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ハワイに越して来た直後から、壮大な自由時間を、有意義に過ごす方法を考えた。
昔から好きな、読書の道を、再度歩み始めた。運の良い事に、今のところ、目は普通程度に健康なようだ。 眼鏡なしで書物を読める。
イスラエルの歴史学者が、ヘブライ語で書いた本の英訳である、「サピエンス」(Sapiens) を購入。
このきっかけはユーチューブだ。 彼の数種類の英語での講演を聞いて、本屋に駆け込んだのだ。
教授は、オクスフォード大学留学の経験があるとはいえ、彼にとっては、第二言語での講演である。 それがかえって、私には聞き取りやすい英語であった。
ニューヨーク タイムズのベストセラーになっている本で、自分の生きた78年などと言う狭い見方が、恥ずかしくなった。
なんと、13.5億年前のビッグ バンと言う宇宙の物理から始まる、壮大な歴史書で ある。
この地上には「10万年前まで、少なくとも6種類の人類がいたようだが、現在は我々ホモ・サピエンスだけが、生き残っているのは何故か」と読者に問う。
著者は、ヘブライ大学の歴史学教授であるから、出席している若い学生達への質問でもあるのだ。
ああ、こんな授業が受けたかった。 教師が黒板に書いた要点をノートに移し、「受験に出る、 出ない」で、重要度が決まってしまうような、勉強ばかりしていたと反省しきり。
「本格的勉強をせよ、あの世に行くのはその後でも良し」と青空から声が聞こえそう。
このように世界史を、広大な角度から見るのは、私にとって、生まれて初めてで、「人生とは勉強なのだ。」と、心臓が高鳴りした。
昔、昔、高校時代、世界史は範囲が広すぎると思い、私は日本史を選択した。
もちろん、自国の歴史を知ることは絶対必要であるが、鳥瞰図的に世界史と言う観点から、人間界の歴史を考えるのも、同じように、本当は重要だったのだ。
認知革命、農業革命等を経て、500年前に科学革命が起こった。
この三大革命が、「人類並びに地上の全ての生き物に与えた影響。」という観点から、記述が続き、416ページの「サピエンス」が終結する。
「大型動物も、地上を闊歩していた時代から、なぜ、どちらかと言うと、弱い動物であった人類(Homo Sapiens)(ホモ・サピエンス)が、地上を制覇して行ったのか。」と、著者は説明を続ける。
「今のこの社会がごく普通」と、思っていた私には、思考のスケールの大きさに、心が躍り始めていた。
「人類には、多数が協力すると言う特色があり、その協力性、協調性が、他の動物を徐々に支配するにいたった。」と、著者は理論づける。
なるほど。野生動物と違い、我々人類は、法律を作り、社会制度を維持、政治を執り行い、学校で学び、スーパーで買い物ができる。
当たり前と思いがちだが、 我々も所詮は動物である。 ただ、他の動物と違い、人間同士の協力が、長年かけて、社会を作り上げ、全員がその恩恵を受けている。
のほほんと、人間社会の恩恵を受けて、オアフ島で、日々を過ごしている私の頭が、新たな刺激に、生き返ったように、ハッスルし始めている。
現在のアメリカでは、大学の授業料が恐ろしいほど高額になり、 大学卒業生の多くが背中に、多額の借金を背負ってしまっている。
もう、大卒という資格を、大学から授与される必要のない私は、インターネットで聞く講演や、書物でする独学で十分だ。
脳が凍結してしまわないように、刺激を与え続けるのが、最終目的だからだ。
長い長い人間界の歴史で、 ごく最近の100年ほどの間に、やっと男女の社会における格差が縮小しはじめたが、 まだまだ対等と言えるまでには、相当の年限を必要とするだろう。
2021年の米国でさえ、男女差はまだまだ克服すべき問題の一つだ。 日本も同様。
日本社会では、「空気を読む」と言うドッキリするような事が、まかり通っている。
若い女性の中には、政治家や世間の思惑に、あっさり乗せられてしまう女性たちも、多いのではないだろうか。
税制で縛りを入れたり、理想的母親像をでっち上げ、 空気を読むよう、仕向ける社会の慣習が根深い。
「古くは、農業革命以後の人類が、地球の様々な地域で、 それぞれ独特で特色のある文化を構築していった。」と、著者。
なるほど。中国史、ヨーロッパ史、中南米の歴史、アフリカ地域の歴史、中近東史等、グローバル化の前は、それぞれ、商取引等はあったにせよ、基本的に孤立していた。
そのため、地域ごとに独特の文化を育んでいた。 多様性の利点だ。
世界旅行の楽しみも、人間の多様な生き方を、実際自分の目で見て、しかも身体中で経験できる。 その事こそ大切なのだ。
「どの文化にも、独特の信念がある。 また、同じ文化圏内では共通の価値観がある。 そして、その文化は時代とともに常に変化し続ける。」と著者。
江戸時代が良い例だ。 地球上のどこにもない、日本が誇る独特の文化を生み出していた。
