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- フランス人に教えてもらった、人生を豊かにする超本質的な2つの習慣(その1) | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 17/1/11 フランス人に教えてもらった、人生を豊かにする超本質的な2つの習慣(その1) Facebook X (Twitter) リンクをコピー こころ 「Bonjour à tous!」 最近、忘れていませんか? こんにちは 福元こころです。 今日は、私がフランス留学で、フランス人達の素の生活から教わった、 人生を豊かにする超本質的な習慣 をご紹介します。 どんな時も、必ずこれから始まる・・・ 以前、はてなぶろぐにも書きましたが、私が考える 『フランスにおいて、もっとも重要な習慣』 それは・・・ "Bonjour!" こころ 「Bonjour! 日本語だと「おはよう、こんにちは!」の意味です。」 日本でも、「おはようございます」「こんにちは」といった挨拶はマナーのひとつです。 しかし、特に「おはようございます」や「こんにちは」って、 知ってる人としかやりとりしませんよね? フランスの場合、知らない相手でも、 顔を合わせば必ず「Bonjour」から始まります。 知らない相手とは? パンを買いに行った時。 カフェでコーヒーを頼む時。 まずは店員さんに対して「Bonjour」なのです。 いきなり注文はしません! 日本の場合は、 店員さん 「いっしゃいませ!」 こころ 「あ、えーと・・・ケーキセットでこれお願いします。」 店員さん 「かしこまりました!」 と、こんな感じですよね。 お店の雰囲気と、お客さんの態度は必ずしも一致しない場合もあります。 私は学生時代、喫茶店でアルバイトしていましたが、店内に入って来るや否や、いきなり大声で 「コーヒー!」というお客様もいらっしゃいました(汗) では、フランスはどうでしょう。 こころ 「Bonjour!(こんにちは)」 パン屋さん 「Bonjour, madame.(いらっしゃいませ)」 こころ 「Une baguette s'il vous plaît!(バゲットを1本下さい)」 パン屋さん 「Voilà, merci(どうぞ。ありがとうございました)」 こころ 「Merci, au revoir madame(ありがとう。ではまた)」 パン屋さんで、バゲット1本を買う時の会話です。 これを日本語に訳すと、ちょっと堅苦しい感じがしますよね・・・ 注目する点は、 必ず挨拶で始まり、挨拶で終わるとところ! そして、客も店員も「Bonjour」から始まり、 客も店員も「Merci(ありがとう)」と言う。 客と店員に上下関係がないのです! カフェやパン屋さんだけではありません。 バスに乗る時は、バスの運転手さんにも「Bonjour」 スーパーで買い物する時は、レジ係の人にも「Bonjour」 駅で切符を買う時も、銀行でも、郵便局でも、窓口の人には「Bonjour」 さらにすごいのは、 通りすがりで目が合った人にも「Bonjour」!!! 日本に帰国してから、私はいたるところでこの「Bonjour」が言えない事を寂しく思いました。 確かに、知ってる人に会ったら「こんにちは」と挨拶しなさいと躾けれて来たので、 知っている方には「挨拶」できます。 フランス語を知っている人も、知らない人も でも、どうでしょう? 上に挙げたフランスでの会話。 なんとなく、「良い印象」を感じませんか? 例えば、すごく落ちこんでいる時。 全然知らない人から「Bonjour」って声を掛けてもらえる。 何か買い物したら、お互いに「ありがとう」と言い合える。 曇ってた心が、さぁ〜っと晴れやかになるんです! 気持ち良い1日を過ごす 1日を、どんな気持ちで過ごすか。 これが、人生を豊かにする一番のポイントだと、フランスで学びました。 晴れの日も雨の日も、自分の気持ちを決めるのは、自分自身。 自分の感情を一定にコントロールするのに、このフランスの習慣はすごく役立ちました。 しかし、日本ではやはりちょっと抵抗あるかもしれませんね(汗) そんな時は、どうするか。 私の取り組み 私は、「知らない人」とでも「挨拶」が出来るチャンスをいつも狙っています(笑) 一番簡単なのは、やはりお買い物をした時ですね。 洋服や化粧品を買う時は、店員さんがつきっきりで対応してくれます。 その時は、必ず帰りに「お世話になりました」とお辞儀しています。 次に買いに行った時は、別の人になるかもしれない。 あるいは、そのお店に行く事はもうないかもしれない。 そんな場合でも、必ず「お世話になりました」と言っています。 「客の相手をするのが仕事」ではありますが、人の時間をある程度使わせてもらったわけなので、 「お時間頂きありがとうございました」という気持ちも込めています。 そして、この一言を使う事によって、 こころ 「あぁ〜、いい買い物できて良かったな〜。幸せだな〜」 と思うんです(笑) 単純ですね〜 客だから、丁寧に扱われて当たり前。ではなく、 お互いに気持ちの良い空間を共有する。 それが、フランス人から学んだ、人生を豊にする超本質的な習慣のひとつでした。 みなさんの生活にも、ぜひ、加えてみて下さい。 では、また。 こころ X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 財テク | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 財テク Facebook X (Twitter) リンクをコピー あえて昭和な言葉で書いてしまいました。(^^; もう「財テク」という言葉は死語ですね。 今どきは資産運用と言うんでしょうね~。 私はけっこう貧乏なのですが、高校生ぐらいの頃から、今で言う「分散投資」をしていました。 ・ いくつかの銀行口座をもって、用途別に分ける ・ 毎月、一定額を引き落としにして、そのお金をなかなかおろせない口座に振り替える ・ 純金積立(のちにプラチナ積立も) ・ 生命保険(貯蓄型と入院も) もう30年経っていますが、考えてみると、この方法は変わっていないですね。というのは、貯蓄方法として勧められる手段ということです。 引き落としって意外と貯まるんですよね。 (^^) 窓口に行って手続きをしないと現金を手にできないので、現金を手に入れるまでの手間や時間がありそうでない。 本当にお金に困った時、平日に時間がある時にやっと連絡したり、銀行に行ったりですよね。 ATMでいつでも引き出せる口座では、残念ながら、お金は貯まらないと思います。 そしてリピートしてしまいますが、引き落とししておくと、いざという時に頼りになるんです。 私もつい先日、久しぶりに純金をキャッシュにしようと思い立ちました。 そして金の相場を見たら、今もなかなかいい価格ですね。 私は株には手を出していませんが、純金もそれなりの値幅があります。 いいタイミングでキャッシュに変えられたなと思いました。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 僕が産まれてから死ぬまでのプロジェクト | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/8/21 僕が産まれてから死ぬまでのプロジェクト Facebook X (Twitter) リンクをコピー 自分は何のために生まれてきたのか。 長い長い人生の中でふと思う瞬間がある。 それは人それぞれで幼少時代に考える人もいれば死ぬ間際に思う人もいるだろう。 