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  • 文章で推す。文章の魔術師&奇術師。館花琴音@Storys.jp(たちばな ことね)の話。 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 文章で推す。文章の魔術師&奇術師。館花琴音@Storys.jp(たちばな ことね)の話。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 文章のマジシャンといえば。 館花 琴音(たちばな ことね) また、検索【Spoon ことねぇ】の話は このSTORYの記事の過去記事一番最初に戻って読み始めよう。 演劇や文章の投稿を一旦休止して、育児をしながら、綴り始めた。 それが、ここ【STORYS.JP】 1人の編集者さんが、熱心にコツコツと私の記事を読んでくれた。【無名】に近いここでの私を。 当時のハンドルネームは 【いちか】 なので、Spoonに合わせて【館花琴音】に改名をした。 名前は、その時代ごとにハンドルネームがあって、名前が変わっても、読者は、私の文章の癖で、気づいてしまうので 【名前を変えて転生するのを、やめた】 私の文章は、癖が、ある。文体のリズム、句読点を打つところ、そして【感情を揺さぶる文章を書きやすい】というところ。 そして私の文章を好きになったひとは、わかるらしい。私だと。 つまり何度も何度も転生しても 輪廻で繰り返し生まれ変わっても 【読者と私は巡り会える運命】なのです。 それは、恋のようです。 ロミオとジュリエットのようです。 生まれ変わっても どこにいても 私たちは文章で繋がることが、出来る。 私の【願い】が、込められています。 【推しを沢山のひとに認知させる】 戦国武将の総大将を慕う、忠誠心のある家臣のように、私は【文章で貴方を護り続けます】 【使命感】がある、からこそ 私は生きていける。 ありがとう、神推し、推し。 そして私の【読者、リスナー】へ 愛しています。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 母を憎み子供の頃から自殺未遂を繰り返す鬱病の私が赦しの機会を得、一生モノと思った鬱病を克服。母を愛し尊敬できるようになるまでの話 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/8/20 母を憎み子供の頃から自殺未遂を繰り返す鬱病の私が赦しの機会を得、一生モノと思った鬱病を克服。母を愛し尊敬できるようになるまでの話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー もしあなたの中に誰かを憎む心があるなら 多分に一生本物の幸せを得ることは無理かもしれない そう思ったりします。 これは半世紀近く母親を憎み続けて 孤独感の中で生きてきた私が 奇跡的に幸福感に満たされる人生を取り戻した話です。 目次: 自殺を繰り返した子供時代 突然に起こった赦し まずは私の一歩から 幸せは猫が運んできてくれた 一生に一度の手紙 不幸は一生続くわけではない 自殺を繰り返した子供時代 20代も初めの頃、どう思い出そうとしても 自分の人生で楽しい事なんて思い出すことができませんでした。 多分に小学校2年生のクリスマスが最後の幸せの思い出。 転向し、いじめに遭い、わずか10歳で自殺を企てました。 幼い子供のトライでは死に切れず 再度15歳でリストカットをしますが これは1ヶ月もの入院という結果で終わります。 学校に戻ればクラスメイトが私を怖がって離れていきましたので さらに孤立。それからの方がもっと辛かったです。 親と絶縁をした20歳でも絶望で睡眠薬を飲み干したのに それでも死に切れない私はもう自殺は無理なのだと悟りました。 親から、日本社会から逃げるように海外に出て 結婚して生活のサバイバルがなくなって安心した途端 今までの人生の母親に対する恨みつらみが爆発 そのぶつけようのない怒りは鬱という形でまた私を支配しました。 逃げても逃げても母親の言葉に支配されている自分。 「自分が本当の意味で幸せになれるのは 母親が死んだその時でしかない」 と、当時は本気で思っていたし 鬱時代にそれを本人に電話で告げてしまったこともあります。 私は海外で結婚したことも母に黙っていましたし 7年間、日本の実家に戻ることもありませんでした。 母は物事の良し悪しを教えてくれるより 『人からどう思われるかを気にして生きる』 ということを繰り返し私に植え付けました。 ですから、日本社会も怖かったのです。 突然に起こった赦し 母と日本社会から逃げて癒えるまでに 7年という月日が必要でした。 それで手始めに実家ではない場所を訪れる帰国旅行をし 大丈夫だという感覚を得てから翌年実家を訪れたのです。 相変わらず自分のことしか考えていない母に腹が立ちましたが 私以上に実家で母親の面倒を見ている姉やその子供達の方が辛く 逃げられた自分はまだ恵まれているのだということを知ります。 もういい加減母を許してやってもいいかな、とさえ思えました。 一体あれは何がキッカケだったのでしょう? 友達に勧められた興味半分で受けたお寺での ディクシャというセッションの効果でしょうか 次回の冬の帰省で、母が昼間干しておいてくれた ふっくらとした布団の中で 「許してやる、じゃない。 許されるべきなのは、私の方だったのだ!」 