筆の音、ページをめくる音、それ以上に困り果ててドキドキしてしまっている自分の心臓の音が響きました。 ・手も足も出ない。 ・全然わからん ・へ??? の状態でした。私が現役で受験していた時は、5教科7科目(国語・数学Ⅰ,Ⅱ・英語・理科(理科Ⅰ、選択)・社会(現代社会、選択))1000点満点でした。それから合格までに何回制度が変わったか。。。。                                  1カ月ほどして返ってこなくてもいい惨憺たる結果のテストが返ってきました。320点ぐらいでした。 判定はもちろんのE判定。つまり、箸にも棒にもかからない、絶対合格できませんの判定でした。 本当に、お粗末すぎて悲しい。。。というよりも「ぞっ」としました。 英語の発音・文法は壊滅状態、数学もしかり、国語の漢字、長文精読も全滅に近い。。。 嫌な冷や汗が出ました。 これ、どうしようもないやん。。。 夏休みから、まずい・しまったと机にしがみつき始めましたが、まったく点数に結びつきません。覚えても覚えても、問題を解くと 「あそこら辺に書いてあったけど~」「どうやったっけ~」 の繰り返し。 インプットも中途半端、アウトプットはできない。 中学の勉強の基本的なところもあやしい部分があったので、高3の夏休みから3.5年分のやり直しは当然間に合いませんでした。。。。 過去問を解いても、基本がなってないので半分も点が取れない。半分どころか4割も解けない科目があったのです。 「絶対絶命」 そんな言葉も似合わないほどのあきらめモードの状態で共通一次本番を迎えました。ただ、「がんばってね」と送り出してくれた家族に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。 高いお金を出してもらって、予備校に3年通って何をしてたんだろう?どこを見てたんだろう?模擬試験もたくさん受けたけど、「有名予備校の模試は難しいしね~」なんてことを言い訳にして、自分の現状から逃げてただけじゃないのか? そんなことを今更思っても後の祭り。 結果は言うまでもない。。。夏休みの全統模試とほぼ変わらない点数。つまり、まったく伸びなかったということ。 共通一次の翌日、学校に行ったものの当然つまらない。やっているつもりになっていただけの自分を恨めばいいのに、楽しそうにしている人たちを恨んでしまった。 合格圏内に入っている人、頑張る意味のある位置につけた人、一発逆転も夢じゃない人たちが、ワイワイと盛り上がっていました。 もちろん志望校変更をする人たちもいました。私立大学にかける人たちもいました。 「一浪は人並み。来年には何とかなるさ。。。。」 「今年は遊びで受験しよう。何事も、経験だ。」 この言い訳が4年浪人するきっかけになってしまったのです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「何考えてんのかわかんない」は、相手を知ろうと努力もしない奴が平気で放つ言葉 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 「何考えてんのかわかんない」は、相手を知ろうと努力もしない奴が平気で放つ言葉 Facebook X (Twitter) リンクをコピー お母さん方の悩みに こんなのがある。 小学生の息子が、朝から のんびり支度するので、 遅刻しそうになるのを 見かねて口うるさくなったり、 イライラMAXで 怒ってしまうというもの。 お母さんたちは、自分は幼い頃から 学校は遅刻しちゃいけないと ちゃんとわきまえていて、 どんなに寝坊しようとも 遅刻せずに登校していたという。 ところが、我が子は全く違って、 何で早くせなあかんねん!といった態度で、 マイペースらしい。 たしかに、土屋も息子には 泣かされた経験しかないので 共感する。 土屋も当時は力づくで、 大声と圧力を使って 取り敢えずその場を やり過ごす術しか 併せ持っていなかった。 納得しない息子の「気持ち 」など 何とか息子が学校へ行って、 目の前から姿が無くなったら、 土屋自身は、スッキリしている。 だって、後は 学校が何とかしてくれると 母たちの悩みは、 この理解出来ない息子の思考と行動に 翻弄され疲弊している自分自身。 自分の思った通りに 行動してくれない事に ストレスを感じている。 自分はそんな迷惑、 親にもかけてないのに。