top of page

空の検索で16165件の結果が見つかりました。

  • 孔明パパから長女ピスミンへの生お手紙を全公開 「サラリーマンになるな!女性が活躍している会社など日本には1社も無い! | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/3/25 孔明パパから長女ピスミンへの生お手紙を全公開 「サラリーマンになるな!女性が活躍している会社など日本には1社も無い! Facebook X (Twitter) リンクをコピー 東京某所月官門サッチェルと共に、開催する「地下セミナー」に長女ピスミン12歳が参加する。 しかし、これは何も、孔明パパとしての道楽で、長女に参加してもらうわけではない。今回の場合は、僕の方から無理やり出席させているわけでもない。 「はやく自分でビジネスをやりたい!」 と言う、長女の意思で、参加してもらっていることもあるが、 せっかく、その意志があるのなら、一人の人間として、長女に成してもらいたいことがあるからだ。  それは・・・、 男性である僕にはなかなかできないことであるが、女性である、長女だからできること。近い将来的に、長女に成し遂げてもらいたいのだ。   ◯孔明パパから長女ピスミンへのお手紙 ピスミンへ 今回はピスミン自らの意思で、 「北のセオリー」を学ぼうとしてくれていること、 パパとして非常に嬉しく思います。    「北のセオリー」を学んで、 将来ビジネスをやりたいと思ってくれるのなら、 併せてピスミンにやってもらいたいことがあります。 それは、本当の意味で、女性が活躍する社会を創ることです。   ピスミンはまだ社会に出て 知らないと思うけれども、   いや、 実は既に社会に出ている女性でさえ、   その大多数が、 知らないというか、 気づけないというか、 気づいて気づかぬふりというか、   そういう残酷な真実があります。   今回を機に一度、 パパのお話というか ピスミンに託したいことを、 聴いてもらいたいと思います。    行きます。   まず、 極論でお話すると、 「今の日本に女性が活躍できる  会社など一社も無い」ということです。   日本では、 男女の雇用機会均等法とか、 社会進出促進とか、   政治家の方々や、 マスコミの方々、 上場企業の社長の方々が 声を大にして言っているけれども、 あれは全て「まやかし」のようなものです。   大多数の女性は、 男性社員の補佐的な役割としか、 扱われていないのが現実です。     その大多数は、 役目が終了したら、 会社から排除されてしまうのが現実です。    一体何を根拠に、 こういうひどいことを言うのか?   2つの側面から、 説明したいと思います。     ◯「1つ目」女性にまともな再就職先は無い現実   たとえば、 ピスミンが将来、 高校、大学を卒業して、   パパのように、 新卒で上場企業のサラリーマンに なったとします。   その後、 パパが働いていた会社では 沢山あったケースだけれど、   社内恋愛して、 職場結婚して、   同僚の旦那さんだけを 社内に残して、 旦那さんだけを会社に残して、 自分は先に退社する。   その後、 子供を産んだとします。   もしもの話ですよ!     その時は、 女性として、 幸せな気分に浸れるかもしれません。   けれどもその後、 旦那さんが残って 働いている会社が、   パナソニックやソニー、 東芝やシャープのように、 業績不振に陥って、 大規模なリストラが行われる。    その対象に、 旦那さんがなってしまい、 会社を辞めることになってしまった。。   この段階で、 旦那さんは一から就職活動を するかもしれませんが、   35歳を過ぎたら これまで勤務していた 会社と同じ給料や待遇を得られる 職場は見つかるでしょうか?    答えは残酷で、 確率論的には、 まず見つかりません。    一瞬にして、 安定収入が無くなってしまいます。   その時に、 ピスミンがかつて働いていたからと言って、 会社がピスミンを 再び雇ってくれるでしょうか?    残念ながらこれも まずありえません。   そうすると、 「共働き」として、 ピスミンも再び就職活動を することになります。   けれども、  幼い子を抱えたまま、 以前のように、 毎日電車通勤をしながら、 フルタイムで働くことなど まずできません。    仮に子供をママや保育所に預けて 働ける状態になったとしても、   35歳を過ぎた女性に、 以前と同じ会社のような、 待遇や給料を出してくれる会社など まず見つかりません。   結果として、 自転車で移動できる範囲の 近場の店舗でアルバイトやパートなどしか できない状態になります。   夫婦揃って、 上場企業のサラリーマンからの転落。   再就職先の見つからない夫、 再就職先の見つからないピスミン。   人間は上がることは嬉しいですが、 下がることは精神的に大きなダメージを受けます。   夫婦仲も自然と悪くなってしまいます。   これが今、 世の中の大多数の、 元サラリーマン女性が直面している問題です。   確かに、 女性の自立が確立されている 職業もあることはあります。   お医者さん、弁護士・・・ 士業の方々・・・。   しかし、 どちらも日本では既に、 完全なる飽和状態。   コンビニの数よりも多い 人数の方々が士業として働いていて、   これが、 ピスミンが大人になるころには、 今よりももっと 飽和状態になってしまいます。    つまり、 なるのには勉強ばかりしなくてはならず、 必死に国家資格を取ったとしても、    まともな仕事に ありつけることはなく、 全くもってかけた労力・時間・お金に 見合わないのです。     ◯「2つ目」女性が上場企業で上を目指せない現実    次に、 ピスミンが結婚をせず、 子供も産まず、   男性と同じように、 会社の中で出世を目指して行くとしましょう。 仮定しましょう。   これももしも話です。   パパの脳は、 女性脳とは違う、男性脳。   さらには、 月財門なので、 感情論などを一切抜きに、 シビアに確率論、統計的な、 数字を元にお話をします。     まず、 日本には、 2016年3月24日時点で、 ・一部上場企業:1,953社 ・二部上場企業:542社 ・マザーズ:225社 ・JASDAQ:743社 ・東京PRO:14社 合計3,521社の上場企業があります。 (※日本取引所グループしらべ)   ちょっと情報が古くて、 2011年「役員四季報」しらべを 参照にするけれど、   上場企業合計3,521社には、 合計4万493人の会社役員さんがいるけれど、   なんと女性の役員さんは、 たったの585人(1.4%)しかいないのです。   残り、 39,908人の役員さんたちは、 全員男性です。    つまり、 確率論的に、   サラリーマンとして、 女性が上場企業の会社役員さんを目指すほうが、 男性が上場企業の会社役員さんを目指すよりも、   68.21倍も難しいということです。   そもそも、 日本の上場企業には、 累計で約600万名位の方々が働いているので、   上場企業の役員さんは、 0.6%位の席しか無いことになります。   男性でも、 会社役員になりたくても なれないので、   確率論的には、 絶対とは言えませんが、 女性だと役員になることは、 まず無理だということが分かります。   「女性の活躍推進企業」とか、 「なでしこ銘柄」とか、   ちょっと広範囲になって 「ダイバーシティ経営企業」とか 言ってくれている人たちもいますが、 数字的には毎年何も変化はありません。   パパが、 「今の日本に女性が活躍できる  会社など一社も無い」 というのは、   「一社以上あるじゃん!」 というふうなツッコミは無視して、   現実的には間違ってはいないと、 ピスミンなら分かってくれると思います。     ◯女性が唯一男性と平等に活躍できる方法   けれども、 そんな中で、 女性が本当の意味で、 平等にチャンスを獲得できる 方法があるのです。   それが、 ピスミンも何度も一緒に ディナーをしたことがあると思うけれども、   北野会長が教えてくれた、 「北のセオリー」に基づく、 「創業融資を獲得してビジネスを行う」 という方法なのです。   今日本では、 日本銀行の量的質的金融緩和によって、 「創業融資」が本当に出やすくなっています。   さらに、   日本政策金融公庫も、 地方銀行も、   ビジネスを創業する 女性経営者に対して、  かなり積極的に・・   むしろ男性よりも有利な条件で、 融資をしてくれる場合が多いです。   これは、 サッチェルおじさんが、 サポートをして、 実証していることでもあるので確かです。   起業して自分で行うビジネスであれば、 幼い子どもを見ながら、 自宅でのんびり働いている、 パパの弟の、 クビおじさんのように、 子育てをしながらゆっくりと働くことができます。   