というひらめきとともに号泣した私がいました。 まずは私の一歩から 後ほど姪が結婚式を挙げることになり その時結婚10年目にして初めて夫を家族に引き合せました。 その機会に夫と私と母とで温泉旅行に出かけたのですが 母はずっと無口のままで日本語を話さない夫とは 全く交流を持ちませんでした。 後ほどアメリカに戻って電話で話した時、母は 母 「なんだか、あの時はしゃべんなくてすみませんでしたね...」 そう、いつもの暗い声で言っていましたが 私 「え、あの旅行、楽しかったじゃない。楽しかったよねぇ?」 そう私があっけらかんと言うと 電話の向こうの母はハッとしたような雰囲気でした。 またいつだったか、電話で何気なく彼女のことを褒めた時 母 「やだぁ! わたしばかだからそんなこと言われたら信じてしまうよぉ!」 と、母は少女のように声をあげて喜んでいました。 今でもその時のことを思うと喉の奥にこみ上げるものを覚えます。 誰だって、褒められたい。 私が母に褒められなくて悲しかったように もしかして母もおばあちゃんから 褒められることはなかったかもしれない。 まずは相手を認めること それが始まりだったように思えます。 それから、母に優しい言葉をかけ 彼女のさりげないことを褒めたりすることが 自然とできるようになりました。 我が家族は優しい言葉をかける習慣がないので 最初はそうすることにかなりの勇気がいったのですが 一度してしまうと、あとはつかえが取れたように スムースに言える自分であったのにも驚かされました。 幸せは猫が運んできてくれた 私と母の確執はそれで終わったのですが 今度は同居している母と仲の悪い姉の問題が残りました。 彼女は本当に長い間更年期鬱で 母に対するドロドロとした思いを メールで垂れ流しで送ってきていました。 それに対して上から目線でもっともなことを言い 彼女や甥と姪を諭してきた私でしたが やっと気づくことができたのです。 まずは相手を認めること。ねぎらうこと。褒めること。 その効果が少しずつ出てきたかの頃 私に直感の声が降りました。 〜〜〜 母に猫を買い与えよ 〜〜〜 姉は機嫌が悪くいつもしかめっ面をしている母を 『鬼瓦』と陰で呼んでいました。 その母に笑顔をもたらすものは残念ながら私でも姉でもなく 多分に無垢な子猫ではないかとそう伝えたのです。 自分がアメリカに来て夫と結婚し 大きなイエローラブと寝起きを共にすることで 私たち夫婦が次第に癒されてきたことからのヒントでした。 動物嫌いな姉は最初は躊躇していましたが、やがて意を決し 母を除いた家族が一団となって猫探しが始まりました。 そして姉が恋に落ちた運命の子猫をゲット 次の母の誕生日に子猫をプレゼントしたのです。 ところが奇跡は母にだけではなく姉にも義兄にも しらけた家族全員に起きました。 なんと各自がそれぞれの部屋に閉じこもっていた仲の悪い家族が 猫がいるおかげでみんなリビングに集まったのです。 全てのメンバーが皆笑顔で猫を見守ったのです。 猫が実家に現れたその日から 姉のタールのようにドロドロとしたメールは 嘘のように明るい猫メールに変化したのでした。 一生に一度の手紙 姉に母へ猫を飼い与えるよう頼んだ頃 年老いた母親が突然死した時に 海外にいる自分が彼女に会えないことがあるかもしれないことを ふと思いました。 それで母の誕生日に合わせて手紙を書くことにしました。 年老いた母が読みやすいように 大きな文字で書いた方がよいだろう、と 日本町の文房具店で太い縦線のついた和紙の便せんと封筒 そして細書きの筆ペンを購入しました。 母親に対しての手紙を 大きな文字で一字一字ゆっくり丁寧に書いているとき 年明けからなんとなく気休めでやっていた 『鉛筆習字』の時間は 今このときの為に準備されていたものだったのだ ということに気づきさえしました。 もちろん、始めたときには まさか母親にこのような手紙を書くことなど 予定していませんでしたが。 『Kさん、お婆ちゃん、お母さん、 このような歳になりますと、貴女をどうお呼びしようか 少々戸惑いを思えますね。 お誕生日おめでとうございます。 元気に81歳をお迎えしたことを、大変喜ばしく思います。 貴女の末娘も、今年48歳になりました。 48歳ともなりますと、さすがに50の数字が見えて 人生いろいろと振り返ってしまいます。 確かに辛いことや悲しいことが沢山あったのだけれど 今が幸せならいいかな、とやっと思えるようになりました。 お母さん 私たち家族の在り方は、決して自分が望み憧れた形では ありませんでしたけれど もう過ぎてしまったことなのだな、と腹で理解しました。 貴女のすべてを許します 。 ですから、貴方もどうぞ至らない娘の存在を 今まで淋しい悲しい思いをさせ続けてきましたこと ごめんなさい 。 本当に、本当にごめんなさい。 そして、私たち、娘達を一生懸命育ててくれてありがとう 。 いつの間にか家からは温かいものが消え去って 笑顔のない寒々しい家族になってしまいましたけれど もう私たちが貴女に笑顔を作ってもらうようなことは できなくなってしまったけれど でも、私は心から本心で、貴女のそう残り少ない人生に 優しさと温かさと笑顔を取り戻して 過ごしてもらいたいと思っています。 そしてお姉ちゃんに 貴女に猫をプレゼントするようお願いすることが 私たちにできる最高の親孝行なのではないかと 試みてみました。 お姉ちゃんのメールで、家に子猫が加わり 皆が笑顔でリビングに集まっているというニュースを聞いて 大変嬉しく思っています。 私もとても幸せな気分です。 