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14/4/12

【1】 パニック障害と診断された私が飛行機に乗って海を渡り、海外で4年暮らしてみた話。

Image by Olia Gozha

【1. パニック障害になるまで】


18歳だった。

専門学校へ入学して、数ヶ月。

忙しい毎日、教育方針は現場で覚えろ。の学校。

学生でありながら、バンバン社会へ放り出される。


それでも楽しかった。

自分のすることが、世の中に出て行く。

批判され、評価される。


間違えたのは、パートナー選びだった。



入学してすぐ、先輩の功績を見て、自分も何かしたいと思った。

デカイことをしてやろう、そう思った。


相方になったのは、出会って間もないさっちゃんだった。



これが最大の間違いだった。




私とさっちゃんは、究極に気が合わなかった。



とはいえ、高校も卒業した半社会人の私たちは

ケンカをするわけではなく、ただお互いにお互いの気持ちを抑えていた。



学校へのプレゼン。

これが通れば、企画がスタートする。

プレゼンは成功、めでたく私たちの企画は学校の審査をパスしてスタートした。



悪夢の始まり。



最初のスタッフは私とさっちゃんだけだったが、

企画が進むに連れ、人手が必要となり、

学内から次々とスタッフを募集した。


気がついたら、私とさっちゃんの元には100人を超えるスタッフが集まった。



後には引けなかった。




そして、私は体の不調を感じた。


ある日、同じ学校の友達とファミレスでお喋りしていた。

ドリンクバーを何度もお代わりして、日が暮れるまで喋った。

駅まで友達が車で送ってくれた。




やばい、何かおかしい。



今にも嘔吐しそうだった。

私は昔から、嘔吐恐怖症気味で吐くということが怖かった。


たぶん、この日はたまたま飲み物を飲みすぎただけだった。

でもこれが、きっかけになってしまった。




駅でうずくまる私。

見かねたサラリーマンが、


大丈夫ですか?



と声を掛けてくれた。

吐き気で返事が出来ない。


でも電車に乗らなければ帰れない。

うちまでは電車で1時間以上かかる。



とにかく、体に鞭打って電車に乗った。

乗り換えの駅まで我慢できた。


ここから地下鉄に乗り換える。

地下鉄にトイレはない。


吐いてしまう。どうしよう、人に迷惑がかかる。



私の家まで、地下鉄一本で約10駅。

一駅2分間隔で走る。

一度降りても、また2分で次の電車が来る。



私は10駅を一駅ずつ降りながら、1時間かけて家に帰った。



明日になれば、治るでしょ。


そう思って、その日はそのまま布団に潜り込んだ。





目が覚めた翌朝。




私はまだ、吐き気に苦しんでいた。





今日もまた、学校。

ミーティング、プレゼン、資料作り、etc…


学校まで地下鉄で40分。




地獄の始まりだった。


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