もう一つ、 「北のセオリー」は、 将来を見据えた、 世の中の流れも後押ししてくれるはずです。   今日本では、 自分で自営業・経営者として 商売をする人たちは、   日本の全就業人口の たったの十数%しかいません。   残りの八十数%はみんな、 サラリーマンか、 アルバイト、パートなど、 給料をもらって 就労している方々になります。   けれども、 過去に遡ると、 1960年代には、   日本の全就業人口の 50%もの方々が 自営業・経営者や その家族従業者だったのです。   裸一貫で起業する人が成功し、 その子供もまた起業するという 好循環が昔の日本にはあったのです。   ところは、 いま時点ではそれが無くなって、 「みんなサラリーマン」なのです。   日本は、  給与所得者ばかりの国に なっているのです。   しかし、   しかし、   みらいを見据えた パパの観測によると、   ピスミンが大人になる頃には、 サラリーマン、アルバイト、パートなどの、 就労人口が激減して行くはずです。   なぜなら、 大企業・・・上場企業という仕組自体が、 成り立たなくなってくる会社が 急激に増えてくるからです。   逆に、起業したばかりの会社や、 小規模の会社が本格的に活躍する時代が 本格的に訪れます。   その一番の理由は、 「インターネット」の台頭です。   個人事業主レベルの経営者たちが、 大企業をひっくり返す現象が 次から次へと起こっていくと思います。   一体どういうことなのか?   このお話は長くなるので、 セミナー当日に改めて お話したいと思います。   とにかく、 そういうみらいには、   1960年代のように、 「日本の全就業人口の  50%もの方々が  自営業・経営者や  その家族従業者になる。」   日本の就業バランスは、 このようになっているのが、 望ましいかもしれません。   そういう時に、 女性が本格的に活躍する 時代が到来するかもしれません。   話は長くなりましたが、 女性が男性と平等に、 本格的に活躍する方法のヒントは、 「北のセオリー」の中にあるのです。   これは男性のパパが、 男性にしか響かない文章で、 いくらお話したところで、   世の中の女性たちには 響かないと思います。   その証拠に、 パパが主催するセミナーは、 いつも出席者の 95%以上が男性なので(笑)。   パパが書けるのは、 極端に男性脳向きな 文章なので。。   月財門なので、 外に向けて言えば言うほど、 別の意味で叩かれてしまう恐れもあります。   パパは叩かれるのは嫌です。   でも、   女性であるピスミンが、 自ら実践しながら 周りの女性たちに向けて 語りかけることで、   本格的に女性が活躍できる 次の時代の世の中が、 切り開けるのでは・・・。   パパはそう考え、 ピスミンに託したいわけなのです。   ということで、 パパは4時間頑張ってお話するので、 「北のセオリー」のお話を、 最初から最後まで聴いておいて下さい。    以上、 孔明パパから長女ピスミンに向けた 切実なメッセージ。   いつも僕のメッセージを読んでくれる あなたにも、 コッソリと公開させて頂く。   今日書いたことは、 全て月財門的に、 数字から分析した真実のお話。    もしも男性ご自身が、 興味が無かったとしても、 未来を見据えた場合、   その配偶者や、 娘さんたちには、 意味があるかもしれない。   僕が長女ピスミンに 伝えていることを、 自分の言葉に変えて 伝えて行ってもらいたい。    それが、 より良い未来の創造に つながるかもしれないから。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 校内で噂の男子生徒が毎日「おなら」が止まらなかった話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/10/5 校内で噂の男子生徒が毎日「おなら」が止まらなかった話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 学生時代が苦い思い出、などというのはよくある話だと思います。 僕の辛くて苦い、ちょっと例を見ない思い出をお話しさせていただきます。 僕は毎朝5時に起床し朝ごはんを食べ、7時半に家を出てバスと電車で一時間かけて学校に通っていました。 まだ入る部活も決まっておらず、あれにしようこれにしようと悩みましたが結局地味な美術部。これといって部活も楽しくなく、一週間としないうちに行かなくなってしまいました。 一緒に登校する友達がいなくても中学時代に比べたら、毎日いじめてくる人がいないというだけで充分幸せでした。 そんなある日校門の前を通りかかった時、知らない女子生徒が複数で 「ねぇ、あの人!あの人!」とこっちを指さして笑っていたのですが、その時は心当たりもなかったので気にもしませんでした。 その後2か月は本当にただ学校に行って、授業だけ受けて帰ってくる毎日でした。 でも僕にとっては充分に幸せでした。 高校最初の夏休みを迎えようという頃、文化祭の決め事でクラスは一段と盛り上がっていました。 僕は足が遅かったので、走る競技以外なら何でもと思いクラス委員に任せっきりでした。 そんな時、クラス委員の男子が突然「お前らいい加減にしろよ、俺に何でもかんでもやらせやがって。」と大声で言い放ち、咄嗟のことで僕は動揺してしまいすぐに謝りました。 「ごめん、僕が何にもしなかったから…」 そうすると「ああ、○○君のことじゃないよ大丈夫」と言われ最初はよくわからなかったのですが、どうやら仲良かった男子グループと喧嘩してただけだったようでした。 そんな状態でクラスの雰囲気は最悪な中、幸いにも夏休みに入りました。 部活には行かなかった身でしたが文化祭の準備のため、クラス委員の喧嘩のことも気になって夏休みも何日か行きました。 今まで僕に喋りかけて来る人なんていなかったですが、どうやら僕は上手いこと中立的な立場だったようで夏休みに入ってからは急にクラスメイトに喋りかけられるようになりました。 特に先ほどのクラス委員の男子は喧嘩で一人孤立していたらしく、その内プライベートでも遊ぶよう誘われたりするほど仲良くなりました。 僕も久しく友達という友達が出来たので、学校がより一層楽しくなっていきました。 ですが実はそのクラス委員が結構なヤンキー、勧められたのは喫煙だけでしたが。 元々胃腸が弱かった僕にとって、喫煙は非常に大きく影響しました。 一時はどうなることかと心配した文化祭でしたが、まぁまぁな結果で気分良く終われました。 ですがその帰り道、突然お腹が痛くなったり鳴りだしたりし出しました。 よくよく考えたら、もう1か月ほど通じが来ていません。 まぁ数日来ないことはよくあったし、大丈夫だろうと思っていました。 その翌週、文化祭の浮かれムードが漂っている授業中、突然違和感を感じました。 何だか多くの目線を感じるというか、僕の方を見てみんなが笑っているような雰囲気がしました。 何が原因なのか全くわからず戸惑っていると、席が後ろの男子が「…ぅぅっぇぇー」と小声で言っているのが聞こえました。 うっさい?と最初は思いましたが、よく聞くと「くっせぇー」と言っていました。 臭い?何が?。汗でも匂うのか?と思って持っていた整汗料を付けて、その日は帰りました。 ですがその日の夜、部屋でおならをすると信じられないような臭いが部屋中に充満しました。 あぁ…。これのことか、と。 おならなら我慢すれば出ないだろうと、思いましたが後ろの男子は相変わらず「ぅぅっぇ…」「くっぇぇ」などと言っていました。 ならば整汗料で臭いをごまかせばいいやと思い、やたらと体に塗りたくりました。 しかし翌日も翌々日も、後ろの席の男子とクラスメイト数人が授業中にずっとコソコソしています。 原因は本当に自分なのだろうか?何か流行りのネタなんだろうとも思いましたが、確信になったのは移動教室で別の男子が後ろの席に着いた時。 その人が「これやべえな、お前の言ってた通りだ。死にそうw」と聞こえた時、やっぱり自分が原因だったと理解しました。 冷や汗が止まらなくなりました。 自分のおならはなぜ我慢しても臭うのか、今までなら我慢出来たのに。 気になって家に帰ってズボンの辺りの臭いを嗅いでみたら確かに自覚なくおならが出ていました。 ならば通じをよくしようと、もの凄く頑張りましたが通じが良くなることは全くありませんでした。 また学校で臭い臭いと言われるのか、と思うと頭が真っ白になりました。 それからは毎日が地獄でした。 バスや電車で隣の席に付いた人も降りるわけでもないのに離れていくわ、コンビニに寄っても後ろに立ってる人たちが急にソワソワし出して「やだぁ、なんか変な臭いしない?」「うわぁ何この臭い」と言われすぐに立ち去りました。 もう学校にも行きたくない、どこにも出掛けたくない、引きこもりがちになっていました。 そんな時、前見たあの女子生徒たちがまた「ねぇ見て2組の○○君、かっこいい!」