お正月には帰ります。 家族と迎えるお正月なんて、本当に久しぶりなので とても楽しみにしています。 貴女の余生が健康で楽しい日々に溢れることを 心からお祈りいたしております。 2009年10月                   まこ』 大変に静かな気持ちでした。 このような手紙を書いている自分が ちょっと信じられないようにも思えました。 5年前の私だったらまったくあり得ない行為でした。 母親の返事はありませんでしたが 暮れの帰省時には玄関先で満面の笑顔で向かい入れてくれた母と 照れなくしっかりと抱き合うことができたのです。 そして翌朝、なんと私は 家族の笑い声で目が覚めるという奇跡も経験しました。 みんなが子猫を見て笑っている! 私は辛い寒い朝にもかかわらず布団から飛び起きて その笑いの輪に加わったのでした。 不幸は一生続くわけではない 人生のある時、夫の事でどんな辛いことがあっても 「私には帰る家はない」と絶望を感じ 死に切れないことは承知で死ねるなら死にたいと思った日もあります。 それが私がいつでも帰れる実家を持つことになった。 母親にとって「出来が悪い娘」だった私が離婚をしたら きっと叱られるだろう、嘆かれるだろうと懸念したにもかかわらず 彼女は私が幸せであるかどうかを確認しただけでした。 私が変わることができたように 母も私が長い間信じていた彼女ではもうなかったのでした。 子宝に恵まれず不妊治療で神経を逆立てていた姪も 猫が家に来てからあっさりと妊娠 新しい家族を迎え実家は更に笑顔に満たされます。 互いに思いやり家族が一体になって平和に暮らしている。 海外に住む私が長い間滞在することも遠慮なくできる。 帰る家があるというその安堵は 私のそれまでずっと抱えていた孤独感と鬱々した気持ちを 拭い去ってくれました。 そして、母はいつの間にかすっかりポジティヴで明るい 聡明なチャレンジ精神の高い輝く老人になりました。 それはいちいち様子を伝えてくる姉の目から見てもそうなのです。 私も姉も母に似ています。 ということは、彼女のように死ぬその間際まで しっかりと自立して明るく晩年を生きられるという 見本を見せてもらいその保証をしてもらっているようなものです。 人生はどこでどう展開するか 本当にわかったものではありませんね。 直感に従う勇気 それが大きな人生の分かれ目だったかもしれません。 長いストーリーを 最後まで読んでくださってありがとうございました。 親子関係で苦しんでいる方がこれを読んで 前向きになるきっかけを持ってくれたらと思い このストーリーを掲載することにしました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • ほんとにあった自白強要 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/9/2 ほんとにあった自白強要 Facebook X (Twitter) リンクをコピー このハナシは、現実にあったハナシです。 最近、やたらめった、新宿警察は違法なレベルとも言える、不当逮捕を展開している。 地下鉄で帰宅するつもりで改札に向かっている人間を投げ飛ばし、逮捕。 あげくのはて、首を絞めるなどの悪行を働く。 こんな輩がいて首都の治安は守れるのか? といえる不安がある。 確かに、酒に酔ってるやつも多い。 ヤクザも暗躍している歌舞伎町をかかえるのだから尚更。 だが、それはそれ、善悪のつかない奴が、警らしてるなんてあり得ない。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 景色よりも美しいもの | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 景色よりも美しいもの Facebook X (Twitter) リンクをコピー 人の温かさはどんなものよりも美しいと思った。 高校生活3年間を終えて、親友と初の海外旅行へ行った。行き先はGUAM。 日取りや送迎はつけるかとか沢山話し合って、楽しみを募らせて。旅行本も買って。準備満タンだった。 当日は飛行機でくっちゃべって、爆睡して気がついたら現地へ到着。税関やらなんやらで英語を少し話さなきゃいけなくて、私は質問に答えられたけど、友達の番になって「大金を所持してますか?薬を持っていますか?」っていう質問に友達は、なんて聞かれてるかわからなくて、とりあえず全部「yes」って答えてた。正直めちゃめちゃ焦った。いや、何言ってんだお前wって笑 それで向こうも半信半疑になって100万ドルも持ってるのか聞かれて、それにもyesって答えてた。流石に向こうも嘘だと気付いて、そのあと日本語で「あなたは侍ですか?」って馬鹿にされたよ笑笑。そりゃそうだよね。持ってるわけないのに、馬鹿すぎた。税関に沢山笑われたけど、良い旅をって言ってくれたよ。友達は馬鹿かもしれないけど、最強にいいやつで最強に面白いやつなんだ。 そんな波乱ばかりから始まって、ホテル着いて、遅い時間だったから近場でご飯食べて今日は寝ようってなったんだけど、いざお風呂に入るってなった時、シャワーもなくて水道の蛇口みたいなところから水を出して体洗って、、、最悪だったなぁあの風呂は笑笑 そんな初日だったけど、それ以降はずっと楽しくて。お買い物もパラシュートもバナナボートも、シュノーケリングも、全てが楽しくて。レンタカーをして、島一周ドライブして。沢山いい景色を見たりして。 人生でやったことないことばっか体験して、それを親友と体験して楽しいことばかりだった。 