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  • オトンの話。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/9/5 オトンの話。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー オトンは4年前に死んだ わたしはオトンと喧嘩していた 何でかは忘れたけど何日も口をきいていなかった わたしはオトンを避けていた 当時高校生のわたし 思春期によくあるそれだと思う オトンのことは嫌いだった 頑固ですぐ怒鳴る怖いオトン その夜わたしは家でテレビを見ていた 当時のバイト先がファミレスでテレビでそのファミレスの情報が流れていたことも憶えてる わたしはテレビの情報に口を出しながらなんでもない普通の平日の夜を過ごしてたんだ 電話がなった 丁度お風呂から出たオカンが電話にでた 電話を切ったオカン 「パパが病院運ばれたらしいから行ってくる」 心配そうだった けど、気はしっかりしていた オトンは糖尿病持ちで何度か入院していた だからわたしは今回もその程度だと思って気にしてなかった 病院に向かったオカンとお姉をよそに わたしは部屋に引きこもって携帯いじり しばらくしていきなり部屋のドアがあいた お兄だった 「オトンが死んだ」 そう言った 言葉が出なかった 何も言えなかった 家族でオトンが待つ病院へ向かった オトンの会社の人が既にいた 挨拶をする余裕もなかった 病院の入り口には先に病院に向かったお姉がいた わたし達を見て無言で歩きだす わたし達はそれに無言でついていく お姉の目は散々泣いた後だった オトンのいる部屋についた オトンの眠るベッドが見えた わかってるけどそこで眠るのがオトンじゃないことをまだどこかで期待してた 見るのが怖かった 受け入れる準備なんてできてなかった それでも勇気をだしてベッドに近づく オトンだった 寝てるみたいだった オカンがオトンの頭抱きしめながら泣いてた そしてわたし達に気づいて 「パパ死んじゃった」 泣きながらそう言った オカンもお姉もお兄も私も妹もおばあちゃんも家族みんなで泣いた わたし達よりはやく来ていた病院のそばに住む叔父さん(オトンの兄さん)と従兄弟も泣いた みんなでひたすら泣いた 死因は不整脈?なんかそんな感じ 46歳 気の弱いオカンに子供4人残して はやすぎだろって怒ってやりたかった 妹まだ中学生 娘の花嫁姿も孫の顔も楽しみ全部残して逝ってしまった それからオトンの葬式が終わるまでわたしは一切眠れずずっとオトンを見てた 気持ちは落ち着いたつもりでも顔を見ると涙がでる もうすぐこの顔も体もなくなるんだって思ったら目に焼き付けておきたかった 「一番喧嘩してたのにね」 オカンに笑われた わたしは後悔していた オトンに優しくできなかったことに 「あんたはオトンと同んなじで頑固で短気だから喧嘩になるんや。似たもの同士」 お姉にも笑われた 顔はオカン似のわたし 性格は完全オトン 短気で頑固で喧嘩っ早くて オトンとの喧嘩はなかなか派手だった 葬式も終わりオトンの荷物整理 オカンから 「これ、オトン持ち歩いてたんやで」 家族写真だった 我が家で唯一家族全員の写真 オトン オカン おばあちゃん お姉 お兄 わたし 妹 それぞれの個性が出たその写真に 笑いがこみ上げてくる 笑えるのに 笑えるのに 涙も同時にこみ上げてきた オトン、ごめんな もっと仲良くできたよな 今でも思うよ、1度でいいから会いたい 今でも思い出して涙がでる日があるよ でもな、オカンちっちゃくて弱っちいでな、兄弟4人で支えてあげな折れてまう わたしらが笑っとれば オカンも笑っとるんや やでな、前に進まないかんな それから4年経って 今わたしと妹は大学生として頑張ってます お兄は小学校の先生に無事なれました 今月運動会で忙しいらしい そんでね、 お兄の小学校の運動会の次の日な お姉結婚式やで ちゃんと来てくれなあかんよ お姉な、お腹の中赤ちゃんおるで 守ったってな わたしなオトンのこと嫌いやったけど オトンとオカンの娘でよかったよ 生まれてきてよかったよ 今わたしもすごく好きな人ができたよ オトンが死んだ頃はね 一時期何もかもがどうでもよくなって 男遊びばっかしてビッチなんて言われたりして でもね、はじめてプライドとか全部捨てて好きになれる人に出会えたよ はじめてわたしのこと強くしてくれる人に出会えたよ オトンとオカンがわたしの命つくってくれたから ありがとう まだまだわたしやることいっぱいやで あと60年はそっち行かんつもりやけど 応援しててな X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • オールドデイズ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/6/30 オールドデイズ Facebook X (Twitter) リンクをコピー  昔々、まだ私が子供だったころの話です。まだコカコーラが瓶で売られ、いわゆるアメリカンサイズの缶コーラなど存在していなかった頃のことです。  当時500mlの瓶は十円で、1Lの瓶は30円で交換できました。お金のなかった私は、近所を探し回って、誰かが捨てたコーラの瓶を拾ってはお金に換えて小遣いを稼いでいました。とはいっても、次第に近所からは瓶が消えていき、拾うものがなくなってしまいました。仕方なしに、付近の個人商店の裏に積まれた空き瓶をケースごと店に運び込んで、お金に換えるようになりました。 「あんたはいつもえらいねえ」と店のおばあさんによくほめられましたが、実際はその分だけその店に打撃を与え続けていたのです。時代はうつりかわり、今では瓶のコーラなどあるのかないのかわかりません。そのばあさんもおそらく死にました。なにも知らずに死んでいったと思います。  何もしらないで死んでいくのは幸せでしょうか不幸せでしょうか。さあどちらでしょうか? X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第百七十五章 私は感情になど興味はないby湯川(11) | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/1/22 第百七十五章 私は感情になど興味はないby湯川(11) Facebook X (Twitter) リンクをコピー 第百七十五章 「私は感情になど興味はないby湯川」(11)  私たちは以前から 「なんで、あんな歌のヘタな子が歌手をやってんの?」  と思っていたけれど、それは事務所が売り出したいからだと分かってしまった。ネットの中では“ゴリ押し”女優とか呼ばれている芸能人も多い。世の中が実力だけではなくて、コネがないと駄目なことくらい大人なら分かっているけれど、あまりに露骨に表に出されるとシラケる。   We sometimes think “Why is that singer is popular and on TV?”   That is because she is in the big agent. Now the Internet lets us know the fact whichwe used to misunderstand or used to be controlled. We know in this worldsometimes the connection with a big boss is important. However we don’t like it because such asystem gives a chance to people who are not making efforts or not talented. 1、「京大二次」英作文の採点基準(ネット添削可)。 (3000回以上再生) https://youtu.be/M6LFIjXhwVM   実は、塾や予備校業界も似たようなものなので芸能界を批判など出来ない。塾や予備校業界では、河合塾や駿台が絶対的な権威であって私たち個人塾の講師はゴミ扱いを受けがちだ。   大規模塾や予備校はテレビや雑誌で宣伝しまくる。つまり、マスコミの売り上げに大いに貢献するスポンサーだから本の出版などもスムーズにいく。大規模塾の名前があれば売れやすいので出版社も喜んで手を貸す。 In theteaching field, we have the same kind of problem. In a cramming school field,Kawai and Sundai are authorities and a small private school like mine is almostnothing. Big schools use mass media and use a lot of money. That means big schools are good customers forTV stations. So they work together topublish problem books. 