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15/11/28

高木教育センターのありふれた日々(10)

Image by Olia Gozha

高木教育センターのありふれた日々(10)

第九十一章「無知の喜び」

第九十二章「橋下徹さんのこと」

第九十三章「おしゃべり<微積分」

第九十四章「靖国神社のこと」

第九十五章「廃業に追い込まれていく塾のワケ」

第九十六章「電卓、電子辞書、スマホ」

第九十七章「『受験』という硬い話で Youtube 38万回再生」

第九十九章「1%の支持者がいたら、それでいい」

第百章  「祝!百章」

 

 

 

第九十一章

「無知の喜び」

  赤ん坊やペットの瞳をのぞきこむと、その尋常ではない澄み方に驚嘆することがある。まるで心の中が空っぽというか、純粋そのものであることが分かる。ところが、大人の瞳は濁っていることが多い。自分も含めて、打算や妬みや謀略が渦巻いている。

  私も小さい頃は女子が天使に見えることがあった。金メダリストが偉人に見えることもあった。しかし、中学生の頃になると女子も自分と同じイジメもすれば裏切りもする。金メダリストも、自分の教え子に手を出したりする。つまり、タダの人間だと分かってくる。

  何も知らない無知の頃のように、女子をピカピカに見えた方が楽しかった。メダリストをめざして頑張る人生の方が楽しかった。しかし、もう元に戻れない。それでも、できるだけ純粋な気持ちを維持しないと人生が楽しくない。

  その鍵を私は知っている。ユタでの経験だ。ユタ州は、末日聖徒イエスキリスト教会が作った州だ。敬虔なキリスト教徒が多い。最初、ユタ州に行った時はあまりの親切さやお人好しさに驚き

「こんな人たちが日本に来たら、人を信用しすぎてすぐ騙される」

 と思った。しかし、しばらくすると

「人を信頼できる生活って、こんなに素晴らしいことなんだ」

 と気づいた。良い人たちに囲まれて生活すると人生が変わってみえる。だから、出来るだけ犯罪傾向のある人、素行不良な子、悪意の言葉などから遠ざかること。これが、自分の人生を守ることだと気づいた。

  あれ以来、私は人に何を言われても

「できるだけ素行の悪い人は避ける。運悪く出会ったら、即頭の中から削除」

 と決めている。無知で善意のある人が一番かもしれないが、無知では悪意のある人の犠牲者にさせられる。だから、勉強はするが、基本的なマナーや礼儀を欠いた人には近寄らない。

  たとえば、この地区には八幡祭という行事がある。クリスチャンである私は協力は出来ない。協力するのが当たり前という人は、信教の自由という基本的人権が見えない人だ。私はそういう人が苦手だ。

相手の心の中に土足で踏み込んでくる。

同業者からの妨害も同じことだ。正式に訴えはしないが、違法スレスレのことを平気でやる。泣き寝入りはしないが、無駄に時間とエネルギーを使いたくない。相手の土俵に乗ると自分までバカになる気がする。

自分のやっていることが分かっていない人が多いので困る。

私は、受験に真剣に取り組んでいる生徒を指導することに時間とエネルギーを使いたいのでバカの相手をしている暇はない。数列やベクトルや複素数の問題を解いている方が聖徒のためになる。それが私の仕事であって、誹謗中傷の相手をすることではないから。

第九十二章

「橋下徹さんのこと」

大阪の選挙で「維新」が勝った。でも、考えてみれば広い世界の一都市である大阪の市政と府政の二重構造を改めるだけで、橋下さんのような政治家が8年間頑張ってもムリだった。

 抵抗勢力は受験や学校でも強い。たかが「クラブ活動を自由化する」という変更さえも現役教師が訴えても、保護者が訴えても、生徒が訴えても、50年間訴えても変えられない。イジメで生徒が死んでも変わらない。

どうしてなんだろう。

だから、賢い子たちは「学校離れ」「教師離れ」を起こして内職に励むしかなくなっている。塾や予備校を頼るしかなくなっている。親の経済力で、生徒の学力や進学先が決まるのではないかと心配される状況になっている。

ここ三重県では、最大の業者テストが受験者の減少で倒産。校内順位は相変わらず自分の順位さえ隠蔽。クラブは絶対「強制」。以前よりも締め付けが激しくなっているくらいだ。

ソ連や江戸幕府にも人材はいただろうし、改革もやっただろう。しかし、結局「大崩壊」するまでに至った。結局、学校も同じなんだろうと思う。三重県は日教組が100%という。一般の人では左翼は2割もいない。教員の採用の時に思想の自由を保障しているのだろうか。それとも、採用した後で強烈な洗脳を行うのだろうか。

