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14/6/23

一年間療養中に、痛みでストレスパンパンだった日常が、ストレスと戦わなくてよくなった話

Image by Olia Gozha

この話は「30歳で脳の1/5が無いことを知って、心と精神が大振れ、でも○○だったことに気付けて、人生変わったという話」の続きになります。


少し振り返ると、

ある年の年末に目が回り始め、約半年後、ニュースをきっかけに脳神経外科へ行きます。

そこで、自分の脳の画像が1/5真っ黒になっていることを知ることになりました。

心や精神的に大振れしたものの、あることに気がついて、心はスッキリすることが出来たんです。

そのあることが、自分の一部である脳の1/5が無いという情報が自分の存在の全てだと思い込んでいたことに気付けたからでした。


しかし、頭痛が続き、仕事はできず、やりたいと思うことの全てができない状況は変わることはありませんでした。

今回は、そのストレスに関しての気付きについて書いています。

ある気付きから、ストレスから自由になれたという内容です。



心は晴れても、相変わらず頭痛は続く。どうすりゃいいんだか。



心がスッキリしても、現実は現実として現象は変わってはくれませんでした。

頭のどこかでいつも、痛みや重たさを感じる毎日が続いていたんです。

毎日うなっていました。

「うんんんんんーーん」

「この脳の締めつけはいつまで続くんだ」

「頭に穴を開けて、脳を丸洗いしたい」


毎日毎日、脳みそを締め付けるような圧迫感とズシンズシンとするような痛みに苦しんでいました。



よく、

「心がスッキリすれば、全てがうまくいく」

なんて情報をネットや本で見かけますが、あれは嘘です。


ちょっと恥ずかしい話ですが、この経験をするまで、心さえスッキリすれば現実も含めすべてがスッキリするんだと思っていたんです。

なので、前回の話で心がスッキリしたときに、すべてから解放されるんだー!なんて思っていました。

でも、どうやら違っていたようです。魔法はないよということです。



この時は、布団から出ることさえ出来ない日もありました。

ストレスから自由になるには、もう寝るしかありません。

頭痛から自由になることが、ストレスから自由になることでした。

お酒に手を伸ばした時もありました。といっても、一時的な自由です。お酒も魔法じゃないんですよね。



何がストレスかと言えば、


・やりたいことが何も出来ない

・これまで当たり前にできていたことが出来ない

・生きていることが苦痛


ただ、身体は動けなくても、心はこれまでとは違い安心感があります。

心の安心感があったから、絶望するまでには至りませんでした。

心が折れなかったのもあり、考えたいことを考える余裕は持ち続けることができていました。

それと、ネガティブなことや悲壮感につながるような考えは、それほど考えずにできるようになっていたのは、大きな大きな変化です。


毎日することといえば、布団の中から天井を眺めながら、痛みをどうすればなくせるのか、楽になれるのかばかりをあれやこれやと考えることくらいです。

そんな時に、ふとした疑問が出てきます。

「そもそも痛みって何だ?」


よく観察すると心臓の鼓動と同じテンポでギンギンと痛みを感じます。

でも、そもそもどんなメカニズムで痛みが生まれているのかを、全く知らない自分がいたことに気付いたんです。

この質問が、それからの療養生活の方向性を決定付けることになります。





痛みの正体と出会う探求でやったこと

痛みの正体と出会うべく、まずは身体のことをネットで調べ始めました。

すると、


・血管を一本につなげると、地球を2周する長さがある。

・小腸の細胞は一秒に数万の新陳代謝を行っている。つまり、生きたり死んだりを瞬間的に行っている。

・6ヶ月で身体の細胞は全て入れ替わる。

・脳は頭蓋骨の中で水に浮いているような状態にある。その脳の水は、一日に3回入れ替わっていて脊髄とつながっている。.etc


どんどん、初めて知ることが出てきます。

自分の身体の中に地球を2周もするスケールが収まっているんだと知ったときは、感動して鳥肌がなかなか収まりませんでした。アホなくらい興奮してしまいました。



ちょうどそんな時に血液検査をする機会が訪れます。

血液検査なので、注射器をプスッと刺さなければなりません。

「おお、これはちょうどいい」


何か発見できるかもしれないと、じーっと針と腕を観察することにしました。

注射器の針が肌に刺さり、ズズズッと中に入りながら血管にプスっ、血液を採取して、また、ズズズッと針が抜かれていきます。

この時、どこで痛みを感じるのかを確認しようとしたんです。


ところで、痛みってどこで感じるのか知っていますか?

