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  • ノマドは必然性があるもの | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/3/28 ノマドは必然性があるもの Facebook X (Twitter) リンクをコピー ノマドワーカーというコトバが浸透してかなりの年数が経っている。コワーキングスペースも増えて、ノマドワーカーをサポートする環境が整備されているようだ。 僕は、自分をノマドワーカーなどとは呼ばないけれど、仕事柄地方の拠点を点々としているので、そのようなワークスタイルは定着している。東京の自宅やオフィス、福岡のオフィスからホテル、空港のラウンジも仕事がしやすいし、ときには実家の庭でスカイプ会議をすることもある。 でもこれは必然性の末、行っていることであって、あえて会社を飛び出して仕事をしようと推進しているわけではない。 実際にオフィスに固定デスクがあるようなサラリーマンにとっては、オフィスで仕事をしたほうが明らかに効率がいいはずだ。会社は”自分だけで”動いている訳ではなく、 経理も上司も部下もいれば、そこにいてすぐ相談できる環境がチームワークの組織力なのだから。 自分だけで動いているような社員だったら、会社を辞めて個人契約をしたほういい。会社にとっても自分自身にとっても。 僕は、点々と仕事場所を移しながら仕事をしているけれど、これは明らかに効率がいいからと判断しているから。 一つは物理的なモノのコネクション問題。 東京にいる時間が月の10日くらいになってしまうと、オフィスの維持費用はもとより、郵便物やFAXや訪問者とのコネクションが負荷になってくる。 とくに、よくわからないうちにデスクに来ていて、「いらっしゃらなかったので、名刺だけ置いて帰ります」などとメッセージを残していくような残念な人(迷惑な行為なのでやめるべき風習です)や「近くに寄ったから来ました」的な事前連絡をしないでくる突然の訪問者も排除できます。 それから家族の問題。 家族は自分の癒しの時間を提供してくれるところであり、もっとも大切な存在。 家族と過ごす時間を大切にできなければ、仕事もプライベートも充実できない。だから家族と過ごす時間を考えたときに、無駄のない時間配分で、自宅のデスクもオフィスにするし、子どもと出かけた場所がオフィスになることもある。 それから時間の問題もある。「ノー残業デー」などという残業代の受給者を残業させない化計画の圧力に苛まれることもない。クライアントや消費者を対象として、もっとも必要な時間帯にどのような時間配分をして、業績を残すかを考えたたら必然的に、オフィス依存にはならなくなる。 ちなみに、僕の当面の課題は、「セキュリティ」と「盗難」です。ネット環境を使う場合の最低のセキュリティは万全にしていても、端末を盗まれたり、サーバーがハッキングされるようなことを危惧している。まあそれは固定デスクのオフィスのほうが危険度がある場合もあるのだが。。。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「お母さんが、フルタイムで働くのは、無理ですよ」と部長は言った | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/11/8 「お母さんが、フルタイムで働くのは、無理ですよ」と部長は言った Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「お母さんが、フルタイムで働くのは、無理ですよ」 と部長は言った。 それが決して、否定的な意味でないことは私の中で自明だった。 部長は 「お母さんは、ぼーっとしているくらいが一番ですよ。」 とも言った。 きっちり、きっちりとしたことを求められる社風の会社だったにも関わらず。 「疲れているように見えるけど、大丈夫ですか。」 とも言った。 その時私は、自分で疲れているということもわからないくらいになっていたが、 気が付けば、体重が過去最低に近づいていた。 そう、「お母さんがフルタイムで働くのは無理」というのは、 子育ても、社会人も、すべて始めたてで、アップアップだった私に、 「無理に完璧にしようと思わなくていいんですよ」という、 部長からの最大の思いやりだった。 (むろん、仕事を辞めろということではない。) 内定をいただいた新卒の時から、子供がいた私を、とても気にかけて、 応援してくれていたうちの1人が、その部長だった。 ある時は、 「あなたは、帰ってからの時間、お子さんがいるので大変だと思います。 会社から毎月出される読書課題をこなすことは可能ですか?」 と気に掛けるメールを送ってくれた。 でも、頑張りたいと思っていた私は、 できる限り読めるように時間確保に努める旨とともに、 「私は放っておけば、自分のために努力をむさぼる人間です。 