 怖い話だ。

 日本社会は、明治維新も第二次世界大戦もアメリカの外圧と敗戦で体制変革が行われた。自力では些細な変更もできないらしい。

 情けない話だ。

若者に期待したい。今の大人はダメだ。選挙年齢も18歳に変更になった。大阪に変化が起これば、他の地方も変わる可能性がある。私の話を異常だと感じる皆さんは、三重県のヒドイ左翼教育をご存知ないからだと思う。

私は

「とにかく憲法第九条を暗記せよ」

「クラブは中学3年生の夏休みまで止めさせない」

「明日は給料アップのためのストだから、授業は自習」

「班を組め!分からないところは教えあうのだぞ!」

 こんな教育を受けさせられて、このような左翼大嫌いな大人になりました(笑)。

「おまえは、何様じゃ!」

  ライバル塾の人が私に投げかけた誹謗中傷のセリフです。メールや塾のHPに書かれることもある。たぶん、彼は、2つ勘違いしてみえる。

  • 自分はこういうセリフを言われるとイヤだから、こいつも嫌がるだろう。

  • 英語ができて、そんなにエライと思っているのか。

私は皆さん同様、毎日掃除をしている。家の掃除、教室の掃除、ネットのいたずら書きの掃除、悪戯メールの掃除。さっぱりしてから仕事を始める。「何様じゃ!」と言われても「高木様じゃ」くらいにしか感じない。嫌がると思うのは間違い。

英語検定1級や京大数学で7割というのは、希少価値がある。その水準まで達するのは楽ではないから。名古屋の7つの大規模塾で非常勤講師を14年間やっても、そういう講師に会ったことがない。

でも、それは

「旨いラーメン作りなら誰にも負けない」

 とか

「足の速さなら誰にも負けない」

 ということと同じであって、無数の分野にそれぞれ達人がいるわけだ。何も自分が特別だとか優秀だとか認識していない。

だから、私に対する誹謗中傷は的外れであって勘違いの意見を考慮するほどヒマでもバカでもない。つまり、全てスルーしている。腹を立てさせたいとか、傷つけたいとか意図しているのなら無駄なことだ。目的を達していません。

 

私が相手にしているのは、ユークリッドの互除法とかド・モアブルの定理であって、そういう数学の壮大な世界の中では東大、京大、阪大、名大など全く差はない。受験生の気にするランキングや偏差値の差など無に等しい。

ネズミが

「オレ様のシッポの方が長いぞ」

 と言っているようなもので、まるで意味をなさない。

  ただし、人間社会ではその微細な差が大きな扱いの差になることも認識している。練習用のバイオリンと、名器と言われるバイオリンの音の差など私には分からない。しかし、分かる人にはそれが4万円と4億の違いに感じられるらしい。1万倍の違い。

  だから、違いの分かる人には私は価値のある講師らしい。誹謗中傷する人は、その価値が分からない。それだけの違いだ。

  こんな人たちに関わるのはイヤだからスルーしているが、橋下さんは戦っている。好きではないが、その点は高く評価している。私には出来ない。

第九十三章

「おしゃべり<微積分」

 友達とおしゃべりするのは楽しい。微積分の計算をしているのも楽しい。比較できるものではない。ただ、どうしても一方しか取れないのなら微積分の計算を取る子もいるだろう。おしゃべりを取る子もいるだろう。

 大人になっても、知り合いと飲みに行くか英語の論文を読むかの選択に迫られたら、飲みに行く人もいれば、英文を読むことを選ぶ人もいるだろう。

私は微積分や英文を読むことを選ぶ人間だが、優劣をつけるつもりはない。ただ、よく

「どうすれば英語が身につきますか」

 とか、

「どうすれば数学ができるようになりますか」

 と質問を受ける。例によって、参考書や勉強方法の話になりがちだが、本当はそうではないのだ。

人間の才能、好み、置かれた環境、生き甲斐などは千差万別だから類型とかタイプなど軽がると決められない。しかし、統計的に言うと勉強ができる子、特に理系で優れて才能を見せる子は人間関係より数字を重んじる。

ひがんでいる子が「オタク」と呼ぶ類型だ。おしゃべりや飲み会が好きな人たちは数学や理科の勉強に向いていないことが多い。「愛」「絆」「チームワーク」が苦手で、「しょせん、他人依存でしょ」と思う子だ。