と今度ははっきり僕の名前を言ってコソコソしていました。 いやそんなわけない、と周りを見渡しましたが誰もいません。 そういえば以前、かっこいいとまでは言われなかったにしても、 中学の頃女子しか友達がいなかったり、そもそも毎日人気のある女子グループが喋りかけてくること自体おかしかったのかと、その時初めて気が付きました。 本当に自分に自信がなかったので、それでもまだ信じられませんでした。 その翌月初めに、先ほどのうちの一人に告白されました。 素直に嬉しかった、でも断りました。もう二度と噂をしたりしないよう、冷たくしてしまったのは今でも後悔しています。 ですがかっこいいとまで言われた上に告白されて、いざ付き合ってみたらおならが臭い、なんてかっこ悪いにもほどがあります。もはや吉本新喜劇です。 それからは学校の中で噂になったことはなかったと思います、ですが思ったのはただただ精神的に楽になったということ。 かっこいいとか期待されてないだけ、裏切りもしないと。 それからは毎日「一時間でいい、一時間でいいから、東京スカイツリーのてっぺんに24時間座るのと代わってくれ。」とか 「授業があと30分、もうゴキブリでも食べるし、トイレ掃除を口だけでしてもいいから代わって欲しい。」 だとか、目を閉じてずっと今の状況より辛いことを考えたり、とにかく代わって欲しいとばかり考えていました。 後から考えると、そんなことして誰が代わってくれるのかわかりませんが(笑 あとは、電車で途中から乗ってくる他校の生徒にいわゆる逆ナンをされたり、大して仲良くもないのに二人っきりでカラオケに行きたいだとか、誘われることはありました。 エッチなことになるとしたら、相手の顔がお尻に近づく…と考えると耐えられず、僕はかっこ付ける選択肢を選びました。 断っていくうちに段々、誰に誘われようと何をされようと逃げる断るしかないので女の人全員が遠く手の届かないようなものに思えて来ました。 それからは嫌われていることがベーシックと考えるようになったので、今更嫌われようがマイナスにはならないと思っているうち、2年の文化祭が終わりました。 胃腸の調子と喫煙は相変わらずでしたが、唯一の友達が気にしないでいてくれたのが大きかったかもしれません。 それと2年は地味なクラスだったからか、直接咎められたりはしませんでした。 こんな嫌われ生活からちょうど1年だなぁと思った時、不思議なものでふと突然「こんな辛い経験してる人、少なくとも校内にはいないだろうなぁ」と自分に酔い始めました。 全校集会では遅刻が多いことが問題になるほど平和な学校です、いじめなど噂さえ聞いたことがなかったので、校内一辛い生活を送ってる自信はありました。 というより、酔いしれだしたら次々と新しいことを思いつくようになったのが不思議でした。 もしかしたら自分に酔うことが自信に変わっていったのかもしれません。 それからは授業中考えることが、 「今ヤンキー100人に鉄パイプ持って囲まれても口説いて解決してやる」とか「卒業するころにはもう何も怖くないだろうな」などと極端に変わっていき、このころから通じも心なしか、よくなっていくように記憶しています。 そこから世界の色が変わって見えてきました。 1年以上行きたいと思わなかった買い物にも行けるようになり、 「異臭がする?嫌なら近寄るんじゃねぇ。」と心の中で威張り続け、少しはまともな高校生活になって行きました。 さすがに一日中威張ってると、なかなかしんどかったですが(笑 気付いたら3年生になっていました。 便秘に対して治療薬があることを知ったのもちょうどその頃、というより今まではそんな解決法が見えるほど余裕がなかったのだと思います。 精神的な改善も合い重なったため、どんどん回復していきました。 喫煙も原因だったと気付き、本数を減らしていったらパッタリやめれました。 というか、そんなものもはや苦ではなかったです(笑 夏休みに入る頃には完治していました。 もう嫌われなくて済むのだと思うと、どれほど嬉しかったことか今でも忘れられません。 その後はとても楽しいとまではいかなかったものの、一年生の最初に戻ったような感覚で何もなく普通の生活がただただ楽しかったです。 というか、もう本当に何も怖くない。それは今でも変わりません。 卒業まであっという間でしたし、思い出としては苦いですがとてもいい経験になりました。 今でも辛い局面ではこの経験を思い出して力にしています。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 一人より二人。二人より一人。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 一人より二人。二人より一人。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー どんなに心が荒んでいる時でも、ひとつ屋根の下に、自分の声が届くところに、何も言わずにそっと耳を傾けてくれる人がいる。 それを実感できるだけで、夫婦っていいものなんだなと改めて感じられる今日この頃。 だから、結婚をおすすめします。 なんて無責任なことは言いません。 誰にも干渉されない、一人きりの空間が好きな人も沢山いるはずですし、誰かと一緒にいること自体がかえってストレスになることも否めませんから。 私の場合は一人より二人。 その方が性にあっているようです。 もちろん一人きりの時間があれば、それはそれで大切にしますけどね。 二人ならば一人の時と二人の時を使い分けることができますが、一人にはそもそも選択肢がない。 これを書きながら気づいたのは、そんな誰にでもすぐわかる、あまりにも当たり前すぎる、本当に些細な事実でした。 皆さんはどちらがお好みですか? 一人より二人。 二人より一人。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 世界から見た「日本人」 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/1/22 世界から見た「日本人」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 武士、サムライ、忍者、寿司、腹切り、浴衣、祭り、 世界に通用する日本語はたくさんある。 それだけ日本の文化は愛され、 世界に親しまれている。 最近「クールジャパン」と称して、 ヨーロッパ各地でイベントが 行われているのもその一環である。 しかし、 ここで勘違いしてはいけないのが、 「日本」=「日本人」 ではない。 「日本の歴史はかっこいい」=「日本人かっこいい」 と思いがちだが全くそうではないだ。 これはニューヨークに来てから やっときづいたこと。 残念ながら日本人は相当なめられている。 日本男児 = 根性ない 日本女子 = 軽い 自分より相手を気遣うことができ、 自分より相手を優先できる 世界の未来人格を備えた日本人は、 自分のことしか考えられない 低レベルな世界人の前では その人格が裏目に出てしまうのだ。 男はどうしても奥手になり、 女はどうしても押し切られてしまう。 当初は、とはいえ日本人の 女はモテるだろう、と思っていたが、 冷静にみてみると、 けっこう軽いのがモテる要因だときづく。 外国人からすると「アジアンガール」は 対して見分けはつかない。 中国女や特に韓国女は気が強いため、 なかなかおちない。結果日本人に流れ着く。 この話は続けても 色々とくやしいだけなので もうおしまい。 とにかく 「日本人」と「日本」は全く別もので 考えなければならない。 最近俺は、 日本人と思ってなめて話しかけてくる奴は 全員無視している。いかつい酔っぱらいでも ガン無視している。 韓国人ともよくもめそうになる。 もうすぐ何か起こるかもしれない。 そして俺は今日もジムへいく。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • StartupWeekendTokyoに参加した時の事 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/12/28 StartupWeekendTokyoに参加した時の事 Facebook X (Twitter) リンクをコピー はじめに 「54時間で起業する」という触れ込みのStartupWeekend。その東京イベント に、起業当初 一技術者として参加した時の事を思い起こそうと思う。多分2012年でいいのかな?記憶力だけをたよりにやっているので僕の記憶の誇張や間違いを多分に含んでいる可能性がある。イベントの雰囲気を知るキッカケになれば幸い。 きっかけ ちょうど起業したばかりの5月。そういったイベントがあるとどこかで見かけて「一度体験してみよう」と思いたった。既に会社があるのだから起業する人ではなくて技術者として参加するのが良いだろうというイメージと、うまくいけば良い仲間が会社に参加してくれるきっかけになるかも、という安易な未来予測で行動。 