子供を授かったことで、自分を抑えてでも、誰かのために奉仕することを 学ばされているのだと思います。」 というようなことを返信した気がする。 よくもまあ涼しいことを返信したものである。 家に帰ってからは、子供とぐだぐだだったし、結構泣き言を言っていたくせに。 娘が寝て、家事を終えたら夜12時ごろだったので、 あと1時間だけ・・・ 毎日1時間ずつだけ勉強した。 社員旅行のハワイの船上で、部長と斜め向かいに座っていた私は、 ディナーに出されたコインチョコを、「はい」と言って手渡された。 部長は、チョコを召し上がらないんだな・・・くらいに思った。 心臓の悪かった部長が、異国の地で、そのまま旅立ったことを聞かされたのは翌日だった。 「生まれ変わっても、今の奥さんと結婚したい。」 と、船上で部長が語っていたことを、社長の奥様に伝えたところ、 その言葉は、葬儀の時に社長の口を通して、部長の奥様の耳に入ることとなる。 奥様が両手で顔を覆うのが目に入った。 この伝言が、コインチョコとともに、私に託されたことの1つだったようだ。 部長の小学生のお子さんが、壇上でお父さんへのメッセージを読んでいた。 その信じられないくらいしっかりとした言葉に、部長が父としても素晴らしい人だったことを察した。 そのコインチョコ、形見として、とっておけばよかったものを、 何を思ったか食べてしまった。 悪くなる前に食べなきゃいけない気がしたし、 その時、おなかが減っていたというのもあるけど、 受け取ったものだから、しっかり頂かなきゃいけない気がしたのだ。 子育てしながらフルタイム という私のやせ我慢は、多少形を変えながら今でも続いている。 少し違うのは、 「子育てって大変だよねー。昨日は子供と一緒に夜9時に寝ちゃったよー!」 と、気兼ねなく言える人が増えたこと。 それからフリーランスになって時間に融通が多少効くこと。 働いてる時間自体はなぜか増えているけど、気持ち的には、ずいぶん楽になった気がする。 それでも、根詰めて何をしてるかわからなくなると、 「お母さんが、フルタイムで働くのは、無理ですよ」 の言葉を思い出す。 部長がくれた言葉たちは、コインチョコとともに吸収され、血肉になり、 8年たった今でも私の中に息づいている。 「私にいいところを見せようとしなくていいですから、伸び伸びやってください。」 「私と話して、泣かない部下はいないんですよ。」 「それは、さぞお辛かったことでしょう。」 自分が若いころに、子育てによって逃してしまった可能性のカケラを、 床から必死にかき集めようとする儀式を、その言葉がやめさせてくれる。 いつか、部長のように、誰かをやさしく、時に厳しく激励して、 守っていけるような人になりたいと思うが、 それは永遠に追いつけない背中にも思える。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • ある夢を追う人の告白 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/9/16 ある夢を追う人の告白 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 幾つもの夢が破れ 幾つもの夢を追った人々が涙にくれる 幾つもの犠牲に撃たれ 幾つもの友も 愛も 引き換えに 噛み締めた 唇が 濡れていた 何故なんだ 自分だけの道 なのに また今日も 夜更けの天井が歪みだす 今日僕は 嘘をついた 怖かった 馬鹿にされるのが 今日僕は 嘘に生きた 怖かったんだ 言葉の後ろで笑われるのが 自分で決めた道なのに ふと 道を覆う影に 押しつぶされ 流れるのは嘘と涙 孤独 周りは言う そんなことない 気にしすぎだって 違うんだ 見つめ返す僕の目が 影ばかりを作り出し 僕の光を覆い隠してしまうんだ 幾つもの困難が訪れ 幾つもの痛みが心を縛る 幾つもの今日が途方に暮れて 幾つもの明日が怖さに変わる 耐えるんだ 人生は 影の連続だから 孤独はお前だけじゃない 涙 流すのはお前だけじゃない 夢が叶うのか なんて分からない けれど もし 生まれ変わっても 同じ道を歩むのだろう? なら そう思うなら 今の自分が未来の自分 胸を張れ 今の姿が未来の姿 だから 今は 影を歩んでいようとも 涙を拭い 前え進め 涙は悲しみで流すものでなく 喜びで流すもの 明日の自分を応援するのは 今の自分なのだから X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第44話 パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 第44話 パパが女(アリッサ)になったとき LA発LGBTトランスジェンダー家族日記 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 第44話 アリッサに直撃インタビューシリーズ4 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 口裂け女児 ストローで愛情を感じた話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/1/28 口裂け女児 ストローで愛情を感じた話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー がつぅぅ~~ん!! 