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13/2/28

きいろい号がやってきた

Image by Olia Gozha

2001年、会社を辞めてフリーになった頃、大学時代の後輩から突然電話があった。「車いる?オレ今度アルファロメオ買うから今乗ってるフィアットいらないんだけど、欲しかったらあげる」 彼はいわゆる湘南のおぼっちゃんだった。八百屋で野菜を選ぶように、車を買う。


ある日彼はきいろいFIAT PUNTカブリオレに乗ってやってきて、「譲渡の手続きとかやっといて」と、それを置いて帰っていった。もちろんタダだ。


そんなわけで、免許取りたての私はその日からFIATオーナーになった。きいろかったので「きいろい号」と名付けた。その車がそれはもうポンコツで、話には聞いていたが、やたら故障が多かった。動かなくなるその日までにかかった修理代でたぶん新車のPUNTが買えたんじゃないかと思う。


窓が開かなくなったときは、イタリアから部品を取り寄せるだけで2ヶ月かかった。それが届くまでは、高速の料金所でもわざわざドアを開け、足を一歩外に出して料金を払っていた。エアコンも壊れていたし、燃費も悪かった。


そして、雨漏りするので洗車するときは誰か一人が車内でバケツと雑巾をスタンバイしていないといけなかった。たかが洗車で大騒ぎだ。後ろの窓はプラスチックだったので、劣化して視界ゼロ。サイドミラーとバックミラーだけが頼りだった。そのくせにハイオクしか受け付けないという、なんとも横柄なやつだったけど、かわいげがあって、なによりもきいろい号のデザインは美しかった。



初心者マークを付けたきいろい号の幌を全開にして、東京の街を走った。よく電柱や標識にも激突した。助手席の人は、乗り降りするときにほぼ必ずドアを壁なんかにぶつけて傷だらけだった。確かに私の運転は免許取り立てで酷かったが、きいろい号は「そういう車」だった。アクセルを踏んだら「メリメリメリ!」と音がする。車を降りて見ると、電柱がめりこんでいた!ということも一度や二度ではなかった。そういうとき、普通はショックを受けるのだろうけど、傷が付く度なぜか笑いが止まらなかった。


ある日、信号待ちをしていたら、路地から飛び出してきた軽トラックがブレーキとアクセルを踏み間違えて、きいろい号に激突してきたことがあった。顔面蒼白の運転手に「もともと電柱にぶつけて凹んでるから全然構いません」と告げて、走り去った。ぶつけた相手がきいろい号で、おじさんはラッキーだったと思う。



エンジン系の修理にお金がかかりすぎてもう手に負えないと話したら、出版社勤務の友人が「お金がかかろうともきいろい号に乗りたい。最後まで看取りたい」と言ってくれた。彼女はまず、雨漏りのする幌の交換を決意して、イタリアから新しいのを取り寄せた。2ヶ月待ち、3ヶ月待ってやっと届いたコンテナを開けると、なんと!コンテナの中は空っぽだったそうな。イタリア人の仕事ぶりに感心してしまう。きいろい号のミラーがもげたときは、ディーラーに在庫があったブルーのミラーに付け替えてもらって、さらに個性が増していた。そのきいろい号が「アクセルを踏んでももう走らなくなった」というので、最後に会いに行った。アクセルを踏んで、うんうん唸るきいろい号にさよならを言った。



そのワガママで気分屋のイタリア車につくづく懲りて、「もう二度とFIATなんか乗るものか!」と誓ったはずが、2008年にあのFIAT 500の新型が日本にも上陸するというニュースが!心が躍った。そして、試乗に行ったその日にサインしてしまった。今はFIAT 500に乗っている。

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Image by Jukka Aalho

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