2、 「こうやって、京大数学が7割解けるようになりました」 (2万回以上再生) https://youtu.be/kQ-mlEj2DXA       しかし、我々のような個人塾はマスコミを使った宣伝などできる資金がない。だから、マスコミにコネがない。どんなに力があろうが実績をあげようが、マスコミが見向きをするわけがない。  大切なスポンサーの行く手を塞ぐような有力な個人塾に手を貸したら、大切なスポンサーの怒りをかってしまう。  ジャニーズ事務所に逆らったら、SMAPであっても干されて仕事がなくなる。生きていけない。どんなに優れた歌手も俳優も、小さな事務所だと一生芽がでない。 But small schools don’t have a big money touse mass media. They have no connectionwith mass media and it is very difficult to appear on TV even if they do goodjobs. Good small schools could becompetitors to big schools. If massmedia helps such small schools, they might lose good customers.  平成13年度、合格者       京都大学「医学部」、名古屋大学「医学部」 3、「Z会を8年間やって分かったこと https://youtu.be/_AsvOhdrYUs   (2万回以上再生)       こんな歪な日本社会に嫌気がさした人は、外国に出ていく。実力主義が徹底しているアメリカ社会がうらやましい。   選択の自由が認められない「強制クラブ」のような小さな改革も、多くの人が不平や不満の声をあげても変わらない。   北朝鮮の独裁を笑う人は多いが、日本社会もどの分野にも独裁者がいるではないか。 In my view, Japanese society is distorted. Young people who don’t like it go abroad,mainly to U.S. Even if quite a few people don’tlike club activities in public schools, we cannot change it. We make fun of North Korea because of thedictator. But we also have a boss inmany fields. That is why we cannotchange many stupid systems. 合格体験記 (1クリックで拡大されます) 名大医学部    京大薬学部    三重大医学部     4、こうやって、英検1級に合格しました(3万回以上再生)   https://youtu.be/m6rABYYVlSY       信長や竜馬の昔から、改革をしようとすると寄ってたかって殺しにかかる。選挙権が18歳に下がったことだし、そろそろ日本も変わる時期だろう。いつまでも、ドンに逆らえない専制国家では未来がない。    私は感情的な人が苦手で、嫌いだ。自分も子どもの頃は感情的だった。勉強をしていたら、何度も嫌になることがあった。生理的な拒否感を抱いたこともあった。簡単に言うと、挫折だ。   その挫折感や屈辱感はプラスに働くのか、マイナスに働くのか。私の見るところマイナスの方が大きい感じがする。私は数学に挫折してから、数学から20年ほど離れていた。   テストなどの客観的指標を信じたこともあるが、挫折感が邪魔をしたように思う。同じことが、自分の指導させてもらっている塾生の子にも見られる。   When we look back in the past, people who tried tochange the Japanese political system, were often killed. This year the right of voting is given topeople under 18. I hope they change thissociety. I don’t like emotional people. Iwas emotional when I was young and didn’t like to study. That means a sense of failure. Such emotional response prevented me from studying. X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 大事な事はすべてパチスロから教わった(第4回)弟子入りした僕が最初の30日間実行したこと | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/2/27 大事な事はすべてパチスロから教わった(第4回)弟子入りした僕が最初の30日間実行したこと Facebook X (Twitter) リンクをコピー 1.分析力 2.忍耐力 3.コミュニケーション能力 僕は3つを意識して、ひたすら実践するようにした。 まずは、分析力。 最初は師匠の見よう見まねで、毎日閉店間際にパチンコ店に行き、 全台のデータをメモ帳に書き込むことから始めた。 書き込む内容は、一日の総回転数、BIGの数、REGの数、現在の回転数だ。 そして、それを一ヶ月間続けた。 その間の一ヶ月間はスロットは打たなかった。 そして、30日間そのデータを徹底的に研究した。確率を割り出し、全台の設定を書く。 設定は見ることは出来ないから、これはあくまでも予想だが・・・ ある程度データがたまってくると、見えてくるものがある。 それは、その店の”癖"だ。 設定を変えるのは人間だ。そして、ほぼ毎日同じ人間が変えている。 そうなると、その人だけの”癖"みたいなものが出てくるのだ。 データを30日分並べて見ていると、偏りがある。 一般的には店が盛り上がっている雰囲気を演出する為に、 通路側の角台はよくでる。 しかし、この心理を逆手にとって店がいじわるをしてくる店もある。 角台をあえて設定1にするという事だ。 角台というのは一般的に設定5や6が入りやすいという "業界ならではの常識"がある。 だから、放っておいてもお客さんが座るのだ。 とくに稼働率の少ない店では角台にしかお客さんが座っていない、 といった光景はよく見る。 だから店は何もしなくても客が座る”角台"ではなく、 真ん中の台に設定5や6を入れる。 このような駆け引きが日常、行われているのだ。 僕が通っている店では、角台がとにかくよく出ていた。 1週間あれば、3日ぐらいは設定5か6を入れていた。 良心的な店だったのだろう。 他にも、分析していると様々なことが見えてくる。 これはあくまでも僕が通っていた店の話だが、 ・2日間出なかった台は、設定を高くしてくる ・2日間出た台は設定を低くしてくる ・イベント時は、角台に高設定が入る確率50% ・給料日あとの26日、27日は高設定が入らない など。 こういった情報が、分析する事によって浮き彫りになってくるのだ。 これを読んでいると何となく勝てる気がしてこないだろうか? 次に、忍耐力。 いくらデータをとって分析して、狙い台に座ったとしても いつ出るかは分からない。確率論だからだ。 設定1があまり出ない、設定6がたくさん出る、 というのは、もうお伝えしたと思うが、 問題はそんなに単純ではない。 1時間や2時間打ったからといって、"確率通りに出ることはほぼ無い" と言っていいだろう。 一日中回しておよそ7000回転。 それでも設定通りに出ないことは数多くある。 設定1を一日打ち続けたのに、10万円勝った。 設定6を一日打ち続けたのに、10万円負けた。 という話はザラにある。 昔はポイントを貯めて、一定以上のポイントが貯まれば、 "プレミアムシートに座らせてくれる" といったイベントがあった。 プレミアムシートというのは、いわゆる”設定6"のシートだ。 しかし、それでも勝てない人は勝てなかったのだ。 確率というのは、そう簡単なものではない。 何万回、何十万回とリール回して初めて、 "正しい確率"というものに、なっていく。 じゃあ設定とか関係ないじゃん? と思うかもしれないが、それは違う。 長い目で見て、確率通りになるという事は、 毎日7000回転も回しているとどうなるだろうか? 10日で70000回転、30日で210000回転だ。 1ヶ月でおよそ、21万回転も回す事になる。 つまり30日間打ち続けると、ほぼ確率通りに出てくれると言う事だ。 ということは、必然的に毎日設定6の台に座っておく必要があるのだ。 毎日設定6に座り続ければ、1ヶ月すればほぼ設定6の確率通りに数値が収束するはずだ。 だからこそ、忍耐力が必要になってくる。 今言ったように、短期間では確率通りにはならない。 それでも、自分が分析し、導きだした狙い台を打ち続ける”忍耐力"がなければならない。 