人間の社会は様々なタイプの人間が必要だから、それでいいのだが、受験勉強に限って言うと

「友達の必要性がわからない」

 と言うタイプが強いことは明らかだ。おしゃべりやスポーツに打ち込んでいたら勉強時間がなくなる。他人に手を貸すことばかりやっていたら勉強する時間がなくなる。

「目の前の一人に手を貸すより、研究者になって何万人の人を救う」

 と考える子がいる。そういう子は「冷たい」と言われることが多いが、「温かい」子より結果的に多くの人を救うこともある。そして、私はそういう子を育てるのが得意で使命だと考えている。

  目の前の一人に手を貸す人も必要だし、研究室にこもって何万人を救う人も必要なのだ。優劣はつけられない。つまり、どちらを批判する必要もない。塾講師も、落ちこぼれを救うのが得意な講師もいれば、浮きこぼれを助けるのが得意な講師もいるわけだ。

  ただ、両立は極めて難しい。特別な才能のある子以外は不可能だ。地元中学校では「クラブと勉強の両立だ」と言うが、実態は勉強放棄となっている。おしゃべりが好きというのは、受験の場では私語が多いダメ生徒と呼ばれるだけだ。

  ここで誤解が生じることが多い。私は、塾講師として書いている。人としては書いていない。成績を上げるため。合格するため。その目標を達成するための方法であって、人としての生き方など書いていない。

  別に誹謗中傷をされても構わないが、めんどうくさいから。

 

第九十四章

「靖国神社のこと」

私の父親は戦中派だ。私は父が中国で何をしてきたか尋ねたことがない。しかし、父には無条件で感謝している。靖国神社に祀られていないけれど、父の同世代の方々にも深く感謝している。

坂本竜馬たちも祀られているそうだが、そういう多くの方たちの尽力の上に今の生活があると思っている。意見の相違はともかく、爆弾騒ぎを起こすことは許されない。無関係の人が巻き込まれて死亡する危険さえあった。

 戦後、日本は左派勢力が大きくなり手ぬるい雰囲気が社会に蔓延している。「目には目を」のやり方が常に有効とは思わないが、行き過ぎの話し合い主義は相手になめられて今回のようなテロを誘発する。

 ものには限度がある。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

 今の日本は民主主義国家だ。だから、生徒も

「恋愛が人生で最優先!」

「学問の研究で生きていく」

「サッカーを仕事にしたい」

 とバラバラ。それで良いと思う。社会にはいろいろな人が必要だ。みんなが同じでは楽しくない。だから、靖国神社を大切に思う人もいれば、好きになれない人もいるのが正常な状態。違いを受け入れなければ、民主主義国家は成立しない。

  自由をはき違えて

「爆破するのも、オレの勝手だろう!」

  と言う輩が増えてきた。以前なら、

「この大ばか者!!」

 とゲンコツが飛んできただろうが、教師の体罰が禁止されて生徒はやりたい放題だ。そのなれの果ての大人も愚かな人が増殖している。受験指導の場では、モンスターペアレントと呼ばれる人が増えている。

  今は学校でコントロールできない状態なので、警察が犯罪として処理することもある。先日も選挙の場で選挙管理委員に暴力をふるったため逮捕されているが、暴力団顔負けの因縁をつけたらしい。

  私の塾でも

「今、ここで娘を合格させると約束しろ!」

 と言った保護者は何人もみえた。

「支払った月謝分だけテストの点数を上げるのは当たり前だろう!」

 と迫られたこともある。こういう人たちは、どうしたらいいのだろう。私は丁重に塾を去ってもらった。私の場合はスルーできるほど軽い相手だから問題はないが、靖国神社ではそうはいかない。

  何十万人に一人の犯罪者のために、靖国神社を訪れる無関係の人たちが迷惑を受ける。これは、ハイジャック犯から万引きまで同じこと。1%程度の犯罪者のために巨大な警察組織を必要としている。必要経費なのだろうが、愚かな話だ。

  私も必要経費だと考えているのであまり腹も立たないが、困った子チャンではある。サッサと捕まえて刑務所に隔離して欲しいものだ。

第九十五章

「廃業に追い込まれていく塾のワケ」

  30年も塾経営をしていると、目の前でいくつもの塾が廃業していくのを目の当たりにした。子供もいたので、私は倒れていく塾の経緯を研究していた。たとえば、よく保護者から

「自習室はありますか?」

 と尋ねられる。「落ちこぼれ」組の生徒の質問だ。「お客様の声を聞く」という美名のもと、多くの塾が自習室を作った。もちろん、お金がかかるので月謝が上がる。でも、私は作らなかった。「浮きこぼれ」の子たちが望んでいないことを知っていたからだ。

「5科目の指導をしてもらえますか?」

 という声もよく聞く。「落ちこぼれ」の生徒からよく出る。しかし、考えてほしい。学校と違い、塾は週に2回とか3回しか通わない。そこで、どうやって5科目の指導をするというのだ。全科目中途半端になる。

