top of page

14/1/17

雑木林とカブトムシ

Image by Olia Gozha


小学三年生の夏、僕は雑木林の近くの珠算塾に通っていた。

雑木林にはカブト虫がいた。朝早く黒い大きなコウモリ傘を手に家を出る。足をマムシに噛まれても最小限の傷ですむように分厚いゴムの長靴を履いていく。草むらに分け入ると、誰にも教えたくないクヌギの木がそこにはあった。

雑木林の甘い匂いがする。密度の濃い樹液が幹から滲み出ている。コガネムシが集まっている。スズメバチもきた。身を潜めるようにしてスズメバチが飛び立つのを待つ。目をこらすと、カブト虫が自分の背丈よりもずっと高い幹の樹液を吸っている。

僕はコウモリ傘を逆さまにして静かにクヌギの根元に広げる。そして、思いきり幹を蹴る。蹴って、木を揺さぶる。

ドサっとカブト虫が傘の中に落ちる。

「来た!」

この一瞬に戦慄が走る。

何物にも代えがたいこの感触を求めて、翌日も、その翌日も僕は雑木林に入っていった。カブト虫がいないときには飛んでくるときをそこでじっと待った。


期待感に胸が膨みあっという間に時間が過ぎていく。次第に珠算塾には遅刻するようになり、行かなくなり、夏の終わりにはやめてしまった。


「おとうさんが子供の頃はな、クヌギの木がこのあたりにあってな」

それから数十年後、伐採され整地された雑木林の跡を小学一年生になった長女と歩く。少年の日にときめいた記憶は決してセピア色に褪せることはない。

鮮烈なあの感触を、大人になった今でも追い求めている。

←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」

情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般...

大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と...

あのとき、伝えられなかったけど。

受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分...

ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話

爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと...

bottom of page