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14/6/6

元いじめられっ子でオタクがスタイリストになれた訳

Image by Olia Gozha

 学校から帰ると泣きながらトイレに閉じこもる日もありました。


泣きながら、ただひっそりと親にバレないように少し泣いて、
自分の部屋に戻りました。

この頃の経験から、僕は人を批判することも非難もせずに、
人を認めるということを覚えたきっかけとなりました。


僕は元々自分が嫌いでした。





高校のときは真面目一筋で融通も聞かずに、
冗談も通じづらい人間でした。
声優さんを馬鹿にされて怒ったこともあります。

高校に入り起こったことで更に自分嫌いの気持ちが膨れ上がっていくことに。

1学期も半ば。6月ぐらいでしょうか。

僕自身がいじめられることになる最初のきっかけが生じました。

ひゆきは部活をサボって女と遊んでる

高校で野球部に入った僕は当時足が早かったのと、
先輩に好かれていたために、
楽しく過ごしていました。

「僕たちが都立でも甲子園に行くんだ」

同級生たちとよく話してました。
難しいと言われる都立高校からの甲子園を目指すことを。

そこで、僕自身にちょっとしたこと、アクシデントですかね。

肉離れを起こしてしまったのです。

中学時代から、怪我とは二人三脚で、よく行く病院の先生からは、

「ひゆき君のやりたい練習量に体が付いていかない」

そう言われていました。
、、、ストレッチ不足もあったんですけどね。たはは。


怪我をしたことで、部活には行かずに、
毎日放課後は治療やリハビリをしていました。

たまに部活に行くと先輩には話しかけられましたが、
なんとなく同級生からは話しかけられないようになっていました。

こちらから話かけても愛想笑いとかですね。
会話にはならなかった。

部活で一番仲良くしている子から言われた言葉が

「ひゆきは女と遊んで部活をサボっている」

そう周りが言っていると聞きました。
「まさか、そんなことは無いって」

そう、友人に返す言葉の反面、
内心はどんどん疎遠になっているチームメイトの態度も気になりました。

曲がったことが嫌いなので、怪我が治る前に部活を辞めました。

僕は部活を辞めました。

陰口を言う人とは甲子園には行けないと思ったから。

その後、僕のいなくなった野球部で同級生がやったことは、
全く同じ行動でした。

僕と一番仲が良かった子の悪口を言ったのです。

やがて彼も辞めました。

部活を辞めてからは平穏な日が続きました。
彼らはもちろん僕を無視し続けましたが、
平和な高校生活がおくれると思ったものです。


それも束の間で、トイレに入って泣く日が多くなることには、
まだまだ、予感すらしてませんでした。
とアニメっぽく一度締めてみます。


締めてみながら話を分けない笑
ここで小休止
ハーブティでも飲みながら続きをお読みください☆

死にたい



とは思うこともありましたが、


死んでも何かが変わるわけではなく、


ただターゲットが変わるだけなのも分かっていたので、


友人に相談して乗り切りました。




無視や悪口に耐え、


それでも文化祭や体育祭などの行事や、


普段の授業を真面目にこなしていると、


周りの目も変わってくるものです。




だんだん、悪口が減ってきて話もするようになりました。


野球部の人とはほぼ話しませんが、


他の人から話しかけてくれたりと最後には仲良くなれました。



この頃から、自分は変わりたい。




もっと格好良くなりたい





と思うようになっていきました。
まだまだ、この頃は思うだけで行動は出来ませんでしたけど。


僕自身のきっかけとなったのは大学に入ってからの


服の試着



という一つのイベント。


大学1年のときに彼女が出来て、

そこから少しずつ変わりましたね。

彼氏がダサいのは相手に失礼だし、

相手にも迷惑がかかるってことに気がついたし、

リアル彼女にも失礼だし、そもそもオタクなんだから、

自分が格好悪いなんて




自分の嫁に対して失礼じゃね?






