6.欲しいものは、自分で働いて手に入れる
ボールは揃ったが、これ以上本格的にフットボールの練習をするには、防具が必要であった。
防具どころか、U先生が、ボールと一緒に拝借してきた使いかけのワックスも、とうとう無くなってしまった。
「先生、ボールのワックスが無くなってしもうた。どないするん」
ある日、練習が終わったあと、心配性のZが、先生を追いかけた。
「そうか。ついに無くなったか。もう無いわ」
U先生は、全く気にも留めていないような返事をした。
「ええ・・・。どないするん」
「唾でも付けて擦っとけ。昔は皆そうしとった」
先生は、いとも間単にそういった。
そこで、僕らは以後練習が終わると、ボールに唾を付けて指で擦った。
いわれたとおりにやってみると、唾で濡れたボールは指に擦られた所から、ボロボロと古い皮が垢のように取れた。
そして、その下から新しい皮が出てきた。
「はよ、ちゃんとしたワックスほしいな」
Zがボールを擦りながらつぶやいた。
「ワックスより、早よ防具揃えような」
それを聞いた僕がZの肩を軽くたたいた。
そして、みんなに呼びかけた。
「防具を揃えへんか」
呼びかけにみんなが集まってきた。
防具一式を揃えると五万円はかかった。そしてこの防具を取り扱っている店も大阪に2つしかなかった。正式な部ではなく同好会扱いなので、学校からは一切補助金が出ない。
そこで、防具を揃えるのにどうしたものか、僕らは考え込んだ。
「五万円かあ。うちのおかん、けちやからな。五万円も出してくれるわけがないわ」
「うちもそうや。そんなお金がかかるんやったら、クラブ止めときっていうに決まっとる。この靴かて、破れとるところをテープで貼っとるんやで」
「う~ん・・・」
「どないしょう」
「やっぱり、バイトするしかないな」
「そやな、それしかないな」
僕らの意見は一致した。
冬休みは、練習を休みにして、全員アルバイトをすることになった。僕は、郵便配達、Mはアイスクリーム工場というように各自バイト先を見つけてきた。みんなはMがアイスクリームのバイト先を見つけてきたことを聞いて、冬でもアイスクリームを作っていることを初めて知った。
いつもなら冬休みは遊ぶことに熱心で、アルバイトをする気などさらさらない僕らが全員まじめにアルバイトをした。
僕は自転車で年末年始の郵便配達をした。
冬休みの初日、郵便局にいくと年配の郵便屋さんが指導役についた。
よく顔を見ると、いつも家に郵便を届けてくれる人だった。
その人について、自分の届ける郵便の整理の仕方や、現金書留の取り扱いを教えてもらった。
僕が一番困ったのが、世帯主でない家族宛のハガキや手紙だ。田舎では住所も番地まで正確にかくことが少ない。ところが家の表札には世帯主の名前しか書かれていないことが多い。
こんなときは、どこの家に届けていいのかまったく分からない。
そこで僕は、各戸に聞きとり調査をして家族全員の名前を教えてもらうことにした。
「すいません。郵便配達のアルバイトなんですが、世帯主以外のハガキをどこに届けていいのか分からず困っています。そこで、よければご家族全員の名前を教えてもらえませんか」
こんな調子で、自分の担当範囲の全ての家の聞き取り調査をした。
そして、ノートに地図を書き、家の場所を四角で囲い、その中に聞き取った家族全員の名前を記入した。
僕は担当範囲の住民全員の名前が載った地図を作成したのだ。
この地図のおかげで仕事の効率は格段に良くなり、それまでは午後の4時までかかっていた仕事が昼過ぎには終わるようになった。
空いた時間は自宅で休憩していた。
僕は、こんなこともやった。
正月には大量の年賀状を届けなければならない。しかし、とても一度に自転車に積める量ではない。
そこで、半分を31日の仕事の帰りに持って帰ることにした。自宅を中継基地にすれば、わざわざ郵便局まで取りに帰る面倒がないと考えたからだ。僕は持って帰ってきた年賀状の大きな塊を自宅の縁側に置いた。
その中には自分宛の年賀状もあった。僕はこっそりとその年賀状を盗み見た。そしてまた律儀に元どおりに塊の中に戻した。僕は31日に自分宛の年賀状を見て、なんだか得をしたような気分になった。
いよいよ年明けの1月1日になって、郵便局の職員全員が郵便局前に整列して、出発式をした。局長の話を聞いた後、みんなで乾杯をすることになった。
僕は紙コップが配られたので、高校生が酒を飲んでいいものかと真面目に心配したが、中を見ると真っ白なカルピスだった。
よく考えればあたり前のことだ。他の職員はバイクで配達するのに酒を飲めるわけがなかった。
そんな調子で、僕は結構楽しんで郵便配達をやった。
目的があるバイトなので、他の僕らも同じように楽しんでやっていた。
やがて、冬休みが終わったときには、僕たち全員が5万円をしっかりと準備していた。これで防具を買うことができる。
学校に集まった僕らは憧れの防具を注文することにした。僕らを代表して、かわしまが専門店に電話をかけ、11人分の防具が欲しいことを伝えた。