自分が打っている台の隣の台が当たりまくり、爆発しまくってもだ。 極端な話、自分の打っている台以外のすべての台がたくさん出ていても、 動揺せず、自分の台が設定6である事を信じて打ち続ける覚悟がなければならない。 だからこそ忍耐力は必要なのだ。 そしてコミュニケーション能力。 常連さんとのコミュニケーションも積極的にとるように努めた。 朝並んでいる時には、常連さんとの雑談。 昨日はどうだったのだの、今日は角台に座るだの延々と聞かされる。 それを聞きながら僕は相づちをしたり、 時にはリアクションを大きくとって、相手に答える。 すると、常連さんも満足した様子で、僕の事を気に入ってくれるのだ。 開店した後も常連さんとのコミュニケーションは続く。 打つ台がなくウロウロしていると、 常連さんが"こっちにこい"といった手招きをしてくる。 これはどういう意味かというと、"目押しをしてくれ"という合図だ。 スロットというのは、内部的に当たりが確定すると、 リールの中の”7"が揃えられる状態になる。 しかし、タイミングを見計らって目押しをしなければ、7は揃わない。 7が揃わなければ、一向にボーナスゲームはスタートせず、コインは増えない。 それどころか、1回転目押しするのを失敗するたびに、 3枚分のコイン、つまり60円を無駄にすることになるのだ。 今の時代は目押しが出来ない人は、大抵店員さんを呼んで目押しをしてもらうが、 当時はそれほど店員さんに頼む人はいなかった。 だから隣に座っている人や通りがかりの若い連中が目押しをしてあげていたのだ。 だから僕も暇な時は、いつも常連さんの目押しをしてあげていた。 すると、コーヒーやジュースを買ってくれるし、 時にはご飯までごちそうになったこともある。 常連さんは一発で揃えてもらって、コインを得するし、 僕らもタダで色々なものをもらえるので、お互いにwin-winの関係だった。 他にもたくさんの人とコミュニケーションはとっていた。 ・店員 ・店長 ・僕らのような同じ境遇のパチプロの人 ・コーヒーを入れてくれる女性定員 など。 突然だが、僕らみたいな"パチプロ"が一番恐れていることがある? それは何か・・・? それは、出入り禁止だ。 たまにマナーが悪い、とか、あまりにも勝ちすぎて、 出入り禁止になったパチプロの話を聞く。 なぜ彼らが出入り禁止になったのか、色々話を聞いてみると、店に嫌われたからだそうだ。 マナーが悪いというのは、開店早々にホールを全力で走り出し、台を強引に確保したり、 顔を何度も見ているはずの常連さんに、挨拶をしないとか、そういうことだ。 そして、一度常連さんに嫌われてしまうと、その噂は瞬く間に店側に伝わってしまう。 常連さんは顔が広いので、店員、店長、コーヒーガール、 ありとあらゆる人に告げ口をする。 『あいつはマナーも悪いし、最低なやつだ』と。 そうなると店側もそんな噂が立っている人を野放しには出来ない。 だから出入り禁止になる。 これを防ぐ為には、常日頃から色々な人とコミュニケーションを取り、 好かれておくことが必要だ。 幸い僕は、昔から比較的高年齢の方には気に入られる傾向がある。 まさかこんなところで、それが役に立つとは思わなかったが。 といった具合に、僕は1ヶ月間徹底的に、この3つを実践した。 そして、いよいよ2ヶ月目。 僕が川田君に弟子入りして初めて、ホールでスロットを打つ日がやってきた。 <追伸> このストーリーを読んで僕に興味を持って頂いた方は、 ぜひFacebookでフォローもしくはお友達申請を! Facebookでも数々の情報を発信しています! お友達申請の際には『Storysを読みました』とコメント頂ければ、 承認させて頂きます! https://www.facebook.com/mitasanji X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 親に捨てられた子供はどうなるの?1話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/3/21 親に捨てられた子供はどうなるの?1話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私の記憶のある中で1番古い記憶は、 継母 「お母さんだよ」 そうそこから始まる地獄の生活。 とある田舎の長男(父親)のところに、次女として生まれました。 長女、三女の三姉妹。 父親は自営業を営んでおりました。 実母との出会い、結婚、そして、三女妊娠中に離婚。 祖母から聞いた話によると、実母は人と接する事が苦手で、自営業向きではなかったために離婚したと。 そして、離婚の際の親権は実母にあった。 しかし、田舎の人だったので、子供を2人連れて帰り、さらにお腹の中に子供もいる。 そんなんじゃ再婚も出来ないから返してこい。 祖母が引き取りに迎えに来てくれて、帰宅すると父親が家出していなかったと。 そこから、祖父、祖母、姉、私の生活が始まりました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~12終 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/9/27 本来の自分について~22年間自分壊しを続けた私~12終 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 今思えば、そのきっかけがなければ、今の私に気づくことはできなかったはずです。あるいは、気づくのがもっと遅くなっていたでしょう。 不思議としか言いようがありませんが、私のこれまでの人生は、まさに今の自分に向かってつづられてきた実感が本当にしています 。そういうことを経験し、また実感し、そのまま続けることが、本来の自分の発見につながると今は思われる のです。 最後まで読んでいただいた方の中には、何となく感じていただいているかもしれませんが、私がこれまで書いたことを気づいた後で、ようやく求めていたことにたどり着いたと感じましたが、同時にそれは大げさなことではなく、何でもないような普通なこと だと思いました。 今をただ受け止める、何てありきたりで平凡な教訓でしょう。何だ、長い間求めてきたことは、こんなことなのかと微笑んでしまうことがあります。それぐらいシンプルで簡単なことです。 不安は消えませんし、アクシデントやハプニングも起こります。オロオロしたり、ビクビクしたりすることもあります。表面的には、私の日々は前と何も変わらないでしょう。 ただ一つ違うのは、私が本来の自分を自覚していることです。 また、私がこれまで書いたことは、ある意味では無理やり言葉で書いたことなんです。 私の感覚は言語では表現しにくいものです。なぜなら、言葉は思考から生まれたものだからです。失礼を承知で言えば、私がこれまで書いたことは、ある意味全て「間違い」 です。 ですので、皆さんが私の言葉を読んで、変に解釈する可能性が十分あります。これは、私の文章力不足のせいもありますが、そもそも言葉で書きにくいことを書いているためもあります。 これを最後まで読んでいただいた方は、これはあることをある方向からある視点で言おうとしているだけだと思って、ある程度の距離を保ちながら読んでいただくと幸いです。 皆さんが私と同じかどうか、同じところに行き着くのかどうかは分かりません。人はそれぞれいろんなことに向き合っていくのだと思います。ただ、私の書いたことが少しでもお役に立てたなら、それも私の人生に求められたことなのだろうと思います。 今後も何か分かったことがあればこの文章を続けるかもしれません。 皆さんの探究を応援しています。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • タクシー運転手の日常「おともだちになる瞬間」 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 タクシー運転手の日常「おともだちになる瞬間」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 終電亡くなった深夜、繁華街でお客様をお乗せする。 年齢は50代ほどのスーツ姿のほろ酔いの男性。 お仕事のあとの会食か何かだったんだろう。 疲れ切った様子で行き先を告げると、 「近くまで行ったら起こしてくれ、それまで寝てるから」 と眠りに入った。 行き先を言って、眠ってくれると一番楽にお送りすることができる。 遠回りをする気があるのではなく、絡まれたり、余計な邪魔をされるくらいなら眠ってもらった方がマシ。 問題なのはそこからだ、 酔ったお客様が眠りに入ると、起こすのが大変。 眠っているところを無理やり起こすのも やっぱり気が引けるところはあるし なにより、起こしたところで大抵のお客様は寝ぼけている。 所定の目的地に到着して「到着いたしました」と起こすも 「あ~真っ直ぐ」と言われ、進んで行くと実際は行き過ぎていたことなんてザラである。 それによって疑われることは心配のひとつだが、 その時に一つだけ好きな瞬間がある。 