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17/2/4

フツーの女子大生だった私の転落に始まりと波乱に満ちた半生の記録 第33話

Image by Olia Gozha

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ

あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている大学生の桃子は、少しずつ頭角を表し店のナンバーワンを目指し、ついに頂点に立つ。ところが恋心を抱いていた佐々木が突然店を辞め、店を取り仕切る立場の玲子に裏切られていたことを知った桃子は、玲子をいつか見返すことを誓う。そんな最中、ひいきにしていたシンヤというホストが半ば自殺のような形で死に至る。それに激怒したシンヤの同僚に恨まれるも、桃子はあえて冷酷な対応をし自身を奮い立たせ、本当の意味でパテオの頂点に立つべく、ある男に急接近するのだった。その男とは!?



私が、この男にこんなにも近づく日が来るだなんて

誰1人想像すらしなかっただろう。


私は男の部屋にいた。

都内の一等地に立つタワーマンションの最上階

ホールを思わせるような広々としたリビングルーム

見事なシャンデリアの真下にある高級皮のソファーに座っていた。


部屋の至る所に洒落た置物に混ざって民芸品のようなものが配置されている。

シーサーらしきものが目立つのは、男が沖縄出身だからだろう。


リビングのドアが開き

バスローブ姿の男が現れた。


「それ面白い?」


男は、大きなテレビの画面に向かって言った。

ハリウッドの人気シリーズ最新作が画面に映し出されていた。

ちょうど男たちが激しく銃で撃ち合いを始めたところだ。

酷い仕打ちをされた男が復讐するシーンだ。


「ええ」


嘘だ


本当は内容なんて、ちっとも頭に入ってなんかいない。

そもそもバイオレンスアクションは全く好みではない。

男の部屋にその類のDVDしかなかったせいだ。


「日本にも銃があったら、こんな感じなのかな」


私がそれとなく言うと

男は豪快に笑った。


「そりゃいい。今頃パテオなんか客や女たちの争いで血の海だな」


私は男の方を見た。


そこには浅黒い肌にちょび髭の小柄な初老の男が立っていた。

いつもの若作り風な派手なスーツにサングラスをしていないせいか

パテオを始めいくつもの店を経営している川崎は普段の姿より老けて見えた。



川崎が私のすぐ横に腰を下ろし

私の肩を強く引き寄せて来る。

目と目とが合う。

すぐにでも私を押し倒したいという目と…

これでもナンバーワンホステスだ。男の欲望などお見通しだ。


「やだ〜髪の毛まだ濡れてるじゃないですか」


私が恥ずかしそうに言うと


「ああ、そうか」


ハハと笑いながら川崎は立ち上がり、キッチンへと消えた。

冷蔵庫を開ける音がする。


私はホッとため息をついた。


きっとこの後、あの男と一緒にシャンパンを傾け合い

少しだけ言葉を交わせば

男の髪は乾くだろう。


そしてまるで口笛でも吹くように私に触れてくるだろう。

あの手慣れた動作で。


何回いや何百回、ここで女たちを押し倒したことだろう。

もちろん

あの玲子もだ。




今となってはオーナーの川崎は私の切り札だった。


パテオの本当の頂点に立つための…


でも、その切り札を出す決心をしたのは

最近のことだった。


前の晩に風邪気味だったにもかかわらず

客がどうしてもと言うからアフターに付き合った。


客は日本でも最大手メーカー会社の専務だった。

高級料亭で芸者まで呼んでご満悦だった。

週3回来客し、大金を使って帰っていく

金回りの良い客としては大切な1人に違いなかったので

同伴やアフターも月1ペースで付き合うことにしていたのだ。


ベッドに入ったのは、すでに明け方近かった。

悪寒があったが眠気の方が勝って、昼頃までぐっすり寝た。


ただし起きた時の症状は最悪だった。

身体中がギシギシ音を立てるように痛む。

這うようにして体温計で測ると38度を超えていた。


よりによって、その日は金曜日だった。

 受話器越しの佐野はとても困ったように


「知っての通り今日は杏さんのためにいらっしゃる

  お客様は二桁になる予想です。中には今日お誕生日の澤田様や

 駐在員の三上様も来る予定です」


澤田はテレビにもよく出る有名なジャーナリストだ。

三上は海外も含め飲食店やホテルを100以上経営している男で

日本と海外を行き来しており、多忙な中なんとか時間を作って

私に会いにくるのだ。

   

「でも熱あるし、お酒にも付き合えないから

まともな対応できないと思うし今日は勘弁してくれない?

ミユでも相手させといてよ。ね、」


ミユはまだ18歳で店でも人気急上昇のホステスだった。

可愛くて若い子でもつけとけば、とりあえず機嫌を損ねまいと

思ってのことだ。


「けど…ミユさんもそれなりに指名があると思いますし」


ったく…融通の利かない男…

私は心の中で舌打ちした。


佐野は少しの間をおいてから元気のない声で言った。


「少々お待ちください。玲子さんに相談してきます…」


が、言い終わらないうちに

佐野のすぐ近くにいるのか、受話器越しに微かに玲子の声がした

「で?なんだって?杏は」

驚くほどど刺々しい声だった。


佐野は困惑のあまり保留にするのを忘れているらしい。


「それが、熱があるのでどうしても今日は休みたいそうで…」


「は!?何言ってるの!今日は金曜でも普通の金曜とは

話が違うの!!佐野ちゃんもそこんところ分かってんの!?