すると防具の注文内容を聞いた専門店の人から
「ところでユニフォームのデザインはどうされますか」
ときかれた。
Tは、返事に困ってしまった。
僕らは、それでユニフォームが必要なことに気付いた。
もちろん、どんなデザインにするかなど決めているはずがなかった。
仕方なく、Tはまた連絡することを店の人に伝えて電話をきった。
「フォーティナイナーズがいいな」
「ヘルメットが金で、ジャージが赤、パンツが金やな」
「それって、Uの母校の日本体育大学と同じやん」
「そうかあ。じゃあ、ノートルダム大と同じというのはあかんか」
「ヘルメットが金で、ジャージは濃い緑、パンツは黄色や」
「俺は、フォーティナイナーズがいいな」
「そんなこというとったら、決まらへんやん」
「多数決や」
みんなが好き勝手なことをいうものだから、多数決で決めることになった。
その結果、ユニフォムはノートルダム大と同じになった。
ヘルメットが金色、上のジャージが濃い緑、パンツが黄色の派手なユニフォームだ。
早速、Tが大阪の専門店に電話をかけ直して注文した。
僕らはフットボールそのものよりも、その派手なスタイルに憧れていたので、早く実物を身に付けたくて仕方がなかった。
2週間後、三木高校に待ちに待った防具が届けられた。
その日は、朝から校庭にちらほらと雪が舞っていた。
キングコングのような独特のスタイルにあこがれていた僕らは、早くそれを付けたくてしかたがない。当然授業は上の空。放課後になるやいなや、全員グランドへ勢いよく飛び出した。
うっすらと雪で白くなりかけていたグランドには、真っ白なヘルメットと、ショルダーパッド、サイパッド、ニーパッド、それにヒップパッドがマネージャーの手によって並べられていた。練習用の白のジャージとパンツはあったが、そこにユニフォームはなかった。どうやら間に合わなかったらしい。
「このヘルメット金色とちゃうで」
並べられたヘルメットを見てDがいった。
「あほやな。買ったときはみな白や。これから、スプレーで色を塗るんや」
Sがそういいながら、届けられたばかりのヘルメットをかぶろうとした。が、きつくて頭に入らない。後で、U先生が僕らに防具のつけ方を教えてくれることになっていたのだが、僕らは待ちきれず先に触りだしたのだ。
ヘルメットは、頭をピッタリと包み込むように作られているので、そのままかぶろうとしても頭には入らない。フットボールのヘルメットには、ちょうど耳にあたるところに直径5センチくらいの穴が開いている。そこに両手の指を掛けて引っ張って左右に広げて、その瞬間にかぶらないとうまくかぶることはできない。
また、ショルダーパットを先に付けて、後からジャージを着ようとしてもうまくいかない。肩幅が広くジャージに手を通すことができないからだ。
今度はZがヒップパッドを持ちあげて、首を傾げた。
ヒップパッドは、ベルトの中央部に幅5センチ長さ15センチ程度の板状のクッションが、そして15センチほど間隔を空けて両脇に直径10センチ程度の丸いクッションが取り付けられている。
「これって、前を守るんやろか」
Zが、中央部を前に持ってきて腰に巻いた。
素人であれば、誰もがそう考えるはずだ。
ちょうどそこへ、授業が終わったU先生がやってきた。
「何しとるんや、ブン。前と後ろが反対や」
先生は笑いながらブンに近づいた。
「ええ・・。そやけど先生、それやったら、大事なところを守られへんで」
「ばかたれ。お前の大事なところなんか、どうでもええ。それは、尾底骨を守るもんや。タックルされてケツから地面に落ちたときのためや」
それを聞いて、僕らは納得した。
30分ほど防具と格闘の末、U先生の指導もあって何とか全員着替えることができた。
防具の横には新しいボールが3個あった。少し赤みがかった色が付いていて、かたちも断面が円形ではなく、少し角張っている。
「このボールへんやで。表がぶつぶつしとる」
ボールを手にしたMが、じっとボールを見つめて、不思議そうな顔をした。
「わあ、ほんまや。へんや。へんや、このボール。にせ物ちゃうか」
周りのみんなも騒ぎ出した。
「ちゃうちゃう。さらのボールはこうなっとんねん」
「おまえらが使うとったやつは、皮が磨り減ってぶつぶつが無くなっとるだけや」
「普通はあんなツルツルのボールは捨てるんや。おまえらが使うとったボールは、大学が捨てようとしたやつや。それをわしが拾ってきたんや」
U先生は、少しすまなさそうな顔をした。
真っ白なヘルメットに真っ白なジャージとパンツ。それにぶつぶつのあるボール。11人がそろって小雪の舞うグランドを、時間が経つのも忘れて子供のように走りまわった。
そのころ校舎の中では、グランドに変な物が現れたと、大騒ぎになっていた。誰かが、グランドに見たことのない物がたくさんいると言い出したからだ。いつしか窓という窓は、突然雪の中に現れた不思議な光景を見ようとする生徒の顔で埋まっていた。