そして、夜にコンビニに寄ろうってなって車で近くのコンビニへ入ろうとしたんだけど、向こうには野良犬が沢山いて、その時も歩道を歩いていたから、ウインカーを出して過ぎるまで待ってた。 ドンっ 2人して前に引き寄せられるかのように、頭をぶつけた。最初は何が起きてるかわからなくて、すぐ後ろを見たんだけど白いおっきい車がぴったりとくっついていた。まさかとは思ったけど、とにかくコンビニの前の駐車場に入ろうってなって、はいった。そしたらその車の運転手も出てきて、泣きながら「i'm sorry」って謝ってきた。 なんでかわからなかったけど、車の後ろを見たら一目瞭然だった。ぺちゃんこだった。後ろが破壊されてて。事故にあった。初めての事故を初の海外旅行で。最悪の運だった。知り合いも頼れるのもお互いに私と友達だけ。現地の人しかいなくて、日本語も通じなくて。どうすればいいかわからなかった。 もう終わったと思った。 だけど、コンビニの店員さん、近くのお店の店員さん、近くを通りかかった現地の人が集まってきて、レッカー車や警察に電話をしてくれた。警察が来て、色々聴取が終わった時、結局10対0で私らは悪くなかったんたけど、向こうの当てた人もすごい反省してて、だからことは大きくなることなく済んだ。現地の人が警察を呼んでくれたから、現地の人がレッカー車を呼んでくれたから、現地の人がレンタカー会社に連絡してくれたから。現地の人が何もかも助けてくれたおかげで、私たちは何も心配することなく代わりの車を借りて帰ることができた。ほんの一瞬だったけど、5年もの日を過ぎているかのようにとても長く感じた。命に危険を感じたあの時。人は何も言葉を発せなくなって終わりを悟った。そんな瞬間だったけど、結局沢山の人が助けてくれた。こんなに暖かい人たちがいるなんて、幸せだと思ったよ。どんな景色よりも、こんなに暖かい人たちの方がよっぽど綺麗だった。 結局2人無傷で次の日も沢山遊んで日本へ帰ったけど、あの日の出来事は今でも思い出す。 あの日から私は困っている人を見捨てず、自分にできることは全力でやろうって決めたんだ。 優しさは世界を救うって 本気で思ってるから。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • いじめの唄 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/12/11 いじめの唄 Facebook X (Twitter) リンクをコピー こんな経験、きっと誰でも。 主人公は私立の女子校に通う14歳の少女、陽子。 小学校からのエスカレーター式で入学し 信頼できる友達もいたはずなのに・・・。 「ねぇ、陽子って友達?なんかさ・・・あの子、ムカつかない?」 誰かが言ったたった一言が 感染病のよう広がり、 いじめを媒介にして育む「友情ゲーム」が始まった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 過去の自分 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 過去の自分 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 自分のことばかり考えていたのに自分のことが嫌いだった X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 挫折しながらもやりたいことをし続けて、今の人生に満足している私の話。(幼少時代) | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/4/9 挫折しながらもやりたいことをし続けて、今の人生に満足している私の話。(幼少時代) Facebook X (Twitter) リンクをコピー 変わってるといわれ続けた 小学校の頃。 私はよく変わっているといわれていた。 素直でない性格もあいまっていじめられていた。 いじめられる自分に嫌気がさして、泣いているときに父に言われた言葉がある。 父 「変わっているってことに、誇りを持てばいいじゃないか。」 「どういうこと?」 父 「変わっている=他の人とは違う個性をもっていることそれは自分だけのものを持っているってことだ。だから変わっていることを誇りに持てばいいんだよ」 「!!!」 びっくりだ。 驚きで、言葉も出なかった。 それ位、腑に落ちたのだった。 それからは変わってるよって言葉がほめ言葉に聞こえた。 自分には自分しかないものがある。それが誇らしかった。 その内、自分でしか出来ないものを作りたいという気持ちがむくむくと出てきた。 アメリカでであった天然石 私にはホストファミリーがいる。 というよりも母にホストファミリーが居る。 2世代交流なのだ。 私が9つのときに、母に連れられホストファミリーのいるアメリカへと10日ほど行った。 これが初めての海外旅行。 YesとNoしかいえない中で、初めて海外に渡った。。 そこで運命的な出会いをしたのだ。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • ちょっと大阪からママチャリで神奈川まで帰った話 第3回 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/5/1 ちょっと大阪からママチャリで神奈川まで帰った話 第3回 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 睡眠 それは人間が生命を維持するにあたって、なくてはならない行動である。