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【第4話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

Image by Olia Gozha

さらに陽が登って完全な朝になると、ゴリラはごそごそとベッドの下からバナナじゃなくて食パンとヌテラを取り出し、食パンをふたつに折り畳んでそれをヌテラの瓶に突っ込んでむしゃむしゃ食らい始めた。その様子を上から覗きこんでいる僕を見ると、ゴリラはお前も食えって誘ってくれたけど、あまりにもおいしそうじゃなかったので遠慮した。ノー、サンキュー。アイムノットハングリーナウ。コズアイドントイートブレックファストエブリデイ。イッツマイカスタム。とか何とか。気を悪くしたゴリラはこんな風に僕に悪態をついた。

「あー、そうか、お前ら東洋人は朝はヌードルしか食わないんだよな。俺はあんなヒモみたいなものは食う気がしないがね。」

うるせぇ、ゴリラ。ご期待通り今日の朝はヌードル食ったるわ。

既に身支度を整え終わったICUとキャサリン妃は近くのカフェに行くと言って消えていった。僕はバイク便と屋台でそれはうまいヌードルを食べた。僕はバイク便に話しかけた。

「ICUはさあ、バイク便君のことを追いかけてきたんじゃないの?一緒に旅行すればいいじゃん。」

バイク便は麺をすすりながら淡々と答える。

「いやあ、そんなんじゃないよ。それに彼女は結構なところのお嬢さんだから。」

なんかよくわからない返答だなあと思っていると、バイク便は今日はちょっと出かけてくると言ってふらふらとどこかへ行ってしまった。バイク便はすごく親切で良いヤツには間違いないんだけど、どことなく人を寄せ付けない雰囲気があって、そこがまたICUの心をくすぐるのだろう。

仕方がないから僕はドミに戻ろうと思い、この安宿があるビルの前まで来たときに、ちょうど出かけるところのゴリラとすれ違った。

ゴリラはエアコンなしのファンルームに泊まり込んでいる南アジア系の若者たち数人を引き連れていた。どうやらこの若者たちの管理もゴリラの仕事らしく、こりゃヤツも訳アリだなあと少しショックを受けた。

ドミに戻るとICUとキャサリン妃はもう帰ってきていて、くるくる巻き毛はまだシーツを頭までひっかぶって就寝中だった。それから僕は二人にセントーサ島に行かないかと誘われ、この狂犬と部屋にいるよりはよいだろうと思い一緒に出かけることにした。

セントーサ島のことは正直言ってあまり覚えていない。今思えばキャサリン妃は美人だったし、ICUも派手ではないけど、とてもいい子だった。だからもっと良い思い出として記憶に残っていてもいいはずなのに。。。ただ覚えているのはキャサリン妃がこの日何度も僕ら二人の日本人にこんなことを言ってたことだ。

「私が話してることわかるかしら。だっていつも気がつくと私、早口になってるの。わからなかったらいつでもゆっくり話せって言ってね。」

英語人は英語が話せない人のことを、あーお前わからないのね、じゃあ、いいやって、だいたい無視するけど、こんな人もいるものだと感心した。キャサリン妃はすごい気遣いができて、それが自然。英語もゴリラが話すみたいにオエオエ言ってなくてなんか聞き取りやすい。

その事をICUに日本語で話すと彼女は、キャサリン妃の話す英語はいわゆる上流階級の人が話すクイーンズイングリッシュってやつで、たぶんこの子はそれなりの家の人だと思うよ、って言った。

この話を聞いて、バイク便が言うにはICUもお嬢さんらしいから、この二人の気が妙に合うのも、こんな共通点からかなあとぼんやりと思った。

そのあとお昼を食べて、お土産を買って三人でドミに戻ると、くるくる巻き毛もバイク便もいない。

二人の女の子はシャワーを浴びたあと、どこかに買い物に行くと言ってまた出かけていった。部屋にひとり残された僕はその日の午後は昼寝をして過ごした。

夕方頃、ゴリラが仕事から帰ってきた。部屋でひとりぼっちで寝ている僕を見てゴリラはお前はサドリーボーイだとか言ってからかった。それからシャワーを浴びてきたゴリラは僕にこう言った。

「おい、サドリーボーイ!お前はかわいそうなヤツだから今から俺様がパブに連れて行ってやる。今日は給料が出たから、俺様の奢りで死ぬほどコーラを飲むがいい。」

その頃までにはゴリラと僕はそれなりに打ち解けていたので、彼の好意をありがたく頂戴してパブに出かけることにした。ICUとキャサリン妃の気が合うように、僕とゴリラの気が微妙に合うのもそれは生まれのせいなのかと思うと、多少悔しい気もしたけど、まあ、それほど悪い気もしなかった。

そこで僕はゴリラの生い立ちと半生をこってり聞かされることになった。

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Image by Jukka Aalho

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