保育園児の頃の話し。 園庭で外遊び中の出来事。 走り回っていた私は、友達の頭と衝突し、一瞬にして唇と歯茎の間が裂けた・・・。 もはやしびれにより痛みは感じず、生ぬるい流血の感覚だけあった。 母親が駆け付け、近医にて縫合。 しばらく保育園は休んだ。 「はい。ふぅ~~っ。」 そこから毎日、父親によるストローでの食事と投薬が開始された。 まるでスズメの餌やりのように。 始めの5日間くらいははすごく腫れるからね。ストローがぎりぎり入るくらいしか口が開かない。。 母と父は、野菜などの固形物をゆでで潰して離乳食のように加工し、 毎食、毎日、 「はい。ふう~~っ。」 って感じで。 粉の薬は、ふう~~っとやられるとむせる。 むせて咳き込むと傷口が痛い。この方法は嫌いだった。 5日間くらいすると腫れは少しずつひき、あとは小さいスプーンで食べられるようになった。 結局、おてんば少女の幼少期の事故はこれだけに過ぎず、雲梯(うんてい)から落ちたり、 自転車に乗って車とぶつかり空中2回転したりとその後も続いた。 おそらくこの時に、脳の組織が一部負傷したと思われる。 時を経て、小学校後半から、急に頭を縦に振り始める癖が出現したからだ。 その後は続きで。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 新規事業を設立して儲けたい僕が、間違えに気がついた事 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/1/3 新規事業を設立して儲けたい僕が、間違えに気がついた事 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 田所 「初めまして田所です。僕は16卒の学生で、某就活サイトを経営している会社で内定予定実は1月〜8月まで友達と一緒に会社の立ち上げを就活の片手間で手伝っていました。それまで、僕が思っていた。お金を儲けてBIGになりたいという気持ちを考え直す経緯について書いていきたいと思います。」 まず、僕は統計が少しできた事をキッカケに1月〜8月まで会社を友達のO社長と一緒に立ち上げて潰しました笑。 その経緯を時系列を追って話していきます。 1月 田所 「将来はお金持ちになって、BIGになりたいなあ」 そういった中で起業家説明会というものに行って、Facebookを交換した中に自称社長から連絡がきた O社長 「君、数学できるんだ?よかったら会って話さない?」 田所 「ファッ?怪しい奴だが会ってみるか」 その後、自称社長が経営する団体のオフィスで、会社の話を聞いた。 そして、就活などどうやって生きればいいか?など大きな悩みを持っていたので、O社長の家で様々な話を聞いた。 O社長は元テレビ関係者で、様々な事を話した。 その話では、テレビの裏側、えがちゃんの1時間の給料、芸能界の裏側から聞いた事のない新技術から、テレビ業界は様々な情報が流れてくる偉大な業界だと知った。 そこから僕はO社長に興味を抱きO社長と話す機会が増えた。 ただO社長が僕の事について、何も聞かないで自分の話をしている事は気がかりだった・・・ 2月 O社長 「奢るから、うちの地元いかない?」 田所 「暇なんで行きますよー」 そこからO社長の地元に行き、両親の家に泊めてもらった。 親の存在は偉大なのか、親の顔や友人の存在を見たらO社長への怪しさは全て消えた。 そこから、無給でも面白そうなので、O社長の事業を手伝うようになった。 O社長 「500万円でうちの事業に会う広告って何?調べて来て」 「ファッ?」 O社長 「Rubyができるエンジニア採用してきて」 「???????」 そういった訳のわからない無茶ぶりが飛んで来ましたが、何とか大学院の合間を見てこなしていきました。 実家に行った事、そして色々な事を教えてくれるもあってか、僕はO社長にある種の信頼を置いていたのかもしれない 3月 あくまでも会社の方は手伝いだったので、改めて就職活動を行っていった。 こう就職活動が大変で忙しかったが、O社長の無茶ぶりは半端ではなかった。 O社長 「今日、SB社の取締役来るから、カラオケ行こう?」 「バイトあるんで無理っす。」 O社長 「変わり探せばいいじゃん」 「バイト4時間前ですよ、無理ですよ。」 