と、 どうしても息子の態度に 納得がいかないから 理解できないと 信じ込んでいる。 「何考えてるのか分からない」 これは、息子に限らず、 異性やパートナー、 ありとあらゆる人間関係で 発生する問題だ。 さて、一体何が問題でしょうか? わが子やパートナーに対してへの 自分の保身しか考えていないので、 他人への興味関心より 自身の安全ばかり気にしている結果だ。 上記にも書いたが、 面倒くさい事は、 きっと他の誰かがやってくれるだろう。という 甘え が結果として出てくるだけ。 人間観察しなさいよ。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/3/18 専業主婦を夢見た事務職OLが、夫婦で起業した話 その7 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 旦那さんはもう何年も副業の経験があって(株・FX・物販などなど…) ブランド品を輸入して価格を上乗せして販売するバイマ(BUYMA)も 一時期かじっていたことを、私も知っていました。 だけど、別に興味はなくって(笑) 「目標を持って毎日を過ごしたい」とは思っていたけど、 自らビジネスをしたいだなんて、考えたこともありませんでした。 でも、バイマはリスクが少なく取っ掛かりやすいと聞いていたし、 可愛いブランド品を扱うから楽しそうなイメージもあったから、 「とりあえずやってみよう」 と、久しぶりにノートパソコンを開いてみたんです。 (実は、旦那さんが私に副業を勧めたのはある意味計画的だったと、 後から聞きましたw彼の思惑については、また別の記事に書きますね。) といっても、何をどう始めたらいいのか分からなかったので、 基本的な操作は旦那さんに教えてもらって、 それ以降はGoogleで検索して色んな人のブログを読み漁りながら 見よう見まねで商品探しや登録作業をやってみました。 でも、これがまたぜんっぜん続かなくって…w 一つの単語を調べるのに平気で3~4時間かかってしまうから、 すぐに寝る時間になってしまって、作業が驚くほど進まない。 だから当然、成果(売上)も出ない。 「こんなに時間かけてるのに結果も出ないし、もうやらなくても良くない?」 「OLとしてのお給料があるしお金に困ってるわけじゃないから、やめてもいっか」 そんな言い訳を並べて、数ヶ月も経たないうちに止めてしまいました。 当然、また日常の生活の繰り返しに戻りました。 でも、煮え切らないモヤモヤとした気持ちは消えなかった。 バイマを諦めた後も、ひとつだけ止めなかったことがあります。 子育てしながらバイマで稼いでいる女性の文章に惹かれて、 その方のメルマガだけは読み続けていたんです。 そしてある日、東京で開催されるセミナーの案内を目にした私は、 直感的に「会いに行ってみよう」と思い、参加を即決しました。 当時は今ほどインターネットビジネスをやっている女性は少なかったですし、 身近に副業あるいはバイマに取り組んでいる人はいませんでした。 だから、実践者に直接会って話を聞くことで、 何か気づきを得られるんじゃないかと思ったんです。 私にとってそのセミナーが、 人生を変える大きなターニングポイントになったことは間違いありません。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 何か一つでいい、自分の意志でやり貫いて欲しい by父 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 何か一つでいい、自分の意志でやり貫いて欲しい by父 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私は【言われたことしかやらない】 【受け身】で 特に【好きな人ほど拒絶が怖くて自分の意志でやれない】 相手の望む方向性に沿ってやるし、言葉掛けもしてしまう。 だから自分の気持ちを抑えつけて我慢してでもやろうとしてしまう。 私、ね 人が来ない時、私がお願いして枠に来てもらうのは、辛かった。 私がお願いしないとCAST聞いて貰えないのも辛かった。 私が嬉しいのは 相手が【その人の意思で私のCASTを選んで聴いてくれたり、配信を聴いてくれた時】だった。 【選ばれたい】だけだった、誰かに。 Spoonの運営さんとかそういう大それたものでなくていい。 