初日 確か恵比寿のある会社さんのフロアを借りて行っていたその会場へ一人で訪問。入り口がわからなくて、同じように入り口を探していた人と一緒に最初の難関を突破した。後でこんなのは難関なんて言えない程ちっぽけな事だと知る。 入ったら起業家なのか、技術者なのか、デザイナーなのかという印を付けて札を首からぶら下げるように促される。確か既にビールで乾杯できる雰囲気で、飲みながら語る人達がそこにいた。 何人かちょいちょい話をしていたら、顔には見覚えがあるけれど、どこで出会ったのか思い出せなかったある人に話しかけられ、ドギマギしつつ応対。「プログラミングを学び合うシェアハウス」の内見に来てくれた人だとわかった。あの時はごめん。SG(シェアハウスの出来るまでの話はこちら ) 時間になったようで皆集められて地べたに座った。ジョニーさんと李さんという感じの良いお二人が英語で促してくれる。大体英語は李さんが日本語に翻訳してくれるので英語がわからなくても気にする必要は無かった。二人の掛け合いがとてもいい感じだったなぁ。 アイスブレーキングで適当に選んだ二つの言葉から新しいWEBサービスを考えて発表するというのをグループでやって、その後ピッチが始まった。 ピッチは短時間で自分の解決したい問題とその方法を全員に向けて話す。そこでの共感がチームビルディングに繋がるという事だった。最初パラパラとピッチしたい人が集まっていたが、最後は行列ができていて凄いことになっていたのを今でも覚えている。 そして、投票で絞り込んで、最終的にジョインしたいチームを探す事になった。僕はどこに入るかという目線でピッチも見ていたし、リーダーの雰囲気も見ていた。 ただ、困った事に僕がビビッと来るような内容が見つけられなかったんだ。うーん。これはどうしようかな。ピッチしなかった自分に若干後悔する。途中からは以前このイベントに参加していて、僕がお世話になっているサービスに関係していたUさんが僕にアドバイスくれていた。あの時はボッチで悩む事にならなくて本当に良かった。Uさんに感謝。 結局ジョインしたいチームが無いままに初日は帰宅。次の朝にもチームビルドの機会があるらしいし。 二日目 チーム決定 朝「とりあえずチームが無い人は早く見つけなさい」と促されてウロウロ見て回ろうとしたところ、バッタリSGさんに遭遇。 SG 「もう入るチーム決めましたぁ?(やわらかい関西弁)」 自分 「いやー、実はまだなんだよね〜」 SG 「えっ。そしたらうちのチーム来てくださいよ!歓迎しますよ。」 自分 「まじで?とりあえず話聞きにいくよー」 そんな流れで入った小さな部屋に6人くらい人がいた。作りたいものの話をリーダーの人にザックリしてもらって(もう忘れてしまったが当初は目標を持って日々の生活を高める為の何かだった気がする…) 自分 「オッケ!俺ココにジョインするよ。していい?」 と決めた。自分の事は「器用なプログラマー」だと紹介しておいた。聞けばドップリプログラミング派の人がいなくて、不安に感じたSGさんがハントに出ていたという話だ。 リーンスタートアップキャンバス 落ち着く場所は決まり、お互いの呼び名を確認したり、ポジションを決めて(自分はリードプログラマ)、リーンスタートアップキャンバスを埋めるという作業に入る。周囲の人の作業が早い早い。ドンドン意見を出してバンバンキャンバスは埋まる。正直「おいおい、こんなスキルの高い人がいるのかよ。俺なんてこのキャンバスが何なのかもよくわかっていないのに…」と少しビビったのを覚えている。 聞けば、事前にセミナー的な会があって、リーンスタートアップキャンバスもみんな学んだものなのだという事だった。なるほど。まぁビジネスで活躍できなくてもプログラミングで頑張ろうと思ったりして自分を慰めてた。 このキャンバスで大事なのは「顧客と、その解決したい問題」。この三日間の目標はその問題解決を具現化したプロトタイプ — Minimal Value Product(MVP)を作成するのと、実際の顧客となり得る人が市場にいる事を証明する事なんだそうだ。ハッカソンとの違いは、「切望する顧客がいない製品ではダメだ」という事。 本気のメンタリングでバッサリ キャンバスを埋めた後、ブレストをしてみんなの体験から色々と探った。例えば、未来の自分の為に動画レターを撮っている人がいたり、過去の自分、未来の自分へ向けた手紙をmixi日記で書いている自分がいたり、というように「過去と未来への繋がりから自身の成長を確認している」というファクターが浮き彫りになったりしてきた。このあたり、リーダーのKさんの雰囲気づくり、ファシリテーションがとても良かった。温和な彼が皆の意見をやんわり促してゆく良い空気だったと思う。 ホワイトボードにどんな人が顧客なのかという視点のポジショニングマップのようなものを描いてみて、全員の方向性の集約は何となくうまくいった頃… Sさん(メンター) 「お、どんな事決めたの?聞かせてもらえる?」 自分ら 「是非お願いします!xxで、yyで…」 Sさん(メンター) 「ハッキリ言っても良い?」 自分ら 「は、はいッ。お願いします。」 Sさん(メンター) 「それならこっちは顧客じゃないし、これも不要。切れる所はバッサリ切って、こっちもいらない。(ホワイトボードにバシバシっとバッテンが増えてゆく…)」 自分ら 「Oh my god...」 Sさん(メンター) 「もうすぐ昼飯だから、食べてまた考えると良いよ(スタスタスタ…)」 自分 「(この時彼の言った事をもっと詰めたかったので追いかけた。彼はエレベーターに乗るつもりだったようだけど、その入り口まで一緒に歩きながらイロイロ確認した。何話したかはもう忘れたけど)」 Sさん(メンター) 「あ、トイレ行くんじゃなかったんだ。じゃぁ頑張って!(エレベーターの扉締まる)」 自分 「(部屋へ戻り)とりあえず確認したんだけどaaでbbで…」 Rさん(技術者) 「ジャックナイフみたいな切れ味の人だったよなぁ…」 自分 「す、凄かった…」 こんな感じで様々なメンタリングをメンバーの人達が行なってくれる。午前中最後のハイライトがこの出来事で、みんなで「この後どうするか飯を食いながら考えてくる事」という宿題だけ決めて昼飯へ…多分青い顔してたと思う。 あんなにズバズバ物事を尖らせて分析・説明できる人に出会った事が無かったので正直かなり気圧された。世の中には凄い人がいるものだ。 昼食 昼ご飯はチームのメンバー以外と食べる事を推奨されているので、弁当を貰ったらめいめい違うチームのテーブルへ散った。僕もある所へジョインさせてもらう。 そこは最終的にはその会のイベントの優勝チームで、今UI/UX中心の開発で名を馳せているTさんがいたりした。作るものに、以前僕も研究した事があるOCRが必要そうだという事で、僕のブログを紹介したりした。「この勢いでうちのチームにジョインしなよ」と誘われたけれど、あのとき裏切ってたら自分は優勝チームの一員だったなぁ。惜しい事をしたよ(笑) まとまらず・手を動かす 午後は考えた事をお互いに出してみたが良い形にはまとまらず、どんなアプリになるか見当もつかなくなってきた。時間は少ない。この午後の時間がとても重要である事は皆理解していたが、進める為の突破口が見つからない。 自分 「わりぃ、わかんないけどちょっとHTML書くわ。とりあえず手を動かしたい。」 メンバー 「「あれこれ」「いろいろ」「話す」」 自分 「こんな感じ?」 メンバー 「うーんちょっとイメージ違うかも」 Tさん(デザイナー) 「これでどう?こんなん?(素晴らしい絵を出して)」 メンバー 「「かっこいいな!」「すげー!」「でもまだなんかなぁ…」」 …なかなか決まらない…。焦る。やばい。 余談だが、Tさんのデザイン力はここから最終日まで発動し続ける。自分らの企画はプレゼン、アプリUIがとても質の高いモノになったのだけれど、Tさんのデザイン力におんぶに抱っこだった。「デザイナー超頑張ってるね」という評価はかなり戴いた。 救世主 Wさん(メンター) 「よっ。どんな感じ?」 Kさん(リーダー) 「け、結構煮詰まってます…」 Wさん(メンター) 「どんな話してるのか聞かせてよ。」 Kさん(リーダー) 「Tさんの絵をベースに色々と語る…僕らのシックリ来ない点(確かマネタイズ絡み)も含めて」 Wさん(メンター) 「もうだったら「目標を宣言する!」って割り切っちゃえば良いんじゃないの?今いろんな事を考えるよりはシンプルな価値をユーザーに提供した方が使いたくなるでしょ(確かこんな感じ)。」 メンバー 「それだ!もうそれ!それ最高!それ採用!神光臨!」 Rさん(技術者) 「でも、見せられるものがちゃんとあってよかったよなー。わからなくても手を動かしておくのは大事だね。今話せなかったら大変だったし。でも、とにかくWさんは大明神だね!すげー!」 そんなわけで、僕らのホワイトボードの脇にはWさんの神社が小さく描かれたりした。困った時のW大明神!リーンスタートアップの牽引者の言う事は違う! 