O社長 「じゃあ、まずバイト先全員に電話して」 「・・・・・」 特に目的は無い用事から業界のビックとの交流会に誘われた・・・ こういったやりとりが週1回続き、仮病を使いながら就活をしていた事も多々ありました。 またこの頃にはPと言う学生も手伝いに加わりO社長と共にシェアハウスのように暮らしていました。 P 「始めまして、Pです!よろしく田所さん」 田所 「(何か、コイツ雰囲気怖いなあ)」 人間には第六感と言うものがありますが、こういった感情は結構アテになると・・・今思います。 ただ、O社長の友人だから、悪い人ではないのかなと思い直す 4月、5月 そこから就活をしていき12月ぐらいからコツコツ就活をやっていった成果もあってか? 有名企業にも面接が通るようになっていきました。 そんなある日 O社長 「500万円の投資を取ってきた!」 田所 「凄いっすね!」 O社長 「それでさ、よければ取締役にならない?」 田所 「僕就活しますよ?」 O社長 「まあ席だけでも、どう?希望の会社で経験積んでから来てくれればいいからうちの会社来年の4月には商品リリースするから、そん時考えて」 田所 「そういう事なら・・・」 わがままなO社長だったが、能力はある人だった。 だからこの社長に認められた事は嬉しかったし、O社長は色々な話をしてくれるから僕は好きだった。 6月 この頃になると自分自身弾みがついてか、業界1位の会社の最終面接に行く程、順風万班だった その一方 O社長 「Pがお金を200万円持ち逃げした・・・」 田所 「何・・・?」 内容としてはO社長はPがお金を200万円を絶対に失敗しない事業に使いたいから貸して欲しいという内容で、特に借用書は書いていないとの事。 けれどもPの話は2転、3転してFXや投資に突っこんでいたという内容でした。 また後から聞いた話で500万円の投資は、融資であり 4月あたりに返済を揉めていたようだ 田所 「(4月?そういえば席を貸して欲しいという話も4月だろ)」 O社長 「融資先が俺を脅して来て7月あたりに返済を要求してきた。俺の家族、政治家とかいるから融資先が地元に来たら大変になる。だから、お金を作らなくちゃいけないからサラ金で協力して600万円借りて来よう。」 田所 「(そもそも何故俺が借りる義務があるのか?)」 その頃、俺(田所)は給料は貰っていないし、払う義務はもちろんなかった(ご飯やお古のネクタイは貰っていたが) けれども今後の業界の有名人を期待できる事やO社長の可能性に期待していたから、特に何も言わず貯金50万円とサラ金で50万円ぐらいは借りて上げようと思った。 7月 この頃になり、就活も架橋になり内定も少しずつでた そんな感じで金策を行い、400万円(自分100万円+O社長100万円+残っていたお金200万円)を集める事ができた。 けれども、あと200万円足りない O社長 「田所くん、あと200万円どうにかなんない?」 田所 「無理っすよ」 O社長 「じゃあ金策手伝って頼むよ、じゃないと俺・・・」 田所 「はい(しょうがねえなあ)」 O社長 「地元に来て、一緒に父親に頭下げて」 田所 「え?」 O社長 「実は、俺今就職していないで起業している事、親にいっていない。だから、俺の就職をしていない話に流れがちになるからお金の話はお前がして(土下座しながら、ひたすらお願いされる)」 田所 「いいんですけど何で、就職していない事をなんで話してないんすか?」 O社長 「だって、絶対父親が反対するからさ、言えないでしょ・・・後、うちの家系、政治家とかもあるから、起業しているってなると評判悪いんだよねだから、まずは成功してから話そうと思って」 田所 「それなら・・・」 ここで僕は、O社長に対してある印象を抱く ”頼りになる人脈はある”と言っていたが、嘘 理由はお金(200万円)を貸してくれる人がいないから O社長にお金を貸してくれるのはサラ金だけ(100万円) 本当に頼れる人脈があるなら200万円全部で無くても50万円〜100万円ぐらいはかき集められるはず それでも、O社長は話が上手いし、色々お世話になったから、多少は協力しようと思った ただ、この判断は大きな間違いである事には、その当時は気ずくハズもなかった・・・ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 人生の醍醐味  12 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 人生の醍醐味  12 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 12 「40年以上」と言う、長い年月を米国で生活して来たが、 知らない事がまだまだ沢山ある事に気がついた。 少数の若い方々と、週一回にせよお会いする事で学ぶ事が多い。 