僕がまだ幼い頃のお話。
僕が生まれ育ったのは九州・福岡県。
日本人の父、在日韓国人の母、そして僕の3人家族。
幼い頃から母は愛車カローラ(当時)の助手席に僕を乗せ、
いろんなところへ連れてってくれました。
母はドライブするときいつも車内で音楽を流してくれました。
ごはんを作るときの鼻歌はだいたい韓国の歌謡曲でしたが、
車で流す曲は海外のものが多かった気がします。
ビリージョエル、リチャードクレイダーマン、テレサテン…
今思えば、好きな音楽は母の影響が強い気もします。
ただ、ごくまれに加山雄三を流すことがあって、
「これ何ー?」って聞くと、
「…昔付き合ってた人がよく歌ってくれたんよ。あ、お父さんには内緒ね。」
すごく楽しかったし、とても居心地がよかった。
ある日、すごく天気の良い日があって、
いつものように母がいっしょにドライブにいこう、と言いました。
僕は喜んで助手席に乗ります。
空は快晴。
到着地は海岸でした。
空も、海も、すべてが青く広かったのを今でも覚えています。
きれいだね、と2人でじっと水平線を見つめる。
しばらくして母はゆっくりと話し始めました。
・・・・・・・・・・・
あそこに、ぼんやり浮かぶ島が見える?
あの島は「朝鮮」と言ってね、
今は北と南の2つにわかれて、
家族が離ればなれに暮らしてるんだよ。
あなたが生まれるずーっと前にね、
朝鮮の人たちは、
家族や、恋人や、友達や、大事な人たちに別れを告げて、
アリラン峠というところを越えて、
ここまでやってきたんだよ。
つらくて、すごく悲しかったけど、
そのときお空に浮かぶお月様がとってもきれいで、
泣かずにみんなで手をつないでここまで来たんだよ。
だから今、ここにあなたがいるの。
ねえ、あんた。
あたしが今から言うこと、よく聞いてね。
ハングンマル(韓国語)にはね、
「恨む」っていう言葉なんかないんだよ。
あたしはそんな言葉知らないし、
もちろん教えてもらった覚えもないよ。
たしかにね、
この国(日本)の人たちに苦しめられたことだってあった。
でもね、
そこから救ってくれたのもこの国の人たちだったんだよ。
感謝しなきゃいけないことはたくさんあるんだよ。
そして、朝鮮の人たちはそれを許せる優しい心をちゃんと持ってるんだよ。
いい?
人はね、
恨むんじゃなくて、敬いなさい。
これからあなたの前に現れる素敵な人たちをしっかり敬って、
そこから得るものの大切さを知りなさい。
・・・・・・・・・・・
あれからもう20年以上経ちましたが、
今でもこのとき母が言ってくれた言葉や、
じっと前を見続けていた母の横顔を鮮明に覚えています。
メディアはいろんな形で情報を世間に流します。
もちろんその背景には変えることのできない、
様々な歴史や過去があるわけですが。
だけど。
誰が正しかったとか、誰が悪かったとか、
問題はきっとそこじゃない。
これから僕らがどう動いていくか。
誰もが目を背けたがる、ひんやり冷めたものを、
あのとき母はやさしくあたたかく包み、
僕にくれたのです。