肌に刺ささって入っていくときは当然痛みますよね。血管に入るときは何も感じません。



そして、なんと、これは僕にとって新しい発見だったんですが、針が刺さっていても、針が動いていないと、痛みを感じないんです!

つまり、神経と針が出会っていても、出会いが固定していたら、出会っていないことと同じになってしまうんですね。


出会っていても、出会っていない。

なんか人間関係と同じように見えてしまい血を抜かれながら、ニヤッとしてしまいました。


この発見から

頭痛でジンジンするのは、何かしらの動きがあるからなんだなと気付きがありました。

さらに言えば、身体の動きのある部分を「痛み」として感じ、呼んでいたことが痛みの正体なんだというイメージに発展していきます。





痛みを感じることは極めてまれなことだったのか!

痛みってなんだ?と疑問を持ってから、気付いたこと発見したことを思い返していた時に、今度は「痛みは絶対に必要なところでしか生まれないのではないか」とイメージが浮かんできました。



血液検査のときに感じた痛みって皮膚だけでした。

もし、神経が体中に張り巡らされていたら、血液検査の時は、もっと痛みがあったはずです。

傷みを感じる神経が身体を占める割合って、かなり低いのではないかと。



そう考えると、痛みを感じる事が出来るってことは、身体全体から考えると極めて稀な現象なんじゃないかと思うわけです。

どれくらいの割合なんだろーとパーセントを調べたんですが、それは分かりませんでした。

ただこの「痛みを感じる事は稀なこと」という気付きから、大きな反省が来てしまいます。



当時、頭痛の症状が止まらないと、「やりたいことができない!痛みを何とか取り除けないか」と、そんなことばかりを考えていたんです。


頭痛薬を飲んでも効果はない状態でした。しかたなく、心療内科でもらった睡眠薬を飲んで、寝るほかに痛みから逃れる方法は見つかりません。

仕事をやろうとパソコンの前に座るものの、ディスプレイの光に反応するかのように痛みが増えてしまいます。

表計算や企画についての考えを巡らせようとしても、痛みが増していきます。


今までなんの苦もなくやれていたことさえ、痛みのせいで取りかかることができなくなっていました。

「この痛みさえなければ、やりたいことができるのに!」

そんなイライラやストレスでいつの間にかいっぱいいっぱいになっていました。

そんな時に、痛みは稀な現象なんだと知ったんです。


「ああ、ストレスを抱えている時に考えていたことって、完全に痛みを無視していることだったのか」気付きます。


「やっちまった・・・」

身体のことを何も知らないくせに、自分のやりたいことだけしか関心を持たず、その判断基準に固定された状態で、この身体は使えないと勝手に判断していた自分がそこにいたんです。






やっちまった…から生まれた反省、そして認識の変化

学生時代に打ち込んでいたスポーツでひざを故障し、半年以上もリハビリをした苦い経験があります。その時も身体について正しい知識を持っていなかったために、無理を重ね歩くことさえ出来なくなってしまったんです。


「あの時もそうだったのか・・・」


僕は昔からついつい身体が限界になるまで、没頭しまうクセがあります。没頭する事は悪いこととは思っていませんが、その代償として身体を酷使してしまうんです。

今まで経験してきた思いもよみがえってしまい、反省するほどのショックになってしまいました。

なんてことをしていたんだと。



身体はこれまで、何も言わずに支え続け、やりたいと思う方向へ常にサポートしてくれていたのに、まったく身体の状態に関心を向けようともしていなかったんだと。裏切っていたんだなと。