決しておかあさんと一緒に出てくる雨の妖精ではない。疲れていた。 そりゃそーだろう?何年ぶりに長距離・長時間自転車をこいだと思っている。あれほど口を酸っぱくして言ったはずだ。 長距離を走る用に想定されて作られていないと。 しかもどーだ!?サドル部分が錆付いてしまって、高さ調節もできやしない。何でこんなに低いサドルで奈良までやってきたんだ!!! 早くも病んでいたのかとさえ思ってしまうようなネガティブな朝だった。まだあたりは薄らと明るくなり始めた程度の早朝。少し肌寒い。 寝れなかった....蚊のやる気が凄い。もうこれ見よがし。歴史ある仏閣の地で、無益な殺生はそれがしも避けたかった。 しかしながら、あちらさんも命がかかっている。こっちだって吸われた分だけ関東が遠ざかる。はては意識も... 夜な夜な暗闇で聞こえてくるあの っぷーん~っ ていう腹立つ音。何度となく逃げて逃げてを繰り返し、やっと眠れたのが30分ほど前。 もう爽やかな朝である。 フラフラになりながら、池のすぐ下にあるコンビニへと向かった。とりあえずエネルギーを補給しなくては...おにぎりを一つ手に取った。 記憶にないがきっとシーチキンか梅である。汗をかくことを想定して梅だったかもしれない。実は私、おにぎりの選択肢はこの2つで 驚きの95パーセント (当社比)を占める。 ほぼどっちかだ。しかしながらこの情報はFBIは愚か、アルカイダでさえ掴んでいない事実であることは言うまでもない。 そして、このコンビニでこの旅を根底から揺るがす事実を知ることとなる!!! 「日本の南側に大型の台風が発生いたしました。」 おい!お前!!何を淡々と恐ろしい事を口にしている!? 正気か!? ←お前がだ 何て日だ!!!! マジか!!?いつ!!?進路は!!? 非常に不味いことになった。朝から不穏な感じはしていた。曇っている。これは何日後かに日本に上陸するパターンのやつやん!!! そうと決まればこんな所で油売ってるわけにはいかない。急がなくては!!!今日一日でどこまで逃げ切るか、目標も立てなくては!!! 水とカッパもいるな。 いかん!!コンビニがここから無くなったりするかもしれない!! お金もおろさなくては。1万円を握りしめてスタートした。確かにそういった。しかし、さすがに 大阪→神奈川 結構距離はあります。1万円では心もとない。それが僕の冒険心さ... いそいで店内のATMで引き落としの手続きをした。 ATMは母上のようにとても優しくこう言います。 「すまへんなぁ。お盆やさかいに、休みもろてますぅ。」 な....ん....だと.....!? 手に持ったおにぎりとカッパと水をいったん棚へ返しに行く薄汚い成人男性。 すっかり忘れていた。お盆!!!! いくらご先祖様が帰ってくるからって、わざわざ何日も休む必要ある!?見えないのに!! 少なくとも昨日1日旅をして、自分のまだ知らぬ強さに気が付いた。 やれる!!やってやれる!!! そう。めげそうにもなったが、自分に負けなかった!!!胸を張ってこの時俺はこう言えた。 自分に勝って お盆に負けた!!!! ←早く行け 貴重なお金、この先どんなポリデントやアクシデントが待ち構えているかわからない!!だが負けない!!!入れ歯洗って待ってろよ関東!!! ということで、究極の選択を迫られたカッパ or 水命には代えられんということで、水を選んだ僕は、一路適当に自転車を走らせるのであった。 いや....終われん。。。やっとスタートだ。 2日目はさらに濃い一日となる。昨晩は暗くて見ることができなかった法隆寺.....法隆寺...... えーここで、速報が飛び込んでまいりました。前回の第2回で、画像付きで説明され、大興奮の様相で書きなぐられていた、法隆寺のくだりが「東大寺」 だったことが、警視庁の調べで判明いたしました。 なお警視庁は、執筆した門田と名乗る、自称飲食店メンチョウは 「8年も前の話なんで、まだ....奈良(習)ってなかったのかも。」 などと、悪びれる様子もなく寒いことを言っている模様です。以上速報でした。スタジオへお返しいたします。 .........てへぺろ♪ ということで、暗くて見ることができなかった東大寺!! つづく X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 暗黒時代 9 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 暗黒時代 9 Facebook X (Twitter) リンクをコピー ゴールデンウィークが終わり、入学から一ヶ月が過ぎた。 そろそろ中学校生活にも慣れてきた、と言いたい処だが、俺を含めクラス全体どことなく落ち着きがなかった。 その原因の一つが、森英治の存在だろう。 英治の、担任への態度や言動が、クラスメイトに多大な心理的影響を与えていた事は否めない。 担任の阿国は、英治に呼び捨てにされても注意出来なかった。 いや、注意はしたのだが、弱々しいと言うか、「おい森君。呼び捨てはいかんだろう?」程度にしか言えないから、英治の方もますます調子に乗る。 何だコイツ、呼び捨てされても怒らねぇのか…。 だったらもう少し暴れてやっても大丈夫だな。 こんな風に英治に思わせてしまったのだろう。 事実、英治の行動は更にエスカレートして行った。 それは阿国だけにではなく、クラスメイトに対しても…。 