グローバル化には、もちろん、グローバル化の良さがあるが、 特有の文化が、他文化の影響で薄まり、変化してしまうのも否定できない。
「過去数百年の間に、帝国が拡大、貿易がより盛んになる事で、緩やかに地球上で、人類の統一が実現していった。」と著者。
世界中の交換手段として、貨幣が重要な役割を果たすようになった歴史も、詳しく記述されている。
お金の暗い側面に関して、 他人との物の交換の際、紙幣が果たす役割は大きい。
「人間はお金そのものは信じるが、 その持ち主その人を、心底信用しているわけでは無い。」と著者は記述している。
「金、銀、鋼鉄などが、 多種多様な孤立文化をつなぎ合わせる役割を果たして、現代のようなグローバル社会が、実現した過程」にも、著者は説明を加える。
「軍産科学複合体がなぜ、他所より早くヨーロッパで花開いたか。」についての、著者の歴史的考察は 特に興味深い。
「中国、回教圏も、 技術的発明はヨーロッパ圏に劣らない程優れていた。 アジア圏、回教徒圏に欠けていた点は、社会政治構造の欠如、司法制度、しっかりした価値観の欠如、強い神話の欠如などが、西洋諸国に遅れた理由である。」と、著者。
現代は、西洋の価値観が支配しており、共通言語も歴史的所産で、英語が強大な幅をきかせている。
「20世紀に入り、やっと非ヨーロッパ圏の人々が、地球規模で物事を捉えるようになった。 それが原因で、ヨーロッパ圏の覇権が崩れていったのだ。」と、著者。
でも、基本的にはまだまだ、西洋圏が有利な世界構図であることは変わらないように思う。
「現代の科学も、現代の帝国も、地平線のむこうに何か重要で、貴重な物があるに違いないという信念に動かされていた。 それを探検し、知り尽くしたい欲望に、西洋列強は突き動かされた。」と、著者は述べている。
「現代になり、まだわからない事が多く存在する事実に直面、それと同時に、科学的新発見が続出、まだまだ人類の文化は進展し続けると、信じるようになった。」と、著者は書いている。
また、それが同時に、人類の、いや地球上の生き物全てに、 暗い陰を投げかける原因にもなっている。
科学信奉や発展し続けるという考え方には、大きな落とし穴があるように、私は思う。
地上の権力の焦点が、なぜ18世紀中頃から19世紀中頃まで、ヨーロッパにあったかについての著者の記述も興味深い。
アメリカ大陸の発見が、ヨーロッパ諸国にとって、科学革命進展の後押しをした。
もともとアメリカ大陸に住んでいた原住民を、荒地に追いやり、土地をどんどん囲い込んでしまった。
過去の伝統文化にこだわる以上に、現在の事象を科学的な目で、しっかり観察する事の重要さを示唆した。
確かに、探究心が強い事も、発見や進歩に必要であるが、それが強すぎても、様々な軋みを生じてしまう可能性が大である。
「産業革命の中心は、エネルギー転換革命でもあった。 人類が使えるエネルギーは無限であるという信念を持つに至った。」
ところが、エネルギーは本当は無限では無い。実際、ひどい地球の温暖化を招いてしまっている。
いつのまにか、人類の要求に合わせるように、世界が再形成されていった。
その結果、多くの動物がこの世から消滅した。人間が世界を征服してしまったのだ。 でも、地球は究極的に、人間だけのものではない事は確かだ。
現代人は自然を無視する方向に進み始め、 過去とは違う大変化をもたらした。
「産業革命は、都市化が進み、農業人口の減少を招いき、労働者階級の増加、労働運動、民主化、若者文化が花開き、父系制度が崩れ始めた。」と、著者は述べている。
「そればかりではなく、家族の崩壊、地域社会の希薄化、市場の重要度が増加していった。」とも、著者は分析している。
21世紀に入り、21年過ぎたが、「昨今は、毎年何がしらの革命が起こっている。 変化する事が日常になってしまっている。」と著者。
「しかし、「幸せとは」何であろう。 我々の幸せは物質の充足度以上に社会的、倫理的、精神的要素の方がより重要である。」と著者は考察を深める。
でも、現実には、倫理的、精神的要素の方が、より人を幸せにする要素であるから、物質の充足に力点を置きすぎると、生きる張り合いが、いつのまにか弱まってしまう可能性だってある。
「客観的要素と主観的要素との相関関係の中に我々は幸せを感じるのではないだろうか。」と著者は問いを投げかける。
「人類は今や自然の淘汰と言う概念より、知的デザインを信奉する方向に転換し始めている。」と著者は述べている。
人間が頭の中で考え、良かれとおもって、次世代の人間をデザインするような技術が、日々進展している。
いち早く、完成すれば、世界一の富裕層に飛び上がる事だって絵空事ではない。
だけど、 宇宙全体と言う自然を、完全に征服するのは、 近未来では不可能であるから、人間の頭脳で考えた子供が、自然の大変化に対応出来るとは限らない。
世界中で翻訳され、ベストセラーになる本だけに、夢中になって読み進めてしまう。 このような教科書で勉強したかった。