 5科目の先生を雇って中途半端な指導を始める塾もあった。もちろん、人件費が莫大になり月謝が上がる。私はその道はとらなかった。毎月の月例テストを5科目にし、家庭学習中の質問を写メして送信してもらい5科目の質問に答えるようにした。

  経費をかけた塾の多くは、すでにない。存続している塾も「不良のたまり場」と呼ばれている。逆に、私の塾には地元の優秀な生徒が集中して集まってもらえた。こんな田舎の個人塾なのに、ほぼ毎年「京大」「阪大」「名大」に合格者がでる。

  「落ちこぼれ」はいつも騒ぐ。だから、大きな声に惑わされて塾経営者の方たちは「生徒の声」だと勘違いする。一方、「浮きこぼれ」の優秀な子たちは常に静かで声をあげない。しかし、サイレント・マジョリティの声を聞かない経営者は淘汰の憂き目をみるのだ。

  これは、日本のマスコミを見ているとよく分かる。すぐにデモなどの暴力に訴える左翼の声が大きいので、それを「国民の声」として報道する。ところが、現実はそうなっていない。左翼を支持するのは、日本人の2割くらいしかいないのだ。

  あとの8割は黙って推移を観察している。そういう大多数の声に耳を傾けないから中学生からでさえ

「マスゴミの言うことは信用できない」

 と言われてしまい、テレビや新聞を信用しなくなるのだ。「落ちこぼれ」組は怠け者なので、成績が上がらない。すると、

「あの塾はダメだ」

 と自習室や5科目の講師を用意した塾を簡単にやめていく。そういう塾は経費に圧迫されて消えていった。ワガママな人を相手にすると、夜逃げや首吊りに追い込まれる。まともな人を相手にしないと命取りになりかねないのだ。

  だから、どの塾も予備校も高校も大学も「マジメで素行がよく、成績優秀な生徒」の確保に必死になる。学校だけではなく、企業も同じことだ。アホな若者に来られたら倒産してしまう。

 優秀な人材の確保は死活問題なのだ。

 では、どうすれば優秀な人材に来てもらえるのか。既に書いた。「落ちこぼれ」の大きな声ではなく、「浮きこぼれ」の静かな声に耳を傾けることだ。観察することだ。たとえば、私は

「学校の先生は質問すると、すぐに逃げる」

 という静かな声を聞いた。だからこそ、学校のように5科目指導の先生を用意せずに家庭学習中の質問にメールやファイルで答えるようにした。

「塾の先生は、私より英語がヘタかも」

 という声を聞いた。だから、英検1級をとって生徒に安心してもらった。

「あの予備校の先生、Cランク大卒で信用できない」

 という声を聞いた。だから、自分で京大を7回受けて成績開示をした。

 そういう真摯な声に耳を傾けずに、豪華な自習室を作り、学力の低い講師を用意しても廃業に追い込まれるだけなのだ。もちろん、少子化や不況も関係しているが厳しい経営環境の中でも生き残る塾はある。

  エール出版の合格体験記は「東大」「京大」のものが売れる。それは、大多数の生徒が

「どうしたら成績を上げることができるか」

  知りたいからだ。つまり、上位層の勉強のマネをしようとするわけだ。お陰で、四日市高校や津高校、あるいは東大や京大が定員割れなど起こらない。塾や予備校も同じことで、上位層に選ばれる塾や予備校だと

「あんな優秀な子が選ぶのだから間違いないだろう」

 ということで評価が上がる。建物がきれいだとか、自習室があるからといって選ぶわけではない。ダメな大学ほど

「うちは食堂がきれいです」

 といった学業と関係のない点で生徒を集めようとする。「下町ロケット」の中小企業や、今や巨大企業になったマイクロソフトを見れば

「すべては人次第」

 という原則が分かるはずだ。武田信玄の昔から

戦国最強と言われた武田軍総大将、武田信玄の名言

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり

  三重県の無名の個人塾から、今年は10名の京大受験にチャレンジする。

H27年度、合格実績        

「京大経済学部」「京大総合人間学部」「東京医科歯科大学」「阪大外国語学部」「東工大」「名市大薬学部」

H26年度、合格実績

「京都大学医学部」「大阪大学医学部」「京都大学工学部」三重大学「工学部」

  こういう実績は、良いユニフォームを着れば一流選手式の考え方の人の目には留まらない。しょせん、塾は講師なのだ。

塾長;名古屋大学卒業後、アメリカ、ユタ州ローガン中学校で教師経験後帰国。英語検定1級、通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級など合格。名古屋の大規模予備校で14年間勤務。京都大学を受けて成績開示し、英語8割、数学7割正解。「英語の資格を取ろう」(法学書院)で紹介されました。