分業 やる事が見えた!あとは進めるだけだ。リーダーのKさん中心に分業体制を取る。自分とSG、Rさんは環境構築してプログラミングを始める。TさんはKさんとデザインの意識合わせ。当時学生だったYさんは「出来る事少ないけど何でもやります!言ってください!」と気合い入れて周辺調査等を積極的にやってくれた。 進み出すと早い。やっと開発らしくなってきて面白くなってきた。 二日目が終わる… また皆が揃っている会場で飲み食いできるのだが、会場は異様な空気になっていた。二日目が終わるというのにまだディスカッションを続けているテーブルからは焦りがプンプン匂ってきてとても余裕が無い様子。焦燥感・疲労感でピリピリしている。 僕らは進み出したのもあってかなり気持ちに余裕が生まれていたのもあり「かんぱーーーい!」なんて気楽にビールを飲んでいると「なんだここ仲いいなぁ。おいぃ。」なんて声をかけられたりしていた。確かに周囲を見ていると仲良く乾杯できるようなムードの所は殆どなかった。 え?徹夜とかってマジすか? 自分はもう家へ帰る気でいたのだけど、どうやら二日目徹夜は結構当たり前な事らしい(だったら酒飲んじゃダメだよ)。自分らも結局どこかで夜を徹することになった。弊社事務所が近かったので皆を案内する。 ビジネスの事を詰める者、調査の続きをする者、コードを書く自分。力尽きて眠る者。イロイロだが、明け方にはお互いの夢だったり目標のような話になっていたりした。徹夜テンションってやつだろう。優秀なデザイナーのTさんが実はPGに転向したいという話を聞いたりして、互いが深まった明け方だったと思う。 このイベントに参加した人同士がFB上で「今xxで徹夜」みたいな情報をやり取りしていた。弊社事務所にあっさり転がり込めたのは幸運だったとメンバーと話していて「このイベントに出る時は2日目の晩に皆でいられる場所の確保、大事だね」みたいなことを言ってた気がする。 そうして早朝にまた電車で会場へ戻る。 三日目 もうプレゼンまで時間はない。プレゼン資料を用意するもの、説得力のあるデータを取る為に走るもの。徹夜明けだしやる事も多かったので正直この日の事はあまりよく覚えていない。 へろへろでコードを書く自分とSG。SGはとても頭が良くて「今なにをすれば良いか」の理解がはやくてとても助かった。自分と分業する時にどういう形がやりやすいかを提案してくれたり、開発のスムーズ化をかなりやってくれたと思う。 迷い そんな中事件は起こる。この日何度と無くメンタリングを受けていたKさんの迷いだ。様々なメンターの意見を注入され、それを咀嚼していたKさんだが、メンターの方それぞれは説得力のある意見を出してくれるので、どういう方向が良いのかに迷いが生まれてしまった。一回全員が作業をやめてテーブルに着く。 自分 「...」 Hさん 「「あれや」「これや」「聞かされた事や」「気になる事」」 自分 「Hさんがやりたいものを「俺はこうだ!」って言うだけで良いよ。俺はそれを信じる。」 Hさん 「…少し考えさせてくれ」 Wさん(メンター) 「どう?順調?」 自分ら 「(なんか説明したり会話したりをWさんとしていたと思う。)」 Wさん(メンター) 「じゃ、頑張って(スタスタスタ)」 Hさん 「(スッキリ!)」 自分ら 「(…やべぇ。大明神まじパネェ)」 自分らはこの三日間で完全にWさんに心を奪われてた。大明神マジパネェ。Hさんが体験した迷いは起業してから自分も凄くよく出会う事になった。例えば自分が進めている事業の話を誰かにした時。相手が先輩経営者さんだったり、VCさんだったり特に目上の人が「それってこうじゃね?」って何気なく言った事が凄く尤もに感じる瞬間がある。そしてそれが思っていた方向と微妙に違ったりする。だから迷う(キチンと出来上がっている人はそこでブレない、揺れないと思う。まだまだ自分は未熟だという事だ)。 優秀な様々なメンターが見に来てくれるというのは、そういう起業した後出会う状況の縮図だったのではないかと考えると、起業後に向けたトレーニングも出来てしまうのかもしれない。 夕刻 夕刻は確実にMP(マインド・パワー:コードへの集中力だと思いねぇ)が尽きてきていて、一つのタスクを消化するのに時間がかかり、ミスも増えてきていた。他のメンバーが仕入れてくれるお茶やコーラで喉を潤すも、脳が全然潤ってこない。まぁ一日半休んでないなら当然か。 ちょっとよく覚えていなくて、コードを書かずにプレゼン練習の応援だけしていた時間があったような気がする。ギリギリまでコード書くべき気がするんだけれど、どういう流れでそうなったのか忘れてしまった。 結局どこかで割り切りが必要なので費用対効果の高い方へ割り切ったか? プレゼン 最後のプレゼンの前にWさんが来てくれて「このチームはメンターの評判が凄く良いよ。頑張れよ!」って言ってもらえたのを覚えてる。ドアからヒョイッと顔を出してそれだけ言ってサッと出て行かれてしまったから、かなりお忙しい時間だったのだろう。僕らが色めき立ったのは言うまでもない。 プレゼンは一番大きな会場に全員が集まって行う。パイプ椅子に座って全員が揃うのを待っていると… Kさん 「ちょっとさ、これなんだけど…」 自分 「え?なになに?」 Kさん 「トップページのアドレスにできない?」 自分 「ちょ、お、おう。確かに。やってみる(マジか、イマか)」 SGさん 「これやったらサクッとリダイレクトしたら良いんじゃないですか?何で出来ましたっけ。header流せば(カタカタカタ…)。できたかな?こうかな?あ、いけた。」 自分 「SG最高!ありがとう!」 普段なんでも無いような内容がMP0だと凄くしんどくなるので、この時のSGさんの的確な対応が有り難かった。時間が全くない中でも落ち着いていて冷静。出来る男は違う。 この時の自分の心残りは、夕刻ギリギリにやろうと思ってた軽いタスクがMP0で全然実装できなかった事だ。利用規約的なものまで用意があったのに、ちゃんと入れられる精神状態ではなかった。 そうしてプレゼンが始まる。プレゼンはQLiveという質問掲示板のようなものを使ってオンラインと連動して行う。QLiveを見れば、見た人がどんな反応(好意的なのか、課題を感じているか等)をしているかが一目瞭然という形。このQLiveも過去SWTで活躍されたチームの成果だそうだ。 他のチームへの反応を見ていると、かなり厳しい意見もならび、「うちらこんなんでコテンパンにされたらどうしよう」かなりビビってた覚えがある。 意外にも評価はかなり優しいものだった。シンプル過ぎて突っ込みどころが少なかったのか、目的が明瞭だったからわかりやすかったためかわからないけれど、全体的に優しい空気感でホッとした覚えがある。 結果発表 先にも書いたけれど、自分の所は優勝チームではない。 残念だったけれど、心地よい激疲労感が残っていた。その後は当然みんなで乾杯! 酔った勢いでSGさんがシェアハウス に入ってくれるように口説いてた。思えばこのイベントが無かったら彼と一年暮らす事は無かったかも知れないんだな。深夜に熱い話になって、明るくなってからリビングから退出する、なんてことを一番多くやったのがSGだった。この晩の口説き方はかなり強引だったけれど。 別れ その後、メンバーで飲み屋に入って話をした。議題は「今後どうする?」ということだった。54時間で起業するのが目的なのだから、ようするに起業するのかしないのか、作ったサービスをローンチさせるのか、しないのかということだ。 もう一つ。自分はもう会社を一つ持っていて、そっちに注力する事を決めていた。だから新会社ができたとしても十分なコミットをして、ジョインできる余裕が無いという事だ。このチームと一緒に起業する事はできない。できる範囲で応援だけをさせて欲しい。自分が作った部分が多いのでその情報は聞いてくれたらドンドン出してゆくので活用して欲しい、というような話をした気がする。 正直言って辛かったな。優秀で素晴らしいマインドの人ばかりだったから、こっちでCTOやるのも超楽しそうだと思っていたので。 ※追記: これは自分が良くなかった。起業する為のイベントなのに、起業できない人が混ざって経験と繋がりだけ持って帰ろうなんて虫が良過ぎる。そう思ったからこの後Startup Weekendには出ていない(周囲の出る人から誘われたりもしたけど、サラーッと流してしまった)。ひょっとしたら現場はもっと緩いのかもしれないけれど、自分は場に適さないのが自身だと思ったら自分から撤退するタイプ。サービスでもお店でも何でもそうだけれど、勘違いした利用者が場を壊すのってお客側の立場からなら結構簡単にできる事なんだよ。知った上でそれを続けるとしたら質が悪過ぎる。 そしてまた別の話へ 「ローンチはする。その為のアクションをしよう。」 そう決めて、その夜は別れた。 目的の54時間の話は書けたから、ここまででキーボードを打つのをやめる。 こんな長い文章を読むのはとても疲れたと思うが、最後まで目を通してくれてありがとう。