あの子がいないだけで売る上げが、どんだけ落ちると思ってんのよ?

マネージャーなら這ってでも来させなさいよ!

…?ちょっと…!何、デクノボウみたいに突っ立ってんのよ!

点滴!駅前の病院、予約して!ほら、早く!」


私の耳には佐野と玲子の会話が丸聞こえだった。


この瞬間、私の中で言葉にできないけど

ある結論が出た気がした。


この世界に足を踏み入れることになった日

ミホが店を追い出された日

佐々木とのこと


これまで、玲子に対しての失望と怒りは確かにあった。


でも、どこかで信じていたかったのかもしれない。

かつて憧れていた思慮深い素敵な大人の女性だと…


でもこの電話で全ての答えが出たような気がした。


ついに来たのだ

切り札を使うべき時が


受話器の向こうで佐野が保留ボタンを数回押しながら

あれ、変だな…などと言っている。

きっと怪訝そうに受話器を眺めていることだろう。

自分が保留ボタンを押さなかったことなど知らずドジなヤツ…


「もしもし、佐野?聞こえてる?」


私は、さも今、保留が解かれたかのようなフリをした。


「ああ、杏さん、お待たせしちゃってすみませんでした。

  あ、あの…言いにくいんですが、今日だけはなんとか…」



「行く」



私は佐野の懇願するような声を遮って言った。



「え…??…だ、大丈夫なんですか!?じゃ、じゃあ病院…」



「行かない、まさか点滴打って来いとか言ってるわけ?

   いいよ。でも同伴だけは断る。オープンまでまだ2時間あるでしょ。

  今から寝るから、くれぐれも邪魔しないでね」


私は佐野の言葉を待たずに電話を切った。



その日の私は、ただ執念のようなものだけで動かされていた。

フラフラになりながら、出勤しショーにまで出た。

接客中はどうにか無理に作った笑顔で乗り切った。

誰も私が、ウィルスに侵され高熱で立っているのもやっとだなんて

気がつかなかった。

玲子も佐野も最初は私に気をつかっていたが

私の症状がそれほど、重くないと知ると

当然のように次々と来る客に私をあてがった。


その夜の2度目のショーを  終えた直後だった。

ステージを降りた直後、身体中が燃えるように熱くなり

頭がボーッとして地に足がついていない感覚に襲われた。


控え室へと向かう途中、バランスを崩した私は

誰かに腕をとらえた。

私の重みがそこに一点集中する。

完全に力が入らなくなっていた全身で

何とか顔だけ、僅かに傾けることができた。


瞬間私の目の前に、見覚えのある男のサングラスが飛び込んできた。

閉ざされそうになる瞼を開くと

男は不自然なほどに、綺麗に揃った真っ白い歯を見せて笑った。



「おいおい、誰かと思ったらさっきステージの真ん中でずっと

踊ってた杏ちゃんときた、危ないよ、そんな千鳥足でさ」



私に顔を近づけてもう一度ニヤッと笑うと

かがんでいた男は立ち上がり、しゃがれているが、力強い声で怒鳴った。


「おい!誰だよ!この子の担当!」


その声にウェイター達ばかりか付近の客が振り返る。


佐野が慌てて駆け寄って来る。


「はい!オーナー、杏さんがどうかしましたか」


玲子も気がついたらしく、眉をひそめながらこちらへ近づいて来る。


「お前か!このバカが!この子のすごい熱あんじゃねーか!

  ナンバーワンだぞ!このパテオの!

  担当のお前が気がつかねーでどうすんだよ!」


「はっ。す、すみません」


佐野が恐縮したようにこうべを垂れる。


「玲子!お前もついていながら、な〜にやってんだ!

  杏がこじらせて長期これなくなったら元も子もねーじゃねえか!」


川崎は玲子にも容赦なく怒鳴りつける。


私は、すでに意識が遠のいていた。


ただ、薄れる意識の中で

ただ1つ思っていた。

これだ

私の切り札…



私はその数日後に

オーナーの誘いに応じた。


オーナーの川崎から声がかかることはそれまでも

何度かあったが、佐々木や玲子が一緒だったり

2人きりということはなかった。


元々はヤクザの手下だったのが

ここまでに成り上がった男だ。

恐ろしく勘がいい。

何かを嗅ぎ取ったのかもしれない。


私は宙を仰いだ。

そこにはシャンデリアのクリスタルが七色に輝いていた。


「さ、飲もう。よく冷えてるよ」


キッチンにドアが開き、川崎の沖縄出身特有の濃い顔が現れた。

その手には予想通りシャンパングラスが2つあった。

何も動揺なんかしなくてもいい。

この部屋に来るのももう3度目だ。


私は川崎と暗黙の取引をしたのだ。


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Image by Jukka Aalho

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