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- 揺れる高校・大学時代 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 揺れる高校・大学時代 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 〝勝負と楽しいの違い〟 3年間通った高校のサッカー部のコー チに目を留めてもらい、サッカー推 薦でその高校に入ることになった。 しかし、そこはすでに競争の世界。 今までチームで仲良くやってきた 環境とは全く違い、強い・うまいが 基準だった。 完全に気後れしてしまい、1年の頃 は前に進むことを止めてしまった。 1年のキャプテンを任されたが、周 りとのギャップに耐えられず、2年 になる前に席を譲った。 高校2年になり、少なくとも上を向 き始め、自分の代になった時は先発 で出るんだという気持ちを持ち始め た。 ある合宿でたまたまぼくの高校のA チームの試合に補助員として同行した。 なぜかぼくだけだったかはさておき、 チャンスは舞い降りてきた。 右バックの選手が怪我で残りの試合 に出ることが難しくなった。 そこにはぼくしかおらず、突如試合 に出ることになった。 頭は真っ白でとにかく力量の差をひ たすら泳ぎ続ける魚たちのようにが むしゃらに走り続けた。 それを機に自分でもやれないことは ないんだと思い直すことができた。 Bチームに戻ったトキ、ボールが止まっ て見えた。たったあの一瞬で大きな 進歩をしてしまったんです。 そこで得た感覚を忘れずにひたすら 自分の長所を磨き続けました。 最終的には自分の代で先発を任され ることも多くなりました。 〝道に迷った数年〟 高校のサッカー人生が幕を閉じ、 大学進学を決める。 サッカーは心のどこかで高校で 終わりを迎えていたが、なんとな く諦めきれずに大学もやろうかと 思い、県一部に属する大学を選ん だ。しかし、圧倒的な差を目の当 たりにして終止符を打った。 そこから路頭の日々。 この学校生活が自分としては一番 の正念場だったと思う。 内気になっていた自分は自分から 新しい友達を作ることができず、 毎日の電車の中でここで扉を開け れば楽になるかなぁ。。。 と考えていたくらい新しい環境に 飛び込めずにいた。 そんなある日、教員免許を取るこ とを決意した。 何かしないと本当に自殺するんじゃ ないかと思ったからだ。 あとはバイトも始めてみた。 このふたつがいい効果を生む。 まず、教職課程の場というのは、 とても狭い。というか、取ってい る人数が少ないから自然と友達に なれる。 さらに、バイトも体を動かすとと もに連帯感をもってするある意味 で団体競技のようなもの。 だから、ここでも自然と友達がで きた。おかげで気持ちに整理がつ いてまた、前に進めた。 教職課程は教育実習へと近づいて いよいよ子供達に教えることになっ た。二週間という短いようで長い 時間だった。 体育祭も絡んできて自分が受け持つ 授業数はそんなになかったが、それ でさえも、授業をするときは本当に 情けなさでいっぱいだった。 なんでおれは教師になりたいんだろ う?周りに向いていると言われたか ら?その気になってしまった? 実際そうなんです。 子供は好きだけど、だた彼らの成長 を見守るのは好きで、ぼくが彼らを 成長させるのは全く違う話。 それに気付かされた。 経験がないだけ。それもあるかもし れない。でも、サッカーだけなら 問題なかった。 進路が重く自分に乗しかかった。。 バイトはとにかく大変だったけど、 楽しかった。周りとの連携を考え ながら、料理を以下には綺麗に早 く提供できるか。ある意味で職人 だ。 そこでの出会いも本当に素晴らし いものだった。人生初めての彼女 もできて、あとは就職先だけが残っ た。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 金岡荘次の自己紹介 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 金岡荘次の自己紹介 Facebook X (Twitter) リンクをコピー はじめまして。金岡荘次です。 今までネット上で積極的に発信することはなかったのですが、せっかくのSNS時代、一人のマーケターとして発信していきたいなと思い、noteを書いていくことにしました。 今日はわたくし金岡荘次の自己紹介を書きます。 私は元々は起業を志していたので、まずリクルートに就職して営業に、次にコンサルティングファームで戦略・財務・組織のコンサルティングに従事した後に起業しました。 そして、実際に起業して事業を立ち上げる中で、デジタルマーケティングの重要性や会社員として企業で働くことのおもしろさを改めて理解し、D2Cのベンチャーにマーケティングマネージャーとして入社しました。 そこで、まず代理店に任せていたマーケティングの戦略立案・分析・月間1億円のデジタル広告の運用をすべて内製化に変更し、ターゲットの拡大とマーケティングの効率化に成功。 さらに、CRMと集客データを連携させ、セグメントごとに最適なマーケティングを展開することで、3年間で月次の売上高を1億円から2億円、新規顧客獲得数を1500人から4500人への成長を実現。 現在は外資系の事業会社でグローバルに連携をとりながら、自社ECサイトの運営・マーケティング・オムニチャンネル戦略に取り組んでいます。 これからマーケティングについていろんなストーリーを発信していきます。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 四角関係 第三話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/12/13 四角関係 第三話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー そしたら、携帯が鳴った。深夜2時過ぎ。 僕もツレも、こんな時間に誰だよ?と訝る。携帯を見ると「Sちゃん」と表示されてる。マジかよ。こんな時間に電話って。無視して寝てたいとこだが、電話に出る。 「もしもし?Sちゃん?どうしたん?」 と精一杯元気そうな声で応対する。けど、Sちゃんは無言だ。 あれ?電波悪くて切れた?で画面を見るけど、アンテナはバリ3(古いなこの表現)。 「もしもし?もしもーし?」 と何度か話しかけてみると、うっすら聞こえてくるすすり泣く女性の声が聞こえる。泣いてるんかい。 「どしたん? 泣いてるんか。何があったん?言うてみ?」 と尋ねてみるもただただ泣いてるだけで返答がない。