それが、寝ぼけた様子で話しかけてくるお客様が 「ともだち」かのようなラフさの時。 到着し、起こすと 「あ~、だめだ、飲みすぎちゃったよ」 から始まり、 「あ、ここ俺んちの近くなんだよ」 と当たり前言われ 「あー、よしっ」 とお支払いのやり取り一つ一つが 麻雀をしているかのようになり 「飲みすぎちゃった~」 と再び戻る。 そして最後は、 「あーす、あしゃざーす」 と、言葉にならない挨拶で降りていく。 ほろ酔いと、寝ぼけで一番気持ちの良い状態のお客様が友達になる瞬間 それが一番好きだ。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 孔明パパから長女ピスミンへの生お手紙を全公開 「サラリーマンになるな!女性が活躍している会社など日本には1社も無い! | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/3/25 孔明パパから長女ピスミンへの生お手紙を全公開 「サラリーマンになるな!女性が活躍している会社など日本には1社も無い! Facebook X (Twitter) リンクをコピー 東京某所月官門サッチェルと共に、開催する「地下セミナー」に長女ピスミン12歳が参加する。 しかし、これは何も、孔明パパとしての道楽で、長女に参加してもらうわけではない。今回の場合は、僕の方から無理やり出席させているわけでもない。 「はやく自分でビジネスをやりたい!」 と言う、長女の意思で、参加してもらっていることもあるが、 せっかく、その意志があるのなら、一人の人間として、長女に成してもらいたいことがあるからだ。  それは・・・、 男性である僕にはなかなかできないことであるが、女性である、長女だからできること。近い将来的に、長女に成し遂げてもらいたいのだ。   ◯孔明パパから長女ピスミンへのお手紙 ピスミンへ 今回はピスミン自らの意思で、 「北のセオリー」を学ぼうとしてくれていること、 パパとして非常に嬉しく思います。    「北のセオリー」を学んで、 将来ビジネスをやりたいと思ってくれるのなら、 併せてピスミンにやってもらいたいことがあります。 それは、本当の意味で、女性が活躍する社会を創ることです。   ピスミンはまだ社会に出て 知らないと思うけれども、   いや、 実は既に社会に出ている女性でさえ、   その大多数が、 知らないというか、 気づけないというか、 気づいて気づかぬふりというか、   そういう残酷な真実があります。   今回を機に一度、 パパのお話というか ピスミンに託したいことを、 聴いてもらいたいと思います。    行きます。   まず、 極論でお話すると、 「今の日本に女性が活躍できる  会社など一社も無い」ということです。   日本では、 男女の雇用機会均等法とか、 社会進出促進とか、   政治家の方々や、 マスコミの方々、 上場企業の社長の方々が 声を大にして言っているけれども、 あれは全て「まやかし」のようなものです。   大多数の女性は、 男性社員の補佐的な役割としか、 扱われていないのが現実です。     その大多数は、 役目が終了したら、 会社から排除されてしまうのが現実です。    一体何を根拠に、 こういうひどいことを言うのか?   2つの側面から、 説明したいと思います。     ◯「1つ目」女性にまともな再就職先は無い現実   たとえば、 ピスミンが将来、 高校、大学を卒業して、   パパのように、 新卒で上場企業のサラリーマンに なったとします。   その後、 パパが働いていた会社では 沢山あったケースだけれど、   社内恋愛して、 職場結婚して、   同僚の旦那さんだけを 社内に残して、 旦那さんだけを会社に残して、 自分は先に退社する。   その後、 子供を産んだとします。   もしもの話ですよ!     その時は、 女性として、 幸せな気分に浸れるかもしれません。   けれどもその後、 旦那さんが残って 働いている会社が、   パナソニックやソニー、 東芝やシャープのように、 業績不振に陥って、 大規模なリストラが行われる。    その対象に、 旦那さんがなってしまい、 会社を辞めることになってしまった。。   この段階で、 旦那さんは一から就職活動を するかもしれませんが、   35歳を過ぎたら これまで勤務していた 会社と同じ給料や待遇を得られる 職場は見つかるでしょうか?    答えは残酷で、 確率論的には、 まず見つかりません。    一瞬にして、 安定収入が無くなってしまいます。   その時に、 ピスミンがかつて働いていたからと言って、 会社がピスミンを 再び雇ってくれるでしょうか?    残念ながらこれも まずありえません。   そうすると、 「共働き」として、 ピスミンも再び就職活動を することになります。   けれども、  幼い子を抱えたまま、 以前のように、 毎日電車通勤をしながら、 フルタイムで働くことなど まずできません。    仮に子供をママや保育所に預けて 働ける状態になったとしても、   35歳を過ぎた女性に、 以前と同じ会社のような、 待遇や給料を出してくれる会社など まず見つかりません。   結果として、 自転車で移動できる範囲の 近場の店舗でアルバイトやパートなどしか できない状態になります。   夫婦揃って、 上場企業のサラリーマンからの転落。   再就職先の見つからない夫、 再就職先の見つからないピスミン。   人間は上がることは嬉しいですが、 下がることは精神的に大きなダメージを受けます。   夫婦仲も自然と悪くなってしまいます。   これが今、 世の中の大多数の、 元サラリーマン女性が直面している問題です。   確かに、 女性の自立が確立されている 職業もあることはあります。   お医者さん、弁護士・・・ 士業の方々・・・。   しかし、 どちらも日本では既に、 完全なる飽和状態。   コンビニの数よりも多い 人数の方々が士業として働いていて、   これが、 ピスミンが大人になるころには、 今よりももっと 飽和状態になってしまいます。    つまり、 なるのには勉強ばかりしなくてはならず、 必死に国家資格を取ったとしても、    まともな仕事に ありつけることはなく、 全くもってかけた労力・時間・お金に 見合わないのです。     ◯「2つ目」女性が上場企業で上を目指せない現実    次に、 ピスミンが結婚をせず、 子供も産まず、   男性と同じように、 会社の中で出世を目指して行くとしましょう。 仮定しましょう。   これももしも話です。   パパの脳は、 女性脳とは違う、男性脳。   さらには、 月財門なので、 感情論などを一切抜きに、 シビアに確率論、統計的な、 数字を元にお話をします。     まず、 日本には、 2016年3月24日時点で、 ・一部上場企業:1,953社 ・二部上場企業:542社 ・マザーズ:225社 ・JASDAQ:743社 ・東京PRO:14社 合計3,521社の上場企業があります。 (※日本取引所グループしらべ)   ちょっと情報が古くて、 2011年「役員四季報」しらべを 参照にするけれど、   上場企業合計3,521社には、 合計4万493人の会社役員さんがいるけれど、   なんと女性の役員さんは、 たったの585人(1.4%)しかいないのです。   残り、 39,908人の役員さんたちは、 全員男性です。    つまり、 確率論的に、   サラリーマンとして、 女性が上場企業の会社役員さんを目指すほうが、 男性が上場企業の会社役員さんを目指すよりも、   68.21倍も難しいということです。   そもそも、 日本の上場企業には、 累計で約600万名位の方々が働いているので、   上場企業の役員さんは、 0.6%位の席しか無いことになります。   男性でも、 会社役員になりたくても なれないので、   確率論的には、 絶対とは言えませんが、 女性だと役員になることは、 まず無理だということが分かります。   「女性の活躍推進企業」とか、 「なでしこ銘柄」とか、   ちょっと広範囲になって 「ダイバーシティ経営企業」とか 言ってくれている人たちもいますが、 数字的には毎年何も変化はありません。   パパが、 「今の日本に女性が活躍できる  会社など一社も無い」 というのは、   「一社以上あるじゃん!」 というふうなツッコミは無視して、   現実的には間違ってはいないと、 ピスミンなら分かってくれると思います。     ◯女性が唯一男性と平等に活躍できる方法   けれども、 そんな中で、 女性が本当の意味で、 平等にチャンスを獲得できる 方法があるのです。   それが、 ピスミンも何度も一緒に ディナーをしたことがあると思うけれども、   北野会長が教えてくれた、 「北のセオリー」に基づく、 「創業融資を獲得してビジネスを行う」 という方法なのです。   今日本では、 日本銀行の量的質的金融緩和によって、 「創業融資」が本当に出やすくなっています。   