「テレビで有名タレントがCMやっているから、あの塾に行く」

そんな生徒には来てほしくない。合格実績も上がらないし、退塾率が高いし、経営が不安定になる。備品の破壊や月謝の踏み倒しも多いのだ。素行が良くない生徒は塾が倒産する第一歩だ。

第九十六章

「電卓、電子辞書、スマホ」

  電卓が市場にあらわれた頃、学校の先生は苦い顔をした。

「電卓など使っていたら計算能力が落ちる!」

 と言って使用禁止を言い渡した先生もいた。

  電子辞書が普及した頃も、英語の教師は

「電子辞書の学校への持ち込みはゆるさん。紙の辞書の方がよい」

  と言う人もいた。

  スマホに人気がでてくると

「変換ボタンばかり押していたら漢字を書けなくなる」

 と言った。

 しかし、一方では

「計算能力が数学の力ではない」

「辞書など早くチェックできればいいのだ」

「漢字が書けることが国語の目標ではない」

 と言う人も増えてきている。時代が進歩していくときは、必ず抵抗勢力があらわれる。ソロバンの名人や漢字愛好者は悲しいのだろう。しかし、時代の進歩を止めることは誰にもできない。

  産業革命の頃から、人間の仕事を奪われると騒ぐ人たちはいた。しかし、そのような声は歴史の闇に消えていく。昔なら、計算ができて、漢字が書けたら「頭がいい」と評価されたのだろう。しかし、今は違う。

「そんなことはコンピューターがやってくれる」

 のだ。四日市高校や京都大学に合格できる子は、計算のできる子や漢字をたくさん知っている子ではない。機械ではできない思考ができる子なのだ。時々、円周率を何千桁までそらんじることが出来るとか、全国の駅の名前を全て知っているとか、いろんな人がいるが、そういうことを賢いとは言わない。

  少なくとも、難関校に合格できる能力とは異なる。そんなことは検索すれば一発で分かるからだ。

  塾でもたまに時代遅れのクレーマーがいる。たとえば、テストをすると採点ミスが避けられない。すると、

「こんないいかげんな採点ミスをする塾は許せない!」

 と激怒して塾を移っていく方もみえる。しかし、記述式の問題は採点ミスが避けられない。ミスをなくすには、センター試験のように機械に採点させるしかなくなる。しかし、これは教育効果に問題がある。

採点ミスのマイナスと、記述式問題の練習による教育効果のプラスを考えるとプラスの方が大きい。賢い子は、そこを理解しているがクレーマーは人間が機械になることを求める。機械のような人間が理想なのだ。

  残念なことだ。時代の求めている方ではないので、そのうち淘汰されるのだろう。

  世の中のありようが理解できない人を待っていられるほど世の中は甘くない。私の塾は、三重県の小さな個人塾だ。しかし、Youtube に動画を投稿したら合計38万回の最整数になった。アメブロの「受験生」のランキングは1位となっている。北海道から九州まで通信生の申し込みがある。

  今年は、京都大学に10名以上が挑戦します。

  三大予備校「河合」「駿台」「代ゼミ」の一角だった代ゼミが校舎を7割閉鎖した。三重県でも今年、最大の業者テストであった「三進連」が倒産した。受験業界に関係のない人たちは驚いているが、業界にいると不思議ではない。

  私は名古屋の大規模塾で勤務していたので分かるのだ。恐竜のように図体が大きくなると時代の流れについていけない。京大を受験するような優秀な子たちは、すでに時代の流れを感じ取っている。そして、ネットを使って次の流れに乗る。

  代ゼミ、20校閉鎖 浪人生減で全国7校に

2014/8/23 11:04

フォームの終わり

 大手予備校「代々木ゼミナール」を運営する学校法人高宮学園(東京・渋谷)は全国27カ所の校舎を7カ所に減らす方針を固めた。20カ所では2015年度以降の生徒募集をやめて休校し、事実上閉鎖する。施設の活用法は未定という。代ゼミは大学受験の浪人生を主な対象に運営してきたが、少子化や現役志向の高まりで浪人生が減り、業績が悪化していた。

  私が高校生の現役なら「なんとなく」河合や駿台に安心感を持つ。通信教育ならZ会だろうか。何も好き好んで三重県の個人塾の無名講師に添削を依頼などしない。ところが、ネットに京大を7回受けた、英検1級だ、塾生が京大医、阪大医、名大医に合格したと公開したら申し込みがどんどん増えてきたのだ。

第九十七章

「『受験』という硬い話で Youtube 38万回再生」

 Youtube  「38万回」 再生

 2015年11月26日現在で、高木教育センターとして投稿した動画の再生回数の合計が38万回を越えた。ビックリしている。

アメブロ 「受験生」 ランキング 「1位」

本日現在、日本最大級のブログサイトのアメブロで「受験生」ランキング1位となっています。驚いた!