とにかく英治は男子だろうが女子だろうが、噛みつくような態度や物言いをしてきた。 女子が何かを質問しても 「何言ってんのテメェ、バカじゃねぇの!?」 「うるせぇよテメェ、ぶっ飛ばすよ!?」 と言った具合で会話にならない。 だから誰も英治に対して話し掛けなくなった。 それが余計英治を腹立たせ、暴れさせる要因になったと思う。 そんな英治に唯一擦り寄って行ったのがゴキジだった。 ゴキジは、英治がクラスのみんなに怖れられてるのに便乗して、自分自身のクラスでの地位向上を目論んでいた。 勿論この頃の英治は、自分がゴキジに利用されてる等とは全く気づいてはいなかった。 英治が何かをやろうとすればゴキジがけしかける。 それを受け、更に英治の行動はエスカレートする。 それを後ろで操っていたのがゴキジだった。 英治は大のプロレスファンだった。 休み時間になると、プロレスをするためにクラスメイト数人を集める。 安達…、生沼…、田宮…。 みんな拒否出来ないような気が小さいヤツばかり。 その中に、永島克彦(仮名・通称チョーさん)と言うヤツが居た。 チョーさんは如何にも気が小さい代表のようなヤツで、英治の言いなりになっていた。 プロレスとは名ばかりで、英治がただコイツらにプロレス技を掛けて、痛がる様を見たいだけなのだ。 全員拒否出来ずに、さそり固めやら卍固め、四の字固めなどを掛けられていた。 痛がる様を見て英治は、よだれを垂らさんばかりに笑い転げていた。 それを横でけしかけているゴキジ。 女子が一言注意でもしようものならたちまち報復に遭う。 報復に関しては英治なんかよりゴキジの方がずっと陰湿でずっと残酷だった。 一度、ゴキジに注意した女子が居たが、その仕返しは陰湿で惨かった。 給食のスープに内緒で「痰」を吐き入れ、飲み終わった後でクラメイトに公表する。 更には、針生と言う気の弱い大男をトイレに連れ込み、◯◯の皮を無理矢理剥かせ、そこに溜まった垢を下敷きでこそぎ取り、それを女子の体に塗りたくった。 それ以外にも、毎日ハンマーで背中を殴ったりした。 女子だからこの程度で済んだとも言えるのだが…。 そんな中で、次第にチョーさん独りがターゲットになっていった。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • コネで適当に決まった就職がその後の生き方を変えた その6 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/1/31 コネで適当に決まった就職がその後の生き方を変えた その6 Facebook X (Twitter) リンクをコピー めげずに再挑戦したが 産業カウンセラーの資格にトライして、1年目は1次試験は通過したが、2次の面接で落ちてしまった。一緒に勉強していた歳の近い女性は合格したと聞いて、さらに落ち込んだ。2年目は1次試験は免除されるが、何もしないで、翌年の2次試験に通るとは思えなかった。 調べてみると、不合格だった人たちのための補講の講座があることが分かった。筆記対策、小論文対策、そしてもちろん面接対策もしてくれるというので、受講することにした。このクラスが、私には合った前年のクラスの講師の指摘は、なぜか私には厳しく聞こえてしまって、納得して受け入れることができずに萎縮するばかりだった。補講の担当講師は、物腰が柔らかく萎縮することなく話を受け入れることができた。 この補講の最後のころ、私よりも少し年上の女性と面接の実習をした。女性がクライアントで、私がカウンセラー役。女性の話を「うん、うん」とただ聞いていただけなのだが、女性が泣き出してしまった。私はそれでも、ただ「うん、うん」と聞いていただけだったのだと思う。その実習で、カウンセラーというのがどういうものなのか、ほんの少しだけ理解できた気がした。講師も「今のはとても素晴らしかった」と褒めてくれた。 カウンセラーの勉強を初めて、1年目の講座は物足りなくて本格的なものを目指した。2年目は産業カウンセラー養成講座を受講して、1次は通過したが2次試験は不合格。3年目、産業カウンセラー資格受験のための補講を受けて、手応えをつかんだ。つかんだのだが、このころに思った。「このままカウンセラーの勉強を続けていっても、カウンセラーにはなれないような気がする」と。カウンセラーを目指すからといって、カウンセラーの勉強だけするというのは、なにか違う気がした。重要なことが抜けてしまう気がした。 産業カウンセラー養成講座を受けているときも、小論文が上手だと褒めてもらっていたのだが、2年目の補講の授業でも褒められた。言いたいことがとてもよく伝わってくると言われた。そして、他の生徒さんたちの文章は、本当に、なにがなんだか分からないものが多かった。そちらのほうに驚いた。さらに、会社にレポートを書かされる機会があり、先輩や年配の社員さんとそれぞれ読み合った。ああ、一般的にはこういう文章を書くものなんだな、と思った。先輩と年配の社員さんには「すごい文章だね」と驚かれた。 自分は小学校のころは作文が上手だと言われていた。母はずっと小さいころから私の文章はとてもいいと褒めてくれていた。しかし、中学、高校、大学と成長するにつれて、作文を書くという機会も減り、文章を褒められる機会はなくなっていった。大学の論文は、文章の上手下手は関係なかった。逆に、書くことが苦痛ですらあった。私って、こんなに書けなかったっけ? と、思わされたくらいだった。 