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13/12/13

言語では何一つ確実なことは伝えられていないのではないかという話

Image by Olia Gozha

先日,仏教思想における「空」について考える文章を書いたが,本日は職業柄,言語使用においての「空」について触れたい。

結論から言うと,私たちは結局,言語を使用する上でも何一つ確かなことを語ってはいないらしい。

今日まで伝わる主な仏教教理は釈迦入滅後,約800年のち,紀元3世紀頃の人物であるとされるナーガールジュナ(龍樹)によって体系化された。この体系化という事績から彼は大乗仏教「中観派」の祖とされている。

前置きはさておき,この龍樹によれば,言語使用における「空」とは次のように考えられる。この概念は,サンスクリット語の動詞活用や語形変化の分析をもとに編まれおり非常に難解である。以降,ごくさわりの部分を私なりの理解によってまとめるが,より詳しい方がいたらご教授願いたい。

ここに,ある名詞文の命題がある。

命題1 : これは本である。

言語使用において,何かしらの意味を伝えようとする場合,文章は必ず主部と述部からなる。龍樹は言語がこのような構造を持たなければ何も伝えることができないという事実をもって,言語は本質的に何も表すことがかなわないのだと喝破する。

つまり,どういうことか?

「これ(は)」自体はよい。「これ(は)」という言葉はおそらく眼前のあるものを示している。問題は,それに続く述部「本である。」にある。一見「本」とは何かということについては疑問を差し挟む余地はないように思われるが,この命題においては「本」とは何かということについての説明が一切ない。

もし,「本」というものを知らない,かつて世界に広く存在した無文字社会の住人に「本」を説明するとしたら,何かしらの言葉を尽くす必要があるだろう。

命題2 : 本とは文字が印刷された紙の集合体である。

そこで,さらに「文字」,「印刷」,「紙」「集合体」といった言葉の説明が必要になる。このように,述部についての説明は無限に繰り返され,結局,本質的には「本」というものを言葉のみによって完全に説明し尽くすことは不可能である。

これは以前,自分の出身研究室のメンバーと一緒に読んだデリダの「差延」の概念に根底でつながっているように思われるがどうだろうか。難解で知られる戦後のフランス現代思想が哲学界を風靡する数千年前にインドでは既にこのようなことが論理的に表されていたという事実だけでも,めまいを感じる。

次に龍樹はサンスクリット語の動詞のアスペクト分析によって動詞自体の機能においては本質的にどのような動作も表し得ていないことを論証している。ただ,これは私の理解では今のところ説明が難しい。

ただし,本質的には言語も「空」であるが,一定の恣意的構造だけは残るであろうということも同時に検討されている。このあるものとあるものの関係性を「縁起」という。本質的には何も言い表していないゆえにやはり「空」であるとしか言えない言語だが,辛うじて「縁起」によって何かを伝えているのかもしれないという体裁を取ることができるのだという。

とにかく,私たちは言葉によって何も伝えていないということはある側面においては真であると言えるだろう。

しかし,言葉によって説明できなくとも「本」は目の前にあるではないかと思うが,この本という実在をどう扱うかは,諸派によって解釈が分かれるらしいが,これも非常に難解なのでここでは触れない。というか,今のところ私には簡潔に整理できない。

ただし,「本」を「愛」という抽象概念に置き換え,「これは愛である」という文章について考えてみれば,やはりわたしたちは言語による表現には限界があるということを直観的に感じることができるだろう。

そこで,インドの偉い坊さんたちは考えた。言語というものが本質的に何も表し得ないのであるとすれば,真理に至る(悟りに至る)には言語を操る(思索する)だけでは不可能で,言葉を極限まで止滅させていった先にある「何か」を手に入れなければならないと。

そこで生まれてきたのが身体的な修行(苦行)だということのようだ。それは中国に至っては禅となり日本に伝えられる。ところで,悟りというのは直観を超えた瞬間的な凄まじい体験であるという。しかし,悟りを開いたのちは,やはりそれを過不足なくとまでも言わなくても,ある程度伝えていくためには「縁起」に頼らざるを得ないということもまた事実のようだ。

悟りを開くかどうかは別としても,フランス現代思想が表した構造(縁起)や「差延」という概念をはるか数千年前に精緻に検討していた人たちがいて,それはまだ何者によっても完全には論駁されていないという事実を私たちが知っておくことは決して無益ではないと思うのだが,どうだろうか。

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