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第5話:網膜剥離になる原因はまだよく分からない【入院2日目】

Image by Olia Gozha

●自覚症状がまったくないまま、症状は悪化していた

 入院して2日目になると、網膜剥離というのがどういう病気なのか、徐々に見えてきた。「剥離」というと、ノートがまくれあがったみたいに、剥がれている状態を想像するだろうが、そうではなく、網膜が眼球から浮き上がった状態になっているのが網膜剥離という病気らしい。

 最初は網膜が痛んで黒ずむ。眼球の中を撮った写真を見ると、組織が黒ずんでいるように見える。次にそこに穴があく。この頃に、「飛蚊症」といって、目の中で蚊が飛ぶような、もしくは火花がぱちぱちと散るような自覚症状があるという。それが出たら、すぐに病院へと言われるが、僕のように、そういった自覚症状がまったくないまま、症状の悪化が進む例もある。

 次の段階としては、網膜に空いた穴から、網膜と眼球の間に液体が入り、浮き上がってしまう。水ぶくれをしたときの状態、あれに近いもののようだ。こうして網膜が剥がれてしまうと、目はきちんとした像を結ばなくなる。僕はこの段階になってようやく、自分の目の異常に気がついたわけだ。

 網膜の下側が剥がれると、視覚の上が見えにくくなる。僕の場合、下半分がはがれていたので、上半分の視覚がぼやけてしまい、ツーリング中も道路標識を見るとき、のけぞるようにしないと、よく見えなかった。そのときはゴーグルかメガネのレンズが曇っているのだろうと信じて疑っていなかったから、のんきなものだ。ちなみに、痛みは全然なかった。僕の場合、網膜は視神経の下半分剥がれていたのだけれど、これが視神経にまで及ぶと、完全に見えなくなるらしい。

 

●網膜剥離になる原因はよく分からないらしい

 この網膜剥離という病気は、治療方法は分かっているのだが、原因はまだ分からない部分が多いという。家庭医学書を読むと、「近視が極端に強くなった場合、目にボールが当たるなど強度の物理的衝撃を受けた場合、その他の理由で起こる」と書いてある。

 退院してから「網膜剥離になりました」というと「え、ボクシングでもやっていたんですか」という反応がいちばん多く、「ゴルフボールでも当たりましたか」と聞かれることもあった。つまり何か物理的な衝撃で起きるという認識が一般的らしい。

 ところが少なくとも、ここに入院している剥離患者は全員が「その他の理由」、つまり原因不明で剥がれた人ばかりだった。ボクサーやゴルファーなどでなくても、発症しうるのだから、「一般に考えられているよりも身近な病気」と言えるかもしれない。

 私が医師から言われたのは、「人間は無理をすると、体のいちばん弱い部分にしわ寄せがくるものです。中安さんの場合は、それが目だった、ということでしょう」だった。

 

●治療法は主に3つ

 上にも書いた通り、治療法は確立されているようだ。症状が軽い段階だと、レーザー光線を照射して凝固させるという方法がとられる。これは簡単で麻酔も目薬麻酔をするだけで、治療に要する時間も短い。僕の場合、右目はメスを入れたが、左目はレーザー照射で治した。これに関しては後述するが1時間程度で終わった。照射が終わった後は、視野はぼんやりしているが、施術後1時間くらいで元に戻り見えるようになる。

 眼球内にガスを入れて網膜を押し広げてくっつける、という方法もあるらしい。レーザー照射は、完全に網膜が剥がれてしまっているときには有効でなく、剥がれてしまうと、このガス注入方法を使うそうだ。この場合、ガスを抜くまで何日間か目が使えない状態が続く。

 そして最後の手段が手術。剥がれた箇所を糸で縫いつけるらしい。そのためには、目を切開する。手術に使う糸は、目の奥の処置に使うものは、自然に溶けるものを使うが、外側に使う糸は溶けない。ある日、自然と取れるのだという。

 ここではいろんな手術が行われるが、網膜剥離と並んで多い白内障のそれは、比較的簡単らしい。患者さんに安心してもらうため、希望者には手術の様子をビデオで見せることもあるという。逆に、網膜剥離の手術風景は見せないのだそうだ。

「白内障の手術は見せると、患者さんは『なんだ、あんなに簡単なんだ』って安心するんだけど、剥離の手術を見ると、逆に怖くなってしまうからみたいだよ」

 と、ある患者さんが言っていた。

 

●「担当医師が誰なのか」が気になる

 この病院には眼科のお医者様が、佐藤先生を筆頭に常勤で3人いらっしゃる。もちろん外来の患者さんも診ておられるので、いつも入院病棟にいるわけではない。入院病棟に来られるのは、午前中の診察の時間だけで、その時は診察室内にいらっしゃるから、普段、姿をお見かけすることは滅多になかった。

 3人のメインのお医者様の中でも、佐藤先生への信頼度は抜群。症状の重い患者さんは佐藤先生担当になるようだが、それでも「佐藤先生なら」と安心するらしい。私の場合、症状が重たいから佐藤先生の担当になったというより、叔父からの推薦状があったからだろう。大して悪くないのに、そんなに良い先生についてもらっていいのかなと思いつつ、やはり安心する。

 担当医師が誰なのかは、患者としてはやはりいちばん気になることらしく、これ以降も、初対面の先輩入院患者さんと会うと、自己紹介代わりにまず、「病名は?」「担当医は?」というのを必ず質問された。網膜剥離で入院している患者さんは意外と多いようだ。

 この日、廊下を歩いていると、中年女性の入院患者さんが「あなた、新しく入られたの?」と声をかけて下さった。「そうです」と答えると、まず聞かれたのは名前でなく病名だ。

「網膜剥離です」

 その方の顔が少し曇り、「若いのにそれは大変ねえ」と慰めの言葉を頂く。

「それで担当の先生は?」

「佐藤先生です」

 と答えると、その時のリアクションが面白かった。

「佐藤先生なの? ということは、症状が重いのね……」

 一瞬、目線をそらしたのだが、すぐに、

「でも佐藤先生なら、症状が重たくても安心ね。手術も佐藤先生? それなら大丈夫だわよ。早く良くなって退院できるといいわね」

 笑顔でフォローをして下さった。

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