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13/12/30

天国のおじいちゃんに向けて歌う認知症のおばあちゃんの話

Image by Olia Gozha

訪問営業で出会った元気なおばあちゃん

僕は今年から訪問営業の仕事をしています。

元々、人見知りで臆病な性格なので訪問営業には抵抗があり、全く好きにはなれなかったのですが、今年の秋に出会った一人のおばあちゃんのおかげで訪問営業をやっていて良かったなと思えた僕にとって良い思い出の話です。



すっかり寒くなってきた11月の半ば、滋賀県の彦根市でいつも通りに地図を片手に一軒家の訪問営業をしていました。

在宅状況も良くなく、営業どころか誰とも会う事もできなかった昼過ぎ、少し肩を落として住宅街を歩いていると、玄関先に綺麗な花が植えられた鉢が並べられている綺麗な家をみつけました。

家自体もすごい大事にされてるんやろうなと思う程綺麗に掃除されてあったり、リフォームしてあるような感じでした。

『どんな人が住んでるんやろうか。』

なんて思いながらインターホンを押したのですが、2回鳴らしても誰も出てこない。

けど、耳を澄ましてみると話し声が聴こえてくる。よく聴いてみるとテレビの音でした。

『誰かがいてる。』

家の前の綺麗な花といい、周りの家に比べ一際綺麗で大きな家だったので住んでいる人に会ってみたかったので、鍵がかかってなかった玄関のドアを開けて

「すいませーん!」と叫んでみると、


「はーい!」

と奥から元気な返事が聞こえた後、少しすると、小走りでおばあちゃんが出てきてくれました。

玄関まで来るとすかさず僕は挨拶をし、営業をはじめました。


訪問営業ですんなり話を聞いてくれる人はほんの一部の人で、最初から心を開いて聞いてくれる人なんてまずいない。

しかし、そのおばあちゃんはすごくニコニコしていて時折うなずきながら快く話を聞いてくれた。

さすがにおかしいと思ったので、一度世間話をしておばあちゃんから何か話してもらおうと思いました。


「最近急に寒くなりましたねー。」

おばあちゃん「そうね。玄関は寒いでしょ。中にストーブあるから入りなさい。」


おばあちゃんは小走りで奥に入っていきました。

さすがにいきなり家にあがるのには抵抗があったのですが、おばあちゃんが戻ってくる気配がなかったので、渋々お邪魔させていただきました。




何度も繰り返される話

『もしかしたらボケてるのかな?いや、すごい元気なおばあちゃんやし、そんなわけないか。』

そんなことを考えながらおばあちゃんに誘導されリビングのイスに座らせてもらい、話の続きを話そうとすると


おばあちゃん「この家は私一人なの。息子は少し離れた所に住んでいて孫もいるのよ。」

「え?そうなんですかー。」

おばあちゃんから自分の話をはじめてくれました。

家の中も綺麗に整理されてあるし、部屋も多くて一人暮らししているようには見えなくて一人暮らししていることにびっくりしました。

話し続けるおばあちゃんの話を聞いてるとおばあちゃんは今年92歳だそうで。

それにもっとびっくりしました。

さっきも小走りしていたし、まず見た目が92歳には見えない。テーブルの上にはウイッグとマスカラ、口紅、ファンデーションと立て鏡が置いてあったので、ついさっきまで化粧もしていたんだと思いました。


おばあちゃんがひとしきり話し終わったので、営業に戻ろうと思い、僕が話し始めた所で


おばあちゃん「あなたはどちら様?今日はどうしたの?」

「(あれ?もしかして。)おばあちゃん、さっき言いましたよー。◯◯会社の吉本です。」

おばあちゃん「あら、ごめんね。最近すぐ忘れちゃうの。この前病院で先生に"認知症"って言われたの。」


トラブルを防ぐ為、"認知症"とわかったら営業をやめると会社で決まっているので、話を上手く納め、挨拶して家を出ました。


引き続き近くの家に営業しに周り、1時間程経ってまたさっきのおばあちゃんの家の前を通った時に、92歳で認知症のおばあちゃんが大きな家に一人で住んでいる事に不安を感じたのと、僕が家を出るときに少し寂しそうな顔したおばあちゃんがなんだか心配になってしまったので、ちょっとだけ世間話をしようとインターホンを押しました。