塾生が、 「京医」、「阪医」、「名医」 に合格

  通塾生、通信生の合計で京都大学「医学部」、大阪大学「医学部」、名古屋大学「医学部」などに合格した。指導していた私が驚愕。

  やっぱり、私が率先垂範したからかな。

  • 京大を7回受けて成績開示した(京大英語8割、数学7割)研究した。

  • 英検1級、通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級合格。

  • 河合塾学園、名古屋外国語専門学校などで講師経験。

  • アメリカの公立中学校で教師経験あり。

  • 「英語の資格を取ろう」(法学書院)に紹介された。

通信生は北海道から九州まで広がった。毎日、仕事が楽しくて仕方ない。やる気満々な、才能があり、性格の良い生徒が大半なので、こちらも力が入る。

企業秘密などないので、私が指導している子の特徴だけど

  • 何よりも勉強を優先する。

ファッション、異性、趣味、生徒会など、勉強以外のものを優先する子は受験には向きません。

  • 寝て、食べて、風呂に入る以外は勉強。

気晴らしは必要だけれど、基本的には全ての時間とエネルギーを勉強に向ける。

  灘やラ・サールの生徒と競争するわけだ。それだけの覚悟があるなら、高校の授業と無関係に予習に励まなければならない。高校2年生までに全範囲を終了させる。そして、高校3年生は赤本などの過去問の練習に向ける。

  当然、数学中心に疑問がでる。英語の添削も必要になる。独学では客観的な評価ができず独善的な勉強になってしまいがちだからだ。家庭学習中の質問に急いでアドバイスが必要な場合も多い。

  そこで、私は家庭学習中の疑問はメールや写メで答える。研究し尽くした「数学」の旧帝中心の重要問題や類題を提供する。書いてしまうと、これだけ。しかし、誰にでもできるわけではないよ。

  アイドルとかスポーツの話題なら動画もブログも見る人がいっぱいいるだろう。まさか、「受験勉強」というテーマでこんなに多くの人が動画やブログを見てくれるなんて予想していなかった。嬉しい。

  私は自分を信用していない。

  客観的な事実がないと、我田引水な話になりがちだ。だから、上記のような Youtube の再生回数やアメブロのランキングというデータが出てくると

「私の動画や文章は何か人々を引きつける力があるのかも」

 と思ってしまう。名古屋の大規模塾の40人の講師の中で、生徒アンケートをとっても2番人気だったことがある。私の語り口には何かしら人にとって有益な話か、心地よい響きがあるのかもしれない。

  私は塾生の子に説教などしないよ。先に書いた塾生の子の特徴というのは、私が指導したからではなくて、もともとそういう子たちなんだ。賞賛しているわけではない。優秀な理系女子は、自分より上と判断する男子以外は視野に入ってない。

  自分が上位の1%以内なのだから、99%の男子を「失格」と公言してはばからない(私の前では)。だから、Bランク以下の学校の男子から告白されたりすると、ニッコリ笑って

「ふざけんじゃねぇ。見くびるな!」

  くらいに思っているフシがある。怖いでしょ(笑)。先生にも容赦ない。

「あの先生は、京大受けたら絶対に落ちる!」

 と言いながら内職に励んでいる。嫌なタイプでしょ。でも、自分もイヤなタイプの高校生だったから通じるところがあるのだろう。

 こういう話しは、私が若い頃に流行った「スポ根」仕立ての物語に脚色することはできる。お涙ものに書き換えることも出来る。実際、私は悔し涙を流したこともある。勉強しすぎて倒れて入院したこともある。

  しかし、そんな話はダサい。私の美学に合わない。だから、授業のときはドライに語る。事実のみを語る。主観を入れたくない。主役は生徒たちであって、私は応援団にすぎないのだ。

  浪花節が好きな日本人にはウケないだろうと思ったが、私の間違いらしい。

第九十八章

「センター試験が近い」

  受験生にとって、センター試験の負担は大きい。数学は二次試験の論証とは全く別物という印象。つまり、準備はダブルになる。なぜなら、二次試験は解法の論理も記述も自分が全て書くことになる。

  ところが、センター試験は穴埋め問題。誰かが解いた論理をなぞっていくことになる。これって、ほとんど数学と言えない。だから、私の指導させてもらっている優秀な理系女子は