「Mとなんかあったの?泣いてちゃわかんないよー。深呼吸してさ、落ち着こうよ」となだめてみる。 こちとら38度超えてる状態の深夜2時過ぎ。 泣きたいのはこっちだ。 すると、何かを話そうとしてる雰囲気はあるものの「あ・・あの・・あのね・・・あ・・・」って感じで言葉にならない。えづいてるというか、もう呼吸が荒れまくり。 心境としては「犬のおまわりさん」である。 そっから1時間くらいは経過しただろうか。友人たちは友人たちで話し合ってたから別に迷惑はかけてないけど、俺の意識というか体力がやばい。かなりしんどい。 いや、いつでも電話しておいで、とは言ったけどさ・・・ まさかこんな時間に電話してくるとは。 あかん、頭が回らん。「Sちゃん、ごめん。俺、ちょっと風邪で熱あってさ、しかも今、ツレの家なんだ。今度聞くからさ・・・」と言ってみたところSちゃんも泣きじゃくりながら「・・・うん」と言ってるのはわかるけど、切ってくれない。全然泣き止まない。そっから1時間。彼女の泣き声を聴き続けた。よくそこまで泣けるな、と感心しつつ午前4時。 「Sちゃん、もう4時だからさ。今日はもう寝よ?寝ないとさ、カラダに悪いよ?明日もバイトじゃないの?また聞くからさ、もう寝たほうがいいよ」と伝え、半ば強引に電話を切った。ものすごい疲労感だったのを覚えてる。 そして翌日、当然、熱が引くこともなく。フラフラで家に帰ってソッコーで寝る。 昼ごろに家に帰ってきて、そこから家で寝てるけど、なかなか熱がひいてくんない。 Sちゃんの話はなんだったかなーと思うも、自分もキツイので、電話はしてない。熱ひいたらファミレス行って聞くかーと思いながら、先ずは風邪を治さないとと思って無理やりでも寝てた。眠くないけど。 寝付けなくて深夜2時。電話が鳴った。 「え?」と思ったら相手はSちゃんやった。ちょっ待てよ。いや、普通さ、体調悪いのわかってるんだからさ、さすがに間隔あけない? と思いつつも電話に出る。「もしもし?Sちゃん・・・?」と聞くと電話の向こうでうっすら 「ひっく・・・グスッ・・・」と聞こえてくる。 もはやホラーである。 まだ泣いてるの???いや、ずっと泣き続けてるわけではないだろうけど、え?また?俺、また泣き声聞き続けるの??? 結局、理由は聞けないまま、泣き声を聞き続けること2時間。彼女との電話が切れた。充電かなんかだったか忘れたけど、ちゃんと会話できなかった。 それからほどなくして、別れたという話をバイト先で聞いた。 確か、もうひとり相談相手がいたのかな?から聞いた。あらら~と思いながらSちゃんが心配だった。 ファミレスに行ってもあまりSちゃんと会わなくなってた。 理由はたまたまのタイミングでもあったんだけど、就職活動や留学(Sちゃんは結構頭いいのだ)の準備だかなんかで、いつ行ってもいる、という状況ではなかった。 そうなると、気になってきちゃってね。僕の悪いクセですが。その頃には完全にSちゃんを好きになってました。いや、これでね、もしSちゃんと付き合ったら「彼氏彼女を交換したんか」って感じになってしまうので、マズイよなぁーとは思いつつも好きになってしまったもんは仕方ない。 それに、色々と相談に乗ったし、無理もしてきたわけですよ。何かね、こう打算的な?「あれだけ親身になったんだからつきあってくれるんじゃないか?」みたいなのもあって。 で、ある日、バイト先に久々現れたときに(僕はSちゃんがいようがいまいが、元々ファミレスに行ってたからね。週一くらいで)、Sちゃんのバイトが終わってから店の外でコクった。 Sちゃんも雰囲気察してたんだろうね。見事にごめんなさい。 無理です。ときっぱり。冷たい反応。というか少し迷惑そうだった。 うっそ、マジで?と頭真っ白になったけど、とにかく笑顔で「そっかーわかったよー」と取り繕って帰宅。泣いたというより哭いた。 けど、友達関係は続けられるからいいや、みたいな感じで前向きに考えていたんだけど、ある日突然音信不通。メールは届いてるっぽいけど反応なし。 そして、メールも届かなくなった。マジかよ・・・。よくできるね、そんなこと。 そんなことするような子には見えなかったんだけどな・・・。 女ってこえーなって。 と思いながらT子が巻き起こした騒動によって俺が最後に哭きを見るというそんなお話でした。 後日談 T子とMは結婚しまして、幸せかどうかは知りませんが、子どもも産まれたそうです。 2度と会いたくないです(ま、向こうもだろうけど)。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- Useless waste and necessary waste 1.4 Law of energy conservation (3) | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 Useless waste and necessary waste 1.4 Law of energy conservation (3) Facebook X (Twitter) リンクをコピー Furthermore, the Energy Conservation & Recycling Business Promotion Act was enacted in 1993. It was decided by the Cabinet in January 1994 to achieve maximum reductions of 7%, 25%, and 3% (average) in power consumption by fluorescent lamps, televisions, and copiers respectively by the end of fiscal 2000, which have a high penetration rate and a large energy-saving effect. Recently, a device for energy saving promotion of power demand (DSM = demand side management) has been attracting attention as a countermeasure for slowdown of costly power source development. Regarding the energy saving of transportation energy demand, TDM (transportation demand management) has been proposed mainly in the United