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16/3/13

初産

Image by Olia Gozha

 いつ産まれてきてもおかしくない。入院に必要なものをバックにつめこんで、お産の流れを復習し、日々ウォーキングとマタニティヨガを行いながら、そのときを待った。

 喜びと興奮で始まった妊娠生活も終盤に差し掛かり、ついに臨月に突入した。思い返せば、長かったような短かったような。ずいぶんと丸く大きくなったお腹を四六時中さすりながら、期待と不安が交錯する。

 だが、今か今かと待ち構えて生活していたにもかかわらず、結局予定日になっても出産の兆候はまったく表れなかった。その間、今年は間近に見ることはできないかもしれないと思っていた桜もちゃんと見ることができ、おまけに綺麗さっぱり一枚残らず花びらが散りゆく様までばっちりと見納めてしまった。


「初産は遅れるっていうから、そんなに心配することはないよ。」

 いくら周りにそう言われても、不安で仕方がなかった。予定日翌日の検診では、「お腹の張りが少ない。十分に赤ちゃんが下りてきていない」と言われる始末。子宮口もまったく開いておらず、レントゲン写真を撮れば、

「骨盤が狭いから、赤ちゃんが通るのが難しいのかもしれないね。このままだと帝王切開かなあ。今週末もう一度検診にきて」

と院長先生から衝撃的な言葉をいただいてしまった。


 え?自然分娩だと信じて疑っていなかったのに・・・。

 思いがけない言葉に、目の前はもう真っ白だ。またたく間に、帝王切開という四文字が頭の中をぐるぐると駆け巡る。逆子だった私を帝王切開で産んだ母の、かなり輸血をして大変だったというお産話が脳裏をよぎり、恐怖心がぐわっと襲ってくる。

 呆然とする頭で回避する方法を聞けば、もっと歩くようにとのこと。すでに毎日二時間も歩いているというのにと思いつつも、最後の悪あがきかな、居ても立ってもいられずにそれから三日間は朝夕二時間ずつ歩き通した。さらに、スクワットも一日百回、家の階段の上り下りも追加して行った。


「準備万端だから、いつ産まれてきてもいいよ。みんな楽しみに待っているからね」

「頭をぎゅっと下に入れるんだよ。がんばって」 

 まだ見ぬ愛しい娘に繰り返し語りかけながら、私は必死に動き回った。旦那も私の今にも破裂しそうなお腹をさすりながら、毎晩熱心に話しかけた。

 それと同時に、私たちは帝王切開についても色々調べた。いろいろな体験談の中でも、「どんな方法であれ、赤ちゃんが安全に産まれてくることが大事」という言葉に、強く共感を覚えた。

 こうして相変わらず何の兆候もないまま、帝王切開で産む覚悟を決めた日の前夜のこと、なんと突然奇跡が起きた。

 急にお腹の痛みを感じ始めたのだ。最初は半信半疑だったのだが、痛みは規則的にやってきて、どんどん強くなってくる。

「ひょっとして、陣痛?」

と夫婦で舞い上がり、痛みが五分おきになったところで病院に直行した。


 あれよあれよと言われるがままに簡単な診察と入院手続きなどを忙しく行ったあと、一晩中旦那に腰をさすられながら、せりあがってくる痛みにあえぎ、徐々に押し寄せてくる睡魔と闘い続けること十二時間。ようやく、待望の赤ちゃんと無事ご対面することができた。

 元気な産声を上げる真っ赤な顔をした愛娘を見た瞬間、それまでの痛みや疲れが一気に吹っ飛んで、手足の震えは徐々に収まっていった。ワーワー騒ぎわめいていたのと同じ音量で、今度はギャーギャーと人目も憚らずに泣き叫んだ。言い表しようのない人生最高の興奮と感動が、体中をゆっくりと駆け巡っていった。

 いま、娘は日々いろいろな表情を見せながら、すくすくと元気に育っている。毎日、一生懸命に生きている。これから家族みんなで、たくさんきれいな桜を見に行きたいと思う。

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