[陰性感情:怒り・恐れ・焦り・後悔・不安・自信喪失・孤独感・嫌悪感などの負の感情]

精神科の看護は一般科より患者との「関わり」がメインにある。
点滴や注射薬などを確実に行くようにすること以上に、患者としっかり関わることが大事な仕事である。
なぜなら人間の心は薬では癒されない。
「心ある関わり」で人間の心は初めて癒されるから。
つまり精神科に求められるものは、医者のキュアではなく看護のケアそのものなのだ。
では実際「心ある関わり」とはなんだろう?
それは、しっかり相手の話を聞くこと、黙って側にいること、そしてなにより相手に関心を向けること。
しかし、これが実際とってもとっても難しい。
人間は自分の気持ちに余裕がないと、人の話しなんてなかなか聞けない。
患者から怒鳴られ、罵倒され、喧嘩の仲裁なんかしてると、一気に余裕なんてなくなってしまう。
夜勤の朝方なんて疲れと眠気、忙しさで気持ちに余裕なんてない。患者同士でトラブルがあったらマジで切れそうになる。
実際今までも、何度か切れて患者と喧嘩した。
こんな所辞めてやると何度も考えた。
患者に何度も強い陰性感情を抱いてきた。
しかし、精神科は陰性感情を克服するため、自己を振り返らなくてはならない。
なぜなら自らの陰性感情を克服しなければ、患者との関係が治療的な関係に発展させることができないから。
陰性感情を克服するため自らの内面を深く掘り下げ、自分を見つめなくてはならない。
それが精神科の一番辛い仕事といっても良い。
患者にむかつく、嫌いになる、それって実は「自分自身の心のあり方」に問題があることが多い。

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1年目の夜勤の時、詰所で患者同士が喧嘩して殴り合いになった。
片方は躁鬱病、片方は統合失調症の急性幻覚妄想状態。
数日前から両者とも調子が悪く、躁の患者はまるで王様のように病棟を仕切っていて、俺はその患者に強い陰性感情を抱いていた。
詰所内で両者が喧嘩を始めた時、目の前にいたのに俺はとっさに止められず、むしろ「殴られちまえ」とさえ瞬間的に思ってしまった。
しかし立場上止めに入るが、夜勤は2名で人が少なかったこともあり、仲介に入った後もなかなか喧嘩は止まず、当直のドクターを呼んでやっと収まった。
その時、その患者に「殴り合いになる前に止めれないんだったら精神科辞めちまえ!!」と言われた。

しかし、こっちは心を掻き乱されていたため余裕なく、その患者に思いっきり怒鳴り返してしまった。
「状態悪くて入院してんだから、喧嘩なんかしてんじゃねえよ!!」

その患者は病気の勢いで喧嘩してたから終わったらけろっとしていた。
俺はその後もしばらくむかついてむかついて、その患者の顔も見たくなかったし、側にも行きたくなかった。
関わりたくなかったため、ずっと関わるのを避けていた。
そんなある日、病棟の主任が休憩室でタバコをふかしながら、
「あんたなぜ自分がその患者に陰性感情を抱いたのかもっと考えてみなさい。患者の何が自分のどんなとこに影響したか。
そして、もっとその患者の側に行って話をしてきなさい。」と言ってきた。
主任の言葉は神の言葉のごとく絶対なので、嫌いな患者のとこになんか行きたくなかったけど、言われた通り側に行って久しぶりにゆっくり話してみた。
そしたらその患者はとても穏やかでノーマルだった。
病気の勢いがない時は、とてもノーマルで穏やかに音楽の話が出来た。
そして自分がなんでこんなにも患者に陰性感情を抱いたのか考えてみた。
それはとても辛く苦しい作業だった。
考えてもわかんなかったし、考えたくない、知りたくないという何かが働いてた。
思考がなかなかまとまらなかった。
そして気付いた。
俺は元々「もっとがんばんなきゃ、もっと自分は出来るはず、こんなもんじゃないはずだ」と考え、とても自我理想が高かった。
等身大の自分を見ずに、理想の姿ばかり追っていた。
看護師は優しくて、心が広くて、物事に動じなくて、怒ったり嫌ったりなんて決してしない人間。
看護師は冷静で、逞しく、いつも笑顔で苦しくても弱音を吐かず、患者の気持ちに沿う人間。
そんなことを描いてた。
今思うと、恥ずかしい・・・
そんな人間いません!!
けど喧嘩を止めれず、患者に怒鳴られ、自分も切れて怒鳴り返し、また、暴力を目の前にして恐怖を感じ、余裕がなくなった時、俺はものすごい無力感を感じた。
自分の出来なさ、無力感、患者だと分かってても怒鳴ってしまった己の未熟さ、器の小ささ・・・
高い自我理想と現実の自分の姿との大きなギャップ、それを直視したくないから患者に陰性感情を抱くことで自分に納得させていた。
「自分は悪くない、あの人が悪いんだ!あの人のせいだ!!」
日常でも良くある場面だ。
相手を理解するのってほんとに難しい。
相手の事を一生懸命考えるだけでなく、自分の感情も深く考えなくちゃいけない。
そしてその作業はとても辛い。
自分の弱い所を掘り下げ、認めて、受け入れなきゃならないから。
それをやっても相手を全部理解するなんて出来ないし。
けど、この事がきっかけで己の出来なさを認めたら、
「出来ないなりにがんばればいいや、無理せずマイペースで行こう」って気持ちになった。
そしてあれだけ嫌いだった患者は、自分にとってとても大事な存在になった。
とても大事な事を教えてくれたと感謝してる。
その人はその後病状もおさまり退院して行った。
ちなみにこの一連の心の変化を後に休憩室で主任に苦しみながら告白すると、主任はタバコを吸いながら黙って話を聞いた後「にやっ」と笑っただけだった。

あぁ、この人には絶対かないません。
心のエキスパートにしてみたら、俺の心なんておこちゃまなんでしょうねー。
そしてその後の俺はと言うと、患者にむかつくこともあるし、側に行きたくないと思う時もやっぱりある。
けど、以前より無理せずやってるから疲れや、余裕の減りも少なかったりもする。
出来ない未熟な自分に向き合うのは大事だと良く分かったけど、毎回毎回真剣に考えてたらしんどくてかないません!!
正直「やってられるかーアホー!!」って感じです。
だから精神科看護師は皆思いっきり現実逃避する趣味を持っているのです。
そんな感じで上手にバランスを取りながら仕事をしていた毎日でした。