top of page

13/10/2

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その10 〜音楽は俺にとって足枷せでしかない。

Image by Olia Gozha

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その10 〜音楽は俺にとって足枷せでしかない。


僕らを乗せた屋台カーは、一ノ関へ向かっていた。 

そこが屋台カーのゴールで、そこからは別の車で東京に戻る予定だ。 



いつも「愛の実現した世界」を目の端に捉えながら、「音楽は俺にとって足枷せでしかない」とTは言った。 


音楽は決まって、愛の世界が実を結ぼうとするその瞬間に立ち現れる。 

時に甘美なメロディとして、時に暴力的なリズムとして、時に機械的なハーモニーとして、 巨大な津波のように押し寄せては、愛の完成を阻む。 


喉を枯らしてうたを歌い、泣きながらギターを弾き、身体を切り刻んで踊りながら、Tはいつも音楽から自由になる方法を考えている。 



「君が『足枷せ』と呼んでいるものを、僕は『境界線』と呼んでいるんだ」 

と、僕はTに言った。 

自分をある限界に制約しつづけるもの、それが境界線だ。 

境界線の上に立ったとき、ひとはその制約から自由になれる。 


男女の区別から自由になりたければ、男と女の境界線上に立てばいい。

ナショナリティから自由になりたければ、国境線に立てばいい。

音楽から自由になりたければ、音楽と、音楽ならざるものとの間に横たわる境界に立つしかない。 



小鳥の鳴き声は音楽だろうか。 

赤ん坊の笑い声は音楽だろうか。 

雨や風の音はどうだ。 

工場や自動車のノイズはどうだ。 


暗闇を照らす車のヘッドライトは音楽だろうか。 

出来立てのラーメンの湯気は? 

おばちゃんの笑顔はどうだ。 

地震や津波や放射能は、果して音楽か。 



音楽と非音楽の間にある境界線に立ち、両方をその眼下に見下ろすことができれば、きっと僕らは音楽から自由になれるだろう。 


「それはいい考えだね」とT。 

先日も、音楽の話で誰かとケンカになったと言う。 

「音楽のためにケンカするなんて、完全に本末転倒なんだ」 

Tは熱に浮かされたように呟いた。 



一ノ関よりかなり手前のガソリンスタンド。 

そこで給油したのを最後に、屋台カーは足を止めた。 

それまでも停止中にエンストしたり、白煙を上げたり、かなり調子が悪かったのだが、ついにエンジンが掛からなくなってしまったのだ。 


セルが空転する改造軽トラックに苛つき、「ちくしょう、この車、全然ダメだ」と毒づく僕に、Tは本気で怒った。 


「馬鹿野郎、お前、自分のじいちゃんが死に掛かっているところを想像しろよ。『ちくしょう、全然ダメだ』なんて言えるか?」 


愛の対象を、瞬時に無生物にまで広げられるTを羨みながら、 深呼吸して、

「じいちゃん、大丈夫だよ、もう少しだから頑張ろう」と声を掛けた。 

たが屋台カーはそれっきり沈黙し、ある境界を越えることをやめてしまった。 


バッテリーが弱っていたのかもしれないし、プラグの寿命かもしれない。 

いずれにしてもその場で修理できるようなレベルではなかった。 

境界に取り囲まれて自由を失った屋台カーはひとり、ディーラーの前で翌朝の修理を待つことになった。 



「じいちゃん」に別れを告げ、僕らはもう一台の車へと乗り込んだ。 

後部座席に腰を落ち着けた瞬間、僕の意識は背後の暗闇へと落ちていった。 

←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

高校進学を言葉がさっぱりわからない国でしてみたら思ってたよりも遥かに波乱万丈な3年間になった話【その0:プロローグ】

2009年末、当時中学3年生。受験シーズンも真っ只中に差し掛かったというとき、私は父の母国であるスペインに旅立つことを決意しました。理由は語...

paperboy&co.創業記 VOL.1: ペパボ創業からバイアウトまで

12年前、22歳の時に福岡の片田舎で、ペパボことpaperboy&co.を立ち上げた。その時は別に会社を大きくしたいとか全く考えてな...

社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話(1)

※諸説、色々あると思いますが、1平社員の目から見たお話として御覧ください。(2014/8/20 宝島社より書籍化されました!ありがとうござい...

【バカヤン】もし元とび職の不良が世界の名門大学に入学したら・・・こうなった。カルフォルニア大学バークレー校、通称UCバークレーでの「ぼくのやったこと」

初めて警察に捕まったのは13歳の時だった。神奈川県川崎市の宮前警察署に連行され、やたら長い調書をとった。「朝起きたところから捕まるまでの過程...

ハイスクール・ドロップアウト・トラベリング 高校さぼって旅にでた。

旅、前日なんでもない日常のなんでもないある日。寝る前、明日の朝に旅立つことを決めた。高校2年生の梅雨の季節。明日、突然いなくなる。親も先生も...

急に旦那が死ぬことになった!その時の私の心情と行動のまとめ1(発生事実・前編)

暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

bottom of page