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「草枕」、この作品は如何にも知識人が書いた作品だと感心する部分が多い。
中国の絶句の引用あり、作品の主人公も、さらさらと自分で五言絶句などを作る。
「詩とはなんぞや。」と、いった意見も表現しているし、もちろん、現代詩もスケッチ用紙に書き込む。
日本古来の人情味に対する概念として、非人情と言う言葉を文面で良く使った。
対人関係の疲れをそぎ取る為、 人里離れた熊本県の村落を歩き回った。
かと思うと、平安時代末期から、鎌倉時代初期の仏師、運慶に関する説明もある。
写生帳を片手に、村をゆっくり時間を忘れて散策しながら、詩作を練り、絵画の画題を模索したりする。
1906年8月に書き上げた「草枕」は、夏目漱石39歳頃の作品だ。
生活苦に悩まず、深遠な洋の東西の思想などをじっくり、温泉宿に滞在しながら、思い巡らし、 辺りの自然の美を愛でた。
竹やぶ、縁先、茅葺き屋根、お寺、 和尚さん、三味線、和裁、青磁の焼き物、糸底、和食の美など、日本文化のオンパレード。
私の頭の中の神経細胞がざわつき出した。 思い出が、 活火山のように吹き出し始めたようだ。
急にイギリスの詩人、ワーズワースの「水仙」と言う詩も話題に上った。 渋谷にある青短の英文科で読んだ作品の一つだった。
詩作の順序として、まるで葛湯作りに類似している描写もあった。
最初はペンを走らせても、 詩情がまとまらないが、 暫くすると、 葛湯が煮鍋の中で、箸につき始めるように、 詩になる言葉がほとばしり出てくるとの事。
遠くから聞こえる三味線の音、長唄といった表現があり、温泉の湯けむりに見え隠れする女体 など、絵にもなれば、詩にもなりそうだ。
西洋画と日本画の比較も面白い。 文明論を展開している。
骨董品をめでる老人、中国産の高級硯は、 宝物として扱われていた。
「草枕」全編で、 煙草を吸う人の描写も多い。
私の祖父は、キセルで煙草を吸っていた 。
癌の原因と言われ出し、21世紀は煙草をふかす人は少数派だ。
直ぐに咳き込む傾向のある私には有難い時代だ。
覚えている限り、絶え間なく煙草を吹かしていた祖父は、 当時としては長生きして、83歳で永眠した 。 医者の見立ては「老衰」であった。
私の父も、一日中2箱の煙草を死ぬ寸前までのんでいた。 89歳で生涯を閉じた。 膵臓癌だった。
とに角、私の周りでは、煙草を吸う人が多く、今ではその情景さえ懐かしい。
我が祖父母の家に、奥の間があり、床の間に「寒山拾得」の墨絵が掛かっている時期もあった。
「草枕」は、人間界の描写あり、洋の東西の思想あり、詩や絵画に対する意見も述べている。
この作品の読後感は、「 片田舎で、 静かに自然の息吹を感じ、孤独感を楽しみながら、詩作をするのが好きな作家だ。」と、いう印象が強かった。