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 木や植物と会話をする | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/10/27 木や植物と会話をする Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私が木と初めて会話をしたのは、2010年の3月頃のこと。 この頃の私は、キャノンの高価な一眼レフカメラを所有しており、 あちこちに写真撮影に出掛けていました。 鎌倉の八幡宮に行き、色々な被写体をレンズから覗き込み撮影を楽しんでいました。 リスが無邪気に大銀杏の木の周辺で戯れていて可愛くて、私は夢中になってシャッターを切り続けました。 そして大銀杏を下から見上げ、随分と立派な木だな~と感心していました。 脇の看板を見ると、樹齢1000年の大銀杏と書かれてありました。 1000歳の木ともなれば、それは立派なものです。 階段を上り、その途中から銀杏の木を撮影することにしました。 すると、「苦しいよー苦しいよー。」という声が聴こえたのです。 私は何事かと最初思いました。 その声は何度も聴こえてきました。 今のは何だったのか??? 自分の耳を疑いました。 木が喋るなんて聞いたこともない。 疲れているから、そんな奇妙な幻聴を聴いた気がしているんだろうか。。。 そう思いました。 確かに立派なしめ縄が掛かっていて、見るから重そうにも見えましたが。。。 答えは謎のまま数日ほど経ち、あのニュースを聴いたのです。 鎌倉八幡宮の大銀杏が強風で倒れた! 私はビックリして腰を抜かすかと思いました。 やはり、あの時聴いた声はあの大銀杏から聴こえていたんだ。。。 そう分かると、私は悲しくて悲しくて涙が出ました。 暫く辛くて涙が止まらなかったほどでした。 辛かったんだね。。。 苦しかったんだね。。。 そう思うと胸が詰まる思いがしました。 それからの私は、木から聴こえてくる声を疑いなく受け止めるようになりました。 今では、 神社に行く時には必ず、木と会話をするようになりました。 とても威厳に満ちた木もいれば、 優しくて懐の深い木もいれば、 陽気できゃぴきゃぴとした感じの木もいます。 そうしているうちに、木は人間よりも長生きしている存在が沢山いて、 そのような高齢の木は、本当に叡智の塊のような存在であることに気付き始めました。 古くからの記憶を全て携えているのです。 石などもそうですし、 もっと極端な話をすれば、城などの建物として残っている木にも記憶が浸み込んでいます。 それをその場に残った残留エネルギーだと表現をする方もいるでしょうし、 木が記憶として持っている、という表現でも間違いはないはずです。 現に生きた木は間違いなく語り掛けてきますから^^ 建物として残っている木も、生きていなければ、原型をとどめてはいないはずですから。 木が喋る位なのですから、動物達に言葉がないはずはありません。 皆それぞれの言葉で会話を交わしているんです^^ このテーマについては、これから先、もっともっと掘り下げていって、もっともっと明確に交信を交わして行きたいと思っています。 これからの地球にとって、とっても大切なテーマとなるはずです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 人生の醍醐味 206 グリーンカード | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 人生の醍醐味 206 グリーンカード Facebook X (Twitter) リンクをコピー 206 米国では外国人で米国に来たい人のために、グリーンカード取得用抽選会を開く。 何回もチャレンジしても当選しない人もいるが、 1、2回の挑戦で見事に当選する人もいる。 当選しても、 稀に気が変わり、米国行きを断念する人もいるが、 米国へ移民するのが難しい時代だけに、抽選に受かれば、勇んで米国に移住する人も多い。 手足の爪の手入れと、マニキュアをお願いした日本女性は、 「まぐれで、抽選にあたり、ハワイでネールアーチストとして生活している。」と話していた。 その仕事は自由業で、 割と曜日や時間帯を選べるが、正規の社員と違って、 医療保険もないし、退職金制度にも属していない。 コビッド19が蔓延する前は、多くの日本からの旅行客を扱っているホテルで、案内役の仕事もしていたそうだ。 二つの仕事の掛け持ちだ。 ホテルの仕事は正社員だったので、医療保険、退職金制度もあり、充実した生活をしていたが、 コビッドでホテルの仕事は閑古鳥。 それでも、運良く、ホテル業務の解雇だけは免れ、 医療保険などが生きている。 ネイルアーチストの仕事は、夜中の12時まで店が開いていて、職員はある程度自分で働く時間を決められる。 私がたまたま利用したネイルサロンは、日本人職員が5人いて、どの時間帯にも、少なくても一人は日本語が話せる人を常駐させる予定を組むそうだ。 50代半ばのそのネイルアーチストは、子供がいないそうだ。 近い将来、親の老後の世話と言う問題も抱えているし、 自分の老後を、「米国でするのか日本に帰るのか」の問題も、考慮中だと言う。 健康であれば、米国生活続行も、彼女の場合仕事もあるので、問題はないが、 一度運悪く大病に冒された場合、経済的破産も現実味を帯びてしまう。  自国を出て、外国で長期間働いた事があるその方は、普通の日本人ができない貴重な経験をしている。 ただ、ホノルルに住んでいる限り、しかも日本人客ばかり相手にしている限り、英語力の伸びは限られてしまう。  でも、私のように、米国の本土生活の長い人間には、ホノルルで日本語を話す方に世話してもらえるのは嬉しい。  それは決して言語だけではなく、 日本生まれの方が持っている、日本的な人の扱い方などが貴重に感じられるからだ。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 16父が母と結婚するためにおじいちゃんに交渉に行った話【息子たちに 広升勲(デジタル版)】 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/12/19 16父が母と結婚するためにおじいちゃんに交渉に行った話【息子たちに 広升勲(デジタル版)】 Facebook X (Twitter) リンクをコピー --------------------------------------------------------------------------------------------- この話は、わたくしの父が1980年に自費出版で、自分と兄の二人に書いた本です。 五反田で起業し、36で書いた本を読んで育った、息子が奇しくも36歳に、 五反田にオフィスを構えるfreeeの本を書かせていただくという、偶然に五反田つながり 笑 そして、息子にもまた子供ができて、色々なものを伝えていければいいなと思っています。 息子 健生 --------------------------------------------------------------------------------------------- おじいちゃんとの出逢い ここで、父さんが健二郎おじいチャン、約百子オパアチャンに逢ったとき、母ちゃんが、徳実おじいチャン、君子オバアチャンに初めて逢った時のことをおしえよう。 父さんと母ちゃんは、二人だけでは「結婚しようね」と決めていた。 母ちゃんは、柏崎のオバアチャン達に三月の末頃から「好きな人がいるから結婚したい」と話をしていたのだが、 一、長男で養子になれそうにない。 二、年齢の差がありすぎる。 三、みんなの会職員という職業が不安定すぎる。 などの理由で反対されていた。 五十年四月十三日。 都おばちゃんの学芸大学入学式に出席のため、健二郎おじいちゃんと約百子おばあちゃんが東京に来たんだ。 父さんは会って欲しいと言った。 「母さん達ね、養子になってくれるなら逢ってもいいっていってるわよ」 「養子になるという条件では逢えないよ」と父さんはいった。 そうはいいながらも、結局は逢うことになり、おじいちゃんたちが汽車に乗る一時間前に上野駅の改札口で逢った。 おじいちゃん達のおみやげには、お茶がいいと母ちゃんがおしえてくれたので、父さんは東京駅の地下街で五千円のお茶を買って行った。 改札口の所で自己紹介を済ませ、大きな紙袋に入れたお茶の包みをプレゼントしたら、おじいちゃんも紙の袋に入れている、お茶の箱よりすこし小さいズッシリと重いものをプレゼントして下さった。それは越後名産の塩辛のセットであった。 ともかくひとやすみしようと改札を出て四人は歩き出した。 おばあちゃんと母ちゃんが前を、その後ろを、おじいちゃんと父さんが並んで歩いた。おばあちゃんは黒っぽい和服、おじいちゃんはグレーの背広姿だった。 並んで歩いているときも、おじいちゃんはまぶしそうな、やさしい顔をして何も話をされないので父さんの方から喋った。 