私を好きで 私を選んでくれるリスナーや読者が欲しかった。 CASTの再生回数が伸びなくなって 再生回数をたたき出したり、配信のアクティブの凄い配信者って、凄いんだなって思い知らされる。 そこに嫉妬とかなくて。 ただ、悲しい。私にはそれが。ない。 いいなぁ、誰かに選ばれるひとは。 推しに選ばれたかった。 推しから【ことねぇの文章が1番好き】だよって ことねぇのCAST聴いたよって 【私が頼んでもない】のに 聴いてくれる 凄いファン数の人達。 頼んで聴いてもらうのは、違う。ワガママだってわかるんだけど 一度、でいいから 選ばれたい .......だからやり続けている。 それがここまで書き続けてる執念、のようなもの、だと思う。 ここまでネガティブに書いたけど 【選ばれるまでやる】しかないからやるよ。私は。こんなアラフォーになっても痛すぎるけど、死ぬ時に纏めて後悔するから、やれることは、全部やる。それだけ。今までもこれからも。それが、私だから。 #文章 #Spoon #神推し7 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「まほうのしょ」を手に入れた少年 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/2/26 「まほうのしょ」を手に入れた少年 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「魔界塔士サ・ガ」というゲームをご存知だろうか。 1989年にゲームボーイで発売されたRPGだ。爆発的なヒットを記録し、おそらく20代後半~30代の男性なら多くの人が楽しんだこのゲームには、それまでのRPGとは一線を画すシステムがあった。 それは、アイテムや本で能力を強化するというもの。 ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなど、それまでのRPGは戦闘をして得られる経験値をもとに主人公が成長していくシステムだった。一方でこの「サ・ガ」はモンスターを倒す必要はあったものの、あくまでもそこで得たお金で「ちからのもと」「すばやさのもと」などのアイテムを購入し、それを服用?することによって成長する。能力をお金で手に入れるというのはなんとも夢があるのかないのかよくわからないシステムだったが、何より驚いたのは「まほう」までがそうだったことだ。 それまでなんとなく「まほう」は覚えるものだと思っていたのだが、この世界では例えば「ファイアのしょ」という書物を買うことで使えるようになる。その上、剣などの武器と同様に”使うほどに脆くなるという概念”の使用回数制限があった。 魔法の本で知識を得て実践することでそれが力となる。初めから魔法使いがいて魔法が勝手にレベルアップする仕組みに比べれば、なるほど、理に適っていると思う。面白いじゃないかと。もし、そんな本が現実に存在したらと僕は妄想を楽しむ。 例えばいじめられっ子の少年がその本を手にしたらどうなるだろう?世が世なら、きっと眼鏡をかけたその少年は自分を冷遇した家を出て魔法学校に行くのだろう。もちろん、これはお伽話だ。とても素敵で、実在しない話。 じゃあ例えば、こんな話はどうだろう。 思春期ど真ん中の彼は思ったことが言葉にできない、そんな少年だ。正確に言えば「言葉にできない」わけじゃない。彼は、幼少の頃からエリート街道まっしぐらの父に英才教育を施された秀才だ。勉強も難なくこなす彼は言葉を知らないわけでも、考えられないわけでもない。皮肉なことに、英才教育は少年から思いと言葉の間にあるパイプを断ってしまったのだ。 例えば、の話。 その少年にとある本を渡してみる。そこには、とある偉人が「遺書」という名で残した”真実の言葉”があった。 少年は、その本を読みふける。おそらく彼には衝撃だったのだ。言葉の一つ一つが。もし、少年の倍近く歳を重ねた僕が読んだらそんな反応はしない。偉大な”才能”が書いたとはいえ、すでに自我を確立しきった僕には違和感を覚える部分もいくらかある。何より言葉が汚い。「ウンコちゃん」「コノヤロー」なんて言葉が出てくるわ、自身のことを天才と言って憚らないわ、人によってはカチンと来ることもあるに違いない。 ただ、そこには紛れも無い「真実」が書いてあった。怒りをまじえながらも、その文体が吹き飛ぶほどに「正しいことを訴える」というエネルギーに満ちていた。