States. Also, the use of unused energy as one of the effective methods for energy saving is emphasized as an energy policy. Until now, the waste heat from city life, river water that uses the temperature difference from the atmosphere, and the heat at sewage treatment has not been used. However, these kinds of energy can be effectively used. The preventive energy saving that incorporates energy conservation into the social system can reduce carbon dioxide and nitrogen oxides. It also helps promote environmental conservation. The Agency for Natural Resources and Energy has launched the Energy Infrastructure Maintenance Office. Then, the examination of the measures to introduce the unused energy utilization system has started. At present, by reusing unused heat energy released to the atmosphere, nitrogen oxides can be reduced by 60-80% in comparison with using existing cooling and heating systems. Furthermore, it is possible to reduce the increase in domestic carbon dioxide by 2010 by about 10%. This has the effect of promoting conservation of the global environment. A substantial investment of 24 trillion yen is required for infrastructure development by 2010 toward commercialization of waste heat utilization system. X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 素で生きている人が最強で無敵。 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 素で生きている人が最強で無敵。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー キャラクター作って売れたひとは、どこかでカミングアウトして 【素の自分】をみせる芸能界。 と、いうことは.......? 【素に近い形で生きている人が最強で無敵】ということです。 自分を偽らない。 好き嫌い賛否両論、出ます。 素でいるからこそ、批判されたりエゴサして自身のことみると 【素だから傷つく】 これ【キャラクター作ってる人は私じゃないしって傷つかない】ので 【キャラなしてタレントやアイドルを演じて、一定期間で引退】するひともいる。それも一つの方法です。 ただ【ロングセラー】として 【業界を細く長く居続けるためには、素でキャラクターとしているほうが断然続きます】 嫌われてもいい。 【この素の私が好きな人が集まればいい。嫌いな人は去ってもいい】と覚悟してやる。 そのほうが【人気者】になります。 【万人受けしよう、全員から好かれよう】とするひとは、【芸能界向きません】 むしろ【私、腹黒だし性格悪いし、嫌われてもいい】ってこの方が、向いてる。 【良い子】は【業界で潰されます】そして【利用されます】 はいはい、聞く子こそ、潰されますし利用されます。そういう子は【芸能界にいれてはダメです】 病んでしまいます。 生きるために、子役として【芸能界】はいる【良い子】はお金稼いで途中、業界を抜けるのはそのためです。 【ちょっと性格悪い】くらいが 【丁度いい】 そういうひとが【人気者】へのしあがることを、皆様お忘れなきよう。 #Spoon #配信者 #芸能界 #エゴサーチ #推しの子 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 家族の崩壊 8 「夫婦喧嘩を見るのがとても嫌だった」 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 家族の崩壊 8 「夫婦喧嘩を見るのがとても嫌だった」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 五才の頃から幼稚園に通ったが、幼稚園時代で既に友達はいなかった。 幼稚園時代の出来事はあまり記憶がない。 でも既に、周りの子に嫌がらせをしていたのだろう…。 そして二年後、小学校に通い出すが、同じく友達は出来なかった。 単発的に誰かと遊んだ事はあったが、一回きりというのがほとんどだった。 家庭では、親父と母が毎日のようにいがみあっていた。 家は多額の借金を抱えていた。金額は知る由もないが母がそう言ってたし、実際おやつなんて物は出された事もなかったから本当なのだろう…。 そして親父は母を殴りつけていた。 俺も止めに入ったが怒鳴りつけられた…。 夫婦喧嘩を見るのがとても苦痛だった。 『やめてよ!やめてよ!』 と言っていた。どうしていいのか、早く終わってくれ! と祈るような気持ちだった。 最後に親父がありったけの皿を割って喧嘩は終わる…。 こんな事がしょっちゅうあった。 意識はないが、俺の人格形成において、この頻繁に起こる夫婦喧嘩は、影響を与えてると思う。 そしてクラスメイトに対する俺の嫌がらせは、本格化したようだ。 たくさんあり過ぎて細かくは覚えてないのだが、小学校二年生の頃の通知表のコメント欄には、担任の先生からこんな事が書いてあった。 【絵や作文にキラッとしたものを見せる◯◯くん。三学期になって、やっと『これどうやるの?』などと聞いてくるようになりましたね。