さらに、   日本政策金融公庫も、 地方銀行も、   ビジネスを創業する 女性経営者に対して、  かなり積極的に・・   むしろ男性よりも有利な条件で、 融資をしてくれる場合が多いです。   これは、 サッチェルおじさんが、 サポートをして、 実証していることでもあるので確かです。   起業して自分で行うビジネスであれば、 幼い子どもを見ながら、 自宅でのんびり働いている、 パパの弟の、 クビおじさんのように、 子育てをしながらゆっくりと働くことができます。   もう一つ、 「北のセオリー」は、 将来を見据えた、 世の中の流れも後押ししてくれるはずです。   今日本では、 自分で自営業・経営者として 商売をする人たちは、   日本の全就業人口の たったの十数%しかいません。   残りの八十数%はみんな、 サラリーマンか、 アルバイト、パートなど、 給料をもらって 就労している方々になります。   けれども、 過去に遡ると、 1960年代には、   日本の全就業人口の 50%もの方々が 自営業・経営者や その家族従業者だったのです。   裸一貫で起業する人が成功し、 その子供もまた起業するという 好循環が昔の日本にはあったのです。   ところは、 いま時点ではそれが無くなって、 「みんなサラリーマン」なのです。   日本は、  給与所得者ばかりの国に なっているのです。   しかし、   しかし、   みらいを見据えた パパの観測によると、   ピスミンが大人になる頃には、 サラリーマン、アルバイト、パートなどの、 就労人口が激減して行くはずです。   なぜなら、 大企業・・・上場企業という仕組自体が、 成り立たなくなってくる会社が 急激に増えてくるからです。   逆に、起業したばかりの会社や、 小規模の会社が本格的に活躍する時代が 本格的に訪れます。   その一番の理由は、 「インターネット」の台頭です。   個人事業主レベルの経営者たちが、 大企業をひっくり返す現象が 次から次へと起こっていくと思います。   一体どういうことなのか?   このお話は長くなるので、 セミナー当日に改めて お話したいと思います。   とにかく、 そういうみらいには、   1960年代のように、 「日本の全就業人口の  50%もの方々が  自営業・経営者や  その家族従業者になる。」   日本の就業バランスは、 このようになっているのが、 望ましいかもしれません。   そういう時に、 女性が本格的に活躍する 時代が到来するかもしれません。   話は長くなりましたが、 女性が男性と平等に、 本格的に活躍する方法のヒントは、 「北のセオリー」の中にあるのです。   これは男性のパパが、 男性にしか響かない文章で、 いくらお話したところで、   世の中の女性たちには 響かないと思います。   その証拠に、 パパが主催するセミナーは、 いつも出席者の 95%以上が男性なので(笑)。   パパが書けるのは、 極端に男性脳向きな 文章なので。。   月財門なので、 外に向けて言えば言うほど、 別の意味で叩かれてしまう恐れもあります。   パパは叩かれるのは嫌です。   でも、   女性であるピスミンが、 自ら実践しながら 周りの女性たちに向けて 語りかけることで、   本格的に女性が活躍できる 次の時代の世の中が、 切り開けるのでは・・・。   パパはそう考え、 ピスミンに託したいわけなのです。   ということで、 パパは4時間頑張ってお話するので、 「北のセオリー」のお話を、 最初から最後まで聴いておいて下さい。    以上、 孔明パパから長女ピスミンに向けた 切実なメッセージ。   いつも僕のメッセージを読んでくれる あなたにも、 コッソリと公開させて頂く。   今日書いたことは、 全て月財門的に、 数字から分析した真実のお話。    もしも男性ご自身が、 興味が無かったとしても、 未来を見据えた場合、   その配偶者や、 娘さんたちには、 意味があるかもしれない。   僕が長女ピスミンに 伝えていることを、 自分の言葉に変えて 伝えて行ってもらいたい。    それが、 より良い未来の創造に つながるかもしれないから。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 校内で噂の男子生徒が毎日「おなら」が止まらなかった話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/10/5 校内で噂の男子生徒が毎日「おなら」が止まらなかった話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 学生時代が苦い思い出、などというのはよくある話だと思います。 僕の辛くて苦い、ちょっと例を見ない思い出をお話しさせていただきます。 僕は毎朝5時に起床し朝ごはんを食べ、7時半に家を出てバスと電車で一時間かけて学校に通っていました。 まだ入る部活も決まっておらず、あれにしようこれにしようと悩みましたが結局地味な美術部。これといって部活も楽しくなく、一週間としないうちに行かなくなってしまいました。 一緒に登校する友達がいなくても中学時代に比べたら、毎日いじめてくる人がいないというだけで充分幸せでした。 そんなある日校門の前を通りかかった時、知らない女子生徒が複数で 「ねぇ、あの人!あの人!」とこっちを指さして笑っていたのですが、その時は心当たりもなかったので気にもしませんでした。 その後2か月は本当にただ学校に行って、授業だけ受けて帰ってくる毎日でした。 でも僕にとっては充分に幸せでした。 高校最初の夏休みを迎えようという頃、文化祭の決め事でクラスは一段と盛り上がっていました。 僕は足が遅かったので、走る競技以外なら何でもと思いクラス委員に任せっきりでした。 そんな時、クラス委員の男子が突然「お前らいい加減にしろよ、俺に何でもかんでもやらせやがって。」と大声で言い放ち、咄嗟のことで僕は動揺してしまいすぐに謝りました。 「ごめん、僕が何にもしなかったから…」 そうすると「ああ、○○君のことじゃないよ大丈夫」と言われ最初はよくわからなかったのですが、どうやら仲良かった男子グループと喧嘩してただけだったようでした。 そんな状態でクラスの雰囲気は最悪な中、幸いにも夏休みに入りました。 部活には行かなかった身でしたが文化祭の準備のため、クラス委員の喧嘩のことも気になって夏休みも何日か行きました。 今まで僕に喋りかけて来る人なんていなかったですが、どうやら僕は上手いこと中立的な立場だったようで夏休みに入ってからは急にクラスメイトに喋りかけられるようになりました。 特に先ほどのクラス委員の男子は喧嘩で一人孤立していたらしく、その内プライベートでも遊ぶよう誘われたりするほど仲良くなりました。 僕も久しく友達という友達が出来たので、学校がより一層楽しくなっていきました。 ですが実はそのクラス委員が結構なヤンキー、勧められたのは喫煙だけでしたが。 元々胃腸が弱かった僕にとって、喫煙は非常に大きく影響しました。 一時はどうなることかと心配した文化祭でしたが、まぁまぁな結果で気分良く終われました。 ですがその帰り道、突然お腹が痛くなったり鳴りだしたりし出しました。 よくよく考えたら、もう1か月ほど通じが来ていません。 まぁ数日来ないことはよくあったし、大丈夫だろうと思っていました。 その翌週、文化祭の浮かれムードが漂っている授業中、突然違和感を感じました。 何だか多くの目線を感じるというか、僕の方を見てみんなが笑っているような雰囲気がしました。 何が原因なのか全くわからず戸惑っていると、席が後ろの男子が「…ぅぅっぇぇー」と小声で言っているのが聞こえました。 うっさい?と最初は思いましたが、よく聞くと「くっせぇー」と言っていました。 臭い?何が?。汗でも匂うのか?と思って持っていた整汗料を付けて、その日は帰りました。 ですがその日の夜、部屋でおならをすると信じられないような臭いが部屋中に充満しました。 あぁ…。これのことか、と。 おならなら我慢すれば出ないだろうと、思いましたが後ろの男子は相変わらず「ぅぅっぇ…」「くっぇぇ」などと言っていました。 ならば整汗料で臭いをごまかせばいいやと思い、やたらと体に塗りたくりました。 しかし翌日も翌々日も、後ろの席の男子とクラスメイト数人が授業中にずっとコソコソしています。 原因は本当に自分なのだろうか?何か流行りのネタなんだろうとも思いましたが、確信になったのは移動教室で別の男子が後ろの席に着いた時。 その人が「これやべえな、お前の言ってた通りだ。死にそうw」と聞こえた時、やっぱり自分が原因だったと理解しました。 冷や汗が止まらなくなりました。 自分のおならはなぜ我慢しても臭うのか、今までなら我慢出来たのに。 気になって家に帰ってズボンの辺りの臭いを嗅いでみたら確かに自覚なくおならが出ていました。 ならば通じをよくしようと、もの凄く頑張りましたが通じが良くなることは全くありませんでした。 また学校で臭い臭いと言われるのか、と思うと頭が真っ白になりました。 それからは毎日が地獄でした。 バスや電車で隣の席に付いた人も降りるわけでもないのに離れていくわ、コンビニに寄っても後ろに立ってる人たちが急にソワソワし出して「やだぁ、なんか変な臭いしない?」