そう思ったわけです。

正直、アキバ歩いてるとほとんどの人が黒い服。

それは分かっているんですよ、ほぼ厨二病ファッションなんだから。

僕もそうだったし。だけどね。


そんなんじゃ、嫁も自分に振りむいちゃくれない。

だって、アニメやゲームの中でも、

ちゃんと生活しているやつが割とモテてる。

結局、彼女が出来た厨二病なダークフレイムマスターだって、

私服ちゃんとしてますからね。




このままじゃ駄目だ。





リアルでは彼女に失礼だし、二次元では嫁に失礼だ、

そう思ってあるとき洋服を買いに行くんですね。


丸井というファッションビルです。

初めてオシャレな服を買いに行ったのは。

心臓が飛び出るほどの緊張でした。


店員さん(爽やかイケメンだった)と話すときも強がって、

ファッション分かった気になって喋ってた(笑)


そこで、パンツ(当時、ズボンって言ってた)買って試着して

鏡見ながら思ったんですよ。




あ、自分が変わったって




誇れるルックスではないですが、明らかにオシャレに

なっている自分が鏡の前にいたんですね。

同時に、こんな簡単に変われるなんて面白いなって思ったんです。


本当にここまで変われるのかと感じたものです。
いじめられたことによって、益々嫌いになった自分を許せるようになりました。

少しだけ自分を好きになれた瞬間だったのかもしれません。
同時に服を着るのが楽しくなったんですね。

自分に似合うものを探すのは楽しい。
いろんな色があって楽しい。

上下の合わせ方で違う雰囲気が出てて楽しい。
どんどんファッションにのめりこんでいきました。
そして、将来の仕事にしたいなと思って大学4年のときに


某アパレル会社に内定。



ショップ店員をやりはじめました。
何も分からず女性ブランドのお店に行くと

店長「今日からよろしくお願いします」
僕「え? 店頭に立つってことですか?」

店長「うん」

生まれて初めての接客がいきなり店頭で、
しかも研修はおろか、教えてもらったことは何もない。



技術、知識0のオタクショップ店員(笑)


になることに(多分少ないはず!)
ただ、洋服の綺麗なたたみ方はすぐ教えてもらった(笑)

服をたたみながらお客様を待つ。

そして、声をかける(緊張で震えた声で)


サイズ展開も分からない。
「9号って何? 人造人間だと8号いたよな。

エヴァにしては多い。Mと同じサイズだっけ?」

サイズを覚えるだけでもあれこれ考えた(迷走中)

まして、女性服のお店。しかも同年代ではなく、

少し上のお姉様方の店。


最初から知っているわけないだろう~!(^_^;)

それでも週3で入りながら学校も行きつつ、卒論も書きつつ。

しかってもらいながら成長していきました。


店で働いて半年も経ち、気がついたのは

◆ノルマだらけ

◆お客さんが嫌がっても売らなければいけない



さすがに卒論もあったので、

頻繁にバイトに来れないことを本部の方に伝えたときは

「学校も大事だろうけどこっちも大事だろ」


分かってるけどさ、一応学生の本分は卒論。


後は、会社内で


男はこうならねばならない


とほぼ全員が言っていたので、今思えば異常な環境でしたね。

僕は割と女性より(オカマさんというわけではありません)

の考え方らしいので、よく「男らしくない」と言われ続けていました。


毎日言われているときついものです。

更にオタクを馬鹿にされるお姉様方が多かったので、


怒りもありましたね。


「なんでオタクが馬鹿にされなきゃいけないのって」


そこから今思えば、きっかけだったのかもしれません。

オタクがダサいって勝手なイメージだろ!



固定観念に縛られること

お客様に対して誠実じゃないこと


が決め手となって辞めました。


僕が辞めたとき、同期はほとんど既に辞めていました。


この後、勤めた仕事で自立神経失調症になって、

ニートにもなって白い壁を見続けることになります(笑)


理不尽な上司に怒られ続けて、自律神経失調症になり、

怖くて会社に行けなくなり、家で引きこもっていたとき。




白い壁ばかり見ながら、鬱々と考えていました。


「早く職場行かなきゃ」「早く仕事しなきゃ」


「家族に迷惑がかかる」「友達に心配させたくない」


あれやこれやと考えるも、

ずっと壁を見続けることしかできませんでした。


多少、外には出られるものの、

職場のことを考えただけで眠れずに手も震えましたね。




いやあ、今だから話せるけどあれはきつかった。

友人・親・医者に助けられながら、

外に出たりするうちに職場に行こうと決心。


行ったというだけで自分を褒めたかった。


だが、行った僕を待ちうけていたのは、


変な気の遣われ方でした。



いわゆる腫れもの扱い( ̄▽ ̄;)