春休みに入るのが残念ですが、猫の時に見せた優しさを忘れずに、他の子にちょっかいを出すのはやめましょう】 「猫の時に…」とは、二年生のある日、通学途中に、目やにだらけの野良猫を拾ったのだ。 家では飼ってもらえないと思った俺は、担任の先生に頼んで野良猫を学校で飼わせてくれと頼んだ(と、思う。頼んだ記憶は抜けている) そして担任の女の先生は、何日か猫を教室内で飼わせてくれた。 俺は給食の残りを猫に与えた。 教室の黒板の脇にあるテレビの下に段ボール箱を置き、そこに猫をいれていた。 クラスメイトがたくさん、猫のもとに来てくれた事を思い出す。 だが猫はしばらくして、やっぱり学校では飼えないって事になった。この猫をどうしたのか記憶にない。 俺がもとに戻した記憶はないから、学校側で処分してしまったのだろうか…。 そして相変わらず俺はクラスメイトにちょっかいを出していた。 俺は益々嫌われ者になっていった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- #新卒#うつ#精神科#休職#命の恩人#退職#工場バイト#引越し#恩師#結婚 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 #新卒#うつ#精神科#休職#命の恩人#退職#工場バイト#引越し#恩師#結婚 Facebook X (Twitter) リンクをコピー なんやかんや、生きていればいろんなことが起こるらしい。私の人生逆転劇が、どうか苦しむあなたのもとへ届きますように。 1. #新卒 #うつ 大学院を修了して、新卒でとある会社へ入社した。好きなことを仕事にできたと思っていたし、まわりから期待されていろいろと任せてもらえるのが嬉しかった。しかし、職場の人員不足もあって、いつの間にか自分のキャパシティをとっくにオーバーしてしまっていた。それでも仕事はどんどんふってくるし、上司からは仕事が遅いとねちねちと言われ続けた。休みも不定期だったし、2週間連続で勤務していたこともある。やっと休日になったとしても、家で仕事をしなければどうやっても間に合わなかった。東北の実家から大学で東京へ出てきて、職場は東京より西の地域に配属されたから、まわりに友達もおらず、いつも1人ぼっちで誰にも相談できなかった。 そんな生活をしばらく続けていると、帰り道で訳もなく涙が流れたり、明日のことが不安で眠れなかったり、出勤途中に車を運転しながら、このままガードレールにぶつかってしまったらどれだけ楽だろうか、などと考えるようになった。 そしてある朝、どうしても布団から起き上がることができなくなった。上司に電話で連絡をし、しかし休むわけにもいかず、なんとか午後3時頃から出社した。そしてその日の就業後23時、取締役がわざわざ私の支社に来て、直属の上司と共に3人で面談をした。取締役は「お前は今病気にかかっている状態なのだから、すぐに明日病院に行きなさい」といって、その場で翌日は休暇となった。しかし取締役が帰ってから、直属の上司から、「新卒のお前に取締役が直接声をかけてくださるなんて、どれだけ期待されているのかわかっているのか」「病院に行ったらすぐに戻ってこい」などとくどくど説教をされた。本人は応援のつもりで話していたから、よもやこれが「パワハラ」になるとは思っていない。あくまで善意。こういう人が世の中にはまだまだ多いのではと思う。 2. #はじめての精神科 早速メンタルクリニックの予約を取ろうとしたら、1か月先まで予約で埋まっているという。私のような人がたくさんいるのかと思うとなんだか少しほっとした。しかし今日は病院にいくための休みなのだから、どうにかして今日診てくれる病院を探さなくてはいけない。調べてみると、家から車で1時間のところに、初診で当日受け入れてくれる精神科外来があった。ナビに従って車を走らせると、どんどん森の奥深くに入っていく。このまま神隠しにあうんじゃないか、それもまたありか、なんて考えながら、病院に着いた。 精神科では、ストレスからくる重度のうつ状態、と診断された。薬も処方され、ひとまず2週間休職して、ゆっくり休んで様子を見ましょう、とのことだった。先生も看護師さんも、病院の人達はみんなびっくりするほど優しかった。 精神科の先生は、「死にたい」と言いながらわんわん泣く私に対して、「そうだね、死にたいね。でも死ぬのはだめだよ。それだけは約束してね。」とあっさり、でも力強く、落ち着いて話をしてくれた。誰かに助けを求めたいけど、誰とも話をしたくない、という矛盾した思いを抱えてぐるぐるしていた当時の私には、干渉しすぎずに冷静に話をしてくれるあの先生の対応がありがたかった。 3.#休職 休職して2週間は、東北の実家に戻って休養した。母は特になにも言わなかった。職場環境はどうだったのか、なにが問題だったのか、これからどうするつもりなのか、あのときにあれやこれや言われていたらきっとパンクしていた。一日中寝ていても何も言わず、普通に生活の世話をしてくれた。休日には「岩盤浴に行ってみたいからついてきて」と言われて一緒にいった。二人で無言のまま岩盤浴をしたあと休憩ルームで昼寝をして、アイスクリームを食べて帰ってきた。母は何も言わなかったけれど、誰よりも私の体と心のことを心配してくれていたのだけはよくわかった。 休職期間もそろそろおわり、という頃、上司から電話がかかってきた。「もう少しで終わりだな、元気にしてるか?」から始まり、最近現場が人手不足で大変なこと、早く戻ってきてほしいこと、そのためにも病院では元気にふるまうように、との謎のアドバイスをいただいた。もちろんそんなアドバイスで元気になるわけもなく、それどころか悪化して、実家から帰る新幹線の中で人目もはばからず大泣きしながら、とりあえずは自宅へ戻った。 復職前に病院へ行くと、「このまま復帰はできない。1か月休職期間を延長して、心が正常になってからいろんな判断を下しなさい」、とのことだった。そのことを上司に伝えることがどうしてもできなくて、看護師さんに付き添ってもらって、泣いて鼻水も垂らしながらなんとか伝えた。病院から会社に向けて、療養中は一切連絡をしないようにとも言ってもらった。 4.#命の恩人 再び休職期間となってからは、自宅で1人、ほとんど寝たきりで生活していた。読書とか、映画とか、以前は楽しめていた娯楽が全然楽しめなくて、ただただ無気力だった。お風呂にも入れず、食欲もわかず、なんとなくお酒をガブガブ飲んで大泣きして、泣き疲れて眠る、という生活をしていた。誰ともかかわりたくなくて、カーテンも開けずに暗い部屋で1人、今日が何日なのか、朝なのか夜なのかもわからずにひきこもっていた。 友人たちも気を遣ってそっとしておいてくれて、それがとてもありがたかった。