「うわぁ何この臭い」と言われすぐに立ち去りました。 もう学校にも行きたくない、どこにも出掛けたくない、引きこもりがちになっていました。 そんな時、前見たあの女子生徒たちがまた「ねぇ見て2組の○○君、かっこいい!」と今度ははっきり僕の名前を言ってコソコソしていました。 いやそんなわけない、と周りを見渡しましたが誰もいません。 そういえば以前、かっこいいとまでは言われなかったにしても、 中学の頃女子しか友達がいなかったり、そもそも毎日人気のある女子グループが喋りかけてくること自体おかしかったのかと、その時初めて気が付きました。 本当に自分に自信がなかったので、それでもまだ信じられませんでした。 その翌月初めに、先ほどのうちの一人に告白されました。 素直に嬉しかった、でも断りました。もう二度と噂をしたりしないよう、冷たくしてしまったのは今でも後悔しています。 ですがかっこいいとまで言われた上に告白されて、いざ付き合ってみたらおならが臭い、なんてかっこ悪いにもほどがあります。もはや吉本新喜劇です。 それからは学校の中で噂になったことはなかったと思います、ですが思ったのはただただ精神的に楽になったということ。 かっこいいとか期待されてないだけ、裏切りもしないと。 それからは毎日「一時間でいい、一時間でいいから、東京スカイツリーのてっぺんに24時間座るのと代わってくれ。」とか 「授業があと30分、もうゴキブリでも食べるし、トイレ掃除を口だけでしてもいいから代わって欲しい。」 だとか、目を閉じてずっと今の状況より辛いことを考えたり、とにかく代わって欲しいとばかり考えていました。 後から考えると、そんなことして誰が代わってくれるのかわかりませんが(笑 あとは、電車で途中から乗ってくる他校の生徒にいわゆる逆ナンをされたり、大して仲良くもないのに二人っきりでカラオケに行きたいだとか、誘われることはありました。 エッチなことになるとしたら、相手の顔がお尻に近づく…と考えると耐えられず、僕はかっこ付ける選択肢を選びました。 断っていくうちに段々、誰に誘われようと何をされようと逃げる断るしかないので女の人全員が遠く手の届かないようなものに思えて来ました。 それからは嫌われていることがベーシックと考えるようになったので、今更嫌われようがマイナスにはならないと思っているうち、2年の文化祭が終わりました。 胃腸の調子と喫煙は相変わらずでしたが、唯一の友達が気にしないでいてくれたのが大きかったかもしれません。 それと2年は地味なクラスだったからか、直接咎められたりはしませんでした。 こんな嫌われ生活からちょうど1年だなぁと思った時、不思議なものでふと突然「こんな辛い経験してる人、少なくとも校内にはいないだろうなぁ」と自分に酔い始めました。 全校集会では遅刻が多いことが問題になるほど平和な学校です、いじめなど噂さえ聞いたことがなかったので、校内一辛い生活を送ってる自信はありました。 というより、酔いしれだしたら次々と新しいことを思いつくようになったのが不思議でした。 もしかしたら自分に酔うことが自信に変わっていったのかもしれません。 それからは授業中考えることが、 「今ヤンキー100人に鉄パイプ持って囲まれても口説いて解決してやる」とか「卒業するころにはもう何も怖くないだろうな」などと極端に変わっていき、このころから通じも心なしか、よくなっていくように記憶しています。 そこから世界の色が変わって見えてきました。 1年以上行きたいと思わなかった買い物にも行けるようになり、 「異臭がする?嫌なら近寄るんじゃねぇ。」と心の中で威張り続け、少しはまともな高校生活になって行きました。 さすがに一日中威張ってると、なかなかしんどかったですが(笑 気付いたら3年生になっていました。 便秘に対して治療薬があることを知ったのもちょうどその頃、というより今まではそんな解決法が見えるほど余裕がなかったのだと思います。 精神的な改善も合い重なったため、どんどん回復していきました。 喫煙も原因だったと気付き、本数を減らしていったらパッタリやめれました。 というか、そんなものもはや苦ではなかったです(笑 夏休みに入る頃には完治していました。 もう嫌われなくて済むのだと思うと、どれほど嬉しかったことか今でも忘れられません。 その後はとても楽しいとまではいかなかったものの、一年生の最初に戻ったような感覚で何もなく普通の生活がただただ楽しかったです。 というか、もう本当に何も怖くない。それは今でも変わりません。 卒業まであっという間でしたし、思い出としては苦いですがとてもいい経験になりました。 今でも辛い局面ではこの経験を思い出して力にしています。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 一人より二人。二人より一人。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 一人より二人。二人より一人。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー どんなに心が荒んでいる時でも、ひとつ屋根の下に、自分の声が届くところに、何も言わずにそっと耳を傾けてくれる人がいる。 それを実感できるだけで、夫婦っていいものなんだなと改めて感じられる今日この頃。 だから、結婚をおすすめします。 なんて無責任なことは言いません。 誰にも干渉されない、一人きりの空間が好きな人も沢山いるはずですし、誰かと一緒にいること自体がかえってストレスになることも否めませんから。 私の場合は一人より二人。 その方が性にあっているようです。 もちろん一人きりの時間があれば、それはそれで大切にしますけどね。 二人ならば一人の時と二人の時を使い分けることができますが、一人にはそもそも選択肢がない。 これを書きながら気づいたのは、そんな誰にでもすぐわかる、あまりにも当たり前すぎる、本当に些細な事実でした。 皆さんはどちらがお好みですか? 一人より二人。 二人より一人。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 世界から見た「日本人」 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/1/22 世界から見た「日本人」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 武士、サムライ、忍者、寿司、腹切り、浴衣、祭り、 世界に通用する日本語はたくさんある。 それだけ日本の文化は愛され、 世界に親しまれている。 最近「クールジャパン」と称して、 ヨーロッパ各地でイベントが 行われているのもその一環である。 しかし、 ここで勘違いしてはいけないのが、 「日本」=「日本人」 ではない。 「日本の歴史はかっこいい」=「日本人かっこいい」 と思いがちだが全くそうではないだ。 これはニューヨークに来てから やっときづいたこと。 残念ながら日本人は相当なめられている。 日本男児 = 根性ない 日本女子 = 軽い 自分より相手を気遣うことができ、 自分より相手を優先できる 世界の未来人格を備えた日本人は、 自分のことしか考えられない 低レベルな世界人の前では その人格が裏目に出てしまうのだ。 男はどうしても奥手になり、 女はどうしても押し切られてしまう。 当初は、とはいえ日本人の 女はモテるだろう、と思っていたが、 冷静にみてみると、 けっこう軽いのがモテる要因だときづく。 外国人からすると「アジアンガール」は 対して見分けはつかない。 中国女や特に韓国女は気が強いため、 なかなかおちない。結果日本人に流れ着く。 この話は続けても 色々とくやしいだけなので もうおしまい。 とにかく 「日本人」と「日本」は全く別もので 考えなければならない。 最近俺は、 日本人と思ってなめて話しかけてくる奴は 全員無視している。いかつい酔っぱらいでも ガン無視している。 韓国人ともよくもめそうになる。 もうすぐ何か起こるかもしれない。 そして俺は今日もジムへいく。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • StartupWeekendTokyoに参加した時の事 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/12/28 StartupWeekendTokyoに参加した時の事 Facebook X (Twitter) リンクをコピー はじめに 「54時間で起業する」という触れ込みのStartupWeekend。その東京イベント に、起業当初 一技術者として参加した時の事を思い起こそうと思う。多分2012年でいいのかな?記憶力だけをたよりにやっているので僕の記憶の誇張や間違いを多分に含んでいる可能性がある。イベントの雰囲気を知るキッカケになれば幸い。 きっかけ ちょうど起業したばかりの5月。そういったイベントがあるとどこかで見かけて「一度体験してみよう」と思いたった。