貴方はそれを思ったときに答えが出ますか? 僕は生まれてから今に至るまで人に自慢できるような人生は歩いてきていない。この瞬間も家でひっそりとPCに向かって文章を書いている。太陽の眩しさを感じながら。 ここでは5人の人間の長くて短い人生をたどった短編STORYを載せようと思う。 5人がそれぞれ何を思い、何を感じ、どんな人生を送ったのか。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 入社した日に外資金融出身の取締役の方から「君はあれだね、プロゴルファー猿に似てるね!」と褒められた話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 13/6/5 入社した日に外資金融出身の取締役の方から「君はあれだね、プロゴルファー猿に似てるね!」と褒められた話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 2004年に大学を卒業して、初めての社会人になりました。 その年の新卒入社は私一人だったのですが、前年の秋くらいから半年ほどバイトで働かせてもらっていたこともあり、それほど大きな新鮮さもない入社一日目でした。 役員の皆さんのデスクを順番に回って、よろしくお願いします、という挨拶をしてまわっていました。その中でファンドレイズを担当してた役員(外資金融機関でファンドマネージャーを長くやってらっしゃった)のところに行ったときに、 「君はあれだね、プロゴルファー猿に似てるね!」 と第一声で褒められました。 22年間生きてきて、自分ではなかなか気付けなかった一面を発見することができてとても衝撃でした。それ以来、似ている芸能人は?などの質問には「プロゴルファー猿です」と自信を持って答えるようにしています。 ※ちなみにゴルフはしません。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- おらが学校 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/3/13 おらが学校 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 農道を軽自動車でいくら進めども、目的の小学校は見当たらず。 これじゃ校長先生との打ち合わせの時間に間に合わない。 だいたい前の日の夜にグーグルマップで検索しても 農道を直進、左、右、左、左とか書いてあっただけだし。 目印ないから意味わからんし。もう畑仕事してる人に聞くしかない。 どんどこ進むと、畑仕事をしているおばちゃんと息子さんを発見。 スーツ姿で降りて道を尋ねると、どうやら目的地は、まだ先のよう。 道のりを説明してもらいましたが、私が要領を得ない顔をしていたせいか 連れて行ってくれますよね、的な顔をしていたせいか 「母ちゃん、連れていっちゃらんね~。」 結局、おばちゃんが学校まで軽トラで先導してくれました。 めっちゃいい人ばかりの予感。 校長室の扉をノックして、おずおずと入室。 「しつれいします。」 貫禄のある女性校長。勤務体系、今後の日程について打ち合わせが終わり 農作業をしていた人に先導してもらった話をすると 「電話で農道を直進、左、右、左、左って説明しましたよね・・・?」 ですよね。 木造二階建て。 ちいさなちいさな小学校。 4月から私の勤務先になります。 敷地内の、桜も菜の花も満開。 全校児童は100人にも満たない、おらが学校です。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 運動会の組体操 | STORYS.JP 人生物語
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- 今世紀最高のクルーズパーティー | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 15/1/27 今世紀最高のクルーズパーティー Facebook X (Twitter) リンクをコピー こんにちは 今関です 今日で香港を去り、 マカオに向かいます 昨日は船を貸しきってのクルーズパーティーで 最高に楽しい時間を過ごしてきました クルーズパーティーというと、 黒いスーツに蝶ネクタイで シャンパンで乾杯するイメージですが もっと全然くだけた感じでした 正午から8時まで船に乗って、 デッキでビールやシャンパンを飲んだり みんなで船の一番高いところから 海に飛び込んだり 無人島にわたって、相撲をとったり 最後に香港の美しい夜景を眺めたり そんな素晴らしい時間を過ごしてきました 実はこんなくだけたものとは思わず、 蝶ネクタイにタキシードに近いスーツを 用意してたのはナイショです そこで改めて感じたことは、 「どこへ行くか」 よりも 「だれと行くか」 が大事だなということです 一緒にいった川島塾のメンバーですが、 ハッキリ言って年甲斐のないやつらばっかです(笑) めっちゃ大きなビジネスを動かしてるくせに、 言動行動は子供っぽいやつらばっか そんなメンバーがアホなことを 本気でやるわけだから おもしろくならないはずがないです 「本気でバカをやる」 (名言集入り決定!) これすごく大事ですよね ふと自分の毎日を思い出してみて、 船の一番高いとこから大声あげて飛び込むような アホなこと 砂浜で子供のように相撲をとって遊ぶこと 子供のようにはしゃいで ビールやシャンパンをぶっかけあうこと 友達の海パンの中に、 氷を突っ込みあって大はしゃぎすること とにかくなんでもいいから 子供のように大はしゃぎすること こんな時間があるか考えてみてください 大人になったら、 言動や行動も大人にならないといけないって、 誰が決めたんでしょうか しっかりとビジネスをして、 遊ぶときは、徹底的に「本気でバカをやる」 いつまでも子供のような 心を持ち続ける そんな大人でありたいと思った一日で、 最高の仲間と過ごした最高の一日でした X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- タクシー運転手に怒鳴っていた私がいつも穏やかで笑顔でいられるようになった話 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 16/2/6 タクシー運転手に怒鳴っていた私がいつも穏やかで笑顔でいられるようになった話 Facebook X (Twitter) リンクをコピー 私、鈴木賀葉(かよ)は[株式会社ここそら]で3つの事業をおこなっております ■エステティックサロン事業 coco/sora ■サロンオーナー向け事業 ココソラ ■飲食事業(準備中) 全ての事業において ”続いていく笑顔をつくる” という理念のもとに全スタッフが志事(仕事)をしていきます この理念にたどり着いたいきさつに、ひどい過去があるので^^; 今日はそれについてお話します. 代表である私、鈴木賀葉(かよ)は、お恥ずかしながら離婚経験があります。 離婚理由は、性格の不一致。 それでしかありませんが、やはり「離婚が決まるまで」の数か月は本当に精神的にお互いが苦しものです。 私 「何でわかってくれないの?」 元だんな 「・・・・」 私 「私いっつも頑張ってるじゃん!」 元だんな 「・・・・」 その数か月の間、当時会社員だった私は「イライラの連続でした」 それは相手が悪いとか、私に原因があるとか、そういう問題ではありません。 頑張っても頑張っても解決しないストレス 私は適応障害という状態に陥り、 一人になると、ただただ皿を割り続けるという行動を繰り返しました。 