
今でも覚えている。
小学校4年目がはじまって最初の"係決め"の学級会。
クラスで学級委員を男女で1人ずつ決め、学級委員以外の人はなにかの係になるのが僕の通っていた学校の決まりでした。
僕は"掲示がかり"という教室の掲示物や画鋲を管理する係に立候補しました。
理由はただひとつ、自分の描いた絵を良い位置に掲示できる権利を持っているからだ。
小学4年生にして早くも僕の頭にはずる賢さを兼ね備えていました。
クラスで係は男女で一人ずつと決められており、立候補が被ってしまうとジャンケンで勝った方がその係になれます。
『じゃんけん...ぽん!』
僕は負けてしまいました。
負けたら第二候補の係を立候補するのです。
そしてまた次のジャンケンを。
気づけば僕はジャンケンに負け続け最後の最後まで残ってしまいました。
渋々余った係を選ぼうとしたが、黒板に書かれてある係は全て2人埋まってしまっている。
そこで担任の先生が一言。
担任の先生「ヨシモトくんは"さがしものがかり"ね。」
僕のクラスの担任の先生は少し変わった40代のおばちゃん先生でした。
いかにもシナリオ通りのような顔して僕に係を任命したが、今思えば係が足りなかっただけだったと思う。
そもそも"さがしものがかり"ってなんなの?
そんな疑問を抱いていると、先生がまた一言。
担任の先生「誰かが失くした物を探してね。学校初めての"さがしものがかり"に任命!」
今までそんな係なんて聞いたことがなかったので一瞬ピンとこなかった。
僕はどこか重大な任務を与えられたようなワクワクと、学校ではじめてという前代未聞という未知の領域に対するドキドキが入り交じっていた。
しかし、物心がついた時から推理や分析が好きだったので楽しみのワクワクの方がが勝った。
僕が推理や分析が好きなのは、恐らく僕が幼かった頃に父親がしていたファミコンのゲーム"さんまの名探偵"をずっと見ていた影響だろうと思っています。
さっそく訪れた依頼
物を失くすことなんて滅多にないだろうし、そんな係が必要なんだろうか。
疑問に疑問が積もっていく一方で終わった1日の最後、帰る前にある"おわりの会"である女の子が手をあげ、小さな声で
女の子「私の消しゴムがなくなりました。探してください。」
担任の先生は"ほら!"と言わんばかりの顔で僕の方を見て、
担任の先生「"さがしものがかり"さん。お願いしますね。ヨシモトくん以外は帰っていいですよ。」
思わぬ形で"さがしものがかり"の最初の活動が訪れたのです。
学校が嫌いだった僕はやっと帰れるという喜びから、今から"消しゴム"を探す為に残らないといけなくなってしまった。ドン底に突き落とされた気分だった。
みんなが帰りだす教室の真ん中の女の子の机に先生と僕と女の子が集まる。
僕「いつ失くしたの?」
女の子「わからない。けど、最後の授業まであったはず...。机にもカバンにもなかったの。」
僕「最後の授業は音楽...音楽室行ってみよう!」
担任の先生「行きましょう!」
嫌々残った放課後だったけど、聞き込みから予測する推理に心の奥底ではひっそり楽しみ、探偵気分に酔いしれて僕は小走りで音楽室へ向かった。

今日はピアニカの演奏の日だった。
筆記用具を使ったのは、楽譜を書き写した時。
机は使っていたけど、授業の後に掃除をしているから掃除の係の人が気づくはず。
もう自分が"さがしものがかり"なんてことは忘れ、眉間にしわを寄せ、手であごをさすり、完全に"名探偵"になりきっていた。
『もしかして。』
閃いた僕は音楽準備室へ向かった。
そこでピアニカの直してある棚を指を指して
『ここだ!』
今思えば恥ずかしくなるぐらいの決めポーズをしていた。
そして、三人で手分けしてピアニカのプラスチックのケースをひとつずつ開けていく。
山積みだったピアニカのケースを半分ぐらい開けたところで女の子が
女の子「あった!消しゴム!ありがとう!!!」
よっぽど大事にしていた消しゴムだったのか、女の子はすごい笑顔で消しゴムを掲げながら"ありがとう"を連発していた。
しかし、僕は女の子の連発の"ありがとう"よりも自分の推理力に自惚れていた。
"名探偵"と呼ばれる毎日
翌日の"朝の会"で先生から、女の子の消しゴムがみつかったことをみんなに報告した。