ただ唯一、高校の同級生とは毎日連絡をしていた。同じ吹奏楽部だった彼は、以前から毎日くだらないメールのやりとりをしていて、私がうつになってからもやり取りが途絶えることはなかった。2人で遊びにでかけることもあったし、私の引越しを手伝ってもらったこともある。もはや親戚のような感覚だった。気を遣わなくて済む相手だったので、つらいことを全部さらけ出せた。毎日毎日ネガティブなことばかり送っていたけれど、それでも淡々と相手をしてくれた。 ある日「死にたい」、と言ったとき、「それはだめだ」とか「そんなことは言うな」とか、私を責めることなく、「それはもったいないよ」とたった一言だけ言ってくれた。あの時の私はその一言で救われた。「もったいないよ」と言われたことで、なんだか妙に納得して、素直に「ああもったいないな」と思えた。彼のその一言で命をつなぐ気になったのだから、まさに命の恩人である。今考えれば、毎日毎日うつ病患者からメールが届くのだから、彼もしんどかったと思う。根気よく付き合ってくれて、必要なときに必要な言葉をかけてくれる人がいたことがとてもありがたかった。 5.#退職 結局うつ状態と診断されてから2か月と2週間、休職をした。会社の偉い人から「希望する部署に異動してもいい」という連絡が来たり、お手紙が届いたり、お花が届いたり、泣くことでストレスが解消されるとのことで「泣ける本」が届いたりもした。お気遣いは大変ありがたいけれど、心配されなくても毎日泣いているのである。 やはりどうにも職場復帰は考えられず、退職することにした。最終的な退職の決め手は、職場の先輩から、長々と送られてきた「激励」メールだった。「休んでいると復帰しづらくなるから早く帰ってこい!期待してるぞ!つらいのはお前だけじゃないんだ!がんばれ!」うつ病患者に言ってはいけない言葉ベストテンがすべて入っているような文章だった。きっと彼も善意で送ってきているから、やはりこの世の中にはまだまだ「こういう」人達がたくさんいる。そんな人たちのところではやはり働き続けることなどできない、と思い退職を決め、泣きながら人事部の人に連絡をした。実際やってみると退職するなんて簡単なことだった。なんだか少しすっきりして、少し寒い浜辺で海を眺めながらアイスを食べた。気が付くと夏は終わっていて、もう季節は秋だった。そういえば今年は暑いとか寒いとかあんまり感じなかったなと思った。 6.#工場バイト 退職はしたけれど、実家から離れての1人暮らしを続けていたから、貯金も底を付きそうになってきた。変なプライドが邪魔をして、荷物をまとめて実家に帰るという決断もできず、ひとまずバイトでお金を稼ぐことにした。誰とも話さずに済むように、工場のバイトを選んだ。流れてくる青汁の箱に延々とシールを貼ったり、無限に段ボールを組み立てたりした。単純作業は苦にならないので、週に2~3回の勤務で、結局1か月ほどそのバイトを続けた。 工場バイトは私のお母さん世代の人たちが多かった。2~3日のみの単発バイトには若い人も来るけれど、名前を知る前にみんないなくなる。見知らぬ若者がそれなりの期間働いている、ということでおばさんたちはそわそわしているのがわかった。最初は腫物をさわるみたいな扱いだったけど、1日に一言、二言、人と話すようになった。「仲良くなった」といえるほど会話はしなかったけれど、少しずつ職場には馴染んでいったと思う。これまでの経緯を話すと、「それは大変だったね」「まだ若いんだから辞めて正解だよ」と励ましてくれた。 工場バイトの最終日は、みんながちょっとずつチョコやクッキーなどのお菓子をもってきてくれた。一番ベテランと思われる少し厳しいおばさんは、「あんた今日最後なんでしょ、食べな。」といって、ロールケーキをくれた。午後の15分休憩のときにポンと渡されたので、急いで食べた。 人と話したくないと思って始めたバイトだったけれど、周りの人達が心地よい距離感を保ってくれたおかげで、「人と話す」ことのリハビリになったと思う。ついでに段ボールの組み立て方も上手になった。 7.#引越し 工場バイトもなんとか馴染んできたけど、それでも体調によっては週に1日しか行けなかったりして、収入が安定しなかった。貯金も底を付きそうで、やはり実家に帰ることを決めた。母に連絡すると、「軽自動車に詰め込めるだけ荷物を詰め込んで、自力で運転して帰ってこい」とのことだった。 ここから実家までは650㎞である。新幹線代を出すからとにかく帰っておいで、とか言われると思ったらそうでもなかった。干渉しないわりに保護もしないらしい。しかしいざ「帰る」と思うとなんだか元気になってきて、せっせと荷造りをした。お昼の12時に自宅を出て、実家についたのは深夜12時だった。荷物がパンパンのオンボロ中古軽自動車ではスピードが出るはずもなく、高速道路の「登坂斜線」を初めて使ったりして、のろのろと走った。ぎゅっとハンドルを握っていたせいか、着く頃には指と腕がしびれていた。実家につくと母は「本当に来れると思わなかった」と言って笑っていた。もう二度とこんな距離を運転することはないと思う。 8.#恩師 実家に帰ってからもしばらくは寝たきりで、ちょっとしたことで悲しくなって泣くこともあった。それでも好きなことは少しできるようになってきて、地元の吹奏楽団に入れてもらって楽器演奏をしたり、好きな本を読んだり、のんびり過ごしていた。このまま地元で仕事を探そうかとハローワークに通っていたところ、大学院時代の指導教授から突然連絡がきた。母校で職員の公募が出ているから、応募してみてはどうかということの連絡だった。応募締切を聞くと、翌日の昼には郵便局に書類を出さなければ間に合わない。電話が来たのは夕方17時である。再び東京に戻ることに少し戸惑いはあったけれど、せっかくならばやってみようと思って徹夜で書類を用意した。 結果、無事に採用され、母校で勤務することになり、1年越しに東京に戻ることとなった。恩師の一声からトントン拍子に物事が進んだ。人生何があるかわからないなあと身を持って感じた。 9.#結婚 仕事も落ち着いてきた頃、例の命の恩人から、突然プロポーズされた。バラの花束を持ってきて、「結婚する?」と言うのである。「付き合ってください」の件をすっ飛ばしていきなりだった。ずっと親戚だと思っていたので戸惑ったけれど、よく考えてみれば、人生で一番つらかった時期を支え続けてくれたこの人以外に、他に適任がいるはずがない。命の恩人なのだから。 「アリだね」と返事をしてあっさり結婚を決めた。昨年末に両親への挨拶をすませ、今年入籍予定である。 どん底にいたときは、真っ暗闇の中で、まさか数年後こんな人生になっているなんて思いもしなかった。このまま暗い中で沈んでいくだけだと思っていた。でも、周りの人達がそれぞれのポイントで、暗闇に光を照らしてくれた。