「センター試験は嫌い。二次試験の方が楽」

  と言う。

  では、そんなセンター試験はどうして存在しているのだろう。東大でも京大でもセンター試験の合否に与える影響は小さい。配点が低いからだ。当初は

「一期校と二期校の格差を無くす」

  という話だったが、全く機能していない。記述式の問題は採点が難しいからマーク式にしてあるだけ。受験生や保護者の苦情をのがれたい。それが実態。それなのに、受験料が18000円。センター試験対策の、河合・駿台のマーク模試の受験料は5000円前後。3倍以上の法外な価格設定。競争相手がいないとこうなる。

  中身はヒドイし、受験料もひどい。15000円の安い方にしても、受験者が45万人いたら毎年67億円以上が入ってくるのだから笑いが止まらないだろう。私もそんな商売してみたい(笑)。  

  このテストを受けないと大学生になれないのだから、完全に「利権」だ。

  民間の塾や予備校はこうはいかない。生徒に何かしらのプラスがなければ利用してもらえない。私の塾で言えば、京大を7回受けた私の経験値を提供して合格率を上げてもらうわけだ。

  英検1級や京大の成績開示を公開することも必要だった。合格実績を公開することも必要だった。何もしなければ倒産、夜逃げ、一家離散、首つりなども覚悟しなければならない厳しい世界だ。

  だから、ぬるま湯の世界で生きている公務員の教師と、身を削って生きている塾講師では力量がまるで違う。生徒に

「学校の先生と、塾の先生のどちらを信頼しているの?」

 と尋ねてみれば、すぐその評価は分かる。いずれにせよ、センター試験は内容がヒドイ。だから、廃止されるのだろう。

  しかし、実態は「共通一次試験」「センター試験」「学習到達度テスト」と看板の架け替えを繰り返しているだけだ。東大や京大は優れた生徒を選抜しないと生き残れないので、こんなテストの配点は少なくするわけだ。

  そもそも、大学間の格差など解消できるわけがない。ラーメン屋でもうまい所とまずい所がある。腕の良い医者もいるし、ヤブ医者もいる。高校や大学だけが横並びになることなどムリだ。

  自分のクラスを思い起こして欲しい。どうしようもない生徒がいたのではないですか?絶対に関わりたくない生徒。そういう人間の存在を前提にしているから、監視カメラがあちこちにあるし、警察もいるし、入場のチェックもする。

  公立の学校が「愛」「絆」「助け合い」を強調するのは、

「すべての生徒は無限の可能性がある」

  という妄想のせい。そのために、犯罪性向のある生徒と将来のノーベル賞候補を「強制的」に近づけて助け合うように指導する。これは、生徒にとって迷惑なだけでなくイジメの発生を許し、最悪の場合は死者がでる。

  もうそろそろ現実を見るべき。強制クラブや、強制的な班づくりは自由化すべき。現実を勝手に美化して指導するのは避けるべきだ。危険だから。

  また、利権の温床でしかないセンター試験も学習到達度テストも要らない。各大学が自由に自分の欲しい学生を選抜すべき。決して、格差解消などという実現不可能かつ、やってはいけない試みはやめるべき。

  競争があり、格差があるから人間は努力するわけだから。

第九十九章

「1%の支持者がいたら、それでいい」

  私が一番苦手な生徒は、

「それは、こうしたらうまくいくよ」

  と言うと、

「佐藤先生は、違うことを言った」

 というもの。その話されたことを予測したうえで提案しているのだけれど、分かってもらえない。自分でどちらの言うことが良い解き方かを判断してもらうために話していても、自分で考えることをしないで「先生」の権威にすがる。

  先日も

「ドラゴンイングリッシュに、たとえに本文に『しかし』と書いてあっても、前後の内容が逆説になっていなかったら but ではなくて and にすべきと書いてある」

 と言われた。よく勉強していることは感心なのだけれど、鵜呑みにしてその是非を考えない。私は

「英作文は翻訳なので、勝手に解釈して接続詞を変えるのは越権行為だよ」

 と言っておいた。プロの作家や研究者が練りに練った文章を

「前後関係から、この接続詞は別のがいい」

 と決めつけて変更するのは、作家の意図を踏みにじることがある。高校生にプロの文章を評価させることが英作文の問題の目的ではないのだ。

  私はこのスタンスで英検1級に合格し、京大二次でトップクラスの8割をたたき出してきた。正しいスタンスのはずだ。もし、目の前に

鈴木先生は、名大卒、京大二次で8割正解、英検1級、通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級、アメリカで教師経験あり。佐藤先生は、京大卒だとすると、どちらの言うことを信用するだろうか。