担任の先生「昨日の"消しゴム事件"は名探偵ヨシモト先生のおかげで解決されました!」
先生からの半分ふざけた一言のせいで、僕はクラスのみんなから"名探偵"と呼ばれるようになってしまった。
どっぷりと自惚れていた僕にとって"名探偵"は優越感と快感でしかなかった。
それから毎日のように"さがしもの"を依頼される毎日でした。
『こんなにも毎日誰かがなにかをなくす物なのか。』
そんな疑問すら"自分は頼られている"という前向き過ぎる勘違いを起こしていた。
それでも依頼された"さがしもの"は全てみつけることができていたのです。
と言っても、机の中のお道具箱の奥に落ちたハサミをみつけるぐらいのたいしたことのない"さがしもの"が大半なのですが。
注目され過ぎた"さがしものがかり"の僕は、何日か"さがしもの"がない日が続くと、自分への注目度も薄れていき、寂しさを感じるようにもなっていたので自分で友達の筆箱を隠しては探し、探偵を気取る"迷探偵"にもなってしまっていた。
名探偵の名にかけて
ある日、突然とんでもない依頼が飛び込んできた。
なんと、当時僕が大好きだった女の子の大事にしていたミッキーマウスのキーホルダーがなくなったのです。
その子とは毎日一緒に下校していたので、そのキーホルダーがランドセルの横につけていたことも、お母さんに買ってもらったすごいお気に入りの宝物だということも知っていた。
名探偵の名を欲しいままにしている僕としては必ずみつけなければいけない。
むしろ、みつけて女の子に喜ばれたい。みつけたらかっこいいと思ってもらえるかもしれない。半ば下心も抱いていた。いや、下心しかなかった。
恐らく登校中に落としたとのこと。
学校からその子の家までは15分ぐらいの距離。
学校の外のことなので、先生から下校の時にみんなで探しながら帰ろうという結論が下された。
もし僕ではない誰かがみつけたら"名探偵"の名が廃ってしまう。そして、好きになってもらえるチャンスを失ってしまう。
そんな危機感を覚えた僕は"おわりの会"が終わった瞬間に誰よりも先に正門をくぐり、学校を飛び出して女の子の家までの道を逆走していた。
なんとしても見つけ出さないと。動機が不純だろうと僕はただただ必死だった。
全くみつかる気配もなく、気づけば女の子の家の前に着いていた。
途方に暮れて歩いている背中を照らす夕日でできた影はいつもより切なく感じた。
がっくしと肩を落としながらも、もう一度学校の方へ戻りながら溝や草むら、自動販売機の下まで覗いてみたがどこにもキーホルダーはない。
それもそのはず、後日発覚したのですが、女の子が失くしたと言っていたミッキーのキーホルダーは女の子のポーチに入っていたのだ。
登校中にキーホルダーがちぎれてしまい、落ちたキーホルダーを拾い、ポーチにしまっていたのでした。
女の子はそんなことを忘れて大騒動を起こしていたのだ。
みつかるはずのないキーホルダーを探し数時間。
もう誰もが諦めて家に帰っただろう時間も僕は一人でひたすら探していた。
いつの間にか日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。
18時を知らせるどこからともなく流れてくる音楽は遠く昔のことのように感じながら、もはや学校の区域外の公園の遊具の下を探している時、眩しい光が僕を照らした。
その光の先に立っていたのはおまわりさんと母親でした。
門限の18時を越えて20時になっても帰ってこない小学4年生の僕を心配して近所の人みんなで探していたそうです。
そうです。
いつの間にか、"名探偵"を気取っていた
"さがしものがかり"の僕自身が
"さがしもの"になっていたのです。
翌日、夢中になり過ぎた僕に、これ以上の迷惑をかけないようにと先生から
"さがしものがかり"解雇命令が下り、僕は自分の係を"なくしてしまいました"。
どんな物でもみつけることができた僕でしたが、
"名探偵"と呼ばれてクラスの人気者になっていたあの頃を越えるなにかを"みつけることができず"に終わってしまった小学4年生の時の"最初で最後のさがしものがかり"の話でした。
夢中になるのはいいけど、自分を見失わないように。