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STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。全物語ノンフィクション。 SERVICES Podcastを活用した 記事・書籍・自伝・社史制作 話すだけで、番組も「本」も出来上がる。 執筆の手間はゼロ。Podcast番組収録を楽しんでいるうちに、気づけばあなたの自伝や社史が完成しています。その内容をプロが編集して「記事」や「書籍」に仕立てます。出来上がった本や記事、そのまま店内の本棚で販売・展示・STORYS.JPでの配信まで可能。 「発信」と「出版」が同時に叶う、最短ルートの制作パッケージです。 共同書店・ 地域コミュニティ支援事業の運営 月額5,000円で、都 心に「自分の本屋」を 30cm四方の本棚を借りて、あなたのおすすめ本や読み終わった本を販売できます。 コミュニティで中で店番やお店運営を体験も可能。副業禁止の方でも気軽に楽しめる、一番小さな「お店」のオーナー体験です。 本をきっかけに趣味の合う人とつながったり、自宅でも職場でもない「第3の居場所(サードプレイス)」としてくつろげます。 Podcast収録スタジオ・ 瞑想スペース・シェアオフィス 大げさすぎない、大人のための防音個室。 「本格的なスタジオは必要ないけれど、家だといまいち」という方に最適な、落ち着いた内装の収録スペースです。 難しい設定不要で、手ぶらで来てすぐに高音質な収録が可能。Wi-Fi・電源完備なので、収録だけでなく「静かな個室オフィス」として、執筆作業、大事、Web会議、また公開収録の場所としてもご利用いただけます。 お問い合わせ 姓名 会社名 Eメール* 電話番号 お問い合わせ内容 STORYS.JPついて 広告・タイアップ 出版 取材 共同書店 Podcast制作・スタジオ お問い合わせ内容* 送信する Podcast 制作・収録クライアント 余白のある繋がりから、 地域のWAを育む、Podcast収録スタジオ。
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STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。全ての物語がノンフィクション。 人生が動く、 物語がある。 人生キュレーションプログラム、STORYS.JP ビリギャルは、塾の先生がSTORYS.JPに投稿した教え子のストーリーでした 🎙️物語を語る 🎧物語を聴く STORYS LIFE ARCHIVE 【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」 初めて警察に捕まったのは13歳の時だった。神奈川県川崎市の宮前警察署に連行され、やたら長い調書をとった。「朝起きたところから捕まるまでの過程... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ 「お腹の子は、無脳児でした。」~葛藤と感動に包まれた5日間の記録~ 「大事な話があるから、電話に出られるようにしておいてね。」と、妻のはなちゃんからLINEが入った。昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙... つづきを読む→ もっと読む→ STORYS PODCAST あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった大切なこと。 充実感のない仕事だけはしたらあかんで。それだけは、金じゃ絶対に買えん。 Go Go Go 教室で起きた"人生の本質" 皆が合ってると思ってる事でも、間違ってることがある Go Go Go 色盲だからこそ分かった。こと 周りの評価なんかどうでもいいから、自分が幸せになれる道を選びたかった。 Go Go Go STORYS.JPには、 10代から80代、学生、サラリーマン、 主婦、科学者、女優、経営者、ホスト、 お笑い芸人、映画監督など、 あらゆる人の人生の物語が 寄せられています。 みんな、この世界で、 何を想い、何をして生きているのか。 STORYS.JPを読めば、 あなたの世界が広がります。 STORYS PODCAST 新エピソード Go Go Go 現代人は「心の居場所」を求めている。 SNSでは見つけられない 「本物の共感」を。 私たちは、人生の物語を通じて、 その解決を目指しています。 人々が安心して悩みを語り、 誰かの経験から希望を見出し、 心からの共感で支え合える。 そんな場所ができたら、 きっと誰もが、もう一歩前に進める。 そして、誰かの一歩が、 また誰かの勇気になる。 やがてそれは、 この社会に確かな変化をもたらすはず。 新しい時代の、新しい居場所づくり。 その物語を、共に紡いでいきませんか。 STORYS.JPの物語→ 何が正しくて、何が間違っているかなんて、きっと死ぬときに「いい人生だったな」と思えたら、それは正しかったんだと思います。 30代 会社員 この人生を読んで大きな勇気をいただきました。愛と感謝をこめて。 20代 起業家 短いストーリーの中に、人生を豊かに生きるヒントがぎゅっと詰まっていてとってもよいお話でした。 40代 主婦 一緒に、そんな世界を作りませんか? BE A STORYS TELLER! STORYSの想いや取り組みに 共感してくれる方を、 STORYS TELLERと呼んでいます。 ご登録くださった方には、あなたの人生のヒントになるような物語を毎週お届けします。 STORYS TELLER限定のささやかなギフトもご用意しています。 個人の方はこちら 法人の方はこちら あなたも あなたの物語を 話してみませんか? 🎙️物語を語る Podcast Stand 108 by WA 108 余白のある繋がりから、 地域のWAを育む、Podcast人生収録スタンド 。 TOKYO IKEJIRI (Coming soon) OKINAWA (Coming Soon) NAGANO (Coming soon) YOUR PLACE (Ask)
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STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。全物語ノンフィクション。 Youtube, Spotify, Apple Podcast でも聴けます 地域 でフィルター 池尻 沖縄 あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった大切なこと。 充実感のない仕事だけはしたらあかんで。それだけは、金じゃ絶対に買えん。 Go Go Go 教室で起きた"人生の本質" 皆が合ってると思ってる事でも、間違ってることがある Go Go Go 色盲だからこそ分かった。こと 周りの評価なんかどうでもいいから、自分が幸せになれる道を選びたかった。 Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→
- 色盲だからこそ分かった。こと | STORYS.JP 人生物語
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- あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった大切なこと。 | STORYS.JP 人生物語
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- 教室で起きた"人生の本質" | STORYS.JP 人生物語
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- やり逃げは「思いやり」 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/9/25 やり逃げは「思いやり」 Facebook X (Twitter) リンクをコピー ボクには友人がいなかった。 出会いもなかった。 引きこもりで、孤独なデブだった。 でも、ひょんなキッカケで、世界が変わった。 そして、いろいろあった結果、華々しい人脈を築き上げるメソッドをつくることができて飲み友達に困ることはなくなった。 女の子を口説く技をあみだせて、ガンガンに口説けるようになった。 モテ本を出版、ラジオ出演まで果たした。 ここで、その経緯を書いているんだけど飽きてきたので、今回は「納得がいかなかったときの話」を小説風で――。 イマイチだった「2対2」の合コンの後、よく合コンに来てくれている飲み友達の直樹(仮名)と2人で飲みなおしていた。 はじめは、いつものように「今回の女の子はどうだった」とか、何気ない話をしていたんだけど、直樹が唐突に話を切り出してきた。 「そういえば、順子さん(仮名)とメールやりとりしていたんだけど……。オマエ、山本さん(仮名)を食ったんだってな? 」 順子さんは、女の子の知り合いが多くて、メンツを替えの合コンをよくやってくれる女性だ。 だから直樹も順子さんに合コンを頼もうとしたのだろう。 でも、ついにボクが「やり逃げ常習犯」だと順子さんの耳に入って、直樹との合コンの話が流れてしまったのだと思った。 だから、ボクはビールをぐびっと飲んでから軽くうなづき、「……合コン流れた?」と聞き返した。 直樹は「そっか……」とつぶやき、しばらく無言でビールを飲んでいた。 直樹は山本さんを狙っていたのかもしれないと思った。 山本さんもまた可愛かったから。 直樹は大きく息を吐き出してから、話しはじめた。 「水瀬って、合コンのとき、いつも女性みんなに気を遣っていて、特定の誰かを口説こうとしているようには見えなかった んだけどな……」 直樹がそのように思っても仕方がない。 ボクはダイエットが成功してデブではなくなったけど、相変わらず、イケメンでもないし、女子から嫌われる不安定な職種だ。 しかも「スポーツマン」「さわやか」っぽくしていて、そのようなことをやっていなさそうにも見える。 その上、合コンでは、全員が話せるように、話をふっていく。 博愛主義に見えるかもしれないけど……。そうではないんだ。 「ああ、それ、全部、作戦 」 「作戦?」 直樹はきょとんとした顔をした。 「女の子って、友達の意見に左右されやすいじゃん? だから、可愛い子ばかりに話しかけて、ほかの子から総すかんを食らえば、後日、女子会で悪口を吹き込まれて、可愛い子からも嫌われちゃう んだよ。それに、合コンのあと『2人で』が難しければ、何度も顔をあわせることを目指すんだけど、ほかの女の子から嫌われると『じゃあ、メンツを替えて飲み会でも』って誘えなくなるじゃん。可愛い子、友達を呼べなくなるわけだから。だから、ほかの子に嫌われないように『平等』を装っている わけ」 「でも、そうすると、狙っている子に好意が伝わらないんじゃ?」 「小学校のとき、女の子って、よく『A先生、B子ちゃんをエコヒイキしている』とか言っていたじゃん? 女の子って、すげー『差別』に敏感 なんだ。だから可愛い子としか話さなければ女の子全員から嫌われるけど、平等を装って、ほんのすこしだけ可愛い子を『差別』する わけ。それで、たいてい、好意は伝わるよ」 直樹の顔はしぶくなった。 「……理屈を聞けば、そうかもなーって思うけど、信じられないな」 ボクは「×人を斬った」とか「×さんとやった」とかいう話は大嫌いだ。 ラジオに出演したときも、本番前、東京03から「何人くらいとやったの?」と聞かれたくらい、男なら誰しも「結果」を重視しているのは知っている。 でも、「×人を斬った」は、結果だけがすべてで、そこに至るまでの会話の技、そういう雰囲気になるようにしたテクニックとか、すべて否定されるような気がして、なんか嫌だ。 ぶっちゃけ、簡単にやらせてくれる子を狙い撃てば数は確保できるよね、と思ってしまうし。 「×さんとやった」っていう話は、×さんが獲物で、そこには×さんの人格が無視されるような気がして、なんか抵抗を感じる。 そもそもボクは口説くとき、たいてい泥酔していて、誰とやったのか忘れてしまっていることもあるというのもあるんだけど……。 だから、ふつうは「×さんとやった」系の話はしないんだけど、ボクは直樹の発言にかちんときていた。 いや、直樹が狙っていた女性の多くと関係をもった罪悪感が、免罪符を得ようとボクの口を開かせたのかもしれない。 「河野さん、覚えてる? あの子ともやったし、三田さん、石橋さん、浜田さん……(すべて仮名)」 ボクが直樹が知っていそうで、やり逃げした子の名前を、ひたすら、あげていった。 直樹は目をぱちぱちさせたあと、ジョッキを飲みほした。 「……ま、マジで?」 「マジで」 居酒屋の喧噪だけがあたりを支配していた。 しばらくして直樹は口を開いた。 「ってか、石橋さんって、めちゃくちゃ可愛いよな? マジで、やり逃げしたの?」 ボクがずっと無言でいると、ようやく直樹は事態が呑み込めたのだろう。 「なんで、オマエみたいなやつに……」とつぶやき、うつむいた。 その言葉にも、すこし、かちんときたけど、それも悔しさ、芽生えかけていた恋心、失望、いろいろな気持ちがごちゃまぜになってのものだと思ったから、直樹が納得できるように、モテのテニックのほんの一部だけ話した。 「会話の端々にあらわれる言葉を組み合わせる と、『石橋さんは筋肉質のスポーツマン系が好きにちがいない』と踏めたわけ。で、合コンのとき、たとえば『最近、筋トレしてないなー』とか、ほのめかしていた んだよ。筋トレなんか、ここ十年くらいしていないんだけどね」 ボクのノウハウはちょっと特殊だから「会話の端々にあらわれる言葉を組み合わせる」「ほのめかす」っていうのに疑問をもって突っ込んでくると思っていたけど、ボクの説明のかいもむなしく、直樹は話を聞いていないようだった。 直樹が「そうか……。オマエみたいなやつに……」とつぶやいたのを最後に、ふたたび、居酒屋の喧噪だけがあたりを支配た。 直樹はうつむき加減だったが、唐突に 非難を内包しているような声を出した。 「ってか、オマエ、そんなに、やり逃げして罪悪感ないの?」 罪悪感。 懐かしい言葉だった。 「やり逃げ=悪いこと」という既成概念があるから、直樹がそう考えるのも無理はないと思ったけど……。 既成概念ほど、やっかいなものはない。 それを崩すのに多大な労力が必要だからだ。 だから、ボクは核心からはなさず、まずは外堀を埋めようと思った。 「北山さんって覚えている?」 直樹はようやく顔をあげて、若干、投げやりに話してきた。 