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14/1/19

心臓発作

Image by Olia Gozha


その男は僕の幼馴染だった。

生まれつき心臓に疾患があり、小学生の頃、二度大きな手術をした。胸を縦一線に切開した二十センチほどの深い痕が残ったが、そんな経緯をすっかり忘れてしまうほど健康体となり、成人してからは酒を飲み夜更かしもした。上京して大学を卒業し、政治家の秘書をして人脈もつくった。外遊して見聞を広げると、輸入雑貨の店を開いた。

幼馴染の妻は心臓病だと本人から聞いていたが、暴飲暴食や過労に人並みに気をつかう以外には、とりたてて意識することのない生活を送っていた。二人の新居は僕の家のすぐ近くだった。

「お前の家は近くて遠いのお」

お互いに忙しく立ち回っていて会うこともなかったが、珍しく顔を合わせると言い合った。

週末には幼馴染の二人の息子たちが、我が家の長女と遊びにやってきた。三人の子供が家の中を散らかしてわいわい騒ぐ。

しかし、このときすでに幼馴染の心臓は残された命のカウントダウンを始めていた。

訃報を僕は人づてに聞いた。驚いた。

朝、幼馴染の妻がトイレのドアを何気なく開けたところ、ドアの向こう側から夫が覆いかぶさるようにどさっと倒れてきた。ぞっとなって抱き起こしたが息絶えていた。

僕は、通夜にも告別式にも出られなかった。もどかしい思いを感じながら弔電を打ち、香典を友人に託した。頭の回転が早い男だった。人の輪をつくり、その輪を広げることもできた。人前に出ることを億劫に感じる僕とは対照的に場を盛り上げた。何よりも家族に対して誠実だった。短い人生を家族と共に、家族のために強く生きた。


初七日が過ぎた頃、僕は故人宅を訪ねた。にわかに未亡人となった妻は、僕を見るなり玄関先に泣き崩れた。そして、その数か月後、子供を連れて実家へ引っ越した。



未亡人と偶然出会ったのは、それから十二年後のことだった。駅で不意に名を呼ばれ振り返ると、

「お互いにちょっと歳とったかな」

明るく笑う。

元気かと聞くと、

「たくましく生きとるよ」

泣き崩れた姿が脳裏をよぎり、僕が言葉を探していると、

「わたしな、駅前で居酒屋やっとるんやよ。来てよ。来てよな」

環境の変化に屈することなく、いきいきとしている。亡夫と同じように自ら新しい環境をつくり、変化を楽しみ、道を拓いている。

強い生き方をしている夫婦が僕のすぐ身近にいた。

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