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13/9/30

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その8 〜これじゃあヒナンミンじゃなくて、ヒマンミンになっちゃう。

Image by Olia Gozha

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その8 〜これじゃあヒナンミンじゃなくて、ヒマンミンになっちゃう。


南三陸町では、震災から二ヶ月以上経過していても上下水道が復旧していなかった。

ラーメンの材料も足りなかった為、水と食材を調達しなければならない。 


付近の住宅では、沢の水を引いてきたり、雨水を集めたりして生活用水としていた。 

民家の前に、自衛隊の巨大な給水車が停まっている。 

幼い子供たちも既に自衛隊に慣れているらしく、隊員に遊んでもらいながら水の配給を受けていた。 

僕が出会ったのは、ナナミちゃんとノノカちゃんという仲良し姉妹だった。 

幼い子供と迷彩服の兵隊の取り合わせは、戦争が日常化している国の風景を思わせた。 



水と食材の到着を待っている間、僕は避難民の方々に何と声を掛けたらいいのだろうかと考えていた。 

生き残った人たちのほぼ全員、家族か、恋人か、友人か、あるいはその全てを失っている。 

津波によって外傷(trauma)を抱え込んだのは、子供たちだけではないのだ。 


とてもじゃないが、「頑張ってください」なんて言えない。 

「大変でしたね」?「怖かったでしょう」? 

津波を思い出させるような言葉もNGだ。 

「もう大丈夫ですよ」?白々しい。大丈夫なわけがないじゃないか。 


だが、そんな風に思い悩んでいたのは僕の方だけだった。 

ラーメンが出来ると、屋台の前にはあっという間に行列ができ、 避難民の方から次々に声が掛かったのだ。


いただきます。ごちそうさま。おいしかったです。 もう一杯ください。この屋台すごいですね。どこから来たの?ありがとう。


一人一人と受け答えをするうちに、僕も次第に元気になっていった。 

一体、どちらが被災者で、どちらがボランティアなのか分かったものではない。



人間好きのTの愛は、ヤンキーやヤクザにも注がれる。 

だがそんな彼にも、唯一苦手な人種があった―――それは「美人」だ。 

おそろしく美人なお客さんが来ると、Tは途端に顔を伏せ、瞬間、心を閉ざしてしまう。 

いつか「一番哀しいことは、愛をためらってしまうことだ」と嘆いていた。 


そこに、おばちゃんがやってきた。 

「これじゃあヒナンミンじゃなくて、ヒマンミンになっちゃう」とガハハと笑う。 

しみじみと「おばちゃんっていいなぁ」と漏らすTに、 

「君の苦手な美人だって、ひとり残らずおばちゃんになるんだぜ」とからかった。 



ところで、この日は僕ら以外にも何組もボランティアが来ていて、賑やかな日曜日になった。 

タイヤキを作る人。マッサージをする人。救援物資を配る人。 

大型の三輪バイクを持ち込んで、子供達を乗せてあげる人。昔のヒット曲を歌う人。 

アイスキャンディを配る人。大きなマグロを二尾持ち込んで解体ショーをする人。 


中には困ったボランティアも居た。 

被災者の為の炊き出しを残らず食べてしまう人。お祭り騒ぎでとにかくうるさい人。 

ナンパや、名刺交換ばっかりしてる人。ゴミを片付けずに帰ってしまう人。 


だが、そんな狂騒の中で僕は、「それでもいいんじゃないか」と思っていた。 

それでも、誰も来ないよりはずっとマシだ。 


もちろん犯罪行為をする人は困る。 

だが、少しくらい浪費をしたくらいでリソースが枯渇してしまうほど、東北は痩せた土地ではない。 

ここには肥沃な土地と、豊かな漁場と、懐の深い歴史・文化がある。 


ボランティアの心得として、 

「被災者の迷惑になってはいけない」「自分のことは全て自分で」等とよく言われるが、 究極を求めたら、被災地に行けるのは軍隊だけだということになる。 

それでは多くの人の腰が引けて、東北が遠くなってしまう。 


徹底した自己犠牲のボランティアなんか、どうせ長続きしない。だから、それぞれが自分のメリットを見付けながら、気楽に復興していけばいいのだ。 

ちょっとくらい世話の焼けるボランティアでも、東北人はきっと笑いながら受け入れてくれる。 


軽薄なナンパ師よ。美味しいものに目が無い女子よ。やかましいお祭り男よ。 

今こそ被災地へ行け。君達の活躍できる場所がある。

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