本来少年に読ませるべきではないその本は、しかし間違いなく彼の何かを変える。 思えば「サ・ガ」の魔法は本を使うとはいえ、その威力は使う人の魔力に比例する。そうつまり、魔法学校に行く少年もそうであるように、もともとはその人が持っている能力だったのだ。本は力を形に変えるきっかけに過ぎない。 例えば思春期の少年は、その本から何かを読み取る。 きっとそれは、レールが敷かれた自分の環境に抗うための何か。 彼は迷っていた。自分に課せられた期待と、そうではない自分と、そして自分の膨らむ思考と。どれが正しいのか、どこに行くべきなのか。その本の中で”才能”はこう語る。 「反論も悪口も大歓迎する。正々堂々来てみやがれ」 正しいと思ったことは言葉にして良い。 一生懸命考えたことは訴えることが出来る。 他の誰かが絶対に正しいわけではない。 教育という箱に閉じ込められてきた少年はきっと、失ってしまったパイプを取り戻す。そしてその本を片手に唱えるだろう。「僕は一生懸命生きている」と。「魔界塔士サ・ガ」のエスパーがそうであるように、彼にとってその本は紛れもなく「まほうのしょ」だった。内に秘める想いを言葉という武器にして戦っていく力をくれる、魔法の本。 それからのその少年の未来。 彼はきっと、最初で最大の敵である「父」に勝負を挑む。 結果は、少年の成長とともに少しずつ変化していくに違いない。 これが「サ・ガ」ならきっと少年はその本を使いきってしまう。でも、これはゲームじゃない。CPUにはできなくても、生身の少年になら”それ”はできる。きっとできる。 松本人志という天才が書いたその本に、大人である僕は魅力を感じない。でも、それでいい。 だって僕は、もうその本から魔法を覚えたから。もう忘れないから。 父さんを倒し、そして父さんは仲間になった。 なんだかお決まりのストーリーみたいだ。 でも、僕はもう魔法を覚えたから。 思春期にその本に出会ったことで。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 走るゲイル | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/9/29 走るゲイル Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私は毎朝起きたら、目をこすりながらの状態で、ソックスをはき、ランニングシューズをはいて、飛び出す。大した距離ではないが、近所を走る。頭が目を覚まして、面倒くさいと思わないうちに走り始める。自分の本質が怠け者であることは、長いこと生きていれば自覚している。だから、そんな自分が目覚めないうちにはしりはじめるのである。 私が走るようになったのは、親友でもあり、隣に住んでいるゲイルの影響だ。彼女は一日おきに何マイルも走るランナーだ。2年前に、ここにご主人の仕事で引っ越してきたイギリス系のカナダ人だ。年が近いこともあり、すぐに仲良くなった。一緒に食事にいったり、ショッピングやパーティに行ったりするうちに、いろんなことを彼女から学んだ。 食事や自分の体の健康にとても気を使い、そして本当に自分自身をトテモ50代とは思えないほど、健康的に美しく保っている。いつも素敵におしゃれを楽しんでいるし、家もいつ行ってもほこりひとつなく美しいインテリアで飾られている。すべてが美なのである。私がいつも憧れている姿がそこにあった。でも、一番すごいと思ったことは、はっきりと自分の意見を何でも、だれに対してもいうことだ。夫に対しても、遠慮なくはっきりとストレートにものがいえるところだった。 ゲイルと出会ったころの私は周りとのコミュニケーションをまだ何十年もたっても日本的に回りくどくやっていた。そのために、自分の思っていることをはっきりと周りに伝えることができていなかったと思う。でも、彼女のあまりにもクリアーな自己表現を聞いていると、自分はまだちゃんと自分の意見を表現できていないと気が付いた。それは、私が心のどこかで人に変に思われたくないと思っているからだ。でも彼女は全然全く人が何と思おうが気にしない。自分が自分の人生を生きているのだからという感覚である。嫌味がなくスカッとするのである。私もそういう風にしゃべれるようになりたいと、いつも思った。 あなたは完璧よ、私のゴールだわ。とゲイルに言ったら、そんなことないと笑われた。