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海風が通り過ぎる。 太陽が雲間からそっと顔を出す。 野外にいる事が好きなので、今日も、日陰のベンチに座り、作文中。
野鳥が近づく。 顔を覚えてくれているのかな。小鳥の餌を何度も過去にばら撒いているので、すわると野鳥が近づいてくる。
学校も、病院も、養護施設もスーパーもない野鳥達の世界。 それでも、 元気いっぱい、鳥達は今と言う時間を、全身で楽しんでいるように見える。
私は人間界のお陰で、なんとか一人でも生きていられる。
山羊から見れば、ただの紙に過ぎない紙幣も、人間界の中では、色々なものと交換もできるし、多種多様なサービスも受けられる。 謝謝。
人間である故に、 知らぬ間にわがままな傾向があるかも知れないと、野鳥を見ながら、しきりに反省中。
私にとっても、鳥にとっても 1日は24時間。もっとも、 鳥には人間ほど時間の感覚がないのかもしれない。
でも、 人間も野鳥も、生き物である事は共通している。 お腹も空けば、眠くもなるし、恋人を見つけたくなることもある。
人間は考え過ぎる傾向があるので、近未来、遠い未来の事も心配する。
鳥も未来について心配するのかな。
鳥だって、生まれた限り、いつかは死が訪れる。 誰でもそうだが、 人間というものは、心の何処かで、 常に自分の死の影を恐れている。 鳥も自分の死について悩む事があるのだろうか。
野鳥が餌を食べている様子を観察していると、本当に、無我夢中で食べることに、集中している。
ただ、音にはとても敏感で、 変な音がすると、直ぐ飛び上がるが、 何でもないと判断すると、また地上に降りて餌を食べまくる。
空高く飛んでいる鳥を見るのが好きだ。 鳥も本能的に気流に乗ると、疲れの度合いが減ることを知っているようだ。
強風の時など、吹き飛ばされそうになりながらも、全力で飛び続ける野鳥を尊敬する。
私にはできない能力の保持者だ。 自然界は、それぞれの生き物に、生存に必要な能力を授けてくれているようだ。
今日も、 1万歩を目指して、手の指の運動と、頭脳の運動後は、好きな海辺の歩道を、足の運動のため、前進あるのみ。


