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【第6ステージ 「行くなら、今年行きなさい」】無名の大学生が「スポンサーを集めて自転車で西ヨーロッパを一周する」という夢を実現した話

Image by Olia Gozha

「行くなら、今年行きなさい」


「知恵より大事なのは覚悟や。覚悟さえすわれば、知恵は小知恵でも浅知恵でもええ、あとはなんとかなるやろ」

司馬遼太郎 『俄』より

2010年1月31日。

中村洋太「ぼくはいつか、ヨーロッパを自転車で走りたいと思っています」


何気なく言ったそのひと言に、伝ちゃんはこう答えた。

伝ちゃん「行くなら、今年行きなさい」

中村洋太「今年…ですか…」

伝ちゃん「うん。社会人になったら、なかなか長い休みは取れないからね。やるなら学生のうちがいい」


やるなら学生のうちがいい。しばらく、その言葉が頭から離れなかった。


ぼくは春から、4年生になる。その年の夏休みが、学生最後の夏休みだった。この先の人生で二度とあるかわからない、2カ月間の長い休みだった。

まさか、学生のうちに行くなんて、考えたこともなかった。就職活動もこれからという時期だ。就職氷河期といわれるこのご時世、夏までに内定が貰えない可能性だってある。そもそもぼくは単位がギリギリで、このままだと卒業できない可能性もある。そして何よりも一番大きな問題は、お金だった。夏休みの二ヶ月間を旅するだけの大金を、就活や授業、研究をこなしながらアルバイトで貯める自信はなかった。もちろん親も頼れない。

しかし、それでいいのか自分、と思った。

本当にやりたいことを、お金がないから、という理由で諦めていいのか?

確かに、就職も研究室も卒業できるかも、何もかもうまくいくかわからないのに、この時期にわざわざリスクを負って長期間海外に行くと決めるのは、本当に怖い。この先どうなるのか、お先真っ暗だ。

でも自分の直感を信じるならば、勇気を出して挑戦した方がいいと思った。


「お金が貯まったら」

「時間ができたら」

「英語を勉強して話せるようになってから」

そんなこと言ってたら、いつまで経っても行けない。

できない理由を探せばキリがないし、何も始まらない。可能性は薄くても、「どうしたらできるか」だけを考えて、行動していこう。今行くと決めたら行く。何が何でも行きたい。覚悟を決めれば、人間なんとかなる。そうやって自分を奮い立たせた。


そうだ、スポンサーを集めよう


ぼくは、朝食会が終わったその足で、大学へ向かった。学食には、学科の友人が5人ほどいた。就職活動はせず、都庁で働くことを目指して一心に勉強を頑張っていた奴らだ。そしてなぜか、そこにSもいた。

ぼくは言った。

中村洋太「聞いてくれ。ぼくは、今年の夏休みに、自転車でヨーロッパを走ることにした」

リーダー格の男、Mは「マジかよ」と笑った。他の男たちも、「本気?」と言った。ぼくは、本気でやりたい、と答えた。


M君「お金はあるの?」

中村洋太「ない」

M君「どうするの?」

中村洋太「わからない。でも絶対やりたい」

M君「・・・・・・」


そこに、鼻で笑いながら、Sが言った。

いつもながらシンプルかつ強烈な言葉だった。

S君「そんなの、無理に決まってるじゃん」

クリティカルヒット。さすがに反論できず、唇を噛みしめた。

しかし、今回は半年前と違った。Mが口を開いた。

M君「おい、S。そういうこと言うなよ。ちゃいにーは本気なんだよ」

N君「そうだよ。ちゃいにー、俺は応援してるよ」

A君「頑張れよ!ちゃいにーなら行けるって!」

そうやって、みんな本気で応援してくれた。涙が出そうだった。本当にありがとうみんな。

ぼくは半年後に、自転車でヨーロッパを走る。必ずやってやると、覚悟を決めた。でも、実際問題、お金をどうするか。


ぼくに思いついたのは、これしかなかった。

中村洋太「そうだ、スポンサーを集めよう」

しかし、この途方もない発想が、奇跡と感動の半年間を生み出すことになった。

2010年1月31日。ここから、全てが動き出した。

(↑夢が実現するまで自分の部屋に貼っていたコルクボード)

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