どんな場所でも、私のことを見てくれている人はどこかに必ずいて、そういう人たちが手を差し伸べて引っ張り上げてくれたおかげで今ここにいる。幸せだなあと思ってのんびり生きていくことができている。 以前の私と同じように、真っ暗闇の中で今苦しんでいる人に届くように、私の人生逆転劇の記録をここに残す。どうか、遠くの誰かの救いとなりますように。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 大学で4年間休学6 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/2/14 大学で4年間休学6 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 大学での挫折 高校で苦い思い出をした分、いい大学に行きたいと思い、 1年間、浪人して国立大学の教育学部に進みました。 私は地元を離れ、1人暮らしをはじめます。 サークルではよさこいをはじめるなど楽しい日々を過ごしていました。 仲間と一緒に練習したり、語ったり、目標を達成したり 初めて好きな人に告白もしました。 しかし、自宅に帰ると一人で、仲間にも本当の弱さを見せれず、 時々自分が嫌になったり、不安になることがありました。 でもその小さなことを周りに話すことはしませんでした。 大学の健康センターで相談してみると 先生 「あ~それは君たちの年代ではよくあることだよ。」 けい 「そうなんですか。」 先生 「それがひどくなると○○って病気になるけどね。」 けい 「え?」 それから自分のことを病気なんじゃないかと意識しすぎることが増えました。 そして、2年生になるころには不安で外出もできないぐらいになりました。 そして休学することにしました。 そのときちょうど大きなお祭りの練習だったので 入っていたよさこいサークルの同じ班で看護科の先輩に出れるかどうか相談することになりました。 でもその人は私が以前告白した人だったのです。 けい 「最近こんな感じです。」 先輩 「そっか~つらかったね。つらいときはいつでも話してね!」 けい 「ありがとうございます。」 先輩は自ら相談役を買って出てくれました。 特にお祭り本番ではろくに歩けなかった私に常についてくれて励ましてくれました。 その後休学中もメールや電話で相談に乗ってくれました。 が、病状は悪化しました。 その先輩が助けてくれるごとに私はその先輩のことをまた好きになりました。 今思えばその人に注目されたくて病状を悪化させたのかもしれません。 そしてその先輩ととあるきっかけで離れることになったのです。 その先輩と電話していたとき、先輩が他の男の人と話している声が聞こえたのです。 その時にその先輩の彼氏だと感じました。 そのとき私にとっての先輩と先輩にとっての私とのギャップにショックで連絡を取ることをやめたのです。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ 完結編 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/10/4 2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ 完結編 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ 完結編 それは、大津波に襲われた後の、悲しみの町の風景だった。 僕が実際に見たのと同じように、見渡す限りのカオスだった。 ひとつだけ違うのは、そこには夥しい数の死体が転がっていたことだ。 暖かい死体はしかし、全く不気味ではなかった。死体たちは、全てを許していた。 波は静かに足元を洗っている。 いつの間にか、瓦礫の山は女性の身体にすり変わっていた。 白く柔らかな脂肪に富み、甘い香りのする、美しい身体だ。 僕はその身体を抱き寄せる。 僕の身体に、無数の死体が乗り移ってくるのに気が付く。 女と僕との交接は、そのまま大地と夥しい死体たちとの饗宴となった。 遠くに聴こえていたトランス・ミュージックが、徐々に僕らの周りを取り囲む。 漫画のような顔をした髭のDJと、そのコアなファンたち。 最前列の野球選手のような尻を持った貪欲な観客たちは、ただ機械的、能率的に酩酊を欲していた。 DJの方も自ら薬剤師であることを認じていて、カチョーでも、向精神薬でも、放射性物質でも、求められるものすべてをDJミキサーで調合した。 僕はそのリズムに合わせ、あらゆる技巧を駆使して、女の身体を貪り、執拗に快楽を求めた。 だが耳の裏で「そんなの、愛とはなんの関係もない」という囁きが聞こえる。 それでも僕は、快楽を追い求める以外にどうしたらいいのか分からず、死体たちの求めるままに身体を動かし続けた。 やがて僕は、へその下から、快楽の萌芽を見付け出す。 それはアルビノのネズミのようなピンク色をしていて、山百合のおしべをもっと小さくしたような形をしていた。 はじめは鈍く濁っていたそれも、丁寧に磨いていくことで幼い輝きを増す。 そして白い宇宙が、僕たちの身体を包み込む。 瓦礫の山、数々の死体、屋台カー ―――全ての死せる者たちは溶けて混ざり合い、 東の空から物凄い音を立てて昇っていった。 それは新しいカタストロフィの始まりだった。 ―――――――――。 ――――――。 ―――。 目が覚めると車は高円寺に着いていた。時刻は朝の6時過ぎだ。 僕は慌ててTを起こし、荷物をまとめて車を降りた。 口の中でモゴモゴと「お世話になりました」とか、「お疲れ様でした」とか呟いた。 これから一度家に帰って、そのまま会社に行かなくてはならない。 一体、どこからどこまでが夢だったのか、ハッキリしなかった。 ********************* そろそろ結語めいたことを書かねばなるまい。 僕が訪れたのは「恐怖がそのまま日常になってしまった街(南相馬市)」と、「悲しみがそのまま風景になってしまった町(南三陸町)」であった。 だが、これは決して東北特有の現象ではない。 この震災以前から、日本中、世界中がそうだったのだ。 濃淡が異なるだけで、世界は恐怖と悲しみに満ち満ちていた。 この震災によって、それがよりはっきりと、目に見える形になっただけだ。 それがいいことなのか、悪いことなのか、僕には分からない。 福島第一原子力発電所から漏れ出た汚染物質は、今も風にのって世界中に運ばれている。 これらの物質は、不安定な原子構造を持っているために、放射線を出しながら、別の安定性の高い原子へ変化しようとする。 「恐怖」や「悲しみ」も同じだ。 不安定な性質を持っているが故に、負の波を発する。 種類によってその期間は異なるが、半減期が存在する。 