「美津子さんも正樹さんも体格のいい人だからお父さんもすごーく大きい人かと思っていました」 と言うと相変らずニコニコ笑っておられた。 喫茶店聚楽(じゅらく)に入った。 コーヒーやティーが運ばれ、飲んだ。四人は互いに意識しすぎて、ギコチない時が流れた。おばあちゃんと母ちゃんは、夏服がどうの近所のおばさんがどうしたの、同級生の○○チャンが元気だとか、よく喋った。でも二人とも父さんを意識しているのでその話がうわのそらであることはよくわかった。 しばらくして、おばあちゃんは、 「帰りのみやげに、アメ横に行ってアメを買って行こうかね」といい出した。 おじいちゃんはそんな話を全部黙ってきいていた。 「アメ横というのは、戦後アメリカ物質が沢山売られていたからアメリカ横丁というところからアメ横といわれるようになったのでアメ屋が沢山ある訳じゃあないですよ」と父さんはいった。 ようするに、おばあちゃんと母ちゃんは、間を持たせるために、まったく関係のない話をしているにすぎなかったのである。 関係のない話がしばらく続いた。 母ちゃんはいっこうに本題を切り出そうとしない、父さんは母ちゃんのひざをつついたり二、三度めくばせをして、うながせたが、母ちゃんはむしろ父さんの話したい気持を静止させようとさえした。 しばらくがまんをしていたが、もしこのままで別れたのでは、大事なことを言いそびれると思い、意を決して、父さんはいった。 「美津子さん、今日は折角の時間ですから、お父さん達に私の気持をお話させて下さい」と…。 母ちゃんは照れながら、 「父さん、広升さんの話きいて」といった。 父さんはわりあい落ちついていた。そして、生まれてはじめてのせりふを口にした。 「美津子さんとは四年も前からの知り合いで人柄もよく知っており、彼女の性格は前から好きでした。養女になっておられることも知っています。私も長男で養子にはなれませんが、二人は愛し合っています。養子にならなくても、親孝行ないい息子になります。私を息子にして下さい」 とはっきりと話した。 おじいちゃんは相変らずの温和な顔をくずさず「家に帰りましてよく相談をしてご返事します」と言葉すくなにいわれた。 「私達の子どもですども、私の姉に養女として出した娘でして、美津子には品田家を継ぐ責任がありまして、私達としては何とも申しあげられませんが、養子になっていただかなければ駄目だと思います」 おばあちゃんの顔や言葉はとてもやさしかったが、話の本筋ではキッパリと“養子でなければ駄目だ”といわれた。 それから短い時間ではあったが、父さん自身が養子になることに抵抗があること、長男であること、養子にならなくても、並の養子以上に親孝行をすることなどなど説明した。 丁度、二月十五日、母ちゃんに、 「ボクを亭主にしろよ、お嫁になれよ幸福だぞ」と口説いた時と同じように、こんどはおじいちゃん達に「親孝行ないい息子になります。どうか息子にして下さい」と何度も、おねがいをした。 もちろん、その場では、娘をあげましょうなどとはいわれない、これからあとが波高し、風強しとなってゆくのだ。 上野駅ホームでおじいちゃん達を見送った。たった一時間ほど話をしただけの関係なのに父さんは手を振っておじいちゃんたちを見送った。それほどなごやかなムードだった。 駅の階段をおりながら、母ちゃんは、 「お母さんは私に、養子にならない人との結婚は絶対に駄目だからね、っていったわ」 とおしえてくれた。 「…………」 …………。 「よーし、今日から二人の仲を公開しよう」 「エエいいわ」 おじいちゃん達に、父さんの気持を伝えてから急に気持が楽になった。たとえどんなに反対されても二人は結婚したい、その気持はかわらなかった。 それまで二人のことは、職員の川村さん、勇者の園の入園者坂元和夫さんにしか話していなかった。それを公開することにした。 養子にならねば 「広升さんと結婚したいの、逢って欲しいの」とおばあちゃんにいうと、 「養子にならなければ結婚できないよ、逢うのはいいけれど結婚はゆるせないよ」とヨブ子おぱあちゃん。 そうは言いながらも、結局父さんにあってくれることになって、朝から父さんに電話連絡。十円玉がなくなると、百円玉をいれて、飲みたくもないコーラやファンタを買い三十円のおつりで父さんに電話。 苦労したの。 四人で喫茶店に入ったけど何を話したらよいのか話題がない。それでいて本論をきり出せず、母ちゃんはあせってしまう。父さんは見かねてズパリ本論をきり出してくれたの。サスガと思ったわ。 上野駅のホームをあるきながら、母ちゃんは、おばあちゃんに、 「どう」とそっときいたの。 「よさそうな人だね。でも美津子は後継ぎなんだから嫁には絶対行っちゃ駄目なんだよ」と念をおされたの。 目次や他のストーリーはこちら X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 2000万円以上の借金の理由、借りられたワケ、そして返済 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 2000万円以上の借金の理由、借りられたワケ、そして返済 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 先日、ストーリーにて、2000万円以上のローンを抱えた話を書きました。 今日は、なぜそうなったのかを書きます。 そもそも私なのですが、、、男運がありません!! (笑) お金持ちの人には、ほぼ会いませんでした。そして困っている人がいたら、助けないといられない性格。 これらが災いしました。 この2000万円のローンを抱える10年近く前にも、500万円以上、返済しています。 2度も同じ失敗をしているのでした。とほほ。 【借金した理由】 借金の原因は、ずばり「男」です。つき合っていた男性です。 自分のためでは、これっぽっちもありません。 彼のためを思って借りたローンでした。 「仕事に使う道具を買いたい。」 「生活費が足りない。」 彼は、借金を作れる立場の人間ではありませんでした(← あやしいー)。 それらを私が肩代わりしていました。 (もう、なんとおめでたいというか。アホ。) そして、ずいぶん経ってから、彼が仕事を辞めていたことに気づきます。 彼は、私に嘘をついて、ずっと無職でした。 当時、私は、うつ病を患っていたこともあり、「考える力」が衰えていました。 そして、彼に「洗脳」され、うまく使われていたのです。 あれよあれよと気づいたら、2000万円以上に借金が膨れ上がっていました。 毎月の返済が月末にやってきます。 その時は、戦々恐々でした。いくら、引き落とされるのか。足りるのか。 月末が恐怖でした。 生きた心地がせず、自己破産も考えました。 しかし、絶対に自己破産をしなかったのは、親に買ってもらったマンションがあったからです。 これだけは、絶対に手放したくなく、それが理由で、なんとかがんばりました。 【多額のお金を借金できた理由】 これは、私が、一部上場の大きな会社に勤務していたからです。 銀行やクレジットカードで、ほいほいとお金を貸してくれました。 キャッシングの利率は、とんでもなく高いです。 でも、そんなことは考えていられませんでした。 返済のためにお金を回す。 いろんな銀行などに口座を開設しました。そして借金をしました。 完全スルーで断られた銀行も何件かあります。 そして、あと1つ、救いだったのが(← 救いといっても借金を増やしただけ。)、生命保険の「貸付金」です。借金のために、生命保険を解約しようとしたところ、提案してくれました。 そういう「ワザ」があることを知り、この貸付金で、数百万円を借りられました。 借金できるところは、ありとあらゆるところを考えました。 でも心に決めていたことは、「消費者金融」からは、お金を借りないということでした。 結果的には、銀行のローンは「消費者金融」なのですが、明らかに名乗っているところからは、借りませんでした。 その彼は、すごく悪知恵がはたらく人で、年末のボーナスが出た時期に、3日連続で、銀行口座からお金が引き出される事件がありました。銀行や警察まで行って調べてもらったところ、なんと、彼が、私のキャッシュカードを夜中に抜き取り、近くのコンビニで引き出していたのです。 警察からは、こういうケースは、「身内であることが犯人のほとんど」と教えてもらいました。 その時の彼は、全く罪悪感のかけらも無く、悪知恵をはたらかせて、さらに私からお金をむしりとっていきました。 自分がどうしようも情けなく、救われず、自殺も考えました。 「そうしたら、ラクになるなあ・・・」 と。 本当にさんざんな数年でした。 最後は、当然のことながら、絶縁しました。 私に残ったのは、多額の借金だけです。 【借金返済】 追い込まれた私は、前述のとおり、「自己破産」も考えました。 「自己破産」か「返済」か「自殺」か。 その3択しか、考えていなかった時期もあります。 やがて、うつ病が改善してきた時に、少しずつ頭が回り始めました。 