私 「・・・・・」 元だんな 「ねぇ、お願いだから家財道具壊すのやめてくれない?」 私 「・・・・・(無視)」 会社では普通にしていられます 私 「おはよう~♪」 同僚 「おはよう~今日もごきげんそうだね♪」 私 「勿論~♪」 実際に会社では辛くありませんでした。 私の適応障害に気づく人はいません。(気づかれちゃたまらない!) しかし、ある日仕事でタクシーに乗りました。 ワンメーターの距離で1万円出したら、 運転手 「・・・たく、困るんですよね・・・チッ(舌打ち)」 私 「は!?あなたプロなんだからおつり用意しておくの当然でしょ!しかもあるんだったら、もっと気持ちよく出しなさいよ!!!(激怒)」 その時に私は怒鳴りまくりました。 何かのスイッチが入ったように 私はもっともっとたくさんの罵声をタクシーの運転手に浴びせました。 今ならわかります 何が正しいか 何が正しくないか そんなことはどうでもいいのです。 私は自分の”ストレス”を相手に渡してしまいました 運転手さんはきっとイライラした気持ちになった事でしょう。 そのストレスを 次のお客様に繋げてしまったかもしれません。 事務所に帰って同僚に繋げてしまったかもしれません。 家に帰って家族に繋げてしまったかもしれません。 そうです。 現在の理念の逆。 ”続いていくストレスつくる” 私はその根源となってしまっていたのです。 私は元々、友人やお客さまから 「賀葉さんに会うと元気になるわ」 「賀葉さんに会うとやる気が出るの」 「賀葉さんに会うと笑顔になれる」 そんな風によく言われていました。 そしてそれが独立開業することで私の使命 なのだと気づいたのです! 独立して、”続いていく笑顔の根源となる ”覚悟をしました。 この事業を通して、この理念で社会貢献をしていく事を決めました。 そのためには いつも私が幸せでなければいけない 偽りの笑顔ではなく 本当の笑顔で。 これからも”続いていく笑顔” を次につなげていきます。 幸せだから笑顔なのではなく、笑顔でいるから幸せになる そして、 幸せはいつでもだれでも今すぐになれる。 自分で決められる。 そのことをお伝えし続けます。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(7) | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/8/25 10ヶ所転移の大腸癌から6年半経っても元気でいるワケ(7) Facebook X (Twitter) リンクをコピー 「偶然はなく全て必然」私の座右の銘である。またそれを実感する出来事があった。 それは病気が発覚する前年のお正月。大分遅くに思いがけない年賀状が届いた。中学時代の同級生Kさんからだった。彼女はまた私の高校時代の恩師の娘さんでもある。 中学校2年の秋、私は埼玉から世田谷の中学に転校。酷いいじめにあった。全く馴染めないまま卒業。埼玉の中学校生活は楽しい思い出ばかりだったが、世田谷での1年半は思い出したくもない「封印された過去」であり、その後、埼玉に戻ったこともあり、私の中ではなかったことになっていた。 それが突然の年賀状。高校の恩師には欠かすことなく年賀状を出していたから、母上から住所を聞き出したのだろう。年賀状には「秋に37年振りに同期会を計画中。ブログを覗いて見てください。」とありURLが書かれていた。本当は無視したいところだった。しかし大好きな恩師の娘さんからの年賀状となれば無視するわけにはいかない。 早速覗いてみた。ブログといっても同級生が次々書き込みしていて、いわゆる掲示板のようになっており、聞き覚えのある名前がちらほら。その中に同じクラスだった人気者U君の名前を発見し、懐かしさが込み上げてきた。純朴な生徒が多かった埼玉の中学。それに比べ転校先の世田谷の生徒は皆凄く大人びて見えて怖い感じがした。しかし、年月が経った今、皆本当の大人になって同等に感じ、いじめの記憶より「懐かしさの感情」が上回った。 思い切って私も書き込みに参加した。意外にも覚えてくれている人が何人もいて心のわだかまりは一瞬にして消えた。ブログの開設者であり、37年振りの同期会幹事になっているTさんには個人的にメールを送った。温かい人柄に更に心の雪解けを感じた。 ブログ書き込み常連者の中にMさんがいた。雪のように白い肌と大きな瞳。深窓の令嬢のような物静かな雰囲気の美少女で、私はいつも遠くから憧れて見ていた。高校に入学して彼女が同じ学校だったことに大変驚いた。しかし、クラスが同じになることもなく、中学以来、結局会話することもなく「憧れの美少女」として私の記憶に残った。 その彼女とブログ上で初めて会話した。意外にも彼女は私を覚えていてくれた。人並みはずれた記憶力の持ち主で私が朝礼で作文を読んだ事を覚えてくれていた。しかもその内容まで記憶していたのだから驚愕した。 37年振りの同期会はガン発覚の僅か4ヵ月半前のことだった。1学年330名のうち120名参加という盛況ぶりだった。憧れのMさんは美しく華やかな女性になっていて、しかもお仕事でも活躍されていた。当時のいじめっ子たちはすっかり紳士になっていた。時の流れを感じた。同期会後、ブログの書き込みは更に活気付いた。 翌年のガン発覚後、私は「ガンにご注意!」というタイトルで同期会ブログに投稿した。大腸がんの診断を受けてしまったこと、初めのクリニックでガンを見逃されたことを書き、注意を促した。さすがに本名で書く事にためらいがあり匿名にした。しかし、ブログ開設者のTさんにはメールで打ち明けた。忙しい中、すぐさまいろいろな情報を下さり凄く励まされた。「幹事仲間だけでも励ます会を開きたいから本名を明かしてもよいですか?」と聞かれ承諾した。憧れのMさんも幹事だったため、話が伝わった。 3月のある朝、朝食を食べながら夫がこんなことを言い出した。その時点で私が飲んでいたのはノニとマイタケエキスだったのだが「いろいろ調べたら他にも良いものがあったよ!トンガ産のフコイダンが凄く効果があるらしいけど、なかなか手に入らないと出ていた。手に入れば良いんだけどなぁ・・・」「そうなんだ・・・数が少ないからかなぁ?」とそこで会話は終わった。 朝食後パソコンのメールを開いてみると、憧れのMさんからメールが届いていた。昨夜受信のメールだったが、気付かずにいたのだ。「あす、そちらの方に行く用があるからどこかで会えないですか?」という内容だった。すでに日付が変わっているから時間がない。携帯に慌てて電話した。残念ながら私はその日、用があって都内に出ることになっていた。それならば都内で!ということで新御茶ノ水駅地下の店で待ち合わせた。 彼女自身、お父様を最近亡くされたばかりで、後悔が多いと話されていた。「絶対大丈夫だから頑張って!」と励まされ、その後は昔話に花が咲いた。あっという間に時間が過ぎ、最後に手提げからボトルを取り出した。「これね、日本では発売になったばかりで父には間に合わなかったけど、友達の妹さんが退院できないといわれたのに元気になったの。 良かったら飲んでね!」といって目の前に差し出した。 それはなんと主人が今朝話していたばかりの「トンガ産のフコイダン」だった。私はあまりの衝撃に「嘘でしょう?なんで?なんで?」と言ったまま、辺りをはばからず号泣してしまった。ガンを告知されても泣かなかったのに・・・。号泣は止まらなかった。美しい彼女が本当に女神様に見えた。まるで今朝の会話を聞いていていたとしか思えない。泣きながらそのことを話すと彼女も大変驚き、涙を流した。「まだいっぱいやることがあるのよ!生きないとダメ!生きて!」私は涙をぬぐいながらうなづいた。 