プルトニウム239の持つ、2万4千年の恐怖。 ウラン238の抱える、45億年の悲しみ。 「半減期」という言葉が示すように、それは決してゼロにはならない。 だが逆に言えば、どのような「恐怖」や「悲しみ」も、時間が経てば半減するのだ。 これを絶望と呼ぶのか、希望と呼ぶのか、僕には分からない。 恐怖の中にも安らぎがあり、悲しみの中にも悦びがあるという、 ただ当たり前のことを知っただけだ。 <2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ・完> X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- セカンドオピニオンは、病気だけじゃなくて仕事も恋人も友人も自分だけじゃなくて客観視するために。 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 セカンドオピニオンは、病気だけじゃなくて仕事も恋人も友人も自分だけじゃなくて客観視するために。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 【恋は盲目】というけど 仕事の上司、トレーナーに恵まれない、というか私個人はオフィス長もトレーナーも大好きなんだけど 怒り方が、怖すぎる。 きっと、これは【上からの圧力で下へ下へストレスの捌け口がいく】 だから私、思うんだけど 【対処療法】じゃなくて 【トップ、大企業の上層部がおかしいと下もおかしくなるし、ブラック企業になる】のよね 【勤務先も推しも恋人も友人も選び方を間違うと沈没します】 【交流する、付き合う人は選びましょう】ということです。 【ファン、読者、リスナー、お客様は選べません】 ただ【プライベートで付き合う人は選ぼう】ってことです。 【ビジネスパートナー】も然り。 ここ【間違うと地獄】です。 自分がその人の言うこと聞いておや?と思うならセカンドオピニオンすればいい。2人以上きいても【同じこと言われるなら】それは合ってるかもしれないけど 病気もそうだよね 【これだ!】と【思い込む】とそれしか見えない。別の病気の可能性もあるのに。 【物ごとは多方面から客観視する】こと 【一歩引いてみる】 昔こんなCMがありました。 【上司に恵まれなかったらオー人事オー人事】 #人事 #オー人事オー人事 #セカンドオピニオン #上司 #仕事 #ストレスの捌け口 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 「同性愛者」と言われて悔しくてたまらなかった子ども時代の話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/6/29 「同性愛者」と言われて悔しくてたまらなかった子ども時代の話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 自分で言うのもなんだが、僕は「玉のように可愛らしい」子どもだった。 3歳くらいまでは、外出すれば必ず女の子と間違えられた。母に手を引かれて買い物などに行けば、店のおばちゃんたちが「かわいい女の子ねえ」と声をかけてくれた。気を良くした母は、出かける前にわざと僕の前髪をゴムで結んだりして、こんな風に間違えられるのをまんざらでもない様子で眺めていた。 当事者の僕と言えば、自分の意識ではこんなに「男らしい」僕がなぜ女の子なんかに間違えられるのかと納得できず、「かわいい女の子ねえ」と声をかけられるたびに「男の子だよ!」と抗議の声を上げていた。真剣かつ必死の抗議にもかかわらず、いつもおばちゃんたちは相変わらずのニコニコ顔で、僕を眺めていた。 ある日のこと、とうとう耐えきれなくなった僕は、ズボンの前を下げてちっちゃなちんちんをおばちゃんたちに見せつけてやった。 小学生になってからは、さすがに女の子に間違えられることはなくなったが、体は他の子よりも一回りほど小さく、相変わらず可愛らしい子どもだった。が、剣道教室にも通い始めて、僕はますます「男らしく」なっていっていると自分では思っていた。 ある日の稽古での出来事だった。 みんなで並んで、素振りの練習をしていた時の事だった。僕は、剣道の先生の竹刀の構え方や振りかぶり方の説明についての話に飽き飽きしてしまって、隣の子とおしゃべりをしていた。しばらくおしゃべりを続けていると、剣道の先生が僕の前に来てこう言った。 「お前は、さっきからくねくねして隣のやつと話してばかりで、何だ。ちゃんと話を聞かないとだめじゃないか。お前は、男のくせに男とベタベタして同性愛者みたいな奴だ。」 全くの不意打ちのような言葉で、僕は恥ずかしさと屈辱で首筋に熱湯を浴びせかけられたような気持ちになった。全くそんなつもりはなかった。確かに、人よりはちょっと落ち着きがないことには自覚症状があったけれども、くねくねして隣の子とベタベタしながら話をしているという気持ちは全然なかった。どうして、こんな言われ方をしなければならないのか、子どもながらにものすごい屈辱感を味わった。 また別の日のこと、家で工作の宿題をしていて、たまたま赤い油性ペンがあったので、何となく暇つぶしに左手の指の爪をそのペンで赤く塗ってみた。それからしばらくして、そのことを忘れたまま友だちの家に遊びに行った。そこで、その友だちのお母さんに真っ赤に塗った左手の爪を見られてしまった。 「あなた、爪に色塗るの、好きなの?」 友だちのお母さんの表情からは隠し切れない嫌悪感がにじみ出ていた。この時ばかりは、しまったと思った。さすがに化粧に興味がある子と思われても仕方ないと思ったのだが、この時にも言いようもない屈辱感を味わった。決してそんなつもりはなかったのに、女の子のマネがしたかったわけじゃないないのに。その友だちからは、僕が帰ったあと、お母さんから「あのオトコオンナみたいな子とは遊んではダメ」と言われたと聞いた。 自分では、全くの男の子だと思っているのに、ふとしたことで、「同性愛者」だとか、「オトコオンナ」だとか言われてしまう。自分のジェンダーアイデンティティを否定されることの苦しさとは、つまりこういうことなんだろうと今にして思う。 普段はそれほど意識しないのだが、自分のジェンダーを巡る認識は、アイデンティティのかなり根っこのほうにあって、これを否定されたり、揺さぶりをかけられるということは強烈な打撃となる。 言いようもない屈辱感。何で、こんなことを言われてしまうのだろう。自分自身の思いと正反対であるようなことを押し付けられて、僕は、何か悪いことでもしていたんだろうか? これは、たまたまマジョリティとして「異性愛者」として生まれた僕が、人よりちょっと体が小さく可愛らしかったために(自分で言うのも恥ずかしくなってきてはいるが)正反対のジェンダーアイデンティティを押し付けられて苦しんだ体験と記憶。 