21世紀末まで生きて行く人々と、ほんのちょっとにせよ、「袖振り合うも他生の縁」と言う諺があるように、人生のほんの一瞬でも、目前に見せてくださるのは嬉しい。 同じ人生問題と言っても、 時代により、人により解決方法は違うし、違って当たり前だ。 「裁判件数が多すぎる」と言う事情もあるため、米国で離婚をする場合も、専門家である調停者を介して、当事者同士が話し合い、折衷案に導いて行く場合が多い。 両者が受け入れられる条件を、調停委員同席のもとで、 数回会合を開いて決めて行くのだ。 大概の場合は、 誰にとっても離婚は感情に走りやすい。 中立的立場の仲介者が中に入り、両者が納得できる結論に導く努力をする。 けれども、離婚裁判にならないよう、協議離婚の可能性を模索して行く作業は、至難の技だ。 調停委員は、長年家庭裁判所の元裁判官であったり、弁護士であった人が多い。 米国内の離婚事情並びに、離婚に関連する法律に精通している。 調停委員に支払う料金も、州により、 年により微妙に違うようだが、 わたしが見たユーチューブの事例では、1時間250ドルで一回2時間単位で調停が行われる。 それぞれの夫婦の事情により、必要な回数も違うようだ。  現代は便利な時代だ。  直接自分が経験した事がなくても、ユーチューブで幾つかの調停中の事例を見て学べる。 個人情報を 守りながらでも、実在の調停委員が離婚直前の夫婦と会合する様子を、最初から観ることが可能なのだ。 離婚調停とはどんな事象であるのかを観ておく事で、少しは心の準備ができる。 米国のように個人主義が発達している国では、調停委員が仲立ちすることで、つかみ合いの喧嘩になる事はないが、 上手に自分の要求点を説得する力が求められる。 調停委員の前で、夫あるいは妻の悪口を並べ立てても、何の解決にもならない。 時間だけ過ぎて、費用が嵩み解決の糸口も全然見つからない。  男性側は、当然、自己保全のため自分の利益を考えるのであるから、女性側は沈着冷静、しかも客観的に、妻であった年限等を考慮した上、 遠慮は棚上げして、しっかり自己主張する事が求めてられる。  離婚騒動前夜、もし女性側が病気になった場合も、その事情をはっきり調停委員に説明しておくことが肝心だ。 調停が始まる前に、自分の要望点をしっかり書き出しておくことも大切だ。 しかも、 そのメモに何度も日を置いて目を通し、欠落している点が無いかを、確認しておくことが大切だ。 夫婦が離婚するに至った原因などの客観的情報を、調停委員が知る事により、 調停委員は法律と照らして、両者の取り分などを決定するのだ。 最終的に、片方がその結論にどうしても納得できない場合、離婚裁判に進んでしまう場合もある。 その時は二人にとり、時間も費用も嵩む事を覚悟しなければならない。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 5年間続けてきたデーター入力の仕事を辞めた理由。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/3/22 5年間続けてきたデーター入力の仕事を辞めた理由。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 当時の私は週3日の仕事を探していました。 家からも近くて車通勤が出来て・・そして、見つけたのが木・金・土の仕事・・土曜日はなるべく休まないように・・しかも残業があります・・そんな仕事でした。本当は土日祝や休みがよかったけど、贅沢も言ってられないので決めました。 ところが、リーマンショックの影響で不況になり、仕事が減って週1、土曜日の午後からみの仕事になってしまいました・・仕事は順調に増えて来たのに相変わらず土曜日だけの出勤で、残業だけはやたら多い・・そんな状況になってました。 私は週3日の仕事だから土曜日の件も我慢していたのに、そこだけが残った感じでした・・ある時、考えたのです・・最初からこの条件だったらこの会社を選んだだろうかと・・そんな時にバシャールを知り、辞める勇気をもらいました。 その時にふと前から興味があったWebデザインの仕事が気になりだしたのです・・そしてついに勉強する決心をしました。それも自分に向いてるか、その前に出来るかどうかもわかりません、とにかくチャレンジあるのみだと思ってます。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 世界47カ国女子バックパッカーができるまで(20) | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/12/20 世界47カ国女子バックパッカーができるまで(20) Facebook X (Twitter) リンクをコピー 夢のような田舎生活 南イングランドといえども、冬がやってくるのは早かった。 