1年前の年賀状から始まった一連の流れはここに集結した。そう思った。偶然に見えてそれは決して偶然ではない。偶然はなく全て必然。神がかり的なものを感じ、そのビンをご神体を抱えるようにして店を後にした。 こんなことがあるのだろうか?『私は生きなければいけないのだ!』それは一種の使命感となって心に芽吹き始めていた。 そして、後日、同期ブログの開設者で代表幹事でもあるTさんからメールが届き、励ます会を開きたいとの申し出があり、多忙な中を幹事4人が集まってくれた。申し訳なさ過ぎて少し緊張してしまった。中学時代は親しかったわけではないが、同期会ブログを通じて交流が始まり、半年前の同期会で再会を果たし、そしてまた私を応援するためにわざわざ集まってくれた。転校先の中学、当時の良い思い出はなかったはずが、37年の時を経て、なんともまあ人情味溢れる仲間たちだったことか・・・。過去に嫌だったこと、辛く感じたことの中に実は「幸せの種」が隠されているのかもしれない。 同じクラスだったU君はいまやアニメ界を代表する名プロデューサーになっていた。超多忙な中、駆けつけてくれた。やはり同じクラスだったOさん、優等生過ぎて当時は雲の上の存在だったのに優しい微笑で励ましてくれた。そしてサプリを差し出してくれた「女神様」にも再会。あの時、人目もはばからず大泣きしてしまった事がちょっと気恥ずかしかった。そして声掛けをして下さったTさん。みな心から心配し励ましてくれた。私はなんて幸せ者なのだろう。 食事が済んで、皆で近くの公園まで散歩した。驚いたことに早咲きのサクラがすでに満開に近い状態で春の陽を受けて輝いていた。それは早くも手術の成功を祝ってくれているかのように見えた。ガンが運んでくれた仲間の絆。また来年も再来年もこの桜を見たい。そしてまた仲間と語り合いたい。記念写真を撮りながらそう思った。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- アナ雪2のイドゥナから学ぶ。魔法の川の子守唄。みせてあなたを。の鳥肌メドレー | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 アナ雪2のイドゥナから学ぶ。魔法の川の子守唄。みせてあなたを。の鳥肌メドレー Facebook X (Twitter) リンクをコピー イドゥナ王妃は、アナ雪2で大活躍する吉田羊さんの吹き替えの、エルサとアナのお母さんです。 私には実の妹と義理の妹がいますが、実の妹とは喧嘩もするけど、お互いに性格を理解した上で付き合っているし、義理の妹ちゃんはさりげなくいつも助けてくれる。 なのでアナ雪1も、共感部分が沢山あり、自分に娘がいないにも関わらず、アナ雪のBlu-rayまで持っています。 アナ雪2も、日曜日や祝日などで主人が子どもみてくれたときに、サクッとみてきたのですが(息子は、女子向けの映画には絶対付き合ってくれません。) 前作の姉妹愛も良かったけど、今回はイドゥナ王妃の母の愛をとても感じる作品になっていました。 私には娘は、いないけど、娘だろうと息子だろうと、イドゥナ王妃の愛から学ぶことは、多い。 母親とは、我が子を想い、家族を想い、その想いが ちゃんと、我が子に伝わる。そんな作品なのです。母親であることに悩む人すべてにオススメしたい。 私は学友で同じくママにもなった友達と子どもの性別で、私は兄弟、向こうは姉妹で 悩むことが噛み合わず、しかもお互いに男女一人ずつ産みたかったのに、産めなくて変なコンプレックスを相手に感じてギクシャクしたこともあったけど、お互いにそれを乗り越え、また学友の時のように仲良く楽しく話せるようになりました。アラフォーになってくると、開き直りも大切になってきます。 そして世の中、女の子ブームというか、男の子しかいないママに厳しい辛辣なことをいう女の子ママも健在しており、私の周囲にはとりあえずいなかったのですが、インターネットのblogを書く人の中には、私は腹黒だから、性格悪いから~と免罪符のように前置きを書きつつ、blogに本音を赤裸々に書く会ったことない人たち。 どれも兄弟ママを見下す記事。 本性を赤裸々に、インターネットに書きすぎ。知らないんだろう、インターネットで匿名でバレないと思っているだろうけど、インターネット上というのは、データが永遠に残るし、調べれば個人も特定できる。そのうち、インターネット上の悪口やインターネットで人を文字で追い詰めた人で逮捕される時代がやってくる。もうほぼ来ている。なので、インターネットに載せる文章には、責任を持つべきだと思う。 無責任なことは、落書き帳とかに書いて、丸めてゴミ箱捨てたらいい。本音を見ず知らずのインターネットの第三者に打ち明けたいって。現実世界に本音を話せる人がいないと言っているようなものだ。 ただ見ず知らずのインターネットの人たち本人のblogだし、好きに書いていいし、傷つくなら見なきゃいいのですが、 インターネットは誰でも見れることへの配慮は、ない。むしろ、兄弟ママがみて傷つけばいいとでも思いながら書いているのかもしれない。優越感を感じたいのだろう。 私の経験上、心が満たされている人は自分の自己満足だけのために、誰かを傷つける記事を書いたり、言ったりしないので、こういう記事を書いている人は、なにか幸せじゃないことがまだあるのか、不満があるのかな、と思ってしまい、書くことも仕方ないのかもしれない。と同情心が芽生えてしまい、たまに見てしまう。ドMなのか。 エゴリサーチのようになってしまうことある兄弟ママとしての私。 だけど娘いなかろうと、痛かろうと観たけりゃアナ雪も観ればいい。娘いないと映画館で観るのはちょっと恥ずかしいけどね!でも私は開き直る。娘は、いないけど、妹なら私、いるし。アラフォーでも、イドゥナ王妃の吹き替えの吉田羊さんもアナ雪ファンなのだから、年齢も関係なく好きなものは、好きでいい。 みせてあなたを、のイドゥナ王妃とエルサの掛け合いで歌うシーンは、もうオーケストラ並みに感動します。 みなしごハッチとか、母を訪ねて三千里とか、パトラッシュとか、比喩が古くて申し訳ないけど、母と娘が両想いになるシーンとでもいうか、鼻の奥がツンとする。 絆、というものが、ある。 女の友情しかり、母と娘の絆、姉妹の絆、家族の絆。 女は怖いところもある。 嫉妬もする、意地悪もする、無い物ねだりもする。 だけど、同性の絆。女は子どもも産むし、母親になるとスーパーマンのようなことも要求されるけど、女性よ、イドゥナ王妃に続け。想いは、記憶となり、死後ののちも、魔法の川の記憶となり、娘へと、我が子へと受け継がれるのだ。 娘であろうが、息子であろうが、我が子を想い続けるのが、それが、母親なのかもしれない。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 世界は確実によくなっている | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 世界は確実によくなっている Facebook X (Twitter) リンクをコピー もう大統領選が楽しくて仕方がないのだが、 世界の運命を左右する両陣営のガチの戦いを見てると、 色々と考えさせられること多い。 例えば人種差別。 Black Lives Matterは今年一番盛り上がったデモで 僕もデモ隊に何度か巻き込まれたのだが、 これもすごく考えさせられる問題だ。 BLM運動をめちゃくちゃ擁護する日本人がいたと思えば、 あれは愚かだ、と一蹴する黒人がいる。 ほんと人間って面白い。 そもそも物事はグラデーションで見ないと 真実は見えてこない。 なぜなら全てのことはゼロか百では割り切れないからだ。 