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14/1/25

コネで適当に決まった就職がその後の生き方を変えた その1

Image by Olia Gozha

ぼんやり過ごした学生時代

学生時代は、特別に活動的なことはしてこなかった。5月生まれなので、学年では早く生まれたほうだったので、学級委員などは推薦されてよくやっていたけど、自分から生徒会に立候補するとか、そんなことにはまるで興味はなかった。

高校時代もそうだったし、大学に入っても普通に授業に出て、クラブ活動も普通にやっていて、でもそれだけだった。

大学は実家から通っていたのだが、父の仕事の都合でひとり暮らしをすることになった。ひとり暮らしになっても、はっちゃけることもなく、変わったことといえばスーパーのアルバイトを少しするようになったくらい。

無謀なマスコミ志望

ぼちぼち就職活動をするころになり、私も活動を始めたのだが、志望の業種はマスコミ。地方の女子大で、大手マスコミなんて書類選考で通るわけもなく。面積にも届くことなく、ことごとく落ちていった。

新聞社の筆記試験を受けてみたり、大手出版社の会社説明会に出て、「中はこんな感じなんだー」と、社会見学くらいにはなったけど、それだけだった。

振り返って考えてみれば「マスコミ」というだけで、そこで何がしたいのかが全く見えてはいなかった。そういうことにも気がつかないまま、時間は過ぎていった。

コネで就職

ある日、父の友人たちが実家に訪ねてきた。たまたま帰省していた私は、父の友人たちとも話を交わした。就職活動の話も出たのだと思う。

数日後、その友人のひとりから父に連絡があった。娘さんの様子ではマスコミは難しいのではないか。会社を経営している知り合いがいるから、受けてみては。そうゆう申し出だった。

年輩の男性から見たら、いかにも頼りなく見えたのだろう。ぼんやりしていて、一般事務くらいの仕事が妥当なのでは? と感じたのだと思う。

コネではあったけれど、一般採用と同じように面接などは受けた。ひととおりの試験は受けて、数日後ひとり暮らしの自宅で合格の電話連絡をいただいた。

電話を切ってから泣いた。これで私の人生はこの会社で終わるのだと。マスコミに就職するという夢は、これで完全に断たれてしまったのだと、悲しくなり涙してしまった。

学生気分から一転

4月も近づき、いよいよ社会人となるころ、「えっ?  会社って1日から始まるの?」と寝ぼけたことを言っていた。8日くらいから始まるのかと思っていた。父には呆れられた。

4月1日に入社式があり、そのまま2泊ほどの新人研修の合宿へ。すごく息苦しくて、厳しい研修だったけれど、同期と仲良くなれたので、それはそれで楽しかった。

合宿が終わると、今度はその会社が経営しているガソリンスタンドでの2カ月の研修が待っていた。ガソリンスタンドで仕事なんで、絶対無理だと思った。本社で配属先の所長たちとの顔合わせがあり、私の行くスタンドの所長は、その中でもいちばん怖そうな人だった。「私、研修中に絶対泣くんだろうな」。確信した。

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