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2012 年に出版された「エリート達の黄昏」(Twilight of The Elites)はChris Hayes(クリス ヘイズ)が著者だ。 ニューヨークタイムズ紙のベストセラーである。
240ページの本で、1979年生まれの、若手作家がアメリカの現状を、多角的に分析した著書である。
この本は、21世紀はじめの、10年間に焦点を当てている。
「米国の指導者層の道徳、倫理の欠如、自己保存本能の肥大化などが、米国の社会制度病理の根本的原因だ。」として、実例を多く挙げている。
金融界が捏造した金融商品がもとで、世界的金融危機を招いたにもかかわらず、連邦政府は、ウオールストリートの、投資銀行に対しては、大金をはたいて緊急援助を惜しみなく与えた。
それに対して、一般市民が、銀行窓口の口車に乗せられ、夢のマイホームを購入後、その住宅抵当が焦げ付いた場合は、無頓着に知らぬふりをする。
また、カトリック教会が、子供に対して性的悪戯を犯した牧師や司祭を、罰するのではなく、反対に、かくまう姿勢に対しても、宗教の指導者層の、姿勢並びに倫理問題として挙げている。
政府側並びに有識者の一部が、イラク戦争前夜、怪しげな事実無根の噂を流して、国民を平気で欺く体質等にも、共通の問題がある。
資源の分配も、上層部だけが鷲掴みしすぎ、 中、下層部に対しては、経済的締め付けを、反対に強化してしまう。
民主主義を標榜しながら、 いつのまにかエリート集団が、実力社会と称して、能力主義の雄叫びの下、 自分達の懐だけに、たっぷり富が集中するよう、制度をずる賢く悪用している姿を、浮き彫りにする。
実際は、汚職にまみれ、本当の能力があるわけでもないが、「少数団のエリート同士手を組んで、自分達の利権保護に、躍起となっている社会が、今のアメリカだ。」と、著者。
多角的大企業であったエンロン社の、巨額粉飾決算事件は、2001年に発覚した。
米国史上最大の企業破産がニュースを賑わした。
「若い世代は、親世代より良い生活ができる。」と言う、楽観主義がアメリカにあった。
でも、実際は、若者世代は親世代より、経済的により厳しくなる現状が表面化した。
「アメリカの夢」消滅の危機でもある。
根本的問題は、「アメリカという国が、制度的機能不全に落ちいている」と、著者は述べている。
ただ、単なる政治的機能不全ではなく、重要な柱になるべき制度全てが、崩壊寸前の状態である。
10万人のイラク人、4、500人のアメリカ人が戦死した、あってはならないイラク戦争。 しかも、戦争は10年以上も続いた。
2005年、ニューオリンズ大水害が、ハリケーンカトリーナによってもたらされた時も、住民の多くの苦しみを真摯に受け止めて、 援助の手を差し伸べる努力を怠った。
一方、「連邦政府が行った金融業界の救助は、人類史上、最大の詐欺である。」と著者は述べている。
このような一連の不祥事により、権威者の信用は地につき、大多数の市民は、何を信用して良いかわからなくなった。
政府、民間企業への信用は落ち、加えて失業率の増加などが、アメリカ社会に、重苦しくのしかかっている。
社会の制度そのものが、ひび割れてしまっている。
不平等が広がり、上層部のエリートは大多数の民衆の現状を、今や理解出来なくなってしまっている。 なぜなら、住む世界が違いすぎるからだ。
この著者は、アメリカ社会の、エリート選別方式の歪みに対しても言及している。
「優秀な人材育成と称しているが、 中身は、富裕層の子息が、エリート入りする確率が増えている。」と、著者。
過去のアメリカに比べ、21世紀初頭の10年間をみると、下層から中層、そして上層部への移動が低減しているのが現実だ。
他の先進国と比較しても、アメリカの移動率低下が目立つ。
いわゆる、エリートである上層部と、一般市民の落差が広がれば広がる程、 上層部は人々の現状を把握できなくなる。
トップ 同士の繋がりは、より機密になり、 一般市民達との距離は広がるばかりだ。
このような状況下では、制度上、「ごまかしなんか平気。」と言う、危険な心理が、上層部に蔓延する確率が高くなる。
上層部の倫理、良心の咎めといった心の問題が、うやむやになってしまう土壌ができてしまったのだ。
少数の超エリートの、仲間意識だけ強調されてしまう社会では、本当の民主主義は花開かない。