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初めてバランティアで、岡の中腹にある小さなホスピス施設内に入った時、ちょうど偶然、職員さんとバランティアさん4人が昼食を済ませ、若いバランティアさんが皿洗いをはじめながら、お喋りを楽しんでいた。
患者P さんとその旦那さんの話だった。「旦那さんは出張が多い仕事だったんだって。」と、一人の中年職員。
「その旦那さんはとても厳しい人で、 家庭内の事に関しても、きびしく注文をつけるので、旦那さん在宅中は、奥さんはちぢみ上がっていたそうよ。」と、もう一人の職員。 全員の高らかな笑い声。
「ご主人様が出張中は、食卓の上に色々な種類の御菓子類を山積みして置いて、 それを食事がわりにつまみ食いしてたそうよ。」と、職員の一人。 また、腹を抱えて笑う声が部屋中にこだました。
「ご主人の留守中だけでも、食事作りから解放されたかったみたいよ。」
「入所中のその奥さんである患者さんは、病室にご主人がいない時は、結構チャーミングな性格も見せてくれるけど、旦那さんが見舞いに来て、病室の椅子に座り込むと、 すっかりおとなしい奥様に早変わりよ。」と、誰かの声。 再び、全員の笑い声。
はじめてこの様子を目撃した私は、「他の部屋の患者さんに聴こえてしまうのでは。」と、余計な心配をしたくらいだ。
万が一、数年後、私が患者で入院する可能性も皆無ではなかったので、在宅中の施設長をはじめ、職員達が、患者の個人的生活や性格等を肴に、笑い転げている施設である事を悟った。
もちろん、ホスピス施設での仕事は辛い上、つまらない仕事だろう。
施設長が率先して、たまには、職員の笑いを引き出す努力をする気持ちも、わからないわけではない。
職員の主な言語が日本語であり、その小さなホスピス施設で入院中の、わたしが対応した患者さんは日系アメリカ人で、 日本語がほとんど99パーセントわからないので、幸運な事に何で皆んなが笑っているかわからなかったと思う。
とは言え、外部から来た人間としては、居心地の悪い気分を味わった事も事実だ。
そこの施設長さんの説明だと、他のアメリカの高額を要求するホスピス施設と違い ここはほとんど寄付だけで成り立っていながら、 何とか運営を長年続けているそうだ。
日系アメリカ人社会が、どうやら支えている施設のようだ。
わたしも一端の日系アメリカ人になって、既に25年以上過ぎた。
高齢化してから、 ハワイに引っ越してきて、 ホノルルの社会で生活を営み、 人生の最後はホノルルのどこかの施設に、お世話になる可能性のある予備生でもある。
目を大きく見開いて、 ホノルルを多面的に理解する努力に邁進中だ。