差別をゼロにすることは 人間をゼロにしない限り無理だ。 黒人差別じゃなくても、 差別と呼ばれてないだけで差別はたくさんある。 ブス差別、 デブ差別、 ハゲ差別、 身長差別、 就活一つとっても差別の巣窟だ。 アナウンサー、 俳優、 CA、 そこで働いてる人を見れば、 差別が当たり前に行われてることが わかるだろう。 慣れてしまっただけだ。 つまり大事なのは、 差別のある無しではなく、 前よりよくなったかどうか、の1点だ。 奴隷にされてた時より、 よくなってるのかどうか、 この10年で差別による被害は 減ったのか増えたのか、 女性の就職率は上がってるのか、 調べればわかるが全部よくなっている。 数字に弱い人、 歴史を勉強しない人、 こう言う感情を揺さぶる運動に、 操られる。そんな印象を受ける。 アメリカの民主党は徹底的に、 それを利用している。賢い人たち何だろう。 自分の意思で生きるためには 自分で考える力が必要だ。 そのためには 歴史を学ぶ。 FACTを数字で覚える。 いろんな世界を知る。 ことが不可欠である。 そのためにはまずは 世界に出ていろんな刺激を浴びるのが手取り早い。 僕は海外に出てから歴史を勉強し始めた。 日本の歴史から世界の歴史を学ぶことで、 比較するための統計や数字を学んだ。 いろんな人種の人に会い、 5感で世界の生を感じた。 みんなが閉じこもった今が世界へ出るチャンスだ。 迷ったら逆張り。 いずれにせよ この世界は確実に差別は無くなってきている。 X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 物語を投稿する→ フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」 情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一 般... つづきを読む→ 大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。 今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ... つづきを読む→ 受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1 僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で... つづきを読む→ あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。 「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と... つづきを読む→ あのとき、伝えられなかったけど。 受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分... つづきを読む→ ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話 爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと... つづきを読む→ もっとを読む→
- 音楽に国境は存在しなかった。言葉がなくても語ることのできたカナダ5ヶ月留学。 | STORYS.JP 人生物語
STORYS 人生物語は、10代〜80代のリアルな体験談を集めたキュレーションサイトです。感動ストーリーを読んで、あなたの日常に共感とインスピレーションを。 14/5/27 音楽に国境は存在しなかった。言葉がなくても語ることのできたカナダ5ヶ月留学。 Facebook X (Twitter) リンクをコピー こんにちは。長野県小谷村-OTARI-の古民家で宿を運営しているたつみです。 自分の過去を書きまとめる作業、5回目でございます。 誰もが持つ過去から紡がれる物語の断片を。 自己満足にもネットの世界へ解き放つ次第です。 お暇な方はどうぞお付き合いいただければこれ幸いにございます。 さーむおあてぃけん? -2004年1月 さらば日本!! 当時高校二年生で17歳のぼくは上空何万mに浮かぶ鉄の塊の中で快適な空の旅を満喫しておりました。 両親とコーディネーターのお姉さんに見送られ半日くらいが過ぎた頃。 ぼくは両親から贈られたおニューの電子辞書を開いたり閉じたりしながら持て余す時間を長くない半生と、1年半くらい過ごした高校生活を振り返っておりました。 10時間程の空の旅は果てしなく長く感じる時間ではありますが、これから始まる異国の地での新生活のエピローグとしては最適な時間でもありました。 機内を世話する乗務員は日本人と外国人の半々で、中には男性の乗務員の方も交じっております。 機内の時点でなんだか国際的。 席に設置された文字媒体の冊子なんかも至る所にアルファベットがちりばめられております。 「きっと英語なんてのはぼくからすれば得意な範囲だろう。」 留学を決めた当時から、ぼくは根拠のない自信をかいがぶっておりました。 コミュニケーションや友人関係に不自由をおぼえたことのないキャラであったその頃の自分。 山村留学という過酷な幼少期を過ごしてきたぼくには、外国だって持ち前のテンションで乗り切れる!!そんな非論理的で楽観的な考えでおりました。 若き自分はなんとも純粋無垢であっぱれな17歳だったのです。 (幼少期に過ごした山村留学については、過去に書いた「古民家ゲストハウスの創り方」 をご参照ください) そんなあっぱれ男子の根拠の無い自信はまだ留学が始まってもいない上空の機内で、一瞬に粉砕され天空の塵と化しました。 それはいまでも忘れない機内食の配膳での一幕です。 ワゴンを押して進む長身の白人男性の添乗員がなにやら小声で客とぶつぶつとやり取りをしながら機内食を手渡しておりました。 ぼくの右前方に背の高い青い目の添乗員がぼくを見下ろしながらつぶやきます。 外国人添乗員 「さーむおあてぃけん?」 たつみかずき(17歳) 「。。。??わっと??」 外国人添乗員 「あー。(ちょっと大きな声で)さーむおあてぃけん?!」 たつみかずき(17歳) 「えーー。なになに。えーーー?!!さーむ??」 まるで巨人のように見下ろし威圧するかのような青い目の添乗員に、ぼくはクエッションマークいっぱいの「さーむ??」 を投げかけました。 すると彼は首を傾げながらぼくの席のテーブルに機内食を置いてそそくさの次の客に配膳をしていきました。 なにが起こったのはわからず、呆然とアルミホイルが被せられた四角い皿の中身を覗くと。。 そこには鮭のムニエルが美味しそうに湯気を立てておりました。 隣のおじ様の皿の上には、ハーブがふりかけられた鳥のオーブン焼きが湯気を立てておりました。 機内で「さーむおあてぃけん?」 を理解できずにいたのは、きっとぼくだけであったでしょう。 根拠の無い自信を天空の塵へとあっけなく明け渡してしまったぼくは、赤く焼けたサーモンを見つめながら。 これから始まる5ヶ月間のカナダ留学への不安の重力に押しつぶされそうになっている。 ぼくのカナダ留学は、こんな感じになんともさい先悪くスタートするのでした。 とぅないと・ぱーりー♪ ぼくが目指すはカナダアルバータ州のエドモンという、事前知識皆無の町でありました。 エドモントンはカナダ南西の玄関口バンクーバーより、飛行機でロッキー山脈を東に越えた1時間程の町。 この町がぼくの留学先となった理由は、バンクーバーやトロントの大都会と違い圧倒的に日本人留学生が少ない!!というものでした。 