けれど、さっきと一緒で全く反応がなかったので耳を澄ましてみると、奥からピアノの音が聴こえました。

よくよく聴いていると"小さい秋みつけた"という童謡でした。


玄関の扉を開けてさっきと同じく叫んでみると、またおばあちゃんも同じく小走りで出てきてくれて一言。


おばあちゃん「こんにちはー。どちら様ですか?」


もう完全に忘れている。初対面のように挨拶するとまたさっきと同じく家の中に招待されました。




ピアノを弾くおばあちゃん

さっきと同じイスに案内され座り、さっきと同じ息子の話をしてくれるのですが、少しおかしいのは息子の名前が毎回変わっている。年齢も、孫の人数も。

話を聞いていると昔のこと、昨日のこと、さっきのことも忘れてしまっているようでした。

けど、おばあちゃんはすごいニコニコして嬉しそうに話してくれている。


さっき聴こえてきたピアノのことが気になったので聞いてみると、どうやらおばあちゃんは昔、小学校の音楽の先生をしていたそうで、子供と話すのが好きだと言う話をしながら、ますますご機嫌になっていくのがわかったので、ピアノが好きな僕は頼みました。


「おばあちゃん、ピアノ聴かせてもらえませんか?」

おばあちゃん「見せれるような物じゃないからちょっとだけね。」

照れながらもどこか嬉しそうな表情を見せながら、おばあちゃんはピアノのイスに座り、スーッと深呼吸して、さっき聴こえていた"小さい秋みつけた"を弾き始めました。

跳ねる様に元気に鍵盤を叩きながら鼻歌を歌うおばあちゃん。

小学校の時を思い出すような懐かしい気持ちになりながらおばあちゃんの見入っていると一瞬で曲は終わってしまいました。


おばあちゃん「はいはーい。今日はここまでねー。」

立ち上がり、またリビングのイスに戻り、


「ありがとうございました。毎日ピアノ弾いてるんですか?」

おばあちゃん「そうよー。もう何十年になるかしら。」

「何十年?昔からの日課なんですね!」

おばあちゃん「昔は毎日私がピアノを弾いて、主人が歌ってたのよ。主人は私の弾くピアノで歌うのが好きだったの。」

「ご主人様...。」

おばあちゃん「そう。去年亡くなってしまってね。けど、今も私がピアノを弾いてると、あの人も歌ってくれてるような気がしてるの。」


もうひとつ気になったことがあったので質問を。


「おばあちゃん、お花好きなんですか?玄関前のお花が綺麗やったんで。」

おばあちゃん「あ、お花綺麗でしょ?」

「すごい綺麗です。しっかり手入れされてますよね。」

おばあちゃん「そうなの。毎日お水あげてるの。あのお花、主人が好きなお花なのよ。」

どんな話を聞いても、曖昧な記憶で毎回違う回答をするし、すでに僕が誰なのかも忘れてしまっている"認知症"のおばあちゃんが、去年からずっと毎日おじいちゃんのことを思ってピアノを弾き続けているということ、おじいちゃんの好きなお花に毎日忘れずにお水をあげていることに感動しました。





はい!吸ってー!

1週間程経って、おばあちゃんの家の近くに行く機会があったので家の前まで行ってみると、前よりも鉢の数も花の数も増えていました。

嬉しくなったのでおばあちゃんに挨拶しようとインターホンを鳴らしてみても相変わらず返事がない。

耳を澄ましてみるとやっぱりピアノの音が聴こえてくる。

小学校の時に合唱したことがあり、好きな曲だったのですぐに童謡の"Believe"だとわかりました。


この日はおばあちゃんの歌声も聴こえました。

そして歌の途中途中で聴こえてくる


「はい!吸ってー!そこ伸ばすー!」

音楽の先生に戻っておじいちゃんに言ってたのか。

すごい楽しそうに歌って弾いているのも音から伝わってくる。

それだけでおばあちゃんが元気なのがわかったので家を後にしました。



昨日のことも、息子の名前も、孫の人数も忘れてしまっているのに、1番愛する人のことだったからなのか、記憶とかではなく染み付いた物になっているのかわからないけど、おじいちゃんのことだけはしっかり覚えていた。


おばあちゃんにとって"おじいちゃんが喜ぶこと"が何よりも大事なこと。

深い愛情が何よりも大切な物だと教えてもらいました。




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