あっという間にHaysfield女子校に来て2か月が経った。私はその間休日はホストファミリーと過ごし、残りはほとんどを学校で過ごした。 朝はまだ暗い、6時に起きて歯を磨く。築300年の石造りの三階屋根裏部屋にある私の部屋は、特に冷える。そろそろとひんやりとした床に裸足の足を下ろし、部屋の小さな小窓を開けるとそこには朝霧がとろんと白くかかった草原が広がる。とおくで、牛が草を食む音が聞こえてきそうだ。 階下に降りると、手作りの長テーブルで子供たちが急いで朝ごはんを詰め込んでいる。 ホストのニールとエマは、少しくたびれたパープルのガウンをまとってキッチンでコーヒーを入れていた。 ニール 「おはようケイシー、コーヒー飲む?」 彼らはコミュニケーションがうまく、そうやっていざなってくれる。 コーヒーのマグを片手にメガンの隣に座ると、彼女はプラスティックのお皿の上に乗った缶詰の白桃にぶすりとフォークを指していた。どうやら彼女の朝食はそれだけのようだ。 エマ 「メグ、お行儀よく食べなさい。」 思春期を迎える12歳の女の子にありがちな、小食な彼女は食べることよりも目の前に座った次女10歳のフィービーにちょっかいを出すことに忙しい。そんなこともいざしらずといった表情で、隣には6歳の長男のフィンが座り目の前のホットサンドをがっつぃている。 フィン 「ママあ~、もっとないの?ホットサンド???」 そこへ、寝床から起き上がって目をこすりながら4歳の次男、カランが後ろに大きな犬、ペッパーとデニーを連れてダイニングにやってくる。 一家は6人家族プラス2匹。2匹の大型犬は、常に食べ物を捜し歩いている愛嬌のあるこ達だった。 そんなホストファミリーと過ごす毎日は楽しくて、本当に飽きない。 ただ、私を少し悲しい気持ちにするのが学校に登校するときのことだった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • アラフィフからのリターンマッチ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/2/27 アラフィフからのリターンマッチ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「全ては自己責任。」 きっかけは、23年前に遡る。 当時勤めていた銀行の同僚に結婚を迫られ、勢いで承諾したが、相手が私の家に挨拶に来た途端に「さめた」との一言。 彼が好きだったわけでもなく、ただ女のプライドを傷つけられたとの恥から、職場にも行きたくなくなり、転職した。 念願の音楽業界での仕事は楽しかった。同僚も皆お気楽、自由人で、結婚なんて運が向いたときにすればいいさ、という雰囲気。 しかし、一旦家に帰れば、地方出身の父親が、一つ上の姉と私に早く嫁に行け、みっともないと殴る蹴るの暴力を振るう。二人で家を出ることも話し合ったが、システムエンジニアで激務の姉には引っ越しを考える体力も気力もなく、ただ暴力に耐えるしかなかった。 「一人でも結婚して家を出れば、暴力もおさまるよね?」 そう思った私は、大学のOB会で出会った2つ上の前夫から好かれ、「好きになってもらえば女は幸せな結婚ができる。」と年配者から言われ、自分でもその言葉を信じ込み、交際九ヶ月で、26歳で結婚した。 両親は大喜びだった。招待客80人のうち、教員をしていた前夫は見せびらかしたかったためか、削りに削って50人強を呼ぶことにしたが、私の両親は気前よく費用を折半にした。 ウェディングドレスを選ぶことなど、私にとってはどうでもいいことで、母の好きなデザインにしてもらった。お色直しの色ドレスも、できるだけ安いものでいい、どうせこんな男の横に立つのだから。 結婚式の最中、皆、特に夫の同僚や先輩はとても嬉しそうにしている。 「どうせすぐ離婚するのに…。」宴席をひな壇から見下ろし、私はそうつぶやいていた。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • インスタと自分 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 インスタと自分 Facebook X (Twitter) リンクをコピー ついこの前、インスタグラムを開いた。 正直、自分はその類のsnsを使うような人種ではない。 それでも、開いてしまうのは何故だろうか? 他人のことがどこかで気になっているのであろうか? それとも、良い暇つぶしになるとでも思っていたのであろうか? 溢れるライク、賑やかそうな写真、キラキラしている人たち、、、。 特に何も上げるものもない自分と違い、矢継ぎ早に投稿を繰り返し、イイねとコメントをかっさらっていく。 なんと器用なものか! その写真や動画からあふれる輝きは光子とともに、自分の目や心を容赦なく突きに来る。  そんなとき、私はふと思うのだ。