「ああ、いわゆる『アラフォー美人』ってやつだよな。性格もよかったよなー。あの子ともやったの?」 「やってないよ。……性格がよかったって?」 「気配り上手だったし、ふつうの女性だと露骨に嫌な顔をしてくる佐藤(非モテの男性)ともふつうに話して連絡先も交換していたし。それに二次会の店も『安い居酒屋にしよう』とか言っていたし。いい子だなと思ったよ」 やっぱり直樹も、か、と思った。 「ボクは、いろいろな女の子を紹介してくれそうな子と仲良くなるようにしているんだ。で、その一環で食事に行って、『ぶっちゃけ、どういう条件の男性がいい』と聞き出して、合コンに呼ぶ男性メンツを選ぶ わけ。直樹、ボクがCAの合コンに呼ばなかったって怒っていたじゃん? それは、ボクが直樹を選ばなかったわけじゃなく、彼女たちが『エリート』『安定した職種』を連呼していたから。で、北山さんとも食事にいったんだよ。あの子、『何が何でも旧財閥系の商社マンと結婚する』『でも、自分の言いなりになる旧財閥系の商社マンがいい』って言っていた よ」 直樹は目を見開いて、すこし口を開けたまま、文字通り「凍りついた」。 CAの本音を暴露して、直樹が描いていた「北山さんの像」をボクがぶち壊したからだろう。 ボクはこれ以上追撃するのもな、と思ったけど……。 止まらなかった。 「超」エリート社員だけど、コミュニケーション力がなくて、ダサい服装、髪形の男性の山田 (仮名)の話を出した。 「山田って覚えてる? 直樹が『コイツ、一生結婚できないよ』って言っていたやつ。アイツ、結婚したんだってさ。で、山田とつながっている女の子に写真を見せてもらったんだけど、結構、可愛い女の子 で。しかも、その女の子からアタックしてきた んだってさ」 「アイツが、かわいい子からアタック?????」 直樹はそれ以外の言葉しか思いつかなかったんだろう。 それも仕方がないことなのかもしれない。 「まあ、山田とつながっている女の子に聞いたら、その子、『徒歩1分以内、無制限に引き出せるATM』を探していた そうで。山田って言いなりになりそうじゃん」 「マジかよ……」 噂話ではこういうお金目当ての女性の話はよく聞く。 しかし、ボクが話していることは、直樹にとって、リアリティーがある、というより現実そのもの だ。 そういうボクも、こうやってイベントをしまくるまでは「噂話としては聞いても遠い世界の話」だったから。 直樹が明らかにショックを受けているのはボクにもわかった。 「あと、田端さんって覚えて……ないよな。アラフォーで、見た目もアラフォーなのに『10歳若く見られるんだよね』が口癖の女 。その田端さんから合コンを頼まれていたんだけど、やっぱ、アラフォーだから合コンメンツを集めるのに苦労して、寄せ集めのメンツになってしまったんだ。で、合コンの後、田端さんから『派遣社員じゃなくて、条件のそろった男性を連れてきて!」とひどく怒られてしまって 。どうやら、派遣社員でアラフォーの男が田端さんにアプローチしたみたいなんだけど、田端さん、『年収600万円以上』『安定した職種』がいいって言っていたし 」 直樹はお世辞にも、いい職種だとはいえない。 今までうまくいかなかったひとつの原因がわかったのか、さらに表情は暗くなっていた。 ボクは続けた。 「アラフォーっていえば、後藤さんって人もいたんだけど、実は最近、facebookで後藤さんの友達の子とつながって、後藤さんのページを発見したんだ。で、興味本位で見てみると、後藤さん、結婚したようで。タイムラインは自慢のオンパレード。自慢を要約すると旦那は地方公務員で安定しているってことだね。でも、旦那の写真を見ると、如何にも非モテ 」 ボクは続けた。 「アラフォーに限らず、女って、自分のことは置いておいて、やれ『男の価値は年収』だとか、『イケメンがいい』とか、『アラフォーの独身男性は何か決定的な欠点があるから、年下がいい』とか好き放題に言っていたりするじゃん? で、いざ結婚したと思ったら、男はATM状態。こういうのばっかだよ?」 「でも、そういう女性ばかりじゃないよな? A社の子たち、若かったし、いい子だったよな?」 A社は、超大手企業で、男性は東大卒などのエリートや御曹司が集う会社だ。 だから、女の子のレベルも高い。 また、女の子の平均年齢も低かった。 「A社の子たち、『よりエリートに乗り換えていくこと』がステップアップ だって言っていたよ。(A社の)宮川さんをダーツバーにつれていったら『(ほかの男は)高級フレンチにつれていってくれたのに』とか言って、その後、ずっと無言 だったし。それに、北川さんとも飲みにいったことがあるんだけど、彼女、『5000万円のマンションをすぐに買える男性がいい』 って。しかも、そのマンション、親の近く だってさ。で、『主婦になりたくない。働きたい』って。すこしは、まともなことを言うなと思っていたら、『自分が稼いだお金は自分の好きに使わせてほしい。働くのだから家事はしない』 だってさ。直樹、知ってる? 今の流行は、『家事しない』『働いても家計を助けず、自分の好きなように使いたい』『友達に自慢できるステータスの持ち主と結婚したい』『夫の親の面倒はみないけど、女の親の近くに住んで』って感じ 。女の年齢は関係ないよ」 ボクは続けた。 「それに、つい最近、最高裁の判例が出たよね。DNA検査したら自分の子どもじゃなく離婚したんだけど、元嫁が『養育費を払え』って裁判を起こしてきた ようで。自分の子どもでもないのに、そんなの払う必要はないし、嫁から莫大な慰謝料をもらえると思うよね? 自分の子どもではないのに養ってきたわけだし。でも、養育費を払わないといけないっていう判例がでたみたい。しかも、どうやら慰謝料ももらえないみたい。 男のことをATMとしか思っていない女がこういうことをするのかどうかはわからないけど、まあ、しそうじゃん。それが女の現実なんだよ」 そんなボクの愚痴を聞いているのか聞いていないのかわからなかったけど、直樹は、しばらく、何かを考えこんでいるようだった。 少ししてから、口を開いた。 「水瀬って、やり逃げしているわけだから、モテるってことだよな? イケメンじゃないし、めちゃくちゃ不安定な仕事。それでも『いい』と思ってくれる女性がいるってことだよな?」 なるほど。 そうきたか。 「それはテクニック だよ。会話にはノンバーバルコミュニケーション、バーバルコミュニケーションの2つあるんだけど、それを研ぎ澄ませているし、あと、マーケティングの知識も使って、女の子が求めている像を見極めて、それを演じているわけ。だから、本当のボクのことを知っても、まだなおやらせてくれるのかっていうと……。まあ、無理だろうな 」 「要は詐欺師ってことだな」 「そうかもね。でもまあ、人って面白いもので、必ずしも『-10+5=-5』にはならず、『5-10=12』になったりするんだ。要は、「不安定な職種でバツイチ」っていうマイナスの材料を最初にいうと付き合うことさえできないのに、最初に『この人、運命の人かもしれない』と思わせて関係をもてば、その後に「不安定な職種でバツイチ」っていっても、うまくいくことが多い んだよ。同じことなのに、ね」 直樹は無言だった。 ようやく、ボクは本題を切り出した。 「女の子のみんながそうとは言わないけど、『お金』って子、多いよね? 恋と結婚は違うっていう子も多いし。お金があれば自分が好きなものを買える、要は女の子って「男が自分の欲望をかなえてくれる」かどうかを一番の重視しているわけ。それって、自己中じゃね? 」 「経済力って、女性は子どもを産むから、その間の経済的な基盤が欲しいだけなんじゃないのか?」 「もしそうなら、女の子も正社員として働くべき だよね? 家事、育児は半々 で。そういう女の人はえらいと思うけど、現実は『会社を辞めたい』『楽したい』『自分の好きなようにしたい』っていうのが大半 だよね?」 直樹は何かを考えているようだった。 「そういえば、オマエ、高橋さん(仮名)の話してたよな。結局、婚活をやめて身近な会社の先輩と結婚した って言っていたよな? お金目当てはいけないことだって気がついたんじゃ? そういう風に途中で気がつく女性もきっといるよ 」 「高橋さん、やたら幸せアピールしてくる から、たぶん、今の旦那に不満があるんだよ。本当に幸せだと、赤の他人のボクにアピールする意味ないし。婚活で負け続けて、手軽な男に走っただけ だよ。あれは。ってか、直樹、勘違いしているかもしれないけど、ボクはそういう女の子のことを悪く思っていない。人は誰しも自己中だから。単にそういう子たちって、自分の欲望に忠実なだけ ってことだから。で、直樹、さっき、ボクに『やり逃げして、罪悪感ないの?』って聞いたよね。やり逃げって、自分の欲望に忠実なだけじゃない? そういう『顔』『お金』の女の子たちと同じだと思うんだけどね。それに自分の子どもでないのに、養育費を払わないといけないほど、女尊男卑の世の中だよ? そのくらいしてもいいじゃん」 直樹はすこし強い口調で言った。 「同じって……。オマエにやり逃げされて、傷つく子もいる んだぜ? おまえ、そういう子の気持ち、考えたことないだろ?」 すこし論点がズレたとは思ったけど、ボクは直樹の話にまっこうから否定した。 「やり逃げされた子の気持ちがわからないって? ボクも、やり逃げされたこと、あるよ。 めちゃくちゃ美人で、まさに好みのタイプ。ボクが不安定な職種だと言ったら『そんなのどうでもいい』って言ってくれたし。グダ崩しなんて必要なくて、ラブホまで手をひっぱっていってくれたし。でも、ラブホの翌日、『いろいろ、ごめんなさい』ってメールが来ただけで、あとは音信不通。『なんで?』って思った よ」 「そうだろ? 傷ついたんだろ? オマエはそれと同じことを女性にしてるんだ!」 直樹は勝ち誇ったような面持ちで、やや強い口調で言った。 「でも、その子、思いやりがあったから、やり逃げした と思うんだ」 「なんで、やり逃げが思いやりなんだよ!?」 直樹が反射的に言ってきた。 「泥酔していて、やり終わったあと眠ってしまって。で、ふと目が覚めたんだ。すると、女の子の鞄からずっと携帯のバイブ音がしているのに気がついて。一晩中、鳴っていたよ。彼氏がいたんじゃないかな。彼女がボクと寝たのは単なる彼氏に対するあてつけだったのかもしれないけど……。たとえ、そうであったとしても、ボクは彼女と付き合うチャンスをもらった と思っている。でも、彼氏を超えることができなかった。ボクは別れても(別れた理由がわかれば)未練をもたないんだけど、ふつう、何度も抱いていると、情が大きくなって未練持つじゃん? 彼女は未練を持たないように、すっぱりと切ったんじゃないのかな? 」 「そういっているけど、オマエ、その子に未練あるよな? だから、そんな長々と話すんじゃない? やっぱ辛かったんだよな?」 「未練じゃなくて、その子の心の闇が少し垣間見えたから気になっているだけだよ。辛いというより、もっと精進して口説けるようにならないと、と思ったね」 「でも……な。やっぱ、納得できない!」 「納得できないのもわからなくはない。やり逃げには『悪のやり逃げ』のイメージが定着している からね」 「何それ?」 「心に闇を抱えている子、なんか辛いことがあった子を狙い撃つ。辛かったこと話させて、心を開かせつつ、泥酔させて意識を奪って、やり逃げ。これが『悪のやり逃げ』。だからナンパ師などの悪のやり逃げをするやつらは、リストカットしてそうな子とか、服装が乱れている子、鞄が汚い子を狙いうつ んだ。かならずそうとは言えないけど、そういう子って、身なりも乱れていることが多いから。そういうのって、なんかちがうとボクも思う。ボクも何度かやったことがあるんだけど。でも、ボクがやっているのは、ちがうんだ。結果として、やり逃げになってしまったんだけど、ひょっとして付き合ったかもしれないっていう『正しいやり逃げ』だね 」 「なんだよ、正しいやり逃げって! はじめから、ラブホに行かなければいいだけだ! 思いやりがない行為なんだよ! 」 直樹の口調は粗くなっていったけど、ボクは気にせず続けた。 「抱かないと、何もはじまらない よ」 ボクは、これだと真意が伝わらないと思った。 どういう真意か? お店とかでよくアンケートをとっているけど、それは正確ではないと最新のマーケティングの世界ではいわれている。なぜなら――。 人は本当のことをアンケートに書かないし、本当のことを書く必要もない。 人は、Aのような商品がいいとアンケートに書いていても、Bを買うこともある。 人は自分で何が欲しいのかさえわかっていないこともある。 これを恋愛でいうと、「わたしは誠実なタイプの男性がいい」と言っているのに、いざ付き合う男性はいつも「浮気」「DV」の男。こういう女性がまさにこの典型例だ。 女性の発言が嘘。 もしくは、女性が自分が本当に求めているものがわかっていない。 だから、たとえ「あなたのことが気になっている」と聞いたところで、あてにならなくて、 そのままフェードアウトされることもある。 というわけで、一線を越えるという行為をさせて、気持ちがあるということを示させている わけだ。 心理学の話がからんでいるので、長くなるから詳しく書かないけど、まあ、そういうことだ。 直樹は、やはり納得いかないようで、ジョッキを荒々しく置いた。 「そんな屁理屈言って、オマエ、付き合うつもりないだろ? ぶっちゃけ、やりたいだけなんだろ? 」 「直樹もわかるじゃん。この年になれば、そんなに性欲はない って。一晩共にしたところからスタート。お互いの欲望を叶えるみたいな、キャッチボールできる子なら、やり逃げしない。でも、そんな子じゃなさそうなら、即座にやり逃げ。こういう恋愛スタイルもいいんじゃね? 」 「でも、やり逃げはないだろ? たった1晩で何がわかる んだ?」 なんで、直樹はここまで女性の立場に立つんだ? ボクはいい加減、うんざりしていて、いらだちを内包させた声を出した。 「わからないから教えてほしいんだけど、1か月付き合ったあとに別れれば『思いやりがあること』なの? 1年? ボクの年になれば、みんな結婚も考えているから、長い間縛ったあげく、やっぱ、無理だったっていうのこそ、もっとも残酷で、それこそ思いやりがないと思う よ。2~3回会って、やって、それで『やっぱ無理かも』っていう予感があれば、結果として、やり逃げになってもいいんじゃね? それとも、『別れたい』と思っていても、女の子が別れるつもりがなければ、そのままずっと付き合って結婚することが思いやりってこと?」 直樹は言葉に詰まっていたようだった。 すぐに「水瀬っていいやつだと思ってたけど、残念だ」と吐き捨てるように言って、伝票をとろうとした。 ボクは酔っていたのだろう。 食ってかかってしまった。 「いい人って、なに? 