まず、思いついたのが、会社の制度である「持ち株制度」と「財形積立制度」でした。 これは、途中から給与から天引きで行っていました。 「これを現金にできないか?」 そこから、私の頭が動き出しました。 調べて、無事に現金に変えることができました。といっても微々たる金額です。 でも全然無いよりはマシ。少しまとまったお金を返済できました。 次は、自分が積み立てていた「純金積立」。これも全てお金に変えました。 また私は、両親から、両親の形見がわりの純金1㎏(!)をもらっていました。 これは、余談ですが、両親はこの金をとても安い時期に買っていて、私が売るころには、3倍の価値がついていました。 その時には、すでに両親は、体調が悪く、まともに話せる状況ではありませんでした。 「お父さん、お母さん ごめんなさい。どうしても必要なので使わせてください。」 と懺悔し、地金を売りました。そして返済。ここで、少し気持ちがラクになり、自己破産も回避できる状況になってきました。 そして、私は、大きな決断をします。 「会社を退職すること」 会社を退職したのは、借金返済だけが目的では、ありませんでした。諸々の事情があり、辞めるタイミングでした。 そこで、手にした退職金。それで返済。 ここまでで、だいぶ、返済のめどが見えてきました。よしよし、返せる!と。 といっても、まだここまででも、1000万円近くの借金が残っていました。 そして・・・この1000万円の返済は、親の遺産相続でした。 実家マンションを売却しました。 賃貸で残す方法もあったのですが、自分には現金が必要なこと、また弟夫婦がいるのですが、今後も賃貸でお金のやり取りがあるならば、弟ともめるだろうと考えました。 弟にもお金を渡すことにして、売却しました。 これで、借金返済完了です。 借金をしている間には、何人かの知人にも頭を下げました。 それでも誰一人として、1円も貸してはくれませんでした。 こんな経験もして「お金とは?」とずいぶん考えさせられました。 借金といっても、彼からはけっして返ってくることは無いお金。 こうして、自力返済しました。 彼を恨んだ時期もありましたが、結局は、自分が悪かったのです。認識が甘かったのです。 人生でとても良い経験になりました。 これは、後日談です。 もう私は、元カレの口車には、ひっかかりませんが、少し罪悪感が出てきたようです。 元カレも思うところがあったのでしょうか。。。 今は、微々たる金額で、何十年かかっても完済できる金額ではありませんが、月に数万、返してくるようになりました。 「自分がしたことが、いずれ自分に返ってくる」 と言われます。 私には、いい意味で返ってくるのかなぁ☆ とお気楽に考えています。 2000万円もいずれ返ってきたら、最高だな!と。 ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。 キャッシュで2億円持っていた母と自分のせいで2000万円以上のローンを抱えた私 https://storys.jp/story/31681 給料日2週間前に所持金276円だった私 https://storys.jp/story/31699 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 「さすが」俳句と短歌集 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/4/15 「さすが」俳句と短歌集 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 寒空に耐えて 根を張る つくしの子 踏まれてもなお育ちゆく つくしの子 道端の 名もなき草にも 日よ当たれ 風待ちて ゆっくり休めよ 鯉のぼり 一人きり 泣き出しそうな 梅雨の空 夏花火 映る水面に 屋形船 散る花火 思い届かず また一人 初詣 待ち人来ると 励まされ 気がつけば 祭りも花火も ない夏に 雑草よ 私も欲しい たくましさ 酒くみて 秋の夜長の 語り合い 井戸水で 西瓜冷やした 祖母の家 ●しばらくは 会わないほうが いいみたい 恋の終わりは お互いのため ●薄着して 男を誘う 女たち 悲しい男の 悲しい習性 ●恋だけが 大人になれる チカラなら  そんな簡単でなく そんな難しくなく ●駆け引きや 自分を大きく 見せるより 早く二人で 歩みだしたい ●大人になるって 心の鎧 重くなり 一喜一憂しなくなることかも ●複雑な 人付き合いより 草花の 素直に応える 正直さが好き X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 第百四十三章 いなべ地区の合格判定 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/12/30 第百四十三章 いなべ地区の合格判定 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 第百四十三章 「いなべ地区の合格判定」                過去問正解率  学年順位 四日市高校「国際科」    93% 四日市高校「普通化」    90%       1位 桑名高校 「理数科」    85%       5位 桑名高校 「普通化」    80%      15位 川越高校「国際文理」    75%      20位 川越高校 (「普通科」    70%      25位 学校間格差、年度間格差があるので「めやす」にしか過ぎません。「三進連」がなくなったので、三重県には半数どころか1割の生徒が受けているテストさえ存在しなくなりました。 校内順位まで隠蔽されたら、目隠し状態で受験に飛び込むことになります。 将来、国立大学の医学部や旧帝(東大、京大、阪大、名大、九大、北大、東北)をめざす方は四日市高校の国際科順位(上位15%)に入る必要があります。 中学校の校内テスト(中間テスト・期末テスト)で何点をとっているかなど、合否の目安になりません。受験は相対評価なので、順位が全てです。各高校の定員に入らなければ、何点とっても落ちます。 だから、当塾では毎月コンピューターが偏差値、順位、合格判定を塾生の皆さんと保護者の方にお知らせしているわけです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 子どもの頃、幸せを探し回った話。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 子どもの頃、幸せを探し回った話。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 子どもの頃、よく四つ葉のクローバーを探していた。 それをみつけると、幸せになれるとか言って、日が暮れるまで、ずっと。 普段は四つ葉のことなんて考えないのだが、公園とかで遊んでいて、ふとクローバーに気づくと、「あ、探さなきゃ」などと思ってしまって、探し始めてしまう。 そうなってしまうともう止まらない。 みつかるまでずっと探し続けてしまうのだ。 四つ葉のクローバーがみつかって、「やった、いいことがあるぞ!」と思って家に帰ったら、「こんな時間まで何してたの!」と怒られて、「全然いいことないじゃん!」とか思うのに、そんなことはすぐに忘れてしまって、別の日にまた探してる。 子どもはいつだって幸せを探しているのだ。 大人になって、植物の本を読んだ。 色々な草花について、写真付きで詳しく書いてある。世界中の、見たことのない不思議な植物、色々な色の美しい植物がたくさんあった。 その中に、クローバーもあった。 そのページには、四つ葉や五つ葉以上のクローバー(56つ葉が世界最高らしい)についても書いてあった。 どういう条件で四つ葉以上になるのか。 それを理解したうえで探せば、すぐにみつかるに違いない。 私は早速本を片手に近くの公園に行ってみた。 すると、10分もしないうちに、四つ葉や五つ葉などがいくつもみつかった。私がみつけた最高のものは七つ葉だった。 私は調子に乗ってそのまま日が暮れるまで四つ葉以上のものを探し続け、両手いっぱいにクローバーを抱えながら、「こんなに幸せがいっぱい」などと言ってみた。 しかし、ふと公園を見回してみて、なんと虚しいことだろう、と思った。 もうここには幸運の四つ葉のクローバーは存在しないのだ。 私が全部摘んでしまった。 明日、どこかの子どもがふと、四つ葉を探そうと思っても、みつからないだろう。 本で得た知識をもとに、簡単に幸せをみつけてしまうことが、本当に幸せなのだろうか? そこにあるたくさんの幸せを、独り占めしてしまうことが本当に幸せなのだろうか? 私はそれ以来、四つ葉のクローバーを探すことはしていない。。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

検索結果

bottom of page