産業サウンセラーの補講の講座も終了し、2次試験の日が近づいてきても、「このままカウンセラーの勉強を続けるのは違う」と思い始めていた。その気持ちは日ごとに強くなっていった。そして気付いた。もっと、人生経験を積まなくちゃダメだ! と。他に、やりたいと思う仕事をして、結婚もして、子供も育てて、親の立場なども知ってからじゃないと、カウンセラーになんてなれないと、突然のように思った。違う、今はこれじゃない。いつかまた、時期がきたら、カウンセラーにふさわしい人間になるかもしれないけど、と。 そして考えた。そういえば、私はマスコミの仕事を目指していたじゃないか。大学卒業時点で、一時はマスコミ関連への就職を目指していたはずだったのに、それはもう叶わない夢と、すっかり諦めていた。でも、カウンセラーの勉強をすることで、一般的なレベルよりも少しは読みやすい文章が書けるらしいと気付かされるようになって、またマスコミの仕事への情熱が芽生えてきた。 そんな思いを抱いていたある日、新聞に専門学校の生徒募集の広告が載っているのが目に入った。いろんな学校の情報がずらっと一覧になっていた。その中に、編集者&ライター養成の専門学校があるのに気がついた。「こういう学校があるんだなー」と、よくよく見てみると、ある編集者&ライター養成の専門学校の中に「スポーツ科」というのを見つけた。その瞬間「これだ!!」と思った。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 僕が骨髄提供した時の話 〜患者さんへの移植〜 | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/5/2 僕が骨髄提供した時の話 〜患者さんへの移植〜 Facebook X (Twitter) リンクをコピー [ 患者さんへの移植 ] 骨髄液はドナーから採取した日のうちに患者さんのところに届けられて、点滴で体内に注入されます。 きっと、僕が寝ている間に飛行機に乗って行ったのでしょう。 患者さんのいる病院が、かなり遠いことは教えてもらったので。 骨髄液は血液を作り出す臓器なわけで、骨髄液を提供することで、 患者さんはドナーと全く同じ血液になります。 したがって、意外と知られていないことですが、血液型もドナーと同じものに変わります。 拒絶反応を避けるために調べる『HLA型』は血液型と無関係なので。 全く同じ血液が流れていると言うのは変な感じです。 親や子供だって違うのに・・・。 だけど、自分の血液が患者さんの体内でおとなしくしているのか、しっかりやっているのか心配です。 まあ、というわけで、今ごろ僕が提供した患者さんは 元々がO型ではない場合、O型として新しい人生をスタートしているんだと思います。 もちろん、まだまだ闘病生活の真っ只中ですが。(※注:2005年4月) 続き https://storys.jp/story/2319 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

  • 『決意の力』 こうするぞ!と決めた瞬間、感情や嗜好がガラリと変化! ~タバコの匂いは辛いものに変わり、異性への興味まで無くなってしまった話~ | STORYS.JP 人生物語

    STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/1/4 『決意の力』 こうするぞ!と決めた瞬間、感情や嗜好がガラリと変化! ~タバコの匂いは辛いものに変わり、異性への興味まで無くなってしまった話~ Facebook X (Twitter) リンクをコピー 決意した瞬間に変わる! ~努力ではなく、覚悟!~ 自分は仕事にも出ずに真理探求に打ち込んでいた変わり者?である。 そんな私は目の前で起こる現象や、自分の感情などについて、何度も思い返したり、その背景を探ってみたりする癖があった。 そして、「あれ?」と思うことがあるたびに自分自身でそれを試したりしていた。 そんな中で気づいたことがある。それは 『決意した瞬間に変わる』 ということ。 悪癖を治そうと、「頑張って自分をセーブする」という光景はよく見られる。 実際、自分をセーブする事が難しいために、数々のヘルプ商品?に頼ろうとする人達も多いだろう 。 今回は、そのような人達にまるっきり違うアプローチのお話をしたいと思う。 そう、『我慢』なんていうものとは無縁のやり方をね♫ ~関連記事~ 『思考は現実化する』が本当かを突き詰めるため、仕事にも出ずに9年も真理探求をした結果、、、、『信じる力』が生まれ、神秘体験が繰り返されるようになった話 vol.1 満腹中枢なんて本当か?! ~空腹感なんて吹っ飛んだ!~ これはまさに自分が真理探求をしていた時のお話。 台所のテーブルで本を読んでいた私は、何故か食べ物を色々とつまみたい欲求に駆られた。 そして実際にお茶を飲み、お菓子などをつまんでいた。 そのお菓子がなくなると、次の食べ物を探して棚をガサガサやっている自分に気がついた。 「あれ?なんで自分はこんなに物を食べたくなるのだろう?」 こんな素朴な疑問が自分に湧き上がった。 そして、そのまま台所にいるとずっと食べ続けそうだなと思った自分は二階の自分の部屋に移動した。 二階では本を読んだり瞑想をしたりしていたのだが、また不意に思った。 「あれ?別に何も食べたいとか思わないな、、、台所にいた時はなんであんなに食べたいと思ったのだろう?」 自分が聞いていた一般常識というものでは、『血糖値が下がるとお腹が空く(摂食中枢が活発に働いて、空腹感が起こる)』とされていた。 