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人生の醍醐味  32

Image by Olia Gozha

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ワシントンD.C. に住んで長い。  35年以上、同じ所に住んでいた。  通訳業を続けている内に、 旅行好き人間が出来上がった。 


米国の首都中心部にある、ワシントンD.C.のコンベンション センターでも、しばしば国際会議が開かれた。 


2003年に 新しくて現代的なコンベンションセンターが、営業を開始した。 1980年代に出来た、古いコンベンションセンターが存在していたが、コンベンション センターの規模が小さく、使い勝手も余り良くなかったため、米国の首都によりふさわしい、超現代的巨大なコンベンションセンターが完成したのだ。


通訳者は、コンベンションセンターを渡り歩く、ねずみのような存在だ。 裏方で目立たない存在であるが 忙しく、会場から他の会場に、走りながら移動する。


自由業にとって、何より仕事の問い合わせは、有り難く嬉しい。 でも、旅行好きにとっては、地元での仕事だと、 仕事が終了すれば、当然であるが、自宅に帰る。  


ホテルに泊まり、知らない町をうろうろする楽しみがない分、ちょっと損をした気分になる。その上、出張者のように、日当もない。 夜は、自宅に帰り、家族の夕食の準備をせねばならない。


ワシントンD.C.のコンベンションセンターは、首都の東側に位置していて、近くに古くから存在する中華街がある。  


中国政府から寄贈された、とても立派な中国門があるが、 時代と共に、中華街そのものは縮小化していった。 


中華街が、ワシントンD.C.の中心部に近いため、土地そのものの価値が急上昇、中国とは直接関係の無い、西洋風レストランが、中華街を侵食し始めた。  


米国の首都中心部で働く若手職員用コンドも、続々近くに新築されて、じょじょに様相を変えていっている。  


コンベンションセンターで働く時は、昼食時、混み合っている大会会場を抜け出し、 小さな中華料理店でお昼を楽しむ。  


地元での仕事も多く、ワシントンD.C.のコンベンションセンター内は、慣れきっていた。



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