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まるでクイズであるが、「私は誰でしょう。」と、自問してみる。
今は、新地での生活を形作る努力中だ。 そんな時、ふと「自分とは何者か」と、疑問に思った。若い頃は、日々の生活に押しまくられていて、 哲学者ぶる暇もほとんどなかった気がする。
幸運な事に、人生の最後を過ごす場所は、自分で選択した。 ある知人のふとした言葉から、ヒントを得たのだ。 まずまずの滑り出しだ。
マンネリ化を予防するためにも、日々の予定をちょくちょく変更しながら、 なんとか自分に合った日常生活を作り出していきたい。
長年住んでいた所で、そのまま生活していれば、それなりの予定が、長年の習慣から出来ただろう。
ただ、 長年住んでいた場所は、ニューイングランド出身の夫に合わせていた関係で、東海岸の北部で、冬の寒さが身にこたえるようになってしまったのだ。
その結果、 亜熱帯地方であるオアフ島を選んだ。椰子の木が優しく海風に揺らぐ地上の楽園で、あの世行きの電車から途中下車、しばし足を止めることにしたのだ。
では、実際、どんな風に日々の生活を展開して行くかまでは、詳細に考えていなかった。
キーボードを買い、朝一番に初歩的なピアノの練習をし始めた。 習った事も無いピアノであるが、ピアノを下手なりに練習している間は、 心が音楽だけに集中、日々の悩みを一時的にせよ忘れることができる事を発見した。
生活費の高い ホノルルゆえ、小さな部屋を借りたので、 ピアノの練習は諦めていたつもりであったが、 「瞑想の一種」、「時間の上手な過ご仕方」だと自分に言い聞かせる始末。
過去10年以上、いつのまにか習慣的に毎日練習していたため、 ピアノに触らないと落ち着かない自分がホノルルでの生活を始めていた。 足は自然と楽器店へ行き、キーボードを買い求めてしまった。
下手は下手なりに、ピアノを楽しめるのだ。 何かする事があるだけでも、 「独り住まいの人間には有難い事なのだ」と、悟る。
たまたま、南向きの部屋を借りた。 朝の11時頃には、 太陽の光がまともに部屋に入る。分厚いカーテンを閉めたまま、直射日光は避けているが、 それでも、 部屋の温度は上がり気味。冷房なし。ピアノ練習の限界時間と言うところ。
バスに乗り、海辺近くのホテルに避難。読書の時間と洒落込む。 静かなホテルの時は、 読書に飽きたら、ユーチューブで、イヤホンをつけ、講演を聴く。目の前の青空。椰子の木。海風を感じる。
これでいいのだと思う。 好きなピアノを弾き、読書 と散歩。これが普段の私の生活だ。
人に会うチャンスを常に確保、でも、 自分だけの時間も大切にしたい。このバランスをどう上手く取るかが、今後の努力目標。
走ろうが、歩こうが、 はたまた、テレビに釘付けになっていようが、時は容赦なく過ぎて行く。
数年後の自分の趣向は知らないが、 今の所、テレビなしの生活に満足している。
アラワイ川は今日も静かに流れ、海風が通り過ぎた。