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人生の醍醐味  65

Image by Olia Gozha

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ホノルル生活にも慣れて来た。 日々の生活の一部として、英語で書かれた書物を毎日読んでいる。


ホノルルでは、日本語が通じるので、気が緩み英語力が落ちないように、 意識的に原書を紐解いているのだ。


長年この地上に生活しながら、我が無知の深さに、改めて驚いている。


日本の歴史を一つ取り上げても、自分が生まれる少し前に、日本が 満洲を侵略した。


そればかりか朝鮮半島、台湾と侵略の地域を広め、中国を含めたアジア全体を支配しようと戦った。 いわゆる、「八紘一宇」という理念だ。


1941年12月には、日本がハワイの真珠湾を攻撃、アメリカが参戦した。 


結果は、アメリカが、広島と長崎に原爆投下、敗戦の苦しみを日本人全員が味わう。 その9か月後、 偶然私が生まれた。  


誰も、私の母の話を殆どしないので、 私が2歳になる寸前、母が32歳の若さで、結核で死亡と聞かされていた。 


けれども、時々、私を産んだ瞬間に、死亡した可能性も否定できないと考え込んでしまう。


子供時代は、自分の生い立ちに関する問題で頭が一杯で、日本が対面していた戦前、戦中、戦後の大問題には、幼かったとは言え、成長後も無知なまま、高齢化に突入している事実をまざまざと悟った。


今頃になって、遅まきながら、ホノルルでは十二分に自分の時間があるので、自分が生きた78年は、「どんな世界であったのか。」と、興味を持ち始めた。


長年、鎖国を続けた江戸幕府に代わり、明治政府が誕生。


黒船で脅し、開国を迫る西洋列強に、丁髷姿であった薩長土肥の侍達も、世界情勢の変化に対処するため、尊王攘夷、廃藩置県の政策を取り、有志を西洋諸国に派遣、西洋の政治形態、法律、教育、その他全てを学んだ。


西洋文明を学んだ、優等生日本は、西洋の悪い植民地主義をも真似て、アジア全体を支配下に置こうと目論んでしまった。


28歳で偶然、アメリカに住み始めた私は、それから多種多様なアジア人に、アメリカで遭遇した。


今思うと、私が出会った韓国人、台湾人、タイ人、ベトナム人などは、日本生まれの私を、心の中で何と思っていたのだろう。


「ビルマの竪琴」と言う映画の事は、不思議と覚えている。 


日本兵士が、遥かビルマにも進軍していたのは、意識下で薄々感じていたようだ。 深く、真実を知ろうとする努力を怠ってきたのだ。 




100年の恨みを果たさんと、共産党一党支配体制の中国は、先進国仲間入りを果たそうと猛進中。  


国をまとめる一つの手法として、西洋諸国の植民地支配と日本の侵略政策を「100年の屈辱」と肝に銘じ、経済力、技術力をつけてきている。時間の問題で、アメリカをも追い越す勢いだ。


米国では、最近、アジア人に対する風当たりが悪くなりつつある。 


発端は、 疫病COVID-19が、中国の武漢市で始まり、 前大統領が、現役の大統領時代、「中国のウイルス」的発言を繰り返した。


前大統領支持派が、真に受け、 アジア人憎しに発展してしまったのかも知れない。


でも、本当はもっと根が深い。  今回の疫病が一年以上に及び、普段の生活が不満に満ちてしまっていて、その吐口が、アジア人に向けられてしまったのだ。


職を失った人もいる。  夫婦が二十四時間顔を合わせていることで、家庭内のいざこざが増えてしまっている。


収入を絶たれ、家賃の滞納が続き、先行きの不安が重くのしかかって、ストレス状態が続いている。 


勿論、 米国史はアジア人排斥に満ち溢れている。  


今回の疫病で、急にアジア人を差別し始めたわけではなく、 普段は自分の生活に忙しく、アジア人など、眼中に無かった白人や黒人が、前大統領の言葉に勇気づけられ、 アジア人憎しが表面化したようだ。


また、中国の経済力が増大、世界第二の経済大国にのし上がり、 それに伴い軍事力も、米国に追いつく可能性さえ、懸念され始めている。 


帯路イニシャティブ(BRI)、いわゆるシルクロードを世界に展開し始めた中国。 


長い中国史の中で、共産主義を標榜しているのは70年強そこそこ。 しかも、マルクス、 エンゲルスの共産主義理念は、西洋文化の中から生まれた考え方。  


東洋の真髄を、体現するような中国になるのは、何時の事だろう。




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