「私の喉には、いつガンになるかもしれないポリープがあるのよ。私はいつもそれと戦って生きているのよ。」といった。自分がいつ死ぬかもしれないと思えば、自分にとって大切なものとそうでないものがハッキリとしてくるという。私は彼女がそんなものを抱えて生きているなんて全然気が付かずに、ただただ憧れてみていただけのあほであった。彼女が一日一日を美しく生きることに情熱をかけているのは、明日という日がないかもしれないからだ。でも、それは生きている私たちみんな一緒だ。 もういい妻であることを辞めよう。もういいお母さんじゃなくてもいいんじゃないの。もういい人といわれなくてもいいんじゃないの。残りの人生を自分が思うように好きなようにいきて行ってもいいんじゃないの。ゲイルの走る姿は私にいつも問いかけているように思えた。 今日もゲイルは、私の家の前を風のようにはしりぬけていった。明日は一緒にランチをしに行こうとおもった。心はまだ彼女を追いかけている。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 1973年シリーズ③西岡T子クンの恋の行方は!? | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/1/11 1973年シリーズ③西岡T子クンの恋の行方は!? Facebook X (Twitter) リンクをコピー 1973年生まれである。 「いつのまにこんな歳になったんやろ!」 同い年の友達と誕生日がくるたび、いつも驚くのである。 まったく人生なんてあっという間に過ぎていくものなのだと思う。 先日から、納戸の整理を毎日少しずつ行っているのである。 どんどん出てくる昔懐かしの思い出の品々。 通知表、幼稚園の月謝の集金袋、表彰状、ヘタクソなお絵描き。 それはもう、”どんだけ物持ちええんや!”と驚くほどの古びた懐かしいものたちが続々と出てくるのだ。 結婚してから今まで、ろくに見もせずにいた思い出のカケラたち。 全て母が取っておいてくれたものばかりである。 大切に育ててくれたのだなと今になって親不孝してきた若かりし日々を悔い、反省しきりである。 数々の思い出のカケラの中でも衝撃的だったのは、生まれた日の新聞であった。 スポーツ新聞ではない。全国紙である。 黄ばんでいて、そっと扱わなければポロポロと破れ落ちてしまいそうな新聞紙。 今の新聞よりも、ものすごく文字が小さくて読みにくい。 非常に面白く、もうネタの宝庫のような記事や広告が勢ぞろいで、ただただ笑いが止まらない。 新聞広告のこの雑誌に釘付けになってしまった。 今から約40年前なのだから、当時20歳くらいの男性が読んでいたとしても、現在は60歳くらいになっておられるのだろう。 「初体験の相手にナント先生が19%・・・」女子高生の青い性にセマる なんや!これは!! 今といっこも変わってへんねんやんかー!! 今は先生も聖職者としてふるまわなければ、すぐに保護者やマスコミから叩かれ、退職に追い込まれる危機が隣り合わせなのだろうが、昔から先生に憧れる女子高生はいたのだろうし、若い女の子が好きな先生だっていたのだろう。 禁断の恋だって、表だって外に出てこない場合も結構あったはずである。 しかし、現代はどうだ。 すぐに秘密の恋、禁断の恋に足がつくのはなぜか? ツイッターやLINEで、恋する女の子がうっかりポエムしたり、先生との写真なんかのっけたりした途端、猛烈な拡散で生徒や保護者に筒抜けになってしまうのだ。 この時代に女子高生だった”西岡T子クン(17歳)” は、現実にいる方なら現在59歳になっておられるのだろう。 T子クンの恋のお相手だった先生は現在60代~70代の方ということになりそうだ。 先生は無事に秘密の恋がバレずに、円満退職しておられるのだろうか。お孫さんなんかもいたりして。 T子クンも無事結婚され、お子さんたちも巣立った頃の年齢になっているのだろうか。 自分が生まれた日の新聞広告だけで、これほど想像と妄想が渦巻いてしまうとは何が何やらであるが、 情報がテレビ以外では新聞や雑誌からしか入らなかった時代には、活字から想像する楽しみは現在より 遥かに大きかったのにちがいない。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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