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14/2/1

いじめとひきこもりから映画監督に(8)

Image by Olia Gozha

電話口の泣いている女性が、伝えてくれたこと

泣きじゃくる女性を待ち続けて1分くらいだったでしょうか。彼女は声を絞り出すようにして、僕に話しかけてくれました。


愛知のチャットの常連さん「初めまして。私はちいって言います。」

19歳のおいら「あ、はい。」

見ず知らずの、それも愛知の女性と電話で初めて喋る気分はなんだか不思議で、それも泣いている彼女に向かってなんて喋ったら良いのか言葉に詰まり、自分からは話をすることができませんでした。


愛知の常連さん「あのね、私、君と同じチャットの常連でね、最近は遊びに行っていないので知らないと思うんだけど、大分前はよく遊びに行っていたの。」

19歳のおいら「あ、そうなんですか。」

愛知の常連さん「私のこと知らない多分、知らないよね。突然、あんな書き込みしちゃってごめんね。」

19歳のおいら「いえ……」

愛知の常連さん「あのね、実はね、私たちのチャットの管理人さん、一昨日亡くなったの。」

19歳のおいら「え? 管理人さんが?」

ついこの前、ネットで話した管理人さんが亡くなった?

自分にとって初めて尊敬でき、初めていろんな話をしたいと思えた人が亡くなった。彼女から聞いたあまりにも突然の内容に、私は疑うとか信じるとかではなく、ただ呆然と携帯電話を持っているしかできませんでした

数日後、大隈講堂で会うはずだったのに……

亡くなるなんて嘘だ、まだ二十歳だろ。信じない。だって、電話口の女性にだって会ったことがないのに、そんな人から聞かされたことなんて、信じられる訳がないじゃないか。呆然とした意識の中で、うっすらそんな風に思っていたのを覚えています。

すると、彼女は、泣くのを無理矢理堪えながら、こう話したのでした。


愛知のチャットの常連さん「君のことは仲間からもよく聞いてるの。最近、毎日チャットに通ってるんでしょ?」

19歳のおいら「ええ。。」

愛知のチャットの常連さん「あのね、彼のご家族からお手紙が届いたの。管理人さんとは親しくしてたから、私の住所を親御さんも知ってて。」

19歳のおいら「ど、どうして管理人さんは亡くなったんですか?」

愛知のチャットの常連さん「分からないの。で、あたなにお願いがあるの。」

19歳のおいら「何ですか?」

愛知のチャットの常連さん「今日がお通夜で、明日が告別式なの。私と同じように管理人さんと馴染みある友人って大阪とか北海道とか、関東近辺にあまりいなくて。」

19歳のおいら「はあ……」

愛知のチャットの常連さん「でね、君、管理人さんと同じ大学の後輩なんだよね?」

19歳のおいら「ええ、そうです。」

その後僕は、「つい最近彼とはネットで話したばかりで、数日後大隈講堂で会う約束をしているんです。だから、死ぬなんてことはないんです」と続けたかったのですが、その時は、彼女の話の相づちを打つしかできず、


愛知の常連さん「でね、お願いがあるの。私たちの代わりに、チャットの仲間の代表として、あなたが告別式に行ってあげて。」

19歳のおいら「え? 僕が……ですか?」

あまりにも突然の内容に、頭が真っ白になりました。まだ会ったこともない人の告別式に行く、顔も声の雰囲気も全く分からない人の告別式に


愛知の常連さん「お願いします。」

そう言われて、彼女との電話を切り、すぐさまいつも通っているチャットに入って、今聞いたことを仲間たちに伝えました。


19歳のおいら「BBS(掲示板)の荒らしは、実はこういうことだったんです。」

チャットの常連さん「え? まじ? 管理人さん亡くなったの?」

チャットの常連さん「そんなこと、あるの?」

中にはこんな風に言う人もいました。


チャットの古い常連さん「嘘付くな! あいつが死ぬ訳ないじゃん。まだ二十歳だろ? この前会ったけど、元気そうにしてたぞ。ネットで検索したけど、そんなニュースどこにも載ってねーよ?」