コーディネーターのお姉さん 「語学を身につける為には日本人が多く住む町に行ってはだめよ」 との、コーディネーターのお姉さんの教えによるもので。 特に土地柄や事前知識を知っておきたくない!というぼくの意向で、ほぼ無作為に選ばれた町がこのエドモントンだったのです。 自信喪失の中バンクーバーに降り立ったぼくは、巨大なスタイリッシュ館溢れる空港ターミナルの中で独り彷徨い、視界に入る全ての光景が異国の人々で埋め尽くされ。 「ここは日本ではない!!」 という当たり前の事実を再確認したのでした。 「I'm in Canada!!」 当時日本に当たり前には無かったスタバでコーヒーを飲む外国人を眺めながら、ぼくは心の中で叫びました。 異国の地で独りぼっちな自分。 なんだか不思議でたまらなく、ここが現実の中であるのかすら定かではありませんでした。 とは言え、現実的にぼくは国際線から国内線へ乗り継ぎを果たさなくてはなりません。 コーディネーターのお姉さんが丁寧に書き記してくれた留学先までたどり着く為のメモを何度も何度も凝視し、国内線を目指したのです。 日本からぼくを運んだものと比べるとあからさまに小降りな飛行機は、暗闇が支配する大地への滑走路に降り立ちました。 飛行機の車輪が機体を減速させながら、流れるアナウンスは全てが外国語で。 ぼくが理解できたフレーズは「気温、マイナス43度」 だけでした。 え?なにそれ??そんな寒いの?!!! 幼少期を過ごしてた小谷村の真冬の最低気温がマイナス10度前後。 冷凍庫も同じくらいでしょう。 雪国育ちのぼくはさほど寒さに驚くことはありませんが、まさかのまさかのマイナス40度台。 驚愕の温度です。 寒さとプラス、窓の外は滑走路に転々と光る灯り以外は確認できず、ぼくはどんなところに来てしまったのだろう?? と、不安しか持ち合わせていない精神状態でありました。 小さな空港のターミナルに出ると、そこには初老の夫婦に見える二人が「Kazuki」と書かれた画用紙を持ち微笑んでおりました。 1日の半分以上を移動に費やし、開口をしたのは必死に絞り出した「さーむ??」 とパスポートを出した時だけでだったぼくは。 異国に降り立つ不安も合わせ、この初老の二人の微笑みに心底安心したのでした。 「はい。あいむかずき!!」 満面の笑みを惜しげも無くご披露したぼくは自己紹介も早々に車に案内され、極寒と暗闇が支配する大地へと、この二人に誘われるがまま走り出したのです。 ぼくの留学生活がここから始まる!! そんな期待に満ち溢れた新生活のスタートは、機内同様極寒の大地に注ぐ一滴の雫と化したのでした。。 ホストママであるジュリーが走らせる車はひたすら暗闇の大地を進んでいきます。 時折現れるオレンジの光を照らす外灯と看板で、この道はフリーウェイだということがわかりました。 ジュリーの隣に座る男性はマイク。この時点では彼の存在は謎でしかありませんでした。 「確か、ジュリーは離婚し息子さんと二人暮らしだったはず。」 エージェントのお姉さんからホストファミリーにについての話は簡単にだけ聞かされており、一度だけホストママのジュリーとはメールでのやりとりをしたことがあったのです。 ネイティブカナディアンの初老の二人から発せられるネイティブイングリッシュは、ぼくの脳みそを何回転もし処理できない解読不能な単語と文法はすぐさま脳内から泡のように蒸発していきました。 「こんなにもぼくは英語が理解できなかったのか。。」 「さーむおあてぃけん?」の時点から広がった黒雲は乗車5分の時点でいくつもの稲妻を轟かせておりました。 舐めてた。海外。完全に舐めてた。。 時、既に遅し。引き返そうにも引き返すにはそれなりの語学力が必要であるのです。 5ヶ月間のカナダ留学は開始してものの5分。 ぼくは自分自身の脳みそのスペックを生まれて初めて呪いました。 とは言え、ただただ落ち込んでいても仕方ない。 ぼくはどうにかどん底に沈みかけているテンションを保ち、明るく「ぱーどぅん??」を繰り返したのでした。 車内での英語論争が繰り広げること約10分。 余りにもぼくが言葉を理解できないことを理解した初老の二人は黙り込んでしまいました。 この10分にぼくが理解できた言葉は ①ようこそカナダへ。〜自己紹介〜よろしくね。 ②これから家に帰るよ ③今夜はパーティーがあるの♪ の3つでした。 ぼくはこれから家に帰り歓迎のもてなしをしてもらう。それがジェリーの言う「パーティー」なのだと思い込みました。 長旅の疲れはあるものの、一日でも早くホストファミリーと仲良くなりたい! その想い一心で、新居でのパーティーが楽しみでなりませんでした。 車は30分程でホストファミリーのお家へ到着。 極寒マイナス40度に再び足を踏み入れ、呼吸をすると。肺の中まで凍ったような感覚でした。 雪はあまり多くなく、家の周りに15㎝程が積もるのみでした。 家の扉を開き中に入ると、それはまさに海外のお家!! キッチンとリビングが繋がった広い空間は白を基調とした清潔感漂い明るく輝き、食卓の上に豪華な食事が並び大柄なホストファミリーの息子さんが出迎えてくれて!! 。。。 て。。。?? あれ?おかしいな? 案内されるまま入った家の中は暗く、ダイニングテーブルにぼくを歓迎する豪華な料理が並ぶことも無く。。 ぼくを歓迎して止まないはずのホストママは、ハテナが脳内を占拠しているぼくの速度を無視しながら足早にリビング、バスルーム、キッチンを紹介していきます。 そう。次々と。 大きなオーブンを開け、「らざにあ」とジェリーは眼鏡越しにぼくにつぶやきました。 それから階段を下り、ぼくがこれから生活をする部屋を案内しました。 リビングに戻るとジェリーとマイクは玄関からまさに出て行こうとしいるところ体制で 「とぅないと・ぱーりー♪しーーやっ!!」 と、出て行きました。 ぼくは暗いリビングに立ち尽くし、いままでの過去に飛び交った英文を少しずつ整理していきました。 。。。 あ!!! パーティーって、ぼくのやないんや!!! 衝撃的な事実を推測の上で理解し、ぼくは大変な勘違いをしていたことに気がつきました。 そして、到着の夜にホストファミリーがぼくを独り家に取り残し自分たちのパーティーに出掛けていってしまうという大胆不敵な行動に唖然としたことを、いまでも鮮明におぼえています。 暖かいのはオーブンの中のラザニアだけ。 これから始まる異国の地での留学生活は、不安の暗闇の中で、静かにスタートしたのです。 ハイスクールライフ in カナダ カナダでの新生活が始まり1週間。 初めの1日2日はジェリーに銀行口座開設や身の回りの買出しの世話をしてもらい、すぐさま高校での生活が始まりました。 高校では新学期が始まったところで、どうやらカナダの高校は日本の大学の様に自分で専攻する授業を選択できるようです。 1日90分の授業が4コマ、それの4コマの授業が1学期間毎日繰り返されます。 そこら辺の諸々の手続きをよく理解できないままぼくが専攻した授業は 1限目理科、2限目家庭科、3限目ESL(留学生用の英語カリキュラム)、4限目音楽。 なんともバラエティーに富み勉学そっちのけなハイスクールライフとなるカリキュラム! とは言え、英語だらけの授業は全てが苦痛となること必須でありました。 ぼくが通うジャスパー・プレイス・ハイスクール、通称JPHSは全生徒数2,000人のマンモス校で、その半分が留学生です。 カナダは移民の国と称される国で、大変国際的なお国柄。 アメリカと比べると人種差別が深刻ではなく、銃による殺人もほとんど起こらない国なんだとか。 比較的外国人を受け入れる気質で、且つ安全な国とされています。 JPHSには様々な人種の生徒がいて、それはそれは国際的でありました。 中国、韓国、インド、インドネシア、イラン、アフガン、メキシコ、モンゴル、ロシア、ヨーロピアンetc.. 