しかし、その常識は自分が感じる感覚とはまるで違うものだった 。 「ふむ、これは面白い。試す価値ありだな^^」 自分は一週間何も食べないことにして、家族にこう告げた。 「これから一週間何も食べないから。倒れても何しても食べないので、気にしないでね^^」 血糖値が下がることで空腹感が生まれるのだとしたら、流石に一週間も食べなければ空腹感は生まれることになるだろう。 しかし、自分はそうは考えていなかった。 「血糖値なんか関係ないだろう。空腹感が生まれるかどうかは、自分の心次第のはず」 断食というものは初めての経験だったが、 非常に面白い経験となった。 結局、一週間の間、まるっきり空腹感などというものは生まれなかったのだ! 「空腹になったらどうしよう、、、」 などという気持ちは自分の中に微塵もなかった。 ただ「自分は一週間何も食べないぞ!そう決めたんだ!」という思いだけだった。 その結果が、空腹感ゼロとなったのだと思う。 結局、血糖値なんかまるっきり関係なかったようで、一週間まるっきり食べなかった時よりも台所でお菓子をつまみ続けていた時のほうがずっと食べたいという気持ちは強かった のだ、、、 タバコと酒はやらん! ~好きだった煙が、、、~ 自分は高校の時、運動に打ち込んでいた。授業中も筋トレとかして結局、ドクターストップになってしまったほど打ち込んでいた。 そんな私は、サッカーの王様ペレが、「酒もタバコもやらない」というのを聞き、さすがトッププロというのは自制心があるんだなと感心した。 そして自分も、トップアスリートを目指すのなら酒もタバコも手を出してはいけないなと思い込んでしまった 。 思い込みというのは本当に強い影響力を持つものだ。 幼稚園の時から道端に落ちているシケモクなどを拾って喜んで吸ったりしていた自分の中で、『煙草の煙は毒だ』という認識に変わり、それ以来、新幹線の喫煙席を通り過ぎるだけでも頭痛がするくらいになってしまった、、、 好きではないどころか、頭痛がするのだ。 体が受け付けないという感じ、、、 同じように、酒もまるっきりダメ、、、 酒に関しては、友達と一緒に飲めたらいいなと思うにもかかわらず、まるっきり飲めない、、、 直ぐに頭が痛くなるのだ。まぁ、これはただ、酒が自分の体質に合わないだけの気がするけど(^_^;) ~関連記事~ 『0点なんて最高じゃん!』何でも遊びにすることで、高3の半年で偏差値が31から75まで上がってしまった話 ~顔が輝かないようでは実力は発揮できないよ~ 研究に専念したいから彼女は作らん! ~異性に興味がなくなった、、、~ 富士フイルムに入社したての時、自分は決意していた。 「自分が世界一の印刷版を作るんだ!」 ~関連記事~ 『好きな事しかしないが、それには情熱を傾ける』自分の性格を人事部の部長が認め、富士フイルム入社後に何でもありになった話~退社までの流れ そして同時にこのような決意を抱いていた。 「これから二年間は彼女は作らん!研究に打ち込むから。」 異性に対する興味というのはやはり強く、どうしても恋人がいたとしたら研究よりもそちらを優先してしまうと感じていたのだ。 ということで決意したのだ。 すると、、、 決意の力恐るべし!! 異性に対する興味はみるみる薄れ、自分は研究に没頭した。 土日も喜んで会社に調べ物などに通った。 もはや、研究に恋をしているような状態になったのだ。 そしてある時、ふと気づいた、、、 「あれ?何だか、異性に対する興味がまるっきり無くなっちゃったな、、、」 異性に対する興味に意識を奪われることなく研究に没頭できたのはいいのだが、何と、興味自体がまるっきり無くなってしまったことに気がついたのだ、、、 きれいな女性が目の前で裸で現れたとしても、何も感じないような状態だった。 そしてこの時、煙草の煙が嫌いになった時のことを思い出した。 「あぁ、今度は女性に対する意識まで変わっちゃった、、、。 しかし煙草の煙は嫌いでもむしろ健康的かもしれないけど、異性に対する興味がなくなるのは避けたいな~」 異性に対する興味に関しては、後に怪我して入院した時に同室させて頂いた男性達のお陰で、無事に正常に戻すことが出来た^^ まとめ 『思考は現実化するか?シリーズ』でも伝えたとおり、心のパワーというのは実は物凄いのだ。 心が全てと言ってもいい。 今回お伝えする『決意の力』はそれの縮小版みたいなもの。 こうする!と決意した瞬間に世界はガラリと変わるのだ。 たばこを辞めたいなんて必死に頑張る必要はなく、ただ煙が好きではなくなったり、嫌いになってしまうことが出来るのだ。 食べたいものを我慢して痩せようと頑張る必要もなく、ただ食べたいとすら思わなくなるのだ。 本能である食欲をコントロール出来るだけでなく、性欲も劇的に変化させてしまうことが出来るのだ。 これは、心というものが自分自身の感情すらも変化させ、それにより行動が自然に変化してしまうことを示している 。 このことに気づけば、失敗でさえもオイシイ!と思えるようになるのだ^^ ~関連記事~ 失敗が『怖い』から『オイシイ』になっちゃった! ~価値観の変化~ このSTORYで伝えたいこと ■ 努力ではなく覚悟(決意)! ■ 決意した瞬間に変わる! ■ 決意さえ出来れば、実際の行動は案外容易い! X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→

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