自分が辛いとき、無償で助けてくれたり、体調が悪いときに仕事を変わってくれたり、『オマエならできる』って励ましてくれる人のことだよね? 結局、それって自分にとって都合のいい人のことを『いい人』っていうだけじゃん。自己中じゃね? 」 直樹は一瞬顔をこおばらせたように見えた。 「オマエ、ひねくれているよ。飲み友達には欠かさないかもしれないけど、本当の友達は一生できないんだよ」 「そういう直樹は、なぜこうやってボクと飲んでいるの?」と聞きたかったけど、これ以上言うと喧嘩になる。 「ボクがそういう人間関係を望んでいるからね」というと伝票を手にとって店を出た。 いつもなら、朝までとか話すのに、この日は、お互いずっと無言のまま駅まで歩いていった。 その後、直樹から言い過ぎたというメールがきて、ボクも同じように返した。 そして、何事もなかったかのように合コンをした。 でも、ボクはまだ直樹の話には納得できていない。 どうしても直樹の考えは「建前」「偽善」に聞こえてしまうからだ。 そして、ボクはしばらくしてから、このような、やり逃げ生活からは引退した。 欲望が渦巻き、自分のことしか考えない、自分のプライドを守ることで必死な人たちの巣窟の恋活、婚活に疲れてしまったのかもしれない。 (by 水瀬翔) ちなみに――。 ボクは、かつてモテなくて辛かった。孤独な気持ちは痛いほどわかる。 だから、口説く方法を淡々と書いた本を出した。 印税はもらっていないし、スクールをしてお金儲けをしようとも思っていない。テレビに出て目立とうとも思っていない。 これで、女性を口説けるようになってくれることが唯一の報酬だ。 たくさんの本を読んでいて、目が肥えている有名な書評ブロガー、メルマガで書評している人からは高評価だったのが、今のところの大きな報酬だ。 『「なんで、アイツが?」なぜかモテる男の技術』(総合科学出版) 『アラフォーでも簡単にモテる会話術のすべて』(主婦の友社) http://www.minasesyo.com/profile/ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 人生の醍醐味 226 ワイキキ | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 人生の醍醐味 226 ワイキキ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 226 ホノルルの観光地の中心地はなんといっても、ワイキキだ。 私はワイキキから西へ歩いて40分ぐらいの所に住んでいる。 少なくとも、 一週間に一度はワイキキに行き、一日中のんびり過ごすようにしている。 ホノルル市全体に言える事であるが、 誰でも座れるベンチやロッキングチェアが、設置されていて、歩き疲れたら、すぐ座れるので助かっている。 読みかけの書物、冷やした麦茶、小型スピーカー等をバックパックに詰めておくので、木陰で腰掛ければ、読書をしばらく楽しむ。 もちろん、豪華なホテルのロビーも遠慮なく利用させていただいている。 たまには、偶然隣り合わせた人とお喋りを楽しむ。 ワシントン州から観光で訪れているエレンさんと、割と長い会話を楽しんだ。 アフリカ系アメリカ人であるエレンさんは78歳で、この秋に膝の手術をすると言う。 私より2歳若い。 太り気味であるエレンさんは、身体のあちこちが痛むそうだ。 特に膝の痛みがはげしく、ちょくちょく休憩を挟みながら、家族と旅行を楽しんでいる。 労働感謝祭の休日を利用した、娘さん夫婦とお孫さんとの旅で、 ホノルルへの旅はこれが三回目だそうだ。 もともと、エレンさんは長年保護観察官を務めていたので、 米国社会の暗黒部分にも精通している。 転勤が多い仕事であったので、広い米国の東西南北、多くの州に住んだ経験もあり、観光でも多くの州を訪問したそうだ。 南部滞在中、心無い白人から、差別的言動を経験したが、 「お馬鹿さん、皮膚の色しか自慢できない人なんだ。」と、心の奥で考えたので 気にもかけなかったそうだ。 国家公務員で、専門職であるので収入も良く、 心に余裕があるのだ。 エレンさんは、「歴史が大好きだ。」と、話していた。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 【序章】ドリカフェ【2009年暮れ二番弟子を持つ】 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/5/6 【序章】ドリカフェ【2009年暮れ二番弟子を持つ】 Facebook X (Twitter) リンクをコピー さて2013年5月7日今日現在・・・ 5割の内々定率 たまには、現在の時間軸に戻そう。 一番弟子を指導してから4年半後の 2013年5月7日現在 ドリカフェプロジェクトで定期的に指導している学生の内々定率は 50%を超えた。 第一志望の企業に内々定した割合も2割程度 決して異常だとは思わない。 そして、今決まっていないからといって それは、とかく問題でもない。 むしろ、大切なのは内々定してからであって 内々定には、個人差もあるし、志望業界・企業によって差は出る。 むしろそこをきちんと把握し、支援することが重要である。 社会人として活躍する為の、ランディングポイント これが、就職活動であるのだから さて、2009年・・・ 私の一番弟子は、 そつなくではなかったが、 企業からの内々定をもらった。 僕の役目も、終わり、色んな意味で幕を閉じるつもりだった。 しかしながら、彼女の勉強がしたい・研究がしたい その想いは、ドンドン強くなってくる 大学院に進学したいという想い そう。僕の指導は学部まで。 修士の指導は、したこともない。 ここから先は、フォローに回る・後方支援に回るということを考えた。 修士の指導は、出来ないからこそ・・・ 情報であれ、人との交流であれ・・・ 一度は店じまいを考えていた就業支援 それは、違った形で生きてくることになる 2009年暮れ・・・二番弟子を持つ 一番弟子の指導もおわったのをきっかけに・・・ 新たな分野に挑戦していく 仕事を持った社会人に、新しい仕事を研究を通じて創造していくということ 今までは、全て一人でやってきた しかしながら、社会人の知見は、有用で ドラマチックである それが・・・まさにノンフィクションな教科書になると・・・ その時に、僕の二番弟子になったのが これまた、ドリカフェプロジェクトの影の立役者 高橋さんである。 彼は、まだ社会人 会社を辞めることを決意しており、事業を興すことを考えていた。 そこで、一緒に大学院で研究しないかと誘った。 それは、単純に研究だけでなく 未来に一緒に創造していきたい盟友となる誘いであった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- もと海外添乗員のぶっちゃけ話 その1 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/11/28 もと海外添乗員のぶっちゃけ話 その1 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 海外旅行専門の添乗員やってました。今は退職して海外住んでます。 思い出してみれば、なかなか大変なお仕事でした。 storys.jpを見てふと思い出したので、お話ししてみようかと思います。 添乗員ってまさに中間管理職 旅行会社本体と現地手配会社と現地ガイドとお客様の間に入り、ギリギリのバランスでどこからもクレームが出ないように日程を終わらせるのが仕事です。 日本からの電話に起こされ、お客様同士の対立に巻き込まれ、 わがままなガイドをなだめすかし、他社とレストランでバッティングすれば席とメニュー変更で対抗し、道を知らないドライバーの代わりに現地人に道を聞き、突然部屋が足りないと抜かすホテルと喧嘩し、受託手荷物のオーバーウェイトをまけてくれないかと航空会社の窓口と交渉までして 、それでも社会的地位は低く給料も安い。 そんなお仕事の紹介です。 おかげさまで世界中訪れることが出来ましたし、能力的には成長できたのかなと思います。パワプロ的にピンチ○ とか付いた気がします。あとネゴシエーション○ (クレーマー○? )とか。 お客様に救われたことも多いです。こんなにいい人がこの世に存在するのかと感動で涙したこともあります。 精神的にやられるので当時はメンタル×が付いていたのかもしれませんが。 世界中を旅したい。そんな人にはオススメですが、 知り合いがなりたいと言ったら殴ってでも止めます。 そんな海外添乗員のぶっちゃけ話のはじまりはじまり。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 会えなかった、初恋の人。6 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/4/11 会えなかった、初恋の人。6 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 会えなかった、初恋の人。 Episode1 出会いはチャット Episode2 会いたい Episode3 会えなかった理由 Episode4 別れ Episode5 彼が去った後 Episode6 15年後の今 Episode6【15年後の今】 Kと出会ってから、約15年が経った。 当時15歳だった私と、25歳だったK。 Kに背中を押されながら入学した高校を順調に卒業し、その後は専門学校へ進学。 卒業後に20歳で社会に出て、5年経った後、奇しくも当時の彼と同じ25歳で海外へ渡った。 未来を不安に思い、心を曇らせていた私に光を射し込んでくれたKという存在。 15年後の今、私は海外の自宅で彼を思い返し、これを書いている。 海外で暮らして4年。未来が見えずに不安を抱いていた15歳の私には考えもつかない未来だろう。 それでも29歳になった今の私も、いまだ人生にもがいている。彷徨い続けている。 15歳で将来なんて見えるはずがなかったんだ。30歳目前でもまだ見えないのだから。 でも、それでいい。 彼が言ってくれた 『自ずと見えてくる。だから今は自分が行ってみたいと思う、楽しめそうな所に行けばいい』 私は今も、自分が行ってみたいと思う、楽しめそうな所を飛び周っている。 もうすぐ私は日本へ帰国する。 到着は関西国際空港。 彼と出会った、夏の始まりの大阪に私は降り立つ。 そして、彼が生まれた秋になると必ず思い出す。 Kの名前と同じ、秋の景色を見ると思い出さずにはいられない。 自分の人生の中でいちばん輝いていた人。 会えなかったからこそ、いつまでも綺麗な思い出のままなのだ。 今でも会いたいと思う。 会えなくても、彼を思う。 15年経っても、まだ色褪せないKという人。 それだけ、すっごい人だったんだ。 もしも、どこかの街で偶然にすれ違っても お互いに気付くこともない。 私たちはお互いに顔を知らないのだ。 何度でも言う。 Kという人と私は出会った。 私の中には今でもKがいる。 --------------------------------------------------- 最後まで読んでくださってありがとうございました。 これは、ずっと誰にも言わずに胸に秘めていた私の初恋でした。 このKという人にヒントをもらった私の人生は 思いも寄らなかった、海外という場へ繋がっていました。 この後は、私が海外へ出るまでと、出てからの話を書いていきます。 暇つぶしにでも、読んでいただけたら嬉しいです。 そして万が一、 Kという人に心当たりがある、 もしくは自分はKです!という人が居たら ぜひ、ご連絡ください。笑 特に何かを望むわけでもなく、 ただ純粋に、今でも本当に会いたいと思う人です。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- あなたを憎みながら私はあなたと一生暮らしていく | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 あなたを憎みながら私はあなたと一生暮らしていく Facebook X (Twitter) リンクをコピー 前書き 私が今の旦那に出会ったのは、今から8年前の事。運命なのか宿命だったのか?…私はなんとか生きている。今から旦那と出会う少し前から最近までを順に追って話して行こうと思う。 第1章 私の生い立ち 私は再婚同士の夫婦から生まれた。当時母は38歳父は32歳で私は産まれた。母は前夫とは死別で2人の子供を1人で育てていたシングルマザーだった。父の離婚理由は知らないが子供はいなかったらしい。遊び人を絵に描いたような父だった。私の妊娠を機に2人は再婚したらしい。私生児とかにしたくなかったと母は良く言っていた。その後3つ違いの妹も産まれたが、なぜか母は私を溺愛した。子供心にもわかる分け隔てをしていたと思う。勉強も良く出来、母の自慢の娘になっていた。母は薬剤師かアナウンサーになってほしかった。私は小さい頃から歌手になりたかった。そこのはざまで私はもがいた。親の認めるいい子でいる事に疲れたのだ。顔を見れば勉強していい大学に入って、お母さんのゆうとおりにしていたら最高の人生が待ってると言う母。いつしか母は自分の夢を押し付けていた。そんな母に反発。気づけば私はグレていた。成績も急降下。不登校。自殺未遂。万引き。窃盗。喧嘩。夜遊び…荒れていた。14歳の夏だった。高校は志望なんて聞いてもらえなかった。進路の先生にお前は出席日数が足りないから私立の◯女だ。選択肢はなかった。今ではすごい進学校だが、当時は下から数えたほうが早いくらいの学校に入学した。マジメになろうと部活もした。お金も貯めたくてバイトもした。そんな一年の夏同級生がイジメで自殺をした。一命は取り留めた物の一生寝たきりの体になった。その子をいじめてたグループは私がいない時だけ彼女をいじめた。あいつと友達やめろと。でも彼女は私とずーっと友達で居てくれた。最後にごめんと残して。許せなかった。私は暴れて大怪我を負わせて停学。父と相談して通信高校に編入した。母は泣いていた。私の夢が終わったと… それからの私二十歳で妊娠、結婚するも同居生活1週間で3年の別居生活を経て離婚。1人で息子を育てるシングルマザーになる。22歳で自分のお店を持つ。水商売のママに。生活を安定させたくて昼のお仕事もする兼業ママだった。子育ては母に任せて働きまくった。何人かの男性とも付き合っては見たもののうまくいかなかった。天性のダメンズ好きなのかとこの頃気づく。お店も軌道に乗った25歳の時先天性の血液の病気が分かる。名医の先生に出会い奇跡的に回復する。でも元の体にはほど遠く心が弱ってたときにずーっと遊び仲間だった料理人の人と何となく付き合い始める。