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14/1/8

おとうさん、また来てね!

Image by Olia Gozha

長女の初めての運動会。この日のことを僕は忘れない。

定番の場所取りは、幼稚園児と父母、それに祖父母の席の争奪戦となる。早くから陣取る父親たちは最前列にビデオカメラをセットして待ち構える。百台近いビデオカメラが園庭を取り囲む。それほどまで観戦意欲がない僕は、来賓席のテントの片隅に小さなビニールシートを敷いた。

 

長女が「アララの呪文」を歌い踊る。

かけっこをする。仲間を応援する。

 

弁当を広げる時間には、

「お昼からは、おとうさんも出るんやよ」

窮屈なビニールシートからはみ出した僕の脚に長女が座り、うきうきして言う。

「写真とってあげよ。おとうさんとのツーショットやよ」

おにぎりを頬張る長女の写真を妻が撮る。

 

妻もまた写真にはそれほどのこだわりはない。もとより我が家にはビデオカメラもない。午前中に撮った写真は、かけっこをする遠目の二枚だけだった。

 

それでも長女は楽しそうに笑う。

 

幼稚園は父親が参加するプログラムを用意していた。二人三脚でテニスラケットにボールを載せて運ぶ競技だった。集合のアナウンスが流れると、ジャージ姿の父親たちが駆け出していく。けれども、僕はしゃかりきになっている父親たちとなじめない上に、親子のふれあいを演出するプログラムに乗り気ではなかった。

 

その頃、僕はいつになく忙しく、長女が起きる前に出勤し、眠った後に帰宅していた。日曜日の夜に出張先へ移動することも多かった。週末を返上し、馬車馬のように働いた。長女とは会う間もなく毎日が過ぎていった。

 

僕にとっては睡魔が充満する運動会だった。

だから、いやいや列に並びに行った。

 

ほかの親子は手をつないで整列していた。長女を探すが、同じ体操服を着ている園児が何十人もいて、どこにいるのかがわからない。右往左往していると、列の中程に唇をぐっと噛み締めて泣き顔をこらえている長女がいた。僕がその肩をたたくと、長女はそれまで我慢していたものが一気に噴出しかのように、わっと声を上げて泣いた。

 

先生が何事かと駆け寄った。

「おとうさんですね。遅れないで来てくださいね」

先生は僕の手をぐっとつかんで長女の手を強く握らせた。

「おとうさんはちゃんときてくれたからね」

長女を励まして最後尾に並ばせた。

 

長女は無言のまま競技開始直前まですすり泣いていた。

二人三脚で走っているときも涙を拭っていた。

「ごめんな。悪かったな」

僕は悪いことをしたように感じ一言だけ言った。

 

その日の夜も、夕食後、早々に着替えを出張カバンに詰め込んだ。

玄関から出ようとすると、

「おとうさん、言いたいことがあるんやけど」

長女が駆け寄ってきた。

「どんなこと?言いたいことって何?」

 

長女は屈託なく笑っている。

黄色い花柄のパジャマが眩しく見える。

じっとこちらを見ている。

何かを考えているようだ。

 

「あのな、おとうさん。今日は運動会に来てくれてありがとう」

そして、

「おとうさん、また来てね!」

と、言った。 

 

無邪気な笑顔だった。

僕は違和感を覚えたが、そのまま家を出た。

 

車中、急に寂しくなった。長女は僕が家にいるものとは思っていない。楽しみにしていた運動会でも、一番いてほしいと思うときにはいなかった。待ちわびてようやくやって来る、よその家とは違う父親だった。

 

何かとんでもないことをしてしまったように思った。しばらくすると泣けてきた。不思議な感覚だった。それまで家族のことを意にもかけなかった僕が、生まれて初めて経験する思いだった。泣けて、泣けて、どうしようもなく涙がとまらなくなった。

 

このときから、僕は、家族を生涯のテーマとすることに決めた。


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