既に会社があるのだから起業する人ではなくて技術者として参加するのが良いだろうというイメージと、うまくいけば良い仲間が会社に参加してくれるきっかけになるかも、という安易な未来予測で行動。 初日 確か恵比寿のある会社さんのフロアを借りて行っていたその会場へ一人で訪問。入り口がわからなくて、同じように入り口を探していた人と一緒に最初の難関を突破した。後でこんなのは難関なんて言えない程ちっぽけな事だと知る。 入ったら起業家なのか、技術者なのか、デザイナーなのかという印を付けて札を首からぶら下げるように促される。確か既にビールで乾杯できる雰囲気で、飲みながら語る人達がそこにいた。 何人かちょいちょい話をしていたら、顔には見覚えがあるけれど、どこで出会ったのか思い出せなかったある人に話しかけられ、ドギマギしつつ応対。「プログラミングを学び合うシェアハウス」の内見に来てくれた人だとわかった。あの時はごめん。SG(シェアハウスの出来るまでの話はこちら ) 時間になったようで皆集められて地べたに座った。ジョニーさんと李さんという感じの良いお二人が英語で促してくれる。大体英語は李さんが日本語に翻訳してくれるので英語がわからなくても気にする必要は無かった。二人の掛け合いがとてもいい感じだったなぁ。 アイスブレーキングで適当に選んだ二つの言葉から新しいWEBサービスを考えて発表するというのをグループでやって、その後ピッチが始まった。 ピッチは短時間で自分の解決したい問題とその方法を全員に向けて話す。そこでの共感がチームビルディングに繋がるという事だった。最初パラパラとピッチしたい人が集まっていたが、最後は行列ができていて凄いことになっていたのを今でも覚えている。 そして、投票で絞り込んで、最終的にジョインしたいチームを探す事になった。僕はどこに入るかという目線でピッチも見ていたし、リーダーの雰囲気も見ていた。 ただ、困った事に僕がビビッと来るような内容が見つけられなかったんだ。うーん。これはどうしようかな。ピッチしなかった自分に若干後悔する。途中からは以前このイベントに参加していて、僕がお世話になっているサービスに関係していたUさんが僕にアドバイスくれていた。あの時はボッチで悩む事にならなくて本当に良かった。Uさんに感謝。 結局ジョインしたいチームが無いままに初日は帰宅。次の朝にもチームビルドの機会があるらしいし。 二日目 チーム決定 朝「とりあえずチームが無い人は早く見つけなさい」と促されてウロウロ見て回ろうとしたところ、バッタリSGさんに遭遇。 SG 「もう入るチーム決めましたぁ?(やわらかい関西弁)」 自分 「いやー、実はまだなんだよね〜」 SG 「えっ。そしたらうちのチーム来てくださいよ!歓迎しますよ。」 自分 「まじで?とりあえず話聞きにいくよー」 そんな流れで入った小さな部屋に6人くらい人がいた。作りたいものの話をリーダーの人にザックリしてもらって(もう忘れてしまったが当初は目標を持って日々の生活を高める為の何かだった気がする…) 自分 「オッケ!俺ココにジョインするよ。していい?」 と決めた。自分の事は「器用なプログラマー」だと紹介しておいた。聞けばドップリプログラミング派の人がいなくて、不安に感じたSGさんがハントに出ていたという話だ。 リーンスタートアップキャンバス 落ち着く場所は決まり、お互いの呼び名を確認したり、ポジションを決めて(自分はリードプログラマ)、リーンスタートアップキャンバスを埋めるという作業に入る。周囲の人の作業が早い早い。ドンドン意見を出してバンバンキャンバスは埋まる。正直「おいおい、こんなスキルの高い人がいるのかよ。俺なんてこのキャンバスが何なのかもよくわかっていないのに…」と少しビビったのを覚えている。 聞けば、事前にセミナー的な会があって、リーンスタートアップキャンバスもみんな学んだものなのだという事だった。なるほど。まぁビジネスで活躍できなくてもプログラミングで頑張ろうと思ったりして自分を慰めてた。 このキャンバスで大事なのは「顧客と、その解決したい問題」。この三日間の目標はその問題解決を具現化したプロトタイプ — Minimal Value Product(MVP)を作成するのと、実際の顧客となり得る人が市場にいる事を証明する事なんだそうだ。ハッカソンとの違いは、「切望する顧客がいない製品ではダメだ」という事。 本気のメンタリングでバッサリ キャンバスを埋めた後、ブレストをしてみんなの体験から色々と探った。例えば、未来の自分の為に動画レターを撮っている人がいたり、過去の自分、未来の自分へ向けた手紙をmixi日記で書いている自分がいたり、というように「過去と未来への繋がりから自身の成長を確認している」というファクターが浮き彫りになったりしてきた。このあたり、リーダーのKさんの雰囲気づくり、ファシリテーションがとても良かった。温和な彼が皆の意見をやんわり促してゆく良い空気だったと思う。 ホワイトボードにどんな人が顧客なのかという視点のポジショニングマップのようなものを描いてみて、全員の方向性の集約は何となくうまくいった頃… Sさん(メンター) 「お、どんな事決めたの?聞かせてもらえる?」 自分ら 「是非お願いします!xxで、yyで…」 Sさん(メンター) 「ハッキリ言っても良い?」 自分ら 「は、はいッ。お願いします。」 Sさん(メンター) 「それならこっちは顧客じゃないし、これも不要。切れる所はバッサリ切って、こっちもいらない。(ホワイトボードにバシバシっとバッテンが増えてゆく…)」 自分ら 「Oh my god...」 Sさん(メンター) 「もうすぐ昼飯だから、食べてまた考えると良いよ(スタスタスタ…)」 自分 「(この時彼の言った事をもっと詰めたかったので追いかけた。彼はエレベーターに乗るつもりだったようだけど、その入り口まで一緒に歩きながらイロイロ確認した。何話したかはもう忘れたけど)」 Sさん(メンター) 「あ、トイレ行くんじゃなかったんだ。じゃぁ頑張って!(エレベーターの扉締まる)」 自分 「(部屋へ戻り)とりあえず確認したんだけどaaでbbで…」 Rさん(技術者) 「ジャックナイフみたいな切れ味の人だったよなぁ…」 自分 「す、凄かった…」 こんな感じで様々なメンタリングをメンバーの人達が行なってくれる。午前中最後のハイライトがこの出来事で、みんなで「この後どうするか飯を食いながら考えてくる事」という宿題だけ決めて昼飯へ…多分青い顔してたと思う。 あんなにズバズバ物事を尖らせて分析・説明できる人に出会った事が無かったので正直かなり気圧された。世の中には凄い人がいるものだ。 昼食 昼ご飯はチームのメンバー以外と食べる事を推奨されているので、弁当を貰ったらめいめい違うチームのテーブルへ散った。僕もある所へジョインさせてもらう。 そこは最終的にはその会のイベントの優勝チームで、今UI/UX中心の開発で名を馳せているTさんがいたりした。作るものに、以前僕も研究した事があるOCRが必要そうだという事で、僕のブログを紹介したりした。「この勢いでうちのチームにジョインしなよ」と誘われたけれど、あのとき裏切ってたら自分は優勝チームの一員だったなぁ。惜しい事をしたよ(笑) まとまらず・手を動かす 午後は考えた事をお互いに出してみたが良い形にはまとまらず、どんなアプリになるか見当もつかなくなってきた。時間は少ない。この午後の時間がとても重要である事は皆理解していたが、進める為の突破口が見つからない。 自分 「わりぃ、わかんないけどちょっとHTML書くわ。とりあえず手を動かしたい。」 メンバー 「「あれこれ」「いろいろ」「話す」」 自分 「こんな感じ?」 メンバー 「うーんちょっとイメージ違うかも」 Tさん(デザイナー) 「これでどう?こんなん?(素晴らしい絵を出して)」 メンバー 「「かっこいいな!」「すげー!」「でもまだなんかなぁ…」」 …なかなか決まらない…。焦る。やばい。 余談だが、Tさんのデザイン力はここから最終日まで発動し続ける。自分らの企画はプレゼン、アプリUIがとても質の高いモノになったのだけれど、Tさんのデザイン力におんぶに抱っこだった。「デザイナー超頑張ってるね」という評価はかなり戴いた。 救世主 Wさん(メンター) 「よっ。どんな感じ?」 Kさん(リーダー) 「け、結構煮詰まってます…」 Wさん(メンター) 「どんな話してるのか聞かせてよ。」 Kさん(リーダー) 「Tさんの絵をベースに色々と語る…僕らのシックリ来ない点(確かマネタイズ絡み)も含めて」 Wさん(メンター) 「もうだったら「目標を宣言する!」って割り切っちゃえば良いんじゃないの?今いろんな事を考えるよりはシンプルな価値をユーザーに提供した方が使いたくなるでしょ(確かこんな感じ)。」 メンバー 「それだ!もうそれ!それ最高!それ採用!神光臨!」 Rさん(技術者) 「でも、見せられるものがちゃんとあってよかったよなー。わからなくても手を動かしておくのは大事だね。今話せなかったら大変だったし。でも、とにかくWさんは大明神だね!すげー!」 そんなわけで、僕らのホワイトボードの脇にはWさんの神社が小さく描かれたりした。困った時のW大明神!リーンスタートアップの牽引者の言う事は違う! 分業 やる事が見えた!