自分自身も本当のことなのか、嘘なのか分からぬまま、チャットの仲間たちは自分が伝えた内容に、ただ動揺するばかりでした。


19歳のおいら「明日、管理人さんの告別式で、僕に代表で出てくれって頼まれたんだけど、どうしたらいいのかな?」

チャットの常連さん「そりゃ、行ってこいよ。だってその女性、泣いてたんだろ? 告別式の場所まで教えたんだろ。」

チャットの常連さん「そうね、君、このチャットで人生が救われたってほど思ってるんだよね。だったら、本当か嘘か分からないけど、自分で確かめに行ったら? 亡くなってて行かなかったら後悔するよ。」

そんな風にチャットの仲間たちは、19歳の僕に伝えてくれました。

「喪服、出してもらえるかな?」

母親にそんな風に伝えて、「誰の葬儀に行くの?」と訊ねられ、大学の知り合いと答える僕。2000年当時、ネットの友人が亡くなったと言っても、きっと訳が分からないと思い、そんな風にごまかしながら、そそくさと喪服を着込んで、愛知の女性が伝えてくれた埼玉のとある場所の葬儀場に向かいました。


そこには、確かに女性が伝えてくれた管理人さんの名前が掲げられていました。ゆっくりと中に入ると、真っ先に見えるのは、彼の遺影

若くて生き生きとしたイケメンの男性の顔が額縁に収められていました。


19歳のおいら「(こ、これが管理人さん?)」

式場には200名近くの人がいらっしゃったでしょうか?

親族から大学関係と思われる若い人たちが式場にずらっと座っていました。自分だけ、まだ彼と会ったことがなく、どんな関係ですか? と訊ねられたら、通っているチャットの関係者です、などとはまさか言えず、訊ねられたらどうしようかと、内心ドキドキしながら、式場に座っていました。

少しずつこれが現実なんだと分かり始めて

式が始まって30分くらいしてようやく、数日後会うはずだった管理人さんが本当に亡くなったんだと徐々に信じ始めました。周りではすすり泣く人の声に自分も思わず涙が流れていきました

彼が大好きだったという、ドリカムの未来予想図Ⅱが流れて、お別れの時間。参列者が一人一人、棺の彼とお別れをしていきます。

自分の番になり、挨拶をして良いものかどうか、考えたのですが、お別れする前に彼に会っておきたい、そして、ありがとうを沢山伝えたい


19歳のおいら「あなたがいてくれたから、僕は人生で初めて生きるって楽しいって思えました。」

そう伝えたかったのです。そして、ゆっくりと棺の方に足を進めて行きました。

棺の中で彼と交わした「初めまして」

数日後、初めて会うはずだった人が棺の中にいる。才能に溢れ、近く起業も考えている若くて、しかも顔立ちが端正な、この彼がもう死んでいる。

棺の中の彼の顔は今にも動き出しそうなツヤツヤとした表情でした。今まで堪えていた涙が止めどなく溢れ出し、誰一人として知る人のいない状況も構わず、大声で泣きじゃくりました

あなたの作ったサイトが会ったから、自分は生きることができた

心の底から、ありがとう、ありがとうと何度も彼に伝えていました。人生なんてつまらない、生きている意味がないと思っていた自分を救ってくれたのは、目の前の彼が作ってくれたチャットに訪れたから。そこで知り合った仲間と出会えたから。

憧れの人、大学の先輩以上に、命の恩人である彼が、まだ二十歳なのにこの世を立つ。あの時の僕は、両親よりも学校の先生よりも、かけがえのない人物に思えたこの人を心底尊敬し、感謝していました。

21世紀は出会ったことのない人の葬式に行くような時代なんだ

興奮状態のまま、席に戻った自分は、21世紀は、こんな風にしてネットが自分の人生を救ってくれると共に、会ったこともない人と棺の中で初対面をする、そんな不思議な時代なんだ。

そんな風に思いながら、式が終わり彼の棺が送られるのを見届けていたのでした。

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