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人生の醍醐味 103

Image by Olia Gozha

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自分でも時々驚いてしまう。  ああ、私は79歳なのだ。  あと五ヶ月で80歳。 ある時は「嘘でしょ」と思ってしまうぐらいだ。


75歳になるまで、 通訳として働いていた事が良かったのかもしれない。 鏡を見ると、たまに、「ええ、 私ってこんなに年取った顔になっちゃたの」と、ドキッとすることはあるが、便利な事に直ぐ忘れてしまう。


医者嫌いが幸いしたのか、 新しい場所に引っ越したため、まだ馴染みのお医者様がいないためか、 西洋現代医学に対する不信感が拭い去れず、年一度の身体検査的受診まで躊躇してしまっている。


現代医療は「統計的管理が行き過ぎているのでは」と感じ、あまり医者の診断をまともに受け取れない気がする。


勿論、 自他共に認めるほど出血したり、倒れれば、 救急車の世話になり、病院行きになるだろう。


幸運な事に、 鈍感だからかもしれないが、自覚症状がない上、 車で言えばポンコツになって当たり前の79歳、 当然故障気味な所が多々あっても、それは普通の事だと思う。


普通に呼吸をしていて、 普通に食欲があり、何でも美味しく食べられて、夜は合計で7時間強眠れ、昼間木陰をゆっくり休みながらにせよ、平均で1万歩歩ける。 


趣味のピアノも、下手なりに楽しく両手を使って弾ける有難さ。 左右の指全て動きます。 残念ながら、 まだまだ間違いだらけではあるが、全てを忘れられる音楽の時間が好きだ。


無料英会話教室を開いて、 若い日本の方々に会う機会も設けているし、 日系高齢者団体に属し、 毎週気功、体操、フラダンスグループにも参加している。


50代の10年間は、通訳業の合間を利用して焼物教室に通い詰めた。 国立公園内の芸術村にあった焼き物教室で無数のお皿、丼、小皿、花瓶などを作った。 幸せな時間であった。  


80歳を目前にして、ふと気がついた。 人生も、粘土のように、本人の考え方次第で、どんな形にも作れるのだ。 人生の最終回の幕上がりであるが、 我が全精神を込めて、この地上に訪問できてよかったと思うような、私独特の人生を手作りしてみたい。

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