常識では変な考え方かもしれません。

うまく説明はできませんが、身体を無視していたというのは、とても自分にとっては切ない感じなんです。

大切な人を孤独にさせてしまったような。



その反省があってからは、稀な痛みを感じる事が出来ることに喜びはしませんが、痛みを受容できるようにはなりました。

痛みを感じることは、今、この瞬間を生きていることと同じ。なら、感じれることを大切にしようと。



そうなると、不思議に感じ方や捉え方が変わっていくんです。

これまでは、痛みを身体とは完全に分離したものとして捉え、痛みだけを取り除こうと考えていました。でも、痛みって身体の動きの中の一部なんですよね。

分離して考えて痛みだけを何とかしようとすること自体に問題があったんだと考えるようになりました。

それと、知識として理解しようとしていたんですが、まるで痛みという動きにも意志や心があるような向き合い方をするようになっていました。

痛みに意志や心があるなんて、変なこと言ってますよね。


そんなイメージが浮かんでからは、その痛みの意志を探求するようなイメージと深呼吸を合わせた呼吸法をするようになります。

「痛みそのものになって、ギンギンとする動きそのものになって、その動きであり、出会いを起こそうとしている意志と出会おう、ひとつになろうと」


その頃から痛みがあれば探求するイメージと深呼吸を繰り返していました。

すると、

痛みはあるんですが、痛みの認識が変わったからでしょうか、ストレスは自然と消えていきました。

ストレスがなくなるのは、療養生活にはとても!とても!大きなことです。

心の平和を脅かすものがなくなります。それに何より、痛みや体の不調が現れた時に、自分のあるべきところといえるような、とにかく落ち着かせる道(探求するイメージと深呼吸)が見つかったのは、大きな変化でした。


それは、自分の知っている情報知識から離れること。痛みを何とかしようとするのではなく、「痛み」と名前をつけているそもそもの動きやその意志と出会おうとすることの大切さを認識できるようになれました。

こういうのをありのままというのかもしれませんね。



もし、自分の知っている世界に固定され、やりたいこと中心の判断基準に固定されていたら、自分が勝手に作り出したストレスにつぶされていたかもしれません。


笑えないギャグは、やっぱり少ないほうがいいですね。




【まとめ】

『やりたいと思うこと』と『頭痛』が疎通できず、『ストレスでいっぱいいっぱい』に。

だったのが、


身体のことを知らないくせに、やりたいことだけにしか関心をもっていない判断基準に固定』されていたことに気付き、『反省』。

痛みに対する認識と関係性が変わり、大切な存在として認識・需要できるようになった』『ストレスが消えた。』



【プロセス】

痛みを問題だと思っていた


そもそも痛みって何?


痛みという結果とそこにいたるメカニズム、そうさせる意志に関心が向く


勝手に決め付けて痛みが問題の原因だと思っていたことに気付く


反省。原因は自分の判断基準に固定していたことだったと気付く


痛みの認識が変わる


関係性が変わる


ストレスが消えた




最後まで読んでくださりありがとうございました。m(_ _)m

当時はコンテンツの開発時期でしたが、現在は認識技術・観術として確立できるまでになりました。

判断基準の固定は、このコンテンツの一部にあたります。

開発時期は未熟も多く宗教だカルトだと思われてしまうことも多かったのですが、時代や人の意識の変化もあり、最近ではなくなってきました。


判断基準を生み出すのも固定させてしまうのも実は自分です。

当然、ほどく気付きを得るのも、再創造するのも自分です。そのサポートをするのが僕の役割になります。

ロジックを司る左脳の前頭葉が無い僕が理解から始まる変化ができたんですから、誰にでもできるはずです。


今回の話がみなさまの助けになれたら幸いです。



この療養期間の中でまだいくつかの気付きがありました。

自分の心と細胞一つ一つがつながってイメージできた話と意識のベクトルと心のベクトルを同じ方向に向けることが健康なんだと気づけた話。

また時間を見つけて投稿したいなと思います。

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