わかるだろうか? もし、自分がマイノリティである「同性愛者」あるいは女の子の心をもって生まれたとしたら、今の社会では、正反対のジェンダーアイデンティティを常に押しけられながら人生を歩んでいかなければならないことになる。そこで不用意にも「自分」を出してしまえば、あのころ僕が味わったような嫌悪感を投げつけられ、そして屈辱感を味あわせられる。生まれてから死ぬまで、こんな人生を送らなければならないとしたら、この世は文字通り地獄だろう。 ちょっと想像してほしい。例としては、こんな自分の体験と記憶は適切ではないかもしれないが、とにかく、自分が持つ性質と正反対の振る舞いを期待され続け、そこから外れた場合は制裁を受ける生活を。 勇気があれば、そんな自分を認めてもらえるように努力したり、仲間を募って活動をしたりすることもできる。 マイノリティは「このような自分」が存在することを常に自分自身で説明し続けていなければ、そんな自分は「いないこと」にされてしまう。その一方でマジョリティは自分自身が何者であるかを説明する必要はない。存在の証明に関する説明義務は、常にマイノリティの側にある。 マイノリティは、マジョリティの無関心の中で、不可視化され存在しないことになっている。最大の暴力とは、「そもそも、そんなことは存在しない」とされてしまうことなのではないだろうか。これは「同性愛者」の問題だけに言えることではない。政治、民族、宗教、あるいは格差や貧困、そんなものはそもそも、ここ(この国)には存在しない。マジョリティが素朴にそう思うことによって、存在自体が否定される。 だから、マイノリティは自分が存在していることを知らしめるために声を上げざるを得なくて、それはまさに生存を掛けた叫びであることだろう。でも、これは、そんなに簡単なことじゃない。子ども時代の僕の経験で言えば、そんなことがあった時に冷静に誤解を解くなんてことはまずは思いつかない。ただ恥ずかしさと屈辱で身動きができなくなるだけだ。 (ちなみに今にして思えば、特に初対面の人がいる場面で必要以上に粗野にふるまったり、野卑な言葉を使ってしまう露悪的な傾向が自分にはあって、その根源には子どものころのこんな経験が影響しているのかもしれない。) とにかく、あらゆる人が存在の証明に関する説明義務を一方的に課されずに、あるがままで生きられる社会というものはどのように構築していけるだろうか?そして、このような問題について、ことばの教育はどのように関わることができるだろうか? たぶん、誰しもが、些細なことであってもマイノリティ的な「性質」を持っていると思う。それは、好きな音楽とか、俳優とかそんなものからでもいい。他人にはなかなか理解されない「何か」に対する思い。そんな思いを他者も抱いていることを意識し、その立場になって考えていける想像力があれば、世界はもっと住みやすくなるのではないかと思う。 全米で同性婚が合法化された日に考えている。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 手塚治虫 火の鳥 鳳凰編 因果応報、不幸を繰り返し即身仏へなる男の話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 手塚治虫 火の鳥 鳳凰編 因果応報、不幸を繰り返し即身仏へなる男の話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「おまえが産んだ仏はおまえだけのものだ だれにもまねられぬ だれにも盗まれぬ」 このお話は、因果応報の果てに 主人公が即身仏として悟りを開くまで。 百聞は一見にしかず。 検索して見てきて欲しい。 エンディングテーマに至っては感動します。 私が生み出した【作品】は 【私の文章や思想や哲学や仕事のスキル、歯科衛生士のスキル、法律の知識、文才】は、私だけのものだ。 これだけは、【誰にも盗めない】 【真似どうぞどうぞ】 【パクリどうぞどうぞ】 【オマージュ】したらそれは、私への【敬愛】だ。 誰も何人も【私になることは出来ない。私も憧れの推しになることは、ないし誰かになれるわけじゃない】 どんなに妬んでも どんなに望んでも 誰かになれない。 真似してもパクリをしてもオマージュしても【二流のまま】で 【一流になるにはオリジナリティ】が必ず必要になる時が来る。 そこを 突き破れるか、どうかだ。 誰かのことじゃない、私のことだ、 私がStorysに書いているのは 【自分の人生】で【自分へ向けて書いている】そんなの日記帳やチラシの裏に書けよと過去にも私に言い放ったlivedoorスポーツ記事部門、ランキング一位の 高校時代の知人がいた。 それも、私の自由、だ。 人を傷つけることは、書いてない。 どう思わせたいのか知らないけど、見に来たひとが、ショックをうけるようなことをツイートしたり、書くひとが、いた。私の周りにも。 それは、たぶん、本人はそれをみても傷つかないんだろう。自分がそうだから人もそうだと考えてしまうのかもしれない。 悪気がない。 それをみて傷つく人は、たぶん、見に行かなくなるだろう。 それでも ひとが、入れ代わり立ち代わり集まれば成り立つのが【人気業界】 大手の人気配信者をみて、 1度も休止をせずに、走り続け、いまは、配信アプリの顔になり、なってもなお、謙虚さを失わない私の神推しがいる。 名前を出さなくても察するだろう。 その推しに最近、叱られてばかりだ。DMが飛んでくる。discordが飛んでくる。話をして沈黙が続いて気まずいときも、通話は切ろうとしない推し。 私だけが、通話してるんじゃない。彼女は、古参リスナーに対して誰に対してもそうで。 そして彼女の周りにいる異性、同性関係なく、通話していても、それを外部に漏らすひとが一人もいない。 恐ろしいほどの【信頼関係】を 彼女をみていると、知る。 自分の周りに【変な人を置かない】こともそうだけど、私はじめ、【私も変な人】だ。 【この人の為に忠誠を】と思わせるなにかが、彼女には、ある。 束縛も拘束もしてるように周りにうつるかもしれないが、実際は、ない。 【放し飼い】をして【クレーム入るようならしっかり教え込む】のだ。 しかも、しっかり、フォローも入る。こんなとんでもなく忙しい方に、なんてことしちゃったんだろう、と猛省する。 【愛情を感じる】と人は 懐く。 私も自分のリスナーと読者に【愛情を】 そして私の神推したちが リスナーを大切に 【思いやりのコミュニケーション】を忘れないよう祈り続ける #神推し7 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