  どちらとも決められないだろう。

  ところが、一方の主張が参考書の形をとり製本されて書店に並ぶとその権威は圧倒的となる。大規模予備校の看板があると更に強力になる。一匹狼の田舎の塾講師の私の話など誰も耳を貸さない。

  いや、誰もではない。私を直接知る、地元の難関校トップの子と通信生の子たちは信用してくれる。

  先日も、授業中に

「先生、この模範解答は絶対におかしい!」

  という声があった。私がしばしば書かせてもらっているように英語が話せない人が英語を教えているのが現実だ。参考書の模範解答を書いている人は、学生アルバイトのこともある。ほとんどの人がその不適切さに気づかないが。

  私の指導させてもらっている優秀な理系女子は騙せない。そういう子たちは、たとえ書店で売っていようが大規模塾の講師が出版していようが関係ない。自分で判断するからだ。

  私の Youtube の動画が合計38万回再生されたり、アメブロの「受験生」ランキングで1位になるのは、私の書いていることに同意される人が多い証拠だ。150万人の大学受験生のうち、1%の人が同意してくれたら1万人を超えるからね。

  私の塾は2教室あり、その近くには6つの公立中学校がある。他の中学校からも通ってもらっているが、1%の支持者で経営は成り立つ。もちろん、もっと来ていただいているが。

  すべての人の支持などありえない。私が以前勤務していた塾では、授業が始まっても遅刻者が多いので、リスニングの音声を途中で止めたりした。授業が始まっても、学校で教えあうよう指導するものだから私語がとまらない。

  すると、賢い子たちは呆れて内職を始める。そして、最終的に

「勝手に勉強するだけなら塾に来ても仕方ない」

  と塾をやめる。だから、塾はどこでも誰にも好かれる戦略は取らない。上位者向けの塾、底辺の子のための塾、しつけを重んじる塾など、さまざまに分業になるのが普通だ。

第百章

「祝!百章」

  最初にブログを書き始めたとき、

「毎日書くことなどあるわけがない」

  と思った。ところが、書き始めたらいくらでも書くことがある。自分のやるべきことを整理するにも役立つし、記録してあとで見直すのも有益だし、読者数が上がってくると人の役に立っている実感もある。

  何より「楽しい」のだ。デザインを考え、動画と組み合わせ、参考書に論評を加え、エッセイを投稿し、画像をアップする。書くことも、英語、数学、授業、経営、少林寺拳法、ニュースなど多岐にわたる。

  私は英語の資格試験をたくさん受けたし、京大7回、センター試験10回、京大模試10回、Z会は8年やった。アメリカでの生活経験もあるので、成績を上げるノウハウや合格に必要な情報を提供できる。

  授業中の中学生、高校生のことや、その保護者の話などネタになりそうなことは無数にある。3年も続くと思っていなかった。そろそろネットの中での認知度もあがり、誹謗中傷も増えたが、電子書籍のオッファーもあった。通信生も順調に増えている。

  そのお陰で、合格実績も右肩あがりで感謝している。インターネットは、思わぬスピードで広がりこんな情報発信が可能になるなんて5年前は予想できなかった。ましてや、動画38万回、アメブロ「受験生」ランキング1位なんて、想像も出来なかった。

  真面目にやっていると、見ている人は見ているものなのだと自信を深めた。感謝している。今後も地味に真面目にやっていきたい。真摯にやっていると世間の評価は1%程度らしいから。

  学校関係で言ったら、日本を不況から脱出させるためには賢い子を育てなければならないのに、画一的な指導ばかりする。

  • イヤだと言うのに無理やり「強制クラブ」

  • 自分の勉強をしたいのに「教えあい」教育

  • 授業は「落ちこぼれ」に配慮し「浮きこぼれ」は無視

  • テキストは教科書準拠の最低レベル

  • エロ教師の名前も写真も隠して守ってばかり

この状況で世界のエリートと、どうやって競争するのだ。ハンデがありすぎるだろう。大学は旧帝中心に国立のエリート大学がある。三重県には県立の四日市高校というエリート高校がある。

問題は、中学校だ。市立中学校はガタガタだ。勉強しようと思っても、教師は100%日教組の左翼教師。生徒はクラブばかりやって、勉強放棄。「全国学力テスト」でもビリから数えた方がはやい。隣の「桑名市」では15名ほど合格する四日市高校合格者が「いなべ市」では2名くらい。

これでは優秀な生徒たちは、救われないではないか。

  見ていて気の毒なのだ。才能豊かなのに、発揮する場がない。

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