2,000人のマンモス校の全校生徒の中で日本人はわずかに5名。 「日本人」というだけで仲良くなれてしまう人数でありました。 1週間の内に日本人の先輩留学生全員と挨拶を交わしたものの、ぼく以外の日本人留学生は既に数年在学しており、受講するカリキュラム等は全く別。 学校で顔を合わせることはほとんどありませんでした。 言葉が通じることでの安心感を頼りにしてはいけない!! そう言い聞かせ始まったハイスクールラライフ。 にしもて。 マジで言葉がわからんの!!! 1限目の理科では、素敵なロシア人のイケメンプレイボーイ君と仲良くなり。 2限目の家庭科では話さなくとも共同で作業ができ。 3限目のESLでは皆英語がわからん人々だけになるので問題無く。 ぼくの中で大変ネックとなったのが 4限目の音楽の時間でした。 「音楽」=「MUSIC CLASS」 どんなカリキュラムなのか全くわからず専攻したこの授業。 音楽を専攻した理由はぼくの留学中にする!!と決めていた目標の一つ 【カナダでバンドを組む】 を実行する為のものでした。 どこまで愚か者だったのか留学前のたつみかずき!! お前は音楽どころか英語ですらひっかかっておるのだぞ!! 4限目の音楽の授業での最大の難点。 それは、この授業だけネイティブカナディアンしかいない!! ということでした。 カナダ人はわかり易いのです。 興味があれば食いついて、面白ければ絡んでくる。 とにかく、おもしろけばOKといった純粋な価値観を持った人々が多いのです。 イコール 「興味も無く面白くもなければ素無視するのが当たり前!!」 なかなか日本人では考え難い人間性をもっておるカナダ人。 クラスに異国人の転校生が来た日なんかは、きっと誰しもがちやほやして熱心に日本語を教える生徒が現れることでしょう。 こんな人任せな日本人なりの価値観を、カナダ人は誰一人持ち合わせていなかったのです。 しかも音楽の授業内容というのが 吹奏楽とマーチングとビックバンドジャズを足して割った様なバンド形態での授業!! どれも楽譜必須の音楽形態!! 楽譜を読めずに音楽を始めたぼくは、その当時ドラムを独学で始めて1年ちょっとが過ぎたひょろっひょろのドラマー入門者であったのです!! (バンドを始めた経緯は、過去に書いた「音楽との出逢い。それは人生の大きなターニングポイントの一つとなった。」 をご参照ください。) しかもこの授業、何故だかいつになっても講師が現れず。 生徒は皆、自分自身が担当する楽器を手にしては思い思いに楽器演奏に勤しむ始末。 「あのー。せめて授業始めてくれませんかねーー??」 とのぼくの心奥底でつぶやかれる言葉に耳を傾ける者は誰もおりません。 音楽室の隅っこでなにをする訳でもなくただただ座り適当に音が鳴っている空間に佇む17歳の日本人の男の子。 それはもう思い返すと哀れで仕方ありません。 クラスの皆ー!!ぼくの姿、みえてますかーーー??? まるでぼくは透明人間にでもなったような感覚でありました。 この頃にぼくは初めて知りました。 「独りで感じる孤独より、誰かといて感じる孤独の方がよりつらい。」 普段当たり前に話す、【言葉】というものが、こんなにもぶ厚い壁になるのだと痛感したのです。 やっぱりアジア人とカナダ人って、違うよねー。 留学生活が始まり1ヶ月。 ぼくは頻繁にアジア人グループとつるむ様になりました。 そのグループは中国・台湾人が中心で、韓国人、日本人が集まる20人程の一団でありました。 休日に集まり過ごすグループでもあります。 家までの帰り道は、学校の最寄りのバス停からショッピングモール行きのバスに乗り、モールのバスターミナルで乗り換えます。 ウエストエドモントンモールという名前のショッピングモールは北米最大のモールで、800の店と2万台 の駐車場がある巨大な施設で、このモールが毎夕の通学路となりました。 特にモール中央にある中華スーパーのフードコートは中国の食べ物や日本の寿司が一貫から販売されていたので、日本を懐かしむのに最もリーズナブルな場所であったのです。 放課後はよく留学先輩で英語が堪能なあき子さんという姉のような日本人女性と共にしておりました。 不慣れなカナダでの生活を姉のような彼女に頼り切っていたことは言うまでもありません。 (あの時のご恩は一生は忘れませんm(__)m) そのあきこさんに連れられ、週末はよくアジア人グループで遊びにいくことがお決まりとなっておりました。 留学をするアジア人は日本の音楽やドラマ、アニメが好きな人が多く。 カラオケに行っては日本の曲で盛り上がっていたことをよくおぼえております。 カナダは18歳になれば成人で、酒や煙草、ポルノ雑誌が解禁となります。 逆に未成年に対する規制が日本よりも厳しく、飲食店等では必ず身分証の提示が必要となります。 その為週末は大抵カラオケに行くか、誰かの家で朝まで吞む!というのがほとんでありました。 留学時代には特にアジア人の友人に世話になりっぱなしであったのです。 ある時、中国人の誰かが言いました。 「アジア人は優しい奴が多くていいな!それに比べてカナダ人はなー。 やっぱりアジア人とカナダ人って、違うよねー。」 その言葉がぼくには疑問でなりませんでした。 このときこそこうやってアジア人で一緒になってつるんでいるけど、普段ぼくたち日本人は日本人以外のアジア人をどう見ているのだろうか?? 京都の自身が通う高校では「やっぱり大阪と京都って違うよねー。」と、誰かが言っていたことをおぼえております。 もしかしたら宇宙人が現れたその日には、人と人は一致団結して「やっぱり地球人と宇宙人は違うよねー。」つぶやく日が来るのでしょうか?! 人と人、人種と人種の違いなんて実際は特に無く。 ただ自分が属する場所や範囲によって、人は人との共通点を見出し。 逆に敵対するべき欠点を探してしまう生き物なのかもしれない。 ぼくはそんなことを考える様になりました。 結局は【人】 ぼくはもっともっと、この留学でたくさんの人を知り。 もっともっと深く繋がりたい! そんなことを思ったのです。 韓国人の友人が酔った勢いでぼくに言った 「俺はお前のことが好きだ。 でも、俺はどんなに努力しても日本人のことを心底好きになることはできない。」 という言葉や。 ESLの授業で 「あなたが信じるものはなんですか?」という質問に 「アラー」と答えたアフガニスタン人の女性の言葉 が。 この3つの言葉が、留学中に特にぼくの中で考えることとなった言葉でありました。 音楽に国境は存在しなかった。 留学開始から2ヶ月が経ち、ぼくを悩ませ続けていた音楽の授業に、遂に講師が現れました。 どうやら新学期早々体調を崩し入院していたのだそうです。 この頃のぼくは、言葉に対するストレスが極限に達しており。 朝シャワーを浴びていた時にホストママから浴びせられた 「かずき!!シャワーは一日15分までよ!!」との怒号がきっかけて張りつめていた色々なものが溢れる寸前となっておりました。 人生で味わったことの無い孤独感。 ビジネスライクなホストファミリー。 いまとなってはどうにでも改善できたであろう小さなことが、当時は大変つらいものでありました。 基本前のめりでマイペースを貫き通しどの環境でも上手に溶け込むことのできる、はずの自分。 そんな自分が言葉という壁の前に成す術無く。 ぼくはシャワーを浴びながら「嗚呼。この水と共にぼくも流れてしまいたい。」 そんなことを考える日々となっておりました。 そんな時に現れた音楽の先生、ミスターポスト。 彼は登場するなり短い自己紹介と生徒の出席を足場やに取り始めました。 ぼくの名前を呼ぶ時に、彼はぼくを見てこう言いました。 ミスターポスト 「かずきさん。あなたはもしかして、にほんのかたですか??