あとは進めるだけだ。リーダーのKさん中心に分業体制を取る。自分とSG、Rさんは環境構築してプログラミングを始める。TさんはKさんとデザインの意識合わせ。当時学生だったYさんは「出来る事少ないけど何でもやります!言ってください!」と気合い入れて周辺調査等を積極的にやってくれた。 進み出すと早い。やっと開発らしくなってきて面白くなってきた。 二日目が終わる… また皆が揃っている会場で飲み食いできるのだが、会場は異様な空気になっていた。二日目が終わるというのにまだディスカッションを続けているテーブルからは焦りがプンプン匂ってきてとても余裕が無い様子。焦燥感・疲労感でピリピリしている。 僕らは進み出したのもあってかなり気持ちに余裕が生まれていたのもあり「かんぱーーーい!」なんて気楽にビールを飲んでいると「なんだここ仲いいなぁ。おいぃ。」なんて声をかけられたりしていた。確かに周囲を見ていると仲良く乾杯できるようなムードの所は殆どなかった。 え?徹夜とかってマジすか? 自分はもう家へ帰る気でいたのだけど、どうやら二日目徹夜は結構当たり前な事らしい(だったら酒飲んじゃダメだよ)。自分らも結局どこかで夜を徹することになった。弊社事務所が近かったので皆を案内する。 ビジネスの事を詰める者、調査の続きをする者、コードを書く自分。力尽きて眠る者。イロイロだが、明け方にはお互いの夢だったり目標のような話になっていたりした。徹夜テンションってやつだろう。優秀なデザイナーのTさんが実はPGに転向したいという話を聞いたりして、互いが深まった明け方だったと思う。 このイベントに参加した人同士がFB上で「今xxで徹夜」みたいな情報をやり取りしていた。弊社事務所にあっさり転がり込めたのは幸運だったとメンバーと話していて「このイベントに出る時は2日目の晩に皆でいられる場所の確保、大事だね」みたいなことを言ってた気がする。 そうして早朝にまた電車で会場へ戻る。 三日目 もうプレゼンまで時間はない。プレゼン資料を用意するもの、説得力のあるデータを取る為に走るもの。徹夜明けだしやる事も多かったので正直この日の事はあまりよく覚えていない。 へろへろでコードを書く自分とSG。SGはとても頭が良くて「今なにをすれば良いか」の理解がはやくてとても助かった。自分と分業する時にどういう形がやりやすいかを提案してくれたり、開発のスムーズ化をかなりやってくれたと思う。 迷い そんな中事件は起こる。この日何度と無くメンタリングを受けていたKさんの迷いだ。様々なメンターの意見を注入され、それを咀嚼していたKさんだが、メンターの方それぞれは説得力のある意見を出してくれるので、どういう方向が良いのかに迷いが生まれてしまった。一回全員が作業をやめてテーブルに着く。 自分 「...」 Hさん 「「あれや」「これや」「聞かされた事や」「気になる事」」 自分 「Hさんがやりたいものを「俺はこうだ!」って言うだけで良いよ。俺はそれを信じる。」 Hさん 「…少し考えさせてくれ」 Wさん(メンター) 「どう?順調?」 自分ら 「(なんか説明したり会話したりをWさんとしていたと思う。)」 Wさん(メンター) 「じゃ、頑張って(スタスタスタ)」 Hさん 「(スッキリ!)」 自分ら 「(…やべぇ。大明神まじパネェ)」 自分らはこの三日間で完全にWさんに心を奪われてた。大明神マジパネェ。Hさんが体験した迷いは起業してから自分も凄くよく出会う事になった。例えば自分が進めている事業の話を誰かにした時。相手が先輩経営者さんだったり、VCさんだったり特に目上の人が「それってこうじゃね?」って何気なく言った事が凄く尤もに感じる瞬間がある。そしてそれが思っていた方向と微妙に違ったりする。だから迷う(キチンと出来上がっている人はそこでブレない、揺れないと思う。まだまだ自分は未熟だという事だ)。 優秀な様々なメンターが見に来てくれるというのは、そういう起業した後出会う状況の縮図だったのではないかと考えると、起業後に向けたトレーニングも出来てしまうのかもしれない。 夕刻 夕刻は確実にMP(マインド・パワー:コードへの集中力だと思いねぇ)が尽きてきていて、一つのタスクを消化するのに時間がかかり、ミスも増えてきていた。他のメンバーが仕入れてくれるお茶やコーラで喉を潤すも、脳が全然潤ってこない。まぁ一日半休んでないなら当然か。 ちょっとよく覚えていなくて、コードを書かずにプレゼン練習の応援だけしていた時間があったような気がする。ギリギリまでコード書くべき気がするんだけれど、どういう流れでそうなったのか忘れてしまった。 結局どこかで割り切りが必要なので費用対効果の高い方へ割り切ったか? プレゼン 最後のプレゼンの前にWさんが来てくれて「このチームはメンターの評判が凄く良いよ。頑張れよ!」って言ってもらえたのを覚えてる。ドアからヒョイッと顔を出してそれだけ言ってサッと出て行かれてしまったから、かなりお忙しい時間だったのだろう。僕らが色めき立ったのは言うまでもない。 プレゼンは一番大きな会場に全員が集まって行う。パイプ椅子に座って全員が揃うのを待っていると… Kさん 「ちょっとさ、これなんだけど…」 自分 「え?なになに?」 Kさん 「トップページのアドレスにできない?」 自分 「ちょ、お、おう。確かに。やってみる(マジか、イマか)」 SGさん 「これやったらサクッとリダイレクトしたら良いんじゃないですか?何で出来ましたっけ。header流せば(カタカタカタ…)。できたかな?こうかな?あ、いけた。」 自分 「SG最高!ありがとう!」 普段なんでも無いような内容がMP0だと凄くしんどくなるので、この時のSGさんの的確な対応が有り難かった。時間が全くない中でも落ち着いていて冷静。出来る男は違う。 この時の自分の心残りは、夕刻ギリギリにやろうと思ってた軽いタスクがMP0で全然実装できなかった事だ。利用規約的なものまで用意があったのに、ちゃんと入れられる精神状態ではなかった。 そうしてプレゼンが始まる。プレゼンはQLiveという質問掲示板のようなものを使ってオンラインと連動して行う。QLiveを見れば、見た人がどんな反応(好意的なのか、課題を感じているか等)をしているかが一目瞭然という形。このQLiveも過去SWTで活躍されたチームの成果だそうだ。 他のチームへの反応を見ていると、かなり厳しい意見もならび、「うちらこんなんでコテンパンにされたらどうしよう」かなりビビってた覚えがある。 意外にも評価はかなり優しいものだった。シンプル過ぎて突っ込みどころが少なかったのか、目的が明瞭だったからわかりやすかったためかわからないけれど、全体的に優しい空気感でホッとした覚えがある。 結果発表 先にも書いたけれど、自分の所は優勝チームではない。 残念だったけれど、心地よい激疲労感が残っていた。その後は当然みんなで乾杯! 酔った勢いでSGさんがシェアハウス に入ってくれるように口説いてた。思えばこのイベントが無かったら彼と一年暮らす事は無かったかも知れないんだな。深夜に熱い話になって、明るくなってからリビングから退出する、なんてことを一番多くやったのがSGだった。この晩の口説き方はかなり強引だったけれど。 別れ その後、メンバーで飲み屋に入って話をした。議題は「今後どうする?」ということだった。54時間で起業するのが目的なのだから、ようするに起業するのかしないのか、作ったサービスをローンチさせるのか、しないのかということだ。 もう一つ。自分はもう会社を一つ持っていて、そっちに注力する事を決めていた。だから新会社ができたとしても十分なコミットをして、ジョインできる余裕が無いという事だ。このチームと一緒に起業する事はできない。できる範囲で応援だけをさせて欲しい。自分が作った部分が多いのでその情報は聞いてくれたらドンドン出してゆくので活用して欲しい、というような話をした気がする。 正直言って辛かったな。優秀で素晴らしいマインドの人ばかりだったから、こっちでCTOやるのも超楽しそうだと思っていたので。 ※追記: これは自分が良くなかった。起業する為のイベントなのに、起業できない人が混ざって経験と繋がりだけ持って帰ろうなんて虫が良過ぎる。そう思ったからこの後Startup Weekendには出ていない(周囲の出る人から誘われたりもしたけど、サラーッと流してしまった)。ひょっとしたら現場はもっと緩いのかもしれないけれど、自分は場に適さないのが自身だと思ったら自分から撤退するタイプ。サービスでもお店でも何でもそうだけれど、勘違いした利用者が場を壊すのってお客側の立場からなら結構簡単にできる事なんだよ。知った上でそれを続けるとしたら質が悪過ぎる。 そしてまた別の話へ 「ローンチはする。その為のアクションをしよう。」 そう決めて、その夜は別れた。 目的の54時間の話は書けたから、ここまででキーボードを打つのをやめる。 こんな長い文章を読むのはとても疲れたと思うが、最後まで目を通してくれてありがとう。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 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