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14/5/12

時を超えるラブレター①

Image by Olia Gozha



僕の家庭は父、母、僕の3人家族。


そりゃもちろん俗に言う反抗期というものもありましたが、

ほんとうに皆、仲が良かった。


うちでは朝1番早く起きた人が3人分のコーヒーを淹れるというルールがあった。

そして3人でたばこを吸う。


帰ってきたら3人揃ってごはんを食べる。


うちがあまり広くなかったからというのもあるかもしれないけど。



そんな感じで仲の良い3人だったのですが、

僕にはひとつだけ疑問があった。


なぜ母は父を選んだのか。



もちろん仲はいいのだけれど、

母はしゃきしゃきのしっかり者で人気者。

父は不器用でとっても頑固者。


僕は、今まで母が出逢ってきた男性の話を、

おもしろ半分で母から根掘り葉掘り聞いてたんですが、

色んなことをふまえたうえでもやはりどこか疑問がわく。



僕が20歳を過ぎた頃の何でもない日、

その日僕はなかなか寝付けずに明け方リビングでたばこを吸っていた。


父が目を覚まし、向かいに座る。そしていっしょにたばこを吸う。

父の相棒はショートホープ。

もうずっと変わらない。

あの青い弓を見ると必ず父が頭に浮かぶ程だ。


おもむろに父が口を開く。


父「おまえ、結婚とか考えとるんか?」

僕「え?いきなりどうしたん?」



加えて言うと、

僕にはまったくと言っていいほど結婚願望がなかった。

当時まだまだ若かったからということもあるけれど、

誰かと家庭を築き、生活を送っていくということに興味ゼロだった。



父「なんてゆうか、別に親とか周りの目なんか気にする必要なんかないけの。」

僕「うん。」

父「日本人とか韓国人とか関係ない。お前が選べ。」

僕「そのつもりやけど。」

父「ただ…」

僕「ん?」



父「かわいい子つれてこいよ。春のワルツのウニョンみたいな。」



僕は父のこういうところが大好きだった。





そんな優しい時間も束の間、

大好きなえろおやじはこの数年後にガンで亡くなった。


僕はそのとき東京で仕事をしてて、結局最期には立ち会えなかった。


翌日の朝いちの便で福岡へ向かう。

ひさしぶりに仲良し3人が再会した場所は花いっぱいの棺の前でした。



父についての詳しいことはまた別の機会にお話することにします。



話は戻り、そのとき父の遺品の整理をしました。



仕事上、動き回ることが多い父は、

だいたいの所持品に年季が入っているのですが、

財布だけはほぼ新品のようにきれいでした。


…どっかで見たことあるなあ。


その財布は何年か前の父の誕生日に僕がプレゼントしたものでした。


大事に使っていてくれたんだと思うと、

何やらうれしいようなさみしいような複雑な感情に見舞われましたが。



何気なく中を覗くと、1つだけ見慣れないものが入っていました。

真っ白な2つ折のカードのようなもの。



何だろう?と、母と2人で開いてみると…


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