正社員にしてくれると言われた会社でしたが、

結局、居づらくなって辞めました。

それでも辞めたときはすごい晴れやかでしたね。


この後、ネットビジネスの友人のおかげで、

ネットビジネスで時間の拘束が格段に減るのに食べていけるようになりました。


ショップ店員時代以外はファッションを仕事にはしていませんでしたが、


いろんな友人のコーディネートはずっとしてました。


元々、ファッションはずっと好きで雑誌は男性誌はもちろん、

ショップ店員になったぐらいから、女性誌も読んでいたので、

比例して知識も身に付きましたね。ショップ店員時代より(笑)



プレッシャーなく、楽しんでやれることは大きい。



僕自身の強みですね。長所はいくらでも伸ばせるところは。


辛い時期もありましたが、ネットビジネスのせどりと出会い、

食べていけるようになりました。

しかも時間の拘束がほぼ無くなるという更なる利点。


せどりが安定してきたと同時に他にも何かやりたいなと思っていたんですね。


そのときに、ネットビジネスを教えてくれた友人の服をコーディネートする機会がありました。



すごい喜んでもらえたんですね。そして彼に、



「これは仕事にできますよ!」



と言ってもらえたのが






オタクスタイリストひゆき誕生





でした。そこで改めて気がついたのが、僕には特殊能力がありました。

多分、日々ファッションについて勉強している内に身に付いたものだと思います。





誰でも顔と体型を見れば似合う服が分かる




眉唾な話かもしれません。


でも事実です。






僕には顔と体型を見ただけで似合う服が分かります。

そして、それは別人になるわけではなく、

元々ある個性を残しつつ、更に魅力的にコーディネートするやり方です。





僕自信では当たり前過ぎて気が付かなかった能力。

これを使って、自分の好きなことを仕事にして良いんだ。

これで喜んでもらえるんだ。

自分を認めてもらえた。生きてて良いんだって思えた。



何より自分が楽しい。




オシャレを知らない人に本当に似合う洋服を着せることで、

顔が明るくなったり、良く見えるようになる。




何より、僕がそうなれたように、自分を許せたり、

自分に自信をもたせてあげられる!


コーディネートの勉強のために、


街を歩いている人のファッションチェックをしているんですが、

さまざまな服を着てらっしゃいます。


似合っていない服を着ている人が大半なのですが、


たまに




「おお! この人本当に似合う服着てる!」


そういう方を見つけるとカフェとかで


興奮しています(笑)


姿勢も良くて、顔も輝くんですね(^∇^)



だから、自信に溢れている雰囲気が自然と出ます。

オーラとも言っても良いと思いますね。




貴方は本当に自分に合った服を着ているでしょうか?



自分に似合う服を着るだけで人生変われるものです。


自分に自信が無い方って大勢いらっしゃいますよね?


僕もそうでした。


僕の場合は過去にいじめられたことが原因で、

自分の存在に自信が無くなったものですが、


いろんな事情を抱えて自信を失っていた方もいらっしゃると思います。


下を向いて歩いている人、

顔を上げられない人いますよね?


僕もそうでした。


自分の容姿に自信が無くて、


他の格好良い人の前に出るのが怖くて、


なるべく下を向いて歩いていたものです。



ニキビ顔も僕のコンプレックスの一つでした。


たまたま、鼻の頭にニキビが出来てしまって気になって潰してしまったんですね。


そして、ばんそうこう付けて学校に行ったら、


「どこのマンガだよ笑」


と笑われたものです。

これも自信を失う出来事でしたね。


どんな服が自分に似合うか分からない人、


僕もそうだったんです。


中学時代とかTシャツをズボンに入れてましたし、

それを友達からひやかされて辞めました。


黒一色が似合うと思っていたときもありましたね笑


厨二病ファッションまっしぐらです。


自分で格好良い人の真似したり、ファッション雑誌読んだり、

自分でいろんな服着ているうちに




自分の顔が輝く服




っていうのがあることに気が付き、

それからでしたね。

やっと長い厨二病ファッションとか、

オタクファッションから完全に抜け出せたのは。


一生気が付かないで自分を否定したまま、

つまらない人生を歩むのか。

ここで、自分に似合う服を知って、

オシャレのやり方を知って楽しい人生を送るのか選ぶのは貴方です!


長くなってしまいましたが、

ここまで読んで頂きありがとうございます。

後半、ちょっと脱線した感じになりました。
スタイリストとは真逆の人生から、

今はご依頼頂いた方がほとんどリピーターになってくれている、

人生を歩ませて頂いております。

これからも更にひゆきのストーリーは続きます。

もし、ひゆきやひゆきのコーディネートに興味があるなという方は、

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改めて、読んで頂き、ありがとうございます。

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