彼らは私の知らない世界を知っているのだと。 自分の知らない世界を知っている。その事実に対して、私の心は嫉妬、羨望、恐らくそういったある種の感情が心の中を渦巻くのである。 自分が何かから取り残された、どこかにポツンと立ってしまっている、そんな感覚と言ったほうが正確かもしれない。 その悲しさ、虚しさたるもののやり場に困っている。ありのままの自分をインスタグラムにぶつけてしまおうか? そんなことをしても皆が華麗にスルーすることは目に見えている。自分の反抗は周りから異議とすら認めてもらえない。 こうなってくると、もはや自分は社会に所属しているのかどうかすら、はっきりしなくなる。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 結婚で1番大切なことは何か?イギリスでイタリア人の主人と話し合ったこと | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/11/14 結婚で1番大切なことは何か?イギリスでイタリア人の主人と話し合ったこと Facebook X (Twitter) リンクをコピー 英国登記所 (GRO: General Register Office)にて入籍 イギリスで結婚。20日後に急にロンドンで入籍することになった話! 先月末、イギリスでイタリア人の彼と入籍した手続きや準備、国際結婚で1番大切なことは何か?について話し合ったことについて書きます。 専門家には頼らず自分たちで手続きした! イギリスの結婚の手続きやビザの申請など、専門家に依頼される方も多いのですが私たちは自分たちで手続きをすることにしました。 ちょうど、今年はEU離脱も決まったので専門家の人も今後のことはわからないような状態 だったので、自分たちで順を追って手続きをしようということに。 また、主人がイタリア人でイギリス人ではないので、イギリスで入籍するにあたってイギリスの大使館に電話しても具体的なアドバイスをいただけませんでした。 頼もしい国際結婚先輩の友人のアドバイスもあり、とても恵まれていました。 彼女は、フランス人男性と結婚され可愛いお人形さんのようなハーフのお子様が2人いらっしゃるのですが、フランスの人男性もイタリア人男性もEUビザというカテゴリーになるので手続きに関して近いものがありました。 実は、イギリス人男性との入籍は手続きが大変難しいと言われていて、フランス人やイタリア人男性との結婚の方が手続きがシンプルなのです。 イギリス人男性との入籍の場合、男性の収入が一定のボーダーラインに達成していなければ手続きできないような話を聞きました。 イギリスでは、偽装結婚ではないかの審査がある! 結婚の日が突然決まりましたが、手続き自体は8月くらいから少しずつ準備していました。 イギリスでの入籍は、日本のように入籍日を決めることができず、手続きにもかなり時間がかかります。 イギリスでは、この2人が結婚して良いのか?偽装結婚の疑いがないのか?という審査が1ヶ月〜2ヶ月くらい あります。 わたしと主人も、レジスターオフィスで審査を受けました。 レジスターオフィスとは何!?と思いますよね。 英国登記所 (GRO: General Register Office)です。 登記役場と言えばわかりやすいでしょうか? 日本でいう市役所や区役所みたいな感じです。 英語でレジスター(register)とは、(生死などの公的な)記録、登記、登録、登録簿、登記簿 というような意味があります。 そのオフィス(office)ということは、オフィスは日本語で事務所なので、レジスターオフィスは登記役場 ということになります。 お互い退席して、レジスターオフィスの女性と1対1になりいくつかの質問を受けました。 実際に聞かれた質問 お互いの名前のスペルや誕生日などを聞かれました。 すごく簡単じゃん!と思っていたのですが、落とし穴がありました! わたしが4月生まれで、主人が5月生まれで、誕生日が近いです。 今年はバラバラにお祝いするのではなく、2人のバースデー祝いに5月に海外旅行に行きました。 お互い初めてのアイスランド旅行で興奮していた時期だったので、お互いの誕生日の日にちよりもアイスランドの記憶が濃いです。 その為、わたしも主人もお互いの誕生日の西暦と月は覚えていたのですが日にちは間違えました 笑 再会して、付き合うまでは何度も誕生日占いなどをしていて覚えていたのですが、なぜか付き合いだしてからは日にちを忘れていました 笑 しかし、審査で重要なことは、相手の生まれた西暦と月 みたいで、日にちまでは正確でなくて問題ないみたいです。 また、わたしの国籍についても聞かれました。 国籍はかなり審査の中でも見られているような感じはしました。 例えば、わたしが難民だったり、経済環境の悪い国の出身ならば審査が難航したかもしれません。 