(片言の日本語で)」 たつみかずき(17歳) 「わっと??え、はい。日本人です。」 クラスの一同が聞き取ることのできなかった言葉を話すぼくらを凝視します。 彼は続けて言いました。 ミスターポスト 「わたしは、むかし、にほんのようちえんで、えいごのせんせいしてたこと、が、あります。よろしく、おねがいします。それで、あなたは、なんのがっき、やりますか?(片言の日本語で)」 たつみかずき(17歳) 「へーそうなんだ。あ。一応。ドラムです。」 彼はそれから英語で昔日本の幼稚園で働いていたことがあることを話し。 ぼくが日本人であることと、ドラムをやることを話してくれました。 「へー。あいつ、日本人なんだ。」誰かがつぶやきました。 (カナダ人からすれば、アジア人の人種の違いを顔で判断することはできません。) その日から、ぼくの留学生活は少しずつ変わっていきました。 ある日、3限目の授業が早く終ったのでぼくは音楽の教室に向かいました。 長らく叩いていなかったドラムを叩く為です。 誰もいない音楽室には、ギターとベースのアンプ、ドラムだけが設置されています。 白いドラムセット。 ぼくは、誰もいない音楽室にドラムの音を響かせました。 高校に入学して以来ぼくの生活は音楽が中心にありました。 どれだけ再生したかわからないMDと、どれだけ口ずさんだかかわからない音楽と。 高校1年生の初めにあった、人生のターニングポイントとなった出逢いがあってぼくは音楽と関わって生きている。 ここカナダでも、ぼくは音楽とこうやって関わることができている。 そんなことを考えておりました。 しばらくぼくがドラムを叩いていると、教室に一人見慣れた大柄なカナダ人のクラスメイトが入ってきました。 彼は音楽クラスではベースを弾いています。 彼とは、と言うより。ほとんどのクラスメイトと話したことのないぼくは、緊張し演奏を辞めようとしました。 その時、ぼくは彼と目が合い、彼は「keep on keep on」と優しくつぶやいたのです。 肩にかけていたベースを下ろし、アンプの電源を入れ、彼はぼくのリズムに合わせベースを鳴らし始めました。 音楽室にドラムとベースの低音が響きます。 音と音が重なる瞬間。 ぼくは、初めて先輩に誘われて見に行った練習の時に受けた衝撃を思い出しました。 爆音が教室のガラスを震わせ、ぼくの鼓膜から入った音が心を揺らした瞬間の感動という感覚。 それはもっと穏やかで優しいもので、それでいて、あのときに勝る【感動】が、そこにはあったのです。 もう一度目が合い、演奏が終ると。 彼は親指を立て「good」と、ぼくに微笑みかけました。 「ぼくはカイロ。かずき?だったね。良い演奏だった。」 それはまさしく。 音楽が言葉の分厚い壁を。いとも簡単に打ち崩した瞬間でした。 そもそも壁なんてものは無く、ぼくが勝手に積み上げていたものだったのかも知れません。 言葉が違っても、楽譜が読めなくても。 ぼくはそのとき確かに、音楽で語り合うことができたのです。 それからカイロはぼくをギターやドラムのメンバーに紹介しました。 「こいつ、ドラムなかなか叩ける奴なんだ。」 ぼくはそれから、通じない言葉で話しをするようになりました。 言葉がわからない時は「ごめん、何言ってるかわからない。だってぼく、日本人だから!」 と冗談めいたことを言う様になりました。 カナダ人は純粋で、面白ければOK。 言葉が通じなくても笑うぼくにつられてたくさん笑顔をくれるようになりました。 3ヶ月が過ぎ、4ヶ月が過ぎ。 ぼくは少しずつ言葉が理解できるようになりました。 一人でダウンタウンに出掛けることも、レストランでメニューを注文することも。 初めてのお使いの様にどきどきしながらではありますが、できるようになっていきました。 理科のクラスメイトイケメンロシア人イリア君の縦横無尽な社交力の恩恵を受け、陽気な中国人の恩恵を受け、個性の強い音楽のクラスメイトの恩恵を受け。 ぼくには言葉の通じない友達がどんどん増えていきました。 音楽クラスの4泊5日のミュージックトリップでは他校と演奏会で共演し、ロッキー山脈を間近で見上げ、その頃にはクラスの一員となっておりました。 6月の卒業式を目前に、韓国人のギタリストの友人が「卒業式で演奏するバンドをやろう!!」と声をかけてきてくれました。 韓国人のギタリスト・ピアニスト、カナダ人ベーシストカイロ、日本人ドラマーたつみ。 無国籍な即席jazzバンドを結成したのです。 留学前に立てた目標を達成できた瞬間でもありました。 卒業式での演奏は上々。 たくさんの拍手をもらいステージを後にしました。 それは同時に、ぼくのカナダでの最後の演奏となったのです。 そーりー。たいむとぅーごー。 「かずき。日本に帰らずに、俺とバンドやろうよ!!」 PCにメッセンジャーでカイロがぼくにそんなメッセージをくれました。 留学が始まった約2ヶ月間の孤独と、それ以降の時間は全く相反する時間となりました。 音楽を通じ、打ち崩した壁。フラットになったカナダでの時間はそれはもう楽しいことしかない時間でありました。 学校にいけば愉快な仲間いて、週末に集まる仲間がいて、(今回の話では書けなかった)家には気の合うルームメイトがいて。 そして、4月からできた素敵な彼女なんかがいたりして。。 日本に恋いこがれていたぼくには、帰国を躊躇する理由が幾つも存在していたのです。 このまま残ってハイスクールを卒業し、カナダのカレッジや大学を目指すという選択肢もありました。 でも、帰ろう。 ぼくは留学中に様々な価値観を与えられました。 それは文化的な違いや、習慣の違い、宗教の違い、歴史の違い。 違いの中で気づいたことと、違っていてもわかりあえるということ。 その中でぼくがいかに「母国、日本のことを知らないのか」 ということ、を知りました。 日本人がいかに、メッセージ性や意味を知らずにファッションで衣服を纏っているのか。 自らの地域の現状や歴史を知らずに過ごしているのか。 生まれ育った日本を知らずに、外国に憧れを抱いているのか。 外を知れば知る程、ぼくは内なるものを知らないことを知りました。 だから、ぼくはもっともっと日本を知りたい!! ぼくには、帰る理由が生まれたのです。 カイロにぼくはこう言いました。 「ありがとう。でもね。 ぼくはもう行く時間なんだ。ごめん。」 あれからもう10年になります。 ぼくはいまも、あのときの感動の感覚を忘れられずに音楽を続けています。 崇高な理由は何一つありません。 ただ、音楽が好きなのです。 でも、少しだけ崇高な表現をするのだとすれば。 ぼくが、ぼくらが奏でる音や発する言葉の断片が。 誰かの鼓膜から心を揺れ動かすことが出来るのかも知れない。 ぼくが音楽で感じた、感動という感覚を誰かが感じるのかも知れない。 そんな少しばかりの願いを込めて。 ぼくはこれかも音楽と共に生きていきたいのです。 音楽に国境なんか存在しない。 音楽が世界を変えれるかなんて知ったこっちゃないね。 でも、確実にぼくの世界は変えたんだ。 長文&乱文を最後までお読みいただきありがとうございます。 もしよろしければ現在活動しているバンドと運営している宿のリンクを下記に記載いたしますので、ご高覧いただければこれ幸いにございます。 ◯現在活動しているバンド 小宮山門前ブルースバンド HP 小宮山門前ブルースバンド 初音源1st.THE DEMO PV ◯運営している宿 古民家ゲストハウス梢乃雪 HP 梢乃雪二号館ゲストハウスカナメ Fb 文:たつみかずき X (Twitter) ←前の物語 つづきの物語→ PODCAST Go Go Go あなたも物語を 話してみませんか? 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