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ジョン カバット ー ジン(Prof. Jon Kabat-Zinn) 、マサチューセッツ州立大学医学部名誉教授は、「庶民の米国史」(“People’s History Of The United States”) を執筆した、偉大な歴史学者ハワード ジン(Prof. Howard Zinn )の息子さんだ。
瞑想の一種ともいえる「マインドフルネス」という考え方を考案した。
そしてそのマインドフルネスが、静かにアメリカ中で広がっているようだ。
「イギリスの国会議員団でさえ、マインドフルネス手法を取り入れて始めている。」と、著者。
1960年代、MITで 分子生物学を学んでいた学生の頃、ふと、学内で開かれた禅の瞑想会に、カバット- ジン博士は参加した。
その経験が発端で、 それから長年の間、マインドフルネスに関する研究をつづけ、 書物も著した。
頭蓋骨の内側には、86億の神経細胞と, 神経細胞をあるべき位置に固定して、正常な機能を果たす手助けをしている、沢山のグリア細胞もある。
1971年に、MITを卒業後、彼は長年マサチューセッツ州立大学医学部で、ストレス軽減センターを運営した。
若い頃、例えば、ティク ナット ハーン(Thich Nhat Hanh)、ベトナム仏教の高僧の下で、瞑想の訓練も受けた。
また、もともと古代インドで発祥した、ヨガの訓練も、他の専門家達から受けた。
このような東洋的瞑想法やヨガと、最新の西洋科学の新事実を、統合する道筋を開いていった。
その結果、生み出されたのが、MBSR (Mindfulness Based Stress Reduction)、マインドフルネスをもとにした、ストレス軽減法であった。
吐く、 吸い込む といった、一連の呼吸に気を集中させながら、背筋を伸ばして座禅する。
また、「歩いている時も、料理中も、子供や孫と一緒の時も、マインドフルネスは実行できる。」と、著者は書いている。
瞑想は、東南アジア、東アジア、インド等で、古くから行われているが、その地域だけの産物にしておくのは勿体無い。
何処で生まれた信念、思想、方法論であれ、「良い物は、素早く西洋的理論武装の上、 全世界へ広げよう。」と言う、趣旨のようだ。
現代人は、ややもすると、自己のことに、心が偏りがちだ。
マインドフルネスの訓練を受ければ、その片寄った考え方を是正し、もっと広い角度から生命、人生、地球や宇宙を考えてみることだって、本当は可能なのだ。
1979年に、教授は、8週間のマインドフルネス訓練教室を、開催しはじめ、 科学的に統計を収集した。
特に、医者がサジを投げたくなるような、慢性の痛みに苦しむ、患者達を参加させて、詳しい統計値を集めた。 科学と瞑想の合体だ。
マインドフルネス手法を、約2カ月間学ぶ内に、参加者達は少しずつ、現状を受け入れるようになった。
色々、全ての事象に対して、新たな気づきを経験した。
その結果、いつのまにか、「痛みも緩んでいた。」と、患者は気づいた。
その患者達の脳の状態を、MRI (Magnetic Resonance Imaging)核磁気共鳴画像法を使って、詳しく分析、統計化した。
心の持ちようの重要さを、示唆している実験だった。
人間はすべからく、考えすぎる傾向が強い。 瞑想を通して、 心の動きを、冷静に観察する事で、心に余裕が生まれ始める。
普段、人間は、生命に欠くことのできない呼吸のことを、とんと忘れている場合が多い。
運良く、忘れていても、身体はちゃんと呼吸をして、生命の維持に努めている。
改めて、その呼吸に、全身全力で集中してみるのも、多くの良い発見がある。
頭の中の脳は、大変複雑な組織だ。 現代の脳科学の進歩は、目を見張るほどである。 今まで、闇に包まれていた部分が多かった、脳機能の詳細が、明確になりつつある。
瞑想効果の測定も、脳のスキャン等で、詳細に解明てきていて、精度も格段と上がっている。
21世紀に入り、瞑想の驚くべき効果が、科学的に証明されつつあるのだ。
米国の首都近郊にある、国立衛生研究所(NIH) でも、米国連邦政府は多額の研究費を、マインドフルネスと脳科学研究などに与えている。
潤沢な資金があるので、21世紀に入ってから、ここ20年、多くの若手研究員の、マインドフルネスと言う表題の論文発表が、うなぎ上りに増えている。
MBSR は、ある種の深い瞑想手法であるが、宗教ではないことを強調している。
東洋の宗教に対する、米国民のアレルギー現象を、食い止めるためかもしれない。
普段、自分が認めている以上に、人間の可能性は、もっと広大であることを悟ることで、諸々の問題に、冷静に対処できる人間に成長できる。
利己的自我の塊から、他者をも思いやる、大きな心を育てる手法が、マインドフルネスなのだ
その考え方は、他者ばかりではなく、他の動物達、植物、地球そして宇宙にまで広がる。
神経科学の進歩もめざましく、 今後、マインドフルネスが、 もっと科学的に証明される日もそう遠くはない。
ストレス軽減診療所を設立後、最初の20年間は大きな進捗はなかった。
けれども。1999年頃から、マインドフルネスと表題をつけた論文が、専門誌に840部も、発表されるまでに至った。
スキャナーの進歩により、研究者の数も増え、成果も現れはじめている。
現代医療の弱点は、 客観的理性を強調する余り、人間として最も重要な、共感する力をなおざりにしていたきらいがある。
それを是正する手法の一つが、マインドフルネスなのである。
人間の心には、もともと同情心が備わっているが、 日常の雑事に気を取られ、 同情心が闇に埋もれてしまっている場合もある。
今までの人間は、まだ埋もれたままの未曾有の可能性、能力を秘めていて、それに気づく一手法がマインドフルネスなのだ。
インドをはじめ、中国、日本などで長い歴史の中で、瞑想、座禅は文化の一部として、太く長く存在していた。
21世紀の脳科学の、目まぐるしいほどの進歩で、西洋科学と東洋的思想が合わさって、新しい手法が、大手を振って歩きはじめたのかもしれない。
これも一種のグローバル化なのだろうか。