わたしも主人も初婚でわたしは日本人なので、審査は最短期間で通過しました。 20日後に急に入籍することになった! このような偽装結婚ではないかなどの審査の後に、入籍する日を予約する流れがイギリスでの入籍の流れになります。 これは国際結婚だからではなく、イギリス人でも同じです。 このようにゆっくりゆっくりと手続きをし、レジスターオフィスの手続きもなかなか予約が取れない状態で大変もどかしいイギリスでの結婚の手続き。 また入籍する日も、自分たちでは決められず、会場が空いている日を待つ形になります。 入籍の会場の予約も半年後まで埋まっているとレジスターオフィスの人が言っていたので、わたしたちも来年になると思っていました。 半年後だとわたしのビザが切れてさすがに入国も難しくなってしまうので、式典の金額をグレードアップさせることにしました。 グレードアップした式典なら予約がしやすいので、早めにできるかな?と思っていましたが、 レジスターオフィス 「今月空いてますよ?」 わたし 「え!今月できるの!?」 とびっくりしました!! さすがに今月は早いでしょう!?と驚きましたが、EU離脱問題もあり法律が変わる前にした方が安心だということになりました。 また、わたしのビザが11月23日に切れるので、それまでに入籍して正式に夫婦という形の方が入国審査で問題がないです。 2016年10月31日、結婚式というよりは入籍式をした! 何日か入籍できるお日にちをいただきました。 たまたまハロウィンの日が空いていて、主人も仕事が休みやすい日でした。 七夕婚やバレンタイン婚は聞いたことがありますが、ハロウィン婚は珍しいし何かの行事の日のほうが忘れなくて良いかと思いました。 入籍式の時間は30分と言われました。 日本では入籍の日と挙式やパーティーは分けるみたいですが、海外では同じ日にするみたいです。 入籍後もパーティーなどはせずに、夜に2人でちょっと高級なレストランで静かにお祝いしたいと主人が言ってくれたのでそうすることにしました。 式は、華やかで素敵だと思いますが、そこにこだわると国際結婚は大変難しいです。 わたしもロンドンに来て11ヶ月で知り合いもあまりいないし、2人で美味しいものを食べに行くことは楽しいと思ったので大賛成でした。 本来なら家族くらいは呼べたら良かったけれど… 今回、結婚が20日後でとても急だったので、お互いの家族は呼ばないことにしました。 結婚は2人だけでなく、家族と家族の付き合いだからそれは親不孝だ! と思う方もいるかもしれません。 しかし、実際に直面してみてわかりました。 国際結婚は、日本人同士の結婚とは違い、国際結婚は本当に世界規模の次元 です。 まず、わたしの両親は日本語を話します。 主人の母はイタリア語です。 わたしと主人は英語で会話しています。 主人の母は英語は話せないそうです。 英語ならうちの両親も多少はわかるかと思いますが、わたしも両親もイタリア語は全くわからない ので、言語だけでもなかなか難しいです。 20日後の入籍だとしても、イタリアから主人のお母さんには来ていただいたら良いのではないの?と主人に聞いたのですが、呼ばなくて大丈夫ということでした。 わたしの両親は日本なのでさすがに遠いですが、イタリアからなら駆けつけられるのでは?と思ったのですが、それでも30分の式典の為(しかも全てが英語の式典)に海外にわざわざ来ていただくのはちょっと申し訳ないね、ということになりました。 主人と話し合ったことは『国際結婚で1番大切なことは何か?』 わたしたちは今回の入籍について、結婚式にこだわるのではなく、まず入籍して今後のことは2人で決めようということでした。 『結婚で1番大切なことは何か?』 まずは2人が結ばれること。 わたしたち、夫婦の結論でした。 それは、盛大に派手な結婚式をすることではありませんでした。 主人とは、2013年にオーストラリアのワーキングホリデーで出会い、昨年イギリスで再会しました。 オーストラリアで主人のビザが切れてしまい、一度別れています。 たかがビザですが、されどビザ。 ビザがなければ、わたしたちはカップルの状態だととても大きな波にのまれることになるのです。 もう離れた手が離れないように、たった1枚の紙にサインをしよう、 それが2人の結論だったのです。 わたしたちは、家族になれること、とてもシンプルだけれどそれが結婚であり大変うれしいことでした。 世界を飛び越えて、新しい一歩になる道を築けたことを幸せに想います。 (結婚報告後、国際遠距離恋愛している友人からもメールをいただきました。 もし、国際結婚で悩まれている方がいたら、少しでも何かを感じる記事になっていたら幸いです) X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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