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15/8/3

もしかしたら、母は中国残留孤児になっていたかもしれない・・・。戦後の満州から幼子を連れて日本に帰国した祖母の話。今、私がここにいることの奇跡。4話

Image by Olia Gozha

チヨは一刻も早くここから逃げ出さなければならなかった。


軍人の家族という事が知れたら、命の保証はないと思ったのである。また、生活を共にしてきた仲間の家でも、次々と男手を失っていた。残された女達は集まり、一致団結して大連に向かう事を決意する。

チヨは避難し始める前に、何度もグループのリーダー格から「子供は置いてゆけ」と言われた。自分が助かるかもわからない逃避行に子供を連れてゆく自信のない母親は知り合いの中国人の家に子供を預けた。が、チヨは親しくしていた母親同士で話し合い、共に助け合いながら親子一緒に皆で日本に帰ろうと決意を固めた。


チヨ達のグループはまず満州の首都であった新京(長春)を目指した。徒歩で、である。この混乱の時に満州鉄道が機能していたかは定かではないが、走っている汽車のほとんどはソ連軍や中国人たちに襲撃されたため避難民は乗車する事ができなかった。また、線路づたいに行けば最短距離で長春に行けたかもしれないが、線路沿いには常にソ連兵や中国人たちが日本人を狙っていた。よって彼らは仕方なく山や茂みに入り道なき道を子供を連れまたは身重の体で歩き続けた。実はこの時チヨは妊娠をしていた。そして、寅清はチヨが三人目を宿している事を知らずに捕虜になってしまった。チヨのお腹がだんだん膨らんでいくとともに、チヨと子供達は少しずつグループの後方を歩いて行くようになっていた。


ある日、少し前を歩いていた一人の妊婦が列から離れ茂みに入っていった。産気づいたのだろうと、チヨは思った。本来なら、仲間の誰かが手助けするところだが、自分も含め、子供の手を引きやっとの思いで歩いているので、気にはなっても誰も彼女の元へ行くものはなかった。しばらくすると悲痛な様子で茂みから出来て、やっとの思いで列について歩いてくる。どうやら出産したようだが、彼女は赤ん坊を抱いていなかった。赤ん坊が死産だったのか、生まれてそのまま放置してきてしまったのか、誰も彼女に問うものはいなかった。


チヨはいつか自分も道端の茂みに隠れて出産をしなければならない時が来るかもしれない、と思うとお腹の子を不憫に思った。もしかしたら、その事で自分も赤ん坊も命を落とす危険もある。そうすれば、この二人の子供はどうなってしまうのか・・・。

いっそ冷たい川の水に腰まで浸かってしまおうかと考えた。


チヨ「『そうやって、堕胎した妊婦も少なくない。夫は三人目の子は知らないわけだし・・・。でも、この子が日本で授かっていれば何の迷いも無く生まれてくる命。私の一存で子供達を満州に連れてきてしまったのだ。子供に罪はない・・・。』」

そう何度も考えてはやめ、考えてはといううちにチヨのお腹は日に日に大きくなっていった。


周囲ではいつの間にか子供の数が少なくなっていた。満足に食べるものもなく、歩き続けて病気になってしまう子がいたり、日に日に困難を増していく避難生活の中で子供を手放す母親も多かった。預けた先の中国人が親切であるならともかく、中国人の間で日本人の子供の売買が始まっていて、預かった子供を売り飛ばす者もいた。また、避難中の混乱の中で親子が離れ離れになってしまい人買いに捕まってしまう子供もいた。日本人の子は賢いので高く売れるという噂で人攫いまで出た。そして売られた子供達のほとんどが労働者として使われ過酷な人生を歩んでいくことになり、後に生き残った者たちが中国残留孤児として肉親探しや自分の出生について悩むことになるのである。

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Image by Jukka Aalho

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