その後まさかの妊娠で再婚をする。28歳の時だった。上の息子が8歳になっていた。おばあちゃんと暮らすと息子に言い切られ男の子のいなかった私の両親はこの機会にと養子縁組を息子とした。そして戸籍上息子は私の弟になった。 再婚した男の人との間には娘が産まれた。この人は私の持っている顧客がほしかった。結婚を機に店を閉めた私。料理屋の女将さんになった。順風満帆に見えるけどお店を始めて1年ほどで男はウチに寄り付かなくなった。女が出来たのだ。売り上げを握りしめて女の店へ家にはお金は入れない店はお金が回らない借金が膨らむ…子供のために頑張ろうと耐えた。30歳の時扁桃腺摘出手術の時に腫瘍が見つかる。今でゆう上皮内ガンだった。朝から夜中まで働きづくめでその頃の私は3時間眠れたらいいくらいの生活だった。結婚生活8年目私は35になっていた。ガンがリンパに再発したのだ。もう疲れた…離婚しようとなんとなく思った。治療が終わったら、今の仕事を辞めて転職しようと…そして、私の運命が少しずつ動き出す。 第2章 運命の出会い 治療がひと段落した私は、今住んでる町で仕事を探すのではなくて、私を知ってる人がいないところで静かに働こうと決めて仕事を探した。いつか家を出る為に… そんな時、縁があってある方から隣の市の求人広告を見て仕事を教えてもらうことができた。新規オープンのゴルフ場のレストランだった。保育園に通う娘がいる私には好都合の時間だった。ホール係に応募した。 数日後、面接の連絡が入った。とても電話の相手の対応が悪くて、面接に行くのがイヤになった。電話の相手みたいな人と仕事とかイヤだ…と。でも人事部とかかもしれないからとりあえず面接には行ってみようと決めた。 面接当日、隣の市に1人で行った事のない方向音痴の私は道を迷いながら面接20分前にゴルフ場についた。当時の旦那さんは、酔って暴れるので私には青アザが絶えなかった。生活に疲れ果てていた私は、とにかく採用してもらってあの家を出ようといつしかすがる気持ちだった。そしてクラブハウスに入り面接で来たことをフロントで、伝えレストランのある場所を教えてもらった。おしゃれな螺旋階段を上ってすぐがレストランだと教えてもらい階段を上がると入り口近くに40前後の男の人と女の人が制服姿で立っていた。女の人に面接で来たことを伝えると奥にコンペルームがあるのでそこに行ってもらえますかと言われた。先に見えた男の人は足のついたグラスにお水を入れたものを6個くらいお盆に乗せてさっそうと歩いていた。私には何故か眩しく見えた。面接会場と働く場所は違っていたので、こんな人と一緒に仕事が出来たらと何となく思いながら歩きコンペルームに入った。50代の人が1人待っていた。面接ですか?とかお互いに話しながら待っていると次々と人が入ってきて、気づけば8人くらいいた。定刻から数分遅れで男性2人が入って来た。1人はさっき眩しく見えた男の人。もう1人は茶髪の太ったおじさん。電話の感じ悪かった人はこの茶髪のおじさんか〜とか1人で思っていた。そしたら、眩しく見えた男の人が今日は来ていただいてありがとうございます。ここにいる人は全員採用です。と…その声に私は電話の声だとすぐに分かった。あの感じ悪かった人が眩しく見えたひと?えー!1人パニックだった。 そして、簡単な自己紹介が始まった。眩しく見えた人は店長で、茶髪の人がチーフ(料理長)だとゆうこと。店長は、年が私と同い年だとゆう事。私と同じタバコを吸っているということ。私と同じジッポ愛好家だとゆう事。独身だとゆう事。何故か共通点の多いこの人に私は興味を持った。私の人生の中では、不思議な感覚だった。出会ったことがない底なしな危うさすら感じる男だった。 そして、簡単な条件の話やコンプライアンスのビデオ等をみて制服を持って帰ってください。何月何日の日にそれを持って新店のゴルフ場へ持って来てくださいと言われたので、ホールの制服をもらい帰ろうとした時に、店長から声をかけられて調理できるの?と…私が多少ですけどやります。と答えるとキッチンが全然人がいないからホールにはゆくゆく戻ってもらうからキッチンに入ってくれる?と言われコック服も渡されて私は帰りました。 帰りの車の中で何で気になるんだろう?私のタイプの男の人とは違うのに…私は背が高いより低めの人が好き。自分が大柄だからかもしれないが華奢な小柄な男の人がすきなのだ。ガッチリ体型も背が高いのも顔うんぬん以前に苦手。なのに気になった。なんで?私はきっとつかれてるんだわ。と独り言を言いながら現実に戻って行った。これが運命だった事に全く気づきもしないで… 第3章 都合の良い女 それから、新しいお店で働き出した私。オープンの日前日に店の引き渡し、前日まで営業していたキッチンの片付け、掃除と明けくれ、キッチンにはヘルプの他店のチーフクラスがずらり。そんなこんなで10日ほどすぎ気付けば自分達だけでやる日々に、季節は春の繁忙期。何かに没頭していると一時的にも現実を忘れられる事に気づいた私は現実から逃げたい為にシフトも増やし言われるがまま残業をし、主人がしていた料理屋にはギリギリで入りそそくさと次のバイトへそこでお酒を飲み夜中まで働き夜明けにまたゴルフ場へ仕事に行く生活。働いたお金は料理屋のアルバイトさんのアルバイト代に…身を粉にして働いているのに主人は仕事の一環といい、飲みに出る。子供は姑に任せっきり…寝顔を見るのがやっとの日々。心はとっくに壊れてた。その頃の楽しみはたわいもないLINEだった。LINEが出始めの頃で目新しいのもあったしで良く店長にLINEをした。店長今日二日酔いだったでしょ?休めてないんやから体壊すよ。みたいなほ日常的な普通の会話。既読になるのがなんとなく嬉しくて、今度飲みに行こうよ。とか今からバイト行ってくるわ。とか時には真夜中に眠れない…とか店長はほぼ既読にしてくれて返信をくれた。食べろ。寝ろよ。と…朝になるといつしかおはよう😃とLINEするようになるそうすると店長からタバコ2つ買ってきて。と返信が来る。血も涙もない人と8年も生活してると全ての思考回路が壊れていたんだと思う。タバコ代をくれないことに全く私は気づいてなかったのだから… そんなある日、私はゴルフ場のランチ終了後倒れた。過労だった。コックコートから見え隠れする無数のアザに店長は気づいていたみたいだった。その時は今日は迷惑かけてすみませんでした。と一言だけ言って帰りました。その夜店長からLINEが見てみると、お前さいっつも話したいことあるし1回くらい飲みに付き合ってよって言ってくるけどほんまに飲みたいの?と。店長がいついつ空いてるって言ってくれたらバイトも主人の店もサボるよ。そんな事した事ないけど…と私。じゃあ、明日飲みに行くか?と言われ、なぜか時間を作ってくれてありがとうと返信する私。なぜかワクワクしていた。 その日、仕事を終えて駐車場で待ってると今から出るから後ろついてきてと言われ車で追いかけてついていく。ここどこやねん!とか1人でぶつぶつ言いながら店長の地元のパチンコ屋さんの駐車場に到着。すると店長1回家に帰って着替えてくるからこの辺りで待っといて。と… ウロウロできるわけないやん!右も左もわからんのやから。と思いながらシートを倒してウトウト寝てた私。しばらくして店長が戻ってきて知り合いの居酒屋さんへ連れて行ってもらった。旦那のDVの事、離婚を考えてることなど色々マジメな話を最初こそはしてたけどお酒が進むに連れて同い年同士で楽しく飲んでいた。私の人生の中で同い年の男子とプライベートで飲むって事が初めての体験だった。やっぱりなぜか眩しく見えた… いい調子になった頃そこのお店を出ることに、お代は当たり前だけど私がずーっと誘ってとたんだからという事で私のおごり。お金を店長に渡して私は外で待った。田舎の夜空は星がキレイで夜働いてるのに星なんて見てなかったな〜なんて外で待ってると店長がお釣りを持って出てきた。何を見とんやって聞かれて星がキレイだな〜って思ってた。くらいの瞬間キスをされた。はっ?えっ?なんで?なんとなく…みたいな。屋外でキスなんて大人になって初めてなのに…と落ち込んだ私。俺でよかったやろ。と笑う店長。次いこっ!って諭され話は頓挫のまま二件目へ そこは店長の大親友がやってるバーだった。イケメンマスターに彼女なん?って聞かれた店長はうちの職場で働いてくれてる子で今日は2人飲み比べ大会をやってると言っていた。私はちょっとガッカリしたのを覚えてる。そこでもマスター交えて沢山飲んだ記憶しかない。でも、すごーく楽しかった。もちろんお代は私で。 目が覚めた時私はラブホテルのベッドの上で服を着たままそのまま寝ていた。もちろん店長もそのままの格好で。運転できるような状態でない私を連れてきたんだろうけどそのままで寝かされてることに1人で笑った。そのあと店長を起こして帰ろうと。もう大丈夫か?と聞かれ大丈夫。と答えてホテルから出て車を止めてるパチンコ屋さんまで送ってもらって娘の待つ家に。その日は仕事が休みだから娘と過ごす約束の日。目覚めるまでに帰ってやらないとと急いで帰路へもちろん宿泊代も私持ちだった。 この日の出来事から私は店長の都合の良い女に確定する。でも、それにすら気づかないバカな私。 第4章 有頂天 罪悪感は娘にはあるものの、旦那さんには一切なかった。お金を使って遊ぶ楽しさ。一緒に毎日過ごしてくれる相手が居るってだけで、1人じゃないんだと強くなれた。彼氏だとか彼女だとかそんなのどうでも良かったし、実際よく分からない関係ではあったと思う。ラブホテルで泊まりはしても、お互い寝るだけで何もない。そしてまた別々の家に帰るっていうのが私たちの中の当たり前みたいだった。店長は私と居るのはお金目当てだと私は気づいてた。パチンコ代だとか、麻雀で負けたから貸してだとか、給料もらっても1週間もしないうちから言い始める。タバコから飲み代、遊び代全てほとんど私だった。それでもあの頃の私は離れる勇気がなかった。1人で生きてく自信がなかった。子供を育てていかないといけないのに誰かに側でいてほしかった。 私は店長の時間をお金で買ったんだと言い聞かせるようになった。そんな頃、店長から家を出たら?と言われる。なんで?家賃とか光熱費とか1人ではしんどいという私に半分出すと言ってきたのだ。えっ?意味がわからないよ。って言うと寝るだけに毎回ラブホテルに泊まるのはお金がかかるからやめようとゆうのだ。私はなんかよく分からない感情がふつふつ湧いてくるのがわかった。いつか好きだと言わせてやると心のどこかで思っていたのだと思う。タイプではなかったけどほっておけなかったのはお互い事実。この瞬間に店長に対してフタをしていた気持ちがあふれる。私好きになってたんだ… そんな事に気づいてしまった私。一緒に住めると思って余計に依存する 私は蟻地獄に落ちたのだ。 その後気に入った物件を見つけて契約をする。毎日少しずつ仕事に行くときに荷物を積んで真新しい家に入れていく。全く旦那は気づかない。私に興味がないからだ。家電はリサイクルショップやインターネットで買った。自分の布団はあったけど店長の布団がないなと思い新しい布団を買った。ここまでですでに50万以上契約からで使ってる。店長は一切お金を出さない。一抹の不安がよぎる。これで月の家賃出してくれなかったら私の家出は半年持たないと… この時点で店長に200万、家を借りる為に使ったお金で250万使っていた。息子の大学資金にコツコツと貯めたお金だった。私が使ってしまった事で息子はその後苦学生になる。息子はお金のこと知らないけどごめんを何百回も言った。 私は何も見えなくなっていた。 第5章 新しい場所 離婚に向けての別居が始まった。移住初日から店長は来なかった。浮かれていた私はつかみどころのない店長の事を観察する日々が始まった。店長の要求はエスカレートしていた。服買って。お金貸して。と…毎日毎日言われる。私は人を信用した後悔しかなかった。でも、ただ利用されたとか、都合良く遊ばれたとかこの期に及んで人から言われる生き方をしたくなかった私。元々ヤンキー気質。ダメでも決着をつけたかった。そんな私に対して店長は優しくなるどころか素っ気なくなる。週の半分は私の家で過ごし週の半分は家に帰ると言って来ない。連絡もない。周りの友達は女っ気なんて今まで感じたことないし、気のせいだよ。とゆう。でも、長く水商売で生きてた私には第六感みたいなものがある。ずーっと気になってた初めて面接会場に行った時にレストランに一緒にいた女の人が怪しいと思い。店長を見てると色々見えてくるものがあった。私の家に来ててもずーっとLINEしてる。携帯はロックがかかってる。同じ職場で私と働いてるのに、自分の勤務シフトは絶対に教えない。他店で働いてる女は良くヘルプに来る。何故かいつもホールで2人っきりになる。うちのメインのホールの女の子を休ませてまでもヘルプに呼ぶ。おかしなことが沢山見えてきた時私には怒りなのかなんなのか分からない殺意的な気持ちが湧く。貸したお金全部メモっといて良かった。LINE全て保存にしてて良かったと… 第6章 私の中の決定的瞬間 そんなある時、店長が明日大阪に出かけるから。買ってくれてた服をアイロンかけてくれる?と言ってきた。どこに行くの?と私。会社の先輩だった人が独立してお店を出すから開店祝い持っていきたいんだと…1人で行くの?と聞くと当たり前やろ!と怒り口調で言ってくる。この頃めっきり喧嘩が増えていた。その日は、私も主人の家に帰らないといけない日だった。何時に帰ってくるの?と聞くと早めに帰って来るわ。と店長。で、開店祝いのお金と高速代やらなんやらで、5万ほど貸してくれない?はぁ?また?意味わからん!だけどパワーバランスではこの頃完全に負けてる私。依存してる私が負けてお金を渡す。そのかわり帰って来たらご飯を食べに行く約束をして…お前も早く帰ってこいな。と次の朝いつもよりもオシャレをして浮き足立ってお金を持って出かけて行く店長の背中を見送り私は初めて泣いた。情けなくて泣いた。今から私は家族で住んでた家を引き払う事になったから、片付けと離婚に向けての話し合いをしに行かなきゃならないのに…と。なんで私が振り回されてるのよ…と玄関でワンワン泣いた。涙も枯れ果てたので、気持ちを入れ直し出かける準備をして私は旦那のいる家に向かった。 片付けをしに帰ると旦那は一升瓶を抱いて寝てた。娘は姑の所でずーっと暮らしていて私が帰って来るときだけこの家に帰って来ていた。私がゴソゴソかたづけをしてると酔っ払ってる旦那が目を覚まして片付けを手伝うと言い出した。二階の要らない荷物はひとまとめにしたから下に降ろしてもらえる?と私が言うとフラフラと二階に上がっていった。上がったり下りたりがめんどくさいのか二階の階段の上から物を下に落とし始めて階段の下が物で山積みになり始めたので仕方なく手を止めて階段の下の荷物を片付け始めた私、やっと片付いたなと思った所で私の記憶はない…後で分かった事なんだけど、小さな14インチくらいのテレビデオを旦那が二階から投げ落としたのだ。下にいた私に直撃。脳しんとうを起こして気を失ったらしい。故意なのかどうかは分からないが救急車に乗せられ脳外科に運ばれていた。気がついたら病院だった。頚椎損傷、脳挫傷と言われ今日は車の運転はしないでくださいと言われ、起き上がると吐き気と目眩で1分も起きてられなかった。私は店長にLINEをした。こうゆう状況で車に乗れないみたいなんだけど迎えに来れる?アパートの方がゆっくり休めるから帰りたいんだけどと…時刻は夕方になろうとしてた。店長との約束を考えると帰る途中くらいかと思った私。店長からの返事は一時間後だった。ごめん遅くなるから無理。大丈夫なん?明日仕事入れる?だった。この人も終わってるわ。と私は思った。憎しみのスイッチが入った。女を本気で怒らせるとどうなるか思い知らせてやる!私が今まで付き合った男の人に抱いた事のない感情だった。私は返事にもういいわ。約束キャンセルしてごめんね。私も自力で1人で帰るから今日は、うちに来なくていいよ。安静にしなきゃならないし…仕事は2、3日休ませて。閑散期だからどうにでもなるでしょ?と返事をした。店長からはごめんな。と。それから2時間くらい点滴が終わるまでの間私は病院のベッドで寝た。 起きて帰る時夜の7時くらいになっていた。まだ目眩と吐き気に襲われながら車の置いてある家に戻ると旦那は仕事に行って誰も居なかった。体調が良くなったら私の残りの荷物を取りにきますと置き手紙を残して車に乗った。トロトロ運転で休みながら40分で帰れる所を2時間近くかけて帰った。アパートは真っ暗だった。部屋に入って電気もつけず布団に入ってまた泣いた。夜10時を過ぎて玄関の開く音がした。店長だった。大丈夫か?と私の様子を見た。心配するふりとかもう要らないから。私がすがったのがそもそもの間違いやねん。もう疲れた…こんな関係いつまで続けても私になんのいいことないもん。やっと気付いたわ。貸したお金はちゃんとメモってるから返してもらう。私が奢ったりした分は高い授業料だと思う。もぉ1人にして!私をそう言わせたのは匂いもあった。私は鼻が犬並みにきく。朝お風呂に入って出て行った店長は家のボディソープの匂いがしなかったのだ。疑念が核心になった時だった。店長は何故か帰らずに泊まった。良心をとがめたのかもしれないが、あの時の私にはそんなのどうでも良かった。証拠を掴んでやる!と。 第7章 真実は一つ それからは一見普通の半同棲生活を続けた。お酒を飲ませて早く寝かせては携帯の暗証番号の解読に時間を費やしていた。そんなある時財布が壊れたから買って欲しいと言われネットで画像を見せられる。栃木レザーなんだけど、そんなに高くないし、よくない?と。外食行かなくていいんなら買ってあげてもいいけど…みたいな会話をして私は隣の部屋でアイロンをかけていた。早く寝ろ〜と思いながら… それから数日後財布が届いた。今まで使っていた財布の中身を入れ替え古い財布を送られてきた箱の中にしまい机の上に置いていた。何日もほったらかしていたから、片付けようと思いその前に箱を開けてみた。何枚かのレシートが入っていた。日付は全部同じ。カレンダーを見ると大阪に出かけた日だった。レシートには2人で韓国料理屋さんでランチを食べていた。それも江坂と聞いていたのに梅田にいた。梅田でイヤリングを買っていた。2千円くらいのやつ。五万も持って安いランチに数千円のイヤリングって…と思いながら駐車料のレシートを見ると車で梅田の当たりをウロウロしていたのがよく分かった。そして、そのレシートを財布から抜き取り、店長が家から持ってきてる荷物の中に財布の箱を入れようとその中を物色すると、中村雅俊がてでるミュージカルのビラとチケットの半券、しかもシアタードラマシティであの日見ていた事が分かった。時間でゆうとちょうど夕方あたりに見ていた。多分チケットは女が用意をして、そのチケット代を2枚分支払ったんだろうと推測ができた。それ以外には、何故か見たこともない使用感のある大人のオモチャとか色々出てきて私は手が震えた。人の家に何を持ち込んでんねん!この人頭おかしいわ。とつくづく思った。そして、ゴルフ場もそろそろ終わるであろう時間に電話をした。出ない。LINEをした。既読にならない。私は公開処刑をしようと思い店長の友達のバーに1人で出かけた。何度電話しても連絡つかないから1人で飲みに行くとLINEをして。証拠のレシートを持って。その頃別の人からLINEが来た。頼んでいた事を教えてくれたLINEだった。私は今から一か八かの公開処刑を始める! 第8章 公開処刑 この時の私は何故かすごく落ち着いていた。今日はなんで1人なん?と聞いてくる友達マスターに連絡つかんかったし、お酒飲まないとやってられん事が色々あってね。とだけ伝えた。彼は結婚していて奥さんとも仲良くさせてもらってたから、色々悩み事は話していたからなんかあったんだろうと分かっていたと思う。ビールを3杯くらい飲んでワインをグラスでもらった頃に店長は来た。 1人で飲むってなんかあったんか?と、人前だから若干優しく話す。私は別に…とだけ言ってまた飲む。店長のお酒が来た時に私はそっとレシートを出した。江坂って嘘やってんね。1人とちゃうやん。イヤリングって…女やん。それからミュージカルって?こっちが病院で助けてとお願いしてるときに帰ってもこず、連絡もなく…あなたの本気度がよく分かったよ。店長は固まっていた。その時逆ギレのような事を言った。人の物を勝手に見るなや!と。だから私は言ってやった。これが置かれてたのは私の家です。見られて困る物は私の家におかんといてもらえる!自分の家に持って帰ったらいいやん!と。そして携帯出してと言うとなんでや。って言いながら出してきたから。ロックかかってるんやから平気だよねとイヤミを言って4桁の番号を彼に見えないように押した。解除…女の誕生日0503私の感は的中だった。 人の携帯だから中身見るのは嫌だけどと一言だけ言ってLINEを開けると1番上にあの時の女があった。発信履歴もその女ばっかだった。その時点で私は一万円札をカウンターに置いてお騒がせ料だからお釣りはいいよ。迷惑かけてごめんね。とマスターに言って携帯を店長に返して店を出た。 虚しさだけが心に残った。ホントはどこかで信じたかったのに、全て第六感で感じた通りだったと…なんて、私はバカなんだ!とホントに自分が嫌になった。 帰ってしばらくすると店長がきた。なんなん?と私が言うと、大阪の事は謝るでも、付き合ってないし、お前が女やと思ってる。だの何だの言い訳をし始めた。とにかく信用してくれ。出来るわけない!別れる!別れる気ない!の押し問答。彼はその日から自宅に帰らなくなった。そうする事で信用してもらえると、俺に惚れてるからなんとでもなると思ってたんだと思う。アホなやつや。とっくにこっちはアンタをみきってるんよ。 第9章 人事異動 あの日から何日か過ぎた頃私は店長に長い長いメールを送った。都合のいい女を探してたのならもっと若くて軽く遊べる女を探せば良かったやん。まして、二股なんてかけて、どちらも形上は人妻。なんで私だったのかが理解出来ないと…私は心から大切に思ってもらえる相手が欲しかった。なのに…利用されて、利用されてた相手を信じて子供を置いて家を出て私に何が残るの?あなたはどうするつもりなの?と簡略してるがすごくタラタラと思いのたけをぶつけないとおさまらなかった。まぁぶつけても許せなかったとは思うんだけど。 そのメールの返事がきた。俺は俺の大切な仲間を守ってるだけや。俺の大切な仲間を追い込んだりするような事をしたらたとえお前でも俺は許さない!と…はぁ?なんなん。この返事…ようは、俺が1番惚れてる女を詰めてみろ!お前を許さん!と言うてるだけ…この人はいったいどこまで私をコケにしたら済むんやと思うわ。なのに、私との関係も続けるやと?ほんとに意味わからん…と短い返事を何度も見ながら呟いてるとまたメールがきた。今日ちょっと話があるから。と…なんやねん!もぉ私は話すことないのにと思いながらわかったと返事をした。 夕方帰って来て、いきなり俺異動になるわ。と…どこによ?なんでよ…と言うと、元の店に戻る事になった。と…あの女の居る店なんや…私がこんなにツライのになんでこの2人だけがイチャイチャして公私混同を楽しむのを遠目に見ないとあかんのよ!と思うと怒りしか湧いてこなかった。公認の店長はあっちの店から来る人だった。私が新しいチーフに頼んであの女の誕生日を調べてもらった店長がこっちにくる。結局お局様のその女がいじめ倒してゆう事を聞かず追い出した形だった。女は自分の都合のいい店長を連れ戻したのだ。怖い女だけど、私は決めた。あんたを地獄に落とすと… 第10章 興信所 離婚の同意もそろそろもらえそうになっていたある日旦那さんから電話が入る。お前には娘を渡さないと。男にうつつをぬかして貢いでるような女の所に行くと娘が可愛そうだから、俺とオカンで育てる。裁判したかったらしたらええ証拠もあるしお前に勝ち目はない。と… 引っ越し先の住所すら知らない旦那が男のことをなんで知ってるのか?意味がわからなかった。それから私がローンを払っている新車で購入した車を返せと。俺の名義だから持ってこいと。私がお金払ってるのにと抵抗はしたが、名義変更をしないと言われたら勝てないと思い今度の休みに帰ると言って電話を切った。一週間後に話し合いに戻る事になった…ため息しか出なかった。 一週間後私は約束どおり話し合いの為に帰っていた。旦那は自分がお金に苦しいから私からお金を取るにはどうすればと色々調べていたらしい。それと娘を取られない為に… その時一週間の間に新しい色々見つけてもらったと、私の前に写真を並べた。お前が惚れた男は人妻と付き合ってるな。この女誰だか知ってるか?俺の先輩の連れの建具屋の嫁や。相手は離婚とか全くないらしいわ。けどな、この証拠写真相手に見せてもええんやで。お前の惚れてる男がどないゆうやろな。と…その写真には、女の家の近くの工業団地のはずれの駐車場で抱き合ってたりキスをしてたりまともな不倫現場の写真だった。私と店長は外で手をつないだ事もなかったから、飲食店に入っていく写真とかしかなかった。旦那にアホな女や。明らかに片思いやぞ。と…うちの家庭を壊したんやから相手も壊さんとあかんやろ?壊したら困るか?お前のすがる愛しい男が完全に女のとこに行くもんな〜。でもこの女も相当やぞ。男がほかに3人ほどおるらしいと…目が点だった。 旦那、嫌な男だ。悲しかった。一度でも惚れた相手とこんなにいがみ合うのかと…とりあえず待って欲しいと頼み、旦那の条件を聞いた。車は返してもらったあと売る。親権も養育権も放棄しろ。面会は離婚後二度とさせない。色々言われたけどなんか切なくて頭に入ってこなかった。私、娘に会えなくなる…今は離婚してないから娘との時間もあるのに、もぉ会えなくなるなんて…あんな2人のために…涙が止まらなかった。最後に旦那は離婚しない手もあるで、お前が一生俺の奴隷として働くなら。と言った。私はとりあえず今日は帰ると言い残して車に乗った。店長から大丈夫か?とメールが来てた。私は電話をかけた。誰を思って私に大丈夫とか聞いてんの?大丈夫なんかじゃないわ!あんたが毎日会社でも工業団地の中の駐車場でもイチャイチャしてるから証拠写真として見せられたわよ!会社にも行くってゆうてるし、女の人の家も旦那さんも知ってるから全部バラすってさ!どうするのよ。あんたも困るだろうけど、私も色々困るの!とりあえず帰って1人になりたいから自分の家に帰ってと言って電話を切った。 帰り道私は思った。あの女の携帯番号私の携帯に登録して一度LINEで友達にしてみよ。っと…ロックをかけてたりしたらあかんかもだけど、メール送れるかもと… 直接対決が近づいていた。 第11章 おさまらない感情…なのに… 家に着くと明かりがついていた。店長は帰らずに待っていた。多分気になって仕方なかったんだろう。 家に入るとどんな話し合いをしたのか聞いてきた。私のことを調べてたら店長が出てきた。店長を調べてると女がいた。その女は旦那の先輩の連れの建具屋の嫁やったとゆうこと。二股かけてること、その2人とも人妻やとゆうこと、全ての状況証拠を持って会社に行くと。損害賠償を求めるとかも言ってたし、相手さんの家にもバラすと伝えると、店長は私に頭を下げてあの女の人と4年近く付き合っていたこと。他にも付き合ってる男がいる事も気づいてたこと。最初は向こうに言い寄られてたけど、自分が今じゃハマってること。ツラツラと頭がパニックになってる私に話し出した。そろそろ終わりにした方がいいと思っていた頃に私が現れたんだと…つまり、代わりの女。都合のいい女より下なのか?なんて思いながら聞いていた。ボロボロ私は泣いていた。俺に何をされても構わない、彼女だけは守ってやってくれ。助けてやってくれと私に何度も何度も頭を下げた。客観的にホントに好きなんだな。と思う自分とこの期に及んで私の大切なものを店長は奪うのかと堪え切れない感情が湧いてきて止まらない。 俺はお前といるからと言った店長は、私に自分を捧げてまでも守ろうとしてるとしか見えなかった女として屈辱だった。 私は決めた。やっぱり直接対決をしようと… 第12章 LINE 季節は春の繁忙期になっていた。店長の異動ももうすぐの頃に店長は私にお金を貸してくれと久しぶりに言ってきた。もう、あなたに貸すお金はないけど、なんなの?って聞くと、店舗で釣り銭や消耗品として会社から預かるお金が10万から20万店舗の大きさによってあるらしいんだけど、そのお金を使い込んでて明後日監査の時にちゃんと揃えてないと横領になってややこしくなるんや。必ず返すから貸してくれと…で、いくら貸して欲しい訳?と聞くと9万という。店長の話だと預かってたお金は10万。9万を使い込んでたということらしい。イヤ多分全額使い込んでて自分が用意できたお金が1万だったんだろうと私は思った。そして、貸してあげるよ。借用書は書いてもらうけどね。と言った。決行の日はお金を取りに来た夜にしようと… そして、その夜が来た。店長は隣の部屋でテレビを見ながらいつものように携帯を触っていた。私は隣の部屋で2人に送るLINEを作成していた。 店長へのLINEは、気がつけばすごく大切な人になっていたことや少しでも夢を見れて楽しかった事。だけど、全てを知った上で付き合っていくのは無理だと、これでゲームオーバー。と別れのLINEを。 女には、あなたの事を旦那が調べたという事。私は同棲してるんだと全てを捨てる覚悟で出てきたという事。あなたがメールで色やデザインを選んであげた財布は私が買ったんだという事。それから、あなたが全てを捨てて彼といる事を選んでほしいと。悔しいけどあなたが好きで仕方がないようだから…私は全てを知った上で付き合えるほど人間できてないので別れますと。それから、旦那の私への攻撃の延長にあなたが出てきてしまったことに対しては店長からも守ってやってくれと言われているので努力はしますけど、できなかったらごめんなさいと。思ってない事ある事を書き、2人にほぼ同時に送信した。 ふすまの向こうでLINEの音がした。長いLINEを読んでいるのはわかった。その後30分くらいしてふすまが開いた。 ちゃんと、必ず清算してくるから、俺に時間をくれないか?お前と一緒に居たいと思ってるから、チャンスをくれと。でも、私は愛情を感じない人とは無理!私はだいじにされたいの!私とは地元以外どこにも出かけたりした事なかった事とか今までの不満を撒き散らかして、とにかくチャンスをと食い下がってくる店長に、いつまでか期間を決めてと言った。夏が終わるまでと店長は言った。それまでに必ずお前を見るから。 言ってる意味が分からない。結局私は今からスタートするって事なのね。もうどうでも良かった。私の中で何かが壊れた。 次の日、彼女から返事が来ていた。そもそも女がいるなんて同棲してるなんて知らなかった。彼女がいたなら付き合ってない。あんなしょうもない男と。親が金持ちだって聞いたから付き合ってみたけどケチだし、お金持ってないし、7つも年下なのに淡白だし、セックスも下手。ほしけりゃあげるわ。他に男はいるし役不足だと。女王様は、自分だけを見ない男はいらなかったらしい。この人はこの人なりに多分ショックを受けてるに違いない。笑えた…1人笑った。メールの後半に、なんで人の家庭を壊さなきゃならないの?私は女がいること知らなかったから被害者だと言わんばかりだった。 ここから、店長と女の修羅場だ。 私はこのメールを見た後に9万円を渡した。満面の笑みで気をつけてと… 私の精神はこの数ヶ月で壊れ果てていた。そんな事にさえ気付かずに… 第13章 体の異変 私は夜眠れなくなっていた。ずーっと明け方まで起きて夜明けに少し眠り仕事に行く。そんな生活だった。その頃来るべき物が来なくなる。ガンの定期検診に行った時病院の先生から、産婦人科を受診して下さいと、言われる。妊娠してると…寝耳に水だった。その足で産婦人科に行く。病院の先生から預かってた封筒を渡した。色々検査をして言われた事。産みたい?相手とは、ちゃんと話せる?だった。 私は現実を受け止められなかった。別れようとしてる相手の子供だけどこの子に罪はない…そんな事を考えてたときに先生が言った。100に近い確率で障害を持って生まれてきます。無事に産めたとしても長く生きれませんと…私は放射線を足のそけい部に当てている。子宮が被爆しているのと同じ状況でなおかつキツイ薬を飲み続けていた。全てハイリスクだった。 私は1人で産んで育てる力がなかった。息子も娘もいて息子にはとにかくお金がかかる時だったから、先生に中絶をお願いした。自分自身が長生き出来るか分からないのに子供は産めないと…10日後私は1人で中絶をしに行った。店長に何も言わず… そして泣いた。男の子だった。その後私は自覚症状があるくらい病んだ。安定剤、睡眠薬を飲まなきゃ生活ができなくなっていた。私はある日店長に話した。妊娠してたと… してたってどういう事?妊娠してたの?今はしてない。はぁ?なんでそんな大事な事話さへんねん!おろしたの!障害を持って生まれてくる事分かって1人で育てる自信がなかったの!私は最低な女なの!人が悩んで苦しい時にあんたは誰を見てたんよ!と…あんたに何が出来るのよ!お金を好き放題使って二股かけてるあなたに何がわかるのよ!と。ぶちまけた。店長は黙って最後にそうか…と言った。かなり落ち込んでる事が分かった。私は夏まで待てない。もぉ、終わりにしたいと伝えた。店長は何も言わなかった。 私はホントに最低の女だ… 第14章 夏 ある日店長が家に帰って来るなり私に終わったからと言った。ひと月ほど女とも色々あったんだろうと思った。ふーん。と答えた。別に今更そんなこと言われても興味がなかった。 私には憎しみしかなかったのだから… お前だけをちゃんと見る。だから俺と居てくれ。本当なら嬉しいはずの言葉。その時の私はもぉホントにええんやって。って思ってた。 店長はその後おかしくなった。抜け殻のように… それを見ている私は余計に辛かった。この人はなんでこんなに抜け殻なのに、私と居るのよ…と。店長は燃え尽きてた…私と違う別の人をこんなに好きだったんだ…1週間仕事にも行かず、座椅子に座って遠い目をして黄昏てる店長をみて病んでる背中を見て、私は放っておけなかった。程なくしてなぜ店長の精神が壊れてしまったのか、わかった。私があの女とLINEで向き合った頃から店長への報復が仕事で始まっていたらしい。誰も指示に従わず、挨拶すらしない。イジメだ。主犯はあの女。 その上内部告発をして会社に色々リークをしたのだ。そんな状況に店長は一か月耐えてついに引きこもってしまったのだ。自業自得と思う私と、終わるにしても元に心を戻してからと思う私のせめぎ合い。店長はその後会社を辞めた。退職願を机に残して引きこもっていたみたいだった。形の上では退職だが、私は解雇だと思った。有給消化すらしてくれなかったんだから…また、私の養い生活が始まる。私のストレスが頂点にきていた。 1週間が過ぎて少しずつ会話もするようになってきてた店長だが、まだ誰の電話も取らない、携帯はOFF。そんな時私が外食に誘った。そしてお酒を飲んでうちに帰った時に私が口にした。店長が元気になったら別れたいって言葉に引っかかって馬乗りになって首を絞められて気絶した私。クビにも指の方が残るくらい強く絞められていた。意識が戻った私にごめん…という店長。私に言葉はなかった… 私この人から逃げられないかもしれない… 殺される…と心の中で呟いた。吐きそうになるくらい強烈な恐怖だった事を覚えてる。その後2、3回そんな事があった。傷やアザの数が増えているのを感じていた。ある時体調を崩して病院に行った時に先生から、DVってゆうのはどんどんエスカレートしていくからいつか命を落とすような事になるまでに警察とかに行かないとダメだよ。と言われる。お互い取り替えしのつかない事になってからでは遅いからと…でも、私は助けて下さいと言えなかった。認めたらもっと痛い目にあわされると… 第15章 秋の大事件 期限の夏が終わりの頃店長に、俺とずっと居てくれと言われた…私は家事をしながらだったから聞こえないふりをした。私の気持ちは決まってる。そろそろ終わりにしようと… 数日後、2人で出かけた。店長の地元以外2人で出かけた事がなかった私はデートらしいデートしてないからと外に誘った。そのデートの帰りに私は泣きながら店長に話をした。あなたは夏が終わるまで時間をくれと言った。チャンスをくれと…私は何度も一緒にはいられないと言った。だけどそのたびに暴力的になって力ずくで店長はうやむやにしたやん。 でもね、私は店長に、ゲームオーバーってLINEを送ったあの時から、気持ちは変わってないんよ。なのに1つ屋根の下でいるのもおかしいし、ツラくて仕方ないんよ。だから、本当に別れて下さい。と… その後アパートに送ってもらった。店長には友達からの誘いがあった。今日は珍しく行ってくると言った。そして、自分の家に帰ると… 私は病んで歪んでしまった店長を甘く見ていたのだった。 私は久しぶりに1人で過ごす家での時間にホッとしていた。珍しくお風呂にお湯をためて浸かって癒しのひと時を過ごして寝た。珍しく熟睡した。鍵が開く音にも気付かず… 店長が帰ってきたのだ。しかも泥酔で…大声で何かを言っている声で目が覚めた。なんなん?今日は来ないってゆうてたやん!それに別れて下さいとお願いしたやん!もぉ、来ないでって。と怒り口調で言った瞬間殴られて倒れた。そのあと馬乗りで何度も何度も顔を殴られた。私の意識がなくなる前に私は店長に言った。別れてくれないなら殺してよ!…と。 そして意識がなくなった。数時間後店長の高いびきで目が覚めた。顔も体も痛過ぎて動かない。季節は秋11月の2日だった。ゴルフ場は繁忙期で忙しく休める状況ではなかった。這って洗面所まで行き鏡を見て驚いた。顔は原型がなく、肌色がほとんどなかった。まぶたは腫れ唇も腫れて顔のほとんどが赤やむらさき色だった。自分で車を運転するのは無理だと思った私は料理長に電話をした。チーフすみません。ちょっと車を運転できないので拾ってもらえませんか?と…何があったの?と聞かれたが、答えなかった。チーフとは近くのコンビニで落ち合う事にして私は仕事に行く準備をした。部屋の襖やシーツには私の血が飛び散っていた。何故か電気のかさまで壊れていた。店長が起きた。私の顔を見て固まってる。私はか細い声で殺してくれてたら良かったのに…と泣きながら言った。店長はそれで仕事に行くの?と聞いた。今やれる事したら帰るかもしれないけど手も足も動くし人が居ないのに今日の組数チーフだけでは無理だから…と言って家をでた。 コンビニまで行くとチーフが待っていてくれた。顔を見るなり、固まってた。ひどいでしょ〜と笑ったけど、チーフはとりあえず行こうという感じで仕事に向かった。マスクをして深く帽子を被った。私は気力で仕事をしていた。一時間くらいして店長に呼ばれた。今から病院行って来なさいと言われた。こんな山奥から遠い総合病院まで行くのにいくらかかるよ。タクシー代だとか病院代だとか払ってたらすごい金額になるやん!と私は言った。店長は店舗預かり金から出しておきます。30000はのちに返して下さいと言われた。タクシーも呼んであると…そして、警察には本人が被害届を出さないと受理してくれないと言われた。もぉ、私が誰と付き合ってて誰にこんな目にあわされたのかがバレた瞬間だった。 私は病院に向かった。向かう途中に店長から電話があった。同じ店舗に働くホールの女の子に電話して聞いたみたいだった。ごめんな…あんまり覚えてないんやけどこぶしに血が付いててな…と部屋を見ても俺がしたんやな…と思った。声を聞くだけでも吐き気がした。電話を切って病院に行って脳とか顔を色々調べた。全治3カ月の大ケガだった。脳は殴られた事で大きく腫れていた。顔の骨も何箇所かヒビが入っていた。あと数ミリズレてたら100パーセント失明していたと…目の神経もおかしくなりずーっと目の中に虫が飛んでるような症状があった。 先生が助かって良かったね。と言った。こんなになるなら殺してくれてたら良かったのに…と言った。先生は病院から警察に通報しましょうか?と聞いてきた。私は大丈夫ですと何故かかばった。とにかく完治までに3カ月がショック過ぎて頭がいっぱいになった。仕事辞めなきゃいけないんだ…帰りのタクシーの中で会社に電話をした。1週間ほど休まないといけない事を伝えた。その後会社で大問題になるとも知らず体を引きずりながらうちに帰ると暴れて散らかった部屋が片付いていた。そして1人睡眠薬を飲んで寝た。起きてても痛みでつらかったから…夕方店長が帰って来た。そして謝った。何度も何度も…でも、私は完全にさめてた。心を閉ざした。とにかく、帰ってと言った。今は誰にも会いたくないし話したくないと… 毎日店長は謝りに来た。何度目かの時に私は言った。キズモノにして!何よ!私はこれから一生後遺症と戦っていかなきゃならないの! お金とって、二股かけて、あげく鬱になって引きこもって、最後に暴力ふるって大ケガ負わすってあんたは犯罪者と同じだよ!私の気持ちわかる?私は店長のことが好きなのかもしれないけど憎しみが好きな気持ちに勝って憎しみが大きくてつらいねん…すると店長がお前が俺を嫌いでもいい、俺に責任を取らせてくれ。少しでも好きになってもらえる努力もするし、俺がお前を守る。裏切るようなことは二度としないから…と。店長の贖罪の日々が始まる。 気がつけば、私は飼い殺される事を選んでいた。私はやっぱりバカだ… 第16章 あ母さん現る? ケガから1週間たった頃会社では、主婦の人を店舗責任者の店長が暴力を振るったと大問題になっていた。その頃、店長は会社を辞めていたが不倫をしてたと言う私の事実。申し訳ないけど帰ってくる席はない。と言われた。私は有給消化後に退職をするということではなしがついた。仕事辞めてスッキリという訳にはいかない…でも、まだ外を歩けるような状況ではない。 でも、子供への仕送りや自分の生活をする為に働かないといけなかった。そして、見つけたのが幼小中の給食を一括で作っていた市の給食センターの調理の仕事だった。準公務員にもなれる。楽しい仕事ではないけど応募してみようと思い市役所で申し込んだ。後日簡単な筆記試験を受けて採用になった。ちょうど有給を消化してからタイミングよく行かせてもらえる事になった。そして、顔はまだ腫れていたが、2人の関係も知らない、知り合いもいない職場に飛び込んだ。ひと月がたとうとした頃学校は冬休みに入った。まだ試用期間の私は冬休みの間仕事も休みでうちにいた。 ピンポン。インターホンがなる。私は部屋の中で対応した。○○さんですか?聞きなれない女性の声だった。はいそうですけどどちら様ですか?私は○○の親です。ちょっと話できますか?と言われた。今さら出ない訳にもいかず部屋のドアを開けた。うちの息子がお世話になってます。ちょっとゆっくり話がしたいからお茶でもと近所の喫茶店に連れていかれた。キレイな人…と私は思った。どこにいるかもわからないし、色々探したんだと言っていた。うちからこんな近くにいたなんて…と。そして、なぜ私がここに住んでるのかとか、どこで知り合ったのかとか、ちょっとした取り調べだった。ひと通りの話をしたあとに、私は店長のお家も店長も貧乏なんだと思ってましたとお金がいつもないし、服もいつもしまむらだし、家はゆっくり休めないと言っていたから…と言うとお母さんは、笑いながらあの子はお金ないわよ。私は普通の男の人並みかそれ以上に稼いでるわ。家も狭くないよ。8年前に建て直してるし一度遊びに来なさいと言われた。目が点になった。そして、お母さんは某大手保険会社のスーパー職員だと言う事を知る。今日は息子に私が来た事内緒ね。もうそろそろ帰らないとおかしいと思われるでしょ?明日はあの子はどうしてるの?多分職安に行くって言ってました。それならまた明日きます。もう少し聞きたい事も話したいこともあるからと… 私は息子がいるかいないかは確認するのに、私のスケジュールはきかないんだ…強引やわ〜と心で思いながら、わかりましたと一言いってその日は帰った。明日きが重いなぁ…と思いながら。 第17章 勢いに負ける 次の日店長のお母さんは時間通りにやってきた。家にあげようと思ってたけど、お母さんから、お昼食べに行こと誘われてそのまま車に乗った。私は暴力の事もちゃんと話そう、今の自分の気持ちもちゃんと言おうと決めていた。 お昼ご飯を食べながら私にお母さんがなんで会社辞めたの?と聞いてきた。大チャンスだと思い二股の話、別れようと思っていること。その話をするとDVがはじまること。全部話をした。お母さんは謝ってくれた。でも次の会話であなたには男運がなさそうね。別れたくても別れられないなら、私と一緒にお寺に行かない?そこのお寺に行ってると別れたい縁のない相手とはスッと別れさせてくれるし、あなた子供がいるのなら子供に自分の因縁を背負わさないようにお参りに行った方がいいと言われて、そうですね…と答えると紙とボールペンを出してきてここの太枠の中を書いてくれる?と言われて私はこれは?と聞くと入信用紙と言われた。私はあれよあれよと言葉に翻弄されて入信する事になった。私は信者になったんだ… 信者になった事すら実感がないまま、すぐさま今から事務所に来てと言われ、また訳がわからないまま大手保険会社の営業部に連れて行かれた。そこで待っていたのは育成部リーダーさんだった。保険営業の仕事をするために入る学校のようなところにいってくれるだけでいい、お給料も出るしと散々2人で説明してくる。私は別に仕事をしてない訳ではなくて、冬休みなだけで。と何度も言ったが、じゃあ冬休みの間だけでもいいから、とりあえずお願いと最後は営業部長さんにまで頭を下げられしぶしぶ行く事になった。私はまんまと騙されたのだった。 第18章 気持ちとは裏腹に… 育成センターには、次の日から行かされた。店長にはアホか…お前にできる訳ないやろ。とか言われ、私も分かっていた。度重なるケガや裏切りで私はPTSDで、対人恐怖症になっていた。人と話すのが好きだったのに、この頃は誰とも話さないで1日が終わることが1番安心できた。自分の信用している人以外と話しをするとひどく疲れて気分が落ち込んだりしていた。ところが、研修センターで色々な適性テストや簡単な学力テストをやると全てが好成績。子供の頃の親の育て方なのか意外にできたのだ。そして新年が明けた。育成センターには仕事が始まるので辞めたいと伝えた。そうゆうお願いだったのでと言った。ここでは、決めれないのよ。ととりあえず伝えておきますね。と言われ帰って来た。すると、リーダーさんや、店長のお母さんが取っ替え引っ替えきて、説得に入る。給食センターもセンター長に絶対怒られると思いながら渋々承諾し、自分なりにも色々考え保険会社に行くことにした。 第19章 父倒れる 給食センターとのすったもんだがあり、やっと辞めることができた。 育成センターで2ヶ月学び、保険営業に必要な資格をいくつかとり、いよいよ営業部に配属となった頃。父が心不全で倒れた。寝たきりになった。それだけならまだしも子供の顔すら分からなくなっていた。入院生活を終え自宅療養が始まった。私は営業部の育成部に配属された。介護は父より6歳年上の母が一人で世話。限界があった。母と話しをするとお金の問題が大きいと言ったので、私と妹で父のデイサービスにかかる費用を負担した。営業部長に話をして営業に出てるふりをして介護に帰ったりしながら母を支えた。そうなると自分の生活がままならなくなる。そんな時助けてくれたのは、店長だった。 店長は一人で外出することすらできなかったのに、父が寝たきりになった事で鬱の自分と向き合い甘えを捨ててアルバイトに行きだした。有料老人ホームの調理の仕事に… なんで老人ホームなの?と聞くとたまたま歩いて行ける距離だったからとか言ってたけど、頑張ってた。私が見てきた中で1番一生懸命だったと思う。そんな店長に助けられ、保険会社の営業ももうすぐ1年が経つ頃。私の人生を大きく変えることかおきる。 第20章 独立宣言 そんな頃、知り合いのカラオケ居酒屋をやっていたママさんがお店を辞めるから、誰か内装買って後をやってくれる人いない?と聞かれた。そんな話を店長にした。店長はずーっと独立してお店を持ちたかったけど、ことごとく店長のご両親に反対されていた。そんな時に私がこの話しを何気なく店長にして店長がご両親に話をして、何故がその店に連れて行ってほしいとゆう事になり、何故か私も一緒に行くことになった。店長は私と何度か行ってたのでママさんとも面識があった。 お店を見たご両親は、別段大きく反対する感じではなかった。ただ、店長はあの秋の事件から用がない限り私のうちにいた。半同棲ではなく人から見れば同棲生活だった。私たちからしたら、共同生活が正しかったかもしれない…そんな生活を見ていたご両親の独立する条件は、結婚して身を固めること。地元の友達が中々来れないような少し離れたところで独立をすること。最後の1つは私が料理長として一緒にお店をすること。だった… 私が会社を辞めて共同でやるとゆうこと⁉️寝耳に水だった。その頃、嫌で仕方なかった保険の仕事を楽しくするようになってた。父の病気がきっかけでお客さんに話せる事が増え、お客さんの予算や将来を考えて持つお守りのような保険を提案する事が楽しくなっていた。もちろん周りの人にも恵まれたことも大っきいと思う。料理はアルバイトで少しと趣味くらいでいいと思うようになっていた。なのに、今さらまた仕事辞めるの?今は大手保険会社の営業だから福利厚生もしっかりしてるし退職金だってでるのに…と私は店長のご両親に言った。そもそもお母さんがゴリ押しで働かせたんやん!と… すると、これが最後のワガママ。息子と結婚してもらえる?と言ってきた。はぁー?私は死ぬほど別れたいと思ってたことだってあるのに?店長には好きな人がこれから出来るかもしれないやん!と。私はもぉ結婚したくないんです。と言った。でも、父の病気からホントに助けてもらった事は感謝もしてて、恋人とかってゆうんじゃなくホントに家族のようには思っていますとご両親に言った。 すると店長から、お前が結婚にこりてることも、親に二度と結婚するなと言われてる事も知ってる。でも、俺にはお前が必要で、お前みたいな生き方する女を分かってやれるのは俺やと思う。だから、俺と一緒におってくれへんか?と言われた。別れたいと口に出して伝えた頃から私たちには肉体関係はなかった。ホントに同居人だった。それはそれでいい事も悪いこともあったけど、恋愛感情を置いてから不思議とケンカもしなくなったし、居心地は良かった。1週間ほど時間をください。と店長とご両親に言った。会社にはインフルエンザになったと嘘を言って休ませてもらい、私は実家に帰った。 第21章 寂しさ… 実家に帰った私は母と話しをした。母は激怒した。結婚とかせんといて!と…息子は一回しかない人生やから、後悔はしてほしくないと。子供としては、また苦労して失敗するんやから、やめてほしいかなぁ。と言った。私は店長といるようになって気づけば3年が過ぎていた。いる事が当たり前になっていた。どこか倦怠期の夫婦のような付かず離れずの距離だけど、普通に過ごしてたんだなぁ。とふと思った。親には言えてないがDVの恐怖はいまだにあるし、浮気をされるかもしれない。でも、私は初めて会った時から不思議な縁を感じたし、タイプではなかったのに、惹かれてたのも事実。だったら、今のままでいいんなら私は結婚しようと思った。世の中の新婚さんのようにイチャイチャしたり、お風呂や布団も同じとかは無理だ!でも、居ないと寂しいという事に気づいた。次の日、母にやっぱりもうちょい考えるけど、私結婚するかもよと言い残してアパートへ帰った。 店長と二人で話し合おうと思ったから。 私は突然予告なく帰ってきた。なのに店長はアパートに居た。なんで帰らなかったん?実家に。と聞くと2人の家だからアパートの方が落ちつくと言った。1人で過ごしてたら小さなアパートの部屋でもなんか寂しいな。と言った。2人で居たら息がつまりそうな時もあるけどと。同じだった。店長に私はあのね、憎しみをチャラにして恋愛出来たら楽なんよ。だけどお金、二股、たくさんの嘘、裏切り、暴力と重なり過ぎると憎い気持ちがなくなるのには、相当な時間がかかると思うねん。だけどね、なんか憎みきれない私もいてね。腹たつけど多分好きなんだと思う。離れて過ごすと寂しかったんよ。 変なやつやろ?アホな女やとつくづく思うわ…と言ったら店長が抱きしめてきてありがとうと言った。泣いてた…私はPTSDに暴力からなっていたので強く抱きしめられた時に馬乗りになった所を思い出して過呼吸の発作を起こしてしまった。私はずーっとトラウマや大怪我の痛みと戦い続けていた。 第22章 開業と結婚 私は結婚することを決めた。この3年間でお互いに必要な相手と思えたから。 放射線治療から4年弱経っていた。相手が長男だとゆう事もあり、跡取りとかあとあといわれるのが嫌で産婦人科に行って子供ができる体なのか調べてもらった。先生に言われたのは、生殖機能があるからできないわけではないけど自然妊娠は難しいだろう。妊娠して無事に育つ可能性もないわけではないけど難しいだろうと…そのことは店長にもご両親にも伝えた。それでも私でいいのかと…それでもいいと言われた。孫がいないのは寂しいけど娘の孫もいるからと。 子煩悩な人だから、そこだけは胸が痛んだ。 店長に、子どもが居なくても仲良くやっていきたいし、代わりって訳ではないけど犬でも飼う?と聞かれダックスとプードルのMIXを飼った。犬を通して会話も増えた。お店の改装も始まりいよいよメニューやさまざまな事を決めなければいけなかった。私は父の介護やお金が必要だったからギリギリまで保険会社で働いた。ちゃんと成績も入れた。1月末退職した。開店は2月24日に決まり案内状の作成やら名刺など色々やらなければならない事があった。結婚式はしないと決め入籍も開店の日にすることになった。入籍はお店が開店して落ち着いてしたかったけど、姑の強引な決め方で決まった。結婚する前から姑感を半端なく出してくる感じはすごく嫌だった。でも、仕方なくその日にバタバタしながら入籍と開店をした。私のPTSDは変わりなく手をつなぐ事すら出来なかった。1つだけ変わった事は、1つの部屋で2人で寝るようになった。布団は別だけど少し距離が縮まった気がした。 第23章 まさかの展開 お店が開店して地元から約1時間かけてお店まで通っていたが、買い出しから仕込み、営業して片付けをしてまた1時間かけて帰る。睡眠時間や、ガソリン代などを考えると家を引っ越そうって事になった。物件探しやお店の事ですごく疲れていた私。お酒を飲んで珍しく酔った私は歩けないくらいに酔った。無性に寂しかったんだと思う。その頃籍を入れて良かったのか?と悩んでいた。お店の事をしながら実家に帰る、父の介護の手伝い、息子の様子も気になるから以前より半同棲みたいな生活になっていた。それは、今も続いてるけど、その当時は真剣に悩んでた。母の生活費や父の介護費の為に私は結婚したのか?と思うことさえあった。泣き言言ったり甘えたりしたかったんだと思う。あと、1人の女として人肌が恋しかったんだと思う。なぜかその日はPTSDは出なかった。私は酔った勢いで店長の布団に入った。その日一度だけ関係を持ってしまった。 一応夫婦だから別におかしい事ではないけど、目覚めてからバツの悪い私。妙に機嫌のいい旦那さん…きっと相手は雪解けだ〜みたいに思っていたんだと思う。でも、そんなに簡単ではなく、以後今日まで体の関係はない。 なのに…2ヶ月後来るものが来なくなる。大好きなお酒を受け付けなくなった。今度は、ちゃんと相談した。妊娠検査薬を買って試した。陽性… 次の日産婦人科へ。やっぱり妊娠していた。診察をしてくれた先生は2%くらいしかないような確率じゃないか?と驚いた。ただ、10か月持てるかは分からない…と私の体と子供の生命力、両方が頑張ってくれないと厳しいと…放射線技師の先生がスゴ腕だったんだろう…とおっしゃっていた。多分この妊娠は神業だと…、 まさかの店を開店して3ヶ月で妊娠してしまう。 店長は喜び、姑は泣いて喜んだ。私は障害のある子かもしれないよ。と店長に言った。店長はどんな子供でも生まれてくる権利はあるし、神様が俺たちに授けてくれたんやから、どんな事でも受け入れるから産んでくれと言われた。 私の壮絶な10ヶ月が始まる。 第24章 バレてはいけない 妊娠は家族以外の人にはバレてはいけない秘密になった。とゆうのも、別れた旦那さんと同じ街で開業した為に根も葉もない悪い噂をたてられていた。元旦那の店はその時つぶれる寸前の状態でねたみがあったのかもしれないが、私のことよりオーナーである店長を悪く言っていた。まぁ、悪い人なんだが、別れた旦那が言う立場でもない。あんたも最低だと私は思っていたから… そんな人の噂でやり始めたばかりのお店を潰すわけにはいかないし、離婚をしてる事を知らない人が多かったのもあって、結婚した事すら秘密だった。というか今も伏せている。 妊娠してもゆっくり休む余裕などなかった。朝からずーっと準備をしてお客さんの相手をして時にはお酒もいつものようにいただいた。 妊娠初期から出血したり、腎臓の数値が上がりすぎてむくんだりした。お腹の子供の生命力だけを信じて無理をし続けた。お腹が出始めた頃腎臓が原因でパンパンにむくんだ。お客さんは腎臓が悪くて太って見えてると思って誰も何も指摘しなかった。この時点でわかってる人はわかっててもいいと思えるようになった。お腹の子供には毎日ごめんね…元気で産まれてきてね。といい続けた。高齢での妊娠。病気をしてからの妊娠は想像を絶するしんどさだった。でも、嬉しそうに名前を考える店長をみているとこれでいいんだと思えた。検診には毎回ついてきてくれて、一緒にエコーを見たりした。やっぱり心は優しい人なんだな…神様が私たちを家族という形でいさせ続けるために、宿してくれた命なんだと噛みしめた。 第25章 入院 妊娠8ヶ月を過ぎた頃から、私の体はおかしくなっていく。ずーっと微熱がある。ずーっとお腹がはる。出血が出る。定期検診に行くと先生から即入院を言われる。やっぱりか…約1カ月の入院予定となる。動きすぎで子宮が開き始めていた。 毎日、お見舞いには来てくれるが、ほとんど会話はしないで義務的に帰って行く。別に来なくていいのに。と思っていた。動きまくって生活していた私からすると、時が止まったように感じ心のバランスが崩れ始める。このまま親になっていいのか?息子のことはちゃんとやれてるのか?不安だけしかなかった。最悪のマタニティーブルー… 結局、出産まで入退院を繰り返した。退院と行っても2、3日でまた病院へ戻る…大部屋は精神的につらいと2人部屋に変えてもらう。産後の人は入れないからと言われてしばらくは1人部屋だから。と言われ1人で泣く…まだ見ぬお腹の子供の事が不安で仕方なかった…五体満足にと願うしかなかった。 病院で寝ていても子宮口は開いていた。そろそろ臨月なのに、微弱な陣痛しか来ない。いつ産まれてきてもおかしくないのに…と先生。予定日は、1月10日だった。12月の頭からいつ産まれてきてものセリフを聞いていた。私は病院で1人誕生日を過ごした。また、1つ年をとったよ…と思いながら。もうすぐクリスマスだし、遠出はダメだけど旦那さんとデートでもしてきたら?と先生が言って一時帰宅が許された。クリスマスイブだった。 うちに帰ったら、家がひどく散らかってた。何故か、無性にイライラした。いつ産まれて帰って来てもいいように散らかさないでと言ってるのに‼︎アホなんか?と。一時帰宅で帰って来てるのに、何にも手伝わへん‼︎やっぱり、アホやな…1人でぶつぶつ言いながら歩いて15分のスーパーに買い物に行った。店長は店に出勤してた。クリスマスケーキも買った。久しぶりに自分の料理を食べた。でも、クタクタでコタツで寝てしまう。帰ってきた店長に起こされる。大丈夫か?とその言葉に帰ってきてからイライラしかない事ぶつけた。でも相手もずいぶん私という人を分かっているから、とりあえず謝りたおしていた。 次の日私はお腹が痛くて目が覚めた。久しぶりにぐっすり眠れたのに、また病院へ… 2、3日のはずだった一時帰宅が1日で終わった… 第26章 出産 クリスマスの日に病院へ戻る。朝から数人退院していったらしい。病院は、閑散としていた。看護師さんに陣痛を見る機械をつけてもらい見てもらう。陣痛は来てるのに…大きな波が来ない…でも、こっちはずーっと鈍痛もきつい…店長も気が気じゃないようだった。 とりあえず今日は無さそうだから、仕事してと言って帰ってもらう。向こうの親にうちの母親なんかが取っ替え引っ換えくる。なんか、お腹の子供も疲れたのか、陣痛が弱くなる。 私は不安だった。ここまで頑張ったんだから生きて産まれてきてね…と。祈った。 次の日も次の日も微弱陣痛だった。でも、27日の夕方、先生はご主人を呼んでくださいと言ってきた。いよいよだと思った。店長が来て病室でお話しを聞いた。赤ちゃんが大きく育ってしまってる事、このまま待ち続けるのは2人ともに良くないこと、明日の朝促進剤を通常よりもかなり少ない量で始めて効かなかったら少しずつ量を増やしていくという事などを聞いた。店長は明日の朝9時から促進剤を始めると聞いたので9時にくると言って同意書にサインをして帰って行った。いよいよなんだ…40歳でまた母になる私。何度経験しても慣れる事のない神秘的な時間を忘れないように…と思いながら寝た。 朝6時すぎに検温。トイレに起きた。あれ?なんかお腹がいつもと違う…当直の看護師さんに伝えると陣痛を計測することになった。 早朝、1人産気づいたと入院してきていた。今日は帝王切開の人もいるから3人出産予定だと看護師さんが教えてくれた。朝の人が午前中で帝王切開の人が昼過ぎで、私の出産は夕方くらいになるんじゃないかと。でも、過去の出産は本陣痛が来たら割と早く出てきてたから、夕方までに出てきちゃいそうと言うと看護師さんにそれはマズイなぁ。産む場所がないから。なんて話をしながらモニターを見ていた。まさか現実になるなんて思ってなかった。 そして9時になった。この病院では、回診の時間。先生に昨日よりはるかに痛むし、感覚が短いと伝える。先生は、本陣痛の感覚なのに、まだ本陣痛に足りないと。このままだと赤ちゃんが疲れてしまうしお母さんもしんどいから予定通り促進剤をしようと言われて促進剤が始まる。店長も少し遅れて到着した。 9時半痛みに耐えれなくなりナースコールを押す。助産師さんに見てもらうと助産師さん慌てて言った。赤ちゃんが見えてきてるよ!と…もう子宮口全開だと…モニター見ても良く頑張ったね。と言って先生に連絡に行った。助産師さんが帰ってきて私についてくれていた。今ね、分娩室が使われてるから、入れないの。もう少ししたら1度先生に診てもらわないとダメだから、分娩室の横に小さな処置室って部屋があるからそこに行ってもらいたいんだけど歩ける?と聞かれた。もう、この頃私は痛みでグラグラだった。主人に手を貸してもらって行きますと伝えると準備が出来たら呼びに来るからと出て行った。数分後来てくれて助産師さんが内診。もうダメだ。歩かせない…と言ってストレッチャーに乗せられ処置室の前まで来た。すると店長に、ご主人抱えるのを手伝ってもらえますか?と言った。私は店長と看護師さん3人がかりで抱えられ処置室へ入った。三畳くらいの広さに感じた。診察台がカツカツに入ってる感じなのと、古さを感じた。先生が見にきてくれた。内診をして、めちゃくちゃ早い出産になるなぁ…と言って人口破水をした。すると助産師さんが先生に、羊水に便が出てますと…言った。すると先生が、赤ちゃんが疲れて苦しくなってウンチしてるからもう今から取り出すからねと言った。でも何度息んでも出てこない…頭は見えてるのに…すると先生が回旋以上でうまくまわれないから吸引の用意して!と言った。私にペットボトルのふたみたいに赤ちゃんはクルクルゆっくり回りながら出てくるんだけど、最初に少しいびつに入ってしまったみたいで詰まったみたいになってるから、赤ちゃんもこれ以上お腹に置いておくと危ないから今から吸引で引っ張って出すからと言った。私はここまできて子供になんかあったらと思って先生に助けてくださいと言った。吸引の機械がせまい部屋に入った。店長は外で待たされていた。ブーンと大っきめの音が部屋に響いていた。 吸引が私の中に入った痛い!陣痛どころの痛みではなかった…骨盤が砕けてると思うくらいの痛みだった。部屋の扉の外で待たされていた店長は、胸が痛くなるような悲痛な声で痛いと言っていた私の息が絶え絶えになるのを感じたそうだ…2人の命を助けてほしいと心から願ったと後で聞いた。10時20分産まれた。3600gもある男の子。私は取り上げてもらったあと意識を失った。ホッとしたんだと思う…店長はその頃産まれたての赤ちゃんを抱かせてもらったり私への手紙を書かされたりしていたらしい。お昼頃目が覚めた私。激痛で起き上がれない…骨盤粉々なんや…とか思った。なんとか起こしてもらってベットに座っていると店長が入って来て、赤ちゃん見に行く?と言った。手を借りて乳児室まで歩いた。ガラス越しに見た赤ちゃん、すごく愛おしく思った。3回目の出産が1番ツライお産だったからかもしれないが、だからこそ命の重さや尊さを感じれたのかもしれない。 第27章 コウノトリが運んできた子 出産が余りにハードで動けなかった私は次の日から授乳をさせてもらうことにした。でも、朝まで待てず夜中の授乳の時間に他のママさん達に混じって会いに行った。子どもをぐるぐる観察していると首の後ろに赤いアザがあった。吸引のせいかと気になり看護師さんに聞いた。するとそのあざはね、海外ではコウノトリが落とさないようにくわえて運んでくる時に付いたアザとか言われるんだよ。おっきくなってくると薄くなって消える人もいるし、髪の毛で見えなくなる人もいる。余り気にしなくても大丈夫だからと笑顔で言った。赤ちゃんは黄疸がキツくガラスケースの中にいた。ちっちゃい手に点滴を入れられて…涙が止まらなかった。産まれて来て良かったと思えるようにママが頑張るからね。と小さな手を握って言うと力強く握ってくれた。この子の為に残りの人生を精一杯生きようと思った。神様がコウノトリに私のところへ運んでと頼んでくれたんだと私は今でも信じている。黄疸は、退院までにおさまってくると言っていたのに、一向におさまらなかった。先生には、血液検査で数値が高かったら、大きな病院への転院もあるとの説明を受けた。ギリギリセーフの数値だったらしく、私と一緒に退院することができた。退院したら慌ただしい毎日が始まる。それも楽しいと思えるはずだった… 第28章 産後クライシス⁈ 無事に子供も産まれ、平和に家族としてやっていけると思っていた。いいパパとママで… 結論から言うと、無理だった。産む前より嫌いになった。色々な魔法が時間差で溶けていくようなそんな感じ…顔面が崩れているのでは?と思うほどの激痛に、天気の悪い日は、頭痛と吐き気。地獄の後遺症…育児どころではない私を横目に大丈夫?と聞きながら家事一切を手伝ってはくれない。その上、子供が小さくてまだ出掛けたりできないからと1人でパチンコに行ったり徹マンをしたりしていた店長に私は嫌気がさしたのだ。なんでこんな人を放っておけなかったのか…自分がただただ情けなく思った。そして、一緒に暮らせないと告げた。あなたは、許されたと思ってる?償いは終わったと思ってる?私は簡単に許せるような寛大な人ではないの。考えたらわかるでしょ? 子供の父親である以上、ある程度は妥協もする。だけど、私の心は自分が思う以上に閉ざしてる…それだけ傷ついたんだと。 洗濯物も一緒に洗えなくなった。同じテーブルでご飯を食べると気分が悪くなった。週に3日だけ一緒に暮らすというのがこの頃完全に定着していた。この距離感を保つことで、夫婦で切り盛りする店も成り立つ。たまに、イレギュラーな事もあって2週間くらい1つ屋根の下で過ごすとケンカになったり、私の体調が悪くなる… 私は嫁としての家事を家政婦のようにこなす。ご飯を作り、お弁当を作り、洗濯や掃除、文句を言われないようにただ黙々と…子供には色々な事を気付かれないように、ばぁばのお家でお仕事終わるの待っててくれてる時はそのまま寝んねしよね。みたいに教えてる。 第29章 生後5カ月、突然の闘病生活 子供が5か月になってすぐのゴールデンウィーク。出産した病院を退院してから初めて熱を出した。それも高熱。旦那さんの実家で長男の嫁を義務的にこなしていたがチビ君の発熱で私は自宅に帰りたいと言った。休日診療の小児科にかかりたかったから…時間は既に4時過ぎ。小児科に電話をかけてきくと、まだ沢山の方がお待ちになっているので大丈夫ですよ。と言われ急いで病院へ向かった。1時間半くらいかかってやっと病院に着いた。まだ沢山の人が待合室に溢れていた。診察をしてもらう頃夕方6時をまわっていた。診断は風邪じゃないか?ということだった。薬と座薬を処方されて様子を見る。2日たっても全く変わらない。熱も解熱剤の効果が終わると高熱に戻ってしまう… 明日はやっと連休明けでかかりつけのお医者さんに行ける。朝から番号取りをした。インターネットで順番取りをするんだけど、開始30分でやっと繋がり取れた。42番目。はぁ…お昼頃の診察だな。と思った。やっと呼ばれたのがお昼2時。診察室へ…先生に症状を伝えた。1時間くらい病院であれこれ調べてもらう。夕方4時前もう、午前の診察の人は終わっていた。そろそろ午後の診察の順番取りをした人達が来ていた。先生は休みなく働いていた。丁寧な診察と確かな診断ですごく人気の小児科医。若くはないけど経験値がすごい感じで私は絶大な信頼を置いていた。今も信頼は変わらない。 診察室に呼ばれた。色々検査をした。また、待合室に戻された。しばらくして診察室に呼ばれた。開口1番に、お母さん今から市民病院へ行ける?だった。言ってる意味が分からなかった。風邪じゃないんですか?と聞いた。すると先生がここの病院でできる範囲の検査をしたんだけど気になることがあるんです。もう熱の出初めからずいぶんたってるし、生後5か月という事を考えるとあまり時間がないんよ。と… 先生の気になることがあたったら最悪は命に関わるかも?って事ですか?と聞いた。先生はこじれてると良くないと言った。あくまで可能性だから…と。で、すぐ旦那さんに電話をした。大っきい病院に今から行くこと。先生の気になることを解決するために行ってくると伝えた。先生に紹介状を書いてもらいそれを持って市民病院へ行った。そこでも長い検査をしてチビ君は点滴に繋がれてグラグラで見ていられなかった。泣いて泣いて泣き叫んで疲れ果てていたのだ。痛い事をする時は必ず外で待たされる。叫び声を涙しながら聞いた。診察室にようやく呼ばれて入るとベットには泣き疲れて寝てるチビがいた。先生が今日から入院になりますと言った。どこが悪いんですか?と聞くと、膀胱尿管逆流症と言った。先生の話では生まれつきの先天性の病気で、尿が尿管を伝って逆流して、腎臓に細菌が入り体に悪さをする病気なんだそう。チビ君の場合、熱が出て長くたってるため体に細菌が悪さをし始めているため、熱が下がらないのと、敗血症になりかけてるので抗生物質を投与しながら症状が落ち着いてきたら膀胱尿管の再検査をしますと言った。入院の用意とかしてないんです。と言うと子供さんは帰せません。家族の方に代わってもらって自宅に取りに帰ってくださいと言われた。 旦那さんに電話する。あかんわ…入院になった…と。生まれつきの病気だったと…姑に電話する、入院になったので入院の準備をしに帰りたいので病院で少しの間ついててもらえませんか?と。姑はすぐ用意して行く。と言ってくれた。40分くらいで来てくれた。義理のお父さんも一緒だった。私が疲れているんじゃないかと運転手をしにきたと言って連れて帰ってくれた。帰って子供の服やオムツなど必要な物をつめながら泣いた…痛い思いばかりさせて…ごめんね。と。思えば産まれてすぐの黄疸も熱が下がらなかったのもこの病気が原因なんじゃないかと思った。 離れてるうちに何かあってもと思いすぐに家を出た。病院に向かってる時に旦那さんから電話が入る、店を今から閉めてそっちに向かうと。病室に入れる人数も決まっているのでお父さんとお母さんには帰ってもらうように言ってね。とメールで送った。親子なんだから勝手にそっちでやり取りしてくれと思った。 子煩悩な所だけは認めてる私。旦那さんはグッタリしている姿に泣いていた。可哀想だと… 泊まるのは私しか出来ないからと夜中に帰ってもらった。ベッドに添い寝して過ごした。少しずつ元気になって2週間ほどで退院はできた。入院中に細かな検査をしてもらった。尿管逆流症は5段階にわけるそうなんだけど、レベルは4.5くらいと言われた。限りなく5に近いと…5は手術を必要とする子達のレベルだった。ひどい方だった。 この日から1年間投薬、3カ月に1度検査が始まった。 第30章 2年後 子供の治療が始まってから今年で2年が過ぎた。あの入院以来持病からの熱は出ていない。半年から一年の間に尿管の検査をするんだけど、それも逆流がおさまっていると奇跡的な事を言われ、先生方も半信半疑で経過観察しているようだった。 そして令和元年9月、手術する事なく完治したという事で病院は終わりました。 この間の2年色々ありすぎて何から書けばいいのか…悩んでしまいますが、相変わらずセックスレスで、仮面夫婦という感じです。嫌いじゃないけど愛してないみたいな…愛してるけど、嫌い…ってな感じでお互いが過ごしております。 憎しみは一生消えないと思う、私の後遺症も一生だと思う。許したい、許せないのはざまなのかもしれない。夫婦としてより家族として過ごしている訳だから子供中心の子供ありきの家族の形です。でも、この人とは別れないんだろうなとなんとなく思う。運命的な出会いをして今を夫婦として生きてる価値感も相性も良くない2人がなぜか一緒にいる。この不思議に答えが出たら別れが来るんだろうな… 子供を二人で育て上げたいと思う目標があるのと、私自身は憎しみだけど、彼は私の息子の事を愛してくれている。息子が4年の専門学校に行けたのも彼が居たから…優しい人だから、息子もなついてる。だから、私は一緒にいるんだと思う。 憎しみながらあなたと生きていく私だけど、あなたにたくさんの